死を踏み越えし龍

作者:白石小梅

●雲上の会合
 夕暮れの雲上。
 白き雲海に、夕日が蝙蝠の如き不定形の影を投げ掛ける。
『我が名はジエストル。我が主、ヘルムート・レイロード様の下より参った。出でよ、先見の死神・プロノエーよ』
 それは、ローブの如き翼で不定形の触手を包んだ、海月の如き竜。その後ろに厳めしい飛竜を従え、二体は雲海に舞い降りる。
「お待ちしておりました、ジエストル殿」
 その呼びかけに応じたのは、鳥か蝶のような影を従えた娘。蜘蛛の上を歩く、微塵の体温も感じさせない白んだ肌の……死神であった。
「此度の贄は、そちらの飛竜の方でしょうか」
『そうだ。お主の持つ魔杖と死神の力を以てすれば定命化を消し去れること、すでに伝えてある』
 その言葉にプロノエーは、紅い鏡のような杖をそっと撫で、飛竜に頭を下げた。
「念の為、確認いたしますが……我が術は、定命化に侵されし肉体の強制サルベージ。この措置を行えば、あなたという存在の核は消え去り、残されるのはただの抜け殻……よろしいのですね?」
 投げ掛けられた問いに、飛竜は大きく頷いて。
『全て承知の上……ただ伏して死を待つだけなど耐えがたい。竜の勝利の礎となるならば、我が命、存分に使うがいい』
「畏まりました……」
 プロノエーは頷いて、杖を掲げた。飛竜の乗る雲海に、蒼い魔法陣が浮かび上がる。
『おお……』
 やがて、飛竜の苦悶の咆哮と共にその鱗が落ち、皮膚が溶け、内臓が腐り果てて行く。紫電が迸り、オゾンの焼ける臭いが満ちる中、腐した肉の名残と骨格……そして変形した頭蓋を残して、飛竜は溶け堕ちた。
 プロノエーは、疲れたように一つため息を落として。
「サルベージは成功いたしました。この『獄混死龍ノゥテウーム』に定命化部分は残っておりません。ですが……」
 飛竜であったものは、眼窩の中で紅い目を忙しく動かし続けている。
 悍ましく変貌した同胞を一瞥し、ジエストルは頷いた。
『わかっている。この者はすぐに、彼の地へ送る。その代わり、完成体の研究を急げ』
 プロノエーが頭を下げる。
 そして、悲鳴のような金切り声と共に『獄混死龍ノゥテウーム』は解き放たれた……。

●死龍襲撃
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)が、集結した番犬たちに語り掛ける。
「長崎県の海辺の街に、ドラゴンの飛来が予知されました。襲撃までの時間も少なく、市民の避難は間に合いません。ただちに討伐チームを編成し、迎撃に向かってください」
 最強種族の名に番犬たちに緊張が走る……が、小夜の表情は、どこか困惑気味だ。
「ただ……現れる『獄混死龍ノゥテウーム』は骨に腐肉のこびり付いた貧相な体で……いえ。宝玉封魂竜など、ゾンビのような竜は稀に出現しますが、こいつらはどうも……妙なのです」
 番犬たちも、眉を寄せる。どういうことなのか。
「まずノゥテウームは知性を失っており、その力もかなり損なっているようなのです。しかも、全力の戦闘に体が耐えきれないらしく、戦闘開始して八分ほどで肉体が自壊。死に至ることが予知で確認できました」
 なんだそれは。あまりにも不安定すぎる。原因は、定命化だろうか?
「私もそう考えました。しかし、以前と症状が食い違うように思えます。一応の仮説ですが……こいつは定命化に対する治癒か何かを行い、失敗した個体と考えられます」
 一体、どういった原理なのか。首を捻る番犬たちに、小夜は仮説を伝える。
「例えば、定命化とは体組織を蝕む癌のような病であり、侵された体組織を削ぎ落して治療できないか。などと考え、実験した結果……このような、力の大部分が削げたものが出来上がったのではないか、と」
 なるほど。そうだとすれば、その不安定さにも納得がいく。

