闇の淵よりの来襲者

作者:林雪

●獄混死龍ノゥテウーム
 ここは雲の上。成層圏を臨む遥かな上空にて。
「お待ちしていました、ジエストル殿」
『先見の死神』プロノエーがそう声をかけた先には、二頭のドラゴン。先を歩むドラゴン、ジエストルの後を生気のない様子でもう一頭がついてくる。定命化し、それが故に死に瀕しているのが見てわかる。
「……此度の贄となるのは、そのドラゴンでしょうか」
 プロノエーが静かに問えば、ジエストルが長い首を頷かせて答える。
「そうだ。お主の持つ魔杖と死神の力で、此奴の定命化を消し去ってもらいたい」
 誰とも視線を合わせようとしないまま、弱りきったドラゴンは最後の力を振り絞って言葉を捻り出した。
「……朽ちる、前に今一度……この身を、勝利に貢献させて欲しいのだ……」
「良いでしょう。ではこれより、定命化に侵されし肉体の強制的にサルベージを行います。あなたという存在は消え去り、ただ抜け殻の肉体のみが残り、戦う……それでよろしいですね?」
 プロノエーの念押しに、ドラゴンは是非もないと再び頷いた。
 それを合図に儀式は開始される。不安定な雲の上に禍々しい光を放つ魔法陣が広がった。その中央でドラゴン体はまるで水に投げ入れられた土塊のように溶けて崩れ、断末魔が響く。
『グオ……オォオオ!』
 しかしドラゴンは消滅はせず、半壊した肉体と完全に理性を失った姿でその場に留まった。辛うじてその巨体と爪とでドラゴンであることがわかるものの、生き物としての美しさはそこにはもうなかった。『獄混死龍ノゥテウーム』の誕生である。
「サルベージは成功、この獄混死龍ノゥテウームに定命化部分は残っておりません」
 ですが、と言葉を続けようとするプロノエーを遮り、ジエストルが口を開いた。
「わかっている。これはすぐに戦場へと赴かせよう。……だが、完成体の研究は急いでもらうぞ?」
 その目に狡猾そうな光を宿してジエストルがそう告げ、雲の上を後にした。

●全力戦闘
「時間がない、埼玉県さいたま市急行だ! ドラゴンの襲撃予知だ」
 ヘリオライダーの安齋・光弦が焦燥を隠さずにそう声高に言った。
「今回は市民を避難させる時間がない、急がないと大惨事は免れないんだ、現場に急行してドラゴン『獄混死龍ノゥテウーム』を撃破するしかない! 敵は既に知性を失っている。ドラゴンとしては戦闘力は低めだけれど、ドラゴンはドラゴンだ。全力で戦って欲しい」
 迎撃地点の細かい特定をしつつ、光弦は敵の戦力分析結果をモニターに映し出す。
「これが今回の敵『獄混死龍ノゥテウーム』だ。ドラゴンとしては異形と言えるね。でも全長10メートル、口から炎を毒のブレスを吐く。能力としては間違いなくドラゴンだ」
 それから、と一呼吸を置いて光弦が続ける。
「ここからが今回の戦いのポイントだけど、獄混死龍ノゥテウームは『戦闘を開始すると8分ほどで自壊して死亡する』という情報が入っている。つまり撃破出来なくともその8分を引きつけて戦うことが出来ればこちらの勝ちだ。どうしてそんなことになるのかはまだ判明していないけど、もしかしたらドラゴン勢力の実験体なんじゃないかって」
 8分で敵を撃破するか、その時間を戦い続けるか。いずれかが勝利の条件だが。
「勿論、君たちが撃破されてしまえばノゥテウームは遠慮なく市民を襲い、甚大な被害は避けられない」
 事前の避難時間を取れなかったことに焦るのか、光弦の口調からはいつもの暢気さは消えている。
「獄混死龍ノゥテウーム、奴は君たちが仕掛ければ君たちと戦うことを最優先するだろう。ただし、君たちが己にとっての脅威ではない、と判断すれば矛先を市街地に変えてグラビティチェインを搾取しにかかる可能性がある。最初から全力でかかって欲しい……君たちにしか守れないんだ。頼んだよ、ケルベロス!」


参加者
大粟・還(クッキーの人・e02487)
コール・タール(マホウ使い・e10649)
輝島・華(夢見花・e11960)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)
クラリス・レミントン(暁待人・e35454)

■リプレイ

●命の使い方
 なんと言う姿だ。レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)は愕然と目を瞠る。
 奴は一体、何と混ざってしまったのだ? レッドレークがそう思うのも無理はない。飛来した獄混死龍ノゥテウームは、ドラゴンと呼ぶには醜悪で、堕落していた。10メートルを越える巨体ではあるものの、形を失い誇りを失ったその姿。
 奴の『心』はどこへ行ってしまった……?
