●前世の記憶?
夜の帳が降りた街。住宅街の一角にある民家の扉を、けたたましく叩く音が響き渡る。
「ねえ、裕也君。いるんでしょ? いるんだったら、返事してよ!」
扉を叩いているのは1人の少女。だが、彼女の腕は2本ではない。
背中や腹や、果ては太股の付け根まで。複数の部位から生えた腕のような肉腫を使って、彼女は扉を叩き続ける。
「そうか……きっと、悪い魔女に捕まっているから出て来れないんだね。だったら、私が助けてあげる! 前世で私が、あなたを助けてあげたみたいにね!」
そう言うが早いか、少女はバールのような物を取り出して、強引に扉をこじ開けようとした。が、その先端が扉の隙間に触れた瞬間、彼女の身体を複数の男達が取り押さえた。
「そこまでだ! おとなしくしろ!」
「通報にあった患者を確保した! 大至急、病院へ搬送するんだ!」
扉から少女を引き剥がし、男達は彼女を強引に救急車の中へと運び込む。だが、それでも少女は必死になって肉腫を振り回し、最後まで抵抗を試みた。
「離して! 私は裕也君と一緒にいるの! 前世から、ずっと一緒になるって決まってたんだから!!」
赤色灯が夜の街を照らす中、妄執にも等しい少女の叫びが虚しく夜の空に昇って消える。だが、病院に搬送され、隔離状態にされてもなお、彼女の考えは変わらなかった。
「裕也君と引き離される……前世と同じ……。でも、そんなの認めない……認めない……認めない……。邪魔するやつは……全部……全部殺してやる……。だって……」
そこまで言って、少女はうっすらと笑みを浮かべ、言葉を切る。
「だって……そういう人は……きっと、全部悪い魔女の仲間なんだから……」
●妄執と妄想
「招集に応じてくれ、感謝する。今回はお前達に、とある病の病魔を退治してもらいたい」
その名は悲腕症候群。病的な恋心を極限までこじらせた女性が発症する病気で、吐き気とともに身体の各所に『腕に似た形状の巨大な肉瘤』ができ、次第に痛みを伴って肥大化して行く病だという。
現在、病院の医師やウィッチドクター達の努力で、ようやく根絶の準備が整ったのだと、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は集まったケルベロス達に事の詳細に関する説明を始めた。
「現在、この病気の患者達が大病院に集められ、病魔との戦闘準備が進められているぜ。お前達に倒してもらいたいのは、この中でも特に強力な『重病患者の病魔』になる。患者の名前は日野宮・真由(ひのみや・まゆ)。本来であれば、少々空想癖のある程度な、どこにでもいる文学少女だったんだがな……」
そんな彼女が好きになったのが、学校で同じ文芸部に所属している相澤・裕也(あいざわ・ゆうや)という少年だった。いつしか、彼女は自分と裕也が『前世で恋人同士であったが、悪い魔女によって引き裂かれた』という妄想に耽るようになり、やがて自分が前世の因果から裕也と結ばれる運命にあると思い込むようになってしまった。そして、その想いは病によって更に肥大化し、ついには裕也の家に押し入ろうとしたところを確保されたのだという。
「戦闘になると、この病魔は恋愛感情に伴う心の痛みを炎に変えて放ったり、全身から生えた多数の腕で掴みかかったりして攻撃して来るぞ。他にも、患者の病状を進行させる形で、体力を回復することもあるから注意してくれ」
その様は、まるで肥大化した相手への独占欲が、そのまま具現化したかの如く。ある意味では、あまりに危険な病だが、しかし対処法がないわけではない。
「この病気の患者の看病をしたり、話し相手になってやったり、慰問などで元気づける事ができれば、一時的に病魔の攻撃に対する『個別耐性』を得ることが可能だ。耐性を得れば、病魔の攻撃で受けるダメージも減少するからな。後は速攻性を重視して仕掛ければ、一気に畳み掛けることも可能になるぜ」
重要なのは、患者が恋する対象に対しての執着心を薄めること。真由は裕也が運命の相手だと信じ込んでいるようだが、今までの行き過ぎた行動や妄想癖から、裕也は真由のことをい快く思っていない。また、裕也はかなりの現実主義者(リアリスト)でもあるので、そもそも空想癖の強い真由とは性格も合わない。
