冥府の怪魚が、命を喰らう

作者:波多野志郎

 夜の繁華街は遠く、その音は数本外れた路地へと届いていた。そこには日々を生きる人達がいる、命がある――それを知るからこそ、赤い翼をもつ女性型の死神は頭上を見上げた。
 そこにいたのは、二体の魚型死神だ。片方はカツオ型、片方はマグロ型。その二体の魚型死神へ、女性型死神は命じた。
「お行きなさい、ブルチャーレ・パラミータ、メラン・テュンノス。ディープディープブルーファングの戦闘能力を自らの力としてみせるのです」
 二体の魚型死神は女性型死神の頭上を幾度か回遊すると、その意図を察したように繁華街の方へと空中を泳ぐように飛んでいく。
「…………」
 女性型死神は、それを見送ると目を細めた。吉と出るか凶と出るか、それを見極めるように……。

「夜の繁華街に、2体の魚型の死神が出現します」
 その結果起こる事件は、悲劇でしかない――セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、詳細を語りだした。
「事件を起こすのは、ディープディープブルーファングを使役していた死神のようです。ディープディープブルーファングを量産していた海底基地が破壊された事で、作戦を変更したようですね」
 ニ体の魚型の死神は、カツオ型とマグロ型で、下級死神ではあるが戦闘力がかなり強化されている。体長は五メートルほど、空中を泳ぐように移動して繁華街に到着すると人々を虐殺する。
「ディープディープブルーファング事件との関係は不明ですが、みなさんにやっていただく事はかわりません。どうか、この魚型の死神から一般人を守ってあげてください」
 戦場となるのは、繁華街へと繋がる路地だ。その路地は伝灯などの設備があるため、光源には困らない。その路地の避難なども、事前に行なっておくので戦闘に集中してほしい。
「魚型死神は、基本的に突進で攻撃してくるようです」
 それに加えカツオ型は卵のようなものを発射する産卵攻撃を、マグロ型は腹部の内蔵を捻り出したような触手攻撃を行なってくる。体の大きさもあり、そこそこタフであるので注意が必要だろう。
「魚型の下級死神ですが、戦闘力が強化されています。くれぐれも油断しないよう、挑んでください」


参加者
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)
物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
円谷・円(デッドリバイバル・e07301)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)
マイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)

■リプレイ


  夜の繁華街は遠く、その音は数本外れた路地へと届いていた。
「今回は誰かを復活させることもなく襲撃か。いつかの釧路湿原のことといい、死神は何を考えているのやら……今の今まで、派手な活動をしていない分、思惑が読みづらいな」
 夜空を見上げ、蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)が呟く。物部・帳(お騒がせ警官・e02957)も、しみじみと言った。
「市民の方に被害が出ないよう、何としても此処で食い止めなくてはなりませんね。……ですがこれって、どうしてマグロとカツオなんでしょうね?」
 帳が言うように、夜空を泳いでいたのはマグロとカツオだ。もちろん、ただのマグロとカツオなはずがない――どちらも、魚型死神だ。
 そんな魚型死神達を見上げ、マイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)が肩をすくめた。
「どうにも磯臭いわねえ。イカ臭い(意味深)とかだったら大歓迎なんだけど。……ま、とっとと捌いて帰りましょ?」
「周囲に被害が出る前にきっちりと倒してしまいましょう」
 自分達の背後には、繁華街がある――守らなくてはならない人々がいるのだ、と小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)は身構える。ただ、言葉は真面目だが、思考は違った。
(「マグロとカツオの死神……円の蓬莱ちゃんのご飯にちょうどいいんじゃないのでしょうか」)
 脳裏にそんな事を考えながら、チラリと優雨は視線を送る。
「マグロとカツオが敵だなんて、ほら蓬莱おいしそうだよ。ばしゅーっとやっつけて食べちゃえ! あれでも、死神のお肉って死肉? まーいつも食べてるお魚だって死肉だし一緒か」
「わたしは今、猛烈に鉄火丼が食べたいわ……!」
 うずうずとしているウイングキャットの蓬莱に円谷・円(デッドリバイバル・e07301)が言い、魚型死神を凝視して円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)が自身の内の猫としての本能が大活性化していた。
「マグロとカツオ――この時期ならカツオは戻りカツオですかね。もっとも刺身にしても叩きにしても食べる気はありませんが」
 食に燃える一部と違い、白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)はため息混じりにこぼす。何せ、相手は死神だ――ましてや、こちらに殺気を向けてくる魚など、腹に当たるだけではすみそうにない。
「黒曜牙竜のノーフィアよりカツオとマグロの死神へ。剣と月の祝福を」
 言葉が通じるとは思わない、それでもノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)は、いつも通りに名乗りを上げる。もちろん、魚型死神に言葉を介する知能はない。ただ、その本能のままに動くだけだ。
 すなわち、出会った存在の破壊と殺戮――マグロとカツオ、二体の魚型死神が、ケルベロス達をめがけて突進してきた。


