そこは、都心からも気軽にアクセスが出来る場所にある、とある森に囲まれたリゾート内に設けられたグランピング施設。
朝の澄んだ空気は清々しく、新たな一日の始まりへの期待を高めてくれる――そんな折。
がさがさと草が動き、森の一角に放置――もとい、廃棄されていたバーベキューコンロの元に、握りこぶし程の大きさのコギトエルゴスムに機械で出来た蜘蛛の足のようなものがついた小型ダモクレスが現れたのだ。
小型ダモクレスは何かを確かめるようにコンロの周りを回った後、静かにその中へと入っていく。
――そして、瞬く間にバーベキューコンロを光が包んだかと思うと、そこには、バーベキューコンロのようなダモクレスが誕生していた。
「ジュワッ! ジュワッ! タベゴロデスヨー!」
ダモクレスは何だか楽しそうな足取りで、けれど、グラビティ・チェインを奪うというただ一つの目的のために、どこへともなく歩き出したのだった。
●星の降る森、きみと過ごす日
星降る森のグランピング施設の近くに廃棄されていたバーベキューコンロが、ダモクレスになってしまう。
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)の予期によって予知が叶った事件について、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はそう切り出してから、最近はこういう所もあるんだねえ、と感心を通り越して感動している風でさえあった。
グラマラスなキャンピングという造語から作られたグランピングは、そのまま、普通のキャンプよりも豪華で贅沢なキャンプ――ということらしく、普通のキャンプに必要なテントや食事も用意され、手軽にアウトドアや自然を楽しめる、近年では新しい体験型旅行であり、今回ダモクレスが現れるのも、そのグランピングが楽しめる施設の近くだというのだ。
宿泊場所となる少し豪華でお洒落なテントにはベッドの他にもハンモックが下がっていたり、併設されたレストランでは石窯焼きのピザやビーフシチューを始めとする食事が楽しめたり、もちろん、バーベキューの準備も出来ている。夜でも明かりに照らされた散策道から行ける展望台から臨むことの出来る星は、光の多い都会では決して見ることの叶わない――満天の星空だ。
「ともかく、幸いにもまだ被害は出ていないけれど、ケルベロスとして放置しておくわけにもいかないから、皆にはこのダモクレスを退治してほしいんだ」
バーベキューコンロが元になっているダモクレスは、外見が何となくそれっぽいのが特徴だ。攻撃としては、トングのような棒状の何かを振り回してきたり、肉だったり野菜だったりを焼いたような形の固形物を飛ばしてくるが、もちろんこれは食べることは出来ない。他にも火力を上げて自身の回復と攻撃力の増加を行うが、ケルベロス達が力を合わせて戦えば、決して脅威な存在とはならないだろう。
「ところでトキサくーん、その、グランピング施設は……泊まれたりとかしちゃったりしなかったりするのー?」
目をキラキラさせているテレビウムの地デジと共に、こちらも期待に満ちた眼差しを向けてくる隼に、トキサはにやりといつになく得意げな笑みを浮かべてから、もちろんと頷いた。
「何と、皆の日頃の行いが良すぎたからそこそこの団体さんが直前になってキャンセルしちゃったみたいで、部屋に結構な空きが出てるみたいなんだよね」
なので、デウスエクス退治のついでにでも泊まっていってくれるのなら、施設側にとってもこれ以上ないということらしかった。
ならば、泊まらない理由はないだろう。もちろん、料金も割引(ケルベロス)価格だ。
「私、そういう所に行ったことがなくて、……楽しみ、です!」
フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)もキラキラと目を輝かせて、やる気いっぱいのようだ。
「というわけで、たまにはのんびり星を見ながら存分に楽しんでくるのも、ケルベロスとしての大事な休息だからね。その前の一仕事をきっちりこなして、あとは、ゆっくりしておいで」
トキサはそう言って皆をヘリオンへいざないつつ、おみやげ話期待してるからねー、とのんびり笑うのだった。
参加者 | |
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クィル・リカ(星願・e00189) |
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884) |
