目が覚めたら夜が来ていた。
かずくんが帰ってきてしまう。
あぁ、夜が来てしまった。
「っ……、ぁ、うぐ……」
昨日、謝る度に殴られた足が痛くて動けない。
一昨日、玄関ドアに触れただけで突き飛ばされた肩が痛くて手が上がらない。
こわい。こわい。こわい。はやく、はやく部屋を綺麗にしなきゃ。
ぐるり巡る思考が女の心を蝕んでいく。
「死にたい。いっそ、しにたい。きっとまた殴られる。きっとまた、わたし……」
呪いのような言葉を紡ぎ続ける女、屋代・都は泣いていた。
力を籠めれば籠めるほど腕が振るえて仕方が無い身を、再度律しようとした時だった。
『お待ちください。さあ、手を』
都の頬伝う涙を手で拭った褐色の女が極力優しく手を差し出す。
真白い仮面で目元を覆い、口元に微笑みを浮かべた褐色の女が壊れ物を扱うように都をソファへ導いた。
いつから居たのかも分からない、見たことも無い女の姿に都は目を白黒させるばかり。
ただ頷いて身を任せるのが精一杯だった。
そんな都の前に、恭しく膝をついた褐色の女が言う。
『王女レリの命により、あなたを救いに来ました』
それは都にとって、天の救いのような言葉であった。
都は王女レリが誰なのか知らないけれど、この褐色の女性が誰かも全く分からいけれど。その全てが吹き飛ぶような救い。
“都を助けに来た”という言葉が強く胸を打つ。
「わたしを、助けてくれるの?」
『はい。我々連斬部隊と白百合騎士団は手助けに参ったのです。あなたを虐げた男をあなた自らが殺し、あなたは救われなければなりません』
物騒な言葉が混じる。
しかしそれに構う程の判断力を、今の都は持ち合わせない。
『そう、この男を』
褐色の女が都から視線をずらした先に、長身の女甲冑騎士。と、その手に一人の男。
どしゃりと、投げ捨てる様に都の目の前に叩き付けられたのは。
「……!か、かず、くん」
赤川・数真。
縛り上げられ気絶している様子は、まるで常の自分を見ているようで。
後退りかけた都の肩を、褐色の女が抱く。
『あなたが戦士となれば、この者など一捻り。……いえ、瞬殺できます』
「わたし、が?わたしがかずくんを? ――殺せる、の?」
救いの神のように現れた褐色の女に微笑み返された瞬間、都の心が決まる。
まるで熱に浮かされたように口角が上がり、熱い目頭から涙が落ちる。
恍惚と褐色の女に身を寄せて。
「ころす。わたし、ころすわ。戦士になるの」
「……では、ご武運を」
一発の銃声が、全てを変えた。
『かずくんかずくんかずくんしんじゃえ。しんじゃえ!しんじゃえ!!』
既に息は無い。
もう幾度も幾度も鉄塊で殴られた数真は、物言わぬ肉塊となり果てていた。
●透明な涙
「シャイターンの選定により、エインヘリアルが生み出されようとしています」
秋めいた日。
資料を手に、日々と変わらず話を切り出す漣白・潤(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0270)の眦が赤かったことを、集まったケルベロスだけが知っている。
「シャイターンは不幸な女性の下を訪れ、不幸の原因たる男性の殺害と引き換えにエインヘリアル化の勧誘を行っています」
曰く、シャイターン達はエインヘリアル化をまるで“救い”のように語るという。
力を持てば抗えるという旨で唆し、同行しているエインヘリアルが気絶させた男性を差し出し後押しする。
そうすれば、もう。
「この取引に応じた女性がエインヘリアル化次第、男性を殺害。同時にグラビティ・チェインを略奪します」
成すべきは、現場に急行し選定を行うシャイターンと護衛のエインヘリアルの撃破、及び、可能ならば女性のエインヘリアル化の阻止をお願い致しますと告げられた。
資料が捲られる。
現場はデザインマンションのリビング。高天井防音と人気の流行りの部屋。
突入できる最速のタイミングは、都がエインヘリアル化を受け入れる直前。
「室内には連斬部隊と名乗ったシャイターンと導かれようとしている屋代・都。気絶した男性、赤川・数真の他、護衛の白百合騎士団エインヘリアルが一体」
この女性型エインヘリアルの戦闘力はあまり高くない、としながら。
潤は噛んだ唇を重々しく開く。
「屋代さんは赤川によって理不尽な暴力暴言に日々晒され、精神的にも肉体的にも追い詰められています。よって、赤川への憎しみは私達の想像を超えることでしょう」
