花嫁の条件

作者:四季乃

●Accident
 ――ひなた先輩、お嫁さんにしたいランキングで堂々の一位だって!
 お昼休みに聞いた台詞が、頭の中で何度もリフレインする。
 生徒会役員のひなた先輩と言えば、いつも柔和な笑みを浮かべたお淑やかな女子生徒で、趣味が裁縫と料理という事もあってか理想のお嫁さんになれるとの評判があった。
「憧れているのね?」
 至近から呼びかけられた言葉に驚いて背後を振り返ると、教室の扉を後ろ手に閉めて微笑む一人の少女と目が合った。彼女はグラウンド側の窓から吹き込んでくる夕風に、たっぷりとした髪を遊ばせ利発そうな双眸を細めると、可愛らしく小首を傾げてみせる。
「あなた、何だか思いつめた顔をしているわ。そんな表情をしていると、身も心も疲れちゃう」
 どう? わたしに話してみない?
 コツリ、コツリ。歩を進める女学生の足音がやけに耳につく。
 躊躇ったのは一瞬だった。己の情けないところを見られた羞恥に、頬に集まる熱を逃がすのにいっぱいいっぱいになってしまったのだ。けれど、この胸の内にうずくまる気持ちを吐露したい衝動は確かにあった。
 だから――。
「ひなた先輩はね、理想のお嫁さんになれるって評判なの。後輩も、同級生も、先生だって皆言ってる。わたしはそんなひなた先輩が……理想なんだ」
 でも自分は手先が不器用だった。
 なぞって縫うだけの刺繍すらまともに出来なくて、今日あった家庭科の授業で縫った出来そこないのハンカチは、ポケットの奥底に握り潰している。多分それが、目に見えて突き付けられた理想と現実の最初のギャップだった。
「フフ。大丈夫よ、そんな顔しないで」
 ふんわりと笑う空気に、涙ぐんだ視線を持ち上げると、女学生がすぐ間近に居た。息をすれば触れてしまいそうなほど、近くに。
「簡単なことよ。――ひなた先輩から”理想”を奪っちゃえばいいんだから。ね?」
 そう言った女学生の右手に握られた鍵が、おのれの胸元に深く突き刺さる。
 衝撃に身を傾がせた女子生徒の身体から剥がれ落ちるように、一人のドリームイーターが現れた。腰まで伸びた真っ直ぐな黒髪、柔和さを描く唇の笑み。そして純白に染め上げられた制服は、まるで――。

「大変、バスに乗り遅れてしまうわ……皆今ごろお腹を空かせて待ってるわね」
 急ぎ足で北校舎三階の廊下を往くひなたは気付かなかった。己の背後からにじり寄る、その歪な影に。

●Caution
「日本各地の高校にドリームイーターが出現し始めたのはご存知ですか?」
 集まったケルベロスたちに問うたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の手には、一冊のパンフレットが握られてあった。ちらちらと視線がそちらに向いていることに気付いたネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)は、吐息を一つ。
「ドリームイーター達は、高校生が持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしているらしい。その事件現場がこの高校になるんだ」
 セリカの持つパンフレットをするりと引き抜き、見えやすいように掲げたネロの補足にセリカが小さく頷いた。
 何でも今回狙われたのは冴子という女子高生で『素敵な花嫁になる』という理想を持っていたらしいのだが、手先が不器用である現実を痛感し、そのギャップに苦しんでいたらしい。
「そこを、つけこまれた。全く、弱い心に付け入るなんざ始末に負えない」
「被害者の冴子さんから生み出されたドリームイーターは強力な力を持っていますが、この夢の源泉である『素敵な花嫁になる』という理想の自分への夢が弱まるような説得が出来れば、弱体化させることが可能になるんです」
 うまく弱体化させることが出来れば、戦闘も長引かず有利に進められるだろうが、『そのままの貴女が良い』と言った説得の内容によっては『ならば何もせずありのままの自分で居る』と言った、努力を怠る方向に意識してしまう可能性もあるため、救出後の事も吟味して行ってほしい。

