滝の中で落下物を避けながらちくわを食べる修行

作者:零風堂

 流れゆく大量の水は止め処なく、辺りに轟音を響かせながら滝となって落ちていく。
「…………」
 ティニ・ローゼジィ(旋鋼の忍者・en0028)は滝に打たれながら瞑想することで、精神力を鍛えようと試みていた。
 身体を打ち据える水の重量と衝撃、体温を奪う水の冷たさ、耳を劈く轟音のいずれもが、心を乱すモノとして襲いかかってくる。その只中に在って尚、動じることのない強靭な精神。それを目指して、ティニは滝に打たれ続ける。
「……!?」
 何かを察し、ティニが大きく跳び退いた。僅かに遅れて幾つかの流木が、ドドンと音を立てて流れ落ちていく。
 間一髪といったところだろうか。少しでも避けるのが遅ければ、直撃していたかもしれない。ティニはホッと胸を撫で下ろす。ケルベロスであるからグラビティ以外ではダメージを受けることは無いのだが、痛いものは痛いのだから……。
「しかしこれは……、使えますね」
 何かを閃いたらしく、ティニは滝の傍の道を駆け上がっていくのだった。

「これで、そろそろの筈ですが……」
 しばらくの後、ティニは再び滝壺の中へと戻ってきていた。
 水に打たれながらも神経を研ぎ澄まし、何かを探っている。そして――。
「今だっ!」
 突如として跳び出したティニの向かう先には、滝を流れて来た1本のちくわがあった。何故ちくわなのかと問われれば、彼が以前、怪しげな露店のおじさんから入手した『いにしえの忍術習得プログラム』によると、『忍者の修行にはちくわが最適!』とされているから……、らしい(個人の感想であり効果を保証するものではありません)。
 しかしティニの噛みつきは僅かに遅かったらしく、ちくわは下へと流れて行ってしまう。代わりに流れて来た鉄アレイが、ごちんとティニの頭にぶつかった。
「あたた……。しかし、まだまだっ!」
 軽く頭を振って、構えるティニ。彼の修行はまだ、始まったばかりだった――。


■リプレイ

●流れる水に想いを乗せて
 ざらざらと、無数の小豆が洗われるような音を立てて、流れ来る水は斜面を下り、崖から溢れ出て滝を成していく。
 ティニ・ローゼジィ(旋鋼の忍者・en0028)は川の中に岩や網を並べ、ししおどしのような仕組みで適当な間隔を開け、水門が開くようにしていた。これを用いて修行をするつもりなのだろう。名付けて『滝の中で落下物を避けながらちくわを食べる修行専用機構』である。ネーミングセンスは皆無だが、その修行に挑む情熱だけは余りあるものだと汲み取って貰えれば幸いである。
 そうして落下物をセットし、滝の下へと向かうティニの背を見送って、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)がゆらりと歩み出てきた。
「シャルフィンがナザクの武装をちくわに変え、ちくわ地獄へ落とされた」
 淡々と語る千梨の傍らには、ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)も、ちくわと名づけられた如意棒を片手に佇んでいる。
「こいつをどう思う? まったく、酷いもんだよね」
 やれやれといった様子のナザクをよそに、千梨は語り続ける。
「パートナーのマサムネは自ら運命を共にした。愛だな……、感動した」
 千梨の表情からは、感動した素振りなど1ミリも感じられないが、そこには形容しがたい感情が含まれているのであろう。
「つまり俺は関係ないな? 何故、平和な休日に野郎4人でちくわ塗れに……」
 熱い怒りをちくわに変えて、千梨はちくわを流し始める。
 あとはティニが誕生日だということも聞き及んでいたので、祝いも込めた詫びちくわを、そっと流していく。
 一方ではナザクが、中に色々と入れたちくわを流していた。定番のチーズやキュウリはもちろんのこと、熊本名物ちくわサラダ……。すなわち、ポテトサラダを入れて揚げたちくわなんかも流していく。
「ちくわ食べ放題と聞いて……、あれ? 違う?」
 ザベウコ・エルギオート(破壊の猛獣・e54335)はどこをどう聞き違えたのか、軽く首を傾げていた。
「んじゃ、とりあえず流すぜ。俺が流すのは……。この、キノコとタケノコだ!」
 気を取り直し、ザベウコはティニのちくわ(中略)機構に食材を投げ込んでいく。
「あ、毒キノコは入ってねェーから安心してくれ!」
 威勢のいい言葉と共に、ザベウコは笑みを浮かべるのだった。
「皆の修行をお手伝いだ」
 ランテルナ・オルトレマーレ(空に海に染まりても・e63623)は空色にも似たオラトリオの翼を広げ、ふわりと滝の上へと舞い上がっていた。
「OK……、行くぞ!」
 滝壺で待ち受ける仲間たちに手を振って、普通のちくわに加え、わさびや辛子入りの奴も混ぜて次々に、そーれそーれと意気揚々に投げ込んでいく。
「みんな頑張れー」
 仲間たちの歓声と悲鳴を聞いてランテルナは微かに金色の眼を細めながら、その翼を羽ばたかせていた。

