●新たなる『選定』
星も見えない夜、人々が寝静まった住宅街にて、それは起こる。社宅としてあてがわれた古いマンションの一室で、疲れ果ててうずくまる女性が一人、ぽつりともらした。
「…………無理。もう終わり。全部、終わりよ」
ぐるぐると迷走する思考の中で、無茶苦茶だ、と彼女は思う。
社長が言うには『うちの会社に残業は無い』らしい。ならば、勤務時間外に用意しておかなければならない、大量の資料や報告書の山は、なんと呼べばいいのだろう。しかも、それの提出の為に毎日始業1時間前に呼び出されている。罵倒された数は数え切れず、褒められた記憶は一度もない。遅れたり、不備があると、減給だ。途中で投げ出したら、保証人に損害賠償を請求するらしい。
「私は……もう、いないけど」
一体、誰にどうやって請求するつもりなんだろう。……いや、気づいてないだけか。忌引き届け出そうとしたら、仕事が詰まっていると言って、受け取らなかったし。仕方なく出社したら、そら見たことかと、嘘つき扱いで勝ち誇られたし。
足元に転がるのは、画面にひびの入ったスマートフォン。社長によって床に叩きつけられた、その結果だ。明日は自分が叩きつけられるかもしれない。
「…………それもいいかもね」
床に叩きつけられて、頭が割れて。そしたら、さすがにあの社長でも捕まるだろう。それとも、やっぱり上手く隠ぺいして、逃れるだろうか。
「…………もう、死んじゃえ」
それは果たして、誰に向けた言葉だろうか。追い詰められた女性が、一人で呟いた、その時。
「選ばれし者よ。王女レリの命により、あなたを救いに来ました」
自分しか居ないはずの部屋に誰かの声が響いた。恐る恐る顔を上げると、どこから現れたのか、部屋の隅には異形の女が立っていた。
「あなたは、あなたを虐げた男を殺し、自ら救われなければなりません」
浅黒い肌を惜し気も無く晒し、黒くぬめる翼を持つ女がそう告げる。すると、また一人。今度は白い鎧兜姿の『大きな女』が姿を現した。
大柄、という話ではない。マンションの一室の天井すれすれまで背丈がある、見上げるほど大きな女だ。それが何か大きなものを片手で放り投げた。
「っ!?」
女性の目が驚愕に見開かれる。それは人間の男性――彼女が務める会社の社長だった。気絶しているようで、乱暴に床の上に投げ出されても、身動き一つしない。
「あなたがエインヘリアルとなれば、この男に復讐して殺す事ができるでしょう」
あなたにはその資格がある、と黒い翼の持ち主は優しく囁く。
「さぁ、あなたに死の安らぎを。魂の開放を。そして、新たなる力を得て、他の者たちの救いとなりなさい」
そっと歩み寄り差し出される、甘い言葉と黒く美しい手のひら。うずくまる女性がその手を取ると、黒翼の主は彼女の身体を柔らかく抱き止め、優しい手つきで、彼女の胸を静かに貫いた。途端、事切れた女性の亡骸が光に包まれ、『大きな女』へと姿を変える。
「さぁ、復讐を」
満足そうに告げられた、その言葉に促され。新たなるエインヘリアルは手にした武器を無造作に振り下ろした。
●選択の刻
「ケルベロス達よ、よく来てくれた」
知らせを聞いて集まった一同をザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)の朗々とした声が出迎える。
「シャイターンによる新たな『選定』が予知された。日頃から男性に虐げられている女性の前にシャイターンが現れ、その男性を殺す事と引き換えに、エインヘリアルとなる事を受け入れさせようとしているようだ」
王子から女性の境遇を告げられ、ケルベロス達の間に怒りや悲憤の意思が宿る。
「女性がこの取引に応えて、エインヘリアルとなれば、事の原因となった目の前の男性を殺して、グラビティ・チェインを略奪して行くだろう。お前達にはこの現場に急行し、選定を行うシャイターンと護衛のエインヘリアル、合計2体を撃破し、可能ならば、新たなエインヘリアルが生まれるのを阻止してほしい」
それが次の被害を防ぐ事に繋がる、と彼は言う。
「現場にはシャイターンと気絶した男性、導かれている女性の他、護衛として、白い鎧兜の騎士風のエインヘリアルが1体付き添っている。地球で見かけるのは珍しい、女性型のエインヘリアルで、武器はバトルオーラだ。戦闘力はさほど高く無いが油断はするな。一方、シャイターンは炎と惨殺ナイフで戦うようだ。更に、どちらもヒールグラビティを持っている」
対策を怠ると酷い目に遭うだろう、とザイフリート王子が警告する。
「幸い、導かれる女性がエインヘリアルとなる事を受け入れる直前に、現場に突入する事が可能だ。状況的には至難だろうが、もし説得に成功したならば、導きを拒否させてエインヘリアル化を防ぐ事が出来るだろう」