 敵のドリームイーターは一体、ひなた先輩を真似たためか髪が伸びて、その表情もおっとりとしたものになっているが、目は笑っていないという歪さを湛えている。制服であるセーラー服はまるでウェディングドレスのように真っ白に染まっているという。
「ケルベロスが現れるとドリームイーターはそちらを優先して狙ってくる。件のひなた先輩とやらの救出は、そう難しくないだろう」
 場所は北校舎三階の廊下。
 時間帯は放課後、生徒会の仕事が終わって帰り支度を急いでいた所を襲われそうになっており、その階に他の生徒は残っていない。
「理想の自分――それは誰もが持っているものです。その大切な部分を利用するドリームイーターを野放しには出来ません」
「説得の加減が難しいだろうが……何ごとも練習あるのみ、だな。得意分野を見つけたらこっちのもんだって思ってもらえたらいいんだが」
 理想の自分を手に入れる達成感を、覚えて欲しいな。
 小さく口元に浮かべたネロの笑みに、セリカがやさしく瞳を細めている。そんな二人の様子に目配せをし合ったケルベロスたちは、決意を秘めて強く頷くことで応えてみせたのだった。


参加者
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
上月・紫緒(シングマイラブ・e01167)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
綿屋・雪(燠・e44511)

■リプレイ


 大きな窓から差し込む陽は淡い橙色で、東の果てにはもう宵がちらついていた。耳の下で一つに結んでいたシュシュをほどきながら、ひなたは急ぎ足で北校舎三階の廊下を走っている。
 ゆえにか彼女は気が付かなかった。おのれの背後からにじり寄る、その歪な影に。
「その襲撃ちょっと待ったー!! です」
 どこからか聞こえてきた声にひなたが歩みを止めて振り返ると、ビシィっと右手を突き出してストップをかけている赤い瞳の上月・紫緒(シングマイラブ・e01167)と目が合った。しかしおのれのすぐ背後に伸し掛かるように立ち尽くしていたのは、どろどろとした昏き闇に染まった瞳をした少女である。
「えっ……誰……?」
 現状を把握しきれていないひなたが小さく問うたとき、その少女――冴子はニタリと唇を三日月のように釣り上げて笑い、制服の下から覗くモザイクを巨大な口の形に変えて襲い掛かってきた。


 咄嗟に腕で顔を庇うように目を閉じたひなたは、すぐそばで人の熱を感じそろりと目を開けると、眼前に見知らぬ大きな男性の背中が在ることに気が付いた。彼――八崎・伶(放浪酒人・e06365)は頸だけで振り返ると、釣り目気味の赤茶の瞳をやわらかに細め「もう大丈夫だ」と笑っている。
 その隙に踏み込んできたヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)が流星の煌めきを帯び放つ飛び蹴りでドリームイーターと化した冴子を吹き飛ばして距離を作ると、駆け付けたネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)と八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)の二名が壁となるように間に入る。
「走れそうかい? 無理ならばネロたちが壁となろう」
「安心して家に帰るといい」
 ネロと伶に促され、助けられたことを悟ったひなたは、言葉もなくこくこくと頷くと、小鞠・景(冱てる霄・e15332)に見守られる中、ちいさな悲鳴を上げながらも何とか廊下を進んでいく。その背中を見つけ、冴子は右手からモザイクの一塊を飛ばしに掛かったのだが、そこへひなたを飛び越して着地した綿屋・雪(燠・e44511)が、両手を広げ全身で守るように庇い受けたのだ。
「なんで邪魔をするのっ?」
 ひなたが、もう手の届かない場所まで逃げていく。冴子は唇を噛み締めてケルベロスの包囲網を突破しようとしたのだが、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)のスターゲイザーが背面に命中したことによって食い止められてしまう。
 紫緒はひなたが何とか角を曲がって階段を下りていったのを見届けると、冴子の方を向き合った。
「アナタはひなたさんになりたいんですか?」
 その問いに、きょとんとした視線が寄越される。
「ひなた先輩は憧れなの……とても家庭的で性格まで良いんだから。そんな人になりたいと思うのは、そんなに悪いことなの? わたしは……わたしはひなた先輩みたいに素敵な花嫁になりたいの!」
「そうか、素敵な花嫁になりてェンだな。目標を持っつってのはいいコトだと思う」
 伶が穏やかに頷くと、怒りで上がっていた冴子の両肩がストンと落ちる。同意を示すことで、彼女のささくれ立った心が幾分か和らいだらしい。
「ただ少し考え方を変えたらどうだ。ひなた先輩だって家庭環境からスキルを磨いたんだぜ。”何の為”にそうしたいか考えてみろよ」
「目標は大切だが、それが目的になってしまうのはいただけない。今の君は先輩そのものになろうとしているように見える」
「だ、だって……それは……」
 紫々彦の言葉に、冴子は考え込んだ。


