お犬様の秋祭り~ヴェヒターの誕生日

作者:柚烏

 夜の帳が下りた頃、神社の境内にぽつぽつと灯りがともっていく。賑やかな屋台が軒を連ねる中、あたたかな光に煌めくのは素朴で繊細な硝子細工たち。色鮮やかに泳ぐ金魚に見惚れつつ通りを往けば、ふわり漂ってくるのは甘く香ばしい食べ物の匂い。
 どこか懐かしくも心浮き立つ、祭囃子の音色に誘われるように――さあ、石段を登って鳥居の先へ。はぐれないように手を繋ぎながら、狼の像に挨拶をして。木々を抜けたその先は、祭りの喧騒がふっと遠ざかる丘の上。
 ――見上げる夜空に浮かぶのは、刹那に咲いた秋花火。そんな豊穣を願うお祭りが、とある街で開かれるのだと言う。

「秋祭りかぁ……。今年の夏は暑かったから、涼みながらのんびり出来そうだなあ」
 うーん、と大きく伸びをしながら、ヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)は、すっかり秋色に染まった空を見上げた。そんな彼から祭りの話を聞いたエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は、面白そうだねと微笑んで頷く。
「どうやら、神社では神様の使いとして狼が祀られているみたいだね。ヴェヒターさんなんかは、親近感を抱いたりするのかな?」
 狼の神使は大口真神とも言うらしいが、親しみをこめて『お犬様』と住民からは呼ばれているのだとか。そして現在、すっかり姿を消してしまった狼に代わり、秋祭りでは沢山の犬たちが参拝客をお出迎えする。
「おー。何と祭り会場の一角では、わんことの触れ合いコーナーもあるらしいぞ! にゃんこも可愛いけどわんこもいいよな……!」
 元気よく尻尾を振るわんこの姿を想像してか、ヴェヒターの獣耳はふにゃりと垂れていたのだが――それでも精一杯表情を引き締めて、彼はお祭りの素晴らしさを力説し始めた。
「しかし! 屋台を冷やかしながらのんびり食べ歩きをするのも捨てがたい。それに金魚すくいや射的など、遊ぶ場所も色々あるぞ」
 林檎飴や綿菓子、それと良く冷えたラムネに焼きトウモロコシもあるだろう。お腹いっぱい食べたければ、お好み焼きや焼きそばがお薦めだ。お土産物が並ぶ屋台では、硝子細工のアクセサリーなども売っているようだが――祭りにちなんで、犬がモチーフのものが多いのだそう。
「それと、静かに過ごしたいなら神社の裏手の丘がお薦めになるのかな? 其処は休憩所にもなっていて、花火が良く見えるみたいなんだ」
 ――どうやら、ヴェヒターの事前調査はばっちりな様子。そんな訳で皆も誘って遊びに行こうと言うことになり、エリオットの方でも声を掛けてみると告げて、彼はヘリポートをぱたぱたと駆けていった。
(「……本当に、月日が経つのは早いな」)
 お祭りの日は丁度、ヴェヒターの誕生日であり――彼はまたひとつ歳を重ねる。皆と一緒に過ごすひとときを楽しみにしつつ、ヴェヒターは秋の夜を彩る花火を青空に描いたのだった。