助けを求める先も分からないほど心が疲弊すること。
辛く苦しかったことと思います、とぎゅっと目を瞑った潤が瞼を上げた。
「それでも、エインヘリアルとなれば二度と戻れません。皆さんの説得が鍵となります」
困難であろう説得が成功すれば、都は導きを拒否しエインヘリアル化は免れる。
募る数真への憎しみが勝れば、都はエインヘリアル化を受け入れてしまう。
簡潔な潤の言葉は淡々と。
「導きを拒否されてもシャイターン側が屋代さんを傷付けることは無いため、相手取るのは先に上げた二体のみ。ですが……」
都がエインヘリアル化した場合の得物はハンマー。最優先殺害対象は数真。
よって説得が失敗しそうな場合、数真の避難が必要となる。
「また、エインヘリアル化した屋代さんによる赤川の殺害成否どちらの場合でも、白甲冑のエインヘリアルとシャイターンが撤退させようとします」
エインヘリアル化した都も撃破するならば相応の作戦が必要となる。
都の撤退の際、シャイターンとエインヘリアルは自身達のみでケルベロスへ攻撃してくるという。
逃した都を守るように。自身達が殿であるかのように命を懸けて。
「女性型であることは勿論ですが、今までのエインヘリアル達とは考え方が違うようです」
ファイルをぱたりと閉じた潤が席を立つ。
向かう先は準備済みのヘリオンで。
「様々な形で大変であるとは、承知の上です。ですがどうか、無理はなさらず……私は、皆さんの選択が最良であると、存じています」
参加者 | |
---|---|
イェロ・カナン(赫・e00116) |
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645) |
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028) |
スウ・ティー(爆弾魔・e01099) |
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007) |
名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394) |
星野・千鶴(星見鳥・e58496) |
リリエラ・クリスタリア(矛盾だらけの平和主義者・e62508) |
●悲昏に告ぐ
腹の中で、真っ黒い蛇のようなものがうねる。
ぐるり。ぐうるり、ゆっくりと。
この叫び出したい感覚を、こころを、落ち着いて言葉に出来るだろうか。
ぎぃ、と静かに開けたドアの先。
盾構えた白百合騎士団員と都の隣で膝をついた連斬部隊員。そして悲しげな目で座り込む都と――床に転がる数真。
八人が踏み込んだ部屋は酷く冷たいものだった。
生活痕は薄く、物の少ないリビングルーム――……まるで箱のような部屋。
人馴染みのよい優しさを以て、スウ・ティー(爆弾魔・e01099)が都へ声を掛ける。
「こんばんは、屋代さん」
『去れ、番犬よ』
返ってきたのは連斬部隊員の冷たい声。
呼ばれた都はと言えば、ただスウに一瞥をくれただけ。
「こんばんは、都。少し話をしてもいいかな」
『去れ、と言っている』
スウに続いて声を掛けたイェロ・カナン(赫・e00116)が連弾部隊員達の刃の一歩手前、都と視線を合わせる様に腰を下ろした。
イェロに付き歩くボクスドラゴン 白縹も今日は静かに、きろきろ輝く硝子の様な瞳でじぃっと都を見つめる。
と、次の瞬間には槍の穂先と銃口がイェロの首へ向いた。
「話を、させて欲しい」
イェロの真摯な言葉。
連斬部隊員達も大きく騒げば都が混乱してしまうことを承知しているのだろう。威嚇するように刃を向けるだけで、行動には移さない。
じっと、睨み据えるだけ。
「あなた達は、かずくんの……お客様?」
「いいえ。俺達は都嬢、貴女と話に来たんだ」
見知らずの年齢も見た目もバラバラな男女に見せた、都の僅かな怯え。
恐る恐るといった感情を押し込めながら機械的に尋ねた都へ、居住まい正した四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)が、ゆっくりと都自身を示した。
狩衣の袖を優雅に揺らした沙雪もまた、イェロの隣に腰を下ろす。
長身ゆえに無駄な威圧を与えぬように。静かに丁寧に。
「わ、たし?」
