決戦雷霧~受難のスライム忍者

作者:木乃

●募るは悲哀と憤り
 閉鎖して既に20年以上経つ、茨城県水戸市の芦山浄水場跡地。
 人っ子一人寄らぬ廃墟とあって隠れ忍ぶには十分すぎる場所だった。
「もう、もうなんですかぁ!? スライムを活躍させるどころか、揃いも揃ってオークの皆さん全敗してるって……あれだけ大口叩いて奪っていったじゃないですかぁ~!」
 腰まで伸びた長い黒髪に清楚な顔立ち。
 それに反し、下履きが見えそうなほど短い忍び装束と、全身を覆いそうなほど蠢く大量の粘液。
 儚げな薄幸の美少女は実際、不幸に見舞われていた。
「うぅ、スパイラスには帰れなくなっちゃいましたし、オークには胸とかお尻とか散々触られますし、スライム達は日に日に減っていくばかりですし…………皆もごめんね」
 涙ぐむ雷霧は自らを包むスライムを指先で撫でさすった。
 友であり、唯一の仲間であった不定形の生物も以前に比べ、明らかにサイズが小さくなっていた。
 これも全てオーク達に奪われてきた結果である。
 ――そんな彼女の呟きをかき消すように、渦巻く回廊の口から醜悪な化生が現れる。
「ゲッヘヘ、オイ、ダメダメ忍軍、スライム、ヨコせヨ」
 喉元にこみ上げる言葉を押し殺し、雷霧はいつものように取引を始めるのだった――。

「す、すすす、スライムの製造元は螺旋忍軍じゃとぉ!?」
 ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)が驚くのも無理はない。
 『スライムを作っている場所』を調べた結果、『螺旋忍軍の潜伏先』が判明したのだから。
 目を丸くするララに対し、予知を行ったオリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)は大真面目に頷いた。
「オーク達にスライムを貸与していたのは『スライム忍者・雷霧』。スパイラス本星へ帰れなくなったために、ドラゴン勢力へ接近したのでしょうが」
 それが不幸の始まりか。
 スライム達の貸与を強制させられるや、しりちちふとももを触られるや。
 待遇は敗軍の兵士に行う恥辱極まるそれそのもの。スライムのおかげで手出しされなかったようなものだ。
「な、難儀な輩じゃのう……して、今回はなにが視えたのじゃ?」
「雷霧の潜伏先でオークがまた取引するつもりのようですが、私の予知したタイミングは『取引が行われる直前』……つまりそこで『雷霧を撃破できれば、オークはスライムを使用することが出来なくなる』のですわ」
 取引が行われるより先に、スライム忍者・雷霧を撃破する――間接的にもオーク事件に関わった協力者を此処で絶つのだ。

「雷霧の潜伏先は茨城県水戸市にある芦山浄水場跡。既に閉鎖して25年近く経っており、見学会やロケ地として使用されることもあるようですが、ここ半年は利用されていなかったこともあり、一時的に潜伏するにはうってつけでしょう」
 広大な敷地を有する廃墟群だけに、身を隠す場所にも困ることはない。
「雷霧はこれまで戦線に出てきませんでしたが、オーク側が協力要請する気にならなかったのでしょう。なにせ、ゲートを破壊された敗残兵と言えますから……ですが、雷霧自身はスライムを用いた水遁術を得意とする強者でしてよ」
 彼女自身の戦闘力はオークを遥かに凌ぐ……のだが。
 オーク達に大切なスライムを無駄死にさせられた上に、その活動を妨害し続けたケルベロスへの敵愾心も並みならぬものに違いない。
「雷霧はスライムを触媒にした水遁術を駆使しますわよ。スライムの酸性を強化した粘液弾は服だけでなく皮膚を爛れさせ、払いきれなかったスライム達は動きを鈍らせるでしょう。さらに自ら纏うことで、柔らかな防護壁として飛躍的に守りを固めます」
 オークでは発揮しきれなかった『本来の能力』を用いる。
 心して挑むべしとオリヴィアは念押しする。
「スライムによって、多くの女性が恐怖と羞恥にまみれる恐れがありましたわ。オーク事件で結果的に暗躍していた雷霧の活動も、ここで終幕と致しましょう」