「家事が出来るのは良いことだと思うけど、お嫁さんとして重要なのはそこじゃないと思うんだ」
 カロンが言う。
「えっ……どうして? だって、家事が出来なくちゃおうちを守れないよ」
「お嫁さんってことは、将来的には好きな人が出来て結婚する訳でしょう? その人と生活する上で裁縫や料理だけで全てが上手くいくとは思えません」
「カロンの言うように、素敵な花嫁は一人でなるもんじゃないだろう? 相手が求める理想の花嫁像が先輩だとは限らない」
 時には明るく応援したり気遣ってあげたりするなど、大切なのは愛情だとカロンは思うのだ。紫々彦も、相手の理想に答えてこその素敵な花嫁だと思うときっぱりと言ってしまう。
「まずは明るく振る舞ったり、他人に優しく接したりするのはどうでしょうか。それだけでも貴方は変われると思うんだ」
 優しげなカロンの言葉に、冴子はたじろいだ。
「そう花嫁になるには相手がいるんです。冴子さんが選んだ、恋をした相手によって理想となる花嫁の姿って変わると思うんです」
 ぐ、と両手で拳を作った紫緒が力説する。
 紫緒とてこの四月に結婚したばかりの花嫁だった。
「旦那さまも素敵でカッコいいし、もう幸せいっぱいなんです」
「リ、リア充死すべし!!」
 グワッと冴子のモザイクが大口を開けて紫緒を喰らい付こうとするが、今しがた受けたカロンの”他人に優しく接したりする”というフレーズを思い出してハッ、と口を抑える。見る見る内に勢いを失っていく冴子のモザイクを見て「お?」と頸を傾げたネロは、ふむと一つ頷くと一歩前に出た。
「個性あるありのままの自分を、理想という形に均してしまう事はないさ」
 理想の花嫁だなんてものは目標程度に留めくのがちょうどいい。
「君の好きな事は、得意な事はなんだい、お嬢さん」
「好きな、事……わたし、わたしは……」
 冴子はぼんやりとした瞳で廊下の天井を見上げている。指折り数えているのはバレーボールやテニス、キャンプにスキーと言ったアウトドアのものばかりだった。なるほどひなた先輩とはまるで真逆の趣味だった。ゆえにか家庭科関連のものは、どうにも距離感が難しかったのだろう。
「好きな事を、得意な事を磨いて光らせて、それを素敵だと褒めてくれる様な相手をお探しよ。いつかその人の為だけの素敵な花嫁さんになれる様に」
「居るのかな……こんなわたしを素敵だなんて思ってくれる人。だって、ひなた先輩は校内のお嫁さんにしたいランキング一位で、男子は皆ひなた先輩みたいな人が好きなのよ。そうじゃなきゃ……」
 ぐにゃり、冴子の貌が歪んでいく。
 どろどろとした変質を見せるモザイクは、彼女の奥底に眠る冴子自身の心が揺れ動いているかのように見えた。
「今の冴子さんが思う理想はひなたさんなのかもしれない。でもこれから恋する相手からみたらそれは違うのかもしれない……焦って理想を求めなくてもいいんです。恋をして相手に認められたいって努力して、それで素敵な花嫁になっていくんですから」
 後押しする紫緒の言葉が耳に痛い。
 わたしは何を見ていたのだろうか。何が見えなかったのだろうか。何が正しいのだろう。ぐるぐるぐるぐる、頭の中がかき回されるように気持ち悪くて、たまらない。
「誰かへの憧れは、多くの人が持つものですが――憧れのその人の強さ、良い所ばかりを見続けていると、自分の悪いところ、弱さだけが気になって自分自身の良い所を、見失うことになってしまいます」
 憚るようにかけられた景の言葉は酷く落ち着いていた。嫌味なくするりと染み渡るように、言葉が胸を突く。やわらかな物腰が彼女の性根を表すかのようで、それはドリームイーターと化した冴子にすら伝わっている。
「人と人を比べるのはあまり良いことではありませんが、ひなたさんが冴子さんに持っていないものがあるとの同様、冴子さんにもひなたさんが持っていないものが、あるはずです」
「ひなた先輩が持っていない……わたしが持ってるもの? なんだろう……そんなもの、本当にあるのかな」
「理想は、たいせつです。でも、そこにじぶんがいないのは、さみしいことです。ひなた様に成り代わったら、花婿は冴子様を見つけてはくれません」
 バケツヘルムを被った雪が、ぐわんぐわんと揺らしながら冴子に歩み寄る。雪はまだちいさくて幼い割にはしっかりとした口調、大人びた様子で的確に物事を見抜いていた。
