空に月が見えずとも

作者:秋月きり

 深夜、明かりの途切れたオフィスで女性がキーボードを叩いている。
 表計算ソフト、文飾作成ソフト、そしてプレゼン資料……。いくつファイルを作り、保存しただろうか。それでも彼女の仕事は終わらない。
(「明日の会議に必要だって……」)
 定時を過ぎて押し付けられた仕事が、彼女個人の容量をオーバーしている事は明白で、だが、最後まで救いの手が差し伸べられることが無かった。
 それはつまり、いわゆるパワハラであった。気の弱い彼女に仕事を押し付け、失敗を笑いものに、或いはストレスの発散に。本来ならば部下の仕事管理は上司の仕事だが、この会社に於いてその理屈は通じない。
「死んじゃいたい」
 弱音と共に涙が零れる。一度上司から誘われた食事を断っただけで、後はずるずると今の立場に陥ってしまった。故に、今後も嫌がらせが続く事は容易に想像出来た。
 ならばいっそ、ここで自殺すれば……。悪魔の誘惑にも似た文言が脳裏に甘く響く。ああ、でも、過労による自殺の判決は、些末な賠償金程度だったっけ?
 どさり。
 昏い思考を中断させたのは、鈍い音であった。
「王女レリの命により、貴方を救いに来ました」
 淡々とした口調でそれを告げたのは、白き仮面と褐色肌、そして黒き翼が特徴的な女性だった。
 それよりも――。
「部長――」
 驚きよりも憎しみが声に宿る。
 女性に随伴する女騎士によって床に投げ出されたそれは、中年男性の姿をしていた。帰宅途中だったのか、スーツ姿のまま、しかし、眠ったように動かない。胸の上下が生存だけを告げていた。
「この男は自身の権力を笠に、貴方を虐げた。貴方はこの男を殺し、救われなければなりません」
 それは毒だった。甘美な毒だった。甘く痺れる声が、女性の理性を溶かしていく。
 ああ、そうだ。私は……。
(「この男を、殺す」)
 自身を虐げた会社を、その象徴であるこの男を。
 女性の頷きに、褐色肌の女性――シャイターンは逆手に構えたナイフを振り下ろす。優しい殺害は、女性の生まれ変わりを意味していた。
「さぁ、白百合の騎士よ。貴方は貴方の復讐を果たし、そして生まれ変わるのです」
 エインヘリアルに転生した女性は、己が手にした長剣で男の命を奪う。それが、新たな騎士の誕生の瞬間であった。

「新たなシャイターンの選定事象が発生するわ」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉はむしろ、淡々と紡がれていた。それ故、それが痛ましい事件である事を、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は悟ってしまう。
 シャイターンの選定。即ち、エインヘリアルを生み出す事件は、ヴァルキュリアであるグリゼルダにとっても他人事ではなく、それを防ぐ事への想いは強迫観念の如く、彼女を苛んでいた。
「シャイターンは、不幸な女性の前に現れて、その原因の男性を殺す事と引き換えに、エインヘリアルとなる事を受け入れさせようとしているようなの」
 女性はこの取引に応え、エインヘリアル化の後、男性を殺害。グラビティ・チェインを略奪してしまいます。
「みんなには現場に急行し、選定を行うシャイターン、そして護衛のエインヘリアルの2体を撃破して欲しいの」
 加えて、可能であれば、新たなエインヘリアルが生まれるのを阻止して欲しい。リーシャの告げた言葉に、グリゼルダは是と頷く。
「現場となる深夜のオフィスにはシャイターンと被害者になる男性、導かれる女性の他、白い鎧兜の騎士風のエインヘリアルが1体、付き添っているわ」
 白い鎧兜のエインヘリアルは珍しく女性型で、戦闘力はさほど高いわけではなさそうだが、捨て置くことの出来る相手ではない。
 シャイターンは惨殺ナイフのグラビティの他、炎を放つ能力を持ち、女性エインヘリアルはゾディアックソードのグラビティを操るようだ。
「みんなが突入出来るタイミングは、女性がエインヘリアル化を受け入れる直前。彼女は被害者男性――彼女の上司にあたる人物を憎しみながらエインヘリアルになる事を受け入れるようだけど、みんなの説得が成功すれば、導きを拒否してエインヘリアル化を防ぐ事が出来るわ」
 あくまで説得でのみ、それを成す事が出来る。物理的な阻害は出来ないと心得た方が良さそうだ。
「エインヘリアル化を阻止した場合、シャイターンと護衛のエインヘリアルは女性に危害を加えようとしないわ。だから、2体のエインヘリアルを撃破すれば、それで終わり」
 問題は説得に失敗した場合だ。
「エインヘリアル化した女性はまず、男性の殺害を行うわ。それを防ぐ為には、戦闘に巻き込まない様、男性を外に逃がす必要があるの」
 また、女性がエインヘリアル化すれば、シャイターンと護衛は彼女を撤退させた後、ケルベロス達と戦おうとするようだ。
 もしもエインヘリアル化した女性すらも撃破するのであれば、何らかの作戦が必要になるだろう。
「女性を中心にした、珍しい事件になるわ。もしかしたら、これまでとは違う派閥のエインヘリアル達が動いている可能性もあるかもしれない」
 ともあれ、まずは目の前の事件を解決する事が先決だ。
「それじゃ、いってらっしゃい」
「はい。いってきます!」
 いつものリーシャの言葉に、グリゼルダも笑顔を以って応じるのだった。


