寿司食べたい

作者:中尾

●肌寒い風が吹く
 もうすぐ、太陽が目覚めようとする時間帯。
 まだ暗い山林で、感情のない瞳が宙に浮いた2頭の巨大魚を見つめていた。
 純白のドレスの上から黒いロングマントを羽織る彼女は、赤い翼を持つ死神だった。
 白い指が海沿いの街を指さし、2頭の巨大魚へと命令を下す。
「お行きなさい、ブルチャーレ・パラミータ、メラン・テュンノス。……ディープディープブルーファングの戦闘能力を、自らの力としてみせるのです」
 名を呼ばれた2頭の死神、ブルチャーレ・パラミータとメラン・テュンノスは競い合うようにして、山を下っていく。
 目指すは、漁の街。卸売市場には早朝から多くの命が集まっていた。

●ヘリポートにて
「皆さん、おはようございます。……いつもならまだ寝てる時間帯。お辛いでしょうが事件です」
 真夜中のヘリポート。まだ眠く瞼をこする者、逆に夜更かししてギンギンに目覚めている者がいる中で、雨宮・シズ(オラトリオのヘリオライダー・en0197)が事件の概要を説明し始める。
「新潟県の海沿いの町が、2体の死神の襲撃を受けることがわかりました。この2体を解き放ったのは、あのディープディープブルーファングを使役していた死神です。きっと、ディープディープブルーファングを量産していた海底基地が破壊された事で、作戦を変更したのでしょう」
 ケルベロス達がダモクレスの工場がある駿河湾海底へと潜ったのは、まだ記憶に新しい。
「2体は全長5m程のカツオとマグロの姿をした下級死神で、戦闘力の強化を受けているようです。強化と言えど、元が下級死神なので、2体合わせてディープディープブルーファング1体程度ですが……一般人にとっては十分脅威です。このままでは彼らは空中を泳ぐように移動して、卸売市場に到着次第その場にいる一般人の虐殺を行う事でしょう。そこで、皆さんにはこの虐殺が始まる前に、この2体の死神の撃破をお願いしたいのです」
 今回の敵、ブルチャーレ・パラミータ――カツオ型は卵のようなものを発射する『産卵攻撃』『突進攻撃』『体当たり攻撃』を、メラン・テュンノスが――マグロ型は腹部から内臓を捻りだしたような触手を出して攻撃する『触手攻撃』『突進攻撃』『噛み付き攻撃』を行うだろう。
「まだ他にも敵に意図がありそうで不気味ですが……まぁ、わからない事を悩んでも仕方がありませんものね」
 シズがぼそり、と言った。
「そうだ。死神を無事に排除できたら、隣の海鮮料理屋で朝食を食べて帰るのもいいかもしれませんね。あそこの海鮮丼とお寿司はとっても美味しいんですよ」
 シズはそんな提案をして、ケルベロス達を送り出したのだった。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)
鉄・千(空明・e03694)
アストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)
影守・吾連(影護・e38006)
フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)

