死にゆく髑髏との円舞曲

作者:秋月きり

 遥か高き雲の上。
 二体の――否、三体のデウスエクスが対峙している。
 一体は魔杖を抱く美貌の少女――死神。そして残された二体は力を持つ神話の獣、ドラゴンだった。
 少女は歓待するように、柔らかな微笑みを浮かべ、二体のドラゴンを迎え入れる。
「お待ちしていました、ジエストル殿。此度の贄となるのは、そのドラゴンでしょうか」
 死神が指し示したドラゴンは、ジエストルと呼ばれたドラゴンに付き従う、一体のドラゴンであった。表情の読めないドラゴンではあったが、荒い息遣いと熱を帯びた表情は、彼が死に瀕していることを示す様であった。
 そう。不死である筈の彼は死の病に侵されているのだ。重グラビティ起因型神性不全症、すなわち定命化に。
「そうだ。お主の持つ魔杖と死神の力で、この者の定命化を消し去って貰いたい」
 しかし、彼は死すことを是としなかった。故にジエストルは道を示すことにした。それが彼の全てを奪う方法だとしても。
「残り少ない我が命、我らがドラゴンの礎になるのであれば、喜んで差し出そう」
 如何にドラゴンと言えど、死してしまえば無力だ。だが、死ぬ前であれば……。如何様にも自身の身体を使って欲しい。その心意気はジエストルの心を強く打った。
 柔らかに微笑む死神の少女は言葉を続ける。先のドラゴンの覚悟に彼女が何を思うのか。しかし、少女は感銘を受けた風もなく、淡々と言葉を紡いでいた。
「これより、定命化に侵されし肉体の強制的にサルベージを行います。あなたという存在は消え去り、残されるのは、ただの抜け殻にすぎません。よろしいですね?」
「ああ、それでも頼む」
 それがドラゴンの最期の言葉となった。
 ドラゴンが頷くと同時に、彼の身体を青白い魔法陣が覆ったのだ。仄かな燐光を抱く其れは、まさしく死神の使役する魔法陣であった。
 そして苦悶の声と共に竜身が溶けていく。やがてそこに残されたのは。
 シャァァァァァ。
 髑髏と獄炎、そして濁水を抱く、一体の竜であった。
「定命化部位のサルベージは成功。よって、この獄混死龍ノゥテウームに定命化部分は残っておりません。ですが……」
「わかっている。この獄混死龍ノゥテウームはすぐに、戦場に送ろう。その代わり、完成体の研究は急いで貰うぞ」
 少女の言葉にジエストルは重々しく頷く。その傍らで、ノゥテウームが獄炎の如く呻き声を発するのだった。

「和歌山県白浜町に、ドラゴン『獄混死龍ノゥテウーム』の襲撃が予知されたわ」
 切羽詰まった声がリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)から上がる。その声色は緊急事態を示していた。
「襲撃まで、さほど時間が無いの。このままだと、一般人の市民の避難は間に合わず、多くの死傷者が出てしまうわ」
 その為、皆には、急いでヘリオンで迎撃地点に向かい、獄混死龍ノゥテウームの撃破を行って欲しい。
 それが彼女が提示する依頼であった。
「獄混死龍ノゥテウームは、知性が無く、ドラゴンとしては戦闘力も低めな相手。だけど、ドラゴンであること、強敵であることは間違いないわ。油断せず、全力で迎撃を行って欲しいの」
 その獄混死龍ノゥテウームだが、幾らかの不可解な点があると言う。
 まず一つ。このドラゴンは戦闘開始後、8ターンで自壊するようなのだ。
「つまり、獄混死龍ノゥテウームを撃破する、或いは8ターン耐えきる事が、この戦いの勝利条件になるわ」
 自壊する理由は不明。おそらくドラゴン勢力による何らかの実験体である事が、その理由なのかもしれない。
 無論、8ターンで自壊するとは言え、その前にケルベロス達が敗北してしまえば一般市民に大きな被害を出してしまう。それだけは努々気を付けて欲しい。
「それ以外にも、みんなが攻撃を仕掛ければその撃破を優先しようとする点も不可解と言えば不可解よ」
 それはグラビティ・チェインの奪取よりもケルベロス達との戦いを優先しているようでもあるのだ。
 ただし、ケルベロス達が脅威にならないと判断すれば、市民への攻撃に切り替えるようでもある。つまり、グラビティ・チェインの奪取を行うつもりがない、と言う訳ではなさそうだ。
 その為、8ターンの間、守りに徹するのではなく、絶え間ない攻撃を行うことも必要となるだろう。
「獄混死龍ノゥテウームの攻撃は骨の様な尻尾による斬撃。あとは炎と水のブレスにも似た攻撃になるわ」
 骨の身体と炎と水、それが彼の竜の特徴であるようだ。
「禍々しい骨のドラゴン……。まるで、伝承にある死神を思わせる姿ね」
 ぽつりと零したリーシャはそして、ケルベロス達に向き直る。彼らを送り出す。それがヘリオライダーの仕事だからだ。
「それじゃ、いってらっしゃい。武運を祈っているわ」
 それはいつもの言葉として、紡がれていた。


