見えない檻

作者:六堂ぱるな

●世界との隔たり
 高松・司は委員会室の窓ごしにグラウンドを見下ろしていた。運動部の練習風景はこの学校に来てから飽きるほどに見た光景だ。何度見ても同じ感想しか浮かばない。
「あくせくと御苦労なことだね。スポーツ推薦でも取れればいいけど」
 部活動に時間を割いたところで、選べる未来などたかが知れているだろうに。もっと時間は有効に使うべきだ。
 自分は風紀委員長として校内の綱紀保持に努め、教師たちの覚えがめでたい。学年トップテンの成績をキープしている以上、確実に志望大学の推薦は期待できるだろう。
「委員長、遅刻者の反省文が揃いました」
 振り返ると風紀副委員長の少女が、原稿用紙を手に姿勢よく立っていた。
「そうか。それは提出しておくので帰っていい。下校時間が近いぞ」
「はい。宜しくお願いします」
 原稿用紙を受け取ると、彼女ははにかんだ笑顔を見せた。
「お先に失礼します」
 一礼して出ていく背中をじっと眺める。彼女に任せても良かったが、教師の信頼を高めるためにもまだ役目を譲れない。効率よく立ち回れる自分はより成果を得るべきだ。
「……まあ、君たちとは見ている視点が違うんだよ」
「そうですねぇ。向上心のない人とは確かに全然違いますよねぇ。さすがですよぉ」
 突然かけられた声に驚いて振り返ると、見慣れない制服の少女がいた。転校生だろうか、内気そうに見える一方で口調はいかにも感心したようで――どこか不吉に胸が騒ぐ。
「当然だよ。ただ息してるような奴らと一緒にされちゃ困る」
「いいですねぇ、身勝手でいいですよぉ。じゃあただ息してるような人たちは、いらないですよねぇ?」
 どん、と重い衝撃が司の胸を揺らした。見下ろすと鍵が突き立っている。
 何が起きているのか理解するよりも早く、意識は闇に落ちた。
「お手伝いしてあげちゃいますねぇ」
 歪に歪んだ夢の力を源に、司によく似たドリームイーターが生まれ出る。

●孤独な魂
 事情を説明した黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は、やれやれって顔で眉間を揉んでいた。
「いわゆる意識高い系っすか? いやなんかもう別もんな気がするっすけど、まあ過剰な向上心に付け入られたのは間違いないんすよね……」
「相変わらず、強い夢を奪って……事件を起こす、か」
 こうした事態を危惧していた櫂・叔牙(鋼翼朧牙・e25222)の調査が実を結んだ。
 被害者は高校三年生の高松・司、少しばかりねじれた強い向上心を抱いている。結果、彼から生み出されるドリームイーターは強い力を持つようだ。
「とはいえ、夢の源の『意識高い系の心』を弱める説得がはまれば、弱体化させることはできるっす。ガンガン突っ込んでやればいいんじゃないすかね」
 そう言うと、ダンテは校舎の見取り図を提示した。
 司は三階の委員会室を出て階段を下り階下へ向かうが、下校時間が近いこともあって部活動で残っている生徒と教師以外は校内にいない。すぐに向かえば彼らに襲いかかる前に介入できるだろう。校内の人への対応は、急行する間に出会った人に避難を勧めるぐらいでよさそうだ。
「向上心は大事っすけどね。彼、このまんまじゃ将来絶対困るっすよ」
 離陸準備を進めながらダンテが顔をしかめ、全く同意見の叔牙もこくりと頷いた。
「人を、貶めてまで……己を優位になど、考えものです」
「本当っすね。他にミッションとかなかったら、彼と話してあげてくださいっす!」
 ダンテの言葉に頷いて、叔牙は予定を確認すべく端末に手を伸ばした。


参加者
ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)
チーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
カシオペア・ネレイス(秘密結社オリュンポスメイド長・e23468)
櫂・叔牙(鋼翼朧牙・e25222)
ネリシア・アンダーソン(黒鉛鬆餅の蒼きファードラゴン・e36221)
サリファ・ビークロンド(裂き首・e56588)
土天太・涅々(紅顔老猩・e66605)

