死香の種

作者:東間

●死神とドラゴン
 地上より遥か上。雲を地とするように佇んでいた娘が静かに振り返る。
「お待ちしていました、ジエストル殿。此度の贄となるのは、そのドラゴンでしょうか」
「そうだ。お主の持つ魔杖と死神の力で、この者の定命化を消し去ってもらいたい」
 答えたジエストル──暗色に鮮やかな青彩を描いたドラゴンは、後ろに控えていた1体を顎で指した。
 鱗は真珠のように輝き、瞳は淡い虹色。文句なしに美しい姿をしたドラゴンだが、呼吸すら苦しげなその様子から、死に瀕している事は明白だった。
「これより、定命化に侵されし肉体へ強制的にサルベージを行います。あなたという存在は消え去り、残されるのは、ただの抜け殻にすぎません。よろしいですね?」
「……構、わぬ……我が命を使え、死神……」
 無理矢理絞り出したような声が終わり、雲の上に魔法陣が現れる。途端、美しいドラゴンの体は苦悶の声と共に溶けていき、その場に残ったのは悪鬼の如きドラゴンが1体。
「サルベージは成功、この獄混死龍ノゥテウームに定命化部分は残っておりません。ですが……」
「わかっている。この獄混死龍ノゥテウームはすぐに、戦場に送ろう。その代わり、完成体の研究は急いでもらうぞ」

●死香の種
 ドラゴン『獄混死龍ノゥテウーム』。
 知性が無く、ドラゴンとしては戦闘力も低めだが、それでも究極の戦闘種族といわれる『ドラゴン』である事に変わりはなく──間違いなく、強敵。
 新手の出現を伝えたラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、タブレットに獄混死龍ノゥテウームの迎撃地点を表示し、襲撃まで時間が少ないのだと言った。
「市民の避難は間に合わない。ヘリオンをかっ飛ばすから、みんなはそこで獄混死龍ノゥテウームの撃破に当たって欲しいんだ」
 全力でね。
 そう添えた時に浮かべていた笑みが、真剣なものに変わる。
 迎撃場所は駅近くを走る大通り。常に人がいるような場所だが、駅が近い為か交番もある。戦闘となれば人々は率先して逃げるだろうし、警察も避難誘導に当たる筈だから戦闘に集中してほしい、と男は言った。
「君達が戦闘を仕掛ければ、向こうは君達との戦いを最優先するようだしね。相手をフリーにしなければ大丈夫だと思うよ」
 獄混死龍ノゥテウームは全長約10m。燃え盛る炎や纏った水、骨の体を武器として攻撃してくるようで、どれも高火力で繰り出してくるようだ。
 そして、戦闘開始後8分ほどで自壊して死亡するという特徴がある。
「自壊する理由は判らない。もしかしたら、ドラゴン勢力の実験体っていう可能性があるのか……何であれ、敵を撃破するか8分耐えきれば君達の勝ちだ」
 だが、8分経つ前にケルベロス達が敗北すれば市民に多大な被害が出る。
 自壊が訪れる8分まで耐えればいい、というだけではない為、油断は禁物だ。ケルベロスは脅威にならないと判断されたら、敵は市街地の襲撃に向かう可能性もある。
 気を付けて。そう言ったラシードの眉間に、少しだけしわが寄った。
「いや、敵のビジュアルが禍々し過ぎてね」
 どんな、という声にラシードは少しだけ考える様子を見せ、笑う。
「ドラゴンっていうより死神って感じだよ」
 『禍々し過ぎる』ビジュアルを思い出したか、その笑みは少しばかり引きつっていた。


参加者
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
幸・公明(廃鐵・e20260)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)

