それはあまくてシットリで

作者:ハッピーエンド

●そのパティシエ、甘柳凛護
「言え! この世で最もス・ウィ~トな食べ物とはなんだ!!」
「「「「「アップルパイ!」」」」」
「この世で最も俺たちの舌を愛・ラブ・ユーと叫ばせる食べ物はなんだ!!」
「「「「「アップルパイ!!」」」」」
「ふっ……正解だ!!」
「「「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」」」
 ビルシャナではない。パティシエである。
 お高そうなホテルの大ホールで、筋骨隆々としたイケメンが、その頭を神々しく輝かせながら、これまた黄金に輝くアップルパイを踊る様にホールの中央へと運んでいく。
「名付けて、アルティメット・デリーシャス・グレイト・ビックバン『封凜香残』!!!」
 クルクルクルクル! スチャッ!
 高々と振り上げられる白銀のナイフ。
「聴け! 神の声をッ!!」
 ザクゥッ!
 ……トロォ。
「「「「「お、おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
 黄金にキラキラ輝く網の目状のパイが、トロリとした中身を見せつける。同時に柔らかな湯気がフワっと上がり。
 ザクザクと熟練の手つきによって食べやすいサイズへと切り分けられていく。
 最後の一刀が入れ終えられ、
 ツルピカのイケメンは、ナイフを指揮棒の様に掲げた。
 ハラリ。涙の滴が零れ落つ。
「喜んでいる。林檎が。嬉しい。こんなに嬉しいことは無い。そう、俺の名前は凛護だから」
「「「「「うおおおおおおおおおお! 凛護!! 凛護!! 凛護!!」」」」」
 ホテルのホールは数万人規模のコンサート会場もかくやという熱気に包まれていった。
 しかし無粋な来訪者は、いつも盛り上がりの頂点で邪魔をする。
 ガシャッ!! ドグォンッ!!
 それはドクロの影。ガラスを結晶のようにまき散らし、轟音と共に飛来する。パチパチと、殺意と悪意を剣に光らせ――、
「……見ツケタゾ。グラビティチェイン」
 不気味に甲高く、ピエロのような声をホールに響かせる。
 場内の空気は一変す。
 女の悲鳴が上がり、嵐のような混乱が瞬く間に人々を呑み込んだ。しかしその瞬間――、
「俺の!! ス・ウィィィィィィィィツがあああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!」
 耳をつんざく大絶叫。すべての声を吹き飛ばす程の轟音。
 あまりのボリュームに、客たちの視線も、襲撃者の視線も、すべての視線は清潔感漂うパティシエへと集結する。
 シュッ!
 刹那、白銀が閃いた。それはナイフ。襲撃者の頭に突き刺さる。ダメージは無いが、襲撃者の視線をそこへと縫い付ける。
「お客様!! 走れ!! 早くしろ!!!」
 ひときわ取り乱したように見せたその男は、しかしこの場で最も冷静だった。
 恐怖を驚きにリセットされた客は、ハッと意識を取り戻し。命を求めて一心不乱に出口目指して脱兎する。
「貴様ハ逃ゲヌノカ?」
「俺は客を母様だと思うことにしている! 母親を見捨てて逃げる子供……嫌いだね! クールじゃねぇだろ!?」
 宙を舞う『封凜香残』。そして苦心して作られたスウィーツの数々。異形に向かい降り注ぐ。全ては時間を稼ぐため。
「面白イヤツ! 命ガ惜シクナイヨウダナ!」
「惜しいわな! けどな、理解者を失うってぇのも――」
 凛護は陸上選手もかくやという勢いで敵の眼前を走り抜け、
 跳び込み、勢いよく掴み取る赤い物体。それは消火器。一瞬でピンを跳ね上げ、
「――俺は惜しくてしゃーねーわ!」
 ジェットの白煙がゴウとドクロを包みこむ。消火器はそのまま宙を舞い。凛護は反対方向へと消えていく。だが――、
「行ッタゾ!」
 ビュッ!
 斬撃は正面から。
「俺の……腕が……ッ」
「良イ顔ヲスル」
 襲撃者は弄んでいた。命を。誇りを。
 最後に焼きついた光景は、嗤うドクロ。
「貴様ノ絶望。甘ク、蕩ケルヨウダッタゾ」
 そして命が飛び散った。