参加者
シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)
月見里・一太(咬殺・e02692)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)

■リプレイ

●甘美な毒
「この男は自身の権力を笠に、貴方を虐げた。貴方はこの男を殺し、救われなければなりません」
 淡々と紡がれる言葉はしかし、如何なる甘言よりも、甘く彼女に響いていた。
 平和そうに寝息を立てている男が、彼女にとっての全ての元凶だった。パワハラ、セクハラ……この男に飲まされた煮え湯は、今もなお、彼女を苛んでいる。
(「部長さえいなければ……」)
 思考は一瞬にして、殺意に染め上げられる。
 眠った男を殺すだけならば赤子の手を捻るより簡単だ。首を絞めても、ナイフで切り裂いても良い。それが出来る。それが許される。この男はそれだけの仕打ちを彼女にしてきた。
 それでも……。
 持ち上がった手はだらりと垂れ下がる。零れた嗚咽は、呻き声にも思えた。
「出来ない、ですか?」
 浅黒い肌の女性――シャイターンの呟きが全てだった。
「倫理観、或いは罪の意識。殺意を持てど、それを振るう意思を貴方は抱けない。……ならば」
 仮面の下、蠱惑的に唇が歪む。それこそが彼女に向けられた甘美な毒であった。
「貴方を勇者にしてあげます。超越した心で望む事を為しなさい」
 そして逆手に構えたナイフを振り上げる。その一撃は彼女の心臓を貫き、エインヘリアルに転生させる――筈だった。
「待てよ」
 呼び止める声と、彼女を掻っ攫う人影がそれを阻害する。
 声の主は月見里・一太(咬殺・e02692)。狼頭の青年は腕を組み、青色の睨眼をシャイターン、そしてその傍らのエインヘリアルに向けている。
 そして勇者となるべき女性をさらったのはシェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)であった。体当たり斯くやの勢いで女性に抱き着き、シャイターンの刃から距離を取る。
「これ以上、好き勝手は許さないでありますよ」
 女性とシャイターンの間にクリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)が立ち塞がる。惨殺ナイフの投擲を警戒してか、壁の様な盾を構え、射線を遮っていた。
「胸に燃ゆる不滅の焔は天下御免のフラムドール、人呼んで黄金炎の天使ラハティエル! マッケンゼン流撃剣術、一指し舞うて仕る!」
「地獄の番犬ケルベロス――」
 日本刀を突き付けるラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)に帰ってくる言葉は、忌々しげに綴られていた。
「弱っているところに付け込んで罪を犯させるとは、なかなかに悪辣よな」
 オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)の言葉に何を思うか。
 8人のケルベロス達と応対したシャイターンは短く命を下す。
「やれ」
 ゾディアックソードと惨殺ナイフの輝きが、夜のオフィスに煌いた。

