厄災の屍

■リプレイ

●救うための戦い
　朽ちた屍が墜落する。
　街へ飛来する１０ｍ余りの巨体を見たとき、陸堂・煉司（冥獄縛鎖・e44483）はそう感じた。
「……見るに堪えねぇってのはこの事か。ああなってまで同族に尽くすとはよ」
　空も遠くも見通せる大路に立ち、敵を見据える煉司。
「潰える命を仲間のために、という気持ちはわからなくもないが……哀れと思う他無いのう」
　肉と皮と尊厳とが剥がれ落ち、あてどなく暴走する龍の抜け殻。その姿に一之瀬・白（闘龍鍛拳・e31651）は憐憫を口にし、傍らにたゆたう少女の影――百火は翠色の鎖を構えた両手を握りこむ。
「我は……その気概に、敵とはいえ賞賛を贈りたいのじゃ」
　その身を犠牲に種の繁栄を期したモノに、ヴィクトリカ・ブランロワ（碧緑の竜姫・e32130）が届かぬ声を投げる。
　しかし同時に、チェーンソー剣の動力を入れていた。
「我らケルベロスも地球の未来を背負う身！　負けるわけにはいかぬのじゃ！」
　気概は気概でねじ伏せる、と切っ先をかざすヴィクトリカ。
　敵の姿は近い。戦いが始まるのに何十秒とかからないだろう。
「いっぽ、がんばりましょうね」
　仁江・かりん（リトルネクロマンサー・e44079）が声をかけると、足元でうろうろしていた赤ランドセル――いっぽが黄色い旗を振る。
　そしてかりんは、今度は金の瞳を死龍へ向けた。
「……誰だって、しぬのは怖いです。美味しいものも食べられなくなって、好きなことも出来なくなって、大好きなみんなにも会えなくなっちゃいます」
　ぽつり、吐露するように、かりんの口からこぼれる。
　それはかつて贄だった少女の恐れと、怯えと、優しさだった。
「でも……それでも、きみは最後までみんなと生きるよりも、今、みんなの為に自分のいのちを使うことを選んだのですね」
　ならば、その想いもいのちも受け止めるのです。
　かりんは瞳に覚悟を灯した。
　一方で、千手・明子（火焔の天稟・e02471）の思考は眼前の死龍から徐々に逸れてゆく。
「仲間のために我が身を、ってドラゴンという種族は皆こういうものなのかしら？」
「たしかローカストの時も、その身を種族全体のために使ったやつらがいたな」
　並び立っていたアジサイ・フォルドレイズ（絶望請負人・e02470）が掘り出した記憶を挙げる。
「なんだか、定命のわたくし達よりも、よほど死を恐れていないみたいよね」
「まあ連中の思考を計り知ることはできないが、その意気やよし、だな」
「こちらのことにも気を回してくれればなおよし、だけどね」
　たわいのない話をする２人は、とても戦いを前にしているようには見えない。だが視線は敵影を外すことなく、体の内はとうに臨戦態勢となっている。
　と、そこへ緩やかな声音が聞こえた。
「しかし自爆じゃなくて自壊かー。なんか理由がありそうっスよね」
　てくてくと明子たちの隣まで歩いてきたのは、黒岩・白（すーぱーぽりす・e28474）だ。追従するオルトロスのマーブルは尾を立て、死龍を威嚇するように身構えている。
「確かにそこ、気になるわよね」
「まったくっス。ま、今はそれどころじゃないとは思うっスけど」
「ああ、そういうのは後回しだ」
　アジサイが話を切ると、明子と黒岩・白は辺りを見た。
　視界に映るのは避難を続ける人々の姿だ。ケルベロスたちが立つ大路の両脇を行く人波。その数はいまだ絶えず、死龍が降り立つまでに避難を済ませるのは不可能である。
　街と人々を守るため、今は全力をもって戦うのみ――アジサイは腕時計のアラームをスタートさせる。
　最前線に立つ夜陣・碧人（影灯篭・e05022）は、鱗剥ぎの杖を一振り。
　天から屍が降ってくる。
　挙動を失い落下するように。
「もはや自在に飛ぶことも叶わない、のか？」
「ぎゃーうー……」