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968) |
真柴・隼(アッパーチューン・e01296) |
燈・シズネ(耿々・e01386) |
シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576) |
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420) |
グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784) |
辺りを見回せば、紅く色づき始めた葉もちらほらと見える森の中。
だが、そんな景色には凡そ似つかわしくない、何かが焦げたような臭いがケルベロス達の鼻をついた。
「……熱そうですね」
目の前に現れたのは、今まさに生まれたと言っても過言ではないダモクレスが一体。元はバーベキュー用のコンロとして使われ、置き去りにされていつしか朽ちてしまったモノの成れの果て。
その姿を目にしたクィル・リカ(星願・e00189)がぽつりと呟いた次の瞬間、ダモクレスはグリルの上の焦げた物体をトングで掴み取った。
「ヤキタテデース!」
掛け声と共に、焼き立てらしい黒焦げの物体が飛来する。後衛を狙ったそれの前に、躍り出たのは小さな影。
「ぽかちゃん先生!」
師であり相棒でもある翼猫を呼びながら、鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)は盾としてダモクレスの攻撃を受け止めた。
「熱ーい! でも、悪さしないように、しっかりやっつけるからね! ――ぽかちゃん先生! キャットリングだ!」
呼ぶ声に鳴いて応えたぽかちゃん先生が、もふもふの黒い尻尾を飾る赤いハートの宝石がついた輪を飛ばす。特別な軌道を描いてダモクレスへと向かったそれは蓮華との練習で身につけた、気迫の籠もった一投。死角から飛んできた輪の直撃を受けたダモクレスへ、今度はぽかちゃん先生自身が鋭い爪を閃かせながら飛び掛かる。
「……いっておいで。そして、守って」
凛と響く、エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)の声。広げた掌に咲いた白のダチュラを両手で包んで唇を寄せ、高く空へと放てば、ダチュラの花の羽持つ蝶が羽ばたいて、甘く濃厚な香りの癒しと守りを寄り添わせる。
「頑張りましょうね、フィエルテ。……アナタも、頼りにしてる」
柔らかく微笑んで告げるエヴァンジェリンに、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)もはい、と確り頷き、避雷の杖で後衛を守る雷壁を編み上げた。
この一仕事の後に待っているのは、グランピングと呼ばれる豪華なキャンプ。
「こんなに自然豊かな空気の良いところで……、騒ぐのは宜しくない」
今しがた投げつけられた物。それが本物の食べ物かどうかまではわからないが、投げられるととても許せない気持ちになる。ゆえに零れそうになった欠伸を噛み殺し、アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)は真っ直ぐにダモクレスを見据えて。
「早急にご退場願おう」
「ええ、全力で倒してしまいましょう」
アラドファルの声にクィルが応え、重力の尾を引く星の瞬きを降らせた直後、
「――眠れる程度の痛みだから」
灯るのは、落ちた星が残した無数の点と線。それらが織りなす光が、ダモクレスの動きを更に鈍らせる。
「こら、拾い食いは駄目だぞ地デジ!」
投げかけた声は、地面に落ちた黒い塊をスパナで興味深げにつついていたテレビウムへ。慌てたような顔で振り返る地デジの脇を抜け、真柴・隼(アッパーチューン・e01296)が見舞うのは達人の一撃。気を取り直したらしい地デジも後に続き、渾身の力を籠めて振るったスパナで痛烈な打撃を食らわせる。
金属と金属がぶつかり合う派手な音の余韻が朝の清涼な空気に溶け消えるより先に、燈・シズネ(耿々・e01386)が地を蹴った。
「コンロ相手に戦うってのも変な話だが、キャンプ客を襲っちまったらたいへんだからな」
急所を狙い穿つ、旋刃の如き電光石火の蹴り。派手に転がったダモクレスを、グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)の空色の瞳が捉えた。