●見極め受けよ、それが肝要だ
(「……賑やかになってきましたね」)
 ティニは滝の音に混じって、人の気配が増えていることに気が付いていた。
 敵意は無い。ならば自分と同じように、滝修行に訪れた者だろうか?
「……にしても、なんでどうしてちくわ?」
 マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)が、素朴な疑問を口にする。ティニ曰く、古来より忍者の修行にはちくわが欠かせないのだと、彼の(間違った)知識の中では定められているらしい。
「ナザクさんの如意棒もなんでちくわ?」
「それは流石に……?」
 問われて首を傾げるマサムネとティニに、自分が贈ったものだとシャルフィン・レヴェルス(花太郎・e27856)が歩み出てくる。
「ちくわだけではなく他に豆腐も沢山贈っただろうに。そこまでちくわが好きなら、後ですべての武装をちくわに変えてやろう」
 手のかかる奴だといった様子で息を吐くシャルフィンに、滝の上でナザクの怒りが弾けたような気がした。
 直後、怒りのちくわが無数に降り注いでくる!
「辛子れんこんならぬ辛子ちくわだ。グラビティじゃないから死なない。大丈夫」
 そう言うナザクだが、握り締めたちくわ(如意棒)は千切れんばかりに力が込められている。その怒りは計り知れないものなのだろう。
「あー辛い! 辛さ10倍辛子ちくわ辛い!」
 それを食べてしまったマサムネが、あまりの辛さに悶絶を始めているが、当のシャルフィンは涼しい顔だ。
「それにしても、ちくわを受け止めるってなんだ。辛子程度ならなんともないぞ」
 どうやらシャルフィンは辛さには強いらしい。マサムネは涙目になりながら、流れて来た巻物を受け止めて広げると、千梨から『頑張れ』とメッセージが贈られていた。
「あー、千梨さんのお情けが優しく染みる」
 無表情でそう呟くと、続いて流れて来た怪しげなスーツは、華麗にスルーを決めてみせるマサムネであった。

 水飛沫を上げて滝の流れから一歩下がり、体勢を立て直そうとしたティニの元へ、近づく人影がある。
「あっ、テ、ティニ君っ、こんなところで奇遇ですねっ!」
 シャイン・セレスティア(光の勇者・e44504)が、偶然ばったり出会った様子で声を掛けてきた。濡れても大丈夫なように水着姿ではあるが、彼女が偶然だというのならば偶然なのだろう。
「これはどうも。何やらいつもより賑わっているようですが、偶然ですね」
 兜から覗く髪の先端から、ぽたぽたと水滴を落としながらではあるが、ティニはシャインのほうに向き直り、軽く会釈をする。修行中のせいか、少し荒くなっていた呼吸を、整えているようにも見えた。
「わ、私も勇者として強くなるために、一緒に修行してもいいですか?」
 剣を構え、どこかほんの少しだけ頬を朱に染めながら言うシャインに、勿論ですとティニは応える。ほとんど同時に飛び出して、シャインは滝から落ちてくるちくわを剣で断ち斬り始めた。
「お見事です。流石に動きが鋭いですね……。あ、そこは危ないですよ!」
 シャインの動きを見ていたティニであったが、その顔色が変わった。どうやらシャインが踏み出した岩には苔が生えており、滑りやすくなっていたらしい。
「っ? きゃあああっ!」
 案の定、つるんと滑ってバランスを崩すシャイン。ティニも咄嗟に駆け寄ったものの支えることは叶わず、つるっむにゅっばしゃんともふたり共々もつれて滝壺へと落ちていった。
「おや、これは……?」
 滝の下流で網を張り、物品の回収を行っていた常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800)は、軽く片眉を上げて、流れてきたものに視線を落とす。
 ぷかぷか浮かぶシャインとティニに、修行の際にはこういうことも起きるのかと、紗重はやれやれといった様子で小さく溜め息を吐くのだった。