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)
五栖・紅(店長代理・e61607)

■リプレイ

●嵐、死にゆく髑髏が来たれり
 雨が降っていた。
 この時期に珍しくもない台風の通過は、置き土産の如く、紀伊半島へ多大の雨風をもたらしていた。
 そして――。
「こんな姿になっても、戦い続けようとするなんて……」
 到来したそれは凶兆だった。
 髑髏に絡みつく蛇。髑髏を喰らう竜。そんな風体の獄混死龍ノゥテウームに、ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)が零した語句は憐憫か、それとも同情か。
「そうまでして、定命化したくないもんなのか?」
 恋人の独白に、重なる言葉は水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)のものだった。
 目の前に迫る獄混死龍ノゥテウームの容姿をあえて表すならば、それは死そのものだ。定命化の果てに死があるとしても、今、この姿に変貌する事と何の違いがあろうか。彼らがそこまで定命化を忌避する理由が判らない。判る筈も無い。彼は生粋の地球人であるが故に。
「デウスエクスにとって、定命化とは変異で、それ故に忌避していると聞きますが」
 レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)は眉根を顰める。
 定命化とはただ、無限の存在が有限になるだけではない。不死者が定命者になると言う事はつまり、己の在り方全てを変えてしまう事だ。そこに覚える恐怖を理解出来ない訳ではない。
 だが、獄混死龍ノゥテウームに化す事とそれとの間に、どれ程の差異があろうか。
 レクシアが疑問に答えがある筈も無く。
「どう足掻いても死んでいくなら、最後の戦いを楽しませるっすよ」
 それが手向けだと、狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)は言う。
 死地の道連れ。同胞への礎。ただ、闘争と言う飢えを満たす為。目の前のドラゴンが何を思い、獄混死龍ノゥテウームと化す事を選んだのか、彼女には判らない。だが、暴れたいのならば、その想いには応えたいと思う。
「奴を止める。行こう」
 死の嵐と化したドラゴンを迎え撃つようにエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)が両翼を広げる。
 それが、番犬としての使命だった。

 空に飛び立つ、或いは地上で迎撃の態勢を取るケルベロスの数は、8人と2体。
 真っ向から立ち向かうケルベロス達に、獄混死龍ノゥテウームもまた、咆哮で応じる。
 それは喜びだと誰かが言った。
 それは抗いだと誰もが理解した。
 言葉の端々に感じる悲鳴は、自壊への道標だった。
 間違いない。このドラゴンは、自身の死期を悟り、それでも抗っている。
「ここから先は進ませない、お引き取り願おうか」
 五栖・紅(店長代理・e61607)の宣言に、応じる返答は濁流の一撃だった。
 腐臭混じりのそれは、腐った水そのもの。冷たき勢いは、息吹と化してケルベロス達を横一列に薙ぐ。
「やる気は充分って事ね」
 汚濁を浴びた火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)はしかし、それがどうしたと顔を拭い、反論の声を上げる。敵が決死なのは理解している。そしてそれは自分達も同じだ。
「此処から先には! 一歩も通さない! みんな、頑張ろうね!」
 宣言と共に空中に爆破を巻き起こす。攻撃ではなく士気鼓舞を目的としたそれは、声援の如く、仲間達の背を押していた。
「死なば諸共、か」
 大鎌をブーメランのように投擲する葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)は、獄混死龍ノゥテウームの生き様に淡々とした言葉を吐く。
 迷惑この上ない生き様だ。故に、応対する己らが為す事は一つだけだった。
「ならば其の五体、速やかに滅せねばなるまい」
 空中で響き渡る金属音は、硬き竜の鱗を大鎌がこそぎ取る音だ。全身を駆け巡る痛みに新たな痛みが加わった事で、獄混死龍ノゥテウームから新たな悲鳴が零れた。
 次いで、竜の目が、そして髑髏の目がケルベロス達に向けられる。それはまさしく。
「理解したか? お前達がケルベロス――お前を倒しに来た猟犬だ」
 鬼人の宣言に、獄混死龍ノゥテウームの咆哮が重なる。瞳に宿った色は、ケルベロスを障害ではなく、敵と認識した為の物であった。

