血を分けたあなたへ~紅の首枷

作者:絲上ゆいこ

●歪なる祝福
 残照に燃える空は、重苦しい泥濘に沈む太陽の最後の悪あがきのように見えた。
 床に転がった競馬新聞と空の酒瓶。
 家財道具は殆ど無く、窓も割れたまま。
 そんな部屋の一角で、仏壇前の写真立ての中で笑う在りし日の両親と兄妹。
「ごめんなさい」
 反射的に呟いたミカは、いつものように眺めていた写真立てを伏せる。
 過去の幸福の残骸は今の不甲斐ないミカを責め立てるように思えて、居心地が悪い。
「……久々に陽のあるうちに帰って来れたし、もしあの人が帰ってくるようならご飯を作っておかなきゃ……」
 仕事を終えた後の泥のような疲労感を宥めすかし、冷蔵庫を開ける。
 ビールが数本、使えそうな食材はほとんど無い。
 小さな大根、玉子を二つ、油揚げに……。
「またおかあさんのご飯、食べたいなぁ……」
 零れ落ちた言葉。
 事故で両親が死んでしまってからは、家族で暮らしたいと学校を辞めて働きだした兄がミカを養ってくれていた。
 それでもミカが進学するほどの生活は望めず、ミカも学校を卒業してからはすぐに働きに出はじめた。
「あの頃は良かったなぁ……、あの人も優しかったもん」
 包帯の下の火傷した腕と、赤黒く腫れた腹が鈍く痛む。
 ミカは腕を撫でて瞳を細めた。
 昨日もお酒を飲んで暴れた後、あの人――兄は財布の中身を根こそぎ奪って出ていった。
「どうして、こんな事になっちゃったんだろう」
 昔は優しい兄だった。
「いや……、アタシのせいだよね、アタシもあの事故で死んじゃえば良かったんだよなぁ。そうすれば、あの人が体を壊して仕事が出来なくなる事だって無かっただろうしさ」
 ミカの進学出来なかった理由。兄が過労によって体を壊した事、お酒に逃げる様になった事、ギャンブルに生活費すら注いでしまうようになった事。
 大根を拍子切りにしながら、ミカは過去を思う。
 楽しかった子供の頃、両親の居た日々。
 包丁がリズミカルに音を立てる。
 苦しい仕事。嫌味を言う女上司。
 兄に熱湯をかけられた、殴られた、叩かれた、打たれた。
 兄に下ろしてきたばかりのお金を奪われた、兄に頭を風呂水に沈められた、兄の借金の取り立てがひっきりなしに訪れるから息を潜めて居ないふりをした。
「……おかしいなあ、良い事があんまり思い出せないや……」
 この刃が喉を穿けば、死ねるだろうか。
 兄を苦しめた自分が死ねば、この心は晴れるのだろうか。
 自分を苦しめる兄が死ねば、この心は晴れるのだろうか。
「痛いのはやだなぁ……」
 水を湛えた瞳から、ついに一粒の涙が零れ落ち。
 その瞬間、派手な音を立てて足元に男が転がってきた。
 驚いて振り向いたミカの背後に立っていたのは、白鎧に身を包んだ女騎士と、タールの翼を持つ女戦士だ。
「王女レリの命により、あなたを救いに参りました」
「……貴方はよく耐えました、もう苦しむ事は無いのです。一緒に行きましょう」
 ミカは転がされた男――意識を失ったミカの兄に駆け寄りながらも、目を彼女たちの言葉に目を丸くする。
 それはずっと望んでいた、自らを救う言葉。
「あなたがエインヘリアルとなれば、もうあなたを縛り付けるモノ等ありません」
 ミカに縛り付けられた、可愛そうな兄を。
 兄に縛り付けられた、可愛そうなミカを。
 殺してあげる事ができるのだと、彼女達は言う。
「……あは、あはは……、それってとってもとっても素敵ね」
 ミカは笑う。
 日々の重責から開放される、自らを縛るモノがなくなる幸福から。
「痛くしないでね」
 もちろんと微笑んだ褐色の戦士は、刃を掲げてミカの命を貫いた。
 新たに生まれ行く勇者を祝福するように、柔らかな光がミカを包み――。

●掌の大きさ
「最近活動が活発になっている女エインヘリアルとシャイターンが、まーた現れるぞ」