●獄混死龍ノゥテウーム
「改めて敵を解説します。敵は『獄混死龍ノゥテウーム』一体。大きさは十メートルほどで、骨爪や骨の尾を叩きつけて来る他、灼毒のブレスを吐きます」
 元は火を噴く飛竜だったのだろう。一応は、魔術的な飛翔能力も持っているようだ。
「そしてもう一度確認しますが、敵は戦闘開始から八分ほどで崩壊し、死亡します。詳細な理由は不明ですが、恐らくノゥテウームは何らかの実験の被験体であり、自壊はその副作用。失敗作の処分を兼ねて送り込まれてきているというのが、現在の仮説です」
 すなわち積極的に倒しても良いし、八分を耐えて自壊を誘っても良い。もちろん、その前に敗北するわけにはいかないが。
「ノゥテウームはケルベロスとの戦闘を優先するため、闘う限り市民への被害はでません。ですが、皆さんを闘うに値しない弱者だと判断すると、市民攻撃に移るようです」
 すなわち自壊を待つにしても、回復一辺倒でよいわけではない。相応の実力を示し、敵の気を引きつけておかねばならないということだ。
「弱体化していても、こちらから見れば強敵です。迎撃は全力でお願いいたします」
 小夜の念押しに、アメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)が頷いて。
「文字通り、腐っても竜……か。微力だが、私にも協力させてくれ」

 ブリーフィングを終え、小夜はため息を落とす。
「しかし……生命維持に支障をきたすほど削いだ体を、何で埋め合わせて動いているのか。ヒールも効かない不可逆な形態変異と言い……いや。今は迎撃に集中しましょう」
 出撃準備を頼み、小夜は頭を下げるのだった。


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
紗神・炯介(白き獣・e09948)

■リプレイ


 そこは、海の大地。長崎。
 崖上の海岸道路より振り返れば、ぎざぎざとした崖と青々とした島々が入り組み、海と陸の谷を作り上げている。
「島々の、海間に千々と、秋暮れの日……といったところでしょうか。呑み込まれそうなほど、悠然とした大地ですね」
 リモーネ・アプリコット(銀閃・e14900)は、潮風に戯れる髪をかきあげる。
「リアス式海岸というのでしたか。疾く、終わらせるようにいたしましょう……腐臭はこの大地に相応しくない」
 クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)は指先でナイフの柄を弄び、橙色の空を見上げる。夕の海辺に不吉な影を落とす禍は、その姿を見せない。
「ああ。微力だが……せめて、一矢報いてみせる」
 空を凝視するアメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)の脇を、リリー・リーゼンフェルトが優しく小突く。
「大丈夫よ。ここにはドラゴンスレイヤーが、沢山いるわ! 私も含めて」
 玄梛・ユウマもまた、その言葉に力強く頷いて。
「自分も、経験だけならあります。犠牲を出さずに終わらせましょう」