もっとも、社会に失望し人生に疲れ果て、永遠の眠りと制裁を望んだ者の心を動かせればの話だが、と彼は言う。
「もし、女性のエインヘリアル化を阻止できなかったとしても、選定を行ったシャイターンと護衛のエインヘリアルを撃破できれば、差し引きでこちらの勝利だ。その場合は、気絶している男性に注意が必要となる。特に女性から生まれたエインヘリアルは、その男性を狙って行動するだろう。気絶した一般人が、デウスエクスに命を狙われれば、死は免れまい。男性を救おうとするなら、女性のエインヘリアル化より前に戦場から退避させるか、相応の対策が必要だろう」
勝利条件を踏まえたうえで、何を優先するか考えて欲しいと告げる、ザイフリート王子。
「逆に、女性はエインヘリアル化しても、ケルベロスとの戦闘には加わらない。男性の殺害が成功ないし不可能になった場合、元女性のエインヘリアルは撤退を選ぶようだ。説得が困難である以上、説得を諦めて戦闘に集中する……という選択もあるかもしれない」
もし、エインヘリアル化した女性を含めて、3体とも撃破しようと思うなら、なんらかの作戦が必要になるだろう、と彼は語る。
「そして一つだけ。女性のエインヘリアル化を確実に防ぐ方法がある。それは女性のエインヘリアル化より先に、こちらが原因の男性を殺すことだ。女性のエインヘリアル化はその男性への復讐が原動力になっている。先に男性が死んでしまえば、女性のエインヘリアル化が起こる事も無い」
もちろん、最終的にどんな方針を採るかはお前たちに任せよう、と彼は言う。
「これは今までに無かった、女性型エインヘリアルとシャイターンが起こす事件だ。導かれる対象も女性である事から、これまでとは違う派閥のエインヘリアル達である可能性が高い。聞きたいことは山ほどあるだろうが、まずはこの事件の阻止を頼みたい」
信頼を込めた瞳で一同を見渡し、ザイフリート王子が頭を下げる。
「決して容易い事件では無いが、お前達ならば成し遂げられると、私は信じている。私が予知したこの事件、どうか見事、解決して貰いたい」
その言葉に、一同は力強く、応えを返した。
参加者 | |
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木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879) |
モンジュ・アカザネ(双刃・e04831) |
端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288) |
神宮寺・結里花(目指せ大和撫子・e07405) |
シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532) |
ディオニクス・ウィガルフ(否定の黒陽爪・e17530) |
言葉・彩色(妖シキ言ノ刃・e32430) |
長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485) |
●救われるべきモノ
「――そして、新たなる力を得て、他の者たちの救いとなりなさい」
甘い言葉と共に、うずくまる女性に歩み寄るシャイターン。その黒く美しい手のひらが差し出されようとした、その瞬間。
「ちょっと待ったぁあぁぁぁ―――!」
気合の入った大声と共に部屋のドアが激しく開けられ、赤髪に着物姿の精悍なドラゴニアン、モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)が、斬霊刀を手に駆け込んで来た。
「……邪魔はさせない」
その行く手を阻むように、大きな鎧兜姿のエインヘリアル立ちふさがる。
「行け、ここは任せろ!」
すかさず、長篠・ゴロベエ(パッチワークライフ・e34485)がエインヘリアルの相手をかって出た。胸に『怠惰』、背に『不倒不懐』、真っ赤な改造ジャージは自宅警備員の証である。
「戦闘準備完了……行くわよ」
両腕に白き鎖を巻き付け、かっちりした黒いスーツをまとう、銀髪のシャドウエルフ――シフカ・ヴェルランド(血濡れの白鳥・e11532)は先行する2人を援護するべく、灰色の瞳で2体の敵を冷たく見据える。傍らに付き従うのは、どこかしら似た雰囲気を持つ、男性型ビハインドだ。並び立つその姿は、まるで兄妹か何かの様にも見える。
「さあて。舞台が整うまでのしばしの間、前口上にお付き合い願おうか」
仮面の影に笑顔を浮かべ、黒髪黒瞳のウェアライダー、言葉・彩色(妖シキ言ノ刃・e32430)が言の葉を紡ぐ。
「残念だったなァ? お前ら」
