秋の風物詩芋煮会にダモクレス襲来

作者:東公彦

 芋煮会は東北地方で知られる行事である。今年も山形の芋煮会は注目を集め、国内外を問わず人が集まった。ギネスにも認定される量と、途方もない大鍋をショベルカーでかき混ぜる様は圧巻である。新聞にでかでかと掲載された写真は、山形の名をより世間に知らしめたことだろう。
 しかし、芋煮会は近畿や北関東圏でも時に行われている。まったくマイナーではあるが。
 那須町東岩崎、この小さな町では隣り合わせに建つ小中学校を会場として毎年芋煮会が行われていた。知名度と規模はくらぶべくもないが学校の生徒やその親、地元の人々などでそれなりに賑わう芋煮会は東岩崎にとって大切な行事であった。
 さて、校舎の一角にある倉庫室には不用品が押し込まれ、二度と日の目を見ることのない生活を送っていた。なかでもとりわけ巨大な冷蔵庫は、ずっと長い間この学校の食材を管理してきた古物だ。もはや倉庫室の背景となってしまった埃まみれの体をしんと座らせ、冷蔵庫は昔日を想っただろうか。自分が調理室で使われ、たくさんの人へ食事を届ける手伝いをしていた頃のことを。そして今でも、誰かが使ってくれることを夢見るだろうか。当然ながらただの冷蔵庫であるそれは自身が近々処分されることも知らない。それでも暗い倉庫の中で最後の仕事を信じて鎮座していた。
 そんな倉庫に節足の生えた何かが入ってくる。何かは倉庫の中を探るように歩き回り、冷蔵庫を見つけると素早く内部に滑り込んだ。すると冷蔵庫が稼働をはじめ、少しずつ姿を変えた。
「もういちど、はたらきたい」
 コギトエルゴスム化したダモクレスは宿主を見つけ、冷蔵庫は再び動き出した。しかし言動が宿主に影響されたのか、人々を襲うでもなく、まずは新たな冷蔵庫のなかにある食材をあらかた自分の体に納めた。そして芋煮会の会場である校庭に出ると、準備最中のテントから更に食材を吸い取ってしまった。
「もういちど、いもにかい」
 どこからか声を発しながら、ダモクレスは会場を進んだ。


 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は頭を悩ませていたが、ケルベロス達が到着するや姿勢を正し敬礼した。
「皆さんお疲れ様です。東岩崎という地区の芋煮会にダモクレスが現れるようです。小さな地区とはいえ来場する人々の数からすると被害は侮れないと思われます。問題があるとすればダモクレスは未だ動いていないということなのですが……グラビティチェイン獲得のため動き出してからでは遅いわけで、皆さんにはダモクレス出現と共にヘリオライダーで降下、作戦行動に移ってもらいます」
 セリカは敬礼をとき体の前で手を組んだ。
「ダモクレスが襲来するのは芋煮会の会場である東中学校、および小学校です。校庭は両学校が共用で使っていますから、それなりの広さになります。戦うにはもってこいの場所ですね。テントなどもあるので戦闘後のヒールはお忘れなくお願いします。それと重大なことがもう一つ」
 言葉と共に人差し指をたてセリカは口をひらく。
「冷蔵庫に寄生したダモクレスは調理室にある現役の冷蔵庫から食材を全て取ってしまうようです。それが一つの行動原理にもなっているようなので無暗に食材を動かすことが出来ません。動かした結果、別の場所へ移動してしまう可能性もありますので。なのでダモクレスを倒す時には食材を吐き出させてからにして頂きたいと思います。もちろん、一番大事なのはダモクレスを倒すことですけれど、恒例になっている芋煮会を中止させてしまうのも心苦しいですので」
 言い終えると、セリカは不意に眉をひそめた。しかし意思を感じさせる強い口調で続ける。
「どんな個体であってもデウスエクスです、人々に危害を加える可能性があるかぎり戦わなければいけません。苦々しく思う方もいらっしゃるかもしれませんけど、どうかケルベロスとしての仕事を全うしてください。よろしくお願いします」
 目を伏せてセリカは頭を下げた。