 ヒュガガガガガガガガガガガ! と散弾のように、カツオ型の卵がケルベロス達へと降り注いでいく。ただ、卵と言ってもただの卵ではない。一つ一つがアスファルトさえ穿つ、凶悪な卵の雨だ。
「あらあら、こんなところでこんなにぶちまけ(意味深)ちゃうなんてお盛んなのねえ」
 マイアが不可視の虚無球体を手中に生み出し、カツオ型へと投げ放つ。マイアのディスインテグレートを、カツオ型はその尾ビレで受け止めた。ガシュ! と尾ビレの一部が消し飛ぶが、カツオ型は構わず空中を泳いでいく。
 そして、マグロ型が真っ直ぐにノーフィアへと体当たりした。
「活きが良すぎる――ね!」
 真っ向からマグロ型の体当たりを受け止めたノーフィアが、そのまま宙に浮かされる。そのまま壁に叩きつけられる寸前に、降魔した肘をマグロ型へと落とした。わずかに緩む突進、その隙にノーフィアが上へ跳ぶ。すかさず、ボクスドラゴンのペレが属性インストールでノーフィアを回復させた。
「今日は大忙しだぞ。セキウ、エンセイ」
 真琴が星蟹鎌を振りかぶって、投擲。まっすぐと放たれた星蟹鎌が、カツオ型の身を切り裂く。それに続き、帳が素早く捕鳥部万を抜いた。
「的が大きいのは、いいですね」
 放たれるクイックドロウの水銀弾が、カツオ型へ着弾していく。五メートルほどの巨体が、わずかに動きを止め――蓬莱が清浄の翼で穏やかな風を吹かせた。
「蓬莱、皆を守ってあげてね」
 円は、風を貫くようにイーバウで矢を射る。エイワズのルーン、すなわちイチイの木の弓から放たれた矢は、大きく弧を描く軌道でカツオ型へと突き刺さる!
「使いこなしているようですね」
 かつて、自分のプレゼントした弓を扱う円を見て、優雨は薬品の雨を降らせる。優雨のメディカルレインに合わせ、ボクスドラゴンのイチイがノーフィアの傷を癒やした。
 オルトロスのアロンが物陰から疾走、カツオ型に地獄の瘴気を叩きつけていく。同じ物陰から跳び出したキアリが氷結の螺旋を放った。
「まずは冷凍処理!」
 キアリの螺旋氷縛波に飲み込まれながら、カツオ型は滑るように泳いでいく。佐楡葉が敵に喰らいつくオーラの弾丸を撃ち放ち、カツオ型を強打した。
「陸地に上がるのは鮫だけにして欲しいものですね。鮫も鮫で最近基地を爆破したというアレはもう蘇ってこなくても結構ですが」
 取り囲むようにケルベロス達は魚型死神に相対するが、死神達は止まらない。その姿を見れば、ここが陸地である事を忘れ、自分達が大海に迷い込んでしまったようにも錯覚しそうだ。
 だが、ここは海ではない――戦場だ。死神を逃せば、命が失われる。だからこそ、ケルベロス達は死神達へ挑みかかった。


