死者の帳

作者:秋月諒

●赤き翼
 赤い翼が、淡い影を落としていた。
 見下ろす先、呼び出されたのは2体の下級死神であった。それは、魚の姿をしていた。カツオの形をした死神に、マグロの形をした死神だ。
「お行きなさい、ブルチャーレ・パラミータ、メラン・テュンノス。ディープディープブルーファングの戦闘能力を自らの力としてみせるのです」
 赤い翼を持つ女性型の死神は、そう言って2体の死神を野に放った。
 交わす言葉を持たぬ下級死神は競うように人里を目指しーー夕暮れの商店街へとたどり着く。
「あれ……」
 なに、と続く筈だった言葉は、夕暮れを駆ける死神に喰らわれ通りに人々の悲鳴が響き渡った。

●死者の帳
「東京都内にて、死神による襲撃事件が起きることが分かりました」
 集まったケルベロス達に礼をいうと、レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は顔をあげた。
「敵は2体の魚型の死神。事件を起こすのは、ディープディープブルーファングを使役していた死神です」
 ディープディープブルーファングを量産していた海底基地が破壊されたことで、作戦を変更してきたのだろう。
「2体の魚型の死神は、カツオ型とマグロ型です。下級死神ではありますが……、戦闘力がかなり、強化されているようです」
 容易い相手ではない、ということだ。
 下級死神の2体は、全長5m程。空中を泳ぐように移動して、商店街に到着し次第、人々の虐殺を行う事だろう。
「ディープディープブルーファング事件と、今回の事件がどう関係しているかは不明ですが、放っておけるものでもありません」
 そう言って、レイリはケルベロス達を見た。
「ーー防ぎましょう。来たる禍を、こうして知ることができたのですから」
 2体の魚型死神の、撃破してください。
「敵は2体のみ。魚型死神は、突進攻撃を行ってきます」
 他に、カツオ型ーーブルチャーレ・パラミータは遠距離からの魚の卵に似た球体を操るミサイル攻撃。
 マグロ型ーーメラン・テュンノスは腹部から内臓をひねり出したような触手を使って一帯を薙ぎ払う攻撃を有する。
「メラン・テュンノスの攻撃には毒を伴うようです。その性質から見て、ジャマーかと」
 ブルチャーレ・パラミータはクラッシャーとなる、とレイリは言った。
「今から急いで向かえば、魚型死神が商店街に入る前に間に合います」
 割り込める場所は、商店街へと続く通りになる。通りの幅は広く、歩行者専用道路であるが故に車の出入りはない。
「通りの左右にあるビルには、私の方から避難指示を出しておきます」
 商店街にも避難指示は出しておくが、夕方の買い物時だ。避難が完了するまでは少し時間がかかってしまうかもしれない。
「急ぐようにはお願いしておきますが、何かひとつ対策があっても良いかもしれません」
 レイリはそう言って、ケルベロス達を見た。
「敵は魚型の下級死神ではありますが、戦闘力が強化されています。この強化が敵の目的であったのかは、未だ分かりませんが……」
 他にも目的がありそうではあるのだ。不気味さは残るがーーまずは、この襲撃を防がなければならない。
「夕暮れの帰り道が、血に染まる必要なんてないですから」
 撃破を、とレイリは言ってケルベロス達を見た。
「では、行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
キーラ・ヘザーリンク(ラブラドレッセンスの魔女・e00080)
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
藤守・つかさ(月想夜・e00546)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
火岬・律(幽蝶・e05593)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
四十川・藤尾(馘括り・e61672)