■リプレイ

●獄混死龍ノゥテウーム
 ぎょろり動いた目玉は、悲鳴を上げて逃げる人々や避難誘導に当たる警官ではなく、行く手を遮るように立つ雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)を映した。それから草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)を見て──。
「うっわ、なんつー禍々しさだ……まさに死の竜ってワケかよ」
 人の頭蓋骨と似た頭部。黒の鉄骨めいた体。ぬらぬら伝う水と、溢れる炎。このドラゴンがどういう過程でこの姿になったのかはわからない。が。
「死の間際に苦しむのも辛いだろ、太陽神サマの許へ送ってやるよッ!」
 あぽろの宣戦布告に敵が殺気を漂わす。全身を呑むような濃さだが。
「また随分不味そうになっちゃって」
 キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は笑い、『残骨』に力を籠めた。全て削げたこの白色でも挨拶には十分。それに。
「そんじゃハコさん、初っぱなブチかまそっか!」
 キソラの竜砲弾とミミック・ハコの牙。重なった2つの挨拶で死龍の意識は完全にケルベロス達へと向く。
「はは……さすがにドラゴン相手は想定されていなかったな」
 幸・公明(廃鐵・e20260)は自分が『作られた』時を思い出すが、すぐに想定外の『今』に意識を切り替えた。敵の強力な攻撃から皆を護る事が、己の務め。
 前衛の足元を駆けた黒鎖が守護を描く刹那、ジェミ・ニア(星喰・e23256)の『御業』が死龍を捕らえ、藻掻く骨の体をエトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)の放った光弾が的確に撃ち、ヒビを刻む。
 特定ポジションの後に行動する事は出来ずとも、しっかりと心を繋いだ動きに無駄はない。2人の作った流れをシエラも繋ぎ、叩き込んだ炎の蹴撃が死龍の全身を打ち震わす。
(「戦えば死ぬ、戦わなくても死ぬ」)
 そんな身体になってまで一体何を考えて──と考え、首を振った。まるで理解したくはない。
(「命も自分の心も捨てて、仲間の為だとか未来の為だとか。でも、それは何一つ君の為になんかなってないだろ」)
 もしかしたら。そうなる事も己の願いだとドラゴンは言うかもしれない。
 ぐるん。ふいに骨の体が舞った。輪っか状になった瞬間ヒビが広がるが、死龍は構う事なく突っ込んでくる。道路を容易く砕いた衝撃はそのまま前衛へ。だが黒い巨体は徐々に押し返され、ふわり、『御業』が現れる。
「サンキュ、助かったぜ!」
 反撃するあぽろと、こくり頷いたシエラからの礼に、ジェミと共に自身を盾としたギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)は微笑み返し──冷や汗ひとつ。
「威力を削がれた攻撃でもあの威力とは、流石ドラゴンです、ね……っ!」
「だね……!」
 ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)も共に敵を押し返すと、死龍が蜘蛛のように後ろへ飛んだ。ドラゴンと呼ぶには違和感を覚える姿。なぜか胸騒ぎがする。
(「何を取り込んだらこんな……ううん、戸惑ってる時じゃない。戦おう」)

●抗い
「自壊するとはいえ、本当に実験体ならば時を与えては何が起こるかわかりませんね。少しでも早く倒せるよう僕も力を尽くしましょう」
「ここで足止めしないとね」
 ギルボークの揮う『荒世刀』が閃き、『雨』に紛れたウォーレンの手がひたりと触れる。
 違う形で注がれた激情の種。キソラの雨礫が吼えるように降り注ぎ、歪な悲鳴をシエラが達人級の斬撃で黙らせた。
 エトヴァは油断なく敵を見据えた。スナイパーとクラッシャーの攻撃を受けても、不気味な姿は健在。だが、これまでの攻撃は全て届いている。そして一切のヒールを持たない個体ならば。
(「効果は確実に出ル」)
 この先へ繋げる為にと奏でた歌が、前衛陣の心を鮮やかに奮起させていく。
 守りを高める音色に、送り先に迷いかけたウォーレンの銀煌が重なって。その向こう。死龍の目が怪しく揺らめいた。気付いたジェミが反応した瞬間、赤黒い片目がきつく閉じられるも、ジェミの足元に湧いた水が一気に彼を呑む。
 死龍は嬉しげに体を蠢かせ骨を鳴らすが、その身から峻烈な光が噴き出した。
「太陽の巫女は伊達じゃねえぞ、邪竜ッ!」
 太陽神を降ろし、同化させた魂を解放したあぽろの手は偉大な光への道標。
 敵がのたうつ間にとジェミは自身を起点に黒鎖を奔らせた。ぽたぽた垂れる雫に守りが持って行かれそうだ。
「最初のもですけど、今のも厄介な攻撃ですね……!」
 膝を突く程でなかったのは、一丸となって与え続けたモノのおかげだろう。
 それでも放っておけるダメージでない事に変わりはなく、特殊パルスを生じさせた公明と共に癒しを重ねたギルボークは、立ち上らせたオーラの名残を纏いながら敵を見る。ハコが派手にばら撒いた『財宝』がギラギラ輝く下、死龍の零れ落ちそうな眼球と目が合った。
「気になる事は多いですがまずは人々を守るのが第一。ここより先は一歩たりとも通しはしませんよ!」
 凛と響いた宣言に、言葉という形すら持たない咆吼が返る。
 ドラゴン。死神。言われなければどちらとも判らない敵が持つタイムリミットは8分。
(「欠片であろうと無駄にしねぇ精神は見上げたモンだが、さて」)
 キソラはタンッとアスファルトを蹴り、肉薄する。ぐるり。血走った赤黒い眼球が動いて、そこに映る自分が見えた。
「ソレで奪えるホド、甘かねぇヨ」
 流星の蹴りは芯まで貫いた直後、シエラは脚に炎纏い反対側から迫った。
「きっと、キミ達も負けられなくて必死なんだろう。だけど……それは私達も一緒だし、譲れないんだ」
 喩えキミ達が皆滅ぶことになっても。
 横へ、下へ。滅茶苦茶に揺れる振り子のように飛ぶ死龍の体を、あぽろの『御業』がむんずと掴む。
「ちょっと大人しくしてもらうぜ!」
 その遥か頭上にジェミが跳んだ。死龍は脳天狙う虹色を跳躍で躱す心算だったのか、身を低くし──泥濘に足を取られたかのようにバランスを崩す。真っ直ぐ落とされた蹴撃の直後を、冷気に満ちた光が貫いた。
(「……なぜ恐れるのでショウ」)
 命がけでやり合うこの瞬間もエトヴァの視界には見事な秋晴れが広がっており、時折吹く風は汗をひやりと撫でて心地良い。
(「この星は美しイ。あなたにモ、解せたかもしれナイ……何が、本当の誇りなのでショウ?」)
 悪鬼のようなドラゴンは殺気を漲らすばかり。
 まるで、これが己の誇りだと言うように。

