宵染める罪人達

作者:小鳥遊彩羽

 涼しい風が吹き、晴れた空には幾つもの星が瞬く深夜、とある市街地の一角にある広場にて。
 差し込む街灯の明かりをゆらりと歪ませながら、『それ』は姿を現した。
 体長二メートルほどの、青白い光を纏う怪魚。死神の遣いである。
 魚達は浮遊しながら空中を泳ぎ回り、青白い光の軌跡で魔法陣を描き上げる。すると、その中心にさらなる異形と成り果てたエインヘリアルが現れた。
 死神にサルベージされ、仮初の命を得て再びこの世界を踏み締めたのは、かつてケルベロス達に倒された一人のエインヘリアル。
 暴虐の限りを尽くそうとしながらも最低限の知性を持っていたであろう姿は見る影もなく。ただ獲物と呼べる何かを探してあてもなく歩き出そうとしていた――その時。
「……ケルベロス共に倒されるだけでなく、死神の手に落ちるとは。無様だな、同胞よ」
 空から降ってきた、新たなエインヘリアルが――サルベージされたエインヘリアルを見るなり、そう吐き捨てるのだった。

●宵染める罪人達
 死神の動きが確認されたと、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はケルベロス達に告げる。
「と言っても、皆も知っているような、空中を泳ぐ魚の姿をした、知性を持たないタイプのものなんだ」
「……その死神は、『サルベージ』の時に現れる魚……ですよね?」
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が問う声にトキサはうんと頷き、続けた。
「この怪魚型の死神は、ケルベロスが以前に撃破した罪人エインヘリアルを、変異強化した上でサルベージし、デスバレスへ持ち帰ろうとしているみたいなんだ。ここまでは、死神が引き起こす事件としては珍しくないものなんだけど……もう一つ、問題があって」
 罪人エインヘリアルがサルベージされると同時に、新たな罪人エインヘリアルが出現するのだという。
 これは、エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)が危惧していた、罪人エインヘリアルのサルベージを援護するエインヘリアルの妨害行動と思われる。
 なお、サルベージされた罪人エインヘリアルは、出現の七分後には死神によって回収されるため、可能であればその前に撃破を行って欲しいとトキサは告げた。
 サルベージを行った怪魚型の死神達については、噛み付いたり、怨霊弾などで攻撃をしてくるものの、さほど脅威ではない。
 だが、変異強化された罪人エインヘリアルは知性を失っており、自身に襲い掛かろうとする者へ躊躇いなく剣を向けてくるだろう。
 一方、新たに出現する罪人エインヘリアルもひどく攻撃的で、ケルベロスが現れれば問答無用で攻撃を仕掛けてくるような、言わば戦闘狂と言っても過言ではないだろうとトキサは言った。
「皆が現場に到着した時点で、周辺住民の避難は済んでいる。けれど、それが広範囲になると、サルベージをしてもグラビティ・チェインを獲得できなくなるからか、サルベージする場所や対象が変化して、事件を阻止できなくなってしまうから、戦闘区域外の避難は行われていないんだ」
 だが、サルベージされた罪人エインヘリアルについては、グラビティ・チェインの補給を行わなくても七分後に回収される為、一般人への被害は考えなくて良いだろうとトキサは続ける。
「でも、新たに現れた罪人エインヘリアルは、出てきたらそのまま、暴れ続けるだけだ。どれほど時間が経っても回収されることはないから、撃破に失敗した場合はかなりの被害が予測される。くれぐれも油断せずに臨んで欲しい」
 トキサの言葉に、フィエルテも真剣な表情と共に頷いて。
「エインヘリアルが二人と、怪魚型の死神。これらを一度に相手にすることになるから、おそらく苦戦は必至だろう。でも、どこかに勝機はあるはずだ。だから、どうか。くれぐれも気をつけて、そして、皆揃って帰ってきて欲しい」
 トキサはそう締め括り、ケルベロス達に後を託した。


参加者
月織・宿利(フラグメント・e01366)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)
エメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)
葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)
ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)