●アンチドーテ
「貴女も……これ迄、どんなに辛かったのでしょう……」
 憐憫と同情。ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)の声が抱く響きは優しさそのものだった。
「しかし、その男を手にかけてはなりませんわ。御覧なさい。こんな男にわざわざ貴女が手を下す程の価値があるとは思えませんわ……!」
 手前で眠る男――彼女の上司を指差し、断ずる。
 例えパワハラ、セクハラの権化としても、彼を殺す事は罷り為らない。その意味はないと断ずる言葉に、女性は「うう……」と呻き声を零す。
「もう一人で抱え込まなくていいよ……。わたし達が支える、味方になってあげる」
 だから、誘惑に負けないでと、諭す声はシェミアの物。その声は震えていた。
 それは、彼女の境遇に痛みを覚えるが故に。それは、彼女の痛みを理解するが故に。
「――ふざ、けるなっ」
 だが、二人の嘆きに返って来た言葉は罵倒だった。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな! 突然やって来た貴方達が、あれの価値を! 私の価値を、決めつけないでっ!」
「――っ?!」
 魂からの慟哭に、オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)は成程、と頷く。殺人の罪を犯す事の無意味さを説くつもりだった彼女はしかし、その慟哭に真意を見出してしまう。
「そう、貴方の望みは――」
 ヒステリックに叫ぶ女性を前に、リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)の独白する。説得とはすなわち、その人の望みを知り、それを満たす、或いは妥協点を見つけること。
 ならば、と己に問う。
 彼女は上司を殺したかったのか? 否だ。
 彼女はエインヘリアルになりたいのか? それも、否だろう。今は、まだ。
 予知の中、何故、彼女がエインヘリアルに転身する誘惑に負けたのか。それは――。
「……貴女は、救われたかったのですね」
 ミルフィの言葉に、女性の表情が歪む。
 それは怒っているような、それでいて泣いているような、複雑な色を形成していた。
 どうにもならない境遇に、しかし、救いの手が差し伸べられた。それがエインヘリアルに転じる道だとしても、彼女はそこに救済を見出してしまった。
「でも、それじゃあ、駄目だよ」
 シェミアは唇を噛む。そんなもの、彼女が想像した自殺と何ら変わりない。破滅しかない道を甘んじて進ませる気など、彼女達にはなかった。だが、どう言葉を重ねれば、彼女は考えを捨ててくれるのだろう。
「せやったら――」
 シャイターンの炎を拳で叩き落す八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)は、口早に言葉を紡ぐ。
「戦いや!」
 足撃でエインヘリアルを吹き飛ばすその声は、むしろ弾んでいた。
「もし、あんたがそのクソ上司と法的に戦う覚悟決めるんやったら、ケルベロス仲間の弁護士を紹介出来るで」
 それは彼女だけではない。第二第三の彼女を生まない戦いとなるだろう。
「再就職斡旋もうちらに任しとき。目ぇ回すぐらい幅広い職種揃えたるわ」
「だな」
 シャイターンとエインヘリアルの猛攻によって傷つくクリームヒルト、瀬理に治癒グラビティを施しながら、一太はにぃっと笑う。獣頭も相俟って、獲物を前にした肉食獣の笑みを形成していた。
「金が不安なら俺が出す。そいつが社会的に堕ちて苦しんでいく様を見下ろしてやろうぜ」
「死は一瞬の痛みです。気絶している彼を殺すより、生かしておいて貴方の受けた苦しみをじっくり味合わせてあげるべきかと」
 リューインもまた、昏い笑みで一太に追従する。それもまた、甘美な誘惑として、彼女に浸透していく。
「それはそれで、いかがなものかと」
 半笑いの表情で戒めの言葉を紡ぐのは、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)だった。標的となった上司への同情心半分、諦観半分の彼女は緊急手術で仲間を癒しながら、肩を竦める。犯した罪は償うべきだと思うが、この場で殺されることと、社会的に抹殺されること、彼にとってはどちらがより、辛い道だっただろうか。
「……そんな、私は」
「我々は貴女を保護し、貴女の上司に社会的制裁を加える準備がある。貴女がエインヘリアルに転身する道を選ぶならば、猟犬として貴女を追い詰め、――貴女を殺す」
 誠意と脅迫。短い言葉の中に異なる二つを混ぜ、ラハティエルはフッと笑む。そのいずれも本気だった。女性を守護することと、敵を狩ること。それは彼の中で両立出来る概念なのだ。
「選ぶのは貴女でありますが……非合法な手段によって苦しめられた貴女が非合法な手段で反撃すれば、貴女もその上司と同類になってしまうでありますよ。……合法的に訴えるなど、真の解決を目指す方法はいくらでもあるであります!」
 クリームヒルトの言葉が、彼女に対する解毒薬であった。
 女性の望みが現状打破であるならば、それを変える力を持つのはシャイターン達だけではない。ケルベロス達もまた、それを有している。
 こくりと頷いた女性は横たわる上司の身体を引っ張り、オフィスの外へと転出していく。
「グリゼルダ。手伝ってやれ」
 オニキスの短い言葉に、グリゼルダはこくりと頷く。言葉に従うのは彼女だけではない。グリゼルダの応援に駆け付けたアリスとユルもそれに従い、彼女と共に上司の身体を運んでいく。
 斯くして、5人が退出したオフィスの中で、鬼の少女はくくっと笑みを浮かべるのだった。
「シャイターンよ。汝達のやり方にケチは付けぬ。だが吾と汝達は敵同士だ。どうなるかは明白であろう?」
 目に光の宿った女性を想起し、オニキスは全身にオーラを纏わせる。
 ここからは制裁の時間だった。

