夢もうつつも

作者:秋月諒

●夢も現も鈴の音に
 降り続いた雨が止み、思いおもいに通りの木々は枝を伸ばしていた。甘い香りは秋の花か。夏のそれよりは幾分か爽やかな香りに、庭師は笑みを見せる。今日は、夏の最後の祭りだ。この公園も風鈴祭に使われる。
「藤棚の様子も問題ない。風鈴の設置も終わったし、後は紅葉の手入れだな……」
 古老と言われる紅葉が、この公園にはあった。あと一年、色付きの季節を迎えられるかどうか、という木を庭師は見上げる。
「今年の風鈴祭りも見ていくんだろう? お前の為の灯りだって用意したさ。年若い紅葉達とは違う凛々しさってのがお前にはあるんだとさ」
 師匠からの受け売りだけどな、と庭師の青年は笑い、ふと手元に視線を落とす。その時だった。ふわりと謎の花粉のようなものが漂い、紅葉にとりついたのだ。
「師匠の見立てより、お前は長生きしてるんだ。この先だって……」
 もっと、と続く筈の庭師の声は、ずるり動き出した紅葉に奪われる。瞬きひとつ、手の中からバケツが落ちる。
「キィイイ」
「な……ッ」
 高く響く、鋼めいた音は何であったのか。
 驚きに見開いた庭師の瞳を覆うように紅葉の枝が庭師を捕まえーー年若い庭師へと寄生した。

●晩夏に囀る
 黒髪がさら、さらと揺れていた。青年の足元にて、くるりと回ったオルトロスが習うように歩みを止める。確かに、と薄く開かれた唇が言葉を落とした。
「夏の風鈴市に、涼やかに響く音を邪魔するデウスエクスが出る可能性は考えていたが……」
 晩夏だな、と紡いだのは御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)であった。落ちた息はここ数日でまた少し戻って来た暑さを思い出してのものか、足元のオルトロスの空木が鼻先をあげた。
「夏の終わり、最後のお祭りだそうです。御堂様の情報通り、風鈴市が開催される場所で攻性植物の発生が確認されました」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言って顔をあげた。
 現場は、地域で最後の夏祭りを行うという自然公園。藤棚に風鈴を吊るし、公園の散歩道全てを飾り付けるのだ。
「準備の最中、なんらかの胞子を受け入れた紅葉が、攻性植物に変化してしまいました。被害にあったのは、公園の庭師の方です」
 お祭りの準備で、公園の中を見て回っていた所、攻性植物化した紅葉に襲われ、宿主とされてしまったのだ。
「急ぎ、現場に向かい攻性植物を倒してください」
 攻性植物は一体のみで、配下はいない。
 風鈴市は夕方からで、それまでは祭りの準備中ということで公園への一般人の出入りは禁止されている。
「取り込まれた方は、攻性植物と一体化しています。普通に攻性植物を討伐した場合一緒に亡くなってしまいます」
 ですが、とレイリは顔をあげた。
「助ける方法はあります。相手をヒールしながら戦う、という方法です」
 癒しきれないダメージーーヒール不能ダメージ、というものが存在する。
 敵にヒールをかけても、ヒール不能ダメージは少しずつ蓄積するのだ。
「粘り強く、攻性植物を攻撃して倒すことができれば、戦闘終了後に取り込まれていた方を救出できる可能性があります」
 長期戦となる以上、こちらのダメージもある。
 敵の攻撃能力は、刃のように鋭くなった紅葉の葉による切り裂き、遠距離には葉を飛ばす他に、その身を揺らして放たれる超音波もある。
「戦場となるのは、自然公園の一角です」
 砂利が敷かれ、所々に大きな石も置かれている。古老と呼ばれていた紅葉を支えていた柱は、攻性植物と化した時に引き倒され、転がっている。
「念のため、足元には注意してください」
 レイリはそう言って、ケルベロスたちを見た。
