災厄再び

作者:麻人

 ぽう、と薄い光の帯がゆらゆら揺れながら何かの形を描き出す。魔法陣だ。大きな怪魚が深夜の空をゆったりと泳いでいる。
 3体の怪魚は順番を守りながら泳ぎ続け、次第に魔法陣を完成させていった。青白い輝きの中心で雷のような輝きが産み落とされた次の瞬間、そこには唸り声を上げる獰猛なエインヘリアルの姿があった。
「うけっ、けけけけっ」
 まるで猿のように四つん這いになり、長い舌で唇を舐める姿は復活する前の彼とは大きく変貌してしまっている。
 ふと怪魚が夜空を見上げた途端、何か人型をしたものが降ってくる。ダンッと音を立てて着地した男――否、まだ少年といっていいくらいに若いエインヘリアルは、身に纏った凶悪な気をまるで翼のように大きく広げながら、虚ろに呟いた。
「せっかく外に出られたのに、殺風景な場所だな……」
 そこは数日前、件のエインヘリアルが人々を襲う場所として選び出した花火大会後の河川敷だった。

「集まってくださってありがとうございます」
 ケルベロス達を出迎えたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、さっそく依頼の説明に入った。
「先日、花火大会中の一般人に襲撃を仕掛け、ケルベロスに討伐されたエインヘリアルが死神によってサルベージされるという予知がありました」
 彼女の話によると、サルベージされたエインヘリアルは知性を失っており、その姿や戦闘力は変異強化されているという。
「そのエインヘリアルをデスバレスへと持ち帰ることがその怪魚型である死神の目的と考えられます。皆さんにはこれらを撃退し、死神の思惑を未然に防いで頂きたいのですが……実は、更にもう一人の罪人エインヘリアルがこの地に出現するのです。エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)さんが危惧されていたエインヘリアルの妨害行動とみられています」
 サルベージされた罪人エインヘリアルが回収されるまでの時間は7分。死神の目的を妨害するには、この時間内に彼を倒さなければならない。

「サルベージされた罪人エインヘリアルは既に会話もできないような状態です。攻撃方法も変化し、近接攻撃を主体とするのは同じですが、効果が単体から列へと範囲を広げているようですね」
 具体的には、奇怪な声を上げ、猿のような身のこなしで巨大なルーンアックスを武器に暴れ回るのだそうだ。
「そして、もう一人の罪人エインヘリアルの得物は翼のような形状をとったバトルオーラです。戦闘はこの2人を同時に相手取り、更に下級とは言え、怪魚の死神3体がいます。既に周辺の避難が完了しているのが幸いですが、もし罪人エインヘリアルを取り逃せば新たな襲撃事件を起こして一般人に被害が出ることが予想されます」

 神妙な表情でケルベロス達を見渡した彼女は、凛とした声色で告げた。
「どのように戦われるのかは、全て皆さまにお任せ致します。ただ一つ確かなのは、デウスエクスを倒して人々を守るのがケルベロスの役目であるということです。どうか、よろしくお願いします」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)
リリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609)
伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
晦冥・弌(草枕・e45400)
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)