■リプレイ

●接触
 ヘリオンから降下したケルベロスたちは、生徒玄関から二手に分かれて、校舎の東西の端にある階段で上を目指すことにした。
「俺たちはケルベロスだ! 校内は危ねえぜ、さっさと避難しやがれー!」
 廊下を疾走しながら叫ぶチーディ・ロックビル(天上天下唯我独走・e01385)を、生徒たちが驚いた顔で見送る。後に続く三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)が彼らに声をかけた。
「本当なんだよ。すぐ校舎を出て避難してくれないかね」
「委員会室には、近寄らぬ様に。皆さんに、伝達を……お願いします」
「は、はいっ! すぐに!」
 東階段へ向かう足を止めない櫂・叔牙(鋼翼朧牙・e25222)の警告を受け、教師が声を裏返らせる。女子生徒たちにはサリファ・ビークロンド(裂き首・e56588)が促した。
『さあ、君たちも。転ばないように気をつけて』
 容姿と噛み合わぬ低音の美声に驚いた少女たちだが、我に返って走りだす。
 西階段を駆け上がりながら、カシオペア・ネレイス(秘密結社オリュンポスメイド長・e23468)が難しい顔で呟いた。
「向上心も方向性ですね……己だけなのか己もなのかで変わっていきそうです」
「向上心は結構じゃねえか。だが、まあ随分と噛み合ってねえなあ」
 高松・司の向上心を大事にしてやりたいと、土天太・涅々(紅顔老猩・e66605)は想っている。その為にもドリームイーターが人を傷つける前に止めたい。
「ケルベロスだ! すぐ校舎を出て避難しろ!」
 二階から階上へ向かう途中、数人の生徒を見つけてジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)が叫ぶ。
「危ないから……ネリたちに任せてね」
 ネリシア・アンダーソン(黒鉛鬆餅の蒼きファードラゴン・e36221)が釘を刺した。彼女の指示に彼らが素直に頷き、階下へ走り出す。
 三階の廊下の彼方、東階段近くに男子生徒の背中が見える。この階に生徒は居ないはずだ――ドリームイーターを除いては。
「ケルベロスか、ちょうどいい。お前たちで腕試しを」
「でぇりゃァァァ!!」
 鬼神のように猛々しいオーラを纏ったジョーイが飛びかかった。真っ二つにせんばかりの斬撃で血を噴いた夢食いの懐に、次の瞬間チーディが飛び込む。
「はーーーー態度がワリィ!!!」
 閃いたナイフに切り裂かれ、廊下の壁に激突したドリームイーターが不愉快そうに顔をしかめた。