「攻性植物に寄生されてしまった方を救うのは非常に難しくなります。ですが、もし可能なら救出をお願い致します」
 長くこの地にあって祭りを見届けて来た紅葉も、こんな終わりなど望んではいない筈だ。それと、とレイリは顔をあげた。
「もし、全てが無事に終わったら風鈴市などいかがですか? 避難指示が出て、最初は少しお客も少ないかもしれないと運営委員会の皆様が寂しそうでしたので、もし、よかったら」
 古老と呼ばれた紅葉が見るのは、最後だったかもしれないという風鈴市。
 夏の終わりを、涼やかな音色と共に過ごすのも悪くは無いだろう。
「御堂様より、情報をいただきました。たどり着けます。このままにすることなんて、できませんから」
 一度、蓮を見て、目礼をするとレイリは真っ直ぐにケルベロスたちを見た。
「行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
楪・熾月(想柩・e17223)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
レイヴン・クロークル(水月・e23527)
辻・花代(曇天・e23710)
左潟・十郎(落果・e25634)

■リプレイ

●紅の終わり
「……居たな」
 葉擦れの音に、足音が混じった。砂利道に足音を隠す気も無いまま、踏み入れた先で御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)はまっすぐにその木をーー紅葉を見た。年月を感じさせる枝に沿う葉は、異様な程に鮮やかな色彩をしていた。
 紅葉の攻性植物。
 その枝の中に、捕らわれた青白い顔を見つけて楪・熾月(想柩・e17223)は息を吸う。
「大丈夫。息はあるよ」
「なら……」
 呟いて、羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)は顔をあげる。瞬間、ぴん、と空気が変わった。殺界。藍の瞳が見据える先、解き放たれた殺意が当たり一帯に特殊な領域を作り上げる。
「あぁ、やるだけ……だな」
 応じたレイヴン・クロークル(水月・e23527)の耳に届いていたざわめきが消えた。代わりにバキ、とひとつ割れる音がする。
「最後の柱が折れたのね」
 古老と呼ばれていた紅葉の為にあった支え。その最後の一本が、ず、と動き出した紅葉の攻性植物によって折られーー破砕する。バキ、と爆ぜたそれを視界に、千手・明子(火焔の天稟・e02471)は刀に手をかける。吸う息は短く、耳には「空木」と呼ぶ、馴染みの声が届く。言葉一つ、蓮のオルトロスは察したのだろう。鼻先をあげた空木に小さく蓮が頷いた時、ずるずると動いていた攻性植物がその身をぐん、とこちらへと向けたのだ。

●夢もうつつも
「来るよ」
 警戒を告げるメロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)の声と、紅葉の攻性植物が身を振るったのはーー同時だ。紅葉の葉が僅かに赤く染まり、キィイイイン、と甲高い音が響き渡ったのだ。向かう先はーー前衛だ。ばたばたと落ちる血に、メロゥが回復を告げる。
「前は任せて」
「あぁ。それなら……」
 メロゥの躍らせる猟犬の鎖を視界に、蓮もその手を伸ばす。指先の向かう先、鎖は地面を這った。砂利を濡らしているのは、バケツに入っていた水だろう。庭師の用意したそれに、一撃を受けて落ちた血が混ざる。
(「色づきを迎える事は庭師だけでなく、紅葉も望んでいただろうな」)
 ……今年最後だったかもしれんのにな。
(「せめてもの弔いを」)
 淡い光の中、盾の加護が後衛へと紡がれる。その光の中を、紺は行った。た、と踏み込めば紅葉の枝葉がこちらを向く。
