決戦赤い翼の死神~暮れなずむ赤翼

作者:坂本ピエロギ

 夕暮れ時。
 薄暮が照らす巨大な鋼橋に、その死神は舞い降りた。
 人間達の間では、兵庫県神戸市中央区神戸大橋と呼ばれる場所である。
「よく聞きなさい、お前達」
 夕日のように赤い翼を背負った死神は、従えた2体の下級死神に命令を下す。
 カツオの死神ブルチャーレ・パラミータ、そしてマグロの死神メラン・テュンノスに。
「お前達は今までのブルチャーレとメランではありません。その力を、これから身をもって私の目に示すのです」
 命令を授けた死神達を街へと解き放ち、赤い翼の死神は鋼橋から街を眺めた。
 程なくして、平和だった市街は炎と破壊の波に包まれてゆく。
「素晴らしい。お前達こそ、私達の偉大なる計画を大きく進める一歩……」
 赤い翼の死神は、目の前に広がる光景を眺めながら、満足そうに微笑むのだった。

「ついに掴めたぞ。八王子・東西南北らの追っていた『赤い翼の死神』の足取りが……!」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)の声は緊迫の色を帯びていた。
 ヘリポートに集合したケルベロスを迎え入れると、早速彼は事件の概要を話し始める。
「今日の夕刻、神戸市中央区の神戸大橋に魚型の下級死神2体が出現し、市街地を襲撃する未来が予知された。そして、その現場に『赤い翼の死神』も現れるようなのだ」
 赤い翼の死神。
 ディープディープブルーファング事件、そして戦闘特化下級死神事件の黒幕と目される敵の出現を知らされ、ケルベロスの間にも俄かに緊張が走る。
「奴はこれまで事件の現場に現れる事はなかった。それが今、姿を見せたという事は……」
 死神の研究が完成に近づいたか、或いは何らかの進展があったか。いずれにせよ、急を要する状況であることは火を見るよりも明らかだ。
「この戦いでは戦闘特化下級死神――ブルチャーレとメランに加え、赤い翼の死神の3体を相手取って戦わねばならない。厳しい戦いになるだろうが、事件の黒幕が前線に出てくるチャンスを逃す手はない。何としても撃破してもらいたい」
 王子はそう言って、依頼の詳細を話し始めた。
「まずはブルチャーレとメランだ。今回お前達が相手をする2体は、今までにないレベルで戦闘力の強化が施されている。その性質は従来のそれと大差ないが、お前達が戦ってきた下級死神よりも弱いという可能性は考えられん。くれぐれも注意してくれ」
 敵の陣形は、前衛で暴れる下級死神2体を、後衛から赤い翼の死神がサポートする形だ。恐らくは下級死神達のデータ採取も兼ねているのだろうか、前衛をすべて失った時点で赤い翼の死神は撤退してしまう。
「逆に言えば、下級死神達が撃破されるまでは、赤い翼の死神は撤退しない。よほど劣勢に追い込まれない限りはな。ちなみに、先に彼女を撃破できたとしても、下級死神達は撤退せずに戦い続けるから注意してくれ。次に、依頼の成功条件なのだが――」
 王子の口から告げられた条件は、次のようなものだった。
「『赤い翼の死神の撃破』。『ブルチャーレとメランの2体を撃破し、赤い翼の死神を撤退させること』。このいずれか1点を達成すれば成功だ。前者の目標達成の後に下級死神を撃破できずに撤退しても失敗にはならん。だが……」
 苦渋の色を口元に滲ませながら、王子は呟いた。
「今回の事件は、事前に避難を行うと死神が襲撃場所を変えてしまう。戦闘開始直後に警察が避難誘導を行う手筈だが、戦闘中に避難が完了する見込みはゼロだ。もしも敗北や撤退を行った場合は、確実に犠牲者が出ると思ってくれ」
 説明を終えた王子は胸の内に溜めた息を大きく吐き出すと、
「ディープディープブルーファング、そしてマグロとカツオの死神……とうとう彼らの事件に幕を下ろす時が来たようだ。必ずや勝利を掴んで来てくれ!」
 そう言って、ヘリオンの発進準備に取り掛かるのだった。