 心、とは。
 同族のために己が命を擲つ自己犠牲の精神。ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)は、生前のドラゴンのそれに正直感心すらしている。だがそれは戦う者としてあまりにも危うい。危うさの結果が、この生き物とは思えない姿なのだ。
 異形の竜、生命としての在り方自体を失った竜。コール・タール(マホウ使い・e10649)は複雑に渦巻きかける己の胸の内に命じるようにして、結論を出す。
 どうでもいい。それでも敵だ。そして。
「……敵は殺すまで」
 短い呟きと同時にコールの全身から黒い殺気が放たれ、逃げる人々の背を押す。闇は全て己が引き受けるとでも言うような殺気はそのまま敵へと向けられる。
 コールと対になる位置で同じく殺界を形成していたクラリス・レミントン(暁待人・e35454)は、そっと銀の懐中時計を胸に抱きしめる。今この戦場に立つ瞬間も時を刻み続けるそれに、静かに祈りそして誓う。誰の時も止めさせない。
「お前にあげられるものは何もないんだよ」
 低く呟いてクラリスは武器を構える。そう、暴虐の敵に与えるものなど何もない。思いっきり叩き込む重力の鎖以外には。
「終わりが近いなら、そのままひっそりと命を終えて下さればよかったのに」
 一方、大粟・還(クッキーの人・e02487)はしれっと、至極もっともな本音を口にする。率直過ぎる物言いが可笑しく、フッと小さく口元を緩めた塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)が応じた。
「終わりが見えたからこそコイツは命の使い方を決めた……の、かもね」
 いつもの定位置、翔子の腕に絡まるようにしているボクスドラゴンのシロの顎下を軽く擽りながら翔子は還の顔を見て付け足した。
「いずれにしても、アタシらとは趣味が合いそうもない……そう思わない?」
「ですねぇ。全然合いませんねえ」
 独特のテンポで話す二人はいかにも落ち着いていて頼もしい。が、気を抜いているわけではない。既に歴戦を重ねたケルベロスでこの戦場の緊張感がわからぬ者などいなかった。
 互いの背を互いが預かる、そういう覚悟の元、鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)が真っ直ぐに敵を見据える。命と理性を捨てて一族の勝利を求めるのが敵の信念なら、絶対にそれに屈しないのが郁の信念だ。
「……脅威じゃないなんて思わせない」
 その郁の佇まいをとても頼もしく見つめてから、輝島・華(夢見花・e11960)は視線をノゥテウームへと戻す。獄混死龍の姿が恐ろしくない、と言えば嘘だが、今の華は信じられるものが沢山ある。積み重ねた戦いで得た力、そして何より、共に戦う仲間。
「……どんな敵が来たって、私達は負けません!」

●自壊へのカウントダウン
 ノゥテウームは滑空し、その巨体の影を徐々に地面へ近づけてきた。着地を待たず、ケルベロスたちは敵に殺到する。さながら手負いの熊に襲い掛かる猟犬のように。
 市民らを避難させる時間が取れなかったのは不運だったが、絶対に被害者など出させない、とケルベロスたちは全力で駆けた。
「お前の相手はこっちだ!」
 足を止めぬまま郁が仕掛ける。ノゥテウームが破壊した瓦礫を蹴り上げ、飛び散った礫を激しくノゥテウームの背に向けて弾き飛ばした。素早く肩で支えたハンマーを変形させた翔子の砲撃が正確に同じ箇所を狙い、動きを察したレッドレークもゴーグルを装着、振り回した赤熊手はレッドレークの意志を汲むように変形し、地獄の炎弾を放った。
「シロ、足元からいきな!」
 翔子の声にシロは体ごと突っ込み、足元に潜りこんで食らいつく。
『グルゥぅウ……』
 突然の一斉攻撃に低く唸り、動きの鈍ったその隙にウルトレスが敵の進路へ立ちはだかり、バッケンリッカー社製ベースギターを構えた。
「……遠慮はせんぞ、それが手向けだ。……フィーバァァァァッ――!!!」
 ウルトレスが遠慮なしの音量最大で奏でるデスラッシュ・サウンドは、否応なしにケルベロスたちの戦意をかき立てる。敵の自壊を待つつもりはない、全力で討つ!