「……」
 古老と言われ、長年に渡って大事に手入れされてきた紅葉がこんなことになるなんて、残念でなりらなかった。
(「ですが、その古老が惨劇を生み出すことだけは避けなければ、更に悲しみがますでしょう」)
 稲妻を帯びた一撃が幹を穿つ。爆ぜた稲光に、一瞬、びくりとその身を揺らせば硬い音を立てて銀の葉が落ちる。
「しっかりと終わらせます」
「キィイ!」
 分かりやすい威嚇。叩きつけられる殺意に、左潟・十郎(落果・e25634)は息を吸う。
「三芝、武器封じをメインに動いて貰えると助かる」
「仰せのままに」
 応じた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が撃鉄を引く。鈍い音を耳に、今、と十郎は雷鳴の力を帯びた杖を構える。
「回復を」
 告げる先は、攻性植物だ。敵を癒しながら戦う。回復不能のダメージを蓄積することによって倒すことこそが、庭師を救出する唯一の方法だった。枝が癒され、落ちた葉を再生させた紅葉がぶん、と枝を振り上げた。攻撃というよりは、邪魔だと告げるそれか。
「ギ」
「それが」
 届くものか。届くと思うのか。
 落ちた声は低く、バチ、と辻・花代(曇天・e23710)の手元から雷光が溢れる。構えた杖の向かう先、雷鳴は払う枝を撃ち抜いた。衝撃に、僅か、鑪を踏むように枝が浮く。無防備に開いた幹へと明子は一気に踏み込んだ。緩やかに描かれる月光をレイヴンは見る。
「さて、こっちは……」
 ひら、と舞うは紙兵。前衛へと降り注ぎ、癒しと共に加護を紡げばメロゥの回復もあり、先に受けた傷は全て癒えた。加護を紡ぎ、重ねあげるのはこの戦いが長期戦となるからだ。
「助けると、決めたから」
 ゆっくりと熾月は治療士の杖を手にする。瞬間、ざわり、と足元の石が震えーー青年は大自然と霊的に接続する。それは熾月の紡ぐ回復を届ける先も、同じだった。紅葉の葉が癒える。裂けた幹が、バキバキとその形を治しーーだが、端に穴が残る。
(「回復が届かない場所。そこが……勝機となる」)
 ロティ、とシャーマンズゴーストに声をかける。短な指示にこくり、と頷いたロティが祈りを紡ぐ。
「ギィイィイ」
 全ては紅葉へと届ける為に。

●果ての光
 銀の葉が踊り、火花が散る。熱を帯びた戦場は、癒しの淡い光と共に加速する。
「遙かな夜空にきらめきの波。彼方より、闇を照らす」
 星よ、とメロゥは朝の空に告げた。瞬間、満ち溢れる光が紅葉へと届いた。
「ギィイイ!」
 暴れるように、紅葉がその身を振るう。再びの超音波が狙ったのはーー後衛か。
「ミュゲ」
「空木」
 その軸線へと、踏み込んだレイヴンと蓮の声が響く。盾役として踏み込んだ男と、ミュゲと空木が一撃を庇いきれば、攻性植物は苛立ちを示すように枝で地面を叩いた。一瞬の動きこそ、未だ素早いがーー確実に、その動きは鈍くなってきている、と蓮は思う。
「あと少し、か」
 指先、ぴり、と残るそれを今は置いて、仲間への回復を選ぶ。ひび割れた枝を見ていた。回復不能ダメージは確実に蓄積してきている。最も、こちらとて無傷では無かった。だが、小まめな回復のおかげで、誰一人膝を付いている者はいない。
「うん。あと、少し」
 専任の回復手たるメロゥが頷く。仲間に届ける回復の、その頻度が下がってきたのはよく分かっている。
「その分、回復はちゃんと届けた方がいいな」
 十郎の紡ぐ癒しが、紅葉へと届く。なら、とレイヴンが仲間への回復を選ぶ。傷を受けながら、救いだす、その一点の為に手を伸ばし続けーーその時が来た。
「終わらせよ。悲しい事はひとつだけ。君とお別れひとつだけ」
 熾月が最後の回復を、紅葉へと届ける。光を受け、伸ばす筈の枝はーーだが、痺れるように宙に止まった。一瞬。その時を、紺は逃さない。