■リプレイ

●夜が明けようとしていた
 フォークリフトが次々と荷を運び、活気の良い声が響く。卸売市場は今日も人々の熱気に包まれていた。
 そんな人々の熱に誘われ、2体の死神は殺戮を行うべく突き進む。目標まであと少し。建物へと突入すべく、ブルチャーレ・パラミータ――カツオ型が卵を装填し、メラン・テュンノス――マグロ型が触手をうごめかせた、その時だった。
 黒い光が瞬き、弧を描いた斬撃がカツオを襲う。カツオの目玉がギョロリと、攻撃を放った人物へと向けられた。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参! 邪悪なる侵略者どもの尖兵め! 覚悟するが良い!」
 そこには太陽の黒点を思わせる黒き剣を構えた騎士の姿があった。青空を思わせる髪に大きなヒマワリの花。赤い鎧を身に着けた彼女こそ、太陽の騎士団、2代目団長であるシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)だ。
 太陽が昇り始め、段々とお互いの輪郭が鮮明に見えてくる。冷たい潮風が黒のベールを揺らす。緑髪の聖職者は、とうとう現れた敵へとその顔をあげた。橙色の瞳が、しっかりとその死神の姿を捕える。修道服を身に纏う彼女の名は、フェルディス・プローレット(すっとこどっこいシスター・e39720)。
「カツオとマグロが徒党を組んで襲ってくるとはカオスですね」
「自分達から市場に向かうお魚さんは感心するけれど、さすがに死神は出荷できないよね」
 ウェーブした金のロングヘアにまん丸な瞳。まるで可愛らしい人形のような容姿のアストラ・デュアプリズム(グッドナイト・e05909)は、ぼんやりとしながらも蒼いエクトプラズムを纏ったミミック、ボックスナイトと共に戦闘態勢へと入る。
「死神じゃなかったら美味しそうに見えるんだけどねぇ。試しに捌いて見ようかな? こう見えて割と得意だよ、そういうの」
 そう言って笑うのは一比古・アヤメ(信じる者の幸福・e36948)だ。18歳の姿の彼女は、マインドリングから武器を具現化し、死神達へと向ける。
「空飛ぶでっかい魚……シュールだけど、ちょっと浪漫があるね。でも、人々と海鮮に被害が出ないようしっかり捌かなきゃね」
 灰色の髪を撫で、影守・吾連(影護・e38006)はチャイナ風のケルベロスコートの背に、青い翼を開く。
「市場と働いている人達がいないと、おいしいお魚は食べられない何としても守るぞ!」
 落ち着いた藍色の髪に印象的な金色の瞳。凛とした顔つきの彼女は鉄・千(空明・e03694)。
「新鮮なカツオとマグロを確保するチャンスです。頑張りましょう」
 艶やかな灰色の髪に桔梗の花を咲かせ、蒼い外套に銀の鎧を身に着けた女性、ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)は皆へのお土産に、カツオとマグロを捕獲する気満々だ。
「それでは、『カツオのたたき&炙りマグロ』作戦を開始する! 本物を食すのは、任務成功後のお楽しみだぞ!」
 漆黒の髪に落ち着きを宿す瞳。薔薇を思わせる黒と紫のドレスはまさに大人の女性。空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)は疾風と旋風の名を持つナイフを取り出す。
「作戦名はそれで定着しちゃってるのね……」
 と、アヤメが苦笑する後ろでフェルディスが、くすりと笑った。
「さてと、やっちまいましょうか」

●カツオのたたき
 まずはカツオ型の方からとシヴィルの破鎧衝が固く滑らかな鱗を削いだ。銀色の破片が、朝日でキラキラと落下する。
「空を飛ぶ魚とは面妖な。まるで、B級映画の世界だな」
 死神とは戦ったことがあるが、ここまで普通の魚そっくりの死神ははじめてだ、とシヴィルは呟く。
 白い羽がひらひらと地に落ち、カツオに少女の影が落ちる。
「白雪に残る足跡、月を隠す叢雲。私の手は、花を散らす氷雨。残る桜もまた散る桜なれば……いざ!」
 可憐な女性がこちらに急降下してくるのを視界で捉えるも、避けることはできない。アヤメの螺旋の力を込めた手刀が、カツオの頭へと下ろされる。パッと散る血はまるで桜の花びらのよう。カツオは衝撃に、まだ繋がっている頭を振るう。
「まずは冷凍する!」
 モカが翳した手のひらから、氷の螺旋が放たたれ氷がカツオを覆っていく。カツオは暴れ、氷を剥がすが。
「そして、次は表面を――」
「炎でおいしくこんがり焼いちゃうぞ!」
 そこへすかさず、千が炎を纏ったレースアップブーツの激しい蹴りを放った。焦げ目のついたカツオはびたん、びたんと地に跳ねる。
「よーし、叩いていくね!」
 吾連が跳び蹴りを食らわせる。重力を宿した蹴りは重く、輝くその姿はまさに流星の煌めきである。
 アストラは可愛らしいポシェットからピンク色のスマホを取り出すと、高速で入力し、皆を応援する。画面を凄まじい弾幕が駆け抜ける。
「いけいけいけー!」
 ロベリアは、ちらっと市場の方へと視線を向けた。一般人の避難はもう完了している。作戦もうまくいっていて、仲間への回復も不要だ。ならば自分のやるべきことは。
「吹き飛べ!」
 三つ編みに咲いた桔梗が揺れる。 銀の盾を力一杯叩きつけ、その衝撃に、よろよろと、よろめくカツオ。そこへ、フェルディスがドラゴニックハンマーを大きく振りかぶり、カツオを地面へと叩き潰す。
「カツオはこれでミンチになってください」
 調理法をなぞらえたケルベロス達の集中攻撃を受けたカツオは、為す術もなくぐったりとして、その動きを止める。
「カツオのたたき、一丁上がりです。お次のメニューは炙りマグロ、ですね」
 白い指が、その太ももに伸びる。修道服の隙間から覗くのは、銀色の銃を収めたホルスター。フェルディスは、リボルバーを構えた。