「ああ。アンタと話したい。この卑怯なクソ野郎の為に、アンタを死なせたくないから」
「そーそ。アタシらちょーっと良い考えあるからさ、ちょっとでも聞いてくんない?」
見目に反し慣れた正座の姿勢。
鮮やかな赤の瞳を瞬かせた草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)が凛と。
親しみやすさ込めた笑顔で小さく手を振ったのは名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)。
都を死なせたくない。そのためなら、どんな手でも尽くす――その思いは、ここにいる八人全員同じで。
「都さん……あのね。私達、助けに来たの――あなたのことを」
星野・千鶴(星見鳥・e58496)の言葉に都が顔を上げる。
これが初めて都が自身の意志で明確な反応を示した瞬間であり、絡まる糸を解くような交渉の幕開けでもあった。
●忌むべきヒトよ
「助け?助け、は……この方たちでは、ないかしら?」
『そう、我々連斬部隊と白百合の騎士団こそ、貴女の救いです』
「……遅くなってごめんね、都さん。都さんは、どうしてその人が憎いの?」
千鶴はシャイターン達の言葉を否定はしない。
己達だけが助けだとは言わない。そして千鶴は数真の名も呼ばない。
その人、と酷く遠いもののように示しながら都に問うた。
「にくい。にくい……そう、憎い。憎くていたい。憎くてこわい。こわい。こわい、の」
細い声が静かに静かに心を紡ぐ。
抽象的なようで、これがきっと都の心の一端なのだろう。
「かずくん……大好きな、かずくん。でも、怖い。帰ってくるかずくんは、いつも怖い」
「……痛くて、怖かったよな。一番にきみを守ってくれるべき人が、きみに向かって傷付けてくるのは」
ぎゅうっと、都は腕の痣を握る。
イェロの静かな同意に、ゆっくりと頷いた。
「こわい。いつも、怖い……ずっとずうっと、怖い」
「ああ、辛いよな。理不尽な暴力に屈して、怯える毎日なんて」
スウもまた、寄り添い頷いて。
紐を解くならゆっくりと。強く引いてはならない。無理矢理引いてはならない。
静か静かと、生に繋がる“発端”を探す。
「許されることではないし、きっと……いや、憎んでしまうだろうけれど」
「そう。憎い。憎くて、憎くて、憎くて憎くて憎くてころす。ころすの。ころすのよ」
ぴり、と空気が立つ。
握り締めた箇所が強く皺になり、拳が震えるほど強い力で都はスカートを握る。
瞬間、ケルベロス達は瞠目した。
たくし上がった裾から覗いた足には常人であれば震え退くほどの痣があったのだ。青く黒く、時に赤く。
身震いするほどひどい光景であった。
詰まった空気。
そこへ、ゆっくりとウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が口を開く。
「……ではこの人を殺め、れば、す、すっきりして、不満がなく、なって、満足?……本当、に?」
たどたどしい言葉は酷く率直。
立つウィルマを見上げた都は、淡く微笑んで。
「ええ、きっと」
「っ、……屋代さん。貴女にとって殺害は主目的ではなく、殺害は保身かつ報復の形の一つ……で、間違いありませんか?」
簡潔な答えに重ねて尋ねたリリエラ・クリスタリア(矛盾だらけの平和主義者・e62508)はぐうっと涙を呑み下す。
冷静を装って、都の前に祈るように膝をついた。
しかし、都は。
「ううん、ちがう。殺すの。ころして自由になるのよ?」
まるで分らないと言う様に首を傾げてみせたのだ。
“殺すこと”以外に何があるのか。よしんば何かあったとて、殺すこと以外に何も。今の都は解放を殺害という行為に求めていた。
『そう、殺すことこそ救いです。保身?報復?随分と下らない口を』
「なら。ならば、いけません」
「どうして?」
「ね、屋代さん。目、耳、喉、腕、足……死ねない辛さは、貴女も知っている筈」
『っ、貴様!』
リリエラの言葉に都が大きく震えた。
連斬部隊員が都を庇う様に吼える。
それでも、リリエラは引かない。都と同じように、強く強く、シスター服の裾を握り締めながら吐くように。
「殺害では一瞬です。貴女の、あなたの今まで分にはっ、とうてい至らない……!」
ぼろりとリリエラの黒曜の瞳から涙が落ちる。
一瞬では刻み切れない苦悩と苦痛。長く耐えた都を想うからこそダメだと、リリエラは泣きながら言ったのだ。
