その手で選べ、救いの道を

作者:七尾マサムネ

 マンションの一室。思いつめた様子の女性が部屋の隅でうずくまっていた。
 二十代半ばの女性……ミコトの衣服の隙間からのぞくのは、傷痕。
 唇を噛み、涙をこらえるミコトは、気配を感じ、顔を上げた。
 いつの間にか、耳のとがった女が立っていた。
「王女レリの命により、あなたを救いに来ました」
 とがり耳の女……シャイターンは、怯えるミコトに向け、こう続けた。
「あなたは、救われなければなりません。あなたの心も体も踏みにじった男を殺すことで」
 そこへ、騎士を思わせるエインヘリアルが新たに現れ、無精ひげを離した三十過ぎの男性を床に放り出した。
 気絶した男性の顔を見た瞬間、ミコトの瞳に、戸惑いが浮かんだ。
「ゴロウさん、どうしてあなたが……」
「エインヘリアルとなる決断をすれば、この男に復讐する事ができます。恋人とは名ばかり。あなたを負の感情のはけ口としか見ていない愚かな男の呪縛から、解放されるのです」
 しばし、虚ろな表情でゴロウとシャイターンを交互に見ていたミコトだったが、
「彼の暴力からも、どんなに暴力を振るわれても結局彼の元に戻ってしまう私自身からも、さよならできるのね……」
 ミコトが静かにうなずいたのを確かめ、シャイターンは……その命を奪った。
 地球人としての死を迎え、ミコトはエインヘリアルとして新生を果たす。元の面影を持ち、しかし、地球人を越える体躯を持って……ミコトは、ゴロウの命を奪った。
「さよなら」

 このたび黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)によって予知されたのは、シャイターンの選定により、エインヘリアルが生み出される、という事件だった。
「シャイターンは、不幸な女性の前に現れて、不幸の原因を作ってる男性を殺す事を条件に、エインヘリアルになる事を受け入れさせようとしてるっす」
 これにより女性がエインヘリアル化してしえば、男性を殺し、グラビティ・チェインを略奪してしまうという悲劇が訪れる。
「皆さんにお願いしたいのは、現場に急行し、選定を行うシャイターンと護衛のエインヘリアルを撃破することっす。それと、もしできそうなら、女の人……ミコトさんがエインヘリアルになるのも阻止してほしいっす」
 現場は、ミコトの自宅であるマンションの一室。
 ミコトがエインヘリアルになる事を受け入れる直前に、現場に突入する事が可能だ。
 室内には、シャイターンとミコト、加えて、シャイターンの護衛らしき白い鎧兜の騎士風のエインヘリアル、連れてこられた男性ことゴロウがいる。
「騎士は、エインヘリアルには珍しい女性型っす。でも、戦闘力はあんまり高くないみたいっすね」
 シャイターンは、腰に差したナイフを武器とする他、炎の塊を撃ち出したり、砂嵐を起こしてこちらを幻惑してきたりするという。
 一方、白兜のエインヘリアルは、ルーンの刻印された戦斧を使用する。
「ミコトさんは、彼氏であるゴロウさんから日常的に暴力……いわゆるDVを受けていたみたいっすね。そのせいで、エインヘリアルになる事を受け入れてしまうっすけど、説得が成功すれば、導きを拒否させることもできるかもしれないっす」
 ただし説得が失敗した場合、エインヘリアルとなったミコトは、ゴロウの殺害を優先する。その安全も確保しておくべきかもしれない。
 ミコトがエインヘリアル化すると、白い鎧兜のエインヘリアルとシャイターンは、彼女を撤退させ、自分たちでケルベロスと戦闘を行う。
「もしエインヘリアル化したミコトさんを撃破するつもりなら、結構、頭を使わないといけないっすね」
 説得が成功し、ミコトのエインヘリアル化を阻止した場合は、2体のデウスエクスを撃破できれば、作戦は成功となる。
「ミコトさんの説得は、かなり難しそうな感じっす。あまり無理しないで、シャイターンとエインヘリアルの撃破を確実に狙うのも、悪くない判断だと思うっすよ」


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
エイダ・トンプソン(夢見る胡蝶・e00330)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
カザハ・ストームブリンガー(嵐を齋す者・e31733)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
クロエ・ルフィール(けもみみ少女・e62957)

