天涯の骨唄

作者:柚烏

 眼下に広がるのは、雄大でいて何処か幻想的な雲海だった。透明度を増した空に新雪の髪を遊ばせる、死神の乙女――彼女の睫毛が微かに震えたその時、空の果てに来訪者が現れる。
「お待ちしていました、ジエストル殿。此度の贄となるのは、そのドラゴンでしょうか」
 全てを見通しているかのような、確固たる死神の口ぶりに、ジエストルと呼ばれし竜は首肯した。
「そうだ。お主の持つ魔杖と死神の力で、この者の定命化を消し去ってもらいたい」
 ――彼の視線の先で呻くのは、逃れられぬ死を前にした1体の竜。満足な言葉さえ紡げぬ瀕死のドラゴンはしかし、その咆哮に凄絶な意志を滲ませていた。どうか残り少ないわが命を、種の勝利の礎として欲しいのだと。
「ええ、心得ております」
 終焉に向けて激しく燃え盛る、生命の灯を前にしてなお、乙女の声は凪いだままで。死神としての役目を淡々と、彼女――プロノエーはふたりの竜に向けて語っていく。
「これより、定命化に侵されし肉体の強制サルベージを行います。あなたという存在は消え去り、残されるのは、ただの抜け殻にすぎません。よろしいですね?」
 ――形式的な、最後の確認。それに微塵も躊躇うこと無く、瀕死の竜がおおお、と吼えた。やがて雲の上に魔法陣が現れ、竜の肉体が苦悶の声と共に溶けてゆき――そして。
「サルベージは成功、この獄混死龍ノゥテウームに定命化部分は残っておりません。ですが……」
「わかっている。この獄混死龍ノゥテウームはすぐに、戦場に送ろう。その代わり、完成体の研究は急いでもらうぞ」
 からん、と虚ろな骨の唄が、空の果てに響いた。

「……大変なことになったよ。どうか、皆の力を貸して欲しいんだ」
 ドラゴンの事件が予知されたのだと告げる、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)の指先は小さく震えていた。北陸地方にある町のひとつが、『獄混死龍ノゥテウーム』と言うドラゴンによって襲撃される――確りと情報を伝えねばと言う意志に反し、エリオットの声には微かな怖れが滲む。
「実は今回、襲撃までの時間が少なくて、市民の避難は間に合わないんだ。このままでは多くの死傷者が出てしまう、だから」
 翡翠の瞳を揺らして、エリオットはケルベロス達に乞うた。自分が急いでヘリオンで迎撃地点に送るから、皆に獄混死龍ノゥテウームの撃破をお願いしたいのだ、と。
 敵には知性が無く、ドラゴンとしては戦闘力も低めだが、ドラゴンである事に違いは無い。間違いなく強敵である――全力で迎撃を行う必要があるだろう。
「獄混死龍ノゥテウームについてだけど、その見た目は骨の竜のようで、身体に宿した炎と水を操って襲い掛かって来るよ」
 そして重要なこととして、このドラゴンは戦闘開始後8分ほどで自壊して死亡する事が分かっている。つまり獄混死龍ノゥテウームを撃破するか、或いは8ターン耐えきれば勝利となるのだ。
「自壊する理由は分かっていないけれど、もしかしたらドラゴン勢力の実験体である可能性が高いのかもしれないね……」
 しかし敵が自壊するからと言って、その前に此方が敗北してしまえば、市民に多大な被害が出るので油断は出来ない。幸い、戦闘を仕掛ければ注意を惹きつけられるとは言え、此方が脅威にならないと判断すれば市街地の襲撃を優先するだろう。
「だから、8分間耐えるだけでなく、敵に脅威を与えるような戦い方を工夫する必要もある。いずれ自壊するからと漫然と受けに回るのは、危険だから注意して」
 何処か物悲しい秋風が、エリオットの髪を攫おうと吹き付ける。その啜り泣くような風音に負けないように、彼は顔を上げると皆をヘリオンへ導いていった。
 ――この空の果てに鳴り響く、骨の唄を止める為に。