 掌の上で資料を展開したレプス・リエヴルラパン(レポリスヘリオライダー・en0131)は、肩を竦めた。
「コイツらは不幸な境遇に在る女性――ミカサンをエインヘリアルに選定し、その原因であった兄貴を殺させてグラビティ・チェインを略奪しようとしているぞぅ」
 空中をタップするように指を踊らせたレプスの掌の上で、資料が切り替わる。
「と、言う訳でケルベロスクン達には選定を行うシャイターンと護衛のエインヘリアルを撃破して貰った上で、……可能であれば新たなエインヘリアルが生まれる事を阻止して欲しい」
 ――可能であれば。
 現在報告されているこの事件では、エインヘリアルを生み出される事を阻止ができた前例は無い。
 それほどに、追い詰められた彼女達の心の傷は深いのであろう。
「ンで、だ。更に今回はそれに加えて、前に勇者選定を邪魔されて仲間を倒されたからか、仲間を守ろうと、精鋭部隊を送り込んでくるっつー予知がでてるんだよなァ」
 資料を切り替え、映し出されたのはデフォルメされたハンドスピーカーを持ったオラトリオ。白鳥沢・慧斗(暁のヘリオライダー・en0250)のイラストだ。
「そっちの精鋭部隊の対応は、白鳥沢クンの所に集まった皆にして貰う段取りになっている。だが、お前達がすばやく敵を撃破できた場合は、そっちのチームの援護もお願いするぞー」
 なんたって精鋭部隊だ。そちらの対応をするチームだけで簡単に倒せる敵では無い。
 精鋭部隊を逃さず撃破する為には、援護が不可欠になるだろう。
「しっかし勇者を選ぶ人選と良い、仲間を守ろうとする所と良い、王女レリサンとやらは全く優しい女王サマのようだなァ」
 複雑な感情を声音に溶かし、更に資料を間取り図に切り替えるレプス。
 玄関を入ってすぐ、キッチンになっている古いアパート。
 倒れている兄の真横にミカが立っており、エインヘリアルとシャイターンがその横にいる。
「で、お前達はミカサンがエインヘリアルとなる事を受け入れる直前に現場に突入できる、の、だが」
 ここまで説明すると、レプスは再び肩を竦めて細く息を吐いた。
「説得が失敗した場合、ミカサンはエインヘリアルになって兄貴を殺害する。その後撤退を始めるが護衛のエインヘリアルとシャイターンは、ミカサンの撤退を優先させてお前たちと戦うぞ」
 ミカがエインヘリアル化してしまった場合、兄を助ける為には避難を行う必要がある。
 また、撤退しようとするミカを撃破する為にも、何かしらの策を講じる必要があるだろう。
「説得が成功するか、兄貴を殺害する事でミカサンが生まれ変わる必要を無くす事でエインヘリアル化を防ぐことができる、が。もし、エインヘリアル化をしなくとも、敵サンがミカサンを攻撃する事は無い。そこは安心をしてもらって良いぞぅ」
 掌の中で資料が切り替わり。
 白鎧の女騎士エインヘリアルと、褐色の女シャイターンのイラストが映し出される。
「エインヘリアルとシャイターンはそこまで戦闘能力は高くは無い。エインヘリアルは護衛らしくシャイターンを守りながら戦い、シャイターンはバッドステータスを付与する事を得意とするようだ。とりあえずこの2体を倒して貰えば今回の作戦は成功だな」
 レプスは言葉を次ぎながら、ケルベロス達を真っ直ぐに見据える。
「もし、もし。ミカサンがエインヘリアルになってしまった場合は、……撃破を頼むが、逃げられちまった場合は仕方無ェ。次の機会を伺って欲しい」
 ――つまりそれは、ミカがエインヘリアル化する事も、男性が死んでしまう事も、急いで救援に行く事も。
 そのあたりを考慮しなければ『普通』にこなせる依頼だと言う事だ。
 それ以上を求めるならば、相応の努力が必要だと言う事を言外に滲ませ、後頭をガリガリと掻くレプス。
「ミカサンの気持ちを救う事も勿論だが……、彼女の問題は心だけじゃない。環境もひっくるめて今の状況に陥ってるンだ。それに話しかけるっつーのはそれだけで時間がかかる事だ、その間に救援チームが敗北して精鋭部隊がこっちに来ない可能性が無ェ訳でも無いぞ。……その上で俺が難しい事を頼んでンのも、重々承知だ」