●炙りマグロ
 残るはマグロ1体。マグロは赤く醜い内臓をくねらせ、それは前衛のアヤメへと伸びる。あわやアヤメが触手に捕まる寸前、アストラのミミック、ボックスナイトが銀色の盾を前面にし間へと割り込んだ。
「ナイト君、ありがとう!」
 アヤメの言葉に、ボックスナイトはどこか誇らしげだ。
「さて、合わせるよ!」
 アヤメの声に、太陽の騎士団の面々が頷いた。
「みんな、騎士団での特訓の成果を見せるぞ! 魚らしく、3枚おろしにしてくれよう!」
 最初に斬りかかったのはシヴィルだ。シヴィルが離れた瞬間、ロベリアは捕鯨砲を思わせるパイルバンカーをマグロへと向ける。
「行きます!」
 放たれた弾はマグロへと被弾し、時間ごと周囲を凍結する。
「えいっ!」
 アヤメは銀に輝くオウガメタルを体に這わせ、それを鎧とし拳でマグロの腹を打つ。衝撃により宙に舞うマグロ。そこへ、乾いた銃声が響く。フェルディスが放った達人の一撃はマグロを貫く。
「マグロも腐らないうちにかな。おっ、ボックスナイトが頑張って噛み付いた」
 ぽちぽちと、アストラはスマホでの実況を続ける。彼女の応援はボックスナイトを癒す。
「モカ、吾連!」
 千に名を呼ばれ、2人は頷く。千の白い脚が電光石火の蹴りを放つ。再びボールのように空に舞うマグロ。
「おっと、マグロはやはり包丁で斬らねばな」
 そこへモカのブラッディダンシングが炸裂し、吾連が轟竜砲を放つ。
「いっけー!」
 ドラゴニックハンマーから放たれた砲撃は解体されたマグロを木っ端みじんにする。まさに、ケルベロス達の圧勝であった。
「吾連、怪我はないか?」
「大丈夫、ピンピンしてるよ」
 千の言葉に吾連は手をひらひらと振る。
「漁をした事もなければ、実物が海で泳いでいるところも見たことがないが、獲るのがこの魚で良いのであれば、私達でも卸売市場に魚を並べる事ができそうだな」
 戦闘が終り、シヴィルは額の汗を拭う。
 その隣でフェルディスは、以前駿河湾海底で戦ったディープディープブルーファングの事を思い出していた。このブルチャーレ・パラミータとメラン・テュンノスは、どこか攻撃がディープディープブルーファングのそれに似ていたが、それに比べても――。
「楽勝でしたね」
 何を企んでいるんだか。死神だったものを前に思案する。
「そういえば寿司への愛、歌えませんでしたね……」
 フェルディスの呟きは、潮風に消えた。