参加者
クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
四条・玲斗(町の小さな薬剤師さん・e19273)
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
シャイン・セレスティア(光の勇者・e44504)
ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)
刻杜・境(融けた龍血結晶・e44790)

■リプレイ

●運命
 芦山浄水場跡地の廃墟は、退廃的でありながら歴史を感じさせた。
 管理された土地であるためか、一般人の姿はない――だからこそ『彼女』は此処を選んだのだろう。
 建造物の陰から陰へ。
 オークと遭遇する可能性も捨てきれず、慎重に内部へと進む。
 ――――ケルベロス達の想いは、団結しきれていない。
 形見のぬいぐるみを抱えたクロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)は戦いを好まない。けれど、
(「……誰か、傷つくの……もっと、イヤ……」)
 だから戦う。戦わなければならないと己に言い聞かせる。
 四条・玲斗(町の小さな薬剤師さん・e19273)は以前、敵対した螺旋忍軍をふと思い出す。
(「武器のせいかしら、どうしても彼女と重ねちゃうわね」)
 ゲートを破壊したのは他でもないケルベロス――敵対者とはいえ、その身の上に思うところはある。
 特に憐憫の情に駆られていたのはエリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)
(「境遇には同情の余地はある。……だけど、彼女はオークの協力者で、僕たちには彼女に恨まれる理由がある」)
 ゲートを破壊される――それ即ち、『主星の喪失』を意味する。
 そしてそこに住まう種族、数千万の命が終焉を迎えることも――彼はいまだ迷いを断ち切れずにいた。

 ……しかし、敵対する以上、『憐みは不要』という結論も必然。
(「スライムには迷惑させられたからのぅ……同情できぬ訳ではないが、黙って引いてくれる相手でもないじゃろう」)
 ララ・フリージア(ヴァルキュリアのゴッドペインター・e44578)はスライムがもつ脅威の片鱗を実感している。
 それだけに野放しには出来ないと感じていた……なにより、彼女の友をうち捨てた一人。
 自分なりのケジメ、そのつけ方は既に決まっている。
 ヘリオライダーから伝え聞いた『敵愾心』に敏感に反応したのは村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)だ。
(「情けをかける気はない。ここまで来たら、倒すか倒されるか」)
 デウスエクス側にも事情があるのだろう。しかし、武器を向けるのであれば話は変わる。
 地球を守ることがケルベロスの責務――ただ、それを全うするのみ。
 ピリピリした空気に落ち着かないのか、プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)は溜息交じりに呟く。
「オークにスライムを渡したらどうなるかって、分からなかったのかな?」
「確かに……良い様に使われて、『友達』も使い潰されて……逃げられなかった訳じゃないよね」
 刻杜・境(融けた龍血結晶・e44790)も敵の行動に疑問を感じていた。
 母星へ帰還するゲートを、螺旋帝という絶対的指導者を失って、なぜまだ戦うのか?
 自由意志で行動出来たのではないか?
「――窮地の中で保身を選んだ、私自身への懲罰です」
 疑問に答える声は頭上から降ってきた。
 震えた声の主を探そうと、シャイン・セレスティア(光の勇者・e44504)が視線をあげる。
 不定形の物質をまとい、紫を基調とした帯と髪留めが風に揺れている。
 儚げな容姿に反し、淡色の瞳は研がれた刀のように肌を刺す。
「出ましたね……魔物使い、スライム忍者・雷霧!」