 レプスは瞳を閉じ、ケルベロス達に頭を下げた。
「くれぐれも気をつけて、迅速に解決を頼みたい。全てを助けられればソレはとても良い事だ。しかし、全てを救う為にお前達まで倒れちまったら本末転倒だ。選ばなければならなくなった場合の取捨選択を間違え無いように。……全てを救うつもりならば、その覚悟を正しく行動に示して欲しい。敵がもし増えてヤベー時は撤退だって手段だぞー」
 怪我もすんなよォ、と冗談めかして付け足し。頭を上げたレプスの瞳には、真剣な色が揺れていた。
「……頼んだぜ、ケルベロスクン達」


参加者
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)
朔望・月(桜月・e03199)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
八上・真介(夜光・e09128)
杜乃院・靜眞(羊愛し鴉親とす朝焼けの猫・e33603)

■リプレイ


 意識の無い兄にミカが駆け寄り、デウスエクス達は幾つもの言葉を零す。
「あなたがエインヘリアルとなれば、もうあなたを縛り付けるモノ等ありません」
 罅割れより差し込む茜色が室内を照らす中、ミカは小さく唇を綻ばせ――。
 駆ける流星。空よりも尚紅いツインテールが、彼女の視線の上を舞った。
「甘言を持って手駒を増やそうだなんて所業、許しません」
 飛び込んできたウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)に蹴り上げられた、エインヘリアルの巨体が壁に強かに叩きつけられ。
 流麗な剣筋が浅紫を伴って追い重ねられる。
「人の弱みに付け込んで勇者漁りか」
 儀礼刀を構え直した八上・真介(夜光・e09128)は、吐き捨てるようにデウスエクス達を見やり。
「そこの兄貴がどうしようもない糞野郎なのは間違いなかろうよ。だが、何が『縛り付けるモノ等ない』だ。次に種族やら使命やらで縛るのはお前たちだろうが」
「デウスエクスはただあなたを手駒としたいだけで、本当にあなたのことを考えての言葉ではありません」
 ウィッカは皆を護るように前に立ち。デウスエクス達と対峙しながら告げる。
「甘言に惑わされず、私たちケルベロスの言葉を聞いてください!」
「ケルベロス!」「貴女は、後ろに」
 褐色のシャイターンが吠え、白兜のエインヘリアルは体勢を立て直して盾を構えた。
 白兜が一気に駆け。褐色が腕を伸ばせば、風が謳う、砂が渦巻く。
「ダメだ、させない」
 如意棒を構えた杜乃院・靜眞(羊愛し鴉親とす朝焼けの猫・e33603)が駆け出し、鷹野・慶(蝙蝠・e08354)がベルト靴に虹を纏い跳ねた。
「ミカ。兄貴が頑張りすぎたのは、もしかしたらお前と関係あったのかもしれねえ」
 仲間と白兜の間に割り込む形で跳ねた慶は、眉を寄せて言葉を口に。
 顰めた表情は哀れみにでは無い。
 その傷は深く必要とされた証拠なのだろう、その気になれば一人であっても逃げられたのだろう。
 ――だから。
「でもその後は違うだろう。暴力を振るったのは『酒に逃げたから』だ」
 慶は言葉を紡ぐ。そのまま蹴り上げると骨事軋むような衝撃が走り、盾と足先が虹を散らす。
 靜眞が重ねて如意棒を回して砂を跳ね除けながら、小さく頷くと白兜へとオーラを蹴り放つ。
「こうなったのは自分の所為、一人で解決する責任がある。……そう感じてんなら、その考えこそが二人を縛り付けてるんじゃねえのか?」
 慶の言葉に、ミカが表情を曇らせた。
「……だって」
 舞った砂は、前衛を包み。
 白い翼猫のユキがマントを揺らし、砂を吹き飛ばす様に大きく翼に加護を乗せて羽ばたく。