参加者
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
七種・酸塊(七色ファイター・e03205)
神宮時・あお(囚われの心・e04014)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)
雑賀・真也(英雄を演じる無銘の偽者・e36613)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)

■リプレイ


 夕刻、兵庫県神戸市。
 警報が鳴り響き、避難していく人々とは真逆の方向へ、七種・酸塊(七色ファイター・e03205)達は走っていた。
「もうじき襲撃ポイントに着く。見つけたら、速攻で仕掛けるぜ!」
「オッケー! 死神の狙いが何であっても、絶対に阻止してみせるよ!」
 酸塊の言葉に影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)は頷いて、必勝の信念を胸に道を駆ける。ディープディープブルーファング、そしてマグロとカツオの下級死神。その事件の黒幕たる『赤い翼の死神』と決着をつけるために。
 程なくして辿り着いた先、無人となった神戸大橋にフェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)は3つの影を認めた。
(「いた……!」)
 そこに見えるは宙を舞う魚と、赤い翼を広げた女。ケルベロス達のいる方角へゆっくりと向かってくる敵から視線を離さず、フェルディスは仲間に警戒を呼び掛ける。
「見えました。メラン・テュンノスと、ブルチャーレ・パラミータ。そして……!」
「赤い翼の死神――か」
 フェルディスの真面目な口調は彼女が真剣な時に見せるもの。彼女と同じ旅団に所属する雑賀・真也(英雄を演じる無銘の偽者・e36613)は速やかに二振りの双剣を構え、その背中を託す。
「黒幕のお目見えというわけね」
 ビハインドのアルベルトと守備についたアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)は、注意深く敵を観察した。マグロのメラン、そしてカツオのブルチャーレ。かつて彼女が戦った鋼の青鮫から得たデータを元にしたと思しき魚の死神達を。
(「実際に見るのは、これが初めてだけれど……それも今日で最後にするわ」)
 アウレリアの視線に、赤い翼の死神は何も言わずに、得物の大鎌を黙ってケルベロスへと向けた。咆哮を轟かせ、向かってくる魚達。黒いフェアリーブーツのステップで迎撃態勢を取るアウレリア。
 その顔に何の感情も浮かべることなくケルベロス達を眺める死神に、神宮時・あお(囚われの心・e04014)は黙って胸を抑えた。その理由はあお自身にも分からない。しかし、敵であるはずの死神に、彼女は言い知れない懐かしさを感じずにはいられなかった。
(「……なぜ、こんなにも、胸の奥が、ざわざわ、する、の、でしょうか……」)
「あおさん、大丈夫?」
 リナの問いに我に返ったあおは小さく頷き、死神に似た赤い翼を広げて戦闘態勢を取る。
「観念なさい赤い翼の死神! もう貴女達の好きにはさせません!」
 八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)がキーホルダー付惨殺ナイフの切先を向けて告げる言葉。それが死闘の始まりを告げる合図となった。
「いざ勝負! カツオだろうがマグロだろうが、すぱっとお刺身にしてやります!」