　敵の状態に思考をめぐらす碧人の横で、陽の色の仔竜――フレアが力なく鳴いた。一抹の悲しさを含ませた響きで。
　碧人はつられるように、小さくかぶりを振った。ドラゴンと人との共存を目指す彼にとってみれば、この状況に立つのはつらい。
　しかし、どうにもならぬのであればせめて――。
「苦しみに、死の救済を」
　碧人は、竜鱗すらも破り去るその赤き得物を、ノゥテウームに差し向けるのだった。

●攻めて、攻める
　巨体。人が対するには大きすぎる影が、咆哮とともに地に落ちた。
　瞬間、碧人は駆けて死龍の背に飛び乗る。鱗剥ぎの杖の先端が、骨の身体の小さな亀裂を捉え、乾いた音を立てて強引に剥離させた。
「貫け！　アジサイ！」
「おうとも、巻き添えはくらうなよ」
　一瞥した碧人の声に応じたアジサイが、右腕に組みつけたパイルバンカーをかざして突貫。殴りつける要領で巨大杭を打ちこみ、込めた凍気で屍を芯から凍てつかせてゆく。
　同時に碧人は跳躍して離れ、入れ替わりに仕掛けたのはフレアだ。
「ぎゃうー！」
　小さな体を震わせ、ブレスを吐きつけるフレア。
　重ねられた攻撃に、死龍は煙たがるように頭を振る。そして目前の小さな竜を吹き飛ばさんと、口蓋から業火を吐き散らした。
　閃光が一帯を覆い、熱波に大気が歪む。碧人らはもちろん、死龍に近接していた黒岩・白と一之瀬・白も身が焦げる痛みに襲われる。
「――っ！　すごい熱さっスね……さすがにドラゴンってとこっスか」
「うむ……じゃが、これしきで倒れてはいられぬ！」
「右に同じっス！」
　焼け焦げようが、何だというのだ。
　体を包む炎も厭わず、黒岩・白は縛霊手を突き出し、一之瀬・白は死龍の相貌に眼差しを向ける。
「リエラ、力を貸してほしいっス！」
　呼びかけるや、リエラ（コウテイペンギン）の魂が黒岩・白の縛霊手へと溶ける。縛霊手は氷弓へと形を転じ、放たれた一矢が宙を泳いで死龍を穿つ。
　そして一之瀬・白は瞳を向けたまま何をするでもなく――ただ、睨みつけた。
「……――龍の眼に、射抜かれ果てろ」
　単なる視線、単なる威圧が、一之瀬・白の双眸から疾走する。その眼力は確かな矢となり、黒岩・白の矢とともに死龍の骨身を刺し貫く。
　凍気が重なり、死龍の体に霜がひろがった。ノゥテウームは地を這いだしたような不気味な声をあげ、眼窩に毒々しい液体を滲ませる。
「なんだか泣いてるみたいね……まあ、そんな可愛さはないんでしょうけれど！」
　発した言葉を置き去りに、明子が死龍の懐へ飛びこんだ。敵の眼窩の水が猟犬たちを攻めるためのものと察した刀剣士は、その前に妨害の一手を振るう。
　一閃。『白鷺』が鞘走る。
　抜き放たれた斬撃が死龍の骨を散らせ、骨片が中空に咲き乱れた。額に深々と溝を作った死龍は、悶絶するかのように天へ吼える。
　だがそれでも、破壊の手は止めない。上を向いた死龍の眼窩から毒水が放たれ、それらが雨のように猟犬たちを襲う。
　煉司は、その暴れ狂う姿に短く笑った。
「あくまで走るのはやめねぇってか？　……上等だ。その覚悟、全力で受け止めてやる」
　身にふりかかる混沌の水滴も意に介さず、砲撃形態のドラゴニックハンマーを構える煉司。
　狙うは、暴走を続ける屍の脚。
「てめぇの全力を受けて、そして全て吹っ飛ばしてやるぜ！」
　それが、手向けだ。煉司の啖呵と轟音とともに、砲弾が撃ちだされる。
　死龍は後ろ脚を砕かれ、その巨体をぐらりと傾けた。
「ひとまずはお膳立てしたぜ。やってやれ、ヴィクトリカ！」
「うむ、援護に感謝じゃ！」
　煉司の声を受けたヴィクトリカが、重いチェーンソー剣を下向きに携え、滑るように死龍に接近した。
　振り上げた鋸刃が、無慈悲に鳴きはじめる。
「慣れぬ武器じゃが……そうも言ってはいられんからのう。悪いが切り裂かせてもらうのじゃ！」