 仲間を庇う形で立ったセリア・ディヴィニティ(蒼誓・e24288)が、オーラに加護を乗せ放った。
「貴女はよく耐えたし、これ以上苦しむべきではないのでしょう」
 だからこそ、その手を汚させたくはないとセリアは想う。
「お兄さんの人生壊したのは自分のせい。……罪悪感で一杯、本当に辛かったね」
 頷く靜眞。
「おれも殴るばっかのかあさん、死ねば解放されるって思いながら、愛してた。……おれが耐えればって、思ってた」
 怖くても、痛くても離れたくない、離れられない。
「でも、おれもミカはもう耐えなくていいと思う」
 靜眞のやりなおしは、捨てられたから。離れる事ができたから。
 殴られて逃げていた自分を『痛かったね』と抱きしめてくれた人がいたから。彼女には今はソレが必要だと、思う。
「ならば、その男を――」
 ケルベロス達の言葉を聞いて、口を開くシャイターン。
「ああ。そこの兄貴がどうしようもない糞野郎なのは間違いなかろうよ。殺されても文句は言えないだろうよ」
 真介が黙れと言わんばかりに言葉を重ね、敵を睨めつける。
「だが、人が人を刺すために『生まれ変わる』必要はない」
 救うだけならば、兄を殺す必要は無い。ただ勇者にして連れて行けば良い。
 しかし。
 殺すと言う事は、グラビティ・チェインと言うデウスエクスの事情も絡んでくるのであろう。
 それは、種族やら使命やらで『縛りつけて』いる事と何が違うのであろうか。
「お前たちの話は詭弁だぞ、シャイターン」
 刃を構えた真介は、敵を見据える。
 チリチリと頭を焦がす過去の記憶。
 また人を身勝手に選別しようとする。反吐が出そうな程、憎く嫌いな。
「そして、解決の手段は殺人以外にも存在します」
 ウィッカが言葉を零し、葛籠川・オルン(澆薄たる影月・e03127)のひどく褪めた緑瞳が細められた。
 彼はウイルスのカプセルを放ちながら、愚直なまでに必要な事を見据えて言葉を紡ぐ。
「ミカさん、あなたとお兄さんは明らかな共依存の状態だ。誰が見ても『異常な』状況なのです」
 人は体の異常を感じれば医者にかかる。
 心も体も、同じだ。
「だから治療しなければならない」
 治療に外部の力を借りる必要がある事だって、幾らでもある。
「あなた方は一度離れて仕切り直さなければならない、それはミカさんだけではなくお兄さんにも必要なことなのです」
「……ミカさん、お兄さんを僕らに預けていただけませんか?」
 縛霊手より紙兵を展開する朔望・月(桜月・e03199)が、丸く見開かれたミカの瞳を見つめて言った。
「お兄さんには一度自己破産して貰いましょう、そして専門機関に入院してお酒とギャンブルへの依存を断ち切れる様に治療をしましょう」
 コクコクと頷くシャーマンズゴーストの夏雪が祈りを捧げ。
「ええ。違法な金融機関にはケルベロスが厳正に対処します――お兄さんの抱える問題を、わたし達と一緒に片付けて行きましょう!」
 遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)が腕を伸ばせば、一冊の本が手元に現れた。
 自然と開いた頁より溢れる言葉は、胸奥より歌を産む。
 ――これは、あなたの歌。
 鞠緒は謳う。白兜の欲求の根源、レゾンデートルを。
 バスターライフルを片手に、ウィッカはミカへと手を伸ばす。
「ここで全てを終わらせるよりも、――2人がまた仲良く会える未来を信じてみませんか?」
 きっと、兄が体を壊した時点で助けがあればここまでこじれる事は無かったのであろう。
 しかし、過去を変える事はできない。
 今できる事は、現状での最善を目指す事だけだ。
 ウィッカの伸ばした手に、触れる事を躊躇するミカ。
「ふたり、で……」
 ミカは今、相当混乱していた。
 そんな道が本当にあるのならば、……あったのだろうか。
 本当に?
 また、殴られておしまいじゃないの?