■リプレイ

●過ぎ行く夜の一幕
(「最近、この手のが多いなあ」)
 件の戦場を目指して土手を駆けるメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)は心中にて呟いた。
「わざわざ蘇らせるなんて、悪趣味にもほどがあるわよね」
 リリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609)のため息交じりの相槌に頷き、メリルディは改めて闇に沈む河川敷を見渡した。
 ぽう。
 ぽ、ぽ。
 闇夜に魔法陣を描いて泳ぐ死神の魚たちと、二人のエインヘリアル。どうやら、あちらでもこちらに気付いたようだ。ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)と晦冥・弌(草枕・e45400)の腰で揺れる光源が、ケルベロス達の存在を知らしめている。
「――お前たちがケルベロスか」
 闇を更に漆黒へと染める闘気を纏い、初めて地球に降り立つ罪人エインヘリアルが口を開いた。
「――」
 ソールロッド・エギル(々・e45970)は人払いのための殺気を放ちながら軽く息を呑み、彼を見据えた。己との近似性を本能的に感じとったのかもしれない。常に戦場に身を置く事を是とする者の放つ、独特の気配を。
 挨拶など不要とばかりに戦闘形態を取って襲いかかるハウリングフィストの拳を、先陣を切って受け止めたのはアームドフォートを防御形態に展開したジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)だった。
「あなたの相手は私よ、ボク!」
 ジェミの放つゼログラビトンの光弾が少年エインヘリアルのバトルオーラに絡みつく。舌打ちする彼の背後から、まさに獣と化した罪人エインヘリアルが跳躍した。
「くけ、けけけッ!!」
「そんな無様な姿、よく見せられるなぁ!」
 ざざっと河川敷を覆う草の中を滑り、晦冥・弌(草枕・e45400)は敵の退路を断つように回り込む。同時に、伸ばした指先が罪人エインヘリアルの背に触れた。
「……ああ、もう自分がどうだったかなんて、覚えてないのか」
「キシャッ!?」
 触れた場所から侵食する冰鬼の冷気――弌はにっこりと笑って告げる。
「それならこっちは、思う存分殺せますね」
 理性を無くしても――否、だからこそか。弌の挑発に過剰な反応を示した罪人エインヘリアルの傍若無人な反撃の斬撃を、伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)は咄嗟に構えた鎌で受け止めた。
「く……!?」
 予想を上回る衝撃に、晶は歯を食いしばったまま後方へと弾き飛ばされた。
「大丈夫!?」
 メリルディが禁縄禁縛呪を仕掛け、敵の気を引きながら晶の身を案じる。
「さすが、強敵といったところかな」
 これは――少し、簡単に考え過ぎていたかもしれない。
(「もう一人の牽制を任せたジェミさんは大丈夫だろうか」)
 一抹の不安が過ぎったものの、すぐに次がくる。晶は相手の攻撃を利用するようにぐるんと体の位置を入れ替えて、二重に跳躍。撃ち下ろされた降魔の打撃が罪人エインヘリアルの脳天を捉えた。
「ぎゃひん!」
 堪らず悲鳴を上げた罪人エインヘリアルは、前衛目がけてルーンをばらまいた。地面にそれが触れた途端、激しい爆発が辺りを包み込む。
「きゃああッ!!」
「ぐッ――」
 ――悲鳴が上がるその噴煙の中を、ゴーグルを嵌めたゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)が笑みを湛えたまま飛び出して来た。
「黄泉帰っても、ココにキミ達の居場所は無いんだよ」
 ギュィン、と甲高い回転音を奏でる鋼鉄のドリルと化した利き腕を、ゼロアリエは敵の急所目がけて突き出した。
「ぐぉあ!」
 それを勢いよく引き抜いた反動を利用しての、後ろ回し蹴り――グラインドファイアを脇腹に叩き込む。
「リサイクルって言うと聞こえはいいけど、これじゃあねぇ」
 遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)は肩を竦め、前衛の足元へとケルベロスチェインを迸らせる。
「死した後の尊厳も何もない、ですよね」
 ソールロッドの轟竜砲が嘶く中、篠葉は更にチェインの魔法陣を増やしながら呟いた。
「一撃で塵も残さず粉砕する呪いとか研究した方がいいかしら」
 空には素知らぬ顔でこの状況の標となった死神たちが泳ぎ回っている。戦場と化した草叢からは虫の鳴き声すら聞こえず、メリルディのまき散らした粒砂糖雨の白い粉が季節外れの雪のように戦場を白く染め上げていく。

●咎人たち
「これでどう!?」
 単身で少年エインヘリアルの抑えに回ったジェミは、全砲門を開いたアームドフォートから一斉射撃を試みる。続けて、今度はバスターライフルの銃口を差し向けた。
 気合の入ったジェミの猛攻に対して、敵はフロストレーザーの光条をバトルオーラで薙ぎ払うと、続けて気咬弾を射出する。
「くっ……まだよ、鍛えた私の体は、打ち抜けないわ! 師匠譲りのこの体に、通じるもんですかっ」
 ぐっ、と腹筋に力を入れて、ジェミは苦痛と衝撃を耐え抜いた。
(「強い」)
 思わず、目の奥がちかちかする。
「――今日のびっくりどっきり呪いは!」
 呪いなら負けていられないとばかりに篠葉の周囲へと怪しげな気配が満ちる。ほわんと鬼火が現れて、おどろおどろしい色彩をした靄が辺りを包み込んだ。
「死霊の秋風寄せ~惨劇の記憶を添えて~です!」
 神籬を振る篠葉の舞に呼び寄せられた御霊降臨之呪が、ジェミの受けた傷を癒していった。
「さすがに一人じゃ無理だよ」
 褪めた少年エインヘリアルの忠告に、けれどジェミは首を振った。
「このくらい効くもんですか!」
 襲い来る暴虐な闘気の渦を、裂帛の気合と共にアームドフォートで迎撃。眩いばかりに炸裂する弾丸と闇色の気弾が正面からぶつかり合い、爆ぜた。