●朝食タイム!
「ふう……毎度ながら、街を守りながらってのも楽じゃないね」
 戦闘で壊れた箇所をヒールで修復し、アヤメが己の肩を叩く。
 戦闘は無事に終わり、ケルベロス達のお蔭で周囲も綺麗に修復し終えていた。と、いう事は。
「さ、みんなで朝食に行こっか」
 アストラの言葉に皆が頷く。皆、お楽しみ、朝食タイムである。
「皆さんへのお土産にする筈が、カツオとマグロ、捕獲ならず……」
「ま、折角だしお寿司食べてこ!」
 ガックリと、凹むロベリアをアヤメが励ます。
「お寿司~、お寿司~」
 シスターが寿司を求めて彷徨い歩く。たどり着いたのはすぐ隣。
 そこには青い屋根の老舗海鮮料理屋の姿があった。壁には朝定食と書かれた白い看板が掛けられている。ケルベロス達は吸い寄せられるように次々と暖簾をくぐった。
「お魚をさばくのは苦手だけれど食べるのは得意だよ」
 楽しみにしていた朝食。アストラはメニューを眺め、その赤い目をキラキラとさせる。
「今日は頑張ったから沢山食べていいよね?」
 そう言って、彼女は海鮮丼を選ぶ。
「お待ちかねの朝ごはんタイム!」
「ステキな朝ごはん!!」
 吾連と千は歌うように声を合わせて朝ご飯の為に持参したマイ箸を取り出す。
 ケルベロス達の注文をロベリアがまとめ、店員の少女へと伝える。テーブルの上に温かいお茶が並び、しばし雑談しながら料理を待つ。
 最初に運ばれて来たのはロベリアの寿司だった。
 寿司下駄に笹の葉が敷かれ、その上には艶やかなマグロとカツオの寿司が並んでいた。
「「おおおおおおお」」
「こ、これは当たりかも……!」
「テレビの旅行番組で見るやつだ」
 ケルベロス達が口々にはしゃいでいると、アヤメとフェルディスの前にも寿司の盛り合わせが運ばれてくる。それぞれ鮮度抜群の寿司はまさに、宝石箱。
 まずは、味の薄い白身魚から。 寿司下駄に乗ったワサビを寿司に乗せ、醤油をちょんとつけて口に含む。
 さっぱりとした白身と醤油のハーモニーが2人に幸福をもたらす。魚のダシが効いた味噌汁も最高だ。
 アストラの前に運ばれてきた海鮮丼はマグロはもちろん、ブリにとびこ、エビ、イカ、玉子焼き、大葉の乗ったカラフルなものだった。
 今すぐ食べたいのを我慢して、箸を入れる前に写真をパシャリと1枚。ボックスナイトも写り込む。
「昔は、タレのかかったご飯が苦手で丼物は嫌いだったのだがな」
 同じく海鮮丼を頼んだシヴィルはそんなことを懐かしく思い出しながら、海鮮丼を美味しく頬張る。
 モカの前に置かれていたのは、カツオとマグロの刺身がこれでもかと重ねられた特盛海鮮丼だ。ネタを小皿の醤油に軽くつけ、頂きますとご飯と共に食せば、魚の油の甘みが口いっぱいに広がる。
「こ……これは……美味い……美味いぞ!」
 吾連と千の前には、鉄火丼とサーモンとイクラの乗った鮭親子丼が並ぶ。2人はお互い注文したものを半分ずつ分け合いながら食すことにしたようだ。
「「いただきます!」」
 さっぱりとした新鮮なマグロの赤身にタレが染みこんだ極上の逸品は、ご飯が進む。
「脂が乗ったサーモンとイクラのプチプチ感……相性抜群!」
「むふー、鉄火丼もおいし! このタレにご飯がすすむのである!」
 まさに頬が落ちてしまいそうな美味しさだ。
「身体を動かした後のご飯、すっごく美味しいね!」
「ひと仕事終えたご飯は格別である!」
 何より、2人で分け合った朝食は、より美味しく感じた。
「色んな味をわけっこできるし、おいしさ2倍になるからとっても幸せなのだ!」
 お互いに顔を見合わせ、ふふっと笑う。
「グルメなモカさんのお勧めは、何かな何かな?」
「モカはグルメさんだから、何かおいしいお魚知ってるかな? 要チェックである!」
 2人は隣のモカへと視線を向けた。
「私のオススメか?」
 彼女が頼んだのはカツオとマグロの特盛海鮮丼だが、他のメンバーが頼んだ寿司を見るにあれもいいかもしれない、と呟く。
「吾連、丼食べてちょっと余裕があったら……お寿司も食べないか? こういうお店の玉子はきっとおいしいのだ、気になるのだ……! 」
「千もまだいける? よし、お寿司も頼んで半分こしよっか!」
 吾連はニコニコしながら、すみませーんと店員を呼ぶ。2人の親し気な姿にモカも心が温まる。
 こうして、それぞれ美味しい海鮮をお腹いっぱいに食べたケルベロス達は、満腹感と共にその帰路につくのだった。

作者:中尾 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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