■リプレイ

●死神の訪れ
 空が、端から赤く染まっていた。帯のように伸びた夕日が、通りの木々の濃い影を残していた。その、影の中を行くものがいる。するり、と進むそれは地上にあって『泳いで』いるーー魚だ。
「空を泳ぐ魚も嫌いじゃないわよ」
「ーー!」
 マグロとカツオ。
 そのふたつを前に、アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は金の瞳を開く。瞬間、ぴん、と一帯の空気が変わった。
 殺界。
 解き放たれた殺気によって作り上げられた殺界に、通りに近く者がいれば、本能的にこの場から離れることを選ぶ。
「それが人を襲うものでなければの話だけれど、野放しは勿論この侭海に帰すわけにもいかないものね」
 アリシスフェイルが声を投げた先で二体の死神が動きを止める。ゆるり、と動く死神二体は、こちらの攻撃が届く範囲か、と火岬・律(幽蝶・e05593)は思う。
「陽動か、攪乱か。死神の目的はどうあれ、はい、そうですか。と、通す訳にもいきませんから」
 視線を建物へと向ける。人の姿は無いようだ。念のため、ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)は避難を呼びかけると、死神たちを囲うように前に出る。ピクリ、と死神の魚がその視線をこちらに向けた。伺うような視線は一瞬、ヒク、と魚の尾がーー動いた。
「来る」
 短く、ルビークが告げるのと空を叩く高い音が響いたのはーー同時だ。ぐん、と飛び込んで来る死神の魚たちに、男は前に出る。赤黒い瞳が鈍く光れば、感じるのは殺意だ。
「こちらを邪魔者と認識したようですね」
 斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)が静かに告げる。
「まぁ、邪魔はする気じゃいるがな」
 それは黒き雷であった。ゴウ、と唸る光が、ブルチャーレ・パラミーターーカツオ型の死神を縫い止めていた。
「カツオはこっちで牽制しよう」
 藤守・つかさ(月想夜・e00546)だ。指先に、未だ残る黒雷の余韻を散らし、槍を構え直せば構わず飛び込んでくる一体の姿が目につく。メラン・テュンノスーーマグロ型の死神だ。だがその突撃は、氷霧の狼を前に食い殺される。
「鉛から天石に至り、情に餓えた獣よ喰い破れ」
 ガウン、と重く響く音と共に、冷気が一瞬、地面を染めた。黒と灰の紋章が滲み、霜に覆われる右腕をマグロ型へと向けていたアリシスフェイルは、静かに頷いた。
「こっちは任せて」
 告げた瞬間、キン、という音と共に冷気で変じた体をマグロ型が震わせる。赤黒い瞳が、殺意を滾らせこちらを向いた。来るか、とアリシスフェイルは剣を手にする。口元に笑みを浮かべた侭なのは、死神に落ちる影が濃くなったことに気がついたから。
「!」
「ーー生憎」
 その影に、その濃さに。死神が、気がついた時には遅い。声は上空から。流星の煌めきと重力をその身に、空へと身を飛ばした律は地上へと身をーー落とす。