 東西南北の言葉に応じるように、マグロ型とカツオ型の死神達は、殺気を纏って攻撃態勢へと移った。羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)は担いだガトリングガンの狙いをぴたりとマグロへ合わせる。
「さあ行きますよ。死神の悲劇に、ここで幕を下ろしましょう」
「マグロさん、ボクといいことしませんか……?」
 砲門を回転させる紺に合わせ、東西南北が悩まし気なセクシーポーズと共に投げキッスをマグロに送った。キッスのハートは扇情的なダークピンクの光線となって、マグロの体を焼き焦がしていく。
「さあ今がチャンス! 刺身でも焼き魚でも、さっさと料理しちゃいましょう!」
「了解です。まずは焼き魚といきましょうか」
 紺のガトリングガンから発射される爆炎の魔力弾がマズルフラッシュと共に炎の蛇を地面に描く。蛇が食らいつく先は、ハート光線で鱗の剥がれたマグロの横腹だ。
 砲火を浴びて踊るマグロを援護せんと突進体制を取るカツオ型死神。狙撃手の紺めがけて突っ込むカツオに酸塊はすかさず組み付いて、その狙いを自分に引き付ける。
「来いよ、アタシが相手してやるぜ!」
 カツオの狙いが大きく逸れて、酸塊もろとも道路脇へと突っ込んだ。攻撃を邪魔する酸塊の挑発に敵意を抱いたか、カツオは即座に狙いを彼女に切り替える。酸塊は小柄な体で必死に攻撃を弾きながら、仲間に向かって叫んだ。
「カツオは引き受けた! マグロは頼むぜ!」
「了解だ、すぐに片付け――」
 真也が言いかけたその時。
「素晴らしいですね、ケルベロス」
 氷のような声と共に、群青の一閃が音もなくケルベロスの前衛へ振るわれた。
 青い尾を引いた斬撃が猟犬達を切り裂き、その身を治癒阻害の呪いで蝕む。威力こそ高くないが、じわじわと着実に標的の生命を奪い去る一撃だった。
「貴方達はいつも、私に素敵なデータをくれる。これ以上ない研究のサンプルとして」
「……思った以上に厄介な攻撃ね」
 あおを庇ったアルベルトの傷を一瞥し、アウレリアは死神の攻撃をそう評する。
 すぐさま反撃で、漆黒の舞踏による挑発を試みるアウレリア。絶妙の間合いから放たれたフォーチュンスターの蹴攻は、しかし盾となったマグロに阻まれてしまう。
「もっともっと足掻きなさい。貴方達が足掻くほど、私の研究は完成に近づくのだから」
「研究……ね」
 襲い来るマグロの触手からリナを庇いながら、アウレリアは思った。
 あの死神の研究は未だ謎に包まれている。だが、たった一つだけ自分達にとって明らかなことがあると。
(「――それが、禄でもないことで、人々に悲劇をもたらすこと」)
 故にアウレリアは誓う。
「これ以上の悲劇を生まない様、ここで貴女を斃すわ」
 浮遊機雷の如きカツオの卵が破裂し、夕闇を真っ黒に濁す。砲弾と化したマグロが道路に直撃し、縦揺れの振動で橋を揺さぶる。
「さあ、踏み出しましょう! 勇気を胸に!」
 死神の猛攻を重力鎖の盾で防ぐフェルディス。息を合わせ、真也がアスファルトを蹴る。二振りの斬霊刀が狙うは集中砲火を浴びたマグロ、その鱗を剥がれた皮の中だ。
(「肉を割き、骨を断つ。この一撃で!」)
 刃を突き刺す真也。しかし次の瞬間、彼は手ごたえの硬さに唖然とする。
(「――鋼!?」)
 肉の硬さではなかった。骨に突き当たった時の硬さとも違う。
 この感触は明らかに、金属のそれだ。
「ちっ!!」
 傷口を強引にジグザグに切り裂いて飛び下がると、真也は敵の傷口に目を凝らした。
 その切り口は、夕陽に遮られよく見えない。真也の攻撃で致命傷を受けたのか、マグロの動きが次第に緩慢になり始める。
「これで、どうかなっ!」
 そこへ叩き込まれるリナの一撃。呪詛を込めたドラゴニックハンマーのひと振りに脇腹を切り裂かれ、マグロは悲鳴をあげて宙をのたうち回った。
 死の間際に見せる断末魔のもがき。そこへあおが菫の色靴で路上を滑走し、最後の一撃をマグロめがけて叩き込む。狙うは脇腹、真也とリナが斬り付けたその場所だ。
 あおの足に伝わる直撃の手応え。風穴をあけられ墜落したマグロの骸にケルベロスが見たもの、それは――。
「機械……!?」
 フェルディスの口から驚愕の声が漏れた。かつて彼女が戦った魚型の死神達は、あんな体ではなかったはずだ。かつて自分と同じように、魚達と戦ったあおにフェルディスは目を向けると、あおも無言で首を横に振る。
「残念ですね。ダモクレスの力を内包してもなお、求められる水準に達しないとは」
(「……あの、ひと、は……」)
 筋肉と金属片の無残な塊と化したマグロを見下ろして呟く死神。その姿に、あおが抱いた胸騒ぎはますます強くなり、それは今や確信へと変わりつつあった。
 ――あのひとを、ぼくは知っている。
 記憶をどれだけ辿っても、面識の記憶はない。だが、確かに知っている。
 あおは、ほんの少しの逡巡のあとに口を開いて、
「……あの……です、か……?」
 ゆっくりと、赤い翼の死神に語り掛けた。
「……ねえさまに、にてる、あなたは、だれ、です、か……?」
 それは長い長い沈黙を破って投げられた、あおの問いだった。