大粒の涙が頬を滑る。ずっとずっと、突入から我慢していた涙がいくつも。
そして涙を拭うこともせずリリエラが傷だらけの都の手を取った。
首に突き付けられた刃など恐れもせずに身を寄せて。
「一瞬の、苦痛で、許せますか……わたしは、許せないっ」
止まらない涙にリリエラ自身でさえ、涙声が抑えられない。
幼い子供のような舌っ足らずな言葉で都の手を握り、淡く温かな光で傷を癒す。
「泣いちゃだめ……こんなにかわいいあなたが、泣いてはだめよ」
リリエラの頬を都が拭った。
泣いてくれるの、と囁いた声が皆の胸を締め付ける。
「でも、私こわいの。痛くて、怖いのよ……だって、また夜は来る」
「あなたの苦しみが全部分かるなどと言うつもりはありません」
下を向いた都に、ウィルマは言う。
感覚の匙加減一つで人の心は量り違えるもの、だからこそ。
「ですが、それでも、少しでも分かりたい。あなたを助けたい。そう思ってこれだけの人間が駆け付けたんです」
顔を上げた都は、ウィルマの言葉に僅かばかり照らされていた。
今此処は手探りの隠れん坊が行われていると同義。
この真っ暗闇の中、八人は言葉の光を使って都の心を探している。
言葉を続けようとあぽろが背筋を伸ばす。
「なあ。アンタさ、コイツの外面良いの知ってるか」
くいと顎で数真を指して都に問えば、返ってきたのは頷き一つ。
深く頷いたあぽろは言葉を続け。
「そう、知っての通りコイツは外面だけは良い。つまりだ、今このままコイツを殺せばアンタはどうなる?色んな奴から恨まれちまう」
「そうだな、殺せば“君の恨み”は確かに晴れるだろうけど、君が受けた仕打ちはたったの一回で晴れるのかい?」
あぽろの言葉に沙雪が重ねて。
確かに世間の評判は現代社会では非常に重いもの。
「だからさ、まずはコイツが極悪人だって言ってやらねぇとな」
「どうやって……そんなこと、どうやって言ったら……!」
食いついて来た都に、あぽろはまたも頷いて。
人差し指を一本立てる。
「まずだ。まず前提としてコイツここで殺したとして、コイツが感じる苦しみはリリエラが言った通り一瞬だ。それなのに、アンタは後々後ろ指差される可能性がある」
すう、とあぽろが中指を立てて二本目。
ごくりと都が固唾を呑む。
「次にだ。死んだこのクズ野郎は悪と後ろ指差されるアンタをあの世から高笑いして見てるかもしれない。ザマァ見ろってな!そんなの、絶対許せねぇ!」
「そんな……」
「そうなんだよね、マジただ殺すだけとかちょー温いしテンサゲ」
強く都へ説いたあぽろに玲衣亜がしみじみと頷いた。
愛用のスマートフォンを取り出すや都に微笑みかけたまま、高速タップ。
「まずさぁその人のちょーヤバいとこガチでぶっちゃけたほーが良くなくない?」
と、液晶をタップし開いたのは都も知るSNSの画面。
玲衣亜のSNSページらしいソレには、繋がる人々の数字が多く。
「マジ萎えなその人の激ヤバなとこ言おうよ。アタシそーいうのちょー得意だから」
まっかせて!と無邪気な玲衣亜の笑顔も今は小悪魔顔。
SNS時代とさえ呼ばれる昨今。一般人の拡散力は高く、細やかなことも話題に上ればメディアのニュースにも取り上げられるほど。
まして発信元がケルベロスとなれば、凄まじい速度と拡散力であろう。
「素晴らしい人が死んだー!とか騒がれてもマジ萎え。ムリ。殺すなら、徹底的にっしょ。温いのヤメよ?」
「そうだぜ、このクズ野郎が積み上げてきたものを根っこからブチ壊してやろうぜ」
「そんなこと……みんな、信じてくれないわ」
「あーオッケーその辺ちょーよゆー。マジぜんっぜんよゆーだよ」
女である都の敵は、女である玲衣亜にとっても敵。
ケルベロス友達で拡散するからオールオッケー、と微笑む玲衣亜は力強い。
しゃがんだスウもにっこりと口元に弧を描いて。
「な?世間へ伝える切っ掛け拵えるのは俺達に任せてくれれば全然大丈夫。救われ待ちじゃない。もがいて戦って、尊厳を勝ち取りにいかないかい?」
「ついでに社会的信頼も慰謝料もしっかり取った方がいいと思う」
「弁護士や法的相談の準備や支援の全ての点においてお手伝いします」
「ぶみゃ」
弓形に瞳細めるスウに追加で語りかける沙雪とウィルマ。
その足元からのそのそと歩いて来た大柄なウイングキャットことウィルマのヘルキャットが喉を鳴らして都に頭を擦りつけた。