 混乱する彼女に向かって、デウスエクスは吠える。
「甘言を吐いているのは、どちらだ! 自身で身を守れる様にならねば、傷つくのは彼女であろう!」
 白兜が癒しの加護を放つと同時に、ウィッカが片手で冷気の閃光を放つ。
 褐色のシャイターンが、炎を纏わせた腕を振るい。
 その炎を片手で構えた日本刀で掻き斬りながらまっすぐに受け、真介の指先が金色の懐中時計を無意識になぞった。
 もし、彼女が生きていれば、自分も――。
「少し黙れ」「――俺にこの妹を斬らせるな」
 真介の表情を横目に言葉を紡いだ、紙兵をばら撒く慶の言葉に合わせて。
 真介の放つ月光の如き剣筋を、白兜が盾で受け止める。
「貴女が手を取ってくれるのであれば、降りかかる恐怖も、痛みも、苦しみも私達が祓うわ!」
 セリアが加護を重ねて、ミカへと言葉を紡ぎ。ナイフを片手に、オルンは大きな獣の耳を小さく揺らした。
「もしお兄さんが生きることで、あなたが再び暴力に見舞われることを恐れるならば、我々や外部機関が力になります」
 これは、エゴだ。
 オルンはそれを知っている。
 ケルベロスは全てを救える訳では無い。むしろ戦う事しかできない事のほうが殆どだ。
 それでも――。彼女の言葉は、どこかでやり直したいと思っている様に思えるのだ。
「そうです、それに」
 桃色の髪を揺らして、月は言葉を紡ぐ。
 死は確かに、絆の束縛から全てを解き放ってくれるのかもしれない。
 けれど、本当にミカの心は晴れるのだろうか。それが月には、わからない。
「もしお兄さんが更生施設を出てきた後に、尚も貴方へ危害を加える事があればケルベロスの情報網を使って僕達が駆けつけます。……必ず、貴方を守ります!」
 それでも、どうしてもお兄さんを殺すというのなら。命を奪わない方法で僕が殺します、と月は言う。
「……貴女を苦しめる、この人の現状のあり方を殺します」
 月が重ねる言葉は、祈るような響き。
 自分自身を諦めてほしくは無い。重ねる歌はねがいの歌。
 記憶の中に残る言葉の欠片を加護に、あたたかな光を旋律に乗せて。
「気づいていないかもしれないけれど、あなたはもう立派に自立して一人で生活していけます」
 どうか自信を持って、と伝える鞠緒の水色牡丹が揺れる。
「お兄さんと暫く離れて暮らして。望むなら定期的に会って話す様にしましょう? その時は、わたしも同席しますから」
 脇へと一気に踏み込んだ鞠緒は、星を散らしながらオーラを叩き込み。
 白兜の槍をいなして、壁を蹴って更にミカの横へと。
「それに、もう一度学びたいと願うのならば。当家がお二人の進学費用を用立てます」
「どうして、そこまで……?」
 ミカは意識を失ったままの兄を見下ろし、呟く。
 彼女にはわからない。何故ケルベロス達がそんなに助けてくれると言うのか。
「それは……」
 鞠緒はどこか、兄と自らとの関係を重ねてしまっていた事に気がついて、胸元で拳をきゅっと握りしめた。
 思い合うが故に壊れそうになる、――この兄妹にとっては壊れてしまった関係。
 ああ、そんな事。
 私の前で、兄妹が壊れてしまうだなんて。
 鞠緒は、絶対に厭だ。
「これはわたし自身の為にやる事なの、だから信じて下さい。――お二人が自立してまた笑顔で暮らせる日までわたしが見守っていきます」
「あなた一人が全てを解決しようとする必要はないのです」
 鑪を踏む白兜に、獣めいた猫のバネで一気に飛び込んだオルンは肉を抉る様にナイフを走らせた。
「……お兄さん。心身壊すまで頑張ってでもミカを守りたかったのかなって。だから、ミカができる一番の償いは、自分のボロボロなの治してまた歩き出すじゃないかなって」
 靜眞は如意棒を片手に跳ね、白兜に軽くいなされるが猫の動きで身軽に着地。
「ミカは一番の望みは、あの写真の頃に戻りたいじゃない? 手にかけたら『ごめんなさい』伝えられなくなるよ」
 靜眞自身。捨てられてしまって悲しかったが、離れた事で立て直す事が出来たのだ。
「だからおれは、ミカを引き離すよ。……自分が悪いから頼るのダメ、って思う?」
 言葉が紡げず黙ってしまった彼女に尾を揺らし、靜眞は言葉を次ぐ。
「そんなことないからね、手を取ってミカが救われたら、差し伸べた側も『よかった助けられた』って救われるから」