「不器用な自分が許せないなら、許せるまで努力をするのが、道理です。理想だけを手に入れて、冴子様は笑えるのでしょうか。――花嫁様は、わらっていなくては、いけないのです」
 そうでしょう? と重たい頭を傾げると、冴子は言葉を噤んだ。
 ――自分はどんな顔をしていたのだろうか。ひなた先輩を見るわたしの顔は、どんな顔をしていたのだろう。どんなに、醜かったのだろう。
「憧れなんてもんは生きてるヤツに向けるもんじゃねぇヨ。どんな人生だって終りを迎えるまでは未完成なんだからナ」
 縋るように視線を持ち上げた冴子の正視にヴェルセアは青い瞳を細くする。
「だがテメェの短い一生はここまでダ。覚悟しナ、夢喰イ」
 転じて、場の空気がガラリと変わる。
「君の良い所を見出して傍にいる事を望んでくれる、そんな人が君にもきっといつかの未来で見つかるから――だから帰っておいで、自分らしい花嫁に、いつかなる為に」
 ネロのやさしげな言葉が頭の中を反響する。
 内側から何かが蹴破ってこようとする痛みに呻き声を上げる冴子は、その苦しみを開放するかのようにモザイクを撃ち出した。それはどこか危うげに飛来すると至近に居た伶の肩口に喰らい付き、肉を引き千切るように引いたのだ。
 だがその一撃はケルベロスたる彼にしてみれば、通常のドリームイーターが寄越すものにしては随分と弱いものであった。説得が効いていることを膚で感じた伶は同列に居る前衛たちへヒールドローンを放つと、ボクスドラゴンの焔にはタックルの攻撃を指示。
 ちいさき封印箱がくるくる回転して冴子の額をごちんと叩けば、目をちかちかさせている彼女へと紫々彦の縛霊撃が追撃する。殴打と共に放出された網状の霊力が躯体を絡め取ると、彼女はじたばたともがいて逃れようとする、そこへミミックのフォーマルハウトがカパッと口を開けて身の内に溜めこんだ財宝をぶちまけた。
 きらきらしい光のそれらに、冴子も女子らしく目を輝かせてワッと浮足立つ。が、それは偽物の財宝、惑わされている隙をまんまと突かれ、ネロと紫緒に挟み撃ちにされた冴子は、一瞬にして顔を青褪める。
「――きれいで可愛らしい夢を、そんな風に歪めてはいけない。悪夢はネロ達が打ち砕こう」
「今の私はいつかの『私』。愛と死を紡ぐ『狂気の翼』」
 敵の存在そのものを捻り潰すが如く、捩じ切る様に発動する”仔羊は贄”――躯体を穿つ痛みにカッと見開かれた瞳に映るは、黒い翼を鋭い刃とする紫緒の姿。行き過ぎた愛着で狂気の深淵を覗き込んでしまった、あり得たかもしれない自分自身。紫緒にもそのような過去があったのだと、言外に匂わせる一撃に、冴子は膝を突く。
 それでも何とか、ドリームイーターとしての己が抵抗を見せていた。大口を開け、欲望のままに喰らい、それら知識を喰らい、彼女らの夢を喰らう。
「ああ、だめだよ……”こんなわたし”が素敵な花嫁なんて」
 とてもじゃないけれど、成れないわ。
 ほろりと、その眦から大粒の涙が零れ落ちた。涙珠は頬を滑り、頤を伝って床にシミを作っていく。景はその憐れな姿を目の当たりにして、けれど微動だにせず淡々とした動作でスターサンクチュアリの守護を前衛へと与えていた。その凜とした横顔は、決して、感情的にならないように、おのれを抑えている。
 苦しげに戦う冴子に向かい、ぽんと飛び上がった雪は、グラインドファイアでその細い躯体へ突き進む。赤き炎に巻かれた冴子は顔を押さえ喚き散らしていたが、長く伸ばした髪が見る間に焼け落ちていくのを見て、グッと唇を噛み締める。けれど、だからと言って嘆きは無かった。
 ――その視線の意味が、分かる気がした。
「悪いのは主犯のドリームイーター、そいつだけさ」
 すぐさまカロンは掌からドラゴンの幻影を放ち、冴子へとドラゴニックミラージュを浴びせにかかると、前衛の影になる立ち位置に潜んでいたヴェルセアがスターゲイザーで背面に飛び掛かる。
 アッ、と冴子の口から間の抜けた声が漏れた。
 カクン、と力を失った両膝が折れて、リノリウムの床に膝をついてしまったのだ。
 咄嗟に顔を見上げたドリームイーター冴子であったが――。
「ひぃぃぃぃ!」
 おのれに迫るクラッシャーたちの止めというなのおしおきを受けて、倒れることとなったのだった。