●なにかを得る為には
 シャイン声に幾人が武器に手をかける。
 姿を見せた雷霧は唇を噛み締め、スライムを指先まで這わせた。
「っ、待ってください!」
 攻撃態勢に移ろうとする少女にエリオットは叫ぶ。
「地球の人々は、オークのように敗者を虐げたりしない。ローカストの時のように、救いの手を差し伸べ、受け入れる――ここにはそんな『優しさ』もあるんだ!」
「……あなた達が同じ立場なら『敗北した』と嘆いたでしょう。帰る家も、家族も仲間も、母星すら滅ぼした相手に情けをかけられる。これ以上の屈辱がありますか?」
 痛烈な批判にエリオットは二の句を詰まらせる。
 かつて、ゲートを失ったローカストの去就について激論が交わされた。
 絶滅寸前の彼らに情をかけるべきか、このまま根絶やしにすべきか――?
 だが、レギオンレイドにも非戦闘員や子供が存在した。
 愚かな太陽神の背後には飢餓に喘ぎ、狂気に囚われ、苦悶し続けた数億の命があった。
 窮地に追いやられていく者達の求めに応じただろうか?
 ――嘆願し続けたローカストの要求は、一度たりとも通されなかったのに。
「私を『能無し』と嘲る者もいるでしょう――ですが! あなた達は『敵』と視れば、ことごとく焼き払い、残るのは更地と化した焦土のみ……」
 彼女の声が震えていたのは『怯え』ではなく、『怒り』だった。
「スパイラスをお取り潰しになったのも、螺旋忍軍を滅ぼす為でしょう!? ゲートを失った者達の『末路』を知らぬとは言わせません!!」
 未来を嘆く叫びに、気の毒がる者は目をあわせられなかった。
 ゲートの破壊は星の命運、一種族の未来を決定づけてしまう――だからこそ、柚月が口火を切った。
「俺達も仲良しこよしで戦ってる訳じゃないが、侵略者を見過ごすほど優しくはない」
(「……受け入れられる為に『対価』が必要だとしたら、なにを差し出せばよかったの?」)
 玲斗は『地球のルールに従い、ルールを守ってくれればいい』と思った。
 それだけでよかった――だが、対価なき要求は『降伏勧告』と同義。
 恥辱に耐え続ける雷霧に『恭順せよ』と求めるには、胸に抱く哀情はあまりに深過ぎた。
「……こうなっちまうよなぁ。ああ、話が出来ただけマシか?」
 瞼を伏せるクロエはぬいぐるみ、クロの口を通して言葉にする。
 『出来れば避けたかった』という諦念をこめて――。

●永訣
 シャインは剣を抜くと雷霧に切っ先を向ける。
「スライムなんかを使う螺旋忍軍は、光の勇者である私が退治してあげます!」
「! この子達まで侮辱するなんて、……許せないッ!!」
 唯一の友を愚弄された。
 雷霧は激昂し、強酸弾をシャインめがけて乱れ撃つ。
「ひゃああああああああああああああああああああああああああ!!! 熱い痛い熱い痛いぃぃぃ!!?」
 正確な狙いで放たれる溶解液は鎧ごと皮膚を溶かし、人肉の焼け爛れる不快なニオイを漂せた。
 集中攻撃を受けるシャインに、エリオットが射線を遮る事で追撃を防ぐ。
 ――元より、彼女を説き伏せることが困難だと頭では解っていた。
「全て、受け止めましょう。誰かの言いなりじゃない、あなたの意思を、全力を……!」
 頭上からの攻撃は下部に立つ者のほうが不利。
 プランと柚月が屋根から引きずり下ろすべく、窓枠を足場に間合いを詰める。
「ひとまず炎で吹っ飛ばす!」
 跳ね上がった反動で、柚月はシャボン玉のように展開したスライムごと地上に蹴り落とす。
 壁を奔るプランも彼女の叫びを聞くまで、いかがわしい手法を幇助するだけの存在だと思っていた。
「不憫な娘だけど……」
 だが此処にいるのは『破滅を憂う一人の戦士』だった――故に。
「スライムの供給源だし潰さないとね」
 空中へ身を翻して雷霧を追うと、フットスタンプで地面に叩きつける。
 接敵からの一瞬、玲斗は知覚強化の印を組みあげ、
「――現れよ」
 手元から放つ光がシャイン達のシックスセンスを拡張させていく。
「その怒り、存分にぶつけてくるといいのじゃ。受けて立つからのう!」
 立ち上がる隙を狙い、ララとクロエがスライディングから両膝に狙い定める。
「……柔らかい、はじかれる……」
 スライムがクッションになるせいか、手応えのなさにクロエは肝を冷やした。
 これまで服を溶かすだけだったスライムも、雷霧が手にすれば羞恥を催させる玩具ではなくなる。
「これが、私の忍術です!」
 エリオットがララ達を爆風で鼓舞している間に、スライムが数倍に膨れ上がる。
 焼けた餅のように膨れた粘液は、破裂して津波となり境達を飲み込んだ。
 咳き込みながら濁流を抜ける境は、すぐさま立て直しを図ろうと地に足をつく――。
「お、も……っ」
 まとわりつくスライムが重しとなり、境の四肢を絡め取っていた。
 まるで着衣遊泳を強制させられている気分だ。
「まずは、これで」
 放たれた光の粒子が広がると、同じように呑まれた玲斗達を包み込んで感覚を研ぎ澄ます。
(「す、スライムって、こんなに強力な生き物でしたっけ!?」)
 スライムはお色気要素を加えるただの雑魚。経験値の塊。序盤で倒される弱者代表。
 その驕りが使い手の雷霧への挑発となり、唯一の支援役であったシャインを真っ先に窮地へ立たせる。
 皮膚がジクジクと溶かされ、蝕まれる激痛に既に息も絶え絶え。
 仲間の動きも意識していなかったために、大きく出遅れていた。
 それでも勇者の威信を示すべく、シャインは星辰の剣を天高く掲げ、
「う、っ……聖王女よ、我らに加護を……!」
 強酸から守ろうと必死に動く防衛役に守護星座の光を送り、へばりつくスライムが滴り落ちる。
「許さない、あなただけはぁ!!」
 柚月の御業を強引に引き剥がす雷霧は、溢れる激情を叩きつけていく。
 それに応じてスライムはさらに肥大化していく――。