「避けながらも食え、なぁ。こいつは俺らにおあつらえ向きの修行だな。早速始めようぜ」
 エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)は鍛錬を楽しむかのように口元に笑みを浮かべつつ、滝の上に視線を向けていた。
「確かに俺たち向けだな。負ける気はしないが。……さて、修行開始と行こうか」
 五栖・紅(店長代理・e61607)も静かながら、内に秘めたる気力は十分といったところだろうか。
「どんな修行かワクワクです。紅さんから、すごいオーラを感じます!」
 そんなふたりをパシャ・ドラゴネット(ドラゴニアンの心霊治療士・e66054)は、キラキラとした目で見つめていた。
「面白そうですから、もちろん修行に参加します!」
 フロッシュ・フロローセル(疾風スピードホリック・e66331)はワクワクした表情で、滝に向かっている。
「ローゼジィさんや五栖さん、団長にだって負けませんよ! オルトレマーレさん、お願いします!」
 そうして滝の上に居るであろうランテルナのほうに手を振って、流れ来るちくわと対峙するのだった。
 しばし、水流と戯れるフロッシュ。その表情は、次第に真剣なものに変わってきていた。
(「た……、滝に打たれながらちくわ取るのってなかなか難しい……!」)
 水流によって身体の表面はもちろん、水の落ちる音で聴覚が、水飛沫によって視覚が邪魔される。
(「水がどんどん入って来るし……ってあ、きたっ!」)
 そしてちくわをゲットすれば、無駄に研ぎ澄まされる味覚。惑わされず、少ない情報の中で正解を見つけなければならない。
「……って、全部ちくわじゃねぇか!」
 エリアスは流れてくる流れてくる多彩なちくわに困惑するものの、何とか避けて正解のちくわにかじりつく。傍らではフロッシュが爆竹ちくわでひっくり返ったり、取ったと思えばちくわが分裂したり、鉄アレイが頭に直撃したりしている。
「フロッシュさんもエリアスさんも闘気が目視できそうです。みなさん、すごい」
 パシャは仲間の雄姿に見惚れていたが、このまま見ていても仕方が無いと気合いを入れ直し、滝へと向かう。
「……!」
 冷たい水が全身を包み、他の感覚を奪っていく。
(「静水の心で激流を制す……」)
 激しい流れの中に在って尚、静かな水の如き心で佇む。
 どんな状況であれ冷静さを失わなければ、本来の動きができる筈だ。事実、滝の中でなければパシャにもちくわは難なくキャッチできただろう。
(「……なんて、できっこないです!」)
 しかしまだ、パシャはそんな境地には至れなかったらしい。あわあわと滝の中を逃げまどい滑って転んで……、偶然ではあったが、ちくわを掴む。
「は、速ぇえ……。やるなパシャ」
 その急転直下な動きに、エリアスが感嘆の息を吐く。
「おぉ、凄い避け方だな。残像すら見えそうだ」
 紅も気を引き締めつつ、大量に降ってくるちくわをギリギリで避ける。それにしても……、やけに量が多い!
「俺を狙っていないか!? オルトレマーレ!」
 思わず上げた紅の声が届いたか、ランテルナは悲鳴が聞こえるな、と軽く首を傾げてから。
「俺からは姿が見えないから、気のせーだぞ、気のせー」
 などと大雑把に答える。
「……!?」
 何とか回避を続けていた紅だったが、避けたその先に直撃コースのちくわが降ってくる。
「ニヒヒ、五栖さんもっと機敏にね! ついでにもっと感謝して貰っ――ウニャアアァ!?」
 割り込んで来たフロッシュに、大きなちくわが直撃する! これはかなりの重量を持っていたらしく、痛そうな音が響き渡った。
「――すまない、フロローセル。俺を庇ったせいで当たってしまった、怪我はないか?」
 急ぎ紅は怪我が無いか確認するが、エリアスは思いっきり笑っていた。
「ははは! おっと、人の心配してる場合じゃねぇな。ふたりともあんまり奮ってねぇが、大丈夫か?」
 そんな余裕をみせていたエリアスであったが、お約束のように頭上に鉄アレイが落ちてくる。
「っ……。油断大敵ってか」
 エリアスは苦笑いで悶絶しつつ、修行を続けるのであった。