 熊本の大戦を切り抜けた今、竜と闘った経験を持つ者も少なくない。だがその一人である大弓・言葉(花冠に棘・e00431)は、やがて来るという竜を思い描いて、ぶーちゃんと共に首を捻る。
「それにしても……なんか妙なドラゴンなんだってねえ……はっ! まさか正体は、新手の屍隷兵とか!」
 手を叩いた思い付きに、湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)が苦笑する。
「屍隷兵は定命の生物の死骸を組み上げたものですから、違うと思いますよ」
「あ、そっか。うーん……まあ、いいわ! 何にせよここは通せないし通さないの!」
 張り切って誤魔化す言葉。その後ろで、美緒は顎を撫でる。
(「連中とドラゴンが手を組むかもと思って調べたりはしてたけど……まさか、ね」)
 その時、夕日の中にのたうつ蛇の如き影が浮かび上がる。
「来たね……」
 ぽつりと漏らすのは、紗神・炯介(白き獣・e09948)。
(「仲間の為に、魂の一片まで残さず燃やし尽くして……か。その生き方に、死に方に、憧れさえ感じるけれど……」)
「ちょっと。ぼーっとしない」
 だが、甘い憧憬に浸ることは赦されない。苦笑と共に振り返れば、そこには不機嫌そうな翼猫を連れた赤矢・俊がいて。
「しっかりなさい。私がいてあげてるんだから」
 戯れる二人の隣では、木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)が目を細めて、影を見つめている。
「ううむ……定命化に抗うってのは大変なんだなあ。しかし、そこまでするほど嫌か? 受け入れたら楽になれるっていうのにな?」
 そう問われた小竜のポヨンは、怯えるようにその足にしがみ付いた。
 怪物は悶える蚯蚓のように身をくねらせるのを見て、尾方・広喜が弾くように手をぶつけ合わせて。
「おーおー……どう見ても、もう壊れるしかねえ個体って感じだな、眸」
「既に壊れていル。というのが、正しイかもしれない。哀れなもノだな……」
 君乃・眸の言葉を耳にして、新条・あかり(点灯夫・e04291)は目を閉じる。
(「そうまでして定命化を、地球を拒むのか……それなら、僕たちもお前を拒むのみ」)
 一瞬の瞑目の中に、複雑に揺らぐ感情をしまい込むと、彼女は立ち上がった。
 その肩に、柔らかな猫の肉球と、黒い毛並みの手が置かれて。
「“地獄”に相応しい姿になりやがって。そんなに地獄の病がお嫌いかね……この地獄に縋らなきゃ生きてもいけないくせに、な」
 そう言って、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は向き直った。
 もはや間近までうねり迫る、猛き死の権化へ向けて。
 あかりがその杖『タケミカヅチ』を掲げて、全員の前に進み出る。
「さあ、おいで。番犬が、地獄の果てまでお相手しよう……!」
 雷電の壁が番犬たちを包んでいく中、番犬たちは武装とその身を解き放つ。
 黄昏の中、海と大地の境界で。
 闘いが始まった。