●拒絶
 お返しとばかりに夢食いが振り上げた鍵がジョーイを狙う。が、チーディが割り込むと攻撃を己が身で引き受けた。
「鼻につくったらありゃしねぇぜ全く。その天狗っ鼻蹴りおってやんよ!!」
「ケルベロスは品がないんだな」
 二人の応酬の間に涅々がジョーイにこっそり耳打ちする。
「ジョーイの兄ちゃん、コイツの説得手伝ってくれねえか?」
「クッソ面倒臭ェなァ……俺がやっても煽りにしかならねェぞ? それでもいいってんならダメ元でやってみるけどよ」
「頼むぜ」
「気付いてますか……?」
 戦闘態勢に入った叔牙のエネルギー放出フィンが光を帯びる。背に点った後光が眩く輝くと、光条がドリームイーターを撃ち抜いた。
「未来のビジョンを持たない、行き当たりばったりの人生と。既存の価値観に、沿うだけの人生とには……自己の主体性が無いという点において。全く差違は、無い事に」
「なんだと?!」
 気色ばむ胸を、紅茶でもサーブするように優雅な所作でカシオペアがハーキュリーズから放った竜砲弾が直撃する。ワッフルトプス・キャバリアーのキャタピラで壁を駆けあがったネリシアは、きらめきの尾をひいて重い蹴りを食らわせた。
「一番身勝手な奴を斬っておしまい、と。平和的解決って奴さね?」
 ドリームイーターに慈悲はない。普段は二刀流スタイルの千尋だが、今日は一方がライトニングロッド。青白い光が這う雷の壁が前衛を護るべく立ちあがった。涅々は床に守護星座を描いて、前衛に加護のバックアップをかける。
 サリファは仲間の盾となるべく、攻撃に備えて防御の構えをとった。
「規範を護る僕が身勝手だって?」
「斜に構えて達観したつもりになってる小物、将来“真面目系クズ”になること請け合いだ! 別の意味で有望だなオイ!」
「クズは要領よく立ち回れない奴のほうさ」
 嘯く夢食いの胸元のモザイクがジョーイを呑み込もうと襲いかかる。身代わりに叔牙がモザイクに包まれる後ろで、冥刀『魅剣働衡』の鯉口が切られた。
「勉強以外の事に夢中になってる奴等を心の底で馬鹿にしてるみてーだが、長いものに巻かれてるだけの奴にそんな資格ねェよ!」
 緩やかな弧を描いた刃が閃いたが、からくも夢食いが躱す。が、体勢が崩れた肩を叔牙の螺旋の力をこめた掌が捉えた。内から弾ける痛みにドリームイーターが唇をかむ。

●動揺
 真面目な子が嫌いではない千尋からすると、司の現状は勿体ない。叔牙の傷をオーラで癒しながら語りかける。
「まあ向上心も効率も大いに結構だけどさ。ソイツはあくまで手段であって、それ自体が目的じゃない」
「だから何だよ?」
「間違っちゃ無えよ、確かに視点が違う。謂わば鴻鵠だ、より高え所から周りを見てる。頭も回る、人の扱いも下手じゃあねえ」
 語りかけながら涅々は血染めの包帯を握った。血還しの薄紗から霧散した血は時ならぬ赤い雨となり、チーディの傷を塞いで流れ落ちる。
「分かってんだろ? 手前はその向上心を満たせてねえ。満たそうとしてねえ」
「何を言って……」
「くっっっそつまんねぇヤツだなぁオイ!! なんつーの、今のテメーはよ、偉くなるために偉くなる、みてぇな感じ?」
 チーディの怒声でドリームイーターが我に返って跳び退る。横っ面を張り飛ばすつもりで放った拳は夢食いの頬を掠めるに留まった。
「チゲーだろ、やりてぇこと思い通りにやる為に偉くなんだろ!」
 長い尻尾がぱしんと床を打つ。
「寝る! 食う! 遊ぶ! テメーのやりてぇことはっきりさせねぇなら、テメェはその選べる未来とやらを増やしたところで、アホ面晒してボケっとしてるだけになるぜ!」
「折角夢を持つのなら……他人を見下さず。自分の夢を叶えられる様行動した方が……良いと思う」
 意味がわからないという顔の夢食いの懐へ、ネリシアが踏み込んだ。黒鉛のグラファイトが三綺竜の手甲に擬態して拳を覆い、学生服の腹にめり込んで打ち抜く。
「夢? そんな不確かなもの……!」
 喚いた瞬間、カシオペアの槍が疾った。稲妻の這う穂先がしたたか背から腹へ抜ける。身を捩って槍から逃れた夢食いに組み付こうと試みたサリファだったが、力任せに振り払われて問いかけた。
『……随分と、焦りが見えるな。なんでそんなに、何をそんなに焦っているのか』
「焦ってなんか!」
『ほんとに違うところを見ている人間の所業じゃあ、ないよ』
 サリファの指摘に耳を貸すまいとするように首を振っている。
「もうちっと狙いやすくしたほうがよさそうだな?」
 夢食いの抵抗はまだ強い。顎を撫でる涅々に仲間たちが頷きを返す。

