その歌声は美しく

作者:白鳥美鳥

●その歌声は美しく
「~~♪」
 楽譜とにらめっこしながら歌を歌うのは、香織。
「……う~ん、駄目だなあ。どうしても音を外しちゃう」
 悩んでいる香織の傍に、見慣れない女学生が現れ、友好的に話しかけてきた。
「あなた、凄く悩んでいる様に見えるわ? どうしたの? 私に話を聞かせて?」
 突然現れた女学生に驚くものの、優しく話しかけられ香織は思わず悩みを話してしまう。
「私……合唱部なんだ。歌が凄く好きなんだけど……どうしても音を外しちゃうんだ」
「それは辛いわね。例えば、あなたの身近な人で理想は誰なのかしら?」
 彼女の言葉に、香織は考える。
「うーん、七海先輩かなあ。ソプラノなんだけど、凄く綺麗な声で……本当に素敵なの」
「そうなのね。じゃあ、理想のあなたになる為に、その理想を奪えば良いのよ?」
 そう言うと、女学生は香織に鍵を刺した。崩れ落ちていく香織。その傍から譜面を彩った学生服の少女が生れた。

「大変、忘れ物をしちゃったわ!」
 七海は部室に急いでいた。その七海の前に、譜面を彩った少女が襲い掛かって来たのだった。

●ヘリオライダーより
「みんな、歌は好きかな?」
 デュアル・サーペント(陽だまり猫のヘリオライダー・en0190)は、ケルベロス達にそう言って、事件のあらましを話し始めた。
「今ね、日本各地の高校にドリームイーターが出現し始めたみたいなんだ。そのドリームイーター達は、高校生が持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしているみたいなんだよ。それで、今回狙われたのは香織って子で、理想の自分と現実のギャップに苦しんでいる所を狙われたみたいなんだ。被害者から生まれたドリームイーターは強力な力を持つんだけど、夢の源泉『理想の自分への夢』が弱まる様な説得が出来れば弱体化させる事が出来るんだ。例えば理想の自分になっても良い事は無いとか、そういう感じ……とは思うんだけど、今回の場合は言葉を慎重に選んだ方が良いかもね。上手く弱体化出来れば、戦闘を有利に出来るから、みんなの頑張りを期待しているよ!」
 デュアルは状況を説明する。
「場所は合唱部の部室だ。ドリームイーターは譜面を彩った学生服を着た少女で、歌に関係する攻撃を行ってくる。ケルベロスが現れたら、ドリームイーターはケルベロスを優先して狙ってくるから、襲撃されている人……今回は先輩の七海の救出は難しくないと考えてくれて良い」
 デュアルは最後に忠告をする。
「あのね、ドリームイーターへの説得は香織本人にも影響をしてしまうんだ。だから、内容によっては、より自信を無くしてしまったり、夢を失ってしまったり……とかね。だから、みんなの言葉に全てかかっている。ドリームイーターだけじゃなく、香織も救ってあげて欲しいんだ。みんななら出来る、そう信じているよ!」


参加者
楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
氷鏡・緋桜(プレシオスの鎖を解く者・e18103)
エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)
草津・翠華(碧眼の継承者・e36712)
空野・灯(キュアリンカーネイト・e38457)
ジゴク・ムラマサ(心ある復讐者・e44287)
北斗・アンジュリーナ(はっちぽっちがーる・e47963)