　初めて使う得物だが、ヴィクトリカの剣さばきには淀みも迷いもない。振り下ろした刃は甲高い掘削音をあげて骨を断ち、死龍が苦悶の叫びをあげる。
「今のうちです、みんなの傷をお治ししますよ！」
　敵の手が緩まったのを見るや、かりんがすかさず紙兵をまく。霊力の守護がアジサイたちの傷を癒やし、異状への耐性を与えていく。
「助かる、仁江。その調子であと数分、頼むぞ」
「お怪我はぼくに任せてください！　いっぱいいっぱい頑張りますよ！」
　小さな体に不釣り合いな、大きな縛霊手をアジサイに振るかりん。何だか妙に張り切っているが、それはそれで心強い。
　気兼ねなく戦える、と、ケルベロスたちは死龍へグラビティを放ちつづける。

●一気呵成
　骨が砕け、死龍が鳴く。
　その身を稚児のようによじらせる敵は、時間が経つにつれて動きを鈍らせていた。自壊の兆しと言えるかもしれないが、ケルベロスたちの攻撃で弱っている面も多分にあった。
　だが同様に、ケルベロス側も動きは鈍い。早期撃破を狙って前がかりになっていた分、消耗も色濃かった。
　特に傷が深いのは前線を張る仲間たちだ。
　かりんとヴィクトリカは、揃って彼らにヒールを施した。
「あと少しです！　これで元気をつけてください！」
「我からも舞の献上じゃ！　皆、あと一息じゃぞ！」
　再三に渡り仲間を癒やしたかりんの紙兵、舞い踊るヴィクトリカが降らせる治癒の花弁が戦場を覆いつくす。完治とはいかないが、前衛の仲間たちに力が蘇る。
　そのときだ。
　電子音が、響いた。
「６分経過だ！　あと２分、畳みかけるぞ！」
　アジサイが叫んだ。戦闘直前にセットしておいたアラームが残された時間を告げていた。
「もうひと踏ん張りっスね……！」
「あと２分、死力を尽くさねばならぬのう！」
　傷ついた体を鞭打ち、黒岩・白と一之瀬・白が身を起こす。
　が、それよりも先に、死龍が動いた。
　邪なる水撃が２人もろとも前陣の猟犬たちに迫る。
　危険だ、と黒岩・白は思った。自分がではなく、一之瀬・白がだ。傷がかさんだ現状、防御に意識を割く自身はまだしも、攻勢に出ている一之瀬・白は耐えきれるかわからない。
　だが次の瞬間、一之瀬・白は碧人の背中を見ていた。攻め手の被弾を防ぐべく、碧人は身を呈して守ったのだ。
「さすがにきついな……！」
「碧人殿！」
「ぎゃうー！？」
　膝をつく碧人を、フレアが体を入れて支え起こす。どうやらまだ戦える状態ではあるらしい。
「かたじけない、碧人殿……その心には、余の一撃でもって応えるのじゃ」
「僕もおともするっスよ！」
　倒れるのを免れた一之瀬・白が死龍の気をひっつかんで投げ飛ばし、黒岩・白が稲妻のごときゲシュタルトグレイブの突きで追撃。死龍の脚の１本が、音をたてて砕ける。
「百火！」
「マーブル！」
　間髪入れず、声を発する２人。百火の翠色の鎖が背後から死龍の頸部を絞め、さらにマーブルの刃がそこを切り裂く。どぷっ、と血のように毒水が漏れる。
「フレアもいくんだ」
「ぎゃうー！」
　苦しげながらも笑った碧人に、フレアはひと鳴きして応じ、勇ましく飛翔して死龍にブレスを浴びせかけた。その身に重なった傷をひろげられた死龍の呻きが空に響く。
　が、それでも死龍は止まらず、むしろ残された力を燃やすようにフレアを骨の尾で薙ぎ払った。
「フレア！？」
　一撃をくらったフレアは碧人の目前に落下し、か細く鳴いて消滅する。
　悔しげに唇を噛む仲間たち。だがフレアが一撃を引き受けたおかげで、他の猟犬には死龍を撃つ余力が残ったとも言える。
「この好機、逃すわけにはいかないわよね！」
　持てる力を振り絞り、明子が駆けた。霊力を帯びた刀が死龍に傷をつけ、同時に他の傷をより深く拡大してゆく。
「今よ！　行けっ、アジサイ！」
「言われるまでもないな――墜ちろ！」