「……あなたを、みると、むねが、きゅ、っと、します……」
 本来ならば、間違っても敵などに向けるはずのない言葉だった。
 だが、いま言わねば一生自分が後悔するだろうことも、あおは承知していた。
「あなたは、ぼくの、なに、ですか……?」
「ふふふ……さあ? けれど私にとっての貴女は明白。研究の大事なサンプルのひとつ」
 心から絞り出すようなあおの言葉に、しかし死神は冷笑で応える。
 あおはそれでもなお、声を止めない。
「……けんきゅう、って、いったい、なん、ですか?」
「それは『新たな可能性』。貴女達に理解できる言葉で言うのならば……ふふふ」
 言葉を交わす間も、猟犬と死神達の鍔迫り合いは続く。群青の斬撃から身を挺して仲間を庇うディフェンダー3人の傷を、フェルディスは後列から必死に癒し続けた。
(「これは……きついですね」)
 フェルディスの頬を冷汗が伝った。
 大鎌とカツオの卵によって盾の保護は剥ぎ取られ、希望のために走り続ける者達の旋律をもってしても削られるように味方の体力がすり減っていく。東西南北のテレビウム小金井が映す応援動画のフォローを受けながら、辛うじて支えている状態だった。
「さあ勇気を胸に! 聖王女様と私が、皆さんを守ります!」
 死神の猛攻に立ち向かい、歌声を捧げて仲間を励ますフェルディス。そんな彼女の言葉の何に反応したのか、死神は口端を釣り上げる。
「ふふ、哀れですね」
「……何がですか?」
 凛とした顔で睨みつけるフェルディスに、赤い翼の死神は優しい微笑みで応じた。
「決まっているでしょう? 私の成果を見られず死んでいく貴方達がです。いずれは神にも到達するであろう、偉大な研究の成果を」
「私達は死にません! あなたが何を企んでいようと、ここで叩き潰します!」
 癒しの賛歌を歌おうとしたフェルディスに、カツオが標的を定めたのはその時だった。
 酸塊とアウレリアから挑発攻撃を浴び続け、カツオの体は傷だらけだった。宙で身返りをうって繰り出した生命を吸収する突撃を、再び酸塊が身代わりになって受ける。
「どこ見てんだ? 相手はアタシだろうが――どうりゃ!」
 脳天目がけて水平に手刀を叩き込む酸塊。悲鳴を上げて宙をのたうつカツオ。酸塊の妨害の間隙を縫って、ケルベロスが一斉に赤い翼の死神へと牙を剥く。
「一網打尽にさせてもらうよ!」
 黒幕の首に、ようやく手が届いたのだ。リナは持てる力を振り絞り、バスターライフルの引鉄に指をかけた。
 敵の攻撃を浴び、負傷と疲労で鉛のように重くなった体を叱咤して、ライフルの砲口を天へとかざすリナ。降り注いだ稲妻の幻影をライフルへと宿し、空気を裂く雷の槍と化す。
「放つは雷槍、全てを貫け!」
 雷光一閃。
 纏わりつく稲妻の幻影が赤い翼の死神を捕え、祝福を発動せんとした身体を硬直させた。
 死神の顔から微笑が消え、焦燥がそれに取って代わる。
「く……っ! ブルチャーレ! お前の力を――」
「させません。ここまでです!」
 紺はガトリングガンを構え、怨嗟の幻をもたらすグラビティで赤い翼の死神を掃射する。砲火を浴びて呻きを上げる死神に、紺は静かに告げた。
「戦い争う者の宿命です。どこへ行こうと、決してあなたを逃しません」
「さあ! ボク様のセクシーポーズに酔いな!」
 足を止め、目に見えぬ幻影に苦しむ赤い翼の死神の全身を、東西南北のハート光線が舐めつくすように捉え、その服を容赦なく引き裂いた。
 服の白い切れ端が夕闇を舞い、守りを剥がれる死神。真也は傷だらけの手を翳し、異空間から武器を呼び寄せる。
 人間を、ダモクレスを、同胞たる死神を、あらゆる者を実験台とし、己の野心の踏み台にしてきた赤い翼の死神。その傲慢なるデウスエクスを『死』へと導くために。
