ここは天空、雲の上。
白と蒼の空間で、ハッとするほど色白な女性が、藍色の竜と向かい合っていた。
「お待ちしていました、ジエストル殿。此度の贄となるのは、そのドラゴンでしょうか」
「そうだ。お主の持つ魔杖と死神の力で、この者の定命化を消し去ってもらいたい」
発言を向けられた先には、巨大な竜。
威厳に溢れた金色の。
何も語らず、ただ天上より世界をジッと見つめている。
「これより定命化に侵されし肉体の、強制的なサルベージを行います。あなたという存在は消え去り、残されるのは、ただの抜け殻にすぎません。よろしいですね?」
白の女性の確認に、
「……暫し待て。最期の世界だ」
竜は泰然と世界を見つめ、
万感をその瞳から一すじの雫として零し去った。
スゥ、と体中に空気を巡らせ、
「往こうか」
初めて死神と目を合わせる。
白の女性は静かに頷き、
魔杖から力が放たれた。
六芒星が現れ、青白い光が金色の竜を包み込む。
「ジエストル」
金竜は燃えるような瞳を同胞へと向け、
「……掴めよ……我らの明日を……――」
それが終の言葉となった。
竜の身体はドロリ溶け、
その場に残ったのは呻きと、痛みの化身とも見える灼熱の髑髏であった。
「サルベージは成功、この獄混死龍ノゥテウームに定命化部分は残っておりません。ですが……」
「わかっている。この者はすぐに戦場へ送ろう。その代わり、完成体の研究は急いでもらうぞ」
●
ケルベロス達が集まると、アモーレ・ラブクラフト(深遠なる愛のヘリオライダー・en0261)は急ぎ無線を切り上げた。額に汗を浮かべながら、息も入れずに毅然と話し出す。
「急な招集に応じていただき感謝を! このままでは甚大な被害が生じます。先ずはモニターを!」
アモーレの指輪から赤い光の線がモニターに照射される。
「敵はドラゴン『獄混死龍ノゥテウーム』。襲撃地は和歌山県白浜町。急ぎ避難の為の編成を行いましたが、時が足りません。このままでは多くの死傷者が出ます。
皆様には惨劇を回避するために敵の気を引いていただき、そのまま撃破、あるいは8分の間防衛していただくことをお願い致します!」
一人のケルベロスが手を挙げた。
「8分とは?」
「敵が自壊するまでの時間です。原因の究明は未だですが、この敵の身体は長時間の戦闘を可能としません。8分間防衛すれば自滅します」
「護りを固めれば良いということか?」
「グルービー! その作戦は一つの答えでしょう。しかし一点、留意ください。敵はこちらが戦うに値しない弱者であると判断すると、町民の襲撃を優先することが分かっております。防衛作戦を取る場合でも、攻撃を加えることは必須となります」
また一人のケルベロスが手を挙げた。
「敵の強さは? まさか魔竜クラスということは」
アモーレは落ち着いた表情で首を振った。
「強敵と言えますが、知性は無く、ドラゴンとしては組みしやすい相手です。実験体ではないかという推理もされております。皆様がベストを尽くせば遅れを取る相手ではありません。
ただし、腐っていてもドラゴン。その火力は苛烈。当個体はクラッシャーのうえ、追撃、ブレイク、ホーミングと、力任せにこちらを砕こうとしてきます。対策は留意ください。特に、初手の選択と防具耐性は肝要となるでしょう」
アモーレは他に手が挙がらないのを確認すると、
「人々の命はあなた方の手に委ねられました! 獅子奮迅たる活躍を期待しております。どうか彼らの手に明日を!」
真摯な瞳でケルベロスを見つめ、深々とお辞儀をするのだった。
参加者 | |
---|---|
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023) |
アリエータ・イルオート(戦藤・e00199) |
比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024) |
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020) |
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055) |
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762) |
蔓荊・蒲(サクヤビメの選択者・e44541) |
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641) |
●燃える命
闇夜を紅蓮に染めあげる巨竜の姿。
轟々と噴き出す灼熱の炎。
必死に逃げる人の群れ。
街は赤橙に明滅し、上空は赤煙に覆われる。
一人の男が竜の射程にうずくまっていた。
竜はグオンッと炎を昂らせ――。
瞬間。紫の影が男の身体をかっさらった。
「先のないあなたに奪わせはしません!」
それは綺麗な女性の声。男は見た。風になびく淡紅藤の長髪を。そしてそのまま、
「ハニーさん! お願い!」
宙を舞った。意識はそこで寸断される。
アリエータ・イルオート(戦藤・e00199)の声を受け、ハニーが男を抱えて駆け抜ける。
獲物を奪われた竜は、一瞬そちらに目を向けるが――、
竜の眼前。天空より降り注ぐ。炎に照らされる9のシルエット。