■リプレイ

 戦いの場へと足を踏み入れたケルベロス達を迎えたのは、空中を漂う仄青い光の群れと、巨躯ふたつ。
「早速現れたか、ケルベロス共よ」
 ケルベロス達を見るなりそう声を発したのが、新たに現れた罪人エインヘリアルのオラヴィであることは明白。
 もう一人、異形と呼んで差し支えないほどに変わり果てた罪人エインヘリアル――彼こそが、一度ケルベロス達に倒されながらも死神にサルベージされることによって仮初の命を吹き込まれた、ヨルゲンだった。
「決着を付けましょう。ヨルゲン、そしてオラヴィ、貴方とも」
 確かな闘志を秘めた月織・宿利(フラグメント・e01366)の眼差しを一瞥し、オラヴィはほうと声を落とす。
「……止めるのならば、好きにするが良い。我らはただ、力を振るうのみだ。あの同胞とて、それは変わらぬ」
 刹那、オラヴィが繰り出した音速の拳が、宿利に叩き込まれた。
「……っ!」
 容易く吹き飛ばされた華奢な身体が地面を転がる。けれど宿利はすぐに立ち上がり、両の足で確りと地を踏みしめて刀の柄に手を掛けた。
「――華よ、散るらん」
 高速で放たれた宿利の一撃が斬ったのはヨルゲンではなくオラヴィだったが、それもオラヴィがディフェンダーである以上は想定の内。続けて動いたオルトロスの成親が解き放った地獄の瘴気が、二人のエインヘリアルを纏めて飲み込んだのが見えた。
 エインヘリアルの重い一撃を受けてもなお立ち上がれたのは、盾役であるからこそ。
「月織さん、大丈夫か」
 同じ盾役であり、互いに信を置く仲である御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)の案ずるような声に、宿利は小さく頷いた。
「ありがとう、大丈夫。でも、何度も受けられるものじゃなさそう」
「ああ、一刻も早く仕留めなければな」
 言うが早いか蓮が解き放った半透明の御業は、オラヴィに阻まれることなくヨルゲンを鷲掴みにする。オルトロスの空木もまた、ヨルゲンを神器の瞳で睨みつけ、鮮やかな炎を燃え上がらせた。
「フィーさま、わたくしは、しゅくりさまをかいふくいたします!」
「はい、いづなさんっ」
 月霜・いづな(まっしぐら・e10015)の声にフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)は確りと頷き、避雷の杖を振るって後衛を護る雷の壁を編み上げる。
「天つ風、清ら風、吹き祓え、言祝げ、花を結べ――!」
 その間に淀みなく祝詞を紡ぎ上げたいづなの周りを吹く清らかな涼風が、散る華めいた白の切幣を伴って宿利の傷と痛みを優しく払った。
(「つみびとで、あるならば……あるいは二度めの生は、ばつであったのでしょうか」)
 エクトプラズムの武器を振り回しながらヨルゲンへ飛びかかっていくつづらを見やりつつ、いづなは胸中で独りごちた。けれど『彼』が受けたものが罰であろうとなかろうと、ケルベロスとしてなすべきことは一つだけ。
(「おつとめ、かならずはたしてみせまする。……まっていて下さる方が、おりますもの」)
「彼の者は来たれり! 見よ!」
 澱む空気を祓うようにエメラルド・アルカディア(雷鳴の戦士・e24441)が歌うのは、英雄を称え戦う者達を鼓舞する凱旋歌。
 全ての戦士を英雄として送り出す歌であると同時に、戦士達の故郷への帰還を願う歌声が、皆に確かな力を注ぐ。
「天蓋に輝くは、蒼く輝く氷月」
 風魔・遊鬼(風鎖・e08021)は敵を見据えながら自らの武器に螺旋の力を注ぎ、氷の力を纏わせる。
「ウ、オオオオオオォッ――!」
 そこに割り込むように、ヨルゲンが狂気滲む咆哮を響かせた。
 空気が震え、不快な感触が後衛陣を襲う。それに釣られるように、泳いでいた魚達も動き出す。
 放たれた怨霊弾が、戦場を覆い隠さんばかりの勢いでケルベロス達に毒を撒き散らした。
 その死神達に狙いを定めたのが葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)である。
「風が吹き抜け、雷が束縛する、風雷の斬撃」
 風流が死神達へ放ったのは、風と雷の霊力を帯びた斬撃。斬撃の軌跡を辿るように吹き抜けた風が、雷の霊力を敵群の只中に撒き散らす。
「我々が倒したとて、こうもサルベージされてはキリがないものだな」
 身の丈程の片鎌槍を構えながら、伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)は静かに声を落とした。
 知性はなくとも戦う力さえあれば、それはケルベロス達にとってだけでなく罪なき人々にとっても脅威となる。
(「どちらも倒したい所だが……まずは一体、やらねばならんな」)
 稲妻を帯びた超高速の突きは狙い違わずヨルゲンを穿ち、その神経回路を麻痺させた手応えを信倖に返す。
「このまま易々と回収させるつもりはないよ。ここで全てを食い止める」
 黒太陽が放つ絶望の黒き光をエインヘリアル達に照射しながら信倖の呟きに応えたのは、ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)だ。
 ウリルが持参したアラームは、戦いの始まりと同時に時を刻み始めている。
 タイムリミットは、七分。それまでにヨルゲンを倒すことを、ケルベロス達は目標と定めていた。