「まずはこっちに引きつけないと……頑張ろうね、ブルーム」
 華の声掛けに全力で応じるように、ライドキャリバーのブルームは花弁を散らして飛ぶように敵へ向かう。一般の人々は勿論、大切な仲間をも自分が守る。そう胸の奥に誓って華はロッドを振りかざす。
「命の対価を払おうとも、お前たちに勝利はない。それは俺達の物だ」
 あくまで冷淡に敵を排除する姿勢を崩さず、コールが冷結光線を身を反転させたノゥテウームの胸元へと見舞う。命中した箇所には氷の結晶が広がる。苦痛とも、それとも威嚇ともつかぬ唸り声を上げるノゥテウーム。
 狙える、と直感したクラリスが畏れず敵の眼前に飛び出しターン・ステップを踏む。そのまま蹴りを見舞おうとした瞬間、ノゥテウームは鰐を思わせる動きで突然身を捩り、地に身を擦りつけるように回転してその攻撃をかわした。もはやドラゴンの威厳も面影もあったものではない。
「妙な動きしやがりますね。るーさん遠慮しないでヤッチマイナァ!」
 還がオウガ粒子で味方を覆いつつそうけしかけると、ウイングキャットのるーさんは果敢にのたうつノゥテウームへ突っ込んでいく。
 そのノゥテウームの動きをじっと凝視していたクラリスが、地にのたうちながらその口元に炎の点るのに気づいて叫んだ。
「……ブレスが来るわ、華さん!」
「……はい!」
 変則的な動きからガバリと巨大な顎が開き、激しい炎がクラリスと華に襲い掛かった。直撃すれば大ダメージだっただろうが、左右に飛んだふたりは対流に巻き込まることは避けた。それでも、敵の熱波が恐るべきものであることを全員が知る。
「ちっ、ドラゴンらしいんだか、らしくないんだか……妙な奴め!」
 レッドレークがその奇妙な動きに思わず舌打ちする。
「攻めて押し切る!」
 ノゥテウームの側面で片手を着いて身を反転させた郁が、一気に懐に飛び込んでハンマーを振り抜いた。重い一撃の手応えが、見ている仲間にすら伝わる。
 やるじゃないか、と翔子が蹴り込んだ星を追うようにして、ウルトレスがギターをチェーンソーに持ち替え、郁と入れ替わりに接敵し鱗の削れた傷を抉り取る。
 遠距離からの攻撃に対してはノゥテウームはほぼ動かない的のようなものだった。察知することすら出来ていないのかも知れない、と、レッドレークが蹴りを叩き込みながら考える。
 主が医者であるからなのか、シロの注いでくる癒しは優しい気がする、と華は苛烈な戦闘の中にも感謝を失わない。コールが与えた冷気によるダメージを更に重ねていくべく拳を叩き込む。
 が、ノゥテウームの動きは相変わらず変則的だった。知性を失っているせいなのか、キョロキョロと首をもたげてケルベロスと遠くを交互に見るような動きをしてみせる。
「ブルーム! 行かせては駄目!」
 華が叫ぶ。言葉や意志が通じないのなら、体に訴えかけていくしかノゥテウームの気を引く方法はない。コールが距離を取り、愛用の黒弓を構えて引いた。
「俺たちから逃げて、お前に行く場所があると思うなよ」
 放たれる漆黒の矢は敵の身に深々と突き刺さる。雷に打たれたようにその場で身を硬直させ背を反らすノゥテウームの脳天に、クラリスは迷いなく断罪の斧を振り下ろす。確かな手応えとともに斧を引く。その瞬間に一瞬だけ見えたドス黒いものが、警告の声を発する前に放たれた。
『ゴォオォアアァ……!』
「しまっ……、」
 禍々しい毒の呼気が、攻撃に飛び出していたるーさんにまともに覆いかぶさった。近付けば読めない動きをし、距離のある敵へはこの呼吸。