竜は、ゆらり真紅の眼向け、力持つ者達を値踏みする。
影が口を開いた。
「フランケンシュタインみたいになっちゃってるドラゴンっすねぇ。盛者必衰っていう言葉が何故か思い浮かぶっすよ」
飄々とした、茶色い兎耳の人型ウェアライダー。蔓荊・蒲(サクヤビメの選択者・e44541)。
「新しい敵、最終的には自壊するらしいけど、それまで被害を出さないようにしないと凄まじい被害が出るらしいから頑張らないとね」
小柄な身体に、武骨なパイルバンカーを構えた黒髪エルフ。比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)。
「今何時だと思ってるのよ……」
眠そうに眼を擦る、和装の黒髪レプリカント。葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)。
「……自爆より素敵な死に方、用意してあげるよ」
殺界を漲らす、藍い瞳の銀髪エルフ。アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)。藍い瞳の美しい人形を抱え、粛々とタイマーを作動させている。
「使命感に燃えてる所申し訳ないけどそのわずかな残り火、消させ――」
「オオオオオオオオオ!!!!!」
それは歓喜の咆哮。戦うべき相手を見つけた魂の咆哮。
竜に知性は残っておらず。番犬のセリフは風の如く。
ドヤ顔がトレードマークの銀髪エルフ。ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)は、ぷんすか拗ねたように口をすぼめると、敵の間合いから離れるように跳躍した。だが――、
巨体が跳ぶ。一息に。その体躯。実に10m。3階建てのビルに匹敵する。
炎を巻き上げ爪を振り上げ。
しかし、その爪が銀のエルフを捉えることはなかった。
跳び込んだ黒髪。信じて任せた銀髪。
かごめは腕に力を纏わせ、十字に構え腰を入れた。
グゴォッッ!!!
衝撃に大地がひび割れる。
プレス機に押しつぶされるような圧倒的な力。しかし、
――潰れない! 潰される訳がない! だって――、
かごめの身体を神々しい光が包み込んだ。
『喰らい付け、妄執の大蛇』
同時に竜の巨体が、横からの力に押し飛ばされる。
アンセルムの攻性植物が大蛇と化して、竜の脚に喰いついていた。その毒は竜の動きを遅々と阻害する。
「助かったわ」
「この敵は危険だね。ボクとしても出来るだけ早く倒したい」
アンセルムの藍い瞳には、燃え盛る紅蓮が映っていた。人形に炎は大敵だ。
そしてもう一人。
「冷やっとしたぞ」
雷光迸る杖を握った紫のサキュバス。ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)。
「そう? 私は心配してなかったわよ」
――後ろに誰がいるか知っていたからね。
「いつぞやの逆ということか。努力しよう」
互いにフッと笑い、間合いを開ける。
とはいえ、思った以上に損傷は激しく。
それなら私の選択は――、
『さあ咲き誇れ!』
かごめの周りから、闇夜に桜の花びらが舞い散った。前衛に優しく降り注ぎ、光を放ち盾となる。
「やぁ、綺麗な桜っすね」
蒲が嬉しそうに無表情のまま、桜色に光り輝く球体に手をかけた。
同時に、アリエータが爆破スイッチをポチリ押す。
「よろしくね」
テンションを上昇させる爆発が後衛を力づけ、
「こいつはありがたいっす」
やはり無表情のままペコリ一礼。だがその瞳は力を帯びている。
『神話検索、展開……再構築。冠するは『天叢雲』、汝総てを切り拓く者なり』
光を纏う球体ガジェットが、見る間に厳かな一振りの剣に姿を変えた。
疾風の踏み込み。
神々しい斬撃が、動きの鈍った竜の脚を苛烈に砕く。
竜は打ち払おうと尾を振り上げるが、
「この時を待っていたよ」
銀の影が尾を潜り、その脚を内側から蹴り砕いた。
竜はバランスを崩し、その尾は打ち据える相手を見失う。
軽やかに敵から間合いを取りながら、ヴィルフレッドはエッヘンドヤ顔。
「そんな顔をしていると思ったぞ」
「私も」
「なんだって!?」
ニヤリと笑うナザクとかごめは、こちらも少しドヤ顔気味だった。
そんな三人の横から跳び出す三つの影。
先に駆けたのは、茶色い狐耳の人型ウェアライダー。鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)。
ずっと見ていた。竜の動きを。
――そんな姿で自滅して終わるなんて、ドラゴンとしては、らしからぬ最期に思えるぜ。理性はなくても本能は残ってるんだろ? 全力で迎え撃つ事がお前への餞……。
シュウシュウと脚からオーラを立ち昇らせ。
疾駆。跳躍。竜の額に星形の傷を刻み込む。
影が続く。
「良い目印だね」
黒髪が風に揺れ。黄泉は的確に同じ場所を蹴り砕いた。
手応え。その一撃は敵の脳を揺らす。
さらに続く銀の影。
サポートに駆け付けたシャルロットが、斬霊刀を打ち付けた。
竜はグラリと揺れて大地に崩れる。
――思ったより大した敵ではない。
そんな空気が戦場に流れた。
それを裏付ける様な、弱々しい火の粉がチロチロと、ヒノトの上から降りかかり――、
ビュゴウッッ!!!!!