●闇の中で足掻くもの
「――おのれ、卑しい定命者如きが!」
「弱みに付け入るあんたらも大概やけどな」
 逆手に握られたシャイターンのナイフを手甲で受け止め、瀬理はふんと鼻で笑う。説得は完了し、後顧の憂いは断った。後は目の前にいる2体のデウスエクスを倒すのみ。
(「戦闘力は高ぁない、やったな」)
 主に従い、瀬理を強襲するエインヘリアルの刃はしゃがんで掻い潜る。
 立ち上がり様、その脇腹に指拳の一撃を加えたものの、一撃程度では倒せる筈も無く、踏鞴踏みさせる程度だった。
「いくでありますよ!」
 シャイターンとエインヘリアルの注意が瀬理に集う隙に、クリームヒルトが歌を詠みあげる。それは失われた面影を悼む歌。周囲に満ちる御魂が、シュミアへ、一太へ、リューインへ、そしてオニキスへ破邪の力を付与していく。
 主に従うフリズスキャールヴもまた、応援動画を用いて瀬理の傷を癒していく。
「――シャァ!」
 三者に続くのは一太だった。獣の呼気に似た音は、空気を切り裂く音。音の壁をぶち破った拳がエインヘリアルの星霊甲冑に叩き込まれ、その身体を後退させる。
「もう少し語り合っても良いと思うがね。……フッ」
 無口な一太へ皮肉気な笑みを浮かべるのはラハティエルだった。対に構えた二振りの日本刀は弧を描き、エインヘリアルの身体を切り裂いて行く。
 だが、ラハティエルは知っている。一太の拳が何より雄弁に語りかけていることを。そこに宿る色が怒りであることはむしろ、喜ばしい限りだった。無口な仲間はしかし、他者の為に怒れる義侠なのだから。
「さて。姫様にも無様な姿を見せる訳に行きませんものね」
 先ほど、グリゼルダと共にオフィスを離脱したアリスを想い、ミルフィはクスリと笑みを浮かべる。上司の運送――失礼、運び出しの為に今、この場にはいないが、だからと言って手を抜く理由にはならない。
 朗らかな笑みはしかし、血塗られた狂気へと染まっていく。ミルフィから溢れ出た殺戮への衝動は、緩やかに仲間を染め上げていく。
 そして鬼は駆動音と共に飛び出す。
「戦いを楽しめ! でなければ、死ぬぞ?」
 巨大なチェーンソー剣を力任せに振り回すオニキスの斬撃は、エインヘリアルのゾディアックソードを咬み、ガガガと掘削音を響かせる。豪放磊落。オウガと言う種族を体現するような一撃に、エインヘリアルの口元がぎりりと歪む。
「斬り、刻む」
 無防備な背に叩き付けられるのは、ブーメランの如き旋回した大鎌の刃だった。
 投擲した主、シェミアは唾棄の如くエインヘリアルに、そしてその後ろに立つシャイターンへと宣言する。
「この状況を産んだのはあなた達じゃないけど……利用するなら同罪だよっ!」
「ぬかせ!」
 シャイターンの咆哮はケルベロス達へ刃の如く突き刺さる。
「この状況を生んだのは定命者――貴様らだ。王女はその悪意の状況から彼女を救おうとしただけだ! 貴様らが邪魔さえしなければ――」
「そうね」
 反論は肯定、そして蹴撃だった。
 エインヘリアルの胸部に流星纏う蹴りを叩き込み、リューインは断ずる。
「確かに、この状況を生んだのは地球人で、貴方達はそれを利用しただけ」
 自身のサーヴァント、アミクスの攻撃を見送りながらの台詞は、シャイターン達への告示。それ自体は悪ではないと告げる彼女はしかし、笑いを解かずに言葉を紡ぐ。
「それが、気に入らない。だから壊した。それだけよ」
 人が生きる以上、闇の一つや二つ、抱えることはあるだろう。その存在もまた、人の営みの証。ならば、それを自身の利益と掠め取ろうとした侵略者への処罰に、何のためらいがあろうか。
「――くっ!」
 シャイターンの呻き声が響く。それが敗戦濃厚な彼女に出来る、唯一の抵抗であった。

