童心に帰る時~アーヴィンの誕生日

作者:あき缶

●ちいさなちいさなゆうえんち
 人気のない遊園地だ、とアーヴィン・シュナイド(鉄火の誓い・en0016)は入り口に立って中を見て、改めて思う。
 遊園地といえば聞こえはいいが、公園に毛が生えたような遊戯場だ。
 コインを入れるとゆっくり動くパンダやクマの乗り物、二階建てくらいの高さしか無い小さな観覧車、馬が四頭しかいないメリーゴーランド、三つしかカップのないコーヒーカップ。あるのは、たったそれだけ。
 正直、最近はやりの『テーマパーク』に比べるのもおこがましいくらい幼稚で貧相な世界。それでも、いやそれだからこそアーヴィンは、懐かしさを感じる。
 遠い遠い、もう手の届かない過去を思い出す。
「まぁ、考えてもしゃあねえよな」
 思い返すのはやめて、アーヴィンは入場門をくぐった。
 さあ童心に帰って、遊ぼう。

●たまにはおとなだって
 先日見つけた遊園地に行くつもりだ、という答えが返ってきて、誕生日の予定をアーヴィンに尋ねたケルベロスは一様に驚いた。
 エッという声を聞いて、アーヴィンは首を傾げる。
「なんだ」
「あ、いや、なんか……意外だなーって」
「まぁ、そんな気分なんだよ」
 アーヴィンは気分を害することもなく、小さく笑い、君たちを誘う。
「よかったら、あんたらも来るか? 乗り物は少ないけど、悪くないとこだぜ」
 なんつーか、ノスタルジー? とアーヴィンは苦笑した。


■リプレイ

●きらきらひかる
「初めて見る!」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は、入場門をくぐるなり眼前に広がった光景に思わず声を上げた。
 背の低い観覧車、薄汚れたぬいぐるみカー、こじんまりとしたメリーゴーランドにコーヒーカップ。
 だが、確かにどこか懐かしい。
「アーヴィンはこういうとこ、来たことあるんスか?」
 ハチ・ファーヴニル(暁の獅子・e01897)がアーヴィン・シュナイド(鉄火の誓い・en0016)を見上げる(その差、六センチ!)。
 問われたアーヴィンは、困ったように眉を下げ、
「ああ、まぁ、数度……な」
 と小さく答える。
 アーヴィンは故郷ごと家族をデウスエクスによって喪っている。それを思い出したハチは一瞬しんみりと目を細めるも、感傷を吹き飛ばすように大きな声で返した。
「自分は、遊園地って初めてっス! 日本に来るまでは、強くなる事しか考えてなかったもんで」
 ミリムの背を追いかけるように、ハチはぬいぐるみカーの群れに近寄った。
「アーヴィン、誕生日おめでとうっスよ! お祝いのコインを入れるっスから、好きな動物を選んでほしいっス!」
 ばっと腕を広げられ、アーヴィンは苦笑する。
「そうだな……パンダにすっかな、スタンダードに」
 と言いながら、長い足を上げて彼は、経年劣化によって白というよりは灰色と黒のツートンになっているパンダカーにまたがった。
「へへー、実は、自分が乗ってみたかったんスよね! なので、旅は道連れっと……」
 ハチはアーヴィンのパンダにコインを投入すると、すぐ隣のライオンに駆け寄って同じく騎乗し、コインで始動させる。
「おおっ、本当に動いたっス!」
 ボケた電子音の童謡が流れ出したバッテリーカーは、緩慢な動きで動き出す。
「足が動いて移動するの楽しい……!」
 クマに乗っているミリムが、パンダやライオンにゆっくり近寄ってきて、
「あ、アーヴィンさんはパンダなんですね。白馬ならぬクマの王子様よろしく二人乗りしようと思ったんですけど」
 と言う。その顔は弾けんばかりの笑顔だ。ゆっくり歩くだけのアニマルカーだが、普段の移動用乗り物とは全く違う乗り心地が、どうにも楽しい。
 ハチはハチで百獣の王(少し顔は間抜けだ)に騎乗する自分にご満悦である。
「ライオンに乗る自分! ちょっとカッコいいっスね! クールっス! ふふ、アーヴィンも似合ってるっスよ!」
 ボタンとハンドルだけで操作する乗り物は、早々に止まってしまった。遊園地の遊具のワンプレイは短い。
 トンと地面に降り立ち、ハチはニカッとアーヴィンに笑いかける。
「今は、こうしてアーヴィンに会える事もあって、楽しっス! 前より世界がきらきらしている分、 もっともっと気合を入れて番犬として励まねばと思うんスよ!」
「そうだな、俺も……皆と会ってから、たしかに……なんつーか、ハチの言葉を借りるなら世界がきらきらしてるぜ」
「!! っス!!」
 はにかむアーヴィンの言葉を聞いて、ハチは目を見開き、そして一拍後にそれはもう嬉しそうに大きく頷くのだった。
 そんな二人のやりとりを、ミリムはギュンギュンにぶん回す桃色コーヒーカップの中から、ケルベロスらしい動体視力で観ていた。
「うんうん、微笑ましいですね……おうっぷ!」
 回しすぎて酔った。