 濁った瞳でケルベロス達を見やっていたヨルゲンが、不意に牙を剥く。
「ガアアアアッ――!!!」
 盾の庇いを擦り抜けて遊鬼へ食らいつくその様は、まるで獣そのもので。一撃が深手となり、遊鬼は思わずその場に膝をついた。
 いづなとフィエルテはすぐに視線を交わし頷いて、遊鬼を癒す。
「ありがとうございます」
 共鳴の癒しを受けて立ち上がった遊鬼は礼を告げると同時に地を蹴って、鍛え上げられた技量からなる達人の一撃をヨルゲンへと見舞った。
 死神達の攻撃を掻い潜りながら風流が放った冥府深層の冷気を帯びた手刀がヨルゲンとオラヴィを凍結させるものの、信倖がヨルゲンへ理力を籠めて蹴り込もうとした星型のオーラは、遮るように現れたオラヴィの身体に刻まれた。
「蓮くん!」
「――、ああ、」
 宿利が極限まで集中させた精神を解き放ってヨルゲンの脇腹を爆破した直後、蓮は噛み付いてきた怪魚を振り払い、己の身に宿した半透明の御業の力を行使する。
 放たれた炎弾がヨルゲンへ直撃するのと同時に、空木と成親がそれぞれ口に咥えた神器の剣で畳み掛けるように斬り掛かった。
 ここ最近多発している、死神による事件。
 かつて倒した敵を蘇らせる彼らの存在はとても厄介だと蓮は思う。罪人とはいえ、眠れる者を利用する事は冒涜だとも。
(「神をも恐れぬ愚行か、それとも神のつもりか」)
 真偽は定かではなく、それを知ったところで何がどうなるという訳でもない。
 ここで逃せば、死神は必ず同じことを繰り返すだろう。だからこそ、好きにさせておく訳にはいかないのだ。
(「必ず仕留めて終わらせる、引くつもりはない」)
 今はただ、『敵』を――目の前にいるエインヘリアルを、死神を、倒すために力を尽くすだけ。
「――今の私は、過去の私とは違うのだ!」
 殺戮者だったかつての己と、ケルベロスとして生きる今の自分。忌まわしき過去に対する決別のような宣言と共にエメラルドがヨルゲン目掛けて放つのは、心を貫くエネルギーの矢。更にウリルがチェーンソー剣の刃でヨルゲンを斬り裂き、傷口を広げてゆく。
「エインヘリアルも不思議なことをしますね。罪人とはいえ自身らの仲間が死神に奪われようとしているのをわざわざ手助けするなんて」
 風流が何気なく呟いたのに、オラヴィが僅かに眉を寄せる。
「手助けなどするつもりは毛頭ないさ。『アレ』がどうなろうと俺には関係ない。俺が興味があるのは、――お前達だよ、ケルベロス」
 にやりと口の端を歪ませ、オラヴィは手にした星剣を力任せに振り回した。瞬間的に膨れ上がった風がごうと唸り、風流とエメラルドを薙ぎ払おうとする。
 素早く身を挺したのは蓮と宿利だ。威圧するような風に二人共吹き飛ばされて地面に転がるものの、同時に後方から齎される癒しや守りの力が、二人を支え立ち上がらせる。
 支援に駆けつけてくれた多くの同胞達は、皆が万全の状態で戦えるよう手を尽くしていた。
 信倖と古くからの戦友である小鳥谷・善彦はサークリットチェインで守りを重ね、壊されてもなお壊れない幾つもの盾で前線で戦う同胞達を護り。翼猫がヨルゲン目掛けて尻尾の輪を飛ばし力を削ぐ傍ら、玉榮・陣内は氷とジグザグを駆使してエインヘリアル達を翻弄する。
 新条・あかりがフィエルテと共に耐性の雷壁を幾重にも重ねた後、メタリックバーストで皆の超感覚を覚醒させる一方、アリシスフェイル・ヴェルフェイユもまた、敵のブレイクに備えて回復と耐性の底上げをすべく、穢れを祓う力を齎す光の糸を紡ぎ上げた。
「七分間で、きっちり終わらせようね」
「大丈夫よ、私達も頑張るのだわ」
 微笑むあかりと、自信に満ちた笑みを浮かべるアリシスフェイルに、フィエルテもはいと力強く頷いて応える。
 ケルベロス達は、死神によってサルベージされたヨルゲンを先に倒してから、残るオラヴィと怪魚型の死神達を倒すという作戦でこの戦いに臨んでいた。
 ヨルゲンは時間が経てば死神の手によって『回収』される。だが、ヨルゲンが消えても、オラヴィは戦場に残ったままだ。
 無難に勝利を収めるのであれば、ヨルゲンの回収を許してでもオラヴィを優先的に撃破するのが望ましかっただろう。
 何故なら、人々の避難が済んでいるのは戦いの場であるこの広場だけ。広場の外に出れば、今を生きる人々の普段通りの日常がある。
 ヨルゲンの撃破を叶えたとしても、場に留まり続けるオラヴィの撃破が叶わなければ、その先に待っているのは惨劇だ。
 だが、ケルベロス達はそのリスクを覚悟の上で、死神の手に新たな戦力を渡さず人々を脅威から守る――両方の道を選んだ。
 そのために、戦いが始まったその時からヨルゲンへと攻撃を集中させていた。