参加者
シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)
常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800)
ルエリラ・ルエラ(幸運エルフ・e41056)
獅童・晴人(灰髪痩躯の陰険野郎・e41163)
ヒメカ・ベイバロン(空虚な女・e42130)
アンザ・ルーテンフランツ(原罪の落胤・e44168)
黒羽・陽(絶壁のゴールデンスパイン・e45051)
巻恒・夜子(闇夜の残雪・e64131)

■リプレイ

「もういちど……」
 そればかりを繰り返し、ダモクレスは校庭に現れた。大型冷蔵庫の体に蛇腹配管が手足となった、一見ユニークな外見である。だがダモクレスと同化した存在は十分な脅威だ。
 ヘリオライダーから降下したシェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)は、いまだ呆然としている人々に鋭い声を射かける。
「ケルベロスだよ、子供たちを連れて避難を!」
 声が届くと人々はすぐさま駆けだした。すると人々の背に追いすがって冷蔵庫も移動をはじめた。
「どこいくの、いもにかい、やらないの?」
「芋煮会はやるけど、あなたは参加できないの」
 さもすれば冷酷に感じる口調でルエリラ・ルエラ(幸運エルフ・e41056)が矢を放った。二つの弓をひとまとめにした大弓で放たれた巨大な矢は、凄まじい力で冷蔵庫に突き刺さる。弦が揺り戻り空気に独特の音をたてた。
「なんで?」
 その疑問に誰も答えることは出来なかった。そんな戦いの沈黙のなかを常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800)が走り抜ける。地面を蹴り身軽に跳躍すると落下ぎわに足を振り下ろした。獣のような唸りをあげる無骨なブーツが冷蔵庫に激突すると巨体が大きく揺れた。ボクスドラゴン『小鉄丸』の息を合わせた突撃で巨体が傾ぎだす。
 どこから来たのかその足元では猫がのんびりとくつろいでいた。冷蔵庫の足が迫る。あわれ下敷きかと思われた猫だったが、それは体勢を崩した冷蔵庫の上で呑気にあくびをしていた。敵が視線を向けるどこへでも猫は写り込み、その宝石のような瞳を光らせる。
 惑わされる敵を視界の隅に見ながら獅童・晴人(灰髪痩躯の陰険野郎・e41163)はつぶやく。
「頑張ってね、パイパー」
 争いが苦手であり、必ずしも勤勉でない晴人にとって今わの際の望みが『働きたい』というのは称賛に値することだった。だがそれでもデウスエクスは倒さなければならない。仕事をする上で最低限の流儀として。
 愛称で呼ばれたビハインド『夜明けの口笛吹き』は晴人の言葉に頷く。彼女の念動力はサッカーゴールを高速で動かし冷蔵庫へと衝突させた。すかさず接近し鎌を振るうシェミアだったが、冷蔵庫は予想外の速さで蒼い炎をまとった一刀をかわした。
「なんだかスカっとしません」
 黒羽・陽(絶壁のゴールデンスパイン・e45051)は敵を見やって言った。いっそ芋煮会に参加させれば……と考えが頭をかすめるのだがアンザ・ルーテンフランツ(原罪の落胤・e44168)の悪戯げな笑みがそれを吹き払う。
「あらァ、陽ちゃんはまたよからぬこと考えてるのかしらァ?」
「よからぬことってなんですか、人を悪人みたいに。それよりアンザは初の実戦なんだから気をつけてくださいね」
「そうそう、お互い緊張しないで行きましょう!」