 彼女の持ちうるグラビティ・チェインを吸い上げ、リミッターが外れたようにスライムは猛威を奮う。
 柚月やララ達が攻撃に集中できるよう、前列に立つ三人が注意を引きつけにかかるものの、酸による火傷とスライムの足止めに呼吸を乱されていた。
「そのバリアごと剥ぎ取らせてもらうね」
 攻撃の障害となる柔軟堅護の術をプランが破り、玲斗と境の鋭いドロップキックが連続して追い打つ。
「いかなる障壁をも突き破る強靱な勇士よ! 我らに力を!」
 スライムの防壁が想定以上に厄介だと、エリオットは古の英霊騎士団を召喚してクロエ達の武装に加護を施す。
 再びスライムの薄膜を張る雷霧に、弾かれていたクロエの手刀も泡を割るように突き抜け、白絹の肌に傷をつける。
 鋭い視線と同時に放たれる水弾から形見を守るように、クロエは身を縮こませたが焼けつく激痛に眉根を寄せた。
「ど、どうやら……魔物使いの才能が、あるようですね! この勇者シャインをここまで追い詰めるとは……!!」
 序盤の容赦ない攻撃と己の体力不足、そして慢心が祟った。
「痴れ者! あなたのそれは蛮勇です!」
 シャインに返答を聞かせることなく、問答無用で沈黙させる。
 全身の焼ける痛みに指一本動かせなくなったが、戦列に弱体耐性を残せたことは不幸中の幸いだ。
「ぬぅぅ、間に合わなかったかえ!?」
「こっちが回復に回る、攻撃を頼むわ」
 ララがこれ以上の消耗を防ごうと気功を放ち、玲斗はスライムを払って癒やしの雨を降らす。
「境さん、まだ動けますか!?」
「なんとか……けど、皆のほうまで手が回らないかも」
 裂帛の叫びを上げて境は自らを奮い立たし、孤独に戦うくノ一の攻撃を防ぎに走る。
「イテテ……だったら、あっちの回復を邪魔するぜ」
「スライムを斬り崩す。その隙に打ち込んでくれ」
 柚月が先陣を切り、ナイフでスライムの装甲を滅多斬る。
 細かな傷で装甲の穴を広げ、防ぐ雷霧の側面からクロエが隷属の杖を振りかざす。
「食い破っちまうぜえ!」
 猛禽類の霊気を帯びた一撃は細い肩口に咬傷を残し、傷を塞ぐスライムに血が混じりだす。

