災厄来りて、爽月の乱

作者:麻人

「ここから先は通さ――ぐあッ!!」
 体を張って立ち塞がろうとする警備員たちを、そのエインヘリアルは無造作に手にした剣で薙ぎ払った。血濡れた体の一部がぼとり、とタイルの上に落ちてそのまま転がっていく。
 そこは埼玉県にある多目的アリーナの連絡橋の上。
「手ごたえがねえな……」
 全身を白い岩石のような鎧に身を包んだエインヘリアルは苦痛に呻く警備員に唾を吐きかけ、その胸部を思いきり踏みつける。
「あ、ああ……」
 うめき声をあげて動かなくなる同僚の姿を前にして、他の警備員たちの膝が震え、じわりと後退を始めた。
「おい、もっと俺を楽しませろよ。なにビビってんだ? つまんねえだろ、こんな弱ぇんじゃよお」
 一歩、エインヘリアルが進み出ると警備員たちの中から「ひっ」と息を呑む声が上がった。遂に、そのうちの一人が情けない声で叫んだ。
「だ、誰か……助けてくれ、誰か――!!」

 蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526) は集まったケルベロスの面々を赤い瞳で見渡すと、小さく頷いてから依頼の説明を始めた。
「実は、かつてアスガルドで重罪を犯したエインヘリアルがあるコンサート会場を狙って襲撃することが分かったんだ」
 もし放置すれば多くの命が奪われるだけでなく、地球で活動するエインヘリアルの定命化に影響を及ぼす可能性もある。
「頼む、このエインヘリアルを倒すために協力してくれ!」

 罪人エインヘリアルが送り込まれたのは、女性アーティストがコンサートを行っている最中のアリーナ。現場への到着は予知の直後となり、最初に犠牲となった警備員を助けることはできない。罪人エインヘリアルは屋根のある連絡橋を押し通ろうとしており、他に八人ほどの警備員がその場に居合わせている。
「罪人エインヘリアルの武器は巨大なゾディアックソードだ。見た目通りに粗暴な男で、暴力によって人の命を奪うことに良心の呵責なんてない。もし、連絡橋を突破されてアリーナ内への侵入を許せば大惨事は免れない」
 どうやらこの罪人エインヘリアルは中衛それもジャマーのようで、襲いかかってくる敵を迎え撃つような戦い方を好むようだ。アスガルドからすると使い捨ての戦力らしく、例え不利になっても撤退することはないと考えていいだろう。

 真琴は拳を握りしめ、信念を込めた面差しを上げた。
「それじゃ、行こう。血塗られた惨劇をこの手で止めるために――」


参加者
篁・悠(暁光の騎士・e00141)
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
武田・由美(空牙・e02934)
ミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
シルフォード・フレスヴェルグ(風の刀剣士・e14924)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)