「やはり強敵……だがこちらも必死だ」
 レッドレークもまたドス黒い毒息を浴び、炎の如き赤い姿が闇色に染まっている。一瞬そちらへ振り返るものの、郁は再びノゥテウームにレーザーを放つ。ウルトレスがそこから顔を反らさせまいと、反対側からのレーザーで援護する。
「こっち任されようかね?」
「……お願いします。その分の火力はこっちが保証しますんで」
 一瞬背を合わせた翔子と還が短く会話し、すぐに散開する。
「色鮮やかな芽吹きの雨を」
「適度な雨は必要ですよね」
 翔子と還、ふたりの降らせる雨が戦場に降り注いで毒を洗い流し、レッドレークは己の額を流れ落ちる黒の間から、眼光を鋭く光らせる。
「……恵みの雨だな。こいつも喜んでいる」
 レーキをひと振るいし赤を取り戻させ、レッドレークは再び地獄の炎でノゥテウームを狙う。
「そろそろ私たちの相手をしたくなったのではありませんか?」
 エクスカリバールを軽やかに操った華がそう挑発し、巨体の前を駆け抜ける。標的を定められぬまま落ち着きなく首を動かすノゥテウームに、光輝く斧を闘志を籠めて叩き下ろすクラリス。衝撃に顔を逸らしたそこへ、コールが黒い影の弾丸を放った。
「毒には毒だ。食らえ」
 猛攻。攻撃手である郁とコールを主軸に、中衛後衛も全力でノゥテウームを削り取る布陣。その激しさにノゥテウームは余裕を失い、残る命全てをケルベロスたちへの反撃へと向けるしかなかった。
「……貴様も『錆』の餌食にしてやる!」
 レッドレークの飛ばした腐食の魔力はドラゴンの巨大な爪に取り付いた。華がそれを見逃さず雷撃を叩き込めば、その動きは鈍っていく。
 果敢に前に出ていくクラリスを、ノゥテウームの怨嗟の咆哮が迎え撃つ。
「気をつけろよクラリス。奴はまだ力を残してる」
 恩人と仰ぐ郁の言葉に、クラリスが頷く。戦場で貰ったものを戦場で返したい。何より、この街の人々を守りたいという気持ち。私達ならきっと、できるよね。
「……それじゃ、一曲ダンスは如何?」
 ノゥテウームの前でポワントからのアラベスクを見せたクラリスは可憐なターンを決め、そこからもう一周、否、一蹴。飛び散る氷結を振り払わんと暴れる狂竜。
 脅威となったのは炎そして毒の息。そのふたつを使い分け、ノゥテウームはしつこく後衛を狙ってくる。
「……っ、後ろばかりを!」
 ウルトレスがそれを許さじと身を割り込ませ、身をもって炎の渦を断ち切ったが、炎の対流に巻き込まれたるーさんが消滅してしまう。が、体力の余裕をみるつもりのないケルベロスたちは攻撃の手を休めない。還は後衛の回復をしつつ、前衛の集中を高めるべくオウガ粒子を撒き続けた。
「言ったからには、やってみせなきゃな……」
 そう呟いた郁が深く集中し、体内のグラビティを片腕に集め始める。隙が大きいが、今は頼れる仲間たちが敵を引きつけてくれている。
「確実に決める……!」
 使いどころはここだ、と狙い澄まして巨大な炎の斧の一撃を落とした。ズガァ、激しい破壊音の直後に、ノゥテウームは激しく身を捩りだす。
『グアアァアア!』
「自壊が始まったのか……?」
 ウルトレスがピッキングの手を止めて敵の様子を伺う。もはや反撃しようにも手足をジタバタさせるばかりのノゥテウームは、死に切れずもがくだけとも見えたが。
「まだだ、もうひと押し!」
 今一度口を開こうとする敵の様子に翔子が叫ぶ。還は己の回復を後回しに再度の攻撃に備え、クラリスは足を振り上げる。ウルトレスのギターが激しく響き、赤熊手からは炎に変わり氷河期の冷気を放つ。