●天秤
 グラビティ攻撃やヒールが飛び交う中、ふいにアラーム音が響いた。ぴくり反応した死龍とは逆に、エトヴァは敵から白銀色の瞳を逸らさない。
「6分経過デス」
「わかった」
 自壊まであと2分。
 しかし燃え盛る炎弾で死龍の体力を奪い、己を癒したシエラも、後に続いた者も、『その時を待って耐える』という選択はしなかった。選んだのは、待つ事ではなく倒す事。
 死龍が身をくねらせ、あちこちから覗かせていた炎を次々空へと撃ち上げる。弧を描いた炎は疾風の如き勢いで降り注ぐが、その全身に刻まれたひびは既に見逃せない亀裂となっていた。
 激情に呑まれた炎の礫は前衛へ。精度を欠いてはいたが、それでも無ではなかったか。肌に触れた瞬間覚えた灼熱にウォーレンは弾かれるように『痛、』と零した。
 爛れた傷跡に、ふわり優しく花弁が重なる。
 軽やかな舞いを見せたギルボークは仲間に笑みを向け、それから死龍に対し堂々とした笑みを見せた。
「ご覧の通り、ボク達の回復は厚めなのでそう簡単にやられはしませんよ」
 そうですと頷いた公明だが、内心、炎と水纏う骨だけの巨体を前に胃の緊張が途切れない。場違い。実用に耐えぬ性能。自分でなくともそう思う。だが。
(「この地球は『もう一度』をくれた」)
 どんな微かな期待にも応えたい。それが己の『幸い』なのだと奔らせた黒鎖が、涼やかな音色と共に守護を描き、駆け巡る鎖を足場にぴょんと跳んだハコが死龍の角に噛み付いた。
(「この竜は、痛みを感じているのかな」)
 ウォーレンは自分がなぜこんな事思ったのかわからない。わからないが──まだ倒れるわけにはいかないという想いは、確かだった。
「街を……皆を、守るよ」
 誰もが、帰って来られるように。それから。
(「大丈夫……痛くない、よ。まだ立てる」)
 懐の琥珀に触れれば力が溢れるようで。
 全身から放出した輝きはウォーレンを中心に前衛の感覚を研ぎ澄まし、覚めるような視界にキソラは短く『ありがとネ』と笑い、死龍には不敵に笑った。これまでの攻防で、敵の性質はだいぶ見えてきている。
「理力を苦手としているようでスネ」
「あー、やっぱそっか」
 エトヴァとキソラの声に意を唱えるものはいない。個体差はあるのかもしれないが、今目の前にいる死龍は『そう』なのだろう。キソラが雨の礫を降らせれば、それは死龍の全てを喰らう勢いで貫いていった。
「自壊なんて面白くねぇ事言わねぇで、闘ったまま、朽ちてみろよ」
 ぬらりと蠢いた巨体は、応と返したのか、黙れと訴えているのか。何であれ。
「ヒールはお任せを。ポンコツですがショートしてでも頑張りますので」
 無理通す意地は地球(社畜)仕込みですと、何度目かの守護鎖を巡らせて胸張る公明に、ジェミは一瞬きょとんとしてから破顔した。ショートしそうな時は守りますからねと、そう仲間に伝え、得物を構える。
 不死である為に、倒れたとしても決して滅びない。それが当たり前だったドラゴン達は今、竜十字島での件を切欠に定命化し始めているという。定命化を『重グラビティ起因型神性不全症』と呼ぶドラゴン勢が、どんな感情を抱いているか。それは、これまで仕掛けられてきた全ての企みと戦いが示しているだろう。
(「でも僕らも守るべきものがあるから──」)