●救う
「甘味。それは生命の根源。甘味。それは最もシンプルな生への報酬。傷ついた心を癒し、疲れた身体を解きほぐす大自然よりの霊薬。
 パティシエ。それは人類の救護者です。甘味を磨き、研ぎ澄まし。友へと捧げる会心の一皿。どれほどの者がその一皿に心を救われてきたことか。彼らを失うことは、特効薬を失うことと同義と言えるでしょう!」
 金色のオラトリオ。アモーレ・ラブクラフト(深遠なる愛のヘリオライダー・en0261)はブワサァッ! と翼をはためかせ、力強く拳を握りしめた。
「まったくもってその通りです。あの奇跡の腕から創り出される数々の芸術を思えば、彼らは人類の最終決戦兵器ぐらい大切な存在でしょう。なにがなんでも護る必要が有ると思います。ですが安心してください。必ず私たちが助け出しますので。私の普段の行いが非常に良いので、きっとすべてうまくいきます」
 灰色のウェアライダー、京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)は、飄々とした紫の瞳でアモーレを真正面からジッと見つめた。
 強い瞳と、飄々とした瞳。だがその奥底には同じ想いが熱を持っている。
 アモーレはその想いを受け取ると、軽く微笑んだ後、頷いた。
 そしてモニターに赤い光を照射する。
「襲撃者は竜牙兵が4体。襲撃地はここ、ホテル『パーフェクト・スウィーツ・パラダイス』です。秋のスウィーツフェスタ最終日で、300人ほどの客と関係者で溢れかえっております。避難誘導はこちらで手配いたしましたが、残念ながら1名、予知の都合からその身を危険にさらされる人物がおります」
「『恒星の凛護』さんだね」
 声はグリーンティーと共にやって来た。緑のエルフ。ハニー・ホットミルク(縁の下の食いしん坊・en0253)。
「この間、甘味王選手権で優勝していた『恒星の凛護』さん。ボク、今度食べに行こうと思ってオフの調整をしていた人だよ」
 食いしん坊は、ハラハラとぎこちなくケルベロス達へとお茶を運ぶ。が、
「そう深刻な顔をする必要はありませんよ。幸い、氏の救助難易度はそう高くないのです」
 アモーレは優しく顔を向けた。
「氏が必死に抵抗した証。その白煙が、砂漠の霧のように彼の命を救うこととなるのです。我らは煙に紛れて氏の身柄を確保することも可能ですし、敵に不意打ちを加えることも可能なのです」
 安堵の空気が会議室を包み込んだ。
「なぜ『恒星』なのか一瞬思いを馳せましたが、聡明な私にはピンと来てしまったのであえて聞くのは止めておきます」
 自然、夕雨の口にも軽口が上って来る。
 ハニーが『?』のジェスチャーをし、夕雨は頭をゆび指し答えとした。
「竜牙兵個々の特徴は配布資料をご覧ください。決して侮ることの出来ない相手ですが、皆様でしたらこの困難も必ず切り抜けることでしょう」

 ケルベロス達は資料に目を通すと、それぞれ力強く頷き合い、
「それでは」
「行きましょう/行こう!」
 高まる想いを武器に乗せ、それぞれの獲物を重ね合う。その瞳には、命の続きが映っていた。
「最後に一つ。氏の性格を考えるに、救助された後はあなた方にスウィーツを振舞いたがることでしょう」
「と、いうことは」
「事件を解決したのちは、存分に楽しんで来て下さい」
 自然、ケルベロス達の武器を持つ腕に、更に力が加わるのだった。