 ひょっこり顔を出した巻恒・夜子(闇夜の残雪・e64131)は早口に言って二人を追い越していった。彼女は冷蔵庫の前に出ると腰に手を当てびしりと指を突き付ける。耳と尻尾がぴこぴこと揺れた。
「今のあなたの力は悪しきダモクレスの与えたもの、食材を届けるため働いてきたあなたに人を襲わせるものです! それに食べ物を外に出すのも冷蔵庫のお仕事ですよ!」
「ああ、そうだった」
 あまりにアッサリと冷蔵庫が返したので、むしろ夜子はポカンとしてしまった。素直に冷蔵庫のドアが開く、中から飛び出てきたのは幾つかの食材と、冷気をまとった氷塊である。不意をついた攻撃に吹き飛ばされる夜子。すると冷蔵庫は、
「ごめん」
 と一言もらし、あたふたとした。空から降る食材を素早く大鍋に納めると陽は冷蔵庫へ接近した。
「ほんっとうに戦いにくいです」
 陽は腕を引き、拳の体毛を硬化させ針のように尖らせた。そこをオウガメタルが包み込むと針は更に硬度を増す。振り下ろされた一撃は冷蔵庫の側面へいくつかの穴をあけた。続けざま陽の影から姿を見せたヒメカ・ベイバロン(空虚な女・e42130)のパンキッシュスカートから煽情的な足が覗く。白磁の足が回し蹴りをみまい、荒々しい武具としての側面を見せた。ヒメカの頭上を跳び越えて夜子が前へ進み出る。
「お返しです!」
 言い放ち、氷刃を手に冷蔵庫を斬りつける。氷刃は砕けると、小さな結晶となって冷蔵庫の体表で固まった。夜子は立て続け数太刀を振るう。その隙に後方へ下がったヒメカは敵の一挙一動を観察しているアンザへ音がするようなウインクをした。
「ボクの予想だけど。あの冷蔵庫、それなりの攻撃が出来るようだ。キミも気をつけるように」
「もぉ、わかってるわよォ。みんな心配性よねェ」
 間延びした調子でアンザは答え、植物の種をポイと投げた。種は瞬く間に果実を実らせ、その黄金の光は、それを受けたものへ活力を与える。巻き戻し映像のように夜子の傷は癒えていった。
 アンザの動きにルエリラは唇の端をわずかに上げた。そして詠唱を開始する。言葉をつむぐたび光の粒子が満ちて、やがて閃光となり冷蔵庫を貫いた。
「わかって、今のあなたは」
 ひとりごちてルエリラは黙った。憐憫の情がわくなか、ルエリラは出来る限り冷血であれと自分に言い聞かせ戦う。
「芋煮会の邪魔になるのは、おまえの本意でもないだろう。それに鍋に材料がなければはじまらない」
 剥離したオウガメタル粒子が舞い散るなかで紗重はひきしまった横顔を冷蔵庫へ向けていた。すると再び冷蔵庫は納得したのか、フタを開き材料を吐き出す。飛来するそれらをうまく受け止めて紗重はなんともいえない微笑を浮かべた。その複雑な表情は紗重の心中を表すかのようだった。
 小鉄丸は上空からアンザに鋼の加護を与える。小鉄丸にとっても芋煮会の新人たるアンザは可愛らしい後輩であった。
 さて次の攻撃へと足を踏み鳴らす夜子だったが、不意に背中に手を当てられ、ひゃぁんっと声をあげた。押し当てた手の持ち主である甲冑姿の晴人は、ばつの悪そうな顔で苦笑した。
「ははっ、念のためにねぇ」
 体内で練り上げた理力を直接的に注ぎ込み全快させる。治療を終えると言葉なく笑顔でひらひらと手を振った。
「あ、ありがとうございます」
 なんとも力みのない晴人の様子に、ぎこちなく頭を下げて夜子は走り出した。エアシューズが風のように夜子を運び、敵後方から重力と慣性を伴った一撃を与える。振り向こうとする冷蔵庫だが、ただただ体を震わせるばかりである。
「あれ? あれ?」
 至近距離にあってパイパーが腕を伸ばし、白蝋のような手を軽く握りしめている。その力に連動するように冷蔵庫の体が軋んだ。