「これで」
「ギ……ッ」
 撃鉄を引いた。一撃に、溢れた音は鉄の葉が零した音か。庭師を抱え込んだ枝の軋みか。衝撃に、僅か浮いた体のその影を花代は踏む。手に落としたナイフが鈍く光る。
「生命を有するものとて、其処に感情を宿すか否か俺には判断する術も無い」
 欠けた幹に触れるよう、ナイフは滑る。手に変える木の感触に、花代は鋭利な視線を向け、言った。
「されど多くの者に想われて居たのだろう。なれば情を知って眠りに就くのが良い」
 想い主の命は返して貰うがな。
「ギィイイ、ィ」
 抜き払ったナイフに、枝が落ちた。ぐん、と男を見据えた紅葉の幹へと明子の一刀が届いていた。ぐらり、と揺れた紅葉から捕らわれていた庭師が落ちてくる。
「大丈夫だ」
 庭師を受け止めて、十郎はほう、と息をつく。あれ、と落ちた声、伸びる指先に散る紅葉の葉が、触れた。戦場で見た刃の鋭さとは違う、鮮やかな緑は、ふわり、と淡い光と共に消えた。

●風鈴市
 深く濃い、緑の匂いが公園に残っていた。最後に美しい緑の葉を、古老は見せていった。ほんの少し見えた赤は、幻か。古老から庭師への言付けなのか。庭師は、ケルベロスたちに礼を言って、見どころを教えて仕事へ向かった。働いていたいのだという彼は、この涼やかな音色に古老と先代を送るのだろう。
「――あ、そうだ。風鈴鳴らしながら散歩しない? 素敵な風鈴市やってるよーってさ」
「名案だわ、しーくん」
 素敵な風鈴が沢山あるんだもの。多くの人に見に来て、楽しんで欲しいものね。
 涼しい風と一緒に、和傘の先端で風鈴を揺らせば涼やかな音色が響く。
「ぴよもロティも皆でいっしょに鳴らそ」
 折角なら沢山の人に来て欲しいもん、ね?
 涼やかな音色に、溢れた笑みはどちらのものだったか。
「細かな音は夏の終わりを告げるものだけど、風と季節を音で感じられるのいいよね」
 蒼月色の羽織を揺らす熾月の横、浴衣姿でアリシスフェイルは指で風鈴をつまんで掲げてみる。空を透かし見れば、熾月の風鈴と二つ揃ってりん、と音が鳴った。空を泳ぐように描かれて見えるのは緩やかなグラデーションで描かれた金魚。
「暁の空と宵の空のようで、お揃いね」
「ふふ、本当お揃いみたい」
 溢れた笑みにつられるようにして二人で笑う。
「風を、季節を、こうやって音で感じられるのも素敵ね」
「この風鈴はきっと、来年の夏も素敵な音を届けてくれるよね」
「楽しく聞けるといいなって思うわ」
 楽しげな笑みは二つ重なって、あの、と届くのは浴衣姿の姉妹。
「風鈴市って、今日やってますか?」
 ぱちと、見合わせた二人はふ、と笑って微笑んだ。
「勿論」
 ちりん、ちりん。
 細い通りを抜け、木々の淡い影を辿っていけば風鈴の音が聞こえてくる。
 風鈴市は盛況のようだ。折角のお祭りなのだから、と開催の呼びかけをケルベロス達が手伝ったのもあったのことだろう。浴衣姿の客もちらほらと見える。ふ、と笑みを零し、メロゥは傍のひとに声をかけた。
「ラスキス、足下に気を付けてね」
 こくり、と頷いた彼女と共に辿り着いたその場所には、沢山の風鈴が並べられていた。どれも綺麗で可愛い、とメロゥは瞳を細める。
「ラスキスは風鈴好き?」
「昔からガーランドや吊り硝子の花瓶が好きでした。この度は私の部屋に馴染む一品と出会えたらいいなって」
 吐息一つこぼして笑ったラスキスの声が届く。
「ね、どれがいいと思います?」
「お部屋に飾るのね。ラスキスだったら、華やかな柄が似合いそう」
 赤や橙色の花とか……、とメロゥは涼やかな音色を辿る。
「デイジーなんてどうかしら」
 あそこ、と指差した先、ふいに涼しい風が吹いた。
「もう夏が終わるのね」
 眉を下げた彼女の、少しばかり寂しげな声がラスキスの耳に届く。