●犬と竜とのワルツ
 8分経過すれば、獄混死龍ノゥテウームは自壊する。
 ヘリオライダーの提示したタイムリミットがそれだった。
 その間、ケルベロス達は絶えず攻撃を仕掛け、自分達に獄混死龍ノゥテウームの戦意を向ける。そして、その間の攻撃に耐え抜けば、ケルベロス達の勝利。
 簡単とは言わず、しかし、難易度の高い作戦ではない。
 だが、彼らはそれに異を唱えた。
 ――これは、そんな容易い終わりを迎えて良い物語ではない、と。

 濁流が迸り、追うように放たれた獄炎が雨の空を焼く。
「極炎に濁水……。定命化し、切り離した部位を補っているとでも言うのでしょうか?」
 ブレイズキャリバーとして気に障るのか、レクシアが鼻を鳴らす。背に生えた翼が地獄と化している事が、彼女がその生き様を選んだ証拠だ。或いはそれは疑念だった。デウスエクスもまた、地獄や混沌で身体を補うのか、と。
「お前は本当、なんでこんな姿になっちゃったんだろうな」
 無銘の刀による斬撃を繰り出す鬼人の言葉は憐憫ではなく、疑問だった。彼の竜にそんな感情を抱くつもりは無い。だが、浮かぶ疑念を抑える心算も無かった。
(「案外、話せば分かり合えたかも知れないんだろうなぁ」)
 その一方で、抱く感想は『理解することは出来る。だが、交わる事は難しい』であった。
 そこは侵略者と現地人の差異と言うべきか。仲間想いで、自己犠牲を問わない姿勢は確かに地球人に通じるところがある。だが、それだけだ。
 それをドラゴンに訴えた処で、彼らは是と取るまい。
 逆に人間も、今のドラゴンの境遇に同情や憐憫は抱けど、違える道の解決を模索する筈も無い。
「難しいな」
 倒すべき敵だとの想いと、そのままでいいのかと言う僅かな疑念。それが鬼人が抱く違和感だった。
「鬼人……」
 恋人を含む前衛に黄金の果実の光を宿しながら発せられるヴィヴィアンの声は、憂いを帯びていた。
 彼を護ると決めた。ドラゴンが彼に牙を、骨の剣を突き立てようとも、その身を庇い、傷を癒す。そのつもりだった。
 だが、心までは守れない。彼を侵す疑念は彼しか拭う事は出来ない。それを生み出した元凶は――。
「アネリーっ!」
 分かり合えない敵。分かり合えたサーヴァント。共に同じ竜の形を取りながらも、何処に差異があったのか。
 従者に治癒を命じながら、ヴィヴィアンは思考する。侵略者であるドラゴンを赦し、分かり合える日が来るのだろうか、と。
「自壊は許さぬよ」
 同情と疑念を抱く仲間に対し、影二の想いはシンプルだった。
 毒を帯びた手裏剣がドラゴンを切り裂き、その都度、毒を刻んでいく。苦悶と共に吐きだされる濁流と轟炎は仲間を灼き、同じ苦痛の表情を与えていた。
 それらを掻い潜り、攻撃を続ける彼の目的はただ、ドラゴンの撃破のみだ。侵略者許すまじと放たれる飛び道具の数々は、獄混死龍ノゥテウームを切り裂き、打ち砕き、破損を大きくしていく。