赤い瞳、鋭い眼光、顔に傷跡。シャイターン達の眼前に割り込み、牙をむくウェアライダーの青年はディオニクス・ウィガルフ(否定の黒陽爪・e17530)だ。構えた縛霊手には黒き焔が揺らめいている。
「救うとは聞こえはいいが、要は辛くて弱った心に付け込んで命や未来を奪うってコトだろ。ざけんな!」
地獄をまとう黒髪の青年、木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が熱く真っ直ぐな憤りを敵にぶつけた。勢いよく燃え上がる右半身が辺りを赤く照らし出す。
「括さん、今の内っす!」
大蛇を象った巨大な木槌を構え、撫子の柄の千早をひるがえし、神宮寺・結里花(目指せ大和撫子・e07405)が叫ぶ。
「了解じゃ!」
他のケルベロス達が2体のデウスエクスを牽制する中、うずくまる女性へ向かって駆け出す、少女のような小柄なウェアライダー、端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288)。
「な、何!?」
急展開に驚く女性。その身体を飛びつくように抱きしめると、括はそのまま一緒に部屋の隅まで転がり、シャイターン達から引き離した。
「今日まで、助けに来られなくて……ごめん」
呆然とする女性の身体をぎゅっと抱きしめながら、括は呟く。
「それから……今日まで、よく頑張ったね」
括の小さな手のひらが、女性の頭を優しく撫でる。繰り返し、何度でも。
括は思う。そうまで頑張ってきたのには、何か理由があったはず。生きて、叶えたい願いがあったはずだと。
「その報いが命を捨てて、命を絶つなんて結果であっていいはずないのじゃ」
あふれる程の想いを込めて、括は撫でる。
「……ぁ、……ぁぁ」
そして、女性の瞳に僅かに意思の光が戻り始めた。
●揺れ動く未来
「あんた真面目でいい人だ! その社長の元で凄く頑張ってるんだもんな、凄いぜ!」
呆然とする女性へ向けて、ウタは真っ直ぐな思いを投げ掛けた。
「死んで生まれ変わらなくたって、可能性は沢山あるぜ!」
彼女ほど頑張り屋なら、欲しがる会社は沢山あるはず。そしてなにより、彼女のような人には笑顔で生きて貰いたい。ウタは心から、そう思う。
「貴女が手を汚す必要はありません」
仲間を守る為、不退転の覚悟を持ってこの場に臨んだシフカが、静かに告げる。
「貴女に対してやってきた事が社会に知られれば、この男は確実に地位を失います。探せば証拠は幾らでも見つかるでしょうから、裁判にかければ貴女の勝ちは間違いなしでしょう。手続き等は私達ケルベロスが協力します、だから……あつらの手を取らないで」
その灰色の瞳が睨みつける先には、シャイターンが身に着ける白い仮面。かつての記憶にあるソレと酷似した仮面の持ち主に疑惑と敵意の眼差しを向ける。
「そうっすよ! どうせ殺すなら社会的にやるっすよ。そうすれば、それなりに今までの慰謝料も出るかもしれないし! 人生辞める前に、会社辞めるべきっすよ、マジで!」
全力で『当然の選択』を叫ぶのは結里花である。状況に流されすぎっすよっ!? という彼女の魂の叫びが室内に響き渡る。
「そうだ、止めた方が良い。死んだらそれまでだ。そいつらについて行った所で、どうせ使い潰される」
ゴロベエが祈る様に言葉を紡ぐ。
「こういう案件は……正直、ツライ。会社との裁判費用も、手続きも含めて全力で支援する。だから、どうか敵には…………っ!?」
ならないで欲しい、と続けるはずだった言葉は視界に端に映った炎によって失われた。
「括――――――っ!!」
代わりに発せられたのは、仲間へ向けた切羽詰まった警告の声。目の前を通り過ぎる灼熱の炎塊が女性を抱きしめる仲間へと迫る。
「っ!?」
括はとっさに、抱きしめていた女性を部屋の隅へと突き放し、かろうじて自分から遠ざける。
「ァアァァァ――――――っ!」
直後、彼女の身体を冥府の炎が括の身体を包み込んだ。
「アハハハ……これで解ったでしょう? そいつらは、貴女を守れないし、救えない。大丈夫よ、貴女が望めば、力は貴女のモノ。救いも復讐も、自分の手で成し遂げられるわ」
炎を放った女シャイターンが不敵に笑う。
「っ!? ――てめぇ!」
「――!」
怒りの形相でモンジュが放った忌み刀は、しかし、護衛のエインヘリアルに割り込まれ、シャイターンへは届かない。
「――クソがぁ……っ!」
荒れ狂う怒気を迸らせ、モンジュが唸る。果たしてその怒りは敵の所業に向けたものか、今の一撃を防げなかった己に向けたものか。
「チィッ、言いたい放題、言いやがって……っ!」