■リプレイ

●秋祭りへの誘い
 深みを増した秋の気配に、鳴り響く祭囃子――夏とは趣を異にする祝祭は、お犬様の秋祭り。
「クリューガー、誕生日おめでとう」
 祭りのお誘いをしたヴェヒターへ、アンセルム達はそれぞれに祝いの言葉を述べた。
 今日がいい日になりますよう、そしてこの一年も充実したものになりますように――そう告げたエルムと環に、ヴェヒターは照れた様子で有難うと微笑んで。皆も楽しんでくれとの言葉に和希は頷き、早速連れ立ってわんことの触れ合いコーナーへと向かう。
「撫でたりとか……して良いのですよね……?」
「はい! もふもふは癒しです。正義です」
 内心のどきどきを抑えきれずに和希が問えば、エルムは顔を緩ませつつ確りと頷いた。もふり、と秋田犬の毛並に指を絡ませると、温かなぬくもりを感じて――愛らしくも凛々しいわんこと見つめ合い、和希はふふと柔らかな笑みを見せる。
「……ふふふ。たまりませんね。大人しくて、とてもいい子です……!」
「尻尾ふりふり可愛いです。ふかふかで顔埋めたくなります」
 一方のエルムは、抱っこしようと手を伸ばした所、先にちょこんと膝の上に乗っかられて嬉しそうだ。頬ずりをしようとしたら犬パンチが飛んできたけれど――羨ましい、と言いかけた環は其処で、激レアな大東犬を見つけて歓声をあげる。
「ああ、和風な顔立ちに短いあんよ! 可愛すぎです!」
 ――お犬様は実に善いもので、だらしない表情になるのも仕方のないこと。いそいそと抱っこをする環の隣では、アンセルムが白くてふわふわの日本スピッツと触れ合っていた。
「あっすごい、ふかふか……ぬいぐるみが生きているみたい」
 が、もふもふわんこは結構やんちゃな子のようで。アンセルムの身体に絡まる蔦をぐいぐい引っ張り、たまらず『いたたた!?』と悲鳴があがる。
「あ! ダメですよ! その蔦は玩具じゃ……!」
「って、アンちゃーん!?」
 ――おお、と感嘆の声を零したのはヴィルベル達。お薦めだと言う秋田犬を前にして、かわいいでかいごついと呟いていたウーリが、くるりとエトヴィンを振り返る。
「で、どれがえっちゃんの子供?」
「……この子達、僕の子だったの?」
 狼の耳を揺らしながら、認知すべきか――と小首を傾げるエトヴィンだったが、此方にすり寄って来た一頭を目にして歓声をあげた。
「脚ふとーい! うりちゃんには負けるけど!」
「確かに、このどっしり感はうりの如しだね」
 ウーリにも、これぐらいの可愛げがあればなぁと呟きつつ、子犬と戯れているのはヴィルベルだ。と、その言葉に半眼となったウーリは、げしげし踏みつけていたエトヴィンと意味ありげに視線を交わし、やがて悪戯っぽくわんこ達の背中を叩く。
「よしワンコら、いらんこと言ったヴィルで遊んどいで」
「うんうん。ベルちゃんの黒ローブを、君らの抜け毛で飾っちゃおう」
 そんなふたりにけしかけられて、子犬たちが一斉にヴィルベルの元へと押し寄せた。ぬわー、と言う彼の悲鳴はあっと言う間に掻き消されていき――押し倒され引きずり回される様子を動画に収めようとしたウーリだったが、笑い過ぎて中々上手くいかない。
(「まあこれも、いい思い出やね」)