裕也が真由の運命の相手ではないことを伝えつつ、真由に現実の世界で新しい幸せを得るよう納得させること。可能であれば、前世などというものへの拘りも捨てること。それができれば、『個別耐性』を得ることは可能だろう。
「恋は盲目とは言うが、さすがに妄想と現実の区別が付かず、相手の気持ちも無視してしまうのはいただけないな。だが、病魔を根絶できれば、そんな理由で必要以上に苦しむ者もいなくなるはずだ」
そのためには、多少なりとも相手のノリに合わせてやる必要が出て来るかもしれない。なかなか面倒な部分もあるとは思うが、病魔を根絶する機会は見逃せない。
妄想と妄執に捕らわれた、哀れな少女の恋心を救ってやって欲しい。そう言って、クロートは改めて、ケルベロス達に依頼した。
参加者 | |
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グレイ・エイリアス(双子座のステラ・e00358) |
桜庭・果乃(キューティボール・e00673) |
グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868) |
霧島・絶奈(暗き獣・e04612) |
白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055) |
田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514) |
コスモス・ベンジャミン(かけだし魔導士・e45562) |
麻上・悠花(地球人のミュージックファイター・e61709) |
●歪んだ妄想、儚い幻想
薄暗い病室の扉を開けると、途端に湿った空気が部屋の中から溢れ出てきた。
患者自身の意思で照明を消しているのだろうか。そっと明かりを付けてやると、果たして病魔に憑かれた日野宮・真由は、その全身に多数の腕のような腫瘍を生やしたまま、ベッドの隅で丸くなって何やら小声で呟いていた。
「……誰? もしかして……私を裕也君のところへ連れて行ってくれるの?」
そう言ってケルベロス達の方へと振り向いた真由の瞳は、既に光を失って灰色に濁っている。もはや、彼女の頭の中には自分の想い人のことしかなく、それ以外は考えられない状態になっている。
「うちらはケルベロスです。貴女の病気を治すためにこちらに来ました」
色々と言いたいことあったが敢えて飲み込み、田津原・マリア(ドラゴニアンのウィッチドクター・e40514)は真由に声をかけた。その上で、持ち込んだファッション雑誌を広げて見せ、改めて真由に尋ねてみた。
「病気治して出れたら、どんなお洒落してみたいですか?」
「お洒落? 私は、裕也君が気に入ってくれる格好だったら、なんでも構わないよ」
もっとも、返って来たのは予想に反し、何ら主体性のない言葉。確かに、相手が気に入ってくれる格好を優先するという気持ちは解るが、これは早々に出鼻をくじかれた。
「なるほど、あなたは本当に相澤さんのことが好きなのですね。それでは、その理由を教えていただけますか?」
ならば、相手のどこが好きなのかという点から解決の方法を探るコスモス・ベンジャミン(かけだし魔導士・e45562)だったが、やはり盲目的な恋心に酔っている真由には、彼の質問の意図も読めなかったのだろうか。
「私が裕也君を好きな理由? そんなの、簡単だわ。裕也君は、私の王子様なんだもの。前世から、それはずっと決まっていた運命なの!」
「前世で恋人だったからという話だけならば、前世の関係にこだわって彼自身の魅力に気づかないのは良いのですか? 前世のあなたが居たなら、彼に恋をした理由も別にあるはずです」
「勿論よ! 前世の裕也君は、私のことを助けてくれた王子様みたいな人で……」
それからしばらく、真由は陶酔したような表情になって、どこか遠くを見るような瞳のまま、コスモスを始めとしたケルベロス達に自分の妄想を語って聞かせた。
傍から見れば、それは少女の淡い想像でしかない物語。現実性はおろか、およそ何の確証もない、単なる空想の産物でしかない。