参加者
イェロ・カナン(赫・e00116)
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
北郷・千鶴(刀花・e00564)
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
ラズリア・クレイン(黒蒼のメモリア・e19050)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)

■リプレイ

●守るものを背にして
 澄み渡る空は眩しいほどに青々としていて、何処までも広がっているのだと実感することが出来た。きっと空の果ては黄昏色に染まり、今まさに太陽が沈んでいく所なのかも知れない――乾いた砂塵が肌に纏わりつく感触を覚えたイェロ・カナン(赫・e00116)であったが、直ぐに其れは己の感傷が呼び覚ましたものだと知る。
 ――此処は砂の国では無く、灰色のコンクリートで築かれた都会の街だ。しかし間もなく、彼方に広がる雲海より死せる竜が飛来し、この地は戦火に包まれてしまう。
「襲撃までの猶予は、無きに等しい……か。まぁ、覚悟はしてるけど」
 そんな訳で現場に急行したイェロ達は、直ぐに迎撃態勢を整え、街を背に立ちはだかったのだが――都市の規模的に、全てを庇いきれるとは言い難い。
(「ですが……だからこそ、私達が退く訳には参りません」)
 如何に敵の注意を此方に惹き付け、街を狙わせないようにするか。全ては、自分たちの戦い如何にかかっているのだと――北郷・千鶴(刀花・e00564)は改めて、多くの生命を背負って戦いに挑む覚悟を抱き、刀を取る。
「……改めて周辺を確認したけれど。奇襲は今回、難しいみたいだね」
 飄々とした足取りで戻って来た、御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)はそう言って肩を竦めてみせたけれど、無理そうならば構わないと既に気持ちを切り替えているようだ。
 相手は巨大なドラゴンであり、街を狙って飛来してくるのだ――気づかれずに身を潜められる場所が在るかも怪しいし、そもそも隠れている間に街を攻撃されたら元も子もない。それに全員で一斉にかかるくらいでないと、敵の注意を逸らすこともままならないだろう。
「ええ、ですから、攻撃を当てることが第一でしょう。……敵が余所見をする暇を与えないよう、全力で」
 たおやかな笑みを浮かべ、楚々とした立ち振る舞いをしていたラズリア・クレイン(黒蒼のメモリア・e19050)だったが――蒼星を映す瞳がその時、不意に細められる。戦のはじまりを感じ取り、苛烈な炎がラズリアの心を焦がす中で、空を斬り裂くようにして骨の竜が舞い降りてきたのだ。
「あれが……獄混死龍ノゥテウーム……」
 ――同胞の為、死に瀕した肉体を躊躇いもせずに捧げて、異形と化した竜。遠からず自壊の運命が定められていてもなお、刻限まで生命の灯を燃やして災厄を撒き散らすもの。
「……なんて、哀しい音」
 空へ虚ろに響き渡る骨の唄を耳にして、リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)の柳眉が微かに顰められた。しかし、彼女は気付いているのだろうか――哀しいと呟くその声音もまた、言いようのない悲哀に満ちていることを。
「虚ろに変わり果てようとも種の為に、か」
 ぽつり呟く鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)の整った美貌にも、普段は軽薄さで覆い隠した複雑な感情が滲んでいたけれど。そのまなざしは直ぐに、鋭い暗殺者のものへと転じて刃を抜く。そう、向こうが決死の覚悟で挑んでくるように、此方にも退けない覚悟――意地とも呼べるものがあるのだ。
「自壊するまで闘い抜く、その意気は徳ってるが――」
 邪悪な見た目に反して、一途とも言える想いを背負う死龍に近しいものを感じたのだろうか。強面の貌に精一杯の爽やかな笑みを浮かべて、軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)が啖呵を切った。
「人様の安寧を脅かすってんなら、気持ちを汲んではやれないのが、俺達ケルベロスだぜ」
 ――そう。今世で出来る限りの徳を積み、来世で美少女に生まれ変わる予定の双吉にとって、ここは正念場なのだ。からん、と乾いた骨の音を鳴らして此方を睥睨する竜目掛けて、その時ラズリアの轟竜砲が火を噴いた。
「かのような暴挙、見過ごす訳には参りません。あるべき場所へと帰りなさい……!」
 砲弾を浴びた死龍の眼窩に、確かな殺意が込められたのを悟った千鶴は、直ぐに黒鎖を操り守護の魔法陣を描く。ウイングキャットの鈴へは、回復に専念するようにと伝えつつ、彼女の瞳は眼前の敵を静かに見据えていた。
「空虚な脱け殻となって尚、同胞の為に燃え盛るもの――正しく決死のその覚悟は見事なれど」
 ――涼やかな音を立てて、千鶴の護刀が陽光に煌めく。凛然とした彼女の佇まいそのままに、澄んだ刃は真っ直ぐに、死龍の行く手を阻んで突き付けられていた。
「その想いも、切先も、この先に通す事は出来ませぬ」
 そう、勿論被害など出させるつもりはない、と館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)も思っている。けれど、死の際にあろうと竜は竜――甘く見ると、間違いなく痛い目を見るだろうことも理解していた。
(「……それでも」)
 ライフルを構え、過収束による光弾――ゼログラビトンを射出した詩月の元へ、骨を鳴らして竜の牙が迫ってくる。弱体化が効き威力は幾分削がれていたものの、死龍の一撃はやはり脅威だった。身を護る多重装甲が貫かれ、肉体を襲う激しい痛みに必死で耐える詩月は、血を吐くようにして己の想いを口にする。
「この街にも、きっと僕の家族のような良い人々はいるのだから」
 ――人間の誇らしさを、世界の善意を信じるレプリカントは、ほんの僅か、その口角を上げたように見えた。
「……僕が体を張る理由なんて、それで十分だよ」