人が廃棄した物がこのような形で利用され、人を傷つける可能性を生むというのは皮肉な気もするけれど、被害が出る前に確りと止めることこそが、ケルベロスとしての使命。
「逃がしはしない……確実に捉える」
グレッグは白銀に煌く流体金属を纏って己が身を強靭な兵器へと変え、鋭い刃の如き蹴りを叩き込んだ。
「おいたをするなんて……いけないのだわ」
箱竜のネフェライラが自らの色宿す息吹を見舞う中、黄金の果実の光の加護を前衛へと差し出しながら、シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)は涼やかに告げる。
――今宵の森は、星降る宿。
「……危ない火遊びは、御法度よ」
互いに声を掛け合いながら、ケルベロス達は一気に畳み掛けていく。
「……そろそろ、決着をつけるとしよう」
注意深く敵の様子を観察しながら戦っていたグレッグは、今が好機とばかりに同胞達へ呼び掛けると、自身もまた鉄爪で空間を斬り裂いて真空波を飛ばす。
アラドファルは鮮やかに燃え上がったコンロの炎を音速を超える拳を叩き込むことで掻き消し、触れたその熱に思わず一言。
「肉を焼きたくなってきたぞ。……普通のコンロに戻れたのならどんなに良いことか」
「後で存分に楽しみましょう、本物のお肉やお料理を」
アラドファルの呟きに微笑んで応じながら、痛みを感じているのか飛ぶように跳ね回るコンロへ、クィルが迫っていた。
「黒い、黒い、雨が降る。止まない、やめない、――もう動けない」
降り注ぐ、重く黒い雨粒。纏わりつくように少しずつ機械の体を蝕んでゆく暗い影が、甘い毒のように自由を奪い、消えた炎を閉じ込める。
「あと少し! 行くよ~!」
ぽかちゃん先生が再び爪を閃かせる傍ら、眩い光のドレスのような光輝くオウガメタルを纏い、蓮華は輝く拳でダモクレスの装甲を砕き。
「ジュワッ! メッシアガレー!」
それでもなお抵抗を止めないダモクレスのトングのような得物と、盾として奮戦する地デジのスパナが真っ向からぶつかり合って火花を散らす。更に顔の画面から眩い光を放って応戦する地デジを援護するように、隼が爆破スイッチを押して不可視の爆弾を起動させた。
「タ、タベゴロ……」
「焦げてるし! 全然食べ頃じゃないから!」
懲りずにグリルの上の黒い物体を勧めてくるダモクレスに、隼はツッコミを忘れない。
「楽しい時間を、彩ったものであったでしょうに。無粋なダモクレスごと、もう一度眠らせてあげるわ」
エヴァンジェリンは静かに告げると、巨大な竜槌を振り抜いた。
「氷の夢を、見せましょう。……お還り、そして、オヤスミ」
放たれたのは、生命の進化の可能性を奪うことで凍結させる超重の一撃。
瞬く間に凍りついていくダモクレスを見て、終幕が近いことを悟ったシャーリィンも攻撃の手を選んだ。
「月に捧げましょう……その御身、御心……全てが朽ちるまで……!」
シャーリィンが紡ぐのは、月の竜族に古より伝わる唄。それによって引き上げられた魔力が呪縛の鎖を編み上げて、ダモクレスを縛り付ける。
「ジュワ……ジュワァ……」
ケルベロス達が繋いできた攻撃の末、今にも崩れ落ちそうなダモクレスを前に、シズネは一歩踏み出した。
――飛んで来た何かが食べられないのは少し残念だった、けれど。
「まあ、コンロも飛んでくるものも、斬るのは問題ないよな? ――じゃあな」
動きは一瞬。青鈍の鞘から奔る刃が、夜風を纏い閃いた。
刀を抜き、鞘に収めるまでの間に繰り出された斬撃、その剣筋は一太刀にあらず、初めの一閃の後を追う無数の斬撃がダモクレスの体に刻まれる。
「ジュッ……」
黒い煙が最後にぽふんと弾け、同時にコンロだったダモクレスは在るべき場所へと還るように霧散した。
戦いで荒れた箇所にヒールを施せば、秋の彩りに似た花が咲く。
労いの声を掛け合いながら、ケルベロス達は各々待ち合わせていた連れと無事に合流を果たし――そして、穏やかなひとときを過ごすのだった。
たっぷりのチーズにサラミとチョリソー、黒トリュフも乗せて。バジルの彩りを添えれば、欲しいものを全部織り込んだ特製ピザの出来上がり。
秋らしいスイートポテトとパンプキンのハーフ&ハーフのスイーツピザにはチョコソースを掛けて、ちょっぴり先取りのハロウィン気分を。
ほくほくあつあつの美味しさを堪能しながら、クィルはジエロが食べる姿を見つめる。
大好きな人を見ながらの食事が、クィルにとっては一番の幸せで。