思わぬ横やりに舌打ちしながら、疾き風の歌を奏でる、ウタ。癒しの力を宿した一陣の風が吹き抜け、括の傷を癒し、炎に抗う守護を与える。更に、メディックとしての力が、括を苦しめる炎の一部を吹き飛ばした。
「ぬっ……クッ……」
(いかん、これは……少々、時間を掛けすぎた、かの……)
仲間の支援を受け、消えない炎に抗いながら、括は状況を見渡し、ほぞを噛む。
多少広いとはいえ、所詮はマンションの一室。多少距離を取った所で、遠距離グラビティで狙われては、完全には防ぎきれない。かといって、今更連れ出そうとすれば、敵の言葉を肯定したも同じ事。信頼を失った状態で狙撃されれば、確実に復讐を果たす為、転生を受け入れてしまう恐れもある。
「クッ……なに、この程度。平気じゃよ……大丈夫じゃ、安心せい」
蒼白な顔色で見つめてくる女性に、必死に笑みを作りそう答え。括は必死に思考を巡らせる。
(今まで助けられなかったばかりか、今夜もまた、目の前に居てなお、助けられないなどとっ!)
現実になろうとしている最悪の未来。打開策が見当たらず、恐怖が胸の奥に流れ込んで来る。震える膝に力を込めてごまかしてなお、歯の根は合わず、瞳の端に涙が滲むのは止められなかった。
●報われるべきモノ
「よォ、お嬢さん、騙されちゃイケねェ。今ココで殺すだけで、満足しちゃイケねェよ」
その時、女性の傍へと来ていたディオニクスが、もったいぶった口調で囁き掛ける。
「ちぃっと待って、考えてみな? もし、ここで殺っちまったら、他の奴は前触れ無く職を失うンだぜ。……退職料も貰えず、『復讐も出来ずに』職を失うンだよ。お前と同じ立場の奴がもっと不幸になるぜ。もぅ、踏んだり蹴ったりだ……お前のせいで、な?」
お前が職と復讐を奪われる側だったらどう思うよ、とディオニクスは問いかける。
「……残してやれよ他の奴らにも。復讐の機会をよォ。……楽しいぜェ? 正規の手段で、袋叩きにしてやれ。現代の法的に、証拠揃えりゃ充分社会的制裁やれンだろ。ついでに暴言の慰謝料と器物破損の損害賠償も考えられンな? その金で、暫く休めや。……なァ、彩色もそう思うだろォ?」
そう告げられて、女性が視線を向けた先には、彩色達に身柄を確保された社長の姿があった。
「だねぇ」
仮面の奥でくすくす笑いながら、彩色は答える。
「ボクはね……『怪談を紡ぐ怪異』だよ。ボクが語る怪談は色を持つ……君が望むなら、君が望むだけの恐怖を彼に見させ続けよう」
彩色は相手を引き込むように怪しく語る。彼女の復讐に代わるモノに成る為に。
「こんな奴の為に、君が人間を辞める必要はないさ。もうボク達がここに来たのだから。『死』の恐怖なんて、所詮一瞬だけ。後は楽にさせるだけでしかないんだよ? それよりも……地獄の苦しみの中で生かし続ける方が『復讐』になるんじゃないかい?」
社長の身柄を壁際に転がして、彩色が告げる。その言葉は、紛れもなく復讐の提案。そして同時に、『社長を殺さない方が良い理由』でもあった。
「いいっすねっ! 自分は大賛成、全力で支援するっすよー!」
空気を読んで、結里花がすかさず追従する。
「当然だな。その社長はあらゆる手段で追い詰めるべきだ」
更にゴロベエも、紫の瞳に戦意を漲らせ、同意を示す。元より女性の選択に関わらず、社長には報いを受けさせるつもりだ。だからこそ、女性には人のまま、見届けて欲しいと切に願う。
「なぁ……『復讐』ってやつはさぁ、機会さえありゃあ簡単に終わっちまうんだよ」
かつて復讐を誓い、既にそれを果たし終えた男、モンジュが呟く。
「ここにはケルベロスが8人も居て、全員があんたの味方だよ。もうその社長は逃げられねぇさ。だから焦らねぇで、一緒に考えようぜ。あんたの『復讐』と、その『先』の話をよ」
彼女を自分のような『生きる目的を失った者』にはしたくない。それ故に、彼女の力になりたいと、モンジュは思う。
「いいわね。もし、新聞社に興味があったら、一緒にどうかしら」
先の話と聞いて、シフカがそっと声を掛ける。少なくともここに一人、貴女を必要としている者がいると伝えたくて。
「そん、な……けど……でもっ…………」
示された幾つもの選択肢に、女性の顔に戸惑いの色が浮かぶ。その様子を横目に捕らえ、ディオニクスは小さく息を吐いた。
(ひとまずは、ギリセーフってトコかねェ……)
やみくもに社長を保護しようとすれば、それが復讐の妨害と映って、女性が敵の側へ走る可能性も、少なからずあった。そこを無事に越えられたのなら、懸念が一つ消えたと言っていい。
「いいさ。マジで人生が懸かった大事な選択だ。よぉ―――っく、考えていてくれや」
踏ん切りのつかない女性に優しく言い置くと、魔獣の毛皮で縁取られた葬士の衣装をひるがえし、彼は女シャイターンへと狙いを定め。
(――――彼女が迷っている間に片付ける!)