●天涯に響くのは
 かちり、と音を立てて雅貴が腕時計のアラームをセットする。獄混死龍ノゥテウームの自壊までは8分、それまでの経過を仲間に伝え、耐えるか押すかの判断を下す為に。
「最期の最期まで尽くす気概は見事と、俺も思う。けどな、死に花咲かす真似は認めない」
 ゆっくりと、しかし確実に時を刻む針の音を耳にしながら、雅貴の肉体が瞬時に加速し――刃の軌跡の如くその銀糸の髪が翻る。
(「同胞の為に此処に立つ――ソレはこっちも同じで、譲れない」)
 ――だからせめて、相応の覚悟で以って臨もうと。雅貴の紡いだ詠唱は空に溶け、音も無く死角へ潜り込んだ後、影より生まれし刃が標的の視界を暗ませた。
「……身を賭して戦う理由が、お前にもあるんだろうな」
 骨の身を軋ませて此方に襲い掛かってくる死龍を見つめたイェロは、一瞬背後を振り返り――それから身に着けた腕時計に目を落とす。この背の向こうに広がる、ありふれた毎日を思いながら。
「ここから先は行かせない。……その終わりを見届けよう」
 ――顔を上げて、前だけを見ておいで。その眸が硝子玉ではないことを証明して、と熟れた果実を思わせる色彩の瞳が囁く。狙いを定める魔眼の力が解き放たれた後、イェロのボクスドラゴン――白縹は硝子の属性を詩月に注入し、耐性を高めると共に傷を癒していった。
「……白縹、いつもながら付き合わせて悪いな」
 主の言葉にも、小竜はツンと澄ました態度を崩さなかったけれど。力を貸して、との言葉には微かに頷いたようだった。
(「天涯響き渡る、骨の唄を止める為にも」)
 先手を取られた為、直ぐに双吉が光の盾を具現化して仲間を護る中――リコリスは守護星座の加護を齎し、死龍の攻撃に備えている。しかし、光輝く聖域を剣先で描く間にも、彼女の心を震わせているのはノゥテウームの意志の強さだった。
(「同胞の為に己の全てを投げ出す、その覚悟はあまりにも眩しく思えます……」)
 其処まで激しい感情を、果たして自分は抱けるのだろうかと自問しながらも、リコリスは人々を犠牲にさせるわけにはいかないと――必ず此処で止めてみせることを誓う。
「――死を撒くモノは冥府にて閻魔が待つ。潔く逝って裁かれろ」
 一方で、敵対者に情を傾けることをしないのが白陽だ。平時とは打って変わり、自信ありげな笑みを浮かべた彼はそのまま、腰の後ろに交差させた刀を抜いて一息で間合いを詰める――否、侵略する。骨の背を駆けあがり、頭蓋を狙って繰り出される卓越した剣技は、瞬く間に斬り裂いた痕を氷結させていった。
「……ここは僕に任せて。皆は皆の為すべき事を」