 闇の中、剣戟が響く。
 何合、打ち合っただろう。何発、撃ち合っただろう。
 10対2と言う戦力差を前に、防戦一方になったシャイターンとエインヘリアルは、それでも、善戦を続けていた。
 だがそれも、グリゼルダやアリス、ユルが戻るまでの一時であった。
 13対2と化した今、彼女らに勝利の目は無く。
 そして、ついぞ、戦の潮目が変わる時が来た。
「吾は水鬼、この程度は朝飯前よ! 滾れ! 漲れ! 迸れ! 龍王沙羯羅、大海嘯!!」
「神々より託されしこの一投、神殺しの一撃を受ける栄誉をあなたに授けましょう。そして真の死をあなたに。……クングニルバスター!!」
 オニキスの放った激流が、リューインの投擲した雷光が、エインヘリアルの身体を貫く。
 膝をつき、十字剣を杖代わりに身体を支える彼女は、そこで自身の最期を知る。
「悪夢の裂創を、刻んで果てろ……!」
 自身を、シェミアの振るう地獄の炎が圧し潰す光景が、彼女の視た最期であった。圧壊、そして轢体。ぐしゃりと潰された彼女はそのまま、光と弾け、光の粒子を周囲にまき散らす。
「――っ!」
 悲鳴はシャイターンから零れた。それは或いは、仲間を想う嗚咽か。
 だが、その暇は許さない。その時間を与えるつもりは無いと、ケルベロス達は走る。
「疾走れ逃走れはしれ、この顎から! ……あはっ、丸見えやわアンタ」
 猛虎の咢の如く、突き刺さる瀬理の乱撃が。
「目を閉じて――わたくしからの愛、お受け取り下さいまし……」
 首筋に注がれたミルフィによる死の接吻が。
「太陽を喰らった魔狼の咢、味わってけよ」
 一太が紡ぐ、魔狼の牙が。
 奇しくも三者による咬撃がシャイターンの血肉を、そして精神を喰らい、ずたずたに切り裂いて行く。
「弱者を弄ぶ邪悪な者共、我が黄金の炎を見よ! そして……絶望せよ」
 そして、その終焉は真紅の炎に彩られていた。
 抱擁の如く広げられたラハティエルの一対の翼は、炎と化してシャイターンの身体を包み込む。
 彼の言葉の通り、シャイターンが最期に浮かべた感情が絶望だったかどうか。
 炎の抱擁が途切れた時、そこには何も残されていなかった。

●空に月が見えずとも
 夜空を見上げ、ラハティエルはスキットルに口を付けると、中身を煽る。強い酒精が喉を、そして臓腑をカッと焼き、熱い吐息が喉、そして口腔を焦がしていく。
「月が見えなくても、酒の美味さは変わらん。確かに人生には辛いことも多いが、飲んで忘れて平然と生きることだな。戦術的に…フッ」
 虚無的な笑みは誰に向けられた物か。
 残念ながら酒の味は判らないグリゼルダはしかし、
「……つまり、自棄食いの事でしょうか?」
 ストレス解消を目的としたドカ食いに想いを馳せ、傍らのユルやアリスを笑いの渦に叩き込んでしまう。
「オフィスは片付いたけど、今回は事後処理、重いなぁ」
「言い切った以上、仕方ない」
「頑張るでありますよ」
 零れる溜め息は、瀬理と一太、そしてクリームヒルトによるものだ。オフィスの破損はヒールで治るが、人間関係はそうもいかない。ケルベロスカードを渡した彼女が訴えを起こしたとき、全面的に協力すると申し出た三人の本当の事後処理が始まる事となる。
 だが、それは彼女が現状を打破しようと戦いに臨む証。きっちり、パワハラセクハラ上司に地獄を見せてやろうと、意気込む。
「まぁ、それが幸せな事かは別なんだろうけど」
 うーんと唸るのはリューインであった。
 諍いを始めれば、彼女に今の『会社』と言う居場所はなくなってしまうだろう。それを是と取るか、非と取るか。それは彼女の捉え方次第だった。
「それでも喜ぼう。彼女の決断を。……まぁ、男性は可哀想ですが、自業自得かな」
 シェミアの言葉は祝福と辛辣が同居していた。
 それも彼女の生きる希望となるなら、致し方ないと笑う。
「それでは帰りましょう」
 幻想混じるオフィスを後に、ミルフィは仲間に呼びかける。そこに救いがあるか判らない。だが。
「天は自ら助くる者を助く、よ。前向く奴を見捨てはせぬよ」
 オニキスが目を細める。
 それは彼女の困難な、だが確かな道を見守るかの様に、未来へと向けられていた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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