●お犬様との触れ合い
 ――神社はかみさまのおうちだから、おじゃましますってごあいさつへ。青の浴衣をひらひらさせながら境内を進むエイルは、さながら青金魚のお姫様だ。そうして恭しく隣に立つルーチェと参拝を終えた後、ふたりは賑やかな屋台へと飛び込んでいく。
「たのしいじかんを。いただきます」
 珍しそうに屋台を見渡すルーチェに、気になるものがあるかと問えば、たこ焼きと綿飴が食べたいのだと返ってきた。
「エイルのおすすめはね。ぶどう飴。りんごだとおっきいけど、小粒だからたべやすいんだ」
「へぇ……それならいっそ、気になるものを片っ端から試してみようよ」
 僕が買ってあげると手を差し伸べるルーチェは、エイルの居場所を守ってくれる大切なひと。半分こずつ食べれば色々欲張れそうだ――そう言って微笑む彼の手を、エイルははぐれないようにぎゅっと握りしめた。
「さぁ、おいで……行こう」
 一方のラウルとシズネは、愛らしいわんこ達との触れ合いを満喫しており、洋犬と日本犬それぞれの魅力に癒されている様子。
「くるりと巻いた尻尾が可愛いね」
 黒の柴犬を優しく抱っこしたラウルが呟くと、ふたりの間にゴールデンレトリバーが割って入ってきた。――ところが、シズネの方はそれに気付く事は無いようで。
「なあなあ! あっちのわんこもかっこいいぞ」
 そう言って振り返った先に居たのは、当然ラウルではなく大きなお犬様だ。優しげなまなざしにつやつやした毛並みを暫し見つめたシズネは、そこで一言。
「ラウルおめぇ、ウェアライダーだったのか!?」
 頭が真っ白になりつつ、取り敢えずお手をしてみると――俺は此処に居るよ、と不思議そうな声が返ってきた。
「そうだった、ラウルはちきゅうじんだった……」
「うん。でもシズネは、黒柴のこの子に似てるね。……凛々しくて勇敢だけれど、優しいところが似てる」
 祭りの賑わいには目もくれず、エリアスはお目当ての秋田犬目指して一直線。そんなに急いでも、犬は逃げないぞと苦笑する紅だったが、彼もまたもふもふ出来るのを楽しみにしているようだった。
「仔犬も捨て難いが、やっぱ成犬だよな。見ろよ、この顔……癒される……」
 と、其処でおもむろに、エリアスはわんこの顔を両手でぎゅっと中央に寄せ――その変顔を向けられた紅は、思わず吹き出してしまう。
「……取り敢えず、手を離してやってくれ。笑いが止まらない」
 何やら牙を剥き出して唸っているようなので、わんこの首回りを撫でて機嫌を窺ったりもして。そうして、ふっくらしたお腹に顔を埋めてみれば、其処はもう天国のよう。
「猫派だったのが犬派に引きずりこまれている。恐るべし……」
 ――ああ、もふもふは最高で最強。改めてその真理に至ったエリアスと紅なのだった。
「おっひさー! 恒例のプレゼントを食らえー!」
 お祭りでヴェヒターの姿を見つけた鳴海が『今年も良いもふもふを!』と言ってお祝いすると、向こうからは『イエスもふ!』とハイタッチが返ってきた。
「ふふ、なるみと一緒に楽しませてもらう、ね」
 隣で微笑む輪夏は、涼しげな浴衣姿で――その様子に暫し見惚れていた鳴海だったが、早速わんこ達と触れ合おうと会場へ向かう。
「個人的には断然にゃんこ派ではあるんだけど、それはそれとしてわんこも可愛いし!」
「うん、大きなわんこもふわふわしてて、一緒に寝れたらあったかそう、ね」
 もふもふに貴賤なし――そう頷いた鳴海は、輪夏が好きだと言うコリー犬の元へ向かったのだが、どう撫でたらいいのかと悩んでしまった。
「うーん、にゃんこは慣れてるけど……」
「ほら、なるみ。わんこは目が素敵、だよ」
 ――つぶらな瞳で、じっと見てたら心動かされちゃう。そんな輪夏の声に導かれるようにして、鳴海の手がゆっくりとわんこを撫でていった。

●ずっと、いつか
 お祭りの雰囲気は、いつでも心躍るもの。賑やかな屋台を巡る志苑の貌は、花のように綻んでいる。それに何より、目的の場所には多種多様なお犬様が自分たちを待っているのだ――。
(「心なしか嬉し、そう……か?」)
 連れのオルトロス――空木の尾が立っているのに蓮が気づくと、両手で子犬を撫でまわしていた斑鳩は爽やかな笑みを見せる。
「へぇ、空木も可愛いところあるんだな。……犬ってやっぱり主人に似るんだろうか」
 次いでちらりと視線を向けたのは、真っ白もふもふなわんこに顔を埋める宿利の姿。相棒の成親もころりと寝転がって、一緒にもふ天国を楽しんでいる。
「いい子だね、あったかーい……」
「愛らしいです、ここにずっと居たいです」
 人懐っこいわんこ達に囲まれた志苑も、幸せそうに呟くと――其処に空木もやって来て、構ってくれとばかりに鼻でつつき始めた。
「お前……普段構われると素っ気ないくせに」
 すまない、と頭を下げる蓮に、問題ないとばかりに笑顔を返す宿利と志苑。仲間たちの微笑ましい様子を見渡して、斑鳩はしみじみと呟く。
「ああ、天国は此処にあったんだなぁ」
 ――色々なお犬様が出迎えてくれるけれど、これだけ沢山の犬を一度に見る機会は余りないもの。そんな訳でウエンは仲間たちに、秋田犬についての説明を開始した。
「そもそも秋田犬は秋田県原産の、賢くて凛々しい顔立ちと、逞しい身体つきの……」
「ふむ、くるんとした尾、巻き尾の魅力ですか……ウエンさんは詳しいのですね!」
 真剣に説明を聞いている虹だが、わんこ達の元へ飛び込んで行きたい自身を懸命に『ステイ』しているようだ。一方のウエンも、何処かそわそわしていて――先にもふもふを開始したアベルが、すっかり秋田犬に懐かれていることが気になって仕方ない様子。
「……ん、癒しだわコレ」
 ――アベルに撫でられたわんこの、気持ち良さげな顔を見たその時、もふもふの力が理性を凌駕した。
「……ええーい! 説明はいいですね、いざもふもふターイム!」
「勉強になりました! いざもふもふタイムッ」
 ゴー! とばかりにお犬様の元へ飛び込んで行くウエンと虹。一方で、大人しく説明を聞いていたフィーラはと言えば、わんこと戯れる皆の姿をぼーっと眺めていた。
「みんな、すごくはしゃいで、たのしそう」
 やがて恐る恐る、と言った感じで近くの犬に手を伸ばし――指先に伝わるふわりとした、あたたかな感覚にそっと目を細める。
「……帰るの止めましょうか」
 名残惜しさを漂わせるウエンの様子に、気持ちは分かると虹も頷いていたけれど。居座っちゃ可愛いお犬様が困っちまうぞ、と皆を宥めるアベルはやっぱり面倒見が良いようだ。
「また会いに来てやろうぜ。……いつか、さ」

