救済と復讐の女たち

作者:白石小梅

●選定の女
 東京都心。深夜。
 とある事務所の一角で。
「……もう限界!」
 切れ長の目の女が一人、憎悪に震えながら、包丁でパソコン画面を叩き割った。
「あたしが一人で仕事を回してんのに、てめえは一人のんびり会食に出て『新しい取引先を見つけたから仕事をしておけ』? フザけんじゃないわよ!」
 女は眼鏡を外して踏み砕くと、包丁を首筋に押し当てる。
「もう我慢なんない……あたしの命と一緒に、全部お流れにしてやる!」
 そして女は包丁を引こうとし……それが動かないことに気付いた。
「……?」
「インテリアデザイナー、牧野・裕子。同業者の牧野・真一と結婚し、共に事務所を開いたものの、その才能を利用され夫に実務を押し付けられるようになる」
 いきなりの声に女……裕子が振り返ると、包丁の先を握っていたのはタールの翼を広げた女だった。
「ひっ……!」
「夫は利益を吸い上げ、不平を言えば暴力を振るい、外で女と会っている。仕事の実績は夫の名義にされ、離縁をしたらあなたには何も残らない。巧妙な搾取ね」
 シャイターンは淡々とそう語り、怯えて引き下がった裕子に向き直る。
「私はエインヘリアルの第四王子『王女レリ』に与する『連斬部隊』の者。王女の命により、あなたを救いに来た」
 そして、暗がりから白い甲冑を身に纏った三メートル近い女騎士が現れる。エインヘリアルは、気を失った男を裕子の前に放り投げた。
「真一……!」
「私は王女配下『白百合騎士団』の者だ。あなたがエインヘリアルへと転生し、この男への復讐を果たすのを見届けに来た」
 白騎士は男を一瞥もせず、真っすぐに裕子を見つめて。
「王女レリは虐げられた女を見捨てない。己の死を受け入れ復讐を果たす覚悟があるなら、我らの誘いに応じるが良い」
 困惑していた裕子の瞳に、やがて覚悟と憎悪が再び燃え上がる。
「悪魔が魂を買いに来たわけね……あたしも死んで、こいつも殺す。望むところよ。この首、掻っ切って!」
 言い終えた瞬間、裕子の首が飛び、崩れ落ちる体を光が包み込んで行く。
 そして、虐げられし女の救済を司る、新たな勇者が誕生する……。

●救済と復讐
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は、ため息を落として振り返る。
「シャイターンの選定により、エインヘリアルが生み出される事件を予知いたしました。どうやら新たなエインヘリアル王子が、動き出した模様です」
 シャイターンは護衛の女性エインヘリアルと共に『不幸な女性』を狙って現れる。その不幸の原因となっている男性を本人が殺すことと引き換えに、エインヘリアルとなる事を受け入れさせようとしているという。
「今回の被害者は牧野・裕子さん。夫である真一さんとインテリアデザインの事務所を開いており、非常に有能な人であったようですが、夫による酷い搾取と暴力に遭っていたようです。放置すれば裕子さんはこの取引に応じ、シャイターンが彼女を殺害。彼女はエインヘリアルへ転生し、真一さんを殺害してグラビティ・チェインを略奪、撤退します」
 この現場に急行し『選定を行うシャイターン』及び『護衛のエインヘリアル』の2体を撃破。可能ならば、新たなエインヘリアルが生まれるのを阻止するのだ。
「それが、今回の任務です」