「来年の夏も、賑やかになるかしら」
「夏は賑やかですから、余計にそう感じるんでしょうね。けれど屹度 秋は秋で、また新たな想いが実ります」
 物寂しいのは一瞬ですよ、と慰めるような声でラスキスは微笑んだ。
 リリ、と歌うような音が聞こえた。
 それぞれが奏でる音色を楽しみながら、ゆっくりと会場を回っている。
「夏の青空を泳ぐ姿も良いですが、夕暮れに揺れる風鈴もまた、別の趣がありますね」
 小さく、口元を緩めたと紺の目に市の様子を遠巻きに見る千鷲の姿が見えた。
「ここからだと、色んな風鈴を一度に眺められて楽しいですね、特等席です」
「特等席、か。そうか、そうだね」
 声をかけた先、ぱち、と瞬いた千鷲は 思いつかなかった、と笑った。
 レイヴンの横をミュゲが駆けていった。どうやらミュゲの心は綺麗な音を出す風鈴に攫われてしまったらしい。
「あー……聞こえてないな、あれは。ともあれ、お疲れさんな?」
「あぁ」
 ミュゲの様子に笑ったつかさが、後を追って捕まえればジャンプを狙っていたミュゲは大人しく彼の腕の中に収まっていた。
「ミュゲもお疲れさんな?」
「!」
「うん? 風鈴、綺麗だな?」
 抱き上げたことで、風鈴の音が近づいたからだろう。ぱ、と顔を上げたミュゲの益々ご機嫌な様子に二人して顔を見合わせて笑う。
「本当に好奇心旺盛だな」
 吐息を零すように一つ笑い、折角だし、とかかった声につかさは顔をあげる。
「風鈴買って帰るか。つかさはどれがいい?」
「んー? 今、家にある風鈴、鉄器だから。硝子製か陶器辺りの音が違うのが良いんじゃないか?」
 デザインや色はミュゲが気に入ったので良いと思うけど、とつかさはレイヴンを見遣る。あんたはどう思う? と投げかけた先に見つけたのは小さな笑みで。
「それならミュゲ、好きなのを選んでいいぞ」
「?」
「うん。気になるの、あるか?」
 自分で選んでいいの? と言いたげなミュゲにつかさがひとつ頷けば、ぴしり、と示されるのはお月見をするうさぎさんの風鈴。これがいい! と言いたげな様子に二人して笑った。どうしたって、ミュゲには二人して甘いのだ。
 リ、リリ、と歌うような風鈴の音がした。少女達の楽しげな話し声のようだ。
「鈴を転がす声のお嬢さん達かな」
 内緒話でもしているのだろうか。小さく見えた十郎の笑みに、夜は吐息を零すように笑う。
「ふふ、個性的な乙女達だ」
 通りの左右を彩る風鈴が、きら、きらと光って見せるのは差し込む夕日を受けてのことか。淡く揺れる影に目を細め、ふと、目についたのは釣り鐘型の飾り気のない鉄鈴。ちりん、と揺らせば澄み切った音が沁み渡る。
「うん、綺麗」
「綺麗だな」
 声は、潜めるように届く。実直な感想に微笑んで頷けば、十郎の指先がひとつを探すように揺れた。
「あぁでも、硝子の素朴な音色も味わい深くて……」
 一つずつ、鳴らしてみては真摯に耳を傾ける様に、夜はふわり、と笑みを深めた。
 鉄の風鈴に、硝子の風鈴。真鍮の風鈴。
 涼やかな音色に、陽を受けた色彩、柄。結局、洋風の自室に合う物ーーということで十郎は真鍮製のシンプルな風鈴に決めた。
「これで……」
 そう言った時に、差し出されたのは色づき始めた紅葉。
「あぁ……」
 思わず、息をつく。濃い緑と寄り添うような色彩。十郎が悩んでいる間に拾い集めていたのか、色づき始めの紅葉は彼の釣鐘にも添えられていた。
「……古老にも、この音が届けば良いな」
 寄り添う赤に目を細める。
「耳を澄ませていることだろうさ」
 りん、と二つの風鈴が音を響かせる。頬を撫でる心地よい風は、深い緑の香りがしていた。強く吹く風が無いのはこの地の作りゆえか。風鈴の音に花代は足を止める。
「触れれば壊れそうだと云うのは、解らんでもないな」
 ただ、そう感じて居ながらに触れたいと思ってしまうものだから。