 戦場となった路地は、破壊され荒れ果てていた。壁は砕け、アスファルトはめくれている。ただ、その大部分がケルベロスではなく魚型死神が暴れた結果だった。
 カツオ型が、真っ直ぐに突っ込んでくる。しかも、ただのカツオではない。通常のカツオでさえ、体長1メートルほどで体重が20キロほど。時速にして60キロメートルほどで泳ぐのだが、これが体長5メートルとなればどうなるか――。
「うわっと!?」
 帳が、紙一重で横に跳ぶ。回避に成功すると、カツオ型はビルの外壁へと突っ込み、紙でも突き破るように破壊した。
「マグロやカツオに殺されて死亡とか、果てしなく格好悪いですからね! 語れない死に様になっちゃいますよ!」
 帳は思わずそう叫ぶが、実際にコレが相手ならありえない死に方ではない。帳が捕鳥部万の引き金を引いた瞬間、背後に現われた黒蛇が火炎をカツオ型へと叩きつけた。ジュ! と皮が焦げる、香ばしい匂いがする。
「煮てよし、焼いてよし、ってところかな?」
 駆け込んだノーフィアの右回し蹴り、グラインドファイアがその匂いをより強いものにした。カツオ型が、のたうち回る。ペレの属性インストールを受けて、真琴が動いた。
「雨の如く――セキウよ!」
 水をなとう巨大な鳥となったセキウから放たれる、水の矢がカツオ型に突き刺さっていく! ズガァ、とアスファルトに落下したカツオ型を、マイアは白銀の選定者で突き刺した。
「もうちょっと、深くいってみる?」
 全体重を白銀の長剣にかけて、マイアはカツオ型を刺していく。だが、カツオ型は身がたっぷりと太い。貫く前に、逃げられた。
「薔薇の花が舞うお造りも、趣向としては悪くないですね」
 カツオ型が逃れようとした先にいたのは、佐楡葉だ。そして、逃げようと進むカツオ型の頭上をキアリとアロンが取った。
 理力を籠めた星型のオーラをキアリが蹴り込み、アロンは口に咥えた刃を振るう。キアリのフォーチュンスターを受けたところを、アロンの斬撃がカツオ型の速度を削ぎ――。
「今よ!」
 キアリの声を受けて、佐楡葉が踏み込んだ。
「一華五葉開――あなたに咲くのは何色の花でしょう」
 一輪の赤薔薇を触媒とし、魔力によって非物質の長剣を生み出す。佐楡葉の放った緋色の剣戟が、粉微塵にカツオ型を切り刻んだ。
「上です!」
 優雨の声に、ケルベロス達が即座に動く。カツオ型が猛攻に晒されている間に上を取ったマグロ型が、その腹部の内蔵による触手を前衛へと放ってきた。ガガガガガガがガガガ! と触手が無数の槍のように放たれ、アスファルトを無数に穿った。
「円、回復を手伝ってください」
「は~い!」
 優雨のメディカルレインと円のゴーストヒールが、前衛を回復していく。そして、蓬莱の清浄の翼とイチイの属性インストールが、フォローした。
(「当たりどころが悪ければ、回復が追いつきませんね」)
 優雨は、冷静に戦況を判断する。その判断は、正しい。魚型死神は攻撃や動きが大雑把であるため、対応は難しくなかった。それでも、戦闘能力はそこそこのものだ。特に、そのサイズに見合った耐久力は、素直に脅威と言って良かった。
 しかし、二体で互角であった以上、一体減った状態では脅威度は下がる。それでも、油断する者は一人としていない。戦場を見回せば、この一体でさえどれだけ多くの命が奪えるか、一目瞭然だからだ。
(「そもそも、死神の意図が見えない。後の禍根になる前に、確実に潰すべきだ」)
 ただ、魚型死神を放っただけなのだろうか? 真琴は、そこに疑問を抱く。戦いの前、真琴が引っかかっていたようにいつかの釧路湿原の事を考えれば、何か思惑があるのではないか? そう思えるのだ。
「――考えるのは、後だな」
 真琴が、正面を見つめる。そこにはマグロ型が一度急上昇、即座に自分をめがけて落下してくる姿があった。