 現場の事務所には、牧野・裕子、牧野・真一、連斬部隊を名乗るシャイターンと、その護衛に白百合騎士団を名乗るエインヘリアルがいる。
「皆さんは裕子さんが転生を受け入れる直前に突入できます。その際に説得して、裕子さんに復讐を諦めさせられる可能性はあります」
 裕子が転生を拒んだ場合でも、敵が彼女を攻撃する事は無いという。
「ですが正直……彼女の決意は固く、説得は非常に難しいと言わざるを得ません。彼女が転生した場合は真一さんを攻撃しますが、気絶している真一さんを戦闘範囲外に出すなどして救出するのも、説得に次いで難しいでしょう」
 更に、転生エインヘリアルは戦闘に参加せずに撤退を優先するという。
「護衛と連斬部隊も彼女を積極的に逃がそうと、こちらに挑んできます。転生エインヘリアルも含めて全滅させる場合には、なんらかの作戦が必要になるでしょう」
 つまり現場には高確率で三体の敵が現れるわけだ。
「ですが彼女たちの戦闘力は低いようです。実力者の配下なだけで、本人は一兵卒に過ぎないのでしょう。数は多くとも、撃破そのものは難しくないと思われます」
 難しいのは状況のコントロールの方だ。明確なビジョンを描いて行動しなければ、こちらの足並みの乱れが危機を招きかねない。
 俯く番犬たち。犠牲者なく終わらせられる可能性は、薄い。
「……仮に真一さんが流れ弾などによって先に死亡した場合、裕子さんは復讐対象を失い転生を諦めるので、敵戦力の増強を防げます」
 じろりと睨む視線を、小夜は肩をすくめて受け流す。
「現場は戦場。『悲劇的な事故』はつきものです。もちろんそれ以外の選択肢を選んでも、私は皆さんの決断を支持します。それだけ、覚えておいてください」
 小夜はそう含みを持たせて、出撃準備を頼むのだった。


参加者
烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)
黒羽・陽(絶壁のゴールデンスパイン・e45051)

■リプレイ


 今宵、修羅の庭には、虐げられた女と、虐げた男。白百合の騎士に、誘う鬼。
 その誘いに牧野・裕子は、決断する。
 その瞬間。
「待って! 憎しみは……きっと、虚しさしか残さないよ!」
 小竜の響がドアを破り、リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)の声が叫んだのは。
「……!」
「復讐するにも、死ぬ必要はないんじゃない? 何故って……私達が来たからね」
 共に事務所に跳び込むのは、黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)。
 瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)と、ねこさんが被害者を確保しようとし、騎士がその前に立ちふさがって。
「裕子さん! きっとぎりぎりまで我慢したよね……! もうそれ以上我慢しろなんて言えないけど……旦那さんを殺して転生してもきっと楽になんてならないよ!」
「ケルベロス! 何をしに来た!」
 連斬部隊は人質のつもりか、倒れている男に火線を向けた。烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)が制服を脱ぎ捨て、蒼いボディスーツを露わにそこに跳び込む。
「その方の自決を止めに参りました。あなたたちも、方向性は違えどその人を救いに来たのでしょう? その気概は買いますわ」
 砕けたドアをくぐり、ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)は、その隣で闘気を広げる。
「ああ。復讐自体は別に悪いことじゃねぇしな。あたしだってそうやって生きてきた。ただ、方法が間違ってることを、教えに来ただけさ」
「躊躇なく自死をしようだなんて……相当追い詰められておいでですね。そんな人の苦しみに付け込んで命を奪い、仲間を増やすなんて絶対に許しません!」
 土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)がその杖を騎士の槍と向き合わせ、両勢力は睨み合う。
 脇に身を躍らせて、ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755) は状況を見た。怯える裕子を挟み込み、互いの武装を向け合う一触即発の膠着を。
(「説得に費やせる時間は、長くないですね。復讐以外や容認の説得で済むなら理想的ですが……」)
 目配せをするのは、黒羽・陽(絶壁のゴールデンスパイン・e45051)。
(「ええ。このまま始めるしかありませんかね。身柄を確保しようとすれば、こっちを敵とみなすでしょうし……」)
 そして、番犬たちの交渉劇が、幕を開ける……。