「血に飢える電光石火の猟剣よ。その力をもって、敵を亡き者にせよ」
 右手に構えるは、弓。つがえるは、雷光をまとう黒い剣。
 引き絞った剣を矢として放つ真也のグラビティ、その名も――。
「喰らいつけ、『血に飢える電光石火の猟剣』!」
 真也の一射は死神の脇腹を貫き、その身を束ねる神経回路を電光で焼き切っていく。直撃を受けた死神の上げる苦悶の絶叫が、夕闇の海に響いた。
「ぐ……あぁぁぁぁっ!!」
「損傷部位分析……破損深度測定……完了。狙うべきは、其処ね」
 死の名を冠するリボルバー銃を抜き放ち、アウレリアはトリガーを引く。
 何者をも逃さない正確無比の狙撃が死神の傷を過たず抉り、体をズタズタに引き裂いた。
「神宮時! 決着つけてやれ!」
 暴れ狂うカツオと真正面からがっぷり組み合いながら酸塊が言った。火力に優れる敵死神との立ち回りで傷だらけになりながら、ドラゴニアンの少女は力強くあおの背を押す。
「七種さま、みなさま、ありがとう、ござい、ます」
 仲間達に感謝を捧げ、あおは夕陽を背負うように翼を広げた。
 死神と同じ、赤い翼を。
「……満ちる、朽ちる……理を翻す、歪曲の、調べ……」
 古代唄魔法の一種、『永眠りの謳』。
 かつて世界が負った痛みの記憶を読み取り、解き放つ魔法だ。
 怨嗟の詩に囚われた赤い翼の死神。その断末魔の絶叫と共に、死神のコギトエルゴスムが砕け、破片となって神戸の夕闇に散った。
 死神から解放された女性が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。あおは戦いの最中である事も忘れ、その傍へと駆け寄る。
「しっかり――」
 女性の手を握り、傷だらけの顔で見下ろすあお。そんな彼女を見つめ、女性はゆっくりと唇を動かした。自らに残された命の、最後の残り火を灯すように。
「……あお……い……」
「…… ……そう、だったん、です、ね」
 こと切れた女性の目を、あおはそっと閉じてやった。
「……よかった、です。きょう、このときまで、いきてきて」
 沢山の思いがこみ上げてきた。貴女の手の温もりを、もう少し感じていたい。
 けれど――。
 戦っている仲間達のもとへ、今は戻らねば。


 ケルベロス達がカツオの死神を討ち果たしたのは、それから数分後の事だった。
「何とか……勝てたね……」
 リナは戦いを終えると同時、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。仲間達を見回せば、無傷の者は一人もいない。だが、辛うじて重傷者は出さずに済んだようだ。
「……お疲れ様です。タライの出番、ありませんでしたね……」
 フェルディスは冗談めかして仲間と笑いながら、ふと死神の遺した言葉を反芻した。
(「死神が研究について語った言葉……あれは……」)
 敵の言葉が事実である証拠はどこにもなかった。
 仮に事実であっても、死神が真の目的を知らされていた保証はない。
 だが、この戦いで得た情報は、残さず持ち帰って報告しようと思った。
「それでは皆さん、帰りましょうか。私達を待つ、新たな戦いのために」
 紺の言葉に頷いて、ケルベロス達は帰還の途に就いたのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月10日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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