●死神の魚
 ギン、と重い音と共に律の蹴りがメラン・テュンノスに落ちた。その身を揺らしたマグロ型の瞳が鈍く光り、ずるり、と何かが出た。腹部からひねり出された触手が狙うのはーー前衛か。
「っと、これはまた……」
 薙ぎ払うように叩きつけられた一撃にアリシスフェイルは息を吐く。強く、剣を握ればじくじくと体の奥、滲むような痛みがある。
「毒のようですね。今、回復を」
 告げたキーラ・ヘザーリンク(ラブラドレッセンスの魔女・e00080)が、星の刻まれた剣を構える。刀身に添えられた指先が淡く光る中、は、とザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)が顔をあげる。
「もう一体も動くっすよ!」
 つかさの前ーーカツオ型だ。警戒の声を耳に、ぶん、と力強く空を叩いた魚の尾をつかさは見る。一撃散らすにはーーあちらの方が早いか。
「抜かせないに決まってるだろ?」
 一撃、真正面から受け止めれば構えた槍がギン、と鈍い音を立て、血がし吹く。衝撃に、は、と息を吐きつかさは血を払うように腕を振った。大丈夫だと聞こえた声に、ルビークは次の一手を選ぶ。
「その魂、穢させはしない」
 それは、ひとつの覚悟。形見のような想い。
 翳す掌から白灰が溢れる。橙焔が散らした白灰は、穢れから守る様にその魂を覆う。前衛へと、癒しと共に盾を紡ぎあげる。
「必ずこの任を成し遂げよう」
 守る為なら傷付く事も厭わない。迷いはない。
 此処を抜けられればーー商店街へと辿り着かれれば待っているのは惨劇でしかない。警戒するように、僅かに距離をとって見せる死者の魚に四十川・藤尾(馘括り・e61672)は息をつく。
「水魚之交」
 吐息ひとつ零すように、娘は言の葉を紡ぐ。
「魚は水があってこそ生きるのですよ。水を絶やすような真似はお控えになったほうが宜しいのでなくて?」
 見ているのでしょう、と囁くように告げる。夕暮れ時の空に、風が吹き込んだのは偶然か。頬を撫でる風に、僅か血と鉄の匂いが混ざっていた。今は、目の前の相手をみるべきか。死神たちはまだ、完全にこちらを見ている訳ではない。
「目的の真相も気になるところですが、急を要する今無理に腕を伸ばしても指の先から零れるだけ。手の届く範囲から厄災を祓いましょう」
 ひとつ、息を吸い、朝樹はその手を夕日に翳す。浅く握ったハンマーは、振り上げる腕と共に竜の咆哮を戦場へと呼び込んだ。
「!」
 ガウン、と一撃がマグロ型を撃ち抜いた。衝撃に敵の視線がこちらを向く。叩きつける殺意に符を構えた朝樹の後ろ、ザンニはその手に構えた鎖を戦場へと伸ばす。
「これ以上進ませて被害を出さないよう、ケルベロスとして善処するっすよ」
 描かれる陣は前衛を癒すものだ。傷を癒し、紡ぎあげた盾を視界に、戦場を見据える。先に重ねる回復は、この後の戦況を整える為だ。
「悲劇は回避せねばなりません」
 死神を前に、キーラは星を読む。刀身から溢れた光が、戦場に守護星座の陣を描いた。癒しは前衛へと。重ね紡がれた癒しは、先に受けた傷の全てを癒し、落ちた制約さえ払う。
(「強化された死神……彼らが新たな強化手段を得たのでしょうか……。いずれにしても、無辜の人々が彼らに死の運命を与えられるべきではありません」)
 真っ直ぐに、キーラは前を、戦場を見た。
「行きましょう」
 守り抜く為に。今ひとつ、死神たちの真実に近づく為。
「さぁ」
 藤尾の手の中、実りの時を迎えた黄金の果実が前衛へと癒しと加護を紡ぐ。零す耐性は敵の性質を読んでのこと。分厚い加護は、突破をさせない為のものだ。流れた血をそのままに、ケルベロスたちは夕暮れの戦場を駆けた。