 跳躍する仲間たちを、竜弾が追い越した。怪物の顔面に爆炎が炸裂し、金切声と血飛沫が上がる。ぎょろついた紅い目が、狂気を含んでこちらを睨み据えた。
(「まるで、連中にサルベージされたような姿。もし、ドラゴンが簡単にサルベージ出来るとしたら……いえ。今は集中です」)
 それは、美緒の放った轟竜砲。その軌跡の上を、クロハが走る。
「誇りがあるから堕ちれるのか。はたまた、逆か。なんにせよ、随分と手段を選ばなくなってきましたね……死に際の足掻きほど面倒なものはない」
 無慈悲な蹴りは、弾丸のように髑髏の頬を打ち抜く。巨体がぐらりと傾げた時には、その頭上にリモーネがすでに身構えていて。
「ええ。最強種族とされるドラゴンも、こうなってしまっては哀れなもの。しかし一般の方を害するのであれば、全力をもって阻止してみせます!」
 裂帛の気合と共に、竜の頭上から爆発が降り注いだ。竜は引きずられるように滑落し、崖へと突っ込む。
 のたうち回る竜に突貫するのは、ケイ。ポヨンとぶーちゃんを引き連れて。
「どうだい? いい景色だろ? 地球は良い所だぜ! 今からでも……いや、あんたには何もかも手遅れかもしれんな。仕方ない。さあ、皆行くぞ!」
 その刀が迸った瞬間、桜吹雪と共に腐肉が裂かれて飛び散る。雄叫びと共に降り注ぐ花びらと剣閃の隣で、ポヨンとぶーちゃんが互いのブレスを吹き付ける。もうもうと舞う土煙に向けて、仲間たちが群がる……その瞬間。
 大口を開けた頭蓋が、叫び声と共に顔を出した。
「……!」
 嵐のように吹き付けられる、灼熱の吐息。崖の木々の葉は瞬く間に焼け付き、その幹も枯死したように崩れて行く。水を吐くホースが暴れるようにのたうちながら、竜は灼熱を撒き散らし、周辺を瘴気で包み込む。
 だがその瘴気を、二つの影が断ち割った。
「あぁっつ! なにこの臭い! サイテー! ……って、どこ見てんの。あんたの戦う相手はここにいるの!」
「……やれやれ。魂を燃やし尽くして闘う姿には羨望も覚えるけれど。道連れを引きずり込もうと狂乱する、その態度はちょっとね」
 それは、二人の護り手。肩をすくめた炯介が手繰るように手を伸ばせば、指先から伸びた黒い茨が暴れる巨体を締め上げる。抱擁するように優しく絡め取られた竜に向けて、燃える棒を大上段に構えた言葉が突っ込んでいく。
「……向こうには行かせないわよ!」
 その脳天に、焔の打撃がぶち込まれた。打った本人が反動で弾け飛ぶほどに。
 竜が絶叫したその隙に、サポートの者たちが跳び出して。
「今ダ。広喜」
「応! 手伝うぜ! 俺は壊すしか、能がねえからな! ……眸!」
 相棒の名を叫びながら、広喜が砲撃する。炸裂する、何発もの爆炎。その中を、踊るように大柄な影が舞って。
「あの腐死龍を思イ出すナ……しかし、彼女にあっタ誇りは感じられなイ、か」
 眸の竜槌がこめかみに突き刺さり、腐肉が弾け飛ぶ。死の蛇は目を上向かせ、番犬たちの勢いの前に、ずるりと崩れ落ちる。
「勝った、か……?」
 アメリアが、そう呟いた瞬間だった。黒い人影が、その頭上を跳び越えたのは。
「惑わされるな……! 来るぞ」
 陣内が警告を飛ばした瞬間、炯介の放った茨が引き千切れ、その尾が弾けるように周囲を打ち据える。
「目を向いて転がる頭蓋に、意識があるようには見えないが……その体は竜巻の如く荒れ狂う、か。献身的すぎて涙が出るね。なら、俺はこうだ」
 誘うような声が響き、西洋絵画の如き蒼い羽が敵の周囲を円舞する。それは、触れれば敵を分解し、その攻撃の威力を柔らかに殺す、残忍かつ優しい攻撃……フェザータッチ。
「タマちゃんが敵を止めた……。今だよ。ペースを握らせないで。猫さんはアメリアさんと一緒に後衛を。リリーさんは、僕と一緒に前衛をお願い」
 進み出たあかりの指示に従い、癒しに回る仲間たちが跳ぶように動き出す。
「了解した!」
「ええ! 流石に、手負いでも油断ならないわね。バックアップするわ!」
 リリーの歌が障壁を呼び出し、鞭のように荒れ狂う竜尾をいなす。あかりはその隙に、祈るように手を合わせて。
「お前たちは、身が腐り落ちてでも闘いをやめない種族……ならば焔と一緒に、帰りなさい。その姿に相応しい場所へと」
 銀光が前衛の痛みを和らげていく最中、死の蛇はぐるりと首を回して身を起こす。
 その体は流れる血と滴る腐肉に塗れ、覗いた骨にはひびが入っていた。傍目にはもう、腐れ潰れた死骸に過ぎない。だがその目だけは恨みがましく、ぎょろりと番犬たちを睨み据える。
「全く、どこまでやったら死ぬのやら。死は踏み越えるものでなく、常に隣に立つものですよ」
 クロハがため息を漏らすのと、その脚が炎を纏うのは、ほぼ同時。渾身の蹴りを叩き込んで竜を押し込む彼女に続いて、番犬たちは再び突撃する。
 命と死の戯画に、終焉を齎さんが為に。