だが、それでも真由にとっては、自らの信じる前世のストーリーこそが真実なのだろう。だからこそ、自らの本音を答える言葉にも迷いがない。
相澤・裕也は、前世で自分を助けてくれた存在だ。それだけでなく、ルックスも好みであれば、知性溢れる雰囲気や、周りの粗暴な男子とは異なる大人びた雰囲気も魅力的に感じる。そして、それは全て、前世の自分が裕也に恋した理由と同じ物。だからこそ、自分は裕也が前世の自分の王子様が生まれ変わった姿だと、直感で気付いたのだと言ってのけた。
「大変だったな。これまでの現世での事、聞かせてもらえるか?」
盛大な長話を聞かされ、グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)が真由の視点を『現世』に戻そうと試みるも、肝心の真由自身はあまり乗り気でない模様。
「現世? 裕也君と出会えなかった頃のつまらない話とか、一緒にいられなくて辛かった時のこととか……そういうの、できれば思い出したくないよ……」
今でさえ裕也と会えなくて辛いのに、なぜもっと辛いことを話さねばならないのか。それだけ言って、真由は視線を逸らし、再びベッドの上で身体を丸めてしまった。
「生まれる前からの縁というのは……ロマンティックだと思うのです。私個人としても、心当たりがあるだけに……」
ならば、ここは相手の話に合わせようと、白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)が真由に賛同の意を示す。もっとも、全てに賛同するのではなく、1つだけ釘を刺すように苦言を呈し。
「ただ……ひとつだけ。前世の縁が眩しすぎて……今世の縁を見失いませぬように。……今を懸命に生きている身としては……」
輪廻の前、当の本人が知るはずもない話ばかりを持ち出されても、それは寂しさが募るだけ。今の自分を見て貰えぬようで、辛い物だと語り掛け。
「前世からの運命……今の貴女は前世の貴女の代わりですか?」
それでもあくまで前世に拘るのであれば、それは単なる身代わりに過ぎないと霧島・絶奈(暗き獣・e04612)が続けて尋ねた。
真由の中では、前世の自分の方が現世の自分にないものをたくさん持っていたのかもしれない。だが、逆に現世の自分だからこそ、持っているものもあるはずだと。
「それに『前世の貴方が好き』は、今を生きる者にとって最大限の侮辱だと感じません? 代わりとしてではなく、貴女自身の魅力を磨いてこそ成就するものがある筈。原石も磨かなければ、只の石くれです」
最後の方は、多少手厳しい言い方になったが、それも已む無しか。もっとも、肝心の真由自身は怒ることもせず、さりとて迷いを見せることもなく。
「え~、私は別に、裕也君を侮辱したことなんてないよ~。それに、私は『前世の裕也君』も、『現世の裕也君も』大好きなの! お姉さんみたいに綺麗な人になれれば、裕也君も私のことを、もっと好きになってくれるかなぁ?」
恍惚した表情を浮かべながら、真由はどこか調子の外れた声で、明後日の方を向いて絶奈に尋ねた。
先程から、どうにも話が噛み合っていない。おまけに、サキュバスの魅力で魅了したせいか、彼女の妄想は裕也だけでなく、絶奈にまで向けられようとしている始末。
「確かに相手を思う心は大切だよ。でも、それが行き過ぎたらその相手を傷つけて、かえって自分の思いから遠ざかってしまうかもしれないよ」
「自分だけの思いじゃなくて、相手の思いを受け止めなきゃ。恋愛は一緒に幸せ、だよ」
どうにも周りのことが見えていない真由に、とうとう桜庭・果乃(キューティボール・e00673)やグレイ・エイリアス(双子座のステラ・e00358)も、行き過ぎた恋心を諌めんと語り掛ける。が、やはりというか肝心の真由自身、裕也を傷つける気持ちが欠片もないのが厄介だった。
「そんなことないよ! 前世では私も裕也君も両想いだったんだから、現世でも同じはずだもの! それに、私は裕也君のこと大好きなんだから、傷つけるはずなんて絶対にないし!」
自分の想いは本物で、裕也もまた自分を想っているに違いない。それが上手く行かないのは、全て悪い魔女が邪魔をしているからなのだと。