 元の姿に戻った冴子は、暫くたまげたようにぽかんとしていた。
「理想の花嫁になるんじゃなク、理想の花婿が寄ってくるようにしたほうが人生楽になると思わないカ?」
 その眼前にしゃがみこんだヴェルセアは、肘の上に頬杖を突いてからから笑う。
「努力も方向性サ。特に女ってのは化けるもんだゼ、文字通りナ。男を振り回すような女になれヨ」
「男を振り回す女、かぁ……想像したこと、なかったや」
 毒気を抜かれたように、それはどこかすっきりとした笑みだった。
 そんな冴子の手を引いてやり、やさしく立ち上がらせた伶は、もう校舎には居ないだろうあの線が細そうな――けれど苦労を知っている横顔を思い出していた。
「ひなた先輩にあこがれるんなら、彼女ともう少し話をしてみるのもいいんじゃねェか?」
 その問いに頷いたのは紫々彦である。
「確かに。彼女だってはじめから出来たわけじゃないだろう。話を聞いてみたらどうだ、手先の器用さはどうして育てられたのかを」
 あまり感情を感じられない冷静とした態度であったけれど、それは決して冷たくはなかった。紫々彦の言葉に少しまごついた様子の冴子に頸を傾げると、冴子はぽつりと言う。
「でも、もし……気付いたら出来てたーとか、大して何もしてないって言われたら……凹む」
 天才と凡人の差を見せつけられるのが怖いのだろう。冴子は――いや、恐らくこの校内の生徒たちはひなたの事を美化しすぎているきらいがあるのだ。彼女は知るのが怖いのだ。
「理想と現実にちがいがあっても、近くあろうとすることは、できるのです……一足飛びに理想だけを手に入れるのは、ずるですから」
 ――胸を張って花嫁衣装を着られるように、冴子様だから叶えられる理想に向かってほしいのです。雪の懸命な言葉に、じんわりと胸が温かくなってくる。
「うん、うん……そうだね」
 そう、教えてもらったばかりだものね。噛んで含めるように冴子は笑う。
「一人では花嫁になれないし、変な言い方ですけど恋し愛されるような関係ならどんな姿でも素敵な花嫁になれるんですよ。だから憧れるだけじゃなくて、素敵な花嫁になるためにいっぱいいっぱい恋しましょう♪」
「うわぁ……説得力あるぅ。さすが新婚」
 紫緒の言葉に熱い熱いと頬を仰ぐ。ちいさな笑いがひとつ、ふたつ。ネロは傍らに立つ景とヴェルセアと目配せをし合うと、互いの肩に触れ労いの言葉を交わして笑いあう。
 願わくばこのうら若き乙女が、素敵な花嫁になれますように。

作者:四季乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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