 木々は燃え盛りながら倒れていき、舗装道は溶けるように崩れて、遥か下の海へと呑み込まれて行く。地形は抉り取られ、戦場はすでに瓦礫がむき出しの破壊痕へと変貌しつつある。
 瞬間、剣閃をひらめかせながら、リモーネとケイが土煙の中から飛び出た。
「思った以上にしぶとい……! 今は何分目か、わかりますか」
 腐肉のまとわりつく切っ先を払い、二人はまだ生え残っていた木に着地する。
「五分ほどかね。タイムキーパーは用意していないし、詳しくはわからないな」
 身を躍らせながらギターピックを撃ち込んでいた美緒が、隣に降り立った。
「大丈夫。もう敵が私達を倒し切るのは間に合いません。その前に自壊するはずです」
 その時、灼毒の吐息が乗っていた木を焼き払った。跳躍してそれを避けた三人の真下で、ユウマがその暴風を断ち割りながら叫ぶ。
「……ですが、敵を引きつけておく必要はあります! 畳み掛けましょう!」
 盾となったユウマの言葉に頷いて、三人は再び武装を翻す。
 敵は枯死した木々の間を大蛇の如くうねり進む。もはやその姿も半ば以上を骨だけになりつつも、骨爪を振り上げて炯介へと振り下ろす。
「……!」
 だがその一撃は、脇から入った俊が受け止めていた。
「ぼーっとするなって言ったでしょ! こんなのに後れを取らないで……!」
 足場の瓦礫が砕けるほどの衝撃を辛うじて受け止めながら、俊は相棒を叱咤する。炯介は、やれやれと言った風情で頭を振りつつも。
「そういうの、恥ずかしいから止めてよね。ただまあ、援護に五人も来てもらって、後れを取るのはもっと恥ずかしい、かな。言う通りだ」
 彼女の肩を抱くように支え、伸ばした手から放たれるのは、黒い毒蛇。迫る死の大蛇に対し余りに小さな蛇は、しかし弾丸のように疾駆してその目に喰らい付く。
 絶叫と共に、化け物はのけ反って。
「今ね! さあ、一気に行くわよ! ぶーちゃん! あと……なんだっけ……ポヨンちゃん! お願い! 私の道を作って!」
 小竜たちがそれぞれのブレスで援護する中を、言葉が走り抜ける。うねる竜の体の下をすり抜けるように懐に飛び込み、その顔面に指先を向けて。
「ケルベロスの力を見せてやる! さあ、喰らいなさい!」
 そのことばの通り放たれた凍結の弾丸は、竜の口の中へと飛び込んだ。灼熱を溜めていた喉が一気に凍てつき、竜は声にならぬ悲鳴を上げながら周囲に頭を打ち付ける。
 その周囲を走る陣内が、刀を抜き放って。
「よし。これが最後の攻勢だ。奴に八分の時間は許さない。ケイ、リモーネ。合わせてもらえるか……!」
「もちろんだぜ! 三人同時に、空を断つ! いいな!」
「心得ました。火勢も氷結も盛んにし、穢れを清めてみせましょう……!」
 上から降り注ぐケイの一刀に、陣内の刃が交差する。斜めに描かれた二重線に、リモーネの一閃は垂直に迸る。三重の絶空斬が閃いた刹那、竜の体はそれ自体が燃料であるかのように爆炎に呑み込まれた。掠れた金切り声も、喉の内側から凍てついていく。
 転げまわりながら、土砂崩れと共に滑り落ちる竜。
 その前に、背水で立つは美緒。その両手には、すでに黒い稲妻が迸っていて。
「逃げてるつもりじゃないんでしょうけど……逃がしはしません」
 放たれるのは漆黒の球体。全力のトラウマボールは、脆くなった竜の胴体を真っ二つに引きちぎった。力の抜けた尾が、じゅうじゅうと溶けながら海へと転げ落ちて行く。
 だが次の瞬間、頭の付いた半分が、絶叫した。
「まだ……!」
 火炎に呑まれ、目もつぶれ、骨もひしゃげながら、それでもなお。竜は、最後の吐息を撒き散らそうと鎌首をもたげる。
 だがそれが放たれるより先に、その顎にナイフが突き刺さった。
「哀れな。死を受け入れ、瞬きを生きるからこそ人は強い……終わりにしましょう、それが一番の救いだ」
 クロハのナイフは、地獄の炎を纏いながら髑髏の顎にめり込んでいく。竜は渾身の力で抑え込もうとする彼女を弾こうと、絶叫の中で暴れ狂う。
 その時だった。もみ合うクロハの背に、そっと優しく小さな手が当てられたのは。
「うん。行くよ。全力で」
 目を閉じたあかりの手から、賦活の雷撃が迸る。雷電を帯びて力が増していくクロハの手が、やがて竜の頭蓋を大地に押し付け、そのナイフをゆっくりと押し込んでいき……。
(「あなたは、もう、おやすみ。恐怖も怒りも、憎しみもない世界で……」)
 腹の底から吐き出した裂帛の吐息と共に、竜の頭が遂にひしゃげる。
 甲高い悲鳴も途切れ、その頭蓋は紅を詰め込んだ風船のように弾け飛んだ。
 息を切らして他の番犬たちが集まって来る。
 その目の前で竜の残骸は蒸気のようなものを吹きながら溶けていった……。