参加者
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
葛城・かごめ(幸せの理由・e26055)
アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)
シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)
セーブ・サパナ(楽園追放・e62374)

■リプレイ

●死へ向かう男
 俺は死というものが怖かった。
 死んだらどうなるのか。次のステージに行く。本当に? ただ、なにも無いんじゃないか。考えれば考えるほどに恐ろしく。俺はソレを考えることを止めた。
 こんなことになって、今、痛烈に思い出す。正に今、俺は死に向かっている。
 あの時、目に入ったんだ。榊のじじいが我を忘れて。佐藤女史がパニックを起こして。
 ――ああ、死ぬな。
 そう思った。
 よぎった。あの笑顔が。俺のスウィーツを喜んでくれているあの笑顔が。
 死んだ母の笑顔と重なった。
 ――死なせる訳にはいかない。
 思ったら、もう叫んでいた。後悔は無い。ただ、
 俺は未だ生きたかった。
 今、目の前で化け物が剣を振りかぶっている。
 死んだらどうなるんだろう。
 俺の存在はどうなるんだろう。
 怖い。
 俺は怖い。
 死んだ後の光景は? そこには何がある? 何かある?
 死にたくない。
 死にたくない。
 神様。
 どうか。
 ――……彼らが、死から逃れられますように。

 ガッ!!

 衝撃は横から来た。
 心臓がぶっ飛んだ。胴からぶった斬られたようで。それでもまだ意識は――、
「母子を護りに、大黒柱が華麗に登場です」
 それは女の声。
 護る? 今、護るって言ったのか……?
 見えたのは白煙の中に輝く炎。左目から燃え盛る。灰髪をなびかせ(京極・夕雨(時雨れ狼・e00440))。
 嘘……だろ……?
 おい……これは……。
 あぁ……マジなのか……!?
 ケルベロスだ……。ケルベロスだ!!!!!
 心臓は早鐘を撃つ。脳が沸騰しそうだ。震える。痙攣するくらいに。
 ガッ!!
 煙の中で、一番デカいドクロが吹っ飛んだ。チラと見える。やったのは、澄んだ瞳の赤毛の男(鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512))。
 ゴウッ!
 目の前で紅蓮が爆ぜた。堪らずドクロが煙に跳び退く。やったのは藍色の髪の綺麗な女(アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548))。
「邪魔ガ入ッタカ……」
 ドクロはむくり起き上がる。なんだこの迫力。寒気がしやがる。大気がそこに集中し――、
「飛龍! 登龍衝!!」
 ゴウッッ!!!
 とんでもねぇ爆風。竜巻が、煙も食器も何人かのケルベロスも吹き飛ばした。
 霧が晴れた。目の前には護身刀を握りしめた黒髪の男(筐・恭志郎(白鞘・e19690))。俺を護る様に、クロスガードで踏ん張って。
「彼には触れさせません! ジャジャジャジャ~ンにはスイーツの価値も、凛護さんのイケメンっぷりも理解出来ないかもしれませんけどね!」
 一気にドクロの視線が集まった。挑発。ドクロが一斉に動き出す。
 同時に俺の身体が宙に浮く。灰髪の女。静かに走り出す。誰かに目配せをして。
 目線の先。相手が笑う。うっすらと。
「ジャンジャカカルテットの皆さん、余所見はご遠慮いただきましょうか!」
 また挑発。竜の様な砲弾がドクロを吹っ飛ばす。橙の大人しそうな女(レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931))。あんな細腕で、どでかいハンマーを振り抜いた。
 頭に血の登ったドクロどもは、地団太を踏む。
 ――違う!
 衝撃に何人かのケルベロスが跳ね上げられた。それを残りの2体が空中で烈風の様に斬り刻み、
 だが同時にその傷が、瞬く間にふさがり出した。
 今度は誰だ? 見つけた。あの女。黒髪の大和撫子(葛城・かごめ(幸せの理由・e26055))。ピリピリした空気を仲間に纏わせている。
 瞬間。デカいドクロが金色のオーラを纏って跳んできた。まるで弾丸。ホールの床を踏み砕き。
 ――殺られる。
 目の前で衝撃。スーツの女が跳び込んだ(シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157))。攻撃をヌンチャクで叩き落し、軽やかに回転しながら首筋に一撃。
「絶望をお好みなら我々から奪って御覧なさい。それこそアップルパイより甘いでしょう」
 赤いザマス眼鏡をクイと一上げ。俺には分かる。あれは美女だ。
 金のドクロは、なおも壁を踏む込み一足に。
 赤いフードの女が天空から踏み潰した(セーブ・サパナ(楽園追放・e62374))。
「こんなに守らなきゃいけないって思った人は初めてかも! だって、あたしも林檎だから!(名前の意味が)」
 なんてこった……。ケルベロスの中に、林檎の精が混じってやがった!