「食べないの?」
ジエロが柔らかく問う声に笑み返し、クィルはスイーツピザを手に取ると、彼の口元へ差し出した。
「……ふふ、はい、あーん」
他愛ないやり取りにも、重なる幸せ。
これまでに一緒にしてきたことはたくさんあるけれど、初めてすることも、今この瞬間も、そしてこれから重ねていくことも、全て。
二人で重ねていく想い出こそが、どれも同じくらい、大切なものになる。
だからこそ、この先も。これから先もずっと、一緒に。
テントの傍、小さな焚き火を囲んで寄り添うグレッグとノル。
二人の手には、グレッグが手ずから作った蜂蜜とラム酒入りのホットミルク。一枚のブランケットに収まれば、秋の冷たい夜風の中でも互いのぬくもりに満たされる。
そっとグレッグの肩に寄り掛かると、傍らに在る確かなぬくもりが安らぎを与えてくれるのをノルは感じて。
そうして夜空を見上げれば、満天の星にただただ目を奪われる。
思い出すのは去年の夏の終わり。共に見た星の瞬く空。
「あのときはすぐ奇跡っていう、って言われたけど。今はほら、やっぱり奇跡でしょ」
「……そうだな」
こうしてノルと過ごす時間はグレッグにとって暖かく、何気ない瞬間の一つ一つが全て大切で。
「本当に奇跡のような宝物だと、今は思う……」
共に過ごすことの出来る幸せと、穏やかに流れていく時間。
「……ずっと、こうしていたい」
ノルが零したささやかな願いに、グレッグは柔らかく目を細め頷いた。
布一枚の隔たりの先には外の世界。
テントの中にベッドがある光景も、何だか不思議な感じがして。
「ハンモック、とても心地好いぞ」
そう勧め、春乃が腰掛けたのを確かめてから、アラドファルはハンモックを優しく揺らす。
「揺り籠にいるみたいだろう?」
ゆらゆらと動く優しい揺り籠の中、春乃の耳に届いたのは、アラドファルが紡ぐ優しい鼻歌。
未来のために頑張っている彼女が少しでも癒されるよう願いを込めた――けれど。
「……下手でも笑わないように」
遠慮がちに添えられた声に、下手だなんて思わないよ? と春乃は微笑んだ。
「君が、わたしのためにしてくれることは。どんなことだって、うれしいの。でも、仕事したのはアルさんだから、あとでちゃんと、わたしにもお返しさせて!」
そのときは子守唄もつけるからねと笑みを深めながら、春乃はアラドファルが差し出した手を確りと握って立ち上がる。
いつしか空には満天の星。星の降る森へ、――大好きな『君』と。
レストランで石窯ピザやビーフシチューを、そして星空の天蓋を堪能した後、エヴァンジェリンとルビークは豪華なテントで甘い果実酒を酌み交わす。
義娘であるエヴァンジェリンが成人したら一緒に飲みたいと思ってはいたものの、案ずるようなルビークの瞳に映る彼女は、早くも酔いが回っているようで。
「もう酔ったのか?」
そうみたい、と、元々強くはない自覚のあるエヴァンジェリンは、甘えるようにルビークへと抱きついて。
「ふふ、大好き」
特別酔うのが早いのは、大好きな『貴方』と一緒だから。
甘えてくる義娘につい嬉しくなりつつも、ふとルビークの脳裏に浮かぶのは、『エヴァは酔うと危ない』という、友人の言葉。
(「まさか抱き癖が……」)
なんて心配が過りつつも、この瞬間さえも愛おしいもので。
けれど、と、ルビークは思うのだ。
(「これは……完全に俺を男だと思っていないな」)
ルビークの苦い笑みと想いとは対照的に、彼の腕の中、エヴァンジェリンは至極幸せそうに――へにゃりと頬を緩めていた。
ふたりだけの、夜の世界。
星屑と月明かりの差し込むテントの中、柔らかな寝台に身体を横たえながら、シャーリィンとユアは互いの月を愛おしく見つめ。
「夜から、出て行ってしまわないで……」
宵の中で、微睡んでいて欲しい。シャーリィンの唇が紡いだ言葉は無意識に。けれど溢れた願いを掬い上げるように、ユアは柔らかく笑みを浮かべて。
「僕は君だけの月……君の夜から出ていく時は、――それは、僕が命を落とす時のみ……」
だから、命が続く限りは、誰よりも一番近いところに在るこの宵の中で、息をし続けるのだろう。
慈しむようにネイビーブルーの髪を梳いていたユアの指が、伸ばされたシャーリィンの細い指先を繋ぎ止める。
「――大丈夫だよ、シャーリィン。ゆっくりおやすみ……僕という月は、ずっと……君という宵と共に在るから……」
ユアはそっと目を閉じると、愛しい宵を護るように掌を包み込み、そして彼女のために小さな声で子守唄を紡ぎ始めた。
優しくも穏やかな微睡みの中、シャーリィンは想う。