 闘いは終わった。
 現場は、山津波の痕の如く地形ごと抉られ、その戦闘が如何に激しかったかを物語る。
 その一角で……。
「これは、片付けも一苦労だね」
「どうして、自己回復しか持ってこなかったのよ。役に立たないわね」
「だからこうして折れかかった木を支えているんだけど。さあ、早くヒールしてくれる……?」
 炯介が半ば背負うように支えている木を、俊と華王がヒールしていく。
 その隣では、リリーとユウマが共に焦げた木を運んで。
「死んじゃった木はまとめておくわよ。でもこれ、どうしようかしら」
「後で回収してもらいましょう。さて。道路ですが、そっちからお願いできますか」
「了解だ。向こうからヒールする」
 アメリアが頷く。破壊の跡を癒し、土砂や死んだ木々を始末するのは、例えケルベロスであっても一苦労だ。
 治すべきものが傷を負ったものの、まだ生きている木々となれば、なおさらである。
「死んでしまったのも多いけど……生きている木も残っていてよかった。あ、その松はあっち……シャリンバイはあの辺りに。出来るだけ均等に植え直してあげたいから」
 あかりは肩に載せた猫と軽く頬を摺り寄せると、手分けをしてヒールへと向かう。
「はは。俺、林業って初めてだ。いつもは壊すばっかりだからな」
 その先では、広喜や眸がそれぞれ木を押さえつけていた。眸は、屈託のない相棒の笑顔に微笑みを返すと、その目をドラゴンの死に場所に集まる仲間たちに向けた。
(「この破壊の跡も……あの時を思イ出す。ドラゴン、とは……」)
 言葉たちは、竜の死んだ現場を囲んでいる。
「死骸調べたら何か出ないかしら……と、思ってたんだけど。血も肉も蒸気になって消えちゃって、骨も風で塵になっちゃった、か」
 もぞもぞと足で地面を掘り返すが、辛うじての痕跡と言えば腐食した大地のみ。
「……あそこまで削げた体で、どうやって動いていたのか。傍目には死んでいるように見えるのに、まるで他の力が介入したかのようでした……」
 リモーネは、己の刀を見詰める。致命と思える太刀筋を幾度も叩き込んだはずだ。だが敵は不死者の如く、幾度となく起き上がってきた。
 それはむしろ……。
「何かに操られているかのよう、でしたね。最強の生物種というよりも、それを真似て作った操り人形のような手応えでした」
 クロハの呟きに、応える者はいない。だが。
(「みんな、わかっているんでしょうね。予測は、つきます。何一つ証拠はないけれど。恐らく……」)
 美緒は、ふうっとため息を落とした。
 番犬たちは、各々散ってヒール作業へと加わっていく。
 一方。
「ぷはっ……手掛かりなし、か。しかし、定命化に抗った末路があれとはな。あいつら、インフォームド・コンセントって言葉、知ってんのかね?」
 息を切らして海から上がるのは、ケイと陣内。尤も、千切れた部分も上半身に同じく消失したようで、手掛かりはなかったが。
「弱体化し、崩壊寸前の肉体でもあそこまで闘った……元々、強い竜だったんだろう。あれが理解して自己選択した結果だったのかもな」
 そこまで言って、陣内は爆音に気付いて顔を上げる。
 闇の帳の降り始めた空に、迎えのヘリオンが浮かんでいた。

 こうして、獄混死龍ノゥテウームの脅威は、一つ絶えた。
 追い詰められた竜たちが突き進む道の果てには、何があるのか。
 この狂気の背後に、如何なる企みが蠢いているのか。
 その全てを暴くべく、番犬たちは進んでいく。
 次なる、戦場へと……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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