 そのまま靜眞はケルベロスカードをミカに握らせて。
 セリアがデウスエクス達から彼女を庇うように、得物を構えた。
「その手を汚さずとも、未来を選び掴むことは出来る。少なくとも、私はそう思うわ」
「生きて、僕らと一緒に戦いましょう」
「……いつか、時が傷を癒した頃に、ご兄妹で共に笑える日がくることを期待してみませんか?」
 月とオルンの重ねた言葉に、カードを胸に眉を寄せるミカ。
「生きましょう」
 ウィッカが再び掌を差し出し、兄を抱き寄せたミカはその掌を取った。
 彼女の双眸よりこぼれ落ちる涙は、きっとこれからも何度も流されるのかもしれない。
「……ありがとうございます」
 でも。
 それは、彼女が人として生きている証拠だ。


「これは、あなたの歌――」
「呪いを刻まれし者の運命はただ滅びのみ!」
 ウィッカの五芒星の魔法陣が幾つも浮かび上がり、鞠緒の歌声が響く。
 致死の呪いを撃ち込まれれば、膝より褐色のシャイターンが倒れ伏した。
「あなた方が『救済』に現れたお陰で、戦うだけのケルベロスがいかに無力か知る事ができる」
 青い影を纏ったまま、オルンは倒れた二人の敵を見下す。
 人は薄情だ、冷酷だ、しかし温かい。煌めいている。
 しかし、だからこそ、オルンはケルベロスなのだ。
「感謝はしているのですよ。――でも、所詮キミ達は人類の敵だ」
 尾を揺らし、オルンは呟いた。
「ねえ、ミカ。心から逢いたい互いの気持ちを知りたいって望まぬ限り、逢わずに生きても、いいからね」
「すぐ戻ってきますから、少し待っていてもらえますか?」
 頷くミカに声をかける、靜眞とセリア。
「夏雪、皆を癒やしますよ」
 戦いはまだ続くかもしれない、万全の体勢を整えようと月が皆を癒やしを重ね。
 表情は薄いがどこか険しい雰囲気でインカムを弄る真介。
「……あの兄貴と重ねてたんじゃねえだろうな?」
 声をかける慶。
「どこも似てねえよ」
 黒曜の瞳を揺らした、真介は彼を見上げ。
「ん」
 慶の肩に、額を一瞬だけ落として頷いた。


「やっぱり」
「ダメですか?」
 オルンの問いかけ。肩を竦めた真介のインカムはノイズだけを返す。
 通信障害が成されている事は予想はしていた。
 しかし、未だ繋がらぬという事は戦闘は継続していると言う事であろう。
 猟犬達は駆ける。
 自ら達を護る為に強敵と対峙している仲間たちの元へと。
「間に合うと良いのですけれど」
 駆ける動きに合わせて上下に揺れるウィッカのツインテール。
「そう、ですね……」
 拳を握りしめた月が頷く横で、セリアは眉を寄せていた。
 ああ、やはり気に入らない。
 デウスエクス達がまるで純然たる善意を以って、彼女を救おうとした事が。
 まるで純然たる善意を以って、ヒトを手駒に加えようとしている事が。
 その為に増援まで呼ぶだなんて、まるで正しい行いのようだ。
 腹立たしい。腹立たしい。腹立たしい。
 ……だからこそこれは、エゴのぶつかり合いなのかもしれない。
 見方を変えれば、正しいのは彼女達なのかもしれない。
 そう思ってしまう事が、セリアには何よりも気に入らない。
 それでもセリアは、人が人で有り続ける事を。
 人の内に光が在ることを肯定しなければならない。
「いました……!」
 鞠緒の声の先には、倒れた仲間達を庇うケルベロスに迫る赤髪、タールの翼。
 それは連斬部隊員ヘルガの姿だ。
「心ここに在らず、か? 余裕だな」
「させないわ!」
 セリアは大きく光の羽根を広げて地を思い切り踏み込み。
 一気に加速すると槍を掲げて、仲間とヘルガの間に割り入った。
「チッ、貴様等……!」
 波打つ刀身が絡めとられ、ヘルガは苛立ちを顕に舌打ちを漏らす。
 無言でセリアは槍を構え直し。
「皆にこれ以上手は触れさせない」
「待たせた。あまり大丈夫……っぽい感じじゃなさそうだな」
 慶と靜眞も得物を片手に、仲間達を庇い前に出る。
 相容れぬ想いならば、互いに貫き通すだけの事。
 猟犬は、猟犬の想う救いに身を投じる事しかできないのだから。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
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