「お前さんの自壊まで待ってなどおれんのでな、疾く倒されて貰おうか。――蝕炎の地獄鳥よ、邪なる風となり敵を焼け」
 エリオットの詠唱と共に、出現したのは地獄を纏う怪鳥だった。
 現れた怪鳥は一声鳴くと、我が身を砲弾と、ドラゴンに体当たりを行う。怪鳥の爪が、嘴が、そして炎の翼が獄混死龍ノゥテウームを焼き、切り裂き、そして傷口を腐食させていった。
 繰り出す攻撃は容赦なく、そして苛烈だった。それは彼の宣言の通りだった。
 自壊を是とするつもりは無い。彼の竜は、ここで、ケルベロス達に斃される。
 それが、命運だとエリオットは微笑う。それが定めだと断ずる。それが理だと宣言する。
「お前の気持ちは判るよ。だから疾くと死ね。周りに迷惑をかける前に、ね」
「そそ。それが死出の餞っすよ」
 叩き込まれる短杖の一撃は、楓による釘抜きの一撃だった。鉤爪宜しく振り下ろされた攻撃は獄混死龍ノゥテウームの鱗を抉り、血肉を噴出させる。濁流と同じく据えた臭いのする血は、彼の身体が変異してしまっている証左でもあるのだろう。
「楓さんと全力で戦って散っていくっすよ!」
 込められた想いは全力全霊。戦いの中で果てる事こそ、個体最強を謳うドラゴンに相応しい。
 それが、楓が彼の竜にぶつける想いだった。
 対する返答は、骨の剣と化した尾の一撃として行われる。
「タカラバコちゃん!」
 決死の反撃を受け止めたのは、ひなみくのサーヴァントであった。砕けた木枠を主に修復して貰ったミミックはエクトプラズムで黄金の斧を作り出すと、それを投擲。獄混死龍ノゥテウームに手傷を負わせる。
(「死ぬ前に一撃やってやる、……だよね?」)
 その一方でひなみくは思考を巡らせていた。
 定命化と言う死を前にし、変異したドラゴンの想いはそういう自暴自棄なものなのだろう。だが、それならば彼らを変異強化した死神の思惑は……?
 答えが出る筈の無い問いに、しかし、思いは途切れない。
 この思案がいずれ、真実に辿り着く。その想いを拭い去る事は出来なかった。
「追い縋る者には燃え立ち諌め、振り離す者には燃え上り戒めよ。 彼の者を喰らい縛れ―――迦楼羅の炎」
 詠唱の終局と共に、無数の炎弾が獄混死龍ノゥテウームに食らい付く。それは砲撃であり、それを成したのは雨雲の中、飛来する天使――一介の機動兵器と化した、レクシアであった。牽制と放たれる濁流、そして獄炎を掻い潜り、流星を纏う蹴打を、そして冷凍光線を叩き付けていく。
「ここより先、一歩たりとも通す気はありませんので」
 その為に全てを叩き込む。空を駆け巡り、全てを阻害する。その宣言は、ドラゴンの瞳にどう映るだろうか。
「そこを動くな!!」
 例え思案の時間があっても、それを形成させる事は出来なかった。
 紅の放つ氷壁は刃の如く獄混死龍ノゥテウームを切り裂き、竜体を、そして髑髏を凍結、破壊へと導いていった。
「ここで終わらせる」
 それが、自身らの役割ならば。
 紅の宣言に、獄混死龍ノゥテウームが零す咆哮は、何処か喜色を帯びていた。