妄想、ここに極まれり。傍から見れば、今の真由は自分の主観でしか物事を見ていない痛々しい少女だが、しかし彼女自身にそんな自覚などあるはずもなく。
「前世の記憶が本物だとしても……大事なのは『現世で幸せになる』事だろ?」
「恋心なんて強い気持ちがあるのに、現実に向けられないんは勿体無いですよ、お洒落も恋も未来も同じです。恋以外に好きな事、貴女にもあるでしょう?」
堪らず、グレインやマリアが問い掛けるも、真由は同じような答えを繰り返すだけだ。
「好きなこと? 私が好きなのは、裕也君の全部だよ。だから、『現世』で裕也君と、幸せになろうとしてるんじゃない!」
だんだんと、部屋の空気が嫌な方へ流れて来た。このままボタンを掛け違えるのは拙いと、麻上・悠花(地球人のミュージックファイター・e61709)は他の仲間達を下がらせ、そっと真由の耳元で囁いた。
「キミが彼との運命を信じるなら、キミは変わらなければいけない。キミの思いだけじゃなく、彼の思いを叶えられるように」
恋愛とは、して欲しいよりも、してあげたいという気持ちが大切なのだ。最後に、そう囁いてみたものの……果たして、返ってきた返答は、およそ悠花の想像していたものとは程遠く。
「してあげたい? うん、そうだよ! だから、私は裕也君のして欲しいことだったら、何でもしてあげるよ! お料理も、お手伝いも、それに……ちょっとエッチなことでもね……」
少しだけ顔を赤らめつつも、真由の言葉には、やはり迷いの欠片もなかった。
もし、真由が『世界は自分を中心に回っている』と考えるような我儘娘であれば、まだ悠花の言葉にも意味があった。しかし、真由はむしろ『世界は裕也君を中心に回っている』と考えている、病的な程に『愛してあげる』の気持ちが強い状態だ。
寂しさから構って欲しいと思うのと、自ら愛し、守ってあげたいと思うのは、似ているようで異なっている。それは、空想と現実の境界が曖昧となり、心を病んでしまった者とて変わりない。
「さっきから……あなた達は、どうして私が裕也君を好きな気持ちを悪く言うの? さては……あなた達も、悪い魔女の手先なんでしょ! きっとそうよ! だったら、早くこの部屋から出て行って!!」
ケルベロス達とのやり取りに何ら光明を見いだせなかったのか、とうとう真由は八つ当たりに近い形で枕を掴み、力任せに投げ付けて来た。
「残念ですね……。こんな形で、病魔を召喚しなければならないとは」
「力づくで治療するのは不本意ですが……これも、仕方ありませんね」
溜息交じりにコスモスと絶奈が呟き、他の者達も頷いた。
真由の気持ちを変えることはできなかったが、しかしここで病魔の根絶を諦めるわけにもいかない。
今にも飛び掛からんと全身の腫瘍を蠢かせる真由の身体から、ケルベロス達は病魔を呼び出した。瞬間、彼女の隣に全身の白化した真由の分身の如き病魔が、静かに姿を現した。
●悲しみの腕
真由を諭すことに失敗しつつ、それでも病魔を召喚したケルベロス達。だが、案の定というべきだろうか。個別耐性を得ない状態で相手をする病魔は、そこそこに強力な敵だった。
「アァ……ウ……ァァ……」
全身から生えた無数の手を伸ばし、縋るように病魔が迫る。だが、間違ってもその手を取ろうとしてはいけない。一度でも手を差し伸べてしまったら最後、全身の腕で絡め取られ、容易に逃げ出すことはできなくなる。
「熱ぅ……。このままじゃ、ちょっと危ない感じかな?」
「冗談じゃない! こんなところで、焼き殺されるなんて洒落にもならないよ」
身体に纏わり付く炎の熱に顔を顰めながら、果乃とグレイは痛みに耐えつつも病魔を睨む。が、初手で彼女達が繰り出した切り札は、点ではなく面の制圧に優れたもの。
広範囲に効果が拡散する技は、多数の敵を相手取る時こそ有効だ。しかし、今回の敵は病魔が1体。結果、大したダメージも与えられず、却って戦いが長引いてしまっている。
「まだだよ。諦めたら……そこで負けだから」
立ち止まらず戦い続ける者達の歌を奏で、悠花が燃え広がる炎を鎮火した。さすがに、1人で全ての炎を除去するわけにはいかなかったが、それでも大勢を立て直すには十分だ。