 ついにドクロは追撃を止めた。戦場が遠ざかる。
 視線の先。目まぐるしく動く。敵も味方も無駄な動きが一切無い。
 冷たい汗が伝う。これがプロ。こいつらが来てくれなかったら、
 ――俺が助かる確率なんて1%もありゃしなかった。

●牙
 縦横無尽に戦場を駆ける竜牙と番犬。
 戦いの激しさは、倒壊と燃え盛る炎が表していた。
 だが、
 総勢17人と4体。戦況は圧倒的ケルベロス優位。
 竜牙の心は既に折れ。
 ただ一人。
 金色の竜牙が咆哮を上げる。
 死を確信しながらも、更に闘志を燃やす者。
 番犬は確信す。この竜牙。ジャキさえ倒せば全ては決す。
「竜牙迅雷!!」
 疾風。竜牙の踏み込み。稲妻を纏った怒涛の連撃。恭志郎の華奢な身体が宙に浮く。
 霞み行く意識。恭志郎の頭を過ったのは凛護の姿。彼は昔の自分にどこか似ていた。
 ――彼の未来を護らなければ。
 シャッ。
 護身刀を抜刀。想いが敵を爆炎で包む。堪らずジャキは身体を引いた。
 崩れ落ちる恭志郎の身体を抱き止める影。
 それはかごめの残霊。優しくその傷を癒す。
 二人の視線が交差した。互いに読み取ったのは信頼。
 ジャキの敵意がかごめに向いた。壁を蹴り、金色の巨躯がかごめに迫る。
 同時に、かごめの陰から敵を迎え撃つ銀のエルフ(ヴィルフレッド)。銀のサキュバス(ナザク)。
 ジャキは堪らず距離を取る。床に散らばったパイがひしゃげた。
 その光景に、林檎の精は怒りを覚える。
「あんたら全員、重罪、極刑、アップルパイの仇! お菓子の材料にもならないっての!」
 業火がジャキをボイルする。苦悶の表情。しかしジャキはセーブの首元に手を伸ばし、
「離れた方が身のためですよ」
 炎の時雨が降り乱れた。
 ジャキは退く。だが炎から跳び出た影が逃さない。それは夕雨のモフモフな愛犬(えだまめ)と、シトリンの瞳を持つ犬猿の友(ユタカ)。
 苛立つジャキに夕雨が冷笑を浴びす。
 ジャキの怒りが沸騰した。
「犬ガ!! 殺シツクシテヤル! アノ命知ラズノ料理人モダ! 嬲リ殺シニシテヤル!!」
 だがその言葉は番犬の胸に火をくべた。
 レカの弓がキリキリと限界まで音を張る。
 凛護さん。なんて強い意志を持つ人だろう。そう思っていた。でも、目の前で見た彼は確かに怯えていて。
 ――振り絞っていたのですね……。
「必ずお護り致します!」
 想いは氷の矢となって空を裂く。畳み込むように友も続く。銀のエルフ(アイカ)。茶色の狸猫(ぽんず)。茶のウェアライダー(ヒノト)。炎の鼠(アカ)。
 ジャキは既に満身創痍。だが彼を包む光はなお強く。
 咆哮。力を腕に集束させる。
「邪魔しちゃうよ。ごめんね。ごめんね」
 妖艶に躍り出たのはアイリス。
「ジャン!!」
 雷のような怒声にジャンが思わず跳びこんだ。
 凍てつく手刀が彼を凍り付かせ、
 アイリスはチラと友を振り返る。
 その女性は眼鏡をクイと上げ、
「おどきなさい!!」
 痛烈な蹴り足でジャンの身体を壁へと斬り跳ばした。
「さぁ、竜の尖兵に無慈悲な解雇通告を!」
 がら空きになったジャキへの道。正義の青年が真摯な瞳で敵を見つめた。
「沢山の人を喜ばせるお菓子を作り出す人の、命も腕も失わせる訳にはいかない!」
 郁の体内を膨大な力が駆け巡る。現れたのは烈火に燃える紅蓮の大斧。
 ――燃えろ! もっと燃えろ!!
 咆哮。
 受け流そうとジャキが構え、
 郁の友が、そのガードを弾くべく跳び出した。漆黒のドラゴニアン(アベル)。紫のサキュバス(丁)。テレビウム(お供)。
 今、断罪の時。
 豪烈な威力の爆炎が、ドクロに叩きつけられる。