「絶対に、逃がしませんの……!」
 華の手のひらから青い花弁が飛び散り始める。絡みつくノゥテウームの体はボロボロと崩れ始めているが、まだ動きを止めない。この一撃で終わらせる、攻撃に回ったケルベロスたちは皆その気持ちで戦い、そして。
「……」
 暴れ狂うノゥテウームの真正面から巨大な弓を構えたコールが、黙って敵を見据えた。
 我が魂に誇りは無い。我が知識に意味は無い。我が肉体に価値も無い……その詠唱はまるで、獄混死龍と化したドラゴンの無念を代弁するかのような。
「故に我は望む――栄光と勝利を、この手に――」
 ここにお前が奪える命はない。全員の思いと共に竜を射抜く九頭の竜が放たれ、ノゥテウームに食らいついた。
 最期に響いた断末魔、その声はドラゴン一族の勝利を信じた哀しげな咆哮だった。

●消滅
「……残る命をここで燃やし尽くして……お前はそれで満足だったか?」
 我知らずそう呟いていたレッドレークの声は、敵のいなくなった戦場に静かに散らばった。
「多分、行けたんじゃないか……同朋のところへ。そう思っとこう」
 郁が戦闘を終えた解放感からか、少しだけ肩の力を抜いてそう言えば、レッドレークも短く頷く。
 ノゥテウームの行った先は果たして同胞達の待つ場所なのか、それとも。
「郁兄様、レッド兄様。周辺に一般の方はいないみたいですの。でもブルームにもう少し見て回ってもらいますね」
 華が忙しく駆け回りながら、そう言った。
「うん、俺も手伝うよ」
 ノゥテウームの巨体が暴れた跡をヒールしていく。この時間は、もしかするとケルベロス自身の気持ちをも癒す時間なのかも知れない。仲間達が表情を緩める、この時間を愛おしいとクラリスは思う。
「譲れないもの、守りたいものがあるの。腐り落ちたドラゴンの誇りとは比べ物にならないくらい、大きなものがね」
「……」
 タバコを一本口に咥え、複雑な思いで翔子は空を見上げる。命の使い方を決めるのは本人のみ、と思いつつ、今回のような、他に道のない状態に追い詰めて捨て駒にするようなやり方は、医者としての翔子は納得出来ない。
「一本いっときます?」
 と、その翔子に還が差し出したのは、そう、クッキー! 奮戦したるーさんも戦闘後既に姿を取り戻し、クッキーの箱に飛びついていた。翔子がふふと笑う。
「マイペースだねぇ」
「シリアス疲れました。皆さんもどーぞクッキーキメましょ。農家のクッキーですよー」
 真面目くさるつもりではないんだがな、と、内心でコールが苦笑してクッキーをひとつ手に取った。今回のような敵に出会うと、どうしても生命のあり方や行く先を考えてしまうのだ。
 あらかたのヒールを終える頃。
 ウルトレスが静かに仲間の輪を離れ、己の分身とも言えるベースギターの弦を素手で荒っぽく掴み、引き千切って黙祷を捧げた。無骨な生き様への祈りには、どこか共感にも似た思いが籠められているのかも知れない。
「……闇の淵へ還り、安らかに眠れ」
 敵にも味方にも、等しく訪れる『死』。それは終焉か、祝福か、ただの無か。
 戦い続けた先にのみ答えがあると信じ、ケルベロスたちは戦場を後にする。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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