■リプレイ


「さあ、決断を」
 シャイターンの申し出を受け入れようとするミコト。
 しかし、その決断は妨げられる。
「ケルベロス! 彼女を引き止めに来ましたね!?」
 ミコトをかばうように現れた者たちの名を、シャイターンが叫んだ。
 ミコトを巻き込んでしまっては元も子もない。シャイターンたちの攻撃の手が止まる。
「辛かったね……。でもね? エインヘリアルになっても解決しないんだよ……?」
 寄り添おうとするクロエ・ルフィール(けもみみ少女・e62957)に、ミコトは、反射的に身を硬くした。
 やむを得ず、クロエは距離を置いたまま、語り掛ける。
「あなたがエインヘリアルになったら、その男だけでなく沢山の人を殺し続ける事になるよ。エインヘリアルは好戦的な戦闘種族だから、終わらない戦いが待ってるよ。……それでもいいの? あなたが転生したら、もっと辛い事が待ってるよ」
「……っ」
「そうそう。ここでゴロウ君を殺めても気が晴れるのは最初の3日くらいだよ……後は遣り切れない気持ちが永遠に続く、八つ当たりの戦いしか待ってないよ」
 次に訴えかけたのは、喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)だ。
「それよりも……『俺にはお前が必要だ』とか薄い言葉で縛る男は捨てちゃって、貴方を本当に必要としている優しい人と幸せになる方法で考えられないかな?」
 しかしミコトは、頑なな表情を崩さない。
 ならば、少々強めに。カザハ・ストームブリンガー(嵐を齋す者・e31733)が、気絶中のゴロウを蹴り飛ばした。
「ゴロウさん!?」
「人間辞める勇気があるなら、なんでさっさとそのクズから逃げなかったの? 人に知られるのが恥ずかしいとか迷惑かかるとか考えてた? それとも誰も助けてくれないとか泣き言こぼしてたクチ?」
 ミコトの視線が、カザハと未だ意識のないゴロウの間をさまよう。
「で、人間のままヒトを殺す勇気が無いから、人間辞めてみる? アンタ、そのクズ野郎以下のクソアマになろうとしてるよ。一人殺したいって理由で人類の敵になろうとしてるんだから」
 唇をかむミコトに、カザハはあえて畳みかける。
「ねえ、アンタ本当に助かりたいの? ……なら言いなよ。助けを求めろよ! 黙ってても助けてくれるだなんてムシのいいコト思ってんじゃねぇぞ!」
 一方で、静観するデウスエクスたち。この程度でミコトを心変わりさせることはできないと踏んでいるのか。
「この連中は君の彼氏と同じでミコトさんを必要としていない。必要なのは『自分に都合のいい女性』だ」
「そのような下衆と同列に語るな!」
 ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)にそんな言われ方をしては、さすがに黙っていられない。シャイターンが反論した。
 ゴロウの仕打ちも胸糞悪いものだが、デウスエクスたちのやり方も充分怒りに値する。
 デウスエクスの手を取ってしまった古い友人の姿がミコトと重なりそうになるが、深呼吸して心を落ち着けると、ラギアは続けた。
「本当に救う気ならば、持ってくるのは男の首だけでいい。にもかかわらず生きたまま連れてきたのは、ミコトさんの絶望を煽り、苦しみと痛みに染まり切った魂に復讐心を塗りつけて命を差し出させるためだ」
 そして、
「『都合のいい女性』は終わりにしよう。大丈夫、俺達はミコトさんの味方だ。痛い思いも寂しい思いも二度とさせない。約束する」
 おもむろにファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)がゴロウの元に歩み寄ると……一発殴った。
「ふぁっ!?」
 ようやく目覚めたゴロウに、ファルゼンの殺気が叩きつけられる。
 弱い本性を晒し出させる事で、この男のこれまでの言動も行動も大したことなどない、ミコトが自分を卑下する必要などないことなのだと示すために。