 更に態勢を整えた詩月が遠距離より速射を見舞い、弾幕を張って敵の動きを封じようと動く。如何に敵を素早く消耗させるか、如何に被る損害を最小限に留めるか――彼女の戦闘術の極意は、守ることにあるのだ。
「此方にやって来ましたね……」
 しかし、死龍は未だ堪えた様子を見せず、混沌の水を操り此方を押し流そうとしてきた。脚に纏わりつく混沌の残滓に、微かに眉を顰めたラズリアは、そのまま虚無の球体を撃ち出して敵を牽制する。
「くっ……ドラゴンにしては……とても、不気味な」
「ああ、地獄に混沌とは……ちと意味深な符号だなァ?」
 外見だけではなく、纏う雰囲気も何処か違う――そう呟くラズリアに双吉も頷いて、すぐさま守護星座の加護を後方へと飛ばしていた。
(「この異様な気配は何か引っかかりますが……これは、必ず倒さなければいけない」)
 幸い此方の命中に問題は無く、協力して動きを鈍らせていったお陰で、仲間たちの方も上手く狙いを定められているようだ。そう判断を下したラズリアは、舞うように華麗な動きで次の一手へ向けて集中をし、千鶴の方は戦況に気を配りながらも懸命に刃を振るい、死龍の装甲を削ぎにかかっている。
「人々の元には、悲愴なる災いではなく、再びの平穏こそを――必ず、届けましょう」
 墨を流したかのように艶やかな黒髪を靡かせ、地を穿つ刀から咲き誇るのは菖蒲の群れ。研ぎ澄まされた剣を思わせる鋭き葉は、魔を斬り伏せる千鶴の在り様そのままのようで――死龍の勢いは大分削がれてきたように見えた、けれど。
「気を付けて下さい、竜の牙が其方に――」
 声掛けを行う千鶴の後方、中衛に立つ詩月の元へ、再度ノゥテウームの牙が襲い掛かったのだ。仲間たちと咄嗟の連携が行えていない詩月が、狙うのに好都合と相手は思ったのだろう。連携の綻び、それにより生まれた隙を突かれる形となり、庇おうとする千鶴も間に合わない――。
「なら、俺が行くしかないだろうよ!」
 が、其処に割って入ったのは双吉だった。ブラックスライムを蠢かせて身を滑らせた彼の肩を、震える骨の牙が食い破ろうとしたが――詩月を庇うことが出来た双吉の貌は、清々しいほどに晴れやかだ。
「……いい加減、鳴き止め」
 リコリスが癒し、イェロや雅貴が敵の動きを鈍らせていく中で、再度白陽が跳んだ。標的の身体さえ足場として戦場を立体的に駆け、致命を狙うのだと言う意志を真っ直ぐに刃へ乗せる。
(「思い通りに動けると思うな」)
 ――虚空を蹴って二度跳躍を決めた後、骨を薙いだのは空の霊力を宿した刀身。傷痕を正確に斬り広げられ、更なる痛みを呼び起こされた死龍はからからと、骨を鳴らして巨躯を揺すっていた。
 骨の唄は未だ止まない。けれど、確かな勝利への糸口を一行は見出しつつあった。