■リプレイ

●その歌声は美しく
「え!?」
 いきなり現れた楽譜を彩った制服の少女が現れて、七海はたじろぐ。
「七海さん、こっちよ」
 草津・翠華(碧眼の継承者・e36712)は、ドリームイーターの出現に驚く七海の手を引いて、ドリームイーターから引き離した。
「命導く篝火……キュアリンカーネイト!」
 スーパーヒロインに変身した空野・灯(キュアリンカーネイト・e38457)が、笑顔一杯で名乗りを上げる。それに続くように他のケルベロス達も集まってきた。
「……邪魔しに来たの?」
 苦い顔をする香織から生まれたドリームイーター。だが、逃げた七海を深追いする様子は無い。女学生姿でもある彼女の顔は、もしかしたら香織本人を模しているのだろうか。少なくとも七海の顔をしている訳では無いようだ。
「古来より、歌を歌わぬ民族はいないと聞く。個性を育て発揚させる良い手段だったのだろうな。歌は……個性の昇華なのだ」
 最初に口を開いたのは、ジゴク・ムラマサ(心ある復讐者・e44287)。その言葉にドリームイーターは興味を持ったようだ。
「歌を歌わない民族はいない……歌は個性の昇華……?」
 それにジゴクは頷く。
「七海=サンの歌声を得たところで、それは香織=サンの喉から発せられる七海=サンの声にすぎぬ。お主のものではない」
「例え先輩さんを亡きものにしたとしても、香織さんの歌が上手くなる訳じゃない」
 氷鏡・緋桜(プレシオスの鎖を解く者・e18103)も、それに続いて声をかけた。
「……確かにそうかも……ううん……でも、私なんか比べものにならない位、七海先輩の歌声は本当に素敵だし……」
 香織自身と七海を天秤にかけているドリームイーター。しかし、その天秤は七海に確実に傾いているようだ。
「これは数学ではなく音楽です。理想に最適解なんてありません」
 エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)も、ドリームイーターに向かって話しかける。
「理想の声に成り代るのではなく、声を重ねる事、1+1が2以上になる様なハーモニーを紡ぐ事も素敵だと思いませんか?」
「香織さんの最高の音楽は、一人で歌う歌ですか? そうじゃないはずです」
 北斗・アンジュリーナ(はっちぽっちがーる・e47963)も続く。
「あなたは一人で歌っているんじゃありません。同じ音を分かち合う仲間がいます。その人たちを信じて、頼ってください。それができないのなら、どんなに美しい歌を歌えたとしても、何の価値もありません」
「……」
 エレスとアンジュリーナの言葉に、ドリームイーターは言葉に詰まった様だ。そう、香織は合唱部。歌が好きだが、選んだのは合唱。皆と共に歌うものなのだ。
「……でもね、みんなと一緒に歌うからこそ……音を外しちゃうと申し訳なくて……」
 ドリームイーターは明らかにしょんぼりとしている。合唱部の皆にも迷惑をかけていると思っているのだろう。
「貴女が特定箇所を外し易いのも、案外『この音はこの高さであるべき』というイメージのズレや思い込みからきているものかもしれませんね」
「……イメージのズレ……思い込み……なのかな……。……でも、そうなると全体の歌自体を理解出来ていない事になるんじゃないかな……。……だとしたら、私、歌の全てが理解出来ていない……?」
 混乱を呈してきたドリームイーター。そんなドリームイーターに、アンジュリーナが優しく声をかける。
「わたしに音楽を教えてくれた人はこう言いました。『神は人間一人一人に違う声をお与えになったのではない。違う声が重なって生まれるハーモニーの美しさを下さったのだ』と」
「その言葉、素敵だね。合唱はハーモニーが大切。ハーモニーが美しければ美しいほど素敵な歌が生れる……神様がハーモニーの美しさを下さった。……合唱もそうだよね」
 ドリームイーターは頷く。言葉を噛みしめるようにしながら。
「香織さんが歌を上手くなりたいのは先輩さんと一緒に歌いたかったからじゃないのか?」
「理想を奪ったら……もう七海さんと一緒に歌えなくなっちゃうんだよ! 香織さんの大好きな歌が……悲しい歌になっちゃうんだよ!」
 緋桜と灯の言葉に、ドリームイーターは頷く。
「うん、そうだね……。だって、合唱をする時に七海先輩がいなかったら……合唱部の歌じゃなくなってしまうよね」
(「……これは、皆に任せた方が良いわね」)
 次々と語りかけていく仲間達と、その言葉を受け止めるドリームイーター。それを見て、七海を逃がしてから戻ってきた翠華はそう思う。説得そのものが苦手な自らの言葉だと、説得にならず却って傷つけてしまうかもしれないから。
「理想の自分を目指すのは良いことだよね。でもね、憧れの人を失って、それで理想の自分に近づけたとしても、きっと憧れの人には追いつけないし追い越せないよ。だって、いなくなった人は常に理想のまま頭に残り続けるから」
「技術は磨けばよい。お主はまだ若い。鍛錬を積めば、七海=サンと肩を並べる歌唱力を得られるであろう。己の可能性を信じるのだ」
 楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)、ジゴクの言葉に頷くドリームイーター。
 そして、稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)が話し始める。
「『時々音を外す』って事は、普段はちゃんと歌えてる筈。それが時々ダメになるのは、もしかしたら『歌声を出す器官』が疲れ易くない?」
「歌声を出す器官……? 喉とか横隔膜とか……そういう所かな?」
 ドリームイーターの言葉に頷く晴香。
「歌唱も結構体力が要るから発声練習だけじゃなく少しでも走ったり腹筋してみたら?」
「……確かに腹筋とかは強い方が良いかも」
 続けて晴香は自身の話の話も始める。
「私達プロレスラーも、思い通りに動く為に基礎鍛錬の毎日大変だけど、皆に凄いプロレスを観てもらう為に頑張ってる。だって私はプロレスが好きだから」
 そして、晴香はドリームイーターに明るい笑顔を投げかけた。
「香織さんも同じく『歌が好き』だよね?」
「……うん、大好きだよ。私も香織も。あなた達の言葉、香織にも届いているよ。……だけど、私はドリームイーターだから……あなた達ケルベロスと戦わなければいけないんだ。ごめんね……」
 そう言って、ドリームイーターは哀しそうな笑顔を浮かべた。