●祭りの中で想うのは
 いざや往かん、もふ同盟――大勢のわんこ達が待っている触れ合いコーナーへ辿り着いたゼレフは、先ずは拝礼をと手を合わせる。
「そう、二拝二拍手……って、いやここ違う!」
 すかさず突っ込んだ眠堂だったが、でも実際お犬様相手だしなあ、と悩んだりもして。しかし傍らの柴犬に早速懐かれた彼は、よしよしと抱き上げてゼレフに向き直った。
「見ろ! かわいいぞ!」
「こりゃお似合いだ。生き別れた兄弟みたいだ、二人共」
 思わず相好を崩したゼレフの手には、もっふりとした秋田犬がちょこんと前脚を乗せていて――連れて帰りたい、と思わず漏れた呟きに、持ち帰んなと再び眠堂のツッコミが飛ぶ。
「もしも『お犬様』に願えば叶うのかな。いつか一緒にいた子に、また逢えたりなんて」
「逢いたい子、か……今も大切に思ってるんだろ」
 ――ゼレフの瞳に過ぎる姿は、果たして如何なるものか。眠堂には知る由も無かったけれど、お犬様が想いを伝えてくれると良いな、と真っ直ぐに思う。
「そしたらきっと、縁は巡るよ」
 ――あちらこちらで、招くように尾が揺れる。あまり犬と触れ合う機会がなかったメロゥは、今日のお祭りにちょっぴりどきどきだ。
「おっきい子の方が大人しいって、聞いた事はあるけど……」
 しどろもどろと言った様子で助言をする蜂も、どうやって遊べばいいのか不安なようだったが――おねえさんなんだからと己に言い聞かせる。
「わ、ふかふかしてる……みて、ねえさま、かわいい」
 恐る恐るわんこに近づいたメロゥが、そぅっと頭を撫でると、つぶらな瞳が彼女を見上げてきて。メロゥみたいな可愛い子がもふもふを愛でている姿を見られただけで、わりと満足かもしれないと思う蜂であった。
「ねえ、わんちゃんって、こんなにかわいいのね」
 ――見上げてくる犬達のまなざしは、いずれもきらきら輝いていて純粋だ。
「実は以前から薄々感じていたんです。貴方はもふもふに弱いのではないかと……」
 わたくしにはお見通しです――そっと呟くアイヴォリーは、其処でおもむろに柴犬カットのポメラニアンを抱っこ。ずずいと夜に近づけ、どうだとばかりに迫る。
「へえ、縫い包みみたいで愛らしいね」
「む、これでもクールな顔を崩さないと? ……なかなか手強いですね。でも無駄な抵抗はそこまでです!」
「……って、待って、君は何と戦っているんだ?」
 びしりと夜に指を突き付けた後、アイヴォリーはわんこの群れの中へと駆け出していき――やがて真っ白なサモエドを連れて戻って来た。
「どうです、この大きさといい綿飴みたいな毛並みといい、堕ちる寸前でしょう、堕ち」
「堕ち……? いや、落ち着いて」
「モフモフですこのこー!」
 ――先に、もふもふに陥落したのはアイヴォリー。すっかりめろめろになった彼女の姿が可愛らしくて、ついに夜は吹き出しつつ彼女の頭を撫でる。
「って、何故わたくしを撫でるんです?!」
 キースの周りには猫が多い、と言うのがイェロの弁だ。それじゃあ犬は――と思い目を遣れば、彼は早速やって来たコーギーを手なずけている。
「よーしよしよし、お前は利口だな」
 振り切れんばかりに揺れる尾に見惚れつつも、おいでと近くのわんこ達に声を掛けるイェロ。すると小柄な柴犬が、くるりとした尻尾を振って応えてくれた。
「猫たちはいつもツンとしてるからね……」
 ――なのでこう素直に来られると、どぎまぎしてしまう。それでも肉厚な耳をふにふにと撫でていると、キースがやって来て、ふんわりしっぽに手を伸ばしてくる。
「……俺ももふもふする。しかし、やはり似ている」
「……なぁに、その笑み」
 自分と柴犬を見比べて含み笑いをするキースに首を傾げていると、イェロの頬をぺろりと柴犬の舌が舐める。なら俺も、帰りは飴でも舐めようかね――そう呟いてわんこの頭をくしゃくしゃ撫でていると、背後からはどぉんと花火の咲く音が聞こえて来た。
「ん、今年もこうして一緒に見る事が出来て良かった」
「こちらこそ、ありがとう」