獰猛にヒノトを包み込んだ灼熱の業火は、赤から橙と色を変え、白となり、そして光となって闇夜を焦がした。
「――ッ!!!」
それは一撃。練りに練られた必殺の。
「ヒノト!」
癒やしの光が迸る。
身体中を焦げ付かせ、荒い息をつきながら、橙の瞳は竜を見つめる。驚愕を浮かばせながら。
「今の……フェイントか……?」
「知性は無い筈だけど」
「だとしたら、身体に染みついた戦い方。なんだろうね」
ヒヤリ。頬を雫が伝った。
いったいどれ程の間、戦いに身を置けばここに至るというのか。
番犬達は、その生に思わず思いを巡らせた。そして気づく。
目の前にいる者は残り火。だがこれは――、
大火の残り火。
『このままでは多くの死傷者が出ます』
今こそ納得した。
この竜は一息で数十。数百の人々を容易く焼き尽くすだろう。
番犬が敵ではないと侮られた瞬間。その災厄は護るべき人々に降り注ぐ。
――ならば、全力。
よそ見など、考えすら及ばぬように。苛烈に。壮烈に。
番犬達は己の獲物を握りしめ、
力強く敵へと躍り掛かった。
天を衝く咆哮が、それを迎え撃つ。
●焦がす命
戦いが流れる。
力と力。技と技の応酬。
炎は猛り、盛り、渦を巻く。
気を抜けば命を削ぎ落とされそうな緊迫感。
竜の瞳は真紅に染まる。
呻きは痛みを隠そうともせず、生きているだけで激痛に苛まれている証左。
だが、その奥に光る、どうしようもない程に熱い残り火。
灼けついた信念。
己が種族の未来賭け、ただ愚直に突き進んだ魂の。
徐々に、番犬達は感じ始めていた。
異なる立場の敵に、異ならざる心根を。
この敵に、竜としての最期を迎えさせたい。
自壊ではなく。戦士として。
竜が跳ぶ。
溜め無く振り下ろされる獰猛なる一撃。
黄泉を庇い、アリエータが剣を盾に跳び込んだ。
初撃で剣は弾かれ、開いた胴体を追撃が襲う。
だが番犬もまた熟達。
「そう来るとふんでいたよ」
アンセルムの攻性植物が巧みに打点をズラすように竜の頭に噛みつき、
視線を投げる。
受け取ったのは黄泉。
気合一閃、武骨なパイルバンカーが竜の身体を押し倒す。
しかし竜もさる者。倒れる反動を利用し、アリエータの身体を痛烈に弾き飛ばした。
弾丸のように華奢な身体が宙を飛ぶ。
校舎に激突する間際、その身体を受け止めたのは、かごめ。
「すぐ回復するから」
光の盾がその身体を優しく包み、
同時に力強い電撃がその身体に迸った。
「まだ、行けるか?」
「もちろんよ」
ナザクの力を受け、アリエータが立ち上がる。自身の身体を支えるかごめの手を握り。
DF同士。戦いで生まれる連帯感もある。
「行かないと」
己の瞳に妖精を宿らせながら。アリエータとかごめは前線へと駆けた。
一方、竜は転がり、しかし直ぐに態勢を立て直し――、
「オオオオオオオオオ!!!!!」
豪炎を盾のように噴出させる。
立て直しまでの時間が早く、隙だと思えば罠を張る。
笑ってしまう程に、戦い慣れた相手。
だがそれはこちらも同じ。
「アカ! 出番だぜ!!」
ヒノトの赤い水晶が、つぶらな瞳の鼠へと姿を変えた。
こいつなら熱さなどものともしない。
父の形見は頷くと、
電光石火で炎に跳び込み、竜の脚へと喰らい付く。
思わず竜は自身の脚に視線を走らせた。
同時にヒノトとヴィルフレッドの視線も絡み合う。
――良い隙を作ってくれた。
ポンッ。と叩いたポケットから、粉々に砕かれたクッキーが姿を現し、
冷気の螺旋。見る間に欠片は氷の礫へと変容していく。
「さぁ、味わって喰らうといいよ!」
氷刃は螺旋となって炎を突き破り、
咄嗟にガードした竜の腕を凍り付かせた。
だが連携は未だ止まらない。
氷弾と共に跳びこんだ者がいた。
竜がそれに気づいた時には既に遅く、
「良い連携になったな」
その腕は喰霊刀に貫かれていた。
蒲の刀から呪詛が蝕む。
――殺気。
気配にピンと耳が立つ。