●紅の相対者
 轟音と共に、衝撃が通りを抜けた。爆炎と毒を散らしながら戦場は熱を帯びていく。一帯を焼き払うミサイルに、つかさが身を飛ばした。着地に手をついた男は、口の端に笑みを刻んでみせた。
「下級とは言え、死神だろうに……。グラビティチェインが何処に多くあるか、までは判らないのか」
 挑発、だ。もっとも、予想通り意思疎通ができる相手ではないらしい。気を惹くのであれば、言葉より攻撃か。次の一撃を構えるつかさを視界に、キーラが回復を紡ぐ。眼前の戦場では、マグロ型が再び腹部からひねり出した触手を後方へと伸ばしていた。回復を邪魔する為か。
「通すわけがないだろう」
「えぇ」
 キーラと律の前、踏み込んだのはルビークと藤尾だ。一撃、確かに押さえ込めばーーその時間があれば、十分だ。
「De aarde omhult alles……」
 手にしたタロットに念じ、キーラは全てを癒す大地のエネルギーを呼び寄せる。淡い光が灯り、注がれた癒しを見届ければザンニは盾役の癒しを選んだ。マグロ型の場合、毒の方が面倒だ。対策はとっている分、毒に深く侵されるということは無いがーー。
(「ダメージはしっかりくる、って感じっすよね」)
 動けない程ではない。ザンニを含め、回復を担うメンバーは多い。キーラによる癒しは毒も炎も払うものだ。最も、マグロ型とて回復を持つ。カツオ型も含め、まだ、ダメージは浅く動き回れる、ということか。
「支え切るっすよ」
 ならば最後まで。撃破のその時まで。
 重ね紡いだ盾は十分に機能している。腕に残った血を払い、ルビークは前に出る。敵へのダメージが足りぬのであれば、今であればひとつーー増やせる。
(「この力は殺す為だけに在るのではない。守りたい者を守る為に得た力だ」)
 そう思う信念は折れる事はないだろう。
「一手、増やそう」
 告げる男の槍が雷光を帯びた。接近に気がつき、身を逸らそうとするマグロ型に何かがーー絡みつく。
「逃がしませんよ」
 朝樹だ。御技が掴み上げた死神へと、ルビークの一撃がまっすぐに届く。ガウン、と重く、穿つ一撃に続けてアリシスフェイルは踏み込んだ。
「氷漬けにして築地に並べても良い……なんて冗談だけど。染まるのは太陽の色だけで充分」
 足裏で地面を掴み、たん、と蹴るように前に出た。接近と同時に、バチ、と手にした剣が雷を帯びる。
「鉄錆の臭い等不要でしょう」
 間合いにて、アリシスフェイルは剣を振るう。一刀、斬撃と共に雷の霊力が爆ぜた。
「こんなの刺身にもならないわ」
 此処で切り刻んでやるのだわ。
 剣が、深くマグロ型に沈む。ザン、と振り上げたそこでアリシスフェイルは小さく眉を寄せた。
「これの方が、苦手なのかしら?」
「敏捷ですか」
 息を落とし、律は前に出る。一撃、苦手とするそれが分かれば組み立てを変えれば良いだけのこと。
(「ブルチャーレ・パラミータ。メラン・テュンノス。……ギリシア語か、サンスクリッド語でしょうか。ダモクレスは攻性植物と技術協力に至った可能性がありますから」)
 死神と組みする勢力としてはドリームイーターか、因縁深きエイリアンヘルか。何れ潰し合うにしても共闘する可能性は否定出来なかった。