(「夢を見ることが出来るのなら、貴女に……」)
蓮華と紗羅沙はベッドの上、ぽかちゃん先生を間に挟みながら、穏やかに過ぎていく時を過ごしていた。
「こうして一年……また蓮華ちゃんと一緒に過ごすことが出来て、ホントにお姉さんは嬉しいと思ってるのよね~、蓮華ちゃんはどう思いますか~?」
紗羅沙の問う声に、蓮華は姉と共に無事に迎えることの出来たこの一年を振り返る。
大事な人と一緒に居られること、大事な人がすぐ傍でずっと心配していてくれたこと、――そして、同じ場所で一緒に戦ってくれたこと。
その中で蓮華が見つけたのは、ケルベロスになって見失いがちだった本当に大切なものや、本当になりたかったもの。
「お姉ちゃんと一緒にいられて、心が強くなれたの。それが、何よりも嬉しかった」
妹の答えを聴きながら、紗羅沙はただただ頷いて。
ケルベロスとして目覚める前に感じていた妹との距離も寂寞も、紗羅沙はもう感じない。
ただ、蓮華と一緒に一つの季節を、一つの大きな戦いを乗り越える度に、こんな風に他愛ない時間を過ごせることにとても大切な意味があるのだと思うばかりだ。
「お姉ちゃん、ぽかちゃん先生、本当にありがとうね」
すぐ傍にある紗羅沙とぽかちゃん先生のぬくもりを感じながら、蓮華は静かに目を閉じた。
手が届きそうなほどの煌めく星の囁きに身を委ねた後は、夢の世界に誘われるまでの時間を、ふたり。
「ねえ、シズネお兄様のお願い事は何?」
生まれた日を一つ越えたばかりのシズネにラウルが向けるのは、悪戯めいた眼差しと声。いつもと違う呼び名にシズネは擽ったさと高揚感を覚えながらも、ほんの少しの思案顔。
「そりゃあ、あの満天の星空よりもすごいもんが欲しいなあ」
「今日の星空より凄いもの……君は俺に何を望むの?」
無茶とも取れる願いにも、返るのは幸せな色満ちる声。
本当に願うのは、こうして過ごす時間がずっと続くこと。
「次の年も二人で過ごせたらいいね。けど……俺はいつまで君の隣で祝えるんだろう」
ラウルの口から、不意に零れ落ちた言葉。その真意をシズネが問うより早く、ラウルは過った感傷と湧き上がる感情に蓋をするように瞼を閉じた。
(「それじゃまるで、何処かへ行ってしまうみたいだ」)
互いの晨昏を閉じ込めたまま、夢の中。
幸せなこの夢も、いつか醒めてしまうのだろうか――。
展望台の片隅で星を眺めながら、あかりはポケットに手を入れる。
掌に触れるのは、『あの日』の花の種。
想うのは、植物が似合う、優しい夜のようなひと。
もう逢えないとわかっていても、何気ない風景の中につい『彼』を探してしまう。
それは今までも、そして、これからもきっと変わらないのだろう。
綺麗な星が照らす、こういう場所にこの種を植えたら、彼は安らかに眠れるだろうか。
――そうは思っても、まだ種を手放す勇気は出ないまま、あかりは種を包み込むように掌をそっと握り締めた。
「すっげえ、空が近い! 星の光が鮮やか!」
宝石箱をひっくり返した様な空に歓声を上げる隼の傍ら、ジョゼの瞳に映る星空も、見慣れている筈なのに今日は一層輝いて見える。
夜気の冷たさを少しでも和らげられるようにと隼が差し出したのは、キャンプの定番マシュマロラテと、チョコレートのシリアルバー。
「懐かしいっしょ?」
それは二人が初めて出逢った日、敵意を剥き出しにしていたジョゼの機嫌を取るために隼が彼女に渡した物。
こんな物で絆されたのかとジョゼは単純な自分に呆れるものの、あの時の新鮮だった気持ちは今でも覚えている。
バーを一口齧れば、口いっぱいに広がるのは甘く懐かしい味。
――なのに眦に溜まった雫が頬を伝うから、ジョゼの口から溢れたのは、
「……しょっぱい」
「へ、ちょ、どしたの」
「煩いわねこっち見ないでよ」
涙の理由は隼にはわからない。だから代わりに、温まりたいだけというのを口実にジョゼの華奢な身体を後ろから抱き竦める。
「やっぱり、キミと見る世界が一番綺麗だわ」
隼と出逢ったことで、空っぽだったジョゼの宝石箱は沢山の光で満たされた。
隼の宝石箱にも、ジョゼとの想い出の欠片が数え切れないくらい詰まっていて。
それは、きっとあの空に瞬く星達のように、鮮やかに華やかに――煌めいているのだろう。
作者:小鳥遊彩羽 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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