 終わった。誰もが確信する。
 だが、炎の中から眩い光。
「ソレデモ俺ハ――」
 竜牙の戦士は命を燃やし、
「牙トナル!!!!!」
 光は恒星の様に世界を眩く包み込んだ。
 そして――、
 次の瞬間、そこには何もいなかった。遺ったのは、ただ残光のみ。

 後の戦いは語るまい。この瞬間。全ての勝負はついたのだから。

●宴
 ヒールが完了し、凛護は深々とお礼を述べると厨房に入って行った。
 番犬達は、広々としたVIPホールでワイワイ楽しそうに何を注文するか相談を始める。
 ホールには優雅なBGMも流れており(水上の音楽:ヘンデル)空気はとてもリラックス。
 注文が決まった後はそれぞれ踊ったり、談笑に花を咲かせたり、思い思いに楽しい時を過ごした。

 そして、その時はきた。
 フッ。
 照明が落ち。
「開幕! 凛護のスウィーツパラダイス!」
 パッ。
 スポットライトに照らされ、光り輝く男がステップを踏みながらクルクル現れる。
 BGMも勇壮なものに切り替わり(威風堂々:エルガー)その手には美味しそうなスウィーツが。
 同時に光り輝くスタッフが一斉に、
「「「「スウィーツパラダイス!」」」」
 タタッタタンッ!
 タップを踏みながら番犬の目の前で踊り出す。
 次々リズミカルに置かれていくパイ。タルト。ケーキ。ムース。プリン。ティーセット。
 輝く男たちは仕事を終えると、勇壮に一糸乱れぬ行進で去っていった。
 パッと照明が、スウィーツ達を映し出す。
「召し上がれ」
 番犬達はドキドキと、思い思いのスウィーツに手を伸ばし――、
 パクッ!
「!!!!!」
 稲妻が落ちた。