●きゃらきゃらひかる
 ヒィヒィと苦しげに体を二つ折りにしながらも、鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)の右手はしっかりと前方にスマホのカメラを向けている。
 被写体は夫のダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)だ。
 パンダカーの上で、纏の愛しい人はイケメンなモデル体型の長い長い足を縮込めて、乗るというよりはしがみついている。
 ブンチャカブンチャカと幼稚なメロディと共に金髪碧眼の美男(二十四歳児)が、えっちらおっちら動くキュートなパンダの上で体を縮めているのは、纏のツボにハマったらしい。
「たしかにさ! こーいう遊びも良いよなって言った!  素朴つーか牧歌的つーか 喧騒から離れて良いとは言ったが、明らかにサイズが子供用なんですケドォォ!」
 パンダの上からがなるダレンに、ますます纏は笑い転げている。腹筋取れそう。
「ほらダーリン、こっち向いてファンサして、ファンサ!」
「ファ、ンサ? ……アッ!!」
 ようやくダレンは、呼吸困難を起こしそうな嫁の手に光るスマホレンズを認め、ぎょっと目を見開いた。
「あっ! ちょっ! 何動画撮ってらっしゃるんですかねぇ!」
「どうもこうも、コインを入れた所から撮ってたわ? 次の生放送で流そうと思って、あは、いっひっひ! わ、笑い声消せるかしらコレ!」
 纏がこんなに笑っているのに、スマホの補正機能があるとはいえ手ブレなくこの有様を録画できているのは、一種プロ根性といえよう。
「…………何してんだ」
 ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)と美津羽・光流(水妖・e29827)からもらった三百円分のお菓子の詰め合わせを両手に抱え、次のアトラクションにでも行こうとしていたアーヴィンは、二人の世界を見て、うげえと眉をひそめた。
「よよ、そこを行くのはアーヴィンちゃん! 何、露骨に避けて歩かないでも」
「ごゆっくり……」
「置いてかないでえ! っつーか、変人みたいな目で見ないでくれる!?」
 ようやく止まったパンダからダレンが転がり落ちるように降りて駆け寄ってきた。
「いや変……」
「ところでこれからメリーゴーランドとか一緒にどう? 」
 聞いちゃいねえ。強いぞ纏。
 ダレンも、イケメンスマイルでクイッと親指で、ちまっとしたメリーゴーランドを指す。
「誕生日おめでとうな、アーヴィン。誕プレの代わりって言っちゃァなんだが、折角の誕生日だし奢らせて貰うぜ!」
 メリーゴーランドの奢り、とは……と思うものの、ありがたく馬にまたがるアーヴィンだ。
 今日のアーヴィンは彼なりにノリがいい。
 纏は笑顔でまたダレンめがけてスマホを構える。
「見て、アレ。格好だけなら王子様なんですけどね!」
「全アトラクションで動画撮るんですかね!?」
 とはいうものの、ダレンは白馬の上でとてもいい笑顔でポーズを取った。
「ダーリンかっこいー!」
 ワルツの音楽とともに白馬が円の上をゆっくり回りだす。
 ぐるぐると纏の笑顔が通り過ぎてはまたやってきて……そんなアタリマエのことが、なんだか楽しくて、アーヴィンは笑った。