(「俺が欲深いのか、この鈴がそうさせるのか」)
 ふと目に留まった絵付き硝子が風に揺れるまで、立ち止まった。空を抜ける風が通りへと届いたのはその少し後のことで、夕暮れの冷えた風が男の頬を撫でる。漣のように広がる風鈴の音色に、僅かに瞳だけを細めれば「これはまた」と遠巻きに見る男の姿が見えた。
「遠巻きにも美麗だが、直ぐ傍に風を感じるも存外に悪くない時間だったぞ」
 ――三芝。
 声を投げた先、千鷲は成る程、と笑みを刻む。
「其処で無ければ見れない景色もありそうだ。風鈴は風を感じてこそ、か」
 悪くないというのであれば、僕も見てみようかな。と歩きだす。一歩、踏み出せば成る程音が変わる。
「これは、興味深いな」
 風が、またひとつ吹いた。
 祭りを楽しむことが紅葉の供養になるなら行くとしようか、と蓮たちが繰り出した先、風鈴市は夕暮れの盛り上がりを見せていた。涼やかな音色のトンネルを抜ければ、出店を手前に木々で作られた天蓋に出会う。
(「長寿紅葉の最後はあんな形で残念だが、あの古木は毎年この祭りを見ていたんだろうか」)
 ふと、足を止めた蓮の横、志苑が風鈴の回廊に目を細めた。
「秋の空気に風鈴も風情がありますね。紅葉の灯りが優しく燈す様は風鈴の行燈のよう」
 秋の紅葉と夏の風鈴、秋と夏の狭間去り行く季節の空気が尚、幻想的な雰囲気を魅せてくれますね。
「紅葉のライトアップがあるんだと思うんだけど……まだ青い葉の方が多いかしら?」
 志苑の言葉にひとつ頷いて、明子は辺りを見渡す。くる、くるりと見ればあれじゃないのか、と上背のある相棒が呆れ混じりに指し示す。賑やかな市の一角、淡く灯る光に見えた紅葉は、まだほんのりと色づいただけだった。濃い緑に、ふと古老と呼ばれた紅葉を思い出しーー明子は顔をあげた。
 紅葉の為に祭を楽しもう。
 その言葉に誰もが頷いたのだから。
「……風鈴、皆は買うのか?」
「私も良きものに出会えましたらおひとつ連れ帰りましょうか」
 蓮の言葉に、ゆるり、と考えるように志苑は並ぶ風鈴を見た。隣の蓮は、紅葉と流水の彫られた鋳物風鈴にしたらしい。
「かろんかろんと舌が外身にぶつかる音もいいが、俺は舌が外身をなでるあの、きいんと高い音が好きでね」
 どうやら俺が好きなのは鋳物の方らしい。
 そう言って、アジサイは笑った。
「御堂と一緒だな」
 さてどれにするか。右に左に、見る場所は沢山ある。涼やかな音色に、キン、と寄り添い高く響くのは鋳物のそれか。いいものを探すうち、あの音は風が強い時によく聞くことをアジサイは思い出した。
(「流石にもう、この時期の風は寒い。蓮水ほどに風流を解せるわけじゃないが……」)
 なんとなく、夏を象る風鈴に、去り行く夏が見えた。
「鋳物風鈴も良いけど、わたくしはやっぱりキラキラする方が気になるわね。せっかくのライトアップだもの」
 硝子の向こうに紅葉が透けたら、きっと美しいわ、と笑みを零して明子はひとつを選び取った。
「アジサイさんと蓮さんの鋳物、あきらさんの硝子。どちらも良いですね」
「ね、アジサイ 一個買って!」
「ついでにあきらの分もな。まったく、しかたのない奴だ」
 やれやれと息をつくアジサイと笑う明子の姿に志苑は微笑む。その手には紅葉の描かれた硝子風鈴があった。
「少しは報われたか……?」
 チリン、と翳された風鈴の音が届く。
 賑やかな二人と、楽しげな志苑に蓮はそう呟いた。落とす声の先は知れず、けれど一瞬、ふわりと舞った紅葉はあの古老と同じ色をしていた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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