「やっぱり戦いは君に任せた方がいいみたいだね」
 白銀の甲冑をまとう晴人は、むしろ亡国の姫のようでさえあるパイパーを矛として自らは仲間達のサポートに奔走した。
 シェミアは不発に終えた一撃の後、敵の動きを注視していたが、ついに動きだす。予想以上に素早かった敵を鑑みて、神速の一撃を見舞おうと腰をおとした。
「あなたの最期の舞台、彩ってあげる……!」
 刃の上でプラズマのような薄青い閃光を放ちのたうつ魔力は、鎌が振られると同時に打ち出された。極限まで研ぎ澄まされた魔力の塊は、まさしく刃となり冷蔵庫を斬り裂く。魔力は傷を残してもなお消えず、意思までをも侵食する。
「ああ、でんきがない、くさっちゃう」
 冷蔵庫が突然に慌てふためいてフタを開けると食材を取り出しはじめた。次から次へと食材が宙を舞う。
 いっそ中へ! 陽は思い立つと素早く走り、狼狽する冷蔵庫の中へ突撃した。食材を鷲掴みにして外へ放り投げる、が一寸遅れて扉は閉まってしまう。
 直後、けたたましい銃声と共に銃弾の嵐が校庭を通過した。紗重とヒメカが咄嗟に前線へ飛び込む。紗重はオウガメタルで体を覆い鋼の盾となり、ヒメカは緋い龍を具現化させ前面に展開させ防いだ。
 冷蔵庫の中からも白煙は上がっている。陽は……考えてアンザは息をのんだ。不吉な映像が脳裏をかすめる、しかし耳をすませると冷蔵庫の中から微かな音が漏れ聞こえた。音は徐々に鮮明になり、遂に幾多もの針が冷蔵庫の体内を突き破り飛び出す。たまらず冷蔵庫がフタを開けると一つの影が飛び出した。
「くっそー、あいつけっこーエグイことするぜ」
 飛び出した陽が興奮した面持で声をあげる。豹変ぶりにシェミアが目を丸くした。陽は体中の体毛を硬化させ伸ばし、食材を守った分、ほとんどすべての銃弾を受けてしまったらしい。体中に傷を作っているものの、伸ばした体毛をハリネズミのように突き出し攻撃に転じたのは流石である。
「そっちこそ、心配させないでよォ!」
 アンザが憤懣やるかたないといった表情で駆け寄ると、陽はけろっとして笑った。
 まだ戦う力はあるみたいだ、ヒメカは陽の傷の深さを推察し、ヒールよりもむしろ更なる攻撃を冷蔵庫へ仕掛ける。ヒメカが腕を振るうと、手甲に埋め込まれた竜の牙が風を斬って叫ぶ。その音に反応して間一髪、冷蔵庫は獰猛な貫手から逃れた。
 吐き出させた食材をせっせと集めていた夜子は、ヒメカに並び敵と格闘をはじめる。ダモクレスとしての機能が冷蔵庫の体を最適に動かし、彼女達に応戦させた。
「まったく、見た目に反して素早いものだね」
 敵と拳を交わらせるヒメカがつぶやくと、夜子も声なく頷いた。二人の、そして敵の動きを追うアンザは、
「それなら」
 と血の呪いの力を開放し、冷蔵庫を不可視の力で縛り上げる。見逃さず、ルエリラは手中で作った光の弓に雷の矢をつがえた。
「Ⅴ……フュンフ!」
 放たれた矢は天高くで轟き、千々に分かたれて降り注ぐ。ヒメカと夜子はすかさず後退したものの、寸前にいた地面には幾多もの矢が突き刺さる。
「わたしもっ……!」
 ルエリラの攻撃に合わせシェミアは羽をはばたかせ上空に飛び上がった。黒と白、二つの相反する色をもった羽がはばたくたび、光の残滓が降り注ぐ。光は冷蔵庫の体に触れるたび弾け、体内のダモクレスを浄化した。冷蔵庫が苦しそうにフタを開き、そのつど食材を吐き出す。遂に食材が尽きたその時、フタが開いた一瞬を狙い紗重が引き絞った弓の弦を放した。
 矢は一直線に飛び、寸分たがわずダモクレスの本体を討った。宝石形の本体は砕け散り、冷蔵庫も音を立てて崩れ落ちた。
「……いもにかい」
 それが最後の声であった。