●じんわりひかる
 アーヴィンに誕生日プレゼントと称した三百円分のお菓子を渡したウォーレンと光流は、遊園地の最も奥にある観覧車へと向かっていた。
 こういうときのお菓子は三百円以内におさめるのが習わしだと聞いた、とウォーレンは光流に言う。
「可愛い遊園地だね。記憶は朧だけど、遊園地は子供の頃に行った気がする」
「俺はガキの時分は森におったさかい、初体験や。せやけど、子供が喜びそうちゅうんはわかる」
 光流は目を細めた。
 二人ともに、今日は『子供』のつもり。
「……んで、これが観覧車かいな」
 たどりついた目当てのアトラクションを見上げ、光流は正直な感想を漏らす。
「ミニやな」
 ウォーレンや光流は男でも背の高い方なので、本気でジャンプすればこの観覧車の頂点に手を掛けられそうだった。
「本当にミニだね。体も子供に帰れたら良かったんだけど」
 ウォーレンが頭を掻く。
「一人ずつ乗った方が無難かもしれへん」
 観覧車のカゴは、付き添いの親が乗ることも考えてあるのか、彼らが乗るのにも不都合はなさそうだが、乗れば確実に窮屈だろう。
 光流は気を遣ったつもりだが、ウォーレンは首を横に振った。
「ううん、一緒に乗ろう。羽も角も仕舞うから大丈夫だよ」
 案外真剣な眼差しでウォーレンが言うので、光流は少し頬が熱くなるのを覚えながらも頷いた。
「……せやったら乗ろか」
 大の男が身を折り曲げ、せせこましく向かい合い、カゴに体を収める。
(「めっちゃ近い」)
 光流は少し首を突き出せば唇がぶつかりそうな状態になっていることに気づき、ますます頬を赤らめる。
 ウォーレンも鼓動が速くなるのを感じていた。光流とは恋人同士なのだ。こんなに近ければドギマギもする。
(「でも、今は僕たち……子供だから。子供のデートだから」)
「ねえ、手をつないでもいい?」
「! ……手ぇ繋ごか」
 既に触れ合うほど近い手を互いに寄せ合って指を絡め合う。
 まだキスもしたことのない二人の、精一杯。
 二人真っ赤になって、視線は外をむく。
「景色はだいぶ違うけど……懐かしい気がする」
「俺に観覧車に乗った昔はあらへんけど。今が後で昔になんねんな」
 ふふっと光流は微笑んだ。
「その時に懐かしいって思うのが楽しみや」
「そうだね。また一緒に来ようね」
 ウォーレンは繋いだ手に力を込めた。
 二人が降りたあと、入れ違いに観覧車に乗り込んだのは、コンスタンツァ・キルシェ(スタンピード・e07326)とレスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)のふたり。
 コンスタンツァに引っ張られてカゴの中に体を収めたレスターは、物珍しげに観覧車を眺め回す。
「へえ……こういうのも風情があっていいものだね。なんていうかハンドメイド感にあふれてる」
「懐かしっす。テキサスのフェスティバルによくきてた移動遊園地思い出すっす」
 コンスタンツァは思い出すように目をうっとりと閉じたが、すぐに開いて勢い込んでレスターの顔を覗き込む。
「レスターの故郷には遊園地あったっすか? アスガルドってどんなとこか教えてくださいっす」
 が、レスターの望郷と寂しげな瞳を見て、はっと気づき、うなだれる。
「って無神経な質問だったっすね、反省っす」
 ――レスターはもうアスガルドには帰れない身なのに。
 だがしょぼくれるコンスタンツァに、レスターは優しく笑いかけた。
「スタンが気にする事はない。もう帰れないけど、だからこそ大切な思い出だよ」
 そしてレスターは、優しい口調のまま続ける。
「スタンには帰る家があるんだろう。だったら親御さんと仲直りしたほうがいい。ひとは一人だけど家族はいつもひとつだって、俺の好きな本にも書いてあった」
 コンスタンツァは萎れたままカゴの柵に肘をつき、外を眺める。
「アタシは稼業を嫌って家出してきたっす。彼氏や友達もできて、毎日楽しいけど……ふとテキサスを思い出して寂しくなるっす」
 しゅんと伏目がちのコンスタンツァの頭に、レスターは自然と腕が伸びた。
 ぽんぽんと撫でられて、はっとレスターに顔を巡らせるコンスタンツァに、レスターは微笑んだ。
「君のことは妹のように思ってる。そんな顔されるとこっちまでへこんじゃうよ。いつもみたいに笑ってくれ」
 コンスタンツァはニッと笑うと、レスターの頬を両手で挟んで擦った。
「もう寂しくねっすよ!」