ぽろりと、都の瞳から涙が落ちる。
「あれ?あれ、私……私、やだ、なんで……」
拭っても拭っても次から次へ。
自身へ柔らかな頭を擦りつけるヘルキャットを、都は震える手で撫でる。
「あったかい、のね」
『やはりアナタは泣くほどその男が憎いということ。下らない、奴らの遠回しな行為もその獣も無駄で無意味です!』
「違うんじゃないかな。その人たちの手を取れば、そういうことも言えなくなってしまう」
声荒げた連斬部隊員の言葉を、千鶴は静かに否定した。
今まで涙一つ零さなかった都の心が動いた今、思いの丈をぶつけんと。
「泣いて、叫んでいいの。私も昔は都さんと一緒でね、泣くのが下手だったの」
「あ……」
千鶴の言葉に思う所があるのか、涙を拭いながらも都はそっと耳を傾け。
「でもね、泣きたい時は泣いていい。何でも我慢し過ぎるなって、教えてもらったの。だから今度は私から、都さんに伝えるね」
水のような透明な符が千鶴の手から飛ぶ。
それは折れ畳まれ形を変え、一羽の鶴となり都の傷を癒しきる。
「頑張り過ぎなくていい。逃げて良い。だからお願い……その手を、私達に引かせて」
“絶対に離さないから”。
凛と。それでいてしっかりと芯のある千鶴の言葉に頷いた都は手を伸ばす。
しかし。
『奴らの言葉は嘘です!その男が貴女を追って来たらどうするのです!』
『そうです。我々は貴女に力を授け、貴女の身を貴女自身の力で――……!』
都に追い縋る連斬部隊員と白百合騎士団員。
その間にイェロが体を滑り込ませた。
「都の優しさを盾に何でも許されようとする時間はもうお終い。馬鹿で勘違いな男もお終い。都はもう、傷付かなくていいんだ」
「るりり、りう」
「このクズはアタシらが警察に突き出して、真実は世間とお天道様の下に晒しあげる!」
悲しみは終わりだとイェロは口にし、あぽろが直近の今後を断言する。
ゆらり、白縹が空中に身を泳がせた。
●鬼替り
「大体さ、お前さん方の言う力ってのは屋代さんを屋代さんじゃないものにして、初めてなる。そうだろ?」
はき違えるなと、スウはハッキリと言ってのける。
事実だった、が。
『いいえ!いいえ!貴女が同志となれば同じ力を持つ者に守られ違う世界へ行けます!』
『そうです!未来永劫その男に会うことは無い!』
「待って!そうやってまた、自分の悲鳴さえ殺してしまわないで!」
口を開きかけた都の手を千鶴が勢いよく引く。
瞠目する都へ、畳み掛ける様に。
「そんなの絶対だめ!都さんはまた泣けなくなる!きっとまた頑張り過ぎる!」
「あなたは私の手を、離さないのね……ありがとう」
「なぁ。戦うっていうのは、戦士になるっていうのは、こういう事なんだぜ」
手を引く千鶴が都を保護するのと入れ違えに、あぽろが出た。
瞬間。
三日月の軌跡を以て断ち斬られた連斬部隊員から夥しい赤が噴き出し、あぽろを染めあげる。
畳み掛ける様に沙雪の抜き放った一刀が連斬部隊員を一突き。
「覚悟は、あるか」
呆然とした都が無意識に首を振る。
戦士になる現実とは、都が最も恐れ忌避した暴力の世界。
いつのまにイェロが投げ捨てた数真が部屋奥の安全圏へと飛んだ。
同時に玲衣亜とウィルマが千鶴を追撃する槍の嵐を跳ね上げる。
呼吸するように囁くウィルマが口角を上げながら抜き放つ一刀が空間を凪ぐ。
「ああ……。本当に、本当に、人間ってめんどうくさい」
「ほーれ、行ってこーい!」
玲衣亜が硬球のように投げたファミリアのハリネズミはウィルマの一刀共々盾に防がれた。
だが、戦闘は酷く一方的に運んでいく。
いくら連斬部隊員と白百合騎士団員が死力を尽くそうと、力の差は歴然。
ついた傷は千鶴と初陣のリリエラがテンポよく塞ぎ。
「――手を貸して、」
盾持ちの白百合騎士団員はイェロが紡いだ氷柱に沈んだ。
「そっちで女王様にでも逢えたら宜しく」
「陽の深奥を見せてやるよ」
『やはり……男など、番犬など、害悪だ……!』
最後の言葉はスウの爆風が掻き消し、影形はあぽろの太陽の下に溶け消えた。
赤色灯は灯台のように。
固く閉じていた真実の蓋が、ゆっくりと開いていく。
作者:皆川皐月 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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