●秋空に咲いた花
 楽しい秋祭りもやがて、終わりに近づいていく。犬雑貨の買い物を楽しんだつかさは、犬との触れ合いを堪能していたのだが――思った以上に懐かれてしまい、顔をぺろぺろと舐められていた。
「ちょ、やめ……! って、くすぐったい」
 思い出すのは、此処には居ない恋人のこと。そう言えば、ウェアライダーのあの人も狼に変身すると、良く舐めて来るんだよなぁ――そんな回想に浸る間もなく、また舌が迫って来る。
(「でも、やっぱり……こういうのは一緒がいい……」)
 ――一方、祭りの中でエリオットを見つけたハンナは、一緒に行きましょうと花火の見える丘へと誘った。白薔薇の浴衣姿のハンナに、エリオットが見惚れていたことは夜の闇が隠していたけれど――ベンチに座ろうと取った手は、いつもよりあたたかかった。
「久しぶりに、あなたの元気そうな姿を見られて、安心したの」
 ふたり並んで見上げる空に、打ち上がるのは色とりどりの花火たち。弾ける火の輝きがハンナの瞳に次々と過ぎる中で、彼女は思う――この気持ちはきっと、恋とも友情とも違うもの。はっきりとしたかたちは、わからない。けれど――。
「……あなたは、わたしの『特別で』……一緒にいたい、たいせつなひと」
「僕もね、ハンナが笑ってくれると嬉しいんだ。その……『特別』なんて言われるのは初めてで……僕もこの気持ちが何なのか、上手く分からないけれど」
 ――でも、傍に居ればいつかは、その想いのかたちが分かる日が来るかもしれないと、エリオットは微笑んだ。
「ああ、祭りは楽しんでいるか?」
 犬たちと思う存分触れ合っていたライは、ヴェヒターの姿を見つけて声を掛ける。わんこの喜びそうな場所を上手く撫でているライに、ヴェヒターは感嘆しきりと言う様子であり、ふたりは好きな犬種などの話を暫し楽しんでいた。
「そう言えば、日本の狼が絶滅したとされてもう百年になるか……」
 嘗ては神聖視された狼だが――やがては住処を追われ、狩られるものへと変化していく。彼らの辿った運命に、ヴェヒターはやるせない表情を見せていたが、遠い彼方の山を見つめるライは呟いた。
「復活させようとする動きはあるが、それよりは、ひっそり人や山の営みを見守っている方が良いだろう……」
 何度見ても、お祭りは華やかで良いもの――屋台の食べ物に犬の雑貨も気になるけれど、犬と触れ合うリコリスは其処で、幸せそうな様子のヴェヒターを見つける。
(「……猫の時のように、逃げられたりはしていないですね」)
 やっぱり似た者同士、親近感があったりするのだろうか。と、此方を見つめるリコリスに気づいたヴェヒターは、ぶんぶんと手を振ってお祭りでの再会を喜んだ。
「あ、お誕生日おめでとうございます。……よろしければフィナーレの花火、一緒に見ませんか?」
 ――確かに穴場だな、と秋宵の空に開く数多の大輪を見上げたスプーキーは思う。誕生日おめでとう――丘の上にやって来たヴェヒターに挨拶をして、スプーキーはお土産の飴袋を差し出した。
「おー、金太郎飴かー! かわいいわんこの絵が描かれてるんだな」
「うん、わん……いやお犬様。どこかヴェヒターに似ている気がしてね」
 この先の一年も、君が笑顔になれる素敵な冒険で溢れていますように――ふっと相好を崩したスプーキーの後で、秋祭り最後の花火が咲いた。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月27日
難度:易しい
参加:36人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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