●ひかり
 アーヴィンは、水色のコーヒーカップから見慣れた顔が手招いていることに気づいて、そちらに足を早めた。
 誕生日を必ず祝ってくれるスプーキー・ドリズル(レインドロップ・e01608)が、今年もまた来てくれていた。
「おっさん」
「やあ、ふたりでも乗れそうだよ、一緒に如何だい?」
 アーヴィンは頷いて、スプーキーの正面に座る。
 発車ベルが鳴って、コーヒーカップの台座がゆっくり回りだす。
 だが、スプーキーは中央のハンドルには手を伸ばさない。だから、アーヴィンもカップを回さずに、カップの縁に背を預け、ただゆっくりと変わっていく景色を見ていた。
「亡くなった妻と息子と よく似た雰囲気の遊園地に遊びに行ったことがあったよ」
「……」
 アーヴィンは黙って彼の話を聞いていた。流石に長い付き合いなので、アーヴィンは彼の身の上を少しだけ知っている。
 スプーキーが、デウスエクスに家族を殺されていて、その傷を引きずっている、と。
「大きな遊園地に行く前の練習も兼ねてね」
 話を続けるスプーキーはくしゃりと笑った。
「それは、叶わなかったけれど。……懐かしくて、悔しい」
 もう戻らない過去を思い返して、諦めたような笑みをスプーキーはわずかに口元に浮かべる。
 つられるようにアーヴィンもぽつりとこぼした。
「俺もさ、昔、遊園地に来たことがある。親に、連れられてな。…………すげえガキの頃に」
 グルグル回るコーヒーカップ。他のカップは無人なのだけれど、スプーキーは、そちらにも誰かが乗っているような気がしていた。
 過去の亡霊が。
 スプーキーはひとつ息をした。
 そして、アーヴィンを見据える。
「嘗て息子と重ねていた。でも今は、お前そのものを大切に想うんだ」
 目をわずかに見開くアーヴィンに、スプーキーは真摯に伝える。
「アーヴィン、二十一歳の誕生日おめでとう。 僕はお前の父親になりたい」
「ッ……」
 霹靂に打たれたようにアーヴィンはビクッと震えて目を見開いた。
「……あの日から、ずっと、俺は、ただこの炎に懸けて、デウスエクスを滅ぼすとだけ思ってた。それだけでいいって、それ以外いらねぇって思ってた……思ってたんだ……」
 なのに、どんどん周りに温かい人が集まってきて、世界がきらめき始めて。
 そして、いま、目の前に眩く優しい光が差し出されて。
 アーヴィンは、堪らず地獄になった左目からぼろりと涙を零した。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月28日
難度:易しい
参加:10人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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