「そのスライム、きっとこんな風に使ってたんだよね?」
 足を止めた雷霧にプランが飛びつき、軟体動物のごとく尻尾や指先を這わせる。
 痛みは甘い疼きに。昂揚は背徳的な興奮に。
 過剰分泌された脳内物質で精神に直接攻撃を与え、甲高い絶叫が響く。
「は、なれ……てぇっ!!」
 強引に振りほどいて強酸熱傷の術をプランに仕向けるが、そこに玲斗が飛び込み反撃を防ぐ。
 ――揺るがぬ意志が彼女を支えてきたのだろう。
 その均衡が崩されたためか、雷霧は大きく肩で息をして、再び両手で印を組み始める。
(「なんという執念じゃ!? 実力はオークを遙かに凌ぐとは聞いておったが」)
 自らを閃光の一射に変じさせるララは、負傷する雷霧の姿にある種の畏怖を感じていた。
 撤退しないことは想定通り――だが、彼女は情けなく膝が笑おうと踏ん張る。
 それどころか、地に根を張ってたように立ち続けていた。
 敗戦濃厚だと自身も悟っているだろうに。
「不撓不屈の敵は何人もおったが、たった一人でここまでやれるものかえ!?」
 何度目かの濁流に境達は自らを防波堤代わりにし、互いの傷を癒やして耐久し続ける。
「……なあ、もう諦めて投降しねえ?」
 クロを介して、クロエは一縷の望みを賭ける。
 装束も艶やかな髪もボロボロに斬り裂かれ、白い肌も今や夥しい鮮血にまみれて無数の血溜まりを作っていた。
「あんただって、このままオークにいい様に使われるのはイヤだろ? 悪いようにはしないぜ」
 だから、投降して欲しい――――クロエの言葉に、息も絶え絶えな雷霧は視線を寄越す。
「ぐ、ぅ……友達を取引に使った私に、……今度は、自分を売れと……? ……ふ、ふふ……それでは……『この子達』が、あまりに救われません…………だから……!」
 滑稽だと自嘲し、なんて馬鹿だと卑下しているのだろう。
 苦しげに口元を歪め、雷霧は血に染まったスライムを集束し、新たな弾丸を生み出そうとする。
 的は目前。外すことはない!
 ――――クロエが身構えたそのとき。背後から雫がすり抜け、雷霧の胸を穿つ。
 氷瀑が華奢な肢体を容赦なく貫き、真っ赤な蓮華が四肢を突き抜いて磔にする。
「これで全て、終わりだ」
 振り向けば、指さすように擲った柚月の姿があった。
 今際の際、雷霧はゴポ、と薄い唇から喀血する。
「――ごめ、ね…………み、ん……――――」
 少女はスライムと融け合うように、泡沫となって消えていく。
 御伽噺の結末のように、あっけなく、胸の奥になにかを残す最期だった。

●末路
「……ダメ、だった……」
「私達も彼女も、譲れないものがあった……それだけ。本当に、それだけなのよ」
 譲歩できなければ衝突は避けられない。俯くクロエに、玲斗も亡骸のあった辺りを見下ろす。
(「誓いましょう。あなたを身も心も苦しめたオークは、必ず根絶やしにすると……悲劇は必ず終わらせる」)
 少女の叫びは痛いほど胸に刺さった……故にエリオットは心に誓う。
 破滅の道から逃れようと、手を尽くした少女を辱めた者への断罪を。
 ――――ああ、そこに下卑た笑い声が聞こえてくる。
『オイ、あのダメダメ忍軍のメス……ら、ライムギ?ネリキリ? ドコいった』
『隠れタのか? おい、ハヤク出てコイ!』
 声の主は2体。
 今しがた、この世を去った者の名前すら覚えていないらしい。
 耳障りな嘲笑は少しずつ近づいてきていた。
「……消耗が激しい、急いで離れるぞ」
 柚月の表情は険しい。悪辣極まりない台詞はさすがに聞くに堪えなかったようだ。
 プランが大火傷を負ったシャインを担ぎ、すぐさま離脱する。
 ――――撤退するララ達の表情は重苦しいものだった。

作者:木乃 重傷:シャイン・セレスティア(光の勇者・e44504) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月27日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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