●消え行く時の中で
 アラームの音が鳴る。
 それは刻限を告げる音。獄混死龍ノゥテウームの崩壊を示す音だった。
「みんな、時間だよっ!」
 ひなみくの言葉は凍結弾と共に放たれる。弾丸は髑髏に弾け、雨の空に霧氷を散らした。それは、無数の骨片と共に。
 罅入った竜体を見詰め、ひなみくは溜息を吐く。
 よくここまで保ったと思う。
 よくここまで戦ったと思う。
 8人と2体。ケルベロス達とサーヴァント達の猛攻を7分間受け続け、それでも獄混死龍ノゥテウームは屈しなかった。だが、それも時間の問題だ。罅割れた身体が、砕け行く鱗と骨の身体が、終焉を物語っていた。
 結末は皆の望んだ通りだった。ケルベロス達の攻撃を前に、獄混死龍ノゥテウームは彼ら以外を眼中に収めようとしなかった。
 終局は楓の望んだ通りだった。全てを使い果たし、このドラゴンは果てようとしていた。
「これで最後!!」
 故に楓は宣言する。ただ一振りを全力で。己の全てを賭けた斬撃は、竜の身体を、そして炎と濁流に染まる身体を断ち割る。
 悲鳴は零れない。その体力を既にこの竜は失っているのだ。
「五体滅却!」
 空でのたうち回るドラゴンに、影二の掌底が突き立てられる。紡がれた必殺の忍術は怨敵を炎の華と化す妙技。腐汁混じりの血肉が弾け、噴き出した劫火が、竜の身体を覆い尽くす。
「滅せよ。それがお前の終わりだ」
 片合掌で最期を告げる。それは何処か、餞の様にも思えた。
 そして無数のグラビティが、砲撃と斬撃、そして殴打と弾丸が獄混死龍ノゥテウームに叩き付けられる。その一つ一つが必殺の威力を纏い、そして。
「これから進む未来はきっと明るい光が差してる。新しい扉を今日も開けて進もう。笑顔の私を見せたいから」
 そして、歌が響いた。
 歌い手の名前はヴィヴィアン・ローゼット。紅吹雪舞うラプソディは、清爽な風と共に、獄混死龍ノゥテウームを包み込む。
(「まるで、鎮魂歌だ」)
 ルーンアックスの一撃を敢行したエリオットは、歌う少女を見上げる。
 祝福にも似た歌を支えるのは、一匹のボクスドラゴン。そして、彼女に沿う恋人の姿であった。
「……刀の極意。その名、無拍子」
 それが、獄混死龍ノゥテウームの命を奪った一撃だった。
 鬼人が放った斬撃は無造作な一撃で、研ぎ澄まされた一撃で、そして、ごく自然に『斯く在るべし』と放たれた一撃だった。
 ちんと澄んだ納刀音が響くと同時に、ずるりと髑髏の左右が泣き別れし、消えていく。
「――この世ならざる者の最期はそんなものか」
 無数の光と消失していく亡骸を前に、鬼人の言葉は何処か、寂しげに響いていた。

●嵐、過ぎ去った後
 いつの間にか、雨は止んでいた。
「終わった、な」
 雨上がりに紅は思わず目を細める。濁流のブレスの影響だろうか。全身から据えた臭いが漂っている。雨が降っていれば多少は流してくれただろうか。そんな益体の無い事を考えてしまう。
「討伐完了」
 刀を収める影二は鋭い視線を周囲に送っていた。周囲に人影、或いは怪しい影はない。ならば、ヘリオライダーが迎えに来る一時の間、後片付けに勤しむのみ、だ。
「タカラバコちゃん、お疲れ様なんだよー」
 その傍らで、自身のサーヴァントに巨大な棒キャンディーを与えているのは天真爛漫な笑顔を湛えたひなみくだ。汚れても華は華と言わんばかりの笑顔はとても、眩しかった。
「最後の戦い、楽しんでくれたっすかね」
 汗を拭い、見上げる楓の表情は何とも晴れやかで。
 それは彼女の願望。だが、戦いの合間も、最後の瞬間も、獄混死龍ノゥテウームが嗤っていたように思えたのは、彼女の気の所為ではない筈だ。
「どうだろうね」
 故にエリオットは肩を竦め、しかし、彼女の言葉を否定も肯定もしない。戦いを楽しむ思いも、デウスエクスへの忌避感も、どちらも判る。故に、堂々と受け流すことにしたのだ。
「終わりは他のデウスエクスと差異はない様に見えましたが」
 レクシアの感想に一同はうーんと首を捻る。それは今後の調査で判るのだろうか。
 今は、誰も答えを有していない命題だけれども。
「被害は最小限にした。今はそれでいいさ」
 鬼人の言葉に、コクリと頷くのはヴィヴィアンだ。
 ヘリオライダーとヘリオンが到達するまでの一時の間、彼が周囲を調査するのに付き合うつもりなのだろう。
「大変な敵……だったね。これ以上被害、出したくないね……!」
「ああ、そうだな」
 大きな掌がくしゃりと赤い髪を撫でる。それは自分を、そして周りを慮る彼女への返礼。
 目を細め、恋人の戯れを受け入れる彼女を前に、決意を口にした。
「こんな戦い、終わらせないとな」
 それは鬼人が抱く誓いでもあった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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