●楽譜制服のドリームイーター
 ドリームイーターは楽譜を彩った制服をひらめかせながらリズム良くステップを踏みながら飛び込んでくる。それを晴香が正面に立ち、がっしりと攻撃を受け止めた。
「いけっブローラ! 電撃発射!」
 牡丹は、相棒であるテレビウムのブローラをチェーンで繋ぐと、ブローラをドリームイーターに向かって思いっきり投げつける。ブローラはビリッという音と共に見事に命中した。ちなみに電撃は出ていない。ただ、ブローラが直撃した関係でそうなっただけだ。無論、ブローラはこの攻撃に対して納得していない。
「申し訳ないが……香織さんを返してもらう」
 緋桜は髪を手でかき上げ、気持ちを切り替える。緋桜自身、デウスエクスを殺す事に抵抗があるのだが、このドリームイーターを倒さない限り、香織は目覚める事は無い。だからこそ、強い気持ちと共に、スーパーボールを使って次々とドリームイーターに向かって撃ち放った。
「幻影で縛り付けてあげますね」
 エレスは幻影を見せ注意を引かせつつ、ドリームイーターへ針で刺すかのような鋭い蹴りを叩き込む。
「ワタシヲミロ」
 説得方面では声をかけるのを止めた翠華だったが、これからは何の問題も無い。ドリームイーターに不気味に光輝く碧眼を見せ、恐怖を呼び起こさせる。
「絶対に助けるんだから!」
 灯はドリームイーターに輝きを伴う重い蹴りをドリームイーターに叩き込んだ。
「ドーモ、ドリームイーターさん。ケルベロスのジゴク・ムラマサです。若人の憧れ、消させはせぬ。ここで滅ぶべし!」
 左掌に右の拳を当てて、ムラマサはドリームイーターにオジギをしてから構える。
「イィィィヤァァァァァッ!!」
 ジゴクは跳び空中で回転をする。その遠心力と身体能力を合せてドリームイーターに向かって蹴りを放った。
「〈ナインティーン・ハンドレッド・ワン〉起動。楽譜選択『銀夜奏鳴曲』。……聞いてください、わたしの音楽を!」
 アンジュリーナは蒸気機関とパンチカードによる『自動演奏楽団』を用いてヴァイオリン・フルート・オルガンの三声によるソナタを牡丹達に向かって響き渡らせ、その集中力を高めていく。
「みんな、頑張ってなの!」
 ミーミア・リーン(笑顔のお菓子伝道師・en0094)は牡丹達に雷による障壁を展開し、ウイングキャットのシフォンはエレス達に清らかなる風を送っていった。
 ドリームイーターは歌を紡ぐ。綺麗で高らかな美しい声で歌われる歌は緋桜の頭に響き渡り、心地よい気持ちになっていく。
「しっかり!」
 直ぐに晴香はオーラを放って緋桜の意識をはっきりさせた。
「助かった」
 緋桜は晴香に礼を言うと、凍てつく一撃をドリームイーターに与える。
「ブローラ」
 牡丹はブローラに声をかけると、星型のオーラをドリームイーターに叩き込み、続けてブローラが凶器を使って殴りつけた。
「いきますよ」
 エレスは輝く重い蹴りをドリームイーターに叩き込む。続き、翠華はエネルギー光弾を放った。
「リンカーネイト! スパークル! トランジション!」
 灯は愛を纏った拳を突きつけ、ドリームイーターに触れると、心に愛のエネルギーを流し込む。
「イヤーッ!」
 ジゴクは『零の境地』を拳に乗せ、ドリームイーターを殴りつけた。
 アンジュリーナは『銀夜奏鳴曲』を奏でてエレス達の集中力を高めていく。
「緋桜ちゃん、頑張れなのー!」
 ミーミアは雷の力を使って緋桜の力を底上げし、シフォンは清らかなる風をアンジュリーナ達に送った。
 晴香はドリームイーターに輝きを伴う重い蹴りを叩き込む。牡丹は弱点を突く一撃を放ち、ブローラも続いてフラッシュを放った。
「アーン……パーンチ!」
 緋桜のダークエネルギーを籠めた拳をドリームイーターに叩き込む。その一撃で、ドリームイーターは綺麗な音を奏でながら消えていった。それに、緋桜はそっと黙祷を捧げたのだった。