 戦況が変わったのは、ソールロッドの用意したアラームが3分を過ぎた頃だった。
「きゃぁぁぁっ!」
 ジェミの一際高い悲鳴が夜気を裂いて戦場に響き渡る。はっとして、晶が肩越しに振り返る――その先に、倒れたジェミを踏み越えてバトルオーラをはためかせる少年エインヘリアルの姿があった。
「来るぞ」
 代わりの盾となる晶の全身に魔人降臨による呪紋が浮かび上がる。
「リューズ、頼りにしてるよ」
 ゼロアリエの笑顔にツンと鼻先を逸らしつつ、けれどウイングキャット・リューズは主人の狙いに合わせてリングを投擲。
「4分経過――!」
 勝負はここからだ、とゼロアリエは更にギアを上げた。命中率7割以上で再高威力のグラビティへと切り替える。
 その名は紫電。
 武器の装甲が音を立てて外れ、稲妻の如き力が内部からあふれ出る。
「逃がすわけにはいかないよ。未来の被害をココで食い止めるのが俺たちの使命だから」
「そう。例え殺風景に見えても、ここは日常の象徴にして、祭時には地域の人々が集う温かな思い出と共にある場所――守り抜いてみせます、必ず」
 ソールロッドの周囲に描かれた魔法陣の中から無彩の鳥が羽ばたいた。それはゼロアリエの放つ紫電の迸りを後追いするが如く、一陣となって罪人エインヘリアルの元へと殺到した。
「――けけ、けけけッ!?」
 流石に効いたらしく、罪人エインヘリアルが護石をまき散らしながら痛みに悶える。
「せっかくだけれど、あなたたちにはおかえり願おうかしら」
 体勢を立て直す暇を与えず、リリスは自身を流星と化して敵の死角から蹴りを見舞った。地面に手をつき、勢いを利用して優雅に後方へ跳躍。再び距離を取る。
「!」
 だが、着地を狙ったかのようにもう一人のエインヘリアルが攻撃を仕掛ける。リリスのウイングキャットが庇いに入り、その身と引き換えに凌いだ。
「ごめんね、前衛を支えるので精いっぱいで!」
 篠葉の懸命な援護は、戦場に入り乱れたチェインの描く魔法陣が示している。その時、5分を告げるアラームが鳴り響いた。

●闇の向こう側
「くそ、いってくれ!」
 その身に攻撃を引き受け続けた晶が、罪人エインヘリアルの箍を外した斧の一閃の前に吹き飛ばされ、骨を砕かれた痛みに血を吐きながらも仲間たちの背を押した。
「させないよ」
「それはこっちの台詞だよ!」
 立ち塞がる少年エインヘリアルの放つ凶悪な闘気――! だが、メリルディは唇を引き締め、その肩越しに美しい毛色をしたノルウェージャンフォレストキャットのファミリア・アンブルを解き放った。
「ッ……!」
 身体を裂いた傷から滲む痛み。
「おいきなさいな」
 流れる血にも構わず、リリスは指先を伸ばしてゆったりと舞い踊る。その足元から生まれ出ずる幻想の蔓薔薇が、敵の四肢を絡め取った。
「夜闇より深い彼方へ連れて行きましょう」
 敵の弱点と思しき属性は命中が足りず、ならばと弌は美しき面の齎す呪いに全てを賭ける。罪人エインヘリアルの動きが鈍ったところへ、メリルディのファミリアシュートが吸い込まれるように直撃した。
「残りは、死神と――あッ」
 背後から狙い撃たれたソールロッドは、微かな悲鳴をあげて膝をついた。ぞくりとする程の殺気。直ちにシャウトで痛みを振り払うが、一度崩れた陣形を立て直す程の余裕は許されない。
「……つまらなさそうな顔しちゃってさ。サクッと引導渡してやりたいとこだけど、ちょっと厳しいかな」
 泳ぎ漂ってきた死神の横っ面をスパイラルアームで叩き落として、ゼロアリエは息を弾ませながら少年エインヘリアルに向き合った。
「つまらなさそう?」
 意外だったのか、彼は目を瞬いた。
「そんなはずは……だが、そうなのか?」
「止めをお願い!」
 敵が戸惑う間にも、メリルディは粒砂糖雨をまき散らして死神の機動力を奪いにかかる。弌の如意棒が伸びてその鰓の辺りを地面へと串刺した。
「はぁ、はあッ……き、きつい!」
 篠葉は肩で息をしながら、手のひらの宝珠に力を込める――が、仲間たちの体力を回復しきるにはまるで足りない。
 捨て身で攻勢をかけた三分間。
 罪人エインヘリアルを葬り去るために全てを注いだ反動だ。それを見逃すはずもなく、少年エインヘリアルは健気に仲間を癒し続けた篠葉を気咬弾で撃った。悲痛な叫びが響き渡る。せめて死神だけでも、とソールロッドは片手で傷跡を抑えながら、再び薄墨の鳥を放った。
「――ッ、あ」
 容赦のないハウリングフィストに地面を転がされながらも、霞む視界に最後の死神が消えてゆくのを見送る。
「君もアレと同じようなもの?」
 撤退までの時間稼ぎに、弌は少年エインヘリアルへと語りかけた。
「ああごめん、『まだ』一緒にしちゃいけないね。でも、これから同じになるんだからさ」
「同じに?」
 そう、と弌は恐ろしいまでに整った宿命の美貌に蠱惑的な笑みを零した。まだ余力のある者が戦闘不能者に肩を貸して、戦場から離脱していく。
「今はまだ、だけど。いつかきっと、ね」
「……それは、楽しみだ」
 ケルベロスたちが姿を消した後で、誰かの命を奪うことでしか生きている実感を得られなかった無感動な少年は初めて、それ以外のことに興味を惹かれたらしく呟いたのだった。

作者:麻人 重傷:伊庭・晶(ボーイズハート・e19079) ジェミ・フロート(紅蓮の守護者・e20983) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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