「武力と計略に通じし妖狐よ。我が盟約に従い、その力を顕現させよっ! ―――――行って来い、「エンセイ」!」
 真琴の足元から、数多の尾を持つ二メートルほどの化け狐が天へと駆けた。真琴の盟約召喚・仙狐(サモン・フォックステイル)とマグロ型の体当たりが、空中で激突する!
 ゴォ! 大きく軌道がそれたマグロ型が、地面に突き刺さった。ビチビチ、と体を揺すって地面から抜けようとする死神へ、佐楡葉が踏み出した。
「実際のマグロ解体は熟練の職人が随分たくさんの道具が使って漸く為せる仕事だそうですが――こちとら素人なもので、微塵切りにさせてもらいます」
 ダン! と強い踏み込みと同時、佐楡葉が放った惨殺ナイフが大きくマグロ型を切り裂く。マグロはのたうち回りながら、ようやく体を引き抜いて空を目指した。
「させないよ!」
 逃さない、とキアリのレゾナンスグリードがマグロ型の巨体を飲み込む。まるで投網のようにマグロ型を飲み込んだブラックスライムの上をアロンは走り抜け、剣先を突きたてた。
 そして、マイアが結晶花『Amber Mistelten』の蔦を伸ばし、マグロ型を絡め取る。
「せーのぉ!」
 合図に合わせ、マイアとキアリがマグロ型を再び地面へと引きずり落とした。その瞬間、アスファルトが多量の硫化水銀を含む、燃え盛る真紅の沼へと変わった――帳の禁足地の神隠し(キンソクチノカミカクシ)だ。
「行きはよいよい帰りは怖い……中には二度と帰れぬ場所もあるそうで。いやはや、なんとも可哀想な話でありますなあ」
 硫化水銀の燃焼で発生した亜硫酸ガスと水銀蒸気が、死神を包んでいく。ビッチビッチと暴れるマグロ型へ、優雨が一歩前へ出た。
「イチイ、円たちを合わせますよ」
 イチイは、小さくうなずく。円と蓬莱は、既に攻撃態勢に入っていた。円のディスインテグレートがマグロ型を削り、蓬莱はひっかくついでに噛み付いた。
「こらこら、食べるのは倒してから――」
 でしょう? という円のツッコミは、降り注ぐ優雨の憂いの雨(ウレイノアメ)とイチイのブレスに遮られた。そして、一気にノーフィアとペレが構えた。
「これでお終い。その躰、その魂、悉くを喰い砕こう!」
 ビキビキビキ! と凍てつき崩壊していくマグロ型へ、ノーフィアは立体型の魔法陣で構築した漆黒の球体を形成。ギュオ!! とマグロ型が、その球体へと引き寄せられ、ペレのタックルと同時に5メートルの巨体の半分を削り取った。
 バラバラ、と砕け散っていくマグロ型に、ふと思い出したように優雨が言った。
「あ……マグロもカツオも回収してない」


「あー、食べる身がなくなったね、蓬莱」
 名残惜しそうな蓬莱の頭を撫でて慰める円には触れず、優雨はイチイを抱き上げると周囲をヒールしていった。
 戦闘の跡も、ケルベロス達のヒールによってすっかり修復される。ひとまずは、事なきを得たようだ。
「うはー、意外とグロかったです。当分、海鮮系は遠慮したいところですねー、私」
 内蔵攻撃や卵の攻撃は、確かにグロテスクだった。帳はそう言うが、戦っている最中の焼ける匂いは、食欲を誘うものであったのは確かで――。
「帰りに何か食べていきますか……何となく魚が食べたくなりました」
「……くっ、こんな夜遅くまで開いている鉄火丼を食べられるお店というと……赤に黄色のアクセントの看板が目印の、某牛丼屋かしら!?」
 佐楡葉がしみじみとこぼし、キアリは真剣にこれから食べられる方法を模索する。ケルベロス達は修復を終えると、自分達が守った繁華街へと歩き出した……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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