●攻防
 ケルベロスたちの命中精度が上がる一方、夢食いの攻撃力は一気に減衰した。
「テメーのような奴はいっぺん躓いたら、そこからダダ滑りで転落して引きこもってネットでグチグチウジウジ恨みつらみ吐……っとォ!」
 迫るモザイクの口を冥刀で受け流すと、ジョーイは夢食いの胸元に突きを放った。
「って怒んなよ、癪に障ったか? ホントの事だろうが!」
「まず、貴方自身が……『自分の価値観』に。疑問を持っているのでは? だから他者や、他者の価値観を貶める事で……自分を安心させているのでは、ないでしょうか?」
 叫ぶドリームイーターの喉元を、叔牙の後光から放たれる光が撃ち抜いていく。彼を蝕む傷ばかりでなく催眠を、千尋はオーラを放ってこまめに癒した。
 たたらを踏んだ制服の襟を掴んでサリファが組みつく。
『今の君はもっと余裕の無い人間のそれだ。君が愚かに思っている人間とさしてかわり無い、その下ですらあるかもしれない』
「なんだと?!」
『でも自分は違うのだ、って言い聞かせないと不安なんだろう?』
 夢食いが冷静さを欠いていく。その頭上に再びワッフルトプス・キャバリアーで壁を駆け上がったネリシアが宙を舞った。
「それに焦燥感を感じてるのって。本当は……自分で行動する勇気が無いのを……誤魔化してるからじゃない?」
 きらめきの尾を引く蹴撃が延髄に入り、勢い余って夢食いは壁に激突した。軽々と着地したネリシアが確固たる口調で続ける。
「もしそうなら……勇気を出さなくちゃ……何もしてないのと同じ……本当に望む物は、このままだと……永遠に何も手に入れられない」
「そんな、はずは……!」
「それに……自分の人生感や価値観を押し付けて見下してる分……最低に……くーるじゃない」
 おとなしそうなネリシアに言いきられ、夢食いが言葉に詰まった。
「人を貶めて得た信頼は、いつかされ返されるものです。その時、逆に、貶められる側は貴方かもしれませんよ?」
 砲撃形態に変えたハーキュリーズで竜砲弾を撃ち込む一瞬すら、カシオペアは典雅に一回転し反動を殺す。
「味方は多いに越したことはありません。己の利だけでは、後々、自身を不利に追い込む事にしかなりませんよ」
「手前はどうなりてえんだ? 現状維持で満足か? なあおい、取るに足らねえ小鳥を追うより、やることがあんじゃあねえか? とっととプリント提出する、とかよ」
 オウガ粒子の散布で仲間の傷を塞ぎ感覚を研ぎ澄ませつつ、涅々も問いかけた。