短期決戦の意志を漲らせ、拳を打ち合わせれば、漆黒の炎が両肩を包み込んだ。
「さァ、狩りの始まりだ」
●明日の行方
(――――っ、良し! 良しっ! いいぞ、道が……繋がりおった!)
途切れかけた希望がかろうじて繋がり、括の表情に僅かに笑みが戻る。未だ安心には程遠い状況ではあるが、女性の表情に当初の険しさはもはや無い。
「……先ほど、モンジュ達が『先』の話をしとったの」
二丁の拳銃を模した武器を手に、括は静かに声を掛ける。
「落ち着いたら、わしにも聞かせておくれ。おぬしが望む、未来の話を」
その願いを叶えるお手伝いをさせて欲しいと女性に伝え、氷の騎士を模したエネルギー体を招き出す。
「そうさ、アンタなら出来る! だから……俺達にアンタを救わせてくれ!」
誰よりも女性の可能性を信じていたウタが叫ぶ。床に描き出すのは癒しを与える守護星座。仲間を信じ、全力でそれを支える青年の姿が、そこにあった。
「噛み砕けぇ!」
ジャージの袖をまくり上げ、気合を込めて、ゴロベエが足元の床をぶん殴った。放たれた力が床を伝い、敵の足元に到達するや、漆黒の魔犬の頭部となって、女シャイターンに食らいつく。
「……その白い仮面……私たちの故郷……身に覚えがありますかっ!?」
続いて斬り込んで来るのは、銀髪の麗人シフカだ。兄が遺した白刃に揺らがぬ殺意を宿し、急所を狙う斬撃を見舞った。
「くっ!? ……イチイチ覚えちゃ、いないねぇ!」
お返しとばかりに、シフカ目掛けて冥府の炎が迫る。
「させっかよぉ!」
そこへ赤毛の丈夫、モンジュが身を挺して割り込んだ。
「そう何度も、俺を抜けると思うなよっ!」
モンジュは精神を集中して傷を癒し、抵抗力をまとう。最後まで、仲間たちの盾として在り続ける為に。
「今よりこの場を彩るは、火車と呼ばれる火猫の御話――」
彩色が宿す、半透明の御業から放たれた炎が、立ち塞がるエインヘリアルを包み込む。
「ォオォォォ……申シ……セン……っ」
業火の中で、エインヘリアルの巨体が遂に崩れ落ちる。
「やるぜぇ、結里花ァ!」
牙むき放つディオニクスの咆哮が、女シャイターンの動きを止めた。
「はい! 伸びろ、叩き潰せ! 如意御祓棒!」
結里花の最大火力の一撃が敵を捕らえ、その身を貫いた。
「ガァアァァァ―――!?」
驚愕の表情のまま、崩れ去る女シャイターン。壁際には気絶した社長、部屋の隅には少し落ち着いた様子の女性――全員生存、最高の結末だ。
「やった……やったっすよ――っ!」
素に戻った結里花が、全身で勝どきを上げる。
「どうなるかと思ったが……全員無事で何よりだ」
安堵の息を吐いて、表情を緩めるゴロベエ。仲間たちの間にも笑みが広がった。
その傍らで、誰にともなく、彩色が呟く。
「今宵を彩った物語――これにて、閉幕」
女性の不遇な物語が、ここで終わることを心から祈って。
作者:okina |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年9月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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