「――四分が経過したよ」
 機械的なアラームの音が戦場に響くと同時、ウリルが皆へ『合図』を告げ、ウリル自身もまた、逃さぬようにと気合を込める。
 合図を受けたケルベロス達は、次なる一手に最大限の力を込められるものを選び、ただ一人の敵を見据えて総攻撃を開始した。
「くれてやる……行け」
 蓮が伸ばした手の先、ヨルゲンの足元の影から現れたのは、古書に宿る思念を蓮自身の霊力を媒体に具現化させた『鬼』だ。鬼はヨルゲンの巨躯を力強く捉え、鋭い爪の一撃を刻みつける。
 衝撃と痛みにか揺らぐ巨体。その懐へ宿利が踏み込んでいく。
 交わしたのは視線だけ。それで十分だった。畳み掛けるように繋がる攻撃は、互いに心からの信頼を置いているからこそ。
 ヨルゲンだけでなく、オラヴィも死神達も、見逃すつもりも、そう簡単に退くつもりもない。――だから、
(「――今私に出来る、全力を」)
 宿利は真っ直ぐにヨルゲンを見つめ、刀を振るう。高速の剣撃が、的確に万物に存在する死の形――急所を切り捨てるものだが、ヨルゲンを倒すにはまだ足りない。
 遊鬼がそれに続こうとしたが、ヨルゲンが動くほうが早かった。焦点の定まらぬ瞳で、形振り構わず黒い炎を宿す剣を振り回す。
「……!」
 その先に居たのは――オラヴィだった。エメラルドのハートクエイクアローによって催眠状態に陥っていたヨルゲンの一撃を、オラヴィはその身で受け止めようとしたが受け切れず、傷口から黒い炎が噴き上がる。
 生じた大きな隙を逃すことなく、改めて遊鬼が続いた。空の霊力を帯びた刀で、敵の傷跡を正確に斬り広げ――そして。
「つづら、ふんばり所ですよ! ……おおかみさま、どうか、おちからをおかしくださいませ」
 全身をオウガメタルで武装したいづなが、果敢に自身の何倍もある巨躯目掛け拳を繰り出す。つづらもそれに応えて全身全霊で飛び掛かり、ヨルゲンへと喰らいついた。
 怪魚の死神達も応戦するが、その存在は脅威ではなく。
 エメラルドはゲシュタルトグレイブを巧みに操りながらヨルゲンへと迫る。だが、稲妻を帯びた超高速の突きが貫いたのは、ヨルゲンではなくオラヴィだった。
 届かなかった攻撃は、一方で届いたとも言える。オラヴィを見据えるエメラルドの瞳は、静かな怒りに満ちて。
「己の同胞を指して無様等という貴様に、負ける道理はないな」
「威勢が良いな。だが、逃げられるぞ?」
「――逃しませんよ。絶対に」
 エメラルドと同じ、ヴァルキュリアである風流が、空の霊力を帯びた刀でヨルゲンを斬る。ああ、そうだ、と同意の声を添えて、ウリルは竜爪を繰り出した。
 骨を砕かれ、肉を削ぎ落とされても。どれほどのダメージを負っても、ヨルゲンは変わらず敵と見做した存在を排除しようと動く。
 哀れな屍人を見据えながら、信倖は深く身を屈めた。
「我が槍、果たして見切れるかな!」
 低い構えから瞬時に踏み出し、信倖はさながら槍の雨が降る如く幾度も突きを繰り出して――。
「オオオオオッ……!!」
 血の雨に塗れながら、ついに力尽きたヨルゲンは、二度目の死を迎え今度こそ跡形もなく霧散した。