 おびえて後ずさるゴロウ。
 すると、ケルベロスの言葉を耐えるように聞いていたミコトが、口を開いた。
「私だって変わろうとしたっ! この人から逃げようとだって思ったし実際そうした事もある! でも、それでも……!」
「……きっとあなたはがんばりすぎた」
 優しく語り掛けるフィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)。
「だからって、殺すことを選んじゃ、いけない。そのひとの血で、手を汚しちゃだめだよ。その汚れは一生ものだから。別の苦しみに、とらわれることになる」
 あなたにそれを、背負う覚悟が、ある? と、フィーラは問う。
 感情にだけ訴えるやり方では、ミコトを心変わりさせる事はできない。だから、少しやり方を変えてみる。
「手を汚すくらいなら、別の方法で報復すればいい。警察に駆け込むなり、ネットに流すなり、なんでも。もしまた迷うなら、いっしょに考えるから」
「ネット……」
 ミコトは、自分の携帯端末に視線を落とした。初めて気づいた、というように。
「私たちには、警察機構や法律関係者に連絡する用意があります」
 ミコトの心が揺らいだのを見抜いた風魔・遊鬼(風鎖・e08021)が、もうひと押しする。
「もしもこの男との因縁を断ち切りたいと本当に願うなら、殺してしまってはその時の負の思いを一生抱える事になりますよ……相手と共にね」
「この人と私を、引き離してくれる……?」
 ミコトのすがるような瞳に、うなずきを返す遊鬼。
「そうです。貴女を傷つけた悪い男は、ちゃんと法の下で厳正に処罰し、二度と近付かないようにすることを私たちケルベロスがお約束します。貴女が自由になるよう必ず手助けしますから、お願い、こちらへ帰って来て!」
 エイダ・トンプソン(夢見る胡蝶・e00330)が、ミコトへと手を差し伸べる。
「最後までこんな身勝手な彼氏に振り回されてるなんて悲しいし、悔しいじゃないですか。心をしっかり持って下さい」
 熱弁を振るうエイダ。身も心もボロボロにされた挙句、人間を辞めてしまうなんて悲しすぎるではないか。
 ミコトはしばし、ケルベロスと必死に命乞いするゴロウを交互に見つめていたが、
「この人を殺す事は、いつだってできる。それこそ、人をやめなくても。だから一度賭けてみようと思う。ケルベロスさんの言う方法に」
「そんな……!」
 絶対の自信を持っていたのだろう、シャイターンとエインヘリアルが、驚愕の表情を浮かべた。
 ある程度具体的な方法を提示したのが、功を奏したのだ。しかし、それを受け入れてくれたのは、これまでのケルベロスたちの真摯な訴えがあればこそ、だったかもしれない。
「彼女を苦しめた男は、悪。自らの手で悪に鉄槌を下し、勇者となる事こそ真の救済だと、なぜわからないのです!」
 声を荒らげるシャイターンのそばで、エインヘリアルが戦斧を召喚した。
「私自身も救われた身。王女レリ様の救いをもたらす邪魔をするのなら、許す事はできません!」
 二体のデウスエクスが、ケルベロスに牙を剥いた。


 やがて戦いの舞台は、マンションの屋上へと移った。
 白騎士エインヘリアルの戦斧が、波琉那を狙う。辛くも日本刀で受けるが、有り余る衝撃が、波琉那の体を揺さぶる。
 天を彩る星空の写し鏡のように。フィーラが屋上に描いた守護星座が、輝きを放ち、戦いに挑む皆の守りとなった。
 敵を鋭く睨みつつ、ラギアが雪結晶の魔法陣で、カザハに冷気の風を送り、狙いの感覚を研ぎ澄ませた。
 第一の標的は……シャイターン。
「マニアックビキニと甲冑! もう用事無いでしょ、さっさと帰れ!」
 今なら外す気がしない。カザハが如意棒を掲げ、突撃。雷光の如く、シャイターンに直撃した。その速力はすさまじく、カザハが駆け抜けた地面がえぐられるほど。
 繰り広げられる攻防の中、舞を披露するファルゼン。ボクスドラゴンのフレイヤが属性力を注入して耐性を高めている間に、ちりばめられた花びらが、皆の癒しと加護となる。
「連射! 速射! 乱射! 掃射ぁ! これは所謂弾幕ってヤツだよ!」
 クロエが戦場に巻き起こした弾丸の嵐に、飲み込まれるシャイターンとエインヘリアル。
 二体の連携を阻むように、エイダがキックを繰り出した。シャイターンをひるませるだけでなく、護衛のエインヘリアルとも分断してやる。
 紙兵にて仲間の強化を終えた遊鬼が、ナイフを抜き放った。刀身がシャイターンの姿を映した直後、その顔に怯えが浮かんだ。
 遊鬼の技により、シャイターンの中に眠るトラウマが呼び起こされたのだ。
「そ、それでも、ここで倒れるわけには!」
 体と心の痛みをこらえたシャイターンが、ファルゼンに斬りかかった。食い込んだ刃から、ファルゼンの活力が奪われていく。
 しかし、あがきもそこまで。波琉那の日本刀が、鮮やかな軌跡を描く。本物の月光を反射し、ひるむシャイターンを斬り上げた。
 エインヘリアルのガードも間に合わず、あえなく倒れる。