■リプレイ

●地獄の幕を開けてはいけない
(「全くエインヘリアルもしつこいねぇ」)
 武田・由美(空牙・e02934)は現場へと駆け付けながら、彼らの引き起こす事件の連続性に嘆息した。彼らは送り込まれた兵隊。元を断つまで続くのかと考えると骨が折れる。
「くく……ようやく娑婆に出られたんだ。ほら、びびってねえで俺を楽しませろよお!?」
 巨岩のようなエインヘリアルの男が下卑た笑みを浮かべた時だ。複数の足音が近づき、一瞬の隙をついて警備員達とエインヘリアルの間に滑り込む。
「………」
 ミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)は彼の足元で息絶える亡骸を見つめ、唇を引き結んだ。
「……罪なきものを殺め、その亡骸をも踏み躙る外道」
 ぴたり、と神槍の穂先をエインヘリアルに差し向け、容赦のない言葉を浴びせる。
「その身を持って償うといい」
 突如として現れた邪魔者たちに今日を削がれたエインヘリアルの顔から笑みが消える。
「あん? 邪魔すんのかよ」
 一瞬にして、剣呑な気配が戦場に満ちた。
「ここは我々が引き受けます! 避難を!」
 篁・悠(暁光の騎士・e00141)の輝きに満ちた姿での応援に警備員達は勇気づけられ、自分たちもと声を張り上げた。
「我々に手伝えることはありませんか?」
「ううん、ここはボクたちケルベロスに任せて」
 ふわりと白いドレスを靡かせたヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)は可憐な笑みで首を振る。
「そうよ! あたしたちケルベロスが来たからには……もう大丈夫!」
 気合の入った様子で頷くのはジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)だ。その身を武器として構え、エインヘリアルの挙動に注意を払いながら警備員達に避難を促す。
「すみません。その代わり、避難誘導はこちらで責任を持って行わせて頂きます。ご検討を!」
 彼らが踵を返して連絡橋から走り去っていく足音を聞きながら、ジェミは真剣な眼差しで敵を見据えた。
「さぁ私達が相手よ、英雄崩れ!」
「おいおい、この俺様に勝つ気まんまんとは恐れ入るぜ。楽しみの邪魔しやがったツケは払ってもらおうか」
「それはこっちのセリフだ。1人犠牲が出たってだけでも腸が煮えくり返ってんのに……遊びは終いだ!」
 ゾディアックソードを弄ぶように振り回すエインヘリアルの眼前へと、長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)は胸の前で指を鳴らしながら進み出る。
「やんのかてめぇ?」
 ああ、と千翠は首肯する。
「その罪全部清算して苦しんで逝きやがれ、クソヤロウ!」
 握りしめた拳を眼前に掲げ、己を蝕む呪詛の力を呼び覚ます。歪め、と囁く不気味な声色。それは破滅への呼び声――!
 迎撃しかけたエインヘリアルの周囲で、何かがきらめいた。
「まずは、その足を潰す」
 罠を仕掛けたのはミレイだ。
「なに――?」
「裂け、彼岸花」
 はっとエインヘリアルが自分の周囲を見渡した時にはもう既に、特殊鋼糸が張り巡らされた後だった。
「ちっ!」
 呪詛と鋼糸に絡めとられた両脚の重さに舌を打ったエインヘリアルはゾディアックソードを一閃。氷気を纏った幻影が千翠とミレイを狙って放たれた。
「こらこら、無視するんじゃないの」
 右の手甲で攻撃を弾いた武田・由美(空牙・e02934)は、「こっちよ」と挑発するように手招きする。
「させるもんですか!」
 同じく、腰をかがめてぐっと力を入れた腹筋で敵の攻撃を跳ね返したジェミの背後から光り輝く翠風がそよいだ。
「これ以上の犠牲は出させない、絶対に」
 周囲を殺気で満たしながらのヒメの呟きに、シルフォード・フレスヴェルグ(風の刀剣士・e14924)がこくりと頷いた。
「新たな犠牲を出すことは何としても阻止しましょう」
 妖刀【黒風】の柄を握りしめるシルフォードの双眸に覚醒の色が浮かび上がる。敵の攻撃を引き付ける由美の援護を得て、彼は最前線へと躍り出た。

●狂想の一夜
 闇夜を見上げる地上からは遠く虫の音が聞こえてくる。白いタイルの敷き詰められた連絡橋の床に赤い血飛沫が舞った。
「なにい……?」
 自らの首筋に触れた途端、鋭い刃のように肉を削いでいった悠の蹴りに、エインヘリアルは顔をしかめる。
「これ以上の暴挙を許しはしない! 理性なく、強欲で残忍な貴様のような者。人それを『餓狼之口』というのだ、エインヘリアル!」
 宣戦布告と同時に跳躍する悠。
 天井を蹴って、悠はマフラーをたなびかせながら握り締めた降魔の拳を振り下ろす――!
「砕け!」
「それくらいでよお!」
 迎撃するエインヘリアルの剣戟を受け止めた小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)が、それを因果応報のように炎へと代えて投げつけた。
「本気でいくで」
「ちいっ!」
 いつの間にか、エインヘリアルの顔から余裕が消えている。彼の足元に星座の魔法陣が描かれ、傷を癒す。
「ほらほら、隙が目立ってきたよ」
 由美は相手に体勢を立て直す隙を与えることなく、人体における急所を狙った軽やかな体術を繰り出していった。
「体勢が崩れたら、どんな攻撃も避けようがないよね?」
「いい気になるなよ!!」
 エインヘリアルがぶち切れたように叫んだ途端、彼の剣に異常な重力が付加される。ゴォッ! と何トンもあるトラックが猛スピードで突っ込んでくるような衝撃を、だが、由美を庇ったジェミは見事に受け切った。
「そのくらい効くもんですか!」
 にこり、とジェミの唇に不敵な笑みが浮かぶ。
 そのグラビティの名はクラッシュ。鍛え上げられた腹筋は敵の攻撃を受け止め、無効化する――!
「1人じゃないものね!」
 ジェミの声かけに由美が頷いた。
「てめぇ!」
 返す刃で追撃をかけるエインヘリアルの前に今度は由美が立ちはだかった。二人の防御手が互いを庇い合うように敵の攻撃を散らすことで、唯一の癒し手であるヒメは余裕を持って彼女たちを援護することができる。
「これが空手の深奥、空だよ」
 それまで防御に徹していた由美が、更に前へ出た。敵も応戦しようと足掻くが、由美の動きはそれこそ空のように掴みどころがなく、反撃のきっかけを与えない。
「流石に一撃必殺は虫がよすぎるか」
 だが、とヒメが呟いた。
「こちらが有利……」
 戦場に魔法の木の葉を吹雪かせながら、ヒメは戦況を正確に読み切る。序盤のうちに立て続けで撃ち込まれた足止めによってエインヘリアルの動きは明らかに鈍い。
「いけ、槍騎兵!」
 ザザッ――と、スターゲイザーから着地した勢いのまま橋上を滑りつつ、千翠は符をかざして着物姿の小鬼を呼び出した。それは雪の結晶が散る絶対零度のただ中へとエインヘリアルを誘った。
「ちっ!」
 すぐさま、彼は魔法陣を展開。
「穿て、八咫烏」
 それを切り裂くように、眼前までミレイが迫る。長い髪をなびかせ、しなやかな肢体を武器と代えて敵の防御を削ぎにかかった。
 頭部、胸部、腕部の順に神速の三連蹴りを叩き込む――!
「ぐはッ――」
 血を吐くエインヘリアルへと、ミレイの静かな声色が告げた。
「いくら頑丈でも、削り続ければ摩耗する。そして、どんなものにも急所というのは……必ず存在する」
 それは、彼自身が犯した罪による不可避なる罰。
「殉職された警備員さんの仇です」
 よろめく敵の懐へとシルフォードが潜り込んでいる。避けようのない至近距離から放たれる疾風の一撃がエインヘリアルを捉え、深々と傷跡を刻みつけた。