勢い、蒲は炎を突き破り、後方へ飛び退いた。
今蒲がいた場所を、業火が呑み込む。
炎は猛り、盛り、渦を巻き。
五本の火竜が闇夜を焦がした。
火竜は次々に前衛目掛けて顎を開き、
身体を焼き焦がし、守護を焼き尽くし、虚空へと還り往く。
●終わる命
戦いが流れる。
2枚の護り手は既に満身創痍。だが戦略の妙も有り、ギリギリのところで踏みとどまることに成功した。全ての者が耐性を整えた功も大きい。
後はどれだけ竜の命を削れたか。
その成果は今、明らかとなる。
竜の身体は既に崩壊をきたしていた。
満身創痍というのも生ぬるく思えるほど。頭蓋はひび割れ、四肢は凍り、脚は直視に耐えない。
唯一、無傷なものがあるとすれば、
――やはり信念。
瞳の奥の輝きだけが、陰ることなく燃え続けている。
振るった尾が千切れ飛んだ。自壊は目前に迫っている。
だが止まらない。尾が無ければ灼熱。崩れる身体をものともせず、竜は苛烈に命を燃やす。
アラームが鳴った。
銀の男は粛々とそれを切り、
「最後の時間だ」
寂し気に呟くと、仲間に合図を送った。
最後の一撃。
それが今、竜に贈られる。
――アンセルム――。
『自爆より素敵な死に方、用意してあげるよ』
戦いが始まるとき、確かにボクはそう言った。
自壊するよりはマシ。その程度の軽い言葉だった。
だけれど今は、少し本気でそう思う。
キミに無様な死は、似合わないと思うから。
「理性無くとも、なお身を捧ぐ。か」
アンセルムの腕から、シュルシュルと攻性植物が飛び出した。
炎を縫って、竜の頭に喰らいつく。
それは茨の冠にも見えた。
――ヴィルフレッド――。
ここまで戦ってきて、入念に竜の様子を見てきたけれど、結局襲撃の意図は分からなかった。
同じような形態のドラゴンが複数現れてるから、なんらかの実験とは考えられるだろうけど……。
「情報屋だってわからないことはあるのさ」
それに分からないことといえばもう一つ。
キミは理性を持たない襲撃者で、僕はそれを駆逐する番犬だ。それなのに、
――なんで僕の心はこんなに揺さぶられているんだろうね。
「世の中、わからないことばかりさ! だから楽しいんだろうけどね!」
剣の刃は回転し、赤橙色に染まり上がる。
願うよ。キミが。竜として最期を迎えられることを。
――かごめ――。
どれだけ苛烈に攻め立てても、どれだけ身体を砕いてみても、その瞳は折れることを知らない。
うんざりするほどの闘争心。
「どうせ自壊=自爆で被害拡大するんでしょう? 騙されないわよ」
記憶のメモリーには、熊本での爆光が色濃く記録されている。思えばあれが魔竜復活への足掛かりとなっていた。
今回の死竜も、なんらかの目的をもってここに居るのだ。危険極まりない。
素直に最期を迎えさせてやる気には、到底なれなかった。
「あなたが竜を大切にするように、私も仲間が大切なのよ」
右手のドリルがスパークした。
しかしあるいは、このセリフも建前なのかもしれない。
だって、私も。
この竜には雄々しく散って欲しいと思うから。
――蒲――。
『自爆』
何人かの仲間が口にしたが、言い得て妙な感じもした。
自身の最期を悟って、今こいつは全ての力を爆発させようとしている様にも見える。
その最後の噴火が、どれ程の攻撃になるか。
――どちらにせよ、トドメを刺すに越したことはないな。
目を閉じ、呼吸を整える。兎耳をピンと立て。
「誰かの命を背負って生きるなんて、立派なことができる人間じゃないんで。その前になんとかすることに全力注ぐんで」
飄々とした中に、熱い闘志を漲らす。
剣に霊体を憑依させ、
全力の中に少しの感傷を混ぜ、竜の身体を刺し貫いた。
もしお前に次の生があるならば、次こそこっち側に――。
――黄泉――。
思った以上に強大な敵だった。
一気呵成に攻め立てて、街への被害は最小限に抑えきった。
それでも、
戦場の周りは炎に包まれ、