「この程度じゃ、わたしたちは負けないんだよ!」
「思いを利用する奴は容赦しねえぜ!」
果乃が逆手に握ったチェーンソー剣を叩き付ければ、ウイングキャットのたまも、敵の頭目掛けてリングを投げつけるl 続けて、グレインの投げた手裏剣が凄まじい竜巻を呼び、そのまま病魔を飲み込んで。
「来なよ。その想い、全力で受け止めてやる!」
ブラックスライムを広げ、相手の身体を覆いつつもグレイが叫んだところで、敵もまた最後の抵抗を試みた。
「ウゥ……オォォォ……」
叫びと共に伸ばされる無数の手。それに合わせて、真由の身体に生えた腫瘍が、凄まじい速度で彼女の肉体を侵食して行く。肥大化し、新たに枝分かれした腫瘍は真由の身体を包み込み、今や彼女の姿は単なる肉塊にしか見えなかった。
「病状を悪化させている!? ですが、それ以上は好き勝手にさせませんよ!」
このまま放っておけば、真由が危ない。彼女のためにも、これ以上は戦いを長引かせる訳には行かないと、マリアがその手に光を集め。
「まずはその動き、止めてもらいますよ!」
発射したのは、対デウスエクス用の麻酔弾。本来であれば神殺しの技であるそれは、しかし当然のことながら、病魔に対しても効果を発揮する。
「ウ……ウゥゥ……」
呻き声を上げながら伸ばされる敵の腕が、明らかに動きを鈍らせていた。
これは好機だ。互いに頷き、畳み掛けるようにして仕掛けるコスモスと絶奈。
「荒れ狂う雷よ、豪雨の如く降りかかれ!」
「……今此処に顕れ出でよ、生命の根源にして我が原点の至宝。かつて何処かの世界で在り得た可能性。『銀の雨の物語』が紡ぐ生命賛歌の力よ」
彼らの詠唱に合わせ、展開される複数の魔法陣。コスモスの操るそれが凄まじい稲妻を呼べば、絶奈の駆るものは光り輝く巨大な槍の如き物体を召喚する。雷鳴が鳴り響き、槍の輝きが病魔に破壊を齎す中、敵の背後から忍び寄った絶奈のテレビウムが、躊躇うことなく敵の頭を凶器で叩き割り。
「刃に宿りし魂に願う、悪しき生命力を裂き、戒めて!」
最後は、夕璃の投げた悪霊祓いの短刀が、敵の胸元に突き刺さる。
「ア……アァァァァッ!!」
広がる花弁の如き形状をした霊力に蝕まれ、顔を覆いながら崩れ落ちる病魔。歪んだ恋心を糧に肥大化する恐るべき病の元凶が消滅した跡には、夕璃の投げた短刀だけが、音もなく床の上に転がっていた。
●まだ見ぬ運命
戦いは終わり、悲腕症候群の症状も、真由の身体から消え去った。腕の如き形状の腫瘍は消滅し、真由もまた落ち着きを取り戻している。
だが、彼女を病から救いこそしたものの、ケルベロス達の心境は複雑だった。
心の問題を解決できなかった以上、真由は再び同じことを繰り返すかもしれない。身体の瘤は病魔のせいでも、歪んだ恋心は彼女自身が心の内に秘めたものだから。
大切なのは、真由の裕也に対する執着を薄めること。そのためには、裕也が恋人として相応しくない理由を説くべきだったのだが、果たしてそれを伝えようとした者が、どれだけいたか。
裕也への想いは、悪い魔女によって改変させられた記憶。前世の恋人が転生したのは裕也ではなく、どこか遠くにいる、まだ名前も知らない別の人。
真由の妄想に付き合う形で、裕也を諦めさせることもできたはず。現実の世界で新しい幸せを得るよう納得させるためにも、まずは裕也が真由の運命の相手ではないことを伝えねばならなかったのだが。
「辛いご病気で、よう頑張りましたね」
色々と言いたいことはあったが、マリアはそれだけ伝えるのが精一杯だった。
「病魔は倒したんだ。後は、本人の心の問題だな」
去り際に、それだけ言ってグレインは部屋を後にする。
願わくは、真由には現実の今で幸せを掴んで欲しい。それは彼だけでなく、この場に集まった者達が、共通して心に抱く想いだった。
作者:雷紋寺音弥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年10月10日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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