 ――封凛香残。
 林檎の風味が吹き抜ける。とろ~り蜜の甘みが駆け巡り、サクサクのパイが程よいしょっぱさ黄金比率。

 ――葡萄のムース。
 マスカットがシュンと身体に溶け込んだ。舌に乗せたそれはまるで粉雪。葡萄の風味が駆け巡る。

 ――洋梨のタルト。
 梨の香りが爆発した。この香りの良さはラフランス。サクサクほろりのタルト生地が口の中で絡み合い。

「あー、もう……至福の極み……これって運命の出会いだよね……」
 セーブがパイを片手に、この世の幸せを全て独り占めにしたような顔でウットリ。うー! とフードを目深に。
「んー! 美味しい、すごーく美味しい!」
 葡萄をペロリとアイリスも、藍の長髪をポップに揺らし、ほっぺに手を当て思わず踊り出しそうな勢い。
「アイリス、もう少し静かに頂いたらどうです」
 シデルお姉さんはクールに眼鏡をクイと上げる。だがムースを舐め取る口の端は、思わず少し緩んでいたり。
「だってこんな愛情いっぱいの美味しいケーキだよ? こっちも目一杯美味しい! って声に出して喜ばないと!」
 この想い、シェフへ届け! ううーんと天に手を広げれば、凛護もニッコリ。深々とお辞儀をした。うわーい眩しい。
「……ふむ、確かに。これは愛が無ければ成せぬ味ですね」
 片手で光を遮りながら、葡萄を口に運ぶシデルの表情も心なしか柔らか。
「このお茶とのコンボがまた、格別だよねぇ」
 ハニーも紅茶をクピリと夢心地。みんなで一緒に紅茶を傾け、
 ホッ。と一息。
「そっちも美味そうだな」
 ムースを楽しんでいたヒノトが、フードをゴソゴソやってくる。中で誰かがキュイと鳴く。
「食べなきゃ人生損するよ!」
 グイと身を乗り出すセーブに、思わず皆でうんうんと。
「どれどれ……。!? う、美味っ!」
「だよね! ちょっと一瞬感動で言葉失う感じ!」
 5人は思わず破顔する。美味しいものをみんなで囲うことの、なんと楽しいことなのか。

「凛護さんのアップルパイ、最高です……。これが封凜香残……っ」
 恭志郎も、ほっぺに手を当てふわーっとなっている。
 しかし、そんな兄貴分を横目に、縒はうーん、と眉をハの字に下げていた。
 食べたい! とっても食べたい! でも……、
 凛護の護衛に戦場を離れていた彼女は、自分に食べる資格は無いと思い込んでいた。
 耳尻尾がへたりと垂れる。
 兄の瞳がキラリと光った。
 封凜香残を口にそいや!
「みぎゃ!?」
 もむもむもむ。
「どうです?」
「うん! とっても美味しい!!」
 耳尻尾がピーン!
 兄は優しくフフと笑った。
「縒さんは、しっかり活躍していたので大丈夫ですよ」
「恭ちゃーん!」
 ビバ、兄妹愛。

「二人のオススメ、是非聞きたいわね」
 紅茶を傾ける丁の一言に、二人のイケメンは食べる手を止めた。
「……お気に入り、か」
 アベルがアゴに指を当て、
「葡萄のムースが珍しかったな。おっと悪い。作る方の思考だった」
 フフッと笑い、もう一度考えるように目線を下へ。
「でもお気に入りはやっぱソレ」
 そんなアベルを見て郁は嬉しそうに、
「作る人目線なのがアベルさんらしいなって……。俺はそうだな……」
 こちらもアゴに指を当て、今食べていたサツマイモのプリンを足元のお供にお裾分けしながら。
 いやいやうーんと頭をひねり、
「一番はアップルパイかな」
 サクッ。
 んー! 美味しそうに目を細めながら、切り分けたパイをハイと出す。
 丁はそれをニッコリ受け取り、
「この仲間との時間が、あたしには一番の贅沢だわ」
 なぁんてね! 破顔する。
「皆でシェアするのって楽しいし、ほんとに贅沢な気分だ」
 郁も照れたように会心の笑み。
 アベルもクールに笑い、二人の足元ではお供がギューっと抱きつくのだった。