 ヨルゲンを死神の手に渡すことは防いだ。だが、まだもう一人の罪人エインヘリアル――オラヴィと、そして、怪魚型の死神達が残っている。
 幸いだったのは、この時点でオラヴィにもダメージと状態異常がそれなりに蓄積していたことだろう。
「待ちくたびれたぞ、ケルベロス。さあ、続きと行こうじゃないか」
 しかし、如何に能力を低下させたとしても、相手は格上のエインヘリアル。その音速の拳に弾き飛ばされ、とうとう蓮のオルトロス、空木の姿が掻き消える。
 仲間達を護り奮闘した空木の姿に蓮は表情こそ変えなかったものの、僅かに唇を噛み締めてエインヘリアル達へと向き直った。
「我らが英雄の不敗たるを称えよ――!」
 エメラルドが再び英雄凱旋歌を響かせ、確かな力を注ぐと同時、
「つゆはらいは、おまかせあれ!」
 救われ、生きてきた己も、誰かを救うためにと直向きに。
 いづなはすらすらと紡ぎ上げた言の葉に乗せて、いのち寿ぎ訪るる花季の露を払わんと優しくも涼やかな天つ風を導く。フィエルテもまた、避雷の杖から迸らせた光に『敵』を倒すための確かな力を込めて託して。
 自らの内に力が満ちてゆくのを感じながら、オラヴィへと肉薄した信倖は稲妻を帯びた超高速の突きを繰り出す。
「まだまだ、貴殿の力はこれほどのものではないだろう!」
 攻撃を受け深く傷ついても、耐えられぬような痛みを覚えても、決して怯むことなく敵へ向かっていく信倖の揺るぎない瞳は、死を恐れず戦いを求める、ある種の狂気を孕んでいるようにすら見えた。
「いったい死神とエインヘリアルとの間でどんな取引が行われているのですか。と、あなたに聞いても意味はないと思いますが」
 死神達に再び風と雷の霊力を帯びた斬撃を放ちつつ、風流は答えがないと解っていてもなお、思ったことをそのまま口にする。案の定、オラヴィは何も言わずただ小さく肩を竦めただけで、そもそも興味がないといったようにも受け取れた。
「あのヨルゲンのように、死してもなお戦いたい? もしそうなら戦闘狂だね」
 ウリルが肩を竦めて告げるのに、オラヴィは笑みを浮かべたまま剣を構える。それが、自分達という存在なのだと、答えるように。
 ウリルのチェーンソー剣とオラヴィの星剣が真正面から衝突して火花を散らす。
 その時、不意にオラヴィの周りで爆発が起こった。
「――な、っ……!?」
「あんたも、余所見をしている暇はないぞ」
 蓮が手の中の、鉦吾の形をした爆破スイッチを起動させたことにより、いつの間にか仕掛けられていた不可視の爆弾が一斉に爆ぜたのだ。
 一瞬の隙を見出した遊鬼が放ったブラックスライムは捕食モードに変形してオラヴィの巨体を呑み込んだ。
 潰えたはずの命を掬い上げられようと既に知性はなく、それは彼らに何の意味があるのだろうと宿利は考える。
 変異強化を施されて彼らの前に現れたヨルゲンは、まるで生ける屍のようだった。
(「だから私は、死神を……決して、許したくはない」)
 宿利は真っ直ぐにオラヴィを見つめ、告げる。
「オラヴィ、貴方もよ。今度はふたり一緒に、眠って頂きましょう。――華よ、」
 ――散るらん。
 宿利は流れるようにオラヴィへと迫り、刀で、万物に存在する死の形を斬り捨てた。
 それは、所謂急所。高速で、的確に。末期は花のように。可憐に、一瞬に。
「……さようなら」
「……見事だ」
 巨躯が倒れ、地面が振動する。けれど、それも一瞬。オラヴィの姿もヨルゲンと同様に、夜の闇に溶けて消滅した。

 死神達も倒され、戦いが終わると、広場には元の静けさが戻ってきた。
 全ての敵を倒すという倒すという何よりも強い意志と、後方支援に駆けつけてくれた同胞達の力、そして多くの幸運が応えてくれた結果が、ケルベロス達に勝利を齎したのだ。
 戦いで荒れた広場に、ウリルといづなはヒールを施す。フィエルテも手伝って、きっと朝には少し幻想的な雰囲気を帯びた広場に、人々がここで何かが起きたことを知るのだろう。
 けれど、それもささやかな『日常』だ。
 静かになった深夜の広場を眺め、ウリルは良かった、と零し。
 いづなはエインヘリアル達が消えた場所を見つめながら、そっと祈りを捧げるのだった。
(「……此岸より去られたならば、どうぞ、ごゆるりと」)
 ――みたび、まよわぬように。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月20日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。