●死者の帳
 剣戟を響かせ、熱と毒の踊る夕暮れの戦場にケルベロス達は身を飛ばす。開けられた空間の分、踏み込めば逃げるように死者の魚は泳ぎ回った。だが、その程度の距離、逃すケルベロス達では無い。まだそこはこちらの間合いだ。
 キン、と高い音を響かせ、マグロ型の破片が落ちる。重ねたダメージが、響いてきたのだ。貰うばかりではない、とキーラは思う。回復手として支える分、戦況の傾きも感じ取れる。あと少しでーー。
「星が、巡ります」
 カツオ型のミサイルが前衛へと向いた。だが、その一撃は、前衛の全てには届かない。盾役の三人が動いたからだ。
 熱に、痛みに、だが藤尾は笑みを零す。この手を汚している血が、自分のものか、相手のものか解らなくなる。
(「ただ血の狂乱と呼べる類の恍惚に身を委ねていること。それだけは確か」)
 乱れる呼吸、肌を刺す痛み。酩酊に似た、薄ぼんやりとした意識の向うで、温かだったり冷たかったり。感覚は鮮やかに高揚を連れてくる。
「――わたくし、楽しいわ」
 吐息を零すように艶やかに笑い、血濡れの指先を滑らせるのは黄金の果実。癒しが前衛へと届けば、淡い光の中、律の刀身がーー光る。
 ギン、と斬撃が、戦場に響いた。重く硬い音を耳につかさは息を吐く。ぶわり、と眼前、広がった魚卵めいたミサイルに切っ先を向け、斬り払えば、痛みと熱が走る。
「悪いけど、倒れるつもりは早々無いんでね」
 一撃と共に、突破を狙おうとしたカツオ型の軸線にはつかさが踏み込んでいる。その手は、血に濡れていた。だが、痛みも熱も許容範囲。回復も受け取っている。何より痛みの分、奴の気はこちらに向いていた。
「牽制は十分、だな」
「えぇ」
 悠然と応えたアリシスフェイルの一撃にメラン・テュンノスが崩れ落ちる。切り裂かれたマグロ型が地に落ちる前に消えれば、最後の一体となった死神がギン、と赤黒く瞳を光らせた。叩きつけるのは明確な殺意。突破を狙ってか、強く空を蹴る尾に、ケルベロス達は武器を構えた。抜かせる気など、無いのだから。
「回復、いくっすよ」
 鳥を模した杖を構え、紡ぐ癒しは桃色の霧となる。ザンニの紡ぐ癒しが、つかさへと届くのをキーラは見る。ならばひとつ、今は駆ける仲間のその先を照らす為。
「援護いたします」
 占い師が描くのは星の軌跡。守護の証。癒しと共に毒を、熱を払う力が前衛へと届けば、踏み込む足も軽くなる。剣戟の間、夕焼けを受けた戦場が熱を帯び、爆風が空に抜ける。
「戻り鰹の時期ですけど、食傷を起こしそうな案件ですね」
 添える軽口は明るく、だが視線は標的から逸らすことなく朝樹はするり、と手を伸ばす。
「葉が染まり始める初秋ですけれど、街を血赤の帳に染める訳には参りませんね」
 ひとさし、舞うように。踏み込む足の一歩に、舞うのは符の閃華。
「色付く道がご覧になりたいのでしたら、お望み通り黄泉路へご案内致しましょう」
「ーー!」
 避けるように死神は泳ぐ。だが、反す掌は黄泉路へとカツオ型を誘う。路に逃げ場はなく、衝撃にぐらり、とカツオ型は身を揺らした。ギン、と赤く瞳が光る。開く大口に、だが、つかさは力を紡ぐ。
「我が手に来たれ、黒き雷光」
 構えた槍が、雷光を帯びた。自らのグラビティを黒雷へと変え、放たれる一撃が死神を貫く。
「……どうあれ、お前達は場違いだろう」
 とん、と律は踏み込む。一歩は独特の踏み締め。その歩行は鎮魂を施す呪術へと通じる。
「生者の邪魔立てをするな、あるべき処へ還れ」
 伸ばす、手がカツオ型に触れた。瞬間、衝撃波が死神を襲いーー光が、弾けた。リン、と鈴に似た清音がする。冴える程に辺りは静まり、ブルチャーレ・パラミータはゆっくりと地面に落ちーー消えた。

 通りのヒールも終える頃には、夕暮れ時の空に夜が近づいてきていた。避難時に、怪我をした人もいなかったらしい。通りで敵を惹きつけられていたお陰で、避難はスムーズに進んだらしい。
 ほう、とルビークは安堵の息をつく。
(「地獄を見るのは俺達だけでいい」)
 誰かが笑えるなら、誰かが生きられるなら。
 簡単ではなかったからこそ、その為に戦う意味を強く心に刻み付けていた。
 その意思に呼応する様に、男の左腕の燈焔は揺れる。冷えた風が、ただケルベロス達を労わるように頬を撫でていく。
「……」
 朱を増した夕焼け空にふと、律は秋を知る。輝かしく、朱く、赤く、紅く。加速してゆく――。行く末は解らずとも。
「後は、転がり落ちるだけか」
 呟きは風に揺れ、ただ焼けるような色だけが目に残る。
「お疲れさん。さて、折角だし晩飯の食材買って帰ろうかな……」
 つかさの言葉に、そういえばそんな時間だとアリシスフェイルも笑みを零す。
 ふと、ひらりと何かが落ちてきた。
 天を見上げ、空の何処かに居るのだろう死神の赤翼の幻影に目を細めた朝樹は、手の中に落ちたそれに、ふ、と笑った。
「紅葉でしたか」
 さて、どこから来たのか。頬を撫でた風は止み、夜のとばりが降りる前にケルベロス達は帰路についた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。