紅蓮は天を焦がし、
消防が一定の距離を保った場所で活躍しているのが分かる。
――凄まじい被害。か。本当に紙一重だったみたい。
大斧が空を跳んだ。高々と。
「終わりにしよう」
竜の角が、天空に舞い飛んだ。
そしてあなたも、もう眠りなさい。安らかに。
――アリエータ――。
油断なく竜を見つめて戦った。
あるいはなにか情報が掴めるのではないかと目を凝らし。
そして見た。
その生き様を。死へとひた走る、最期の輝きを。
この竜から掴めた情報は、ただそれだけ。
「これが最後」
思えば今日初めての攻撃になる。
攻撃の機会を虎視眈々とうかがっていた私にそれを選択させなかった。それほどまでに、あなたの攻撃は苛烈だった。
誇って良い。あなたは最後の最後まで竜だった。
アリエータの手に光が満ち、力強く剣の形を成していく。
光が風を斬る。轟々と盛る紅蓮の炎も斬り裂いて。
――ナザク――。
それは醜い姿に見えた。
こんな姿になってまで、仲間に尽くす。畏怖の念さえ湧いてくる。
俺はどうだ? こいつのように身を捨てられるだろうか? 人類のために。
……想像すらできないように思えた。
だがあるいは。
大切な者のためになら、あり得るのかもしれない。
不意に思う。
こいつも、そうなんじゃないのか? 誰か大切に想う者がいて、そいつのために命を賭けているんじゃないのか?
だとすれば俺は――。
「とんだ悪党なのかも知れないな」
花弁が夜空に舞い上がる。炎に照らされ赤々と。
銀が一閃した。
金剛石の様な頭蓋が、遂に砕ける。
「せめて覚えておこう。お前の誇りを」
降り掛かる花弁は、あるいは花葬のようにも見えた。
――ヒノト――。
何故だろう。こいつは竜で、こいつは敵なのに。生き様に応えたいと思っている自分がいる。
あの目。曇りの無いあの目。敵とか味方以上に、なにか共感してしまう。
この一太刀。この最後の一太刀が、こいつの最期を決定づける。
哀れな実験体か。それとも気高きドラゴンか。
目を閉じる。
両の手にエネルギー。
バチバチと、紫電を帯びた槍を現出させ。
バチバチと。バチバチと。紫電が弾ける。でもまだだ。まだ高める。限界まで。
ゆっくりと目を開く。竜と目が合った。
咆哮。炎が迎え撃つ。
そうだ。それでいい。
紫電が走る。電光石火。
炎を潜り、瞳見て。
雷光が、その存在を十字に斬り裂く。
炎が地に落ちた。線香花火の最後のように。
真紅に見開かれた眼が、ようやく瞑られる。
そのまま徐々に崩れ往き。
そして、その最後。番犬達は見た。
瞳から流れ落ちた一すじの涙を。
条件刺激か。本能か。それは分からない。だが――、
●遺る命
「さてと」
「消火と修復だな」
「私は南に」
「北は僕が行こう」
「私は敵が何か残してないか調べてみようかな」
「手で直せそうな場所は俺に言ってくれ。……できるだけ、住民が慣れ親しんだ景色を幻想化させたくはないんだ」
それぞれがそれぞれに動き出す。
調査に向かった者は、煙の燻ぶる大地を歩き。
しかし全ては灰燼と化していた。
気を取り直し、修復に力を貸すため夜の街に歩を進める。
街灯の光とライトの光。安堵に抱き合う人の群れ。
惜しみない称賛が番犬達に浴びせられた。
この日彼らは護り抜いた。
人を。都市を。そして強敵の誇りさえ。
全てのヒールが終わり、番犬達は、なぜだか引き寄せられるように集まっていた。
誰かが杯を掲げた。誰もが杯を掲げた。竜の潰えた地に向けて。
種族故に敵となった者へ。
あるいは友と呼べたかも知れぬ者へ。
残火は燻ぶる。
消すか遺すか。それは番犬の胸中に。
作者:ハッピーエンド |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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