 こちらでは4人の女子が美味しい悲鳴を上げている。
「ふおおお……サクサクなタルトも洋ナシも絶妙な甘さで凄く美味しいです!」
「……! このアップルパイ、並々ならぬこだわりを感じるお味だわ……! おいしいです!」
「洋梨のタルトもお洒落なムースも美味しいですよ!」
「疲れた体に、甘いスウィーツは最高でござー!」
 夕雨、レカ、アイカ、ユタカ。仲良しチームはシンクロしたようにホゥと首を傾げていた。
 あまりの美味しさに、えだまめ氏とぽんず氏まで思わずウットリ首を傾げている。
「お菓子とは不思議なもので、作った方の個性が出ているように思えるのですよね。素材の味が引き立っています……!」
「そんなにも!? これはぜひ私も……」
 夕雨はアップルパイをサクッ。
「!? 光り輝いています!」
「でしょう!」
 個性が100%光っていた。
「これは追加オーダーなどいかがでしょうか!」
「では贅沢に、果物が一番たっぷり使われたものを頼んでみましょうか!」
「凛護殿ー! 注文お願いするでござー!」
「フッ。求めているんだな。この俺を」
 光の輝きで料理人はムーンウォークしながら現れた。
 注文を取ると、踊る様に厨房へと去っていく。
「出てくるスウィーツを想像するだけで、笑顔が止まりません!」
 えだまめ氏とぽんず氏も期待のあまり、ハッハとほふく前進を始めていた!

 そんな、皆が楽しそうに笑う中、かごめは目を瞑っていた。
 最高のアップルパイ。何度思い出しても思わず頬が緩んでしまう程最高の。しかし、
 ――もう無い。
 目を開けたら他の人が食べている色々なスイーツが目に入る。目に毒だ。あぁ、もっとゆっくり食べるべきだった。ああ、本当に美味しかったなぁ……。
 かごめは知らなかった。1人一個というルールなど無いことを。
「かごめもどうだ?」
 聞き慣れた声にパチッと目を開けると、そこにはウェイターよろしく柿のチーズケーキを手にしたナザク。
「え?」
「いや、食べないのか? この機会、逃すのは損だと思うが」
 かごめは暫しポカーンと周りを見つめ、
「いいの? 1人一個じゃ?」
 今度はナザクがポカーン。
 そこに銀髪の少年エルフがやってきた。手に、肩に、頭に、皿を乗せまくり。
「僕の掴んだ情報によると、みんな好きなだけ注文しているようだよ」
 ドヤ顔の情報屋はサクサクサク。ドヤ顔のままサクサクサク。齧歯類の様に食べるのを止めようとしない。
「そうだったの?」
 かごめはドヤフレッドとナザクを交互に見ながら目をパチクリ。理解すれば、ゆっくりと笑顔が広がっていく。
「食べないと!」
 思わずオーダー。手を上げる。
 いつの間にやら優雅にティーポットを掲げたレカも暫し同席し。
「ママのアップルパイよりおいしい」
「やれやれここにもマザコンがいたか……マザコンの何が悪い!」
「素敵なことですね!」
「柿もすっごく美味しかった……次は葡萄だね。遅れを取り戻さないと」
 楽しい時間が過ぎて行く。

 それぞれがそれぞれに、食べて笑い、話して笑い、和やかな時が過ぎて行く。
 最後に光の使者が持ってきたメニューは、フルーツたっぷりのケーキ。
「お試しあれ」
 プロの頭がキラリと輝いた。
 仲間たちは互いに笑顔をかわし合い。
 ぱくぅ!
 それはあまくてシットリで――、

 パーティーが終わり、ケーキ売り場は門前市を成した。
 ケルベロス達は後光に送られて、ニッコリほくほく店を後にしたのである。

●宴の後で
 夕暮れが照らす大ホール。凛護は一人たたずんでいた。
 そして――、
 そのまま崩れ落ちる。
 ――命がある……。命がある……ッ!
 抑えていた感情が、今決壊した。
 涙は止まることが無い。浮かび上がる感情はただ一つ。純粋な、感謝。
 ――ありがとう。ありがとう。
 ありがとうありがとうありがとうありがとう!

 途切れる筈だった凛護の路。しかしこうして繋がれた。
 誰かを護る番犬の牙。
 ケルベロスが去りし後。そこには命の続きが紡がれていくのである。

作者:ハッピーエンド 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 6/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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