「おーい、どうだった?」
 暫しの時が流れ、ランテルナが仲間たちの元へ飛来してくる。
「なかなか為になる修行だった。しかし、風邪を引かない様にしなければな」
 紅が滝から身を引いて、フロッシュのほうへ視線を向けながら応える。
「ずびっ……でも、楽しかったですね! ……けどあ、温かいもの欲しいです」
 フロッシュは笑顔を見せていたものの、冷えてしまったのか肌の色は一層白く、少し震えているようであった。
「疲れました。けど、楽しい修行でした。おでん缶温めて食べましょう」
 パシャもぷるぷると羽を震わせて水を払い、にぱっと笑顔で仲間たちに向き直っている。
「……さ、体温めに行くか!」
 ばさりと上着をひっつかみ、エリアスが歩き出した。
「みんなに有意義な修行になったなら何よりだ。さ、温かい物でも飲みに行こうぜ」
 その後にランテルナたちは続いて、焚き火のほうへと向かって行く。

●命の灯
「乾いたバスタオルをたくさん持って来ました!」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は面白い修行の噂を聞いて、手伝いをしに来てくれたらしい。
「滝修行だと体が冷えますからね」
 ミリムはそう言って、休憩するケルベロスたちへ次々とタオルを渡して回っていた。
「焚き火には自由にあたっていい。コーヒーやココアもあるからな」
 紗重は流れ落ちたティニやらちくわやらを回収しつつ、鍋で甘酒、ポットでお湯を温めていた。そこにミリムも加わって、持参した肉や野菜などの食材を串に刺し、バーベキューが開始される。
「修行終えた人は、熱い食べ物も食べて、体を温めますよーに!」
 紗重からちくわを受け取ったミリムは、手際よく醤油をかけて焼き始める。
「ほら、こうして焼きちくわにして、醤油かけて食べたり!」
 軽く焦がされた醤油の香ばしい香りが漂い、食欲をそそる。
「それと、ティニさん誕生日おめでとうございます……!」
 ミリムはそう言って、ティニに串焼きをお祝い代わりだと差し出していた。
「おや、そういえばそんな時期でしたか。これはどうもありがとうございます」
 ティニは口元に笑みを浮かべ、串焼きにかぶりつく。
「テ、ティニ君、誕生日おめでとうございますっ! あ、あと、いつも助けていただいて感謝してます!」
 そこへシャインもココアを手に、感謝の言葉を伝えにやってきた。
「感謝だなんて、そんな……。困っている誰かの助けに少しでもなれたのなら、私もうれしく思います」
 ティニは少しだけ微笑んで、そんなふうに言葉を返すのだった。
「……お疲れ様、ティニ。ここから見学させて貰っていたが中々興味深い修行だったな」
 紗重はそう言って、温めた甘酒をそっと手渡す。
「ああ、身体もすっかり冷えただろう。甘酒を温めてあるから飲んでいくといい」
 厳しい水の冷たさと鍛錬の疲労を癒す、温かさと休息。
 戦い続けるケルベロスたちの日々は、決して楽しいことばかりではないだろう。
 それでも戦いを選んだ彼らに勝利をもたらせるように、この鍛錬が少しでも役に立てばいいと、そんなふうに思うのだった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月27日
難度:易しい
参加:13人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。