●骨唄の残響
(「ペースは順調、か」)
 経過を確認した雅貴が仲間たちに状況を伝えると、千鶴からは頼もしい頷きが返ってきた。言葉少ななふたりだが、互いがどう考えているのかは理解出来ているつもりだ。
(「ならばここからは、一手も無駄にせぬように」)
 相手は遠からず自壊する存在だが、それを楽観視すること無く守りを確り固めていたこと。その上で回復役が対象を見極め、取捨選択をはっきりさせて的確に動いていたこと。そんな動きが味方の瓦解を防ぎ、窮地に陥ること無く戦いを進める助けとなっていた。
 ――更に、いざと言う時は何を優先して動くのか。戦闘不能者が出た際の対処も其々で分担していたことも、戦いの備えとなり安全に繋がっていった筈だ。
(「そして、街に被害を出さないことこそ、本当の勝ちだから」)
 詩月の抱く想いは、皆も同じだ。回復手段は其々が用意していると言え、それにかまけて攻撃が疎かにならないよう注意しながら、一行は死龍の猛攻を凌いでいた。
「……痛みを、苦しみを覚えているのは、お前も同じだったろう」
 辺りを薙いだ地獄の炎を振り払い、イェロは虚ろな竜の抜け殻へと語り掛ける。自分と言う存在が消え去ったものへ、どうしたって言葉は届かずに通り抜けていくだろうけど。――叶うのなら空の果て、彼が終わりを覚悟した場所へ、伝えられると良い。
「俺は、受け切るから。それでも尚、立ち続けてみせるから」
 そんな主の気概を感じ取った白縹も、息吹を吐いて援護を行い――負傷が蓄積した千鶴の負担を少しでも減らそうと、鈴が翼を羽ばたかせて邪気を祓った。
「敵対する者に祈られるのは、不本意だと思いますけれど……どうか、安らかに」
 更にリコリスの極光のヴェールが仲間たちを包み込んだ所で、戦いから7分が経過したことを雅貴のアラームが告げる。このまま攻め続けても問題ない――其々が頷きを交わした時、絶好の機会が訪れた。
「……総攻撃と、行きましょうか」
 蓄積した麻痺によって動きを止めた死龍を見つめ、決然とした口調でラズリアが告げる。そして、苛烈なる蒼き乙女は終焉を齎すべく、体内に蓄積した魔力を一気に解き放った。
「星よ導け。あまねく戦禍を消し去り、安らぎを。我は再生を願う者なり!」
 蒼き氷晶が死龍を封じ込めていく中で、詩月や千鶴も次々に渾身の一撃を見舞っていく。イェロの蹴撃があかあかとした炎の尾を引いて叩きつけられ、リコリスは静謐な旋律を――一族に伝わる葬送曲を死せる竜に捧げ、終わりの向こうに待つ安寧をひたすらに祈っていた。
「災禍も恐怖も広げやしない。火種は此処で消し止める」
 ――だからもう眠りな、と。雅貴の握りしめる刃が、緩やかな月の弧を描いて竜の急所を断ち斬った直後、光の剣を具現化した双吉は、力一杯押し上げて死龍を空へと打ち上げた。
「たまやと命を散らしてくれやっ!」
 自壊による爆発を考慮しての一撃に、追撃を行うのは白陽だった。巨躯に追い縋り、骨の砕け散っていく脆い一点に狙いを定め――放つのは、ヒトの魂の総力を以って繰り出す真影殺。それは対象と世界の繋がりを断つ、人型の悪夢たる白陽に相応しい技だった。
「真昼の月と夜の月、どちらを見ていても、人は絡め取られ立ち止まるもの」
 ――最後に空へと響いたのは、乾いた骨が砕け散る儚い音色。やがてかたちを留められなくなった竜の身体ははらはらと、塵と化して空に還っていく。
 その崩れていく最期の姿を、白縹はただ真っ直ぐ射抜くように見つめていて。傍らの詩月は、青空に浮かぶ真昼の月を、ただじっと見上げていた。
「……そうだね。何度見ても、心を奪われるよ」

 こうして一行は襲撃から無事に街を守り切り、獄混死龍ノゥテウームも自壊を始めるまでに倒すことが出来た。戦いの後処理をこなす雅貴は、ひとびとが恐怖に怯えることが無いようにと祈りながら、ぽつりと独り言ちる。
「不安の種は多いケド……一つ一つ取り除いてこーか」

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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