 アックスに刻まれたルーンの輝きが、カザハを照らす。反撃の斧より早く、エインヘリアルへと振り下ろされ、その肩に食い込んだ。
「……ケルベロスっ! あなた達の救いは偽善! レリ様の元でこそ、本当の救いが得られるのです!」
 訴え続けるエインヘリアルと、黙して戦闘に専念する遊鬼の姿は、対照的であった。さすがは忍び、と言ったところか。
 斧の甘い軌跡を見切ってかわすと、遊鬼は、棒苦無を投じた。鎧の隙間、関節部に付き立った直後、弾ける。火薬で構成された苦無そのものが爆発したのだ。
 炎は、また炎を呼ぶ。ファルゼンの振り上げた美脚が、炎を発した。摩擦熱や魔術によるものではない。具現化した地獄の炎が、エインヘリアルの脳天を直撃した。
 よろめく敵を、エイダの拳がとらえた。その想像以上の衝撃に、エインヘリアルがおののく。エイダの妨害能力により破砕力が強化され、鎧に大きなひび割れが生じていたのだ。
 そして、波琉那の腕が即座にオウガメタルをまとうと、打撃。エインヘリアルの劣化した鎧が砕け散る。
 鎧の破片を踏み越え、ラギアが立ち向かう。その気迫にたじろぐエインヘリアル。
 デウスエクスへの怒りが具現化したかのように。業火を宿したラギアの斧が、エインヘリアルの骨を断つ。
「まだまだ……くっ!?」
 踏み込もうとしたエインヘリアルの足が止まる。フィーラが呼んだ御業が、その体をつかんでいたのだ。
「さあ、とどめを」
 もがく敵を抑えながら、フィーラがうながす。
 クロエが、戦斧のルーンの力を解放した。光溢れる斬撃が、エインヘリアルを切り裂く。真っ二つになった白兜が、床に落下し、音を立てた。
「あの男が生きている限り、苦しみは終わらない……いずれ後悔することになりますよ!」
 そう吐き捨てて、倒れるエインヘリアル。
 クロエは見た。最期の瞬間まで、その瞳が使命感で燃え盛っていたのを。
 戦いは、終わった。ミコトの部屋に戻り、ラギアがデウスエクスの排除完了を伝える。
「ミコトさん……よかった……っ! 泣いて……いいんだよ? 辛かったよね……っ、悲しかったよねっ! でもそれも今日でおしまいっ! おしまいだよっ!」
 まるで自分の事のように喜ぶクロエ。
 感謝するミコトを、エイダが諭した。自分たちや警察たちができることにも限界がある。ミコトさん自身が強くなることも必要です、と。
 そこに、フィーラが戻って来る。どこぞに逃げようとしていたゴロウの首根っこを捕まえて。逃がすつもりはない、というようにカザハがにらむ。
 ゴロウを一瞥するファルゼン。そもそも、ミコトの反応次第では、ファルゼンはゴロウを始末する事も辞さない構えだった。元凶を断てば、ミコトがエインヘリアルになる動機がなくなるからだ。
 愛を糧にするサキュバスの波琉那としては、愛を裏切るDV男には、少々お仕置きしたい。
「ミコトちゃんはデウスエクスの誘惑に勝ってゴロウ君を助けた命の恩人だよ。もし、それを忘れて手を上げるのなら……分かるよね?」
「はっ、はいいい!」
 何より、次こそデウスエクスに堕ちてしまうと波琉那に言われては、ゴロウも首が折れそうなほどうなずくしかなかった。
 もっとも、それもその場しのぎかもしれない。約束通り、警察などへの連絡を取り付ける事にする遊鬼。
 ミコトの未来が、幸せなものになる事を願って。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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