●別了
「てめえら、よくも俺をッ……!」
 みるみるうちにエインヘリアルから怒りの気がこみ上げ、剣を握る手の甲に血管が浮き上がった。ミレイの鋭い刃と化した襲撃がエインヘリアルの弱点を突き、さらに一歩後退させる。そのままたたらを踏むように後ずさった後で、彼は突然の高笑いを上げた。
「はッ……はははははッ!! なっげぇ間を石ころのままで過ごしてようやく外の世界に出れたっていうのにこのザマかよ……けッ、我ながら情けねえぜ」
「気を付けて」
 ジェミが声を上げる。
「だが、ただ倒されると思うなよ」
 手にしたゾディアックソードを振りかざしつつ、エインヘリアルは目を見開き、舌を大きく突き出した。
「てめぇらも道連れだッ!!」
 ザァッと前衛目がけて放たれる星座の幻影――悠は神雷剣・夢眩を掲げ、その中を突っ切るように飛び出した。
 敵を攪乱するように走る向きを変えつつ、ブローチに触れる。順に現れる七枚の紋章は薔薇の意匠。全てを通り抜けた悠は白銀の意匠を纏い、跳躍した。
「『Infinity Smash!』――受けよ! 極煌ッ! 突破ッッッ!!」
「やれるもんならやってみやがれぇえええええ!!」
 虹色の輝きと星座の瞬きが真っ向からぶつかり合う。弾けるように爆発するゾディアックの冷気を、由美とジェミが肩代わりした。
「てめえ!」
 鎌の一閃によって生命力を奪われたエインヘリアルの恫喝を、ジェミは微笑みさえ浮かべながら受け流した。
(「もう二度と倒されないわ。絶対に、負けたりなんかしない!」)
 裂帛のハウリングフィストと同時に、左右からは悠と千翠が挟み込むようにして距離を詰めている。片や剣で、片や拳でエインヘリアルを攻撃すると共に彼を守護する魔法陣を剥がし取った。
「殺す……殺す殺す殺すッ!!」
 全身から血を噴き出しながら、エインヘリアルは我執のままに剣を振り回す。
「憐れですね」
 妖刀【黒風】で傷を拡げながら呟くシルフォードの尾は、怒りに膨らんでいる。ヒメは最後方より風を操りながら、その哄笑が自らを拘束する鋼に切り刻まれ、血の花と共に消滅してゆくのを見届けた。
「……これにて落着」
 しゅるんと鋼糸を仕舞いつつ、ミレイは静かに告げたのだった。

「……とりあえず仇は討ったよ。どうか安らかに……」
 全ての片付けを終えた後で、悠はブルーシートで運ばれていく遺体が見えなくなるまで見送った。隣ではシルフォードとミレイが神妙な面持ちで黙祷を捧げている。
「……助けてやれなくて、ごめんな」
 彼らに倣って両目を閉じた千翠は、自分にしか聞こえない程の小声で囁いた。ミレイは殉職した警備員の同僚に自分のケルベロスカードを差し出して申し出る。
「……ご遺族に渡してほしい。もし必要なら、このケルベロスが力になると」
「お心づかい、感謝致します」
 帽子を脱いで一礼する警備員達。
「……あいつにも、絶対負けない」
 ジェミは決意を胸に、拳を握りしめた。
 しんと静まり返った連絡橋には先ほどまでにも増して虫の声音が届けられる。亡くなった命を弔うかのように、厳かに。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。