　目配せしてきた明子に軽く笑い、死龍の頭上にグラビティの竜を打ちおろすアジサイ。顎をひらいた竜が死角を突き、死龍の両角が木っ端のように破砕した。
　かりんはそれを見て、隣にいっぽに視線を投げる。
「いっぽ、ぼくたちもやりますよ！」
　こくりと黄色い帽子を傾けるいっぽ。かりんが脚を振って放ったオーラの星に乗っかり、それが炸裂すると同時に死龍の骨にかじりつく。
　伏すように脚を折る死龍。限界が近いのか、全身がぼろぼろと崩れてゆく。
　だがそれでも眼は動き、獄炎を吐こうと口蓋はカタカタと鳴っている。
　そこへ追撃をかぶせようとしていたヴィクトリカは、その姿に心底、感心した。
「その心意気やあっぱれなのじゃ。されど、どの様な覚悟を見せられようとも、我らも引けぬのでな！」
　手元で踊る惨殺ナイフが煌めき、刃を禍々しく変形させる。治しえぬ傷を刻まれた死龍は、さらに全身が軋むような感覚に襲われ、ついに動きを止める。
　けれどまだ、わずかに瞳は揺れている。
　ヴィクトリカは、遠く詠唱を行っていた煉司を振りかえった。
「うむ、お膳立てのお返しなのじゃ」
「あぁ、ありがとよ……幻刀招来。――呪縛、解放！」
　煉司が詠唱を終えた刹那、無数の妖気の刃が放たれた。宙を飛び交い、死龍へ迫る刃。
　ひとつが朽ちかけた骨に突き立てられる。するとすべての刃がそのひとつ――死龍めがけて飛来する。瞬く間に夥しい数の刃が骨を裂き、砕き、貫く。
　そうして、死龍は自壊する前に、猟犬の手によって朽ち果てていった。

●譲れぬ一線
　ゆっくりと流れた時間の後。
　かりんは、龍の屍が滅した跡を見ながら、じっと祈っていた。
「きみが精一杯生きたことを、いつか、きみが守りたかったひと達に伝える為に、ぼくは、きみを、忘れません……もう頑張らなくて大丈夫ですよ。おやすみなさい」
「眠るがよい。静かにのう……」
　喋りかけるかりんの横で、瞑目する一之瀬・白。
　その少し後ろでは、碧人が１枚の鱗を握りしめ、自分の足元を見やっていた。
「……大丈夫？」
　復活して姿を取り戻したフレアが、物言わず座っていた。じっと龍の跡を見ているのは、かりんと同様に、祈りを捧げているのだろうか。
　その一方、黒岩・白や明子は、朽ちた龍の先にあるものに思いを巡らせていた。
「しっかし本当に、何だか死体が動いてるみたいな感じだったっスねぇ……」
「そうね……実験だの何だのという話だけれど、穏やかじゃないわね。次の敵は、凌ぐことが出来るかしら」
　遠く空をすかし見る、黒岩・白と明子。ノゥテウームが飛来してきた先に何かがあるのだろうか、と。
　そしてヴィクトリカも空を眺め、つぶやいた。
「実験に身を投じるなど、並外れた覚悟ではないしのう……そんな者が何度も来られてはたまらぬのじゃ」
「……連中の厄介な所は、力以上に、案外そこかもしれねぇな。結束って意味でも、そこらの勢力より桁外れだ」
　ヴィクトリカの懸念に、煉司はそう返していた。
「しかしまあ、ともかく勝った。今日はな」
　不穏な気分が募る前に、アジサイが言った。考えるべきことはあるが、今はそう思い詰めようが仕方がないと思えた。
　引き上げるべく、踵を返すアジサイ。
「俺たちにも、譲れないものがあるからな」
　小さく口からこぼれたのは、覚悟の果てに朽ちた龍への手向け。

作者：星垣えん	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年10月10日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 9／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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