●合唱による絆
 部室や廊下等、壊れた場所をヒールしていく。また、倒れている香織を見つけ、アンジュリーナを中心にヒールをかける事で、香織も目覚めてくれた。彼女自身はドリームイーターに襲われドリームイーターを生み出してしまったので、余りドリームイーターがしようとしていた事は分からなかったのだが、彼女の心にはケルベロス達の言葉が届いており、励ましを受けたことは覚えている様で、申し訳なさそうな表情だった。それについて、どうして事件がおきたのかを教えて貰っても、やはり辛そうだった。
「……すいません、私が色々とご迷惑をおかけしてしまって。しかも、七海先輩を殺そうとしていたなんて……」
「香織ちゃんが悪い訳じゃないんだよ。悪いのは、香織ちゃんの理想を利用したドリームイーターなんだから」
 落ち込む彼女に、牡丹が励ます様に声をかける。
 一方の七海も翠華に連れられて戻ってきた。七海の方も何が起きたか翠華から聞かされている。
「大丈夫……じゃないよね……。お願いだから後輩を責めないであげてくれる?」
 心配する翠華の言葉に、七海は心配いらない、そういう顔をした。
「心配して戴いてありがとうございます。でも、私は皆さんのお陰で無事ですし、なにより香織が無事なのが嬉しいです」
 そう話す七海は、まさに後輩を大切にしている先輩そのものだった。彼女にとって、香織は本当に大切な後輩であり、合唱部の仲間なのだろう。その姿を見ると、香織が憧れを抱いた理由が分かる様な気がした。
「香織ちゃん、七海ちゃん。ミーミアね、紅茶とお菓子を持って来たの。お菓子はね、心を安らげてくれるの。みんなもどうぞなの」
 ミーミアは机等をセッティングし、淹れたての紅茶とお菓子を皆に振る舞う。
「……七海先輩、本当にすいません。私……」
 落ち込む香織に、七海は励ます様に彼女の肩を抱いた。
「香織が頑張っている事、私は知っているわ。これからも一緒に頑張りましょう? 素敵な歌を一緒に歌いましょう?」
「……七海先輩。はい、これからも頑張ります!」
 そんな二人の様子をジゴクは優しい目で見つめる。彼女達には未来がある。だから、これからも守り続ける為、戦い続けようと改めて心に誓った。
「良かった。二人が仲直り出来て」
 晴香は微笑み、二人に話しかける。
「二人の気持ち、私にも分かります。私もプロレスをやっているんです。でも、師匠やライバル達に比べて、私は才能無いんです。でも、『好き』な気持ちでは負けてませんから」
 そんな晴香の言葉に、七海と香織は、じっと見て……はっとした顔になる。
「あなた、もしかして女子プロレスラーの晴香さんですか!?」
「晴香さんが頑張ってらっしゃる姿に元気づけられる人達って一杯いるんですよ。……私、頑張りますね!」
 二人の言葉に晴香も嬉しくなる。歌を愛する彼女達が知っていてくれた事も嬉しいし、元気づけられているなんて言われると、思わず顔がふにゃりと笑顔で緩んでしまった。
「あの……もし良かったら、二人の歌を聞かせてくれますか? 譜面を貸して貰えば、わたし、演奏しますから」
「あ、わたしも聞いてみたいです!」
「うんうん、二人さえ良ければ聞いてみたいな」
 アンジュリーナの提案に灯と牡丹は同意する。その言葉に、香織と七海は顔を見合わせた。
「でも、私、また音を外しちゃうかもしれないし……」
「良いじゃない。今はそれでも、これから頑張れば良い話だし……助けて戴いたのだもの。合唱部らしいお返しになるかもしれないわ」
「七海先輩がそう言うのなら……」
 そんな二人のやり取りに、晴香、緋桜、エレス、翠華、ジゴク、ミーミアも目を細める。
 アンジュリーナの演奏が始まり、七海と香織が歌い始める。ソプラノとメゾソプラノによるハーモニーが響く。その歌声は優しくケルベロスの心にも響き渡り――二人の未来がこの先もこのハーモニーの様になる事を願うのだった。

作者:白鳥美鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。