 校庭にはダシと醤油の良い香りがたっていた。シェミアは夜子と共に実行係に混ざり調理をしていたが、出来上がる頃合いを見計らいケルベロス達を呼びに走る。
「そろそろ出来るよ」
 シェミアが声をかけると紗重はゴールポストから飛び降りて、ぐっと体をのばし鼻をうごめかす。
「いい匂いだ」
「みんな手慣れてたから美味しく出来たんじゃないかな」
「具材は?」
「えっと……里芋、舞茸、長ネギ、ゴボウ。あっ、あと鴨肉だったかな。鴨肉って珍しいよね」
「そうだな、芋の子汁には珍しい」
 紗重は脳裏に汁椀を浮かべると、うんうんと頷いて歩を早めた。

 夜子が食事の用意が出来たことを告げると、アンザは眼を輝かせて拳をつくる。
「やったぁ、ただ飯よ、陽チャン!」
「ただ飯って……いやそうですけど。あんま大きな声で言っちゃ駄目ですよ」
「私はただ飯じゃないですよ、しっかり料理を手伝いましたもん」
 夜子が胸を張る。ふんだんにフリルのついた洋服で隠しきれない双丘が震える。するとヒメカが腕を組み三人を顧みた、こちらもレザージャケットを突き破らんばかりである。
「それならボクもかな。丹念に飼育された米沢牛と松茸を送ったからね。今回の芋の子汁に入るのを期待しているよ」
「米沢牛!? 松茸!? 売ればいくらになるのかしらァ」
 算盤を弾きだしてしまったアンザをよそに、陽はそれらが入った芋の子汁を想像してみた。なんとも郷土料理の原形を留めない汁物が浮かぶ。
「それはそのまま食べた方が美味しいのでは……」
 お肉なら、少しは胸が……。陽は思い、気づく。周りの女性達は誰もが豊満な曲線の持ち主だった。比べて、引き締まってはいるものの、女性らしさを感じさせない自分の体を見下ろし、陽は落胆した。首をまっすぐ下にすれば、そのまま地面が見えた。

 ルエリラは悲しげに冷蔵庫の残骸を見下ろし校庭に立っていた。
「それがデウスエクスってやつなのか?」
 彼女に声をかけたのは中年の男だ。傍らには妙齢の女性と子供。ルエリラが声もなく頷くと、男はひでぇもんだと呟いた。
「ったく、だから俺はとっとと廃棄しろって言ってたんだ。それをリサイクル料が勿体ないってケチるからなぁ、このオンボロがデウスエクスだったと知ってりゃぁよ」
「ほんと、怖いわよね。学校の管理も問題があるんじゃないの」
 ルエリラはただ押し黙っていた。人々はデウスエクスを知らない、ケルベロスであっても説明できるものではない。被害は後を絶たないものの直接的な被害に会った人は少ない、人々からすれば、デウスエクスは大量殺人を起こす実体のない化け物といった印象だろう。
「僕もケルベロスだ!」
 子供が残骸を靴先で蹴った。すっとルエリラの顔から血の気が引く。私服に着替えた晴人はすかさず両者の間に入り、子供をひょいと抱え上げた。そのままにっこり笑顔をつくる。
「危ないよ、ボク。デウスエクスっていうのはすっごい長生きなんだ、変なことすると蘇っちゃうかもしれないからねぇ」
 そして父親の腕に子供を抱かせた。お二人も不用意に近寄らないでくださいね、と告げると、家族はすっかり尻込みになってその場を去った。
「芋煮会の準備、出来たよ」
 晴人が意味ありげな微笑を浮かべる。パイパーがそっとルエリラの肩に手を添えた。言葉なく頷いてその場を発とうとする三人だったが、そこへ食膳と大鍋を持ったケルベロス達が現れる。陽が鍋を掲げて晴人達に手を振った。
「せっかくですから鍋におすそ分けしてもらいました」
「へぇ、そいつは豪勢だねぇ」
「冷蔵庫にお別れもしたかったからな」
 言いつつ紗重が汁椀に芋の子汁をひと掬いし、残骸の前に置いた。不意にアンザが聖歌を口ずさむと、ヒメカも声をハーモニーにのせた。メロディーは余韻を残して消えてゆく。歌い終えるとアンザははにかんだ。
「アタシの自己満足だったとしても、無いよりはマシだと思わない?」
 ルエリラが慈しむような目を残骸に向けた。
「よかったね、あなたも立派な芋煮会の参加者として認めてもらえたみたいよ」
「さて」
 と場を仕切り直して、晴人が続けた。
「始めようか芋煮会の芋煮会を」
「シェミアと初めて鍋を囲んだ記念と」
 紗重がシェミアに微笑みかけながら言う。端正な顔に見とめられ、シェミアはつい少女らしく顔を染めた。うつむきがちに言葉を返す。
「アンザさんの初仕事成功記念にも」
「では」
「いただきまーす!」
 ケルベロス達の声と竜のひと鳴きは那須に吹く秋めいた風に運ばれていった。残骸がからりと音をたてた。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 5
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