●散って、咲く
「市街地には行かせない!」
 全力で阻む一手は、戦場にゆらり現れた己の御業。
 体のあちこちが欠けた死龍は、鷲掴みにしようとするそれに牙を剥くが捕らえられ──それでもなお、激しく身を捩って暴れ出す。
 あれが、あの姿が、定命化から逃れようと命を賭けているドラゴンなのか。
 あぽろは舌打ちすると同時に跳んだ。『摩利支天羅刹』を構え、重力に逆らわず落ちていく。
(「……形振り構ってねえな、奴らも」)
 この死龍が実験体というわけなのか。こんなモノが出来上がる実験で何をしようというのか。解らない──判らないが──絶対ろくな事じゃないから、絶対に思い通りにはいかせない。
「ああクソ、死の臭いが強すぎるぜ。服にうつっちまいそうだ」
 眉間に振り下ろした一撃が黒い骨を突き砕く。
 ぼとり落ちかけた眼球と骨に、使い込まれているのが見て判るレベルの鉄梃が食らい付いた。キソラは勢いをこれっぽっちも落とさないまま揮う。
 あぽろの一撃は額に、キソラの一撃は後頭部に穴を作った。そして瓦礫、砕けて落ちた骨の欠片、肉塊。戦場に落ちたあらゆる物を足場にシエラが飛翔する。それは。
「キミが倒れるまで、止めない。止めてあげない」
 幾重もの斬撃が舞い、その度に死龍の角が、脚が、胴が、ガラガラと音を立て落ちていく。最後に頭蓋が地に落ち──唐突に、死龍の体が滑りを帯びた。
 ずるりと崩れゆく様は氷が溶けていく過程に似ている。
 急速に始まった崩壊を、公明はぼんやりと見つめた。
(「貴方は最期まで、種族のために役立って……俺にはとても、」)
 真似、出来なかった事だ。
 炎がしぼんで消えて、水が乾いていく。
 最後に残ったコギトエルゴスムも、液体になった傍から消え失せた。
 死龍が動き回った跡や、戦闘の余波。そこかしこに残る痕跡をヒールグラビティで癒していく中、戦闘終了の報せを受けた警官が安全確認にやって来る。その後方に、こっそり後をついてきたらしい一般人も見えた。
「良かった……」
 見える限り怪我人はいない。ほっと胸をなで下ろすジェミの肩を、エトヴァは労るように叩く。そして互いの無事をそっと喜んだ後、死の塊のようだった巨体があった場所に一輪の白百合を手向けた。
「……あなたにも、定命のひとかけらヲ」
 贈る歌は、この星に来て覚えたもの。
 甘く、少しビターな歌声が流れる中、ギルボークは空を見る。
(「デウスエクス……特にドラゴンの精神には驚かされることがありますね」)
 己という個を犠牲にして、ドラゴンという全体を取る。種の存続の為とはいえ、あそこまで出来るというのは恐ろしくも悲しいものがあった。ドラゴン達にとって、それだけ『定命化』とは受け入れがたいものなのだろう。
(「ボクもヒメちゃんの為ならば何でもできるつもりではいますが、こういった手段を取らなくて済むよう、もっともっと修行を重ねなければ……!」)
 黄金の瞳に決意が漲る。
 その目に映る街並みに、死の香りは無い。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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