 歯がみする夢食いが鍵を振り上げた。足はもつれ手は震えている。身を捻るだけで夢食いの姿勢を崩し、サリファは華奢な身体に見合わぬ剣さばきで攻撃を受け流した。
 右腕のレーザーブレードユニットを起動し、千尋は高速機動。文字通り瞬時に夢食いと距離を詰めると右手を振り抜いた。光刃に灼かれて夢食いの腹が大きく抉れる。
「自己満足の自己完結じゃ、誰も評価してくれないよ。視点が違うというけれど、その実は周りが見えてないって事じゃないのかい?」
「それに大人ってなァ、案外そういうとこ見てるモンなんだぜ?」
 千尋の言葉に頷いたジョーイの冥刀が、脆弱性として見抜いたドリームイーターの脇腹を斬り裂いた。よろける背にチーディの拳が骨を軋ませて命中する。
「ヒャッハァ!!  俺様に感謝しながらぶん殴られろ!!!」
「するわけないだろ!」
「……コレをただの『大器晩成撃』だと思わないでね……コレで叩き潰すっ!」
 夢食いの後ろへネリシアが回り込んだ。盾装甲をパージ、鋭く尖った角が夢食いの膝へ叩きこまれた。大地の力も込めた一撃は更に足回りを阻害する。
「――火器管制システムチャージ完了。セーフティ解除。全砲門一斉射撃開始します!」
 動きの止まった夢食いは完全に逃げ遅れた。オーバーヒートも覚悟のカシオペアの一斉砲火が降り注ぎ、吹き飛んで廊下の壁にめりこむ。
「真に優れた人は、貴方が軽蔑する者たちをも上手く使いこなす者。……信頼とは、1人だけでは培われないものなのです」
「気儘な小鳥の景色も悪かねえ。何も考えず、暴れてみろよ」
 カシオペアに続いて諭すように語りかけながら、涅々はふらつく夢食いのこめかみにハイキックを叩きこんだ。
『うまく避けたまえよ』
 夢食いがサリファのバリトンに振り返ると、ざり、ざりと何かが擦れる音をたて、彼女の頚から伸びる黒く醜い影が迫っていた。蠢く影に絞めあげられ、苦し紛れに放たれたモザイクは誰にも当たらず。
 叔牙のエネルギー放出フィンが一層強い光を放ち、攻勢エネルギーが彼の手首から先を超硬質に変えていく。肘を引きつつ踏み込む一瞬、フレームが素早くスライド。
「残念ですが……ここから先は、通行止め……です」
 一閃。刃物と化した手刀が、ドリームイーターの胴をひと息に貫いた。
 のけぞった体が動きを止める。やがて悪夢からさめるように、全身が光の粒になって消えていった。
「あァ疲れた……ったく、慣れねぇことするモンじゃあねーな」
 ぼやいたジョーイが冥刀を収め、戦いは終わりを告げた。

●覚醒
 委員会室で目を覚ました司は、憑き物が落ちたような顔でケルベロスを見返した。詳しい事情を聞くと、反動なのか気弱そうにすら見える態度で頭を下げる。
「すいません。ご迷惑をおかけしたようで……」
「とんだ手間だったぜ」
 チーディにふんと鼻息をつかれて司が一層慌てた顔になった。
「司くん、大丈夫だから……これ食べて、落ち着いて」
 チョコミントワッフルを渡された司はきょとんとネリシアを見返したが、素直に口に運んでほっと頬が緩んだ。年齢相応の顔に安堵した千尋が腕を組みながら口を開く。
「折角無事に済んだんだ。是非狭い視野を捨てて広い世界を見ておいで」
「はい。でも……これからどうするのが正しいのか」
『そうだね。君の本当にやりたいことをやってみな』
 サリファのバリトンに驚いた顔をした司が、次いで困った顔になった。
「何ァんにも思いつかねえのか?」
 呆れたようなジョーイの問いに司が頷いていると、委員会室に制服姿の少女が飛び込んできた。司が目を丸くする。
「副委員長」
「委員長、避難が間に合わなかったんですね! お怪我ありませんか、大丈夫ですか?!」
 慌てた顔の少女に縋りつかれ、赤くなった司が口ごもる。二人の顔を交互に眺めたチーディが毛皮を掻き毟って絶叫した。
「はぁーーーー?! なんだコレ?!」
「熱い説得が実を結びましたね。今度は海に沈まずとも成果を得られまして、おめでとうございます」
「全ッ然嬉しくねぇんだよなぁ?!」
 スカートの端を上品につまんだカシオペアが優雅に一礼したが、納得いかないらしい。廊下のヒールを済ませた涅々は、穏やかな表情で司を見つめる叔牙に声をかけた。
「どうしたい、心配かい?」
 叔牙が首を振る。自分が出来ることは手を尽くした、と思うから。
「結局は……彼自身の、人生です。納得するにしろ、後悔するにしろ……彼自身が、決めるのが。筋という、物ですから……」
「そうだな。うまいこと自分の舵取りしてって欲しいもんだ」
 太い声で笑うと、涅々は灰色の毛並みを掻いて笑みを浮かべた。

 己を閉じ込める檻を、知らず己で作り孤立する者もいる。
 世界へ解き放たれた彼が己の足で歩いてゆけることを、今は祈るばかり。

作者:六堂ぱるな 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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