 裕子と敵を刺激せぬよう、舞彩は慎重に腕を下げる。
「とりあえず、ありがとう。自殺をとめてくれて。後は任せてくれる?」
 何の話だと問う間は与えない。口を開くのは、リーズレット。
「裕子さん……魂を売ってでも彼を殺したい気持ち、わからなくもないよ。でも本当にそれで気持ちが晴れるの? 彼の為に貴方のこれからの人生全てを投げ打ってしまうの?」
「ああ。腕の良いデザイナーだって聞いたんで、リフォーム案の相談しようと思ってたんだ。あんた個人へな。折角、資質があるんだ。そんなアホとはオサラバしな……あんたなら成功すると思うぜ」
 重ねるのは、ハンナ。目配せをし、言葉を一つの流れに紡いでいく。
「そうだよ! 私は才能と魅力に溢れる貴方が『人』として前に進めるようになって欲しい。だからどうか……思いとどまって」
 裕子は二人の言葉に、我を取り戻し、顔を上げる。
「ケルベロス……? あたしを……助けに、来たの……?」
「無論ですわ。才ある女性は世界の宝。死を選ぶなど世界的な損失です。あなたの才も努力も、報われるべきです。あなたには生きる価値も意味も、十分にあるのですから」
 華檻は裕子の心にその言葉が浸透するのを待って、そっと掌を広げる。
 敵は未だ、無言のまま。手に滲む汗を感じながら、岳も静かに畳み掛ける。
「ええ……転生したら、貴女はもう二度と夢へ向かって進めなくなります。沢山の方々の生活を豊かにし、笑顔をみることも出来なくなるんです。その対価が、真一さんの命を奪う事だなんて、余りにも釣り合いがとれないと思いませんか?」
 訴えるのは、未来への希望、生きる意味……。
 だが裕子は、怯えるように後ずさった。
「……!」
「お願い……近づかないで。納得できるだけの制裁がこいつに下らないなら、この世界に生きていたくないの」
 震え、凍てついた心に、うずまきは言葉をぐっと呑み込む。
(「裕子さんが何より望むのは真一さんに対する制裁なんだ……本当の復讐はきっと裕子さんが幸せになる事なのに……その言葉は、届かない……」)
 振り返れば、舞彩とリーズレットは眉を寄せて僅かに首を振り、その後ろでハンナも小さく舌を打つ。
(「希望を説くのは効き目が薄い……復讐心以上に、生きる事への絶望が強いと予想はしていましたが……」)
 華檻が眉を寄せる前で、白騎士が口を開いた。
「転生すれば、やがてこの地での記憶も擦り消え、新たな存在として別の世界を生きることとなる。だが、復讐はその前に果たせよう。どちらも望みの通りになる」
 それは、条件の確認。
 そう。この闘いは、裕子の天秤に条件を載せて、その傾きを競うもの。
 敵は大前提の『復讐の完結』を天秤に載せており、その前提を満たしていないこちらが補助的条件を重ねても勝ち目は薄い。

 ならば、と、ベルローズが後ろで倒れている男を顎で指した。
「折角の復讐の美酒を、一杯きりでいいんですか? それでは、男と同じ。それよりもこの機に独立して、この男の全てを奪い、地獄へ落とす方が、何十倍も愉しめますよ」
「そそ。殺したらそれっきりじゃないですか。味わってきた苦痛に見合わない。あなたが人間として成功し、この男がもがく様子を見ることこそ、復讐になると思いません?」
 続くのは、陽。
 自死と殺し以外にも、復讐を果たす方法は存在する。それは確かだ。
「その話に乗ってしまったら、私たちは裕子さんを狩らなければなりません。楽しむ時間などなく、闘いが待つだけです」
「ええ。折角の転機なら、より良い選択をして……長く深く愉しみましょう。復讐の時間はこれからなんですから」
 その誘いに、裕子は一瞬の迷いを見せ……しかし、強く首を振ってそれを突っぱねた。
「結局、真一に対して何もしてくれないんじゃない……! そいつが生き延びていれば、きっとまた接触してくる。あたしは結局、そいつの影に怯えて生きなきゃいけない!」
 裕子は、パニックを起こして立ち上がった。連斬部隊は、そっと腰の斧に手を伸ばす。
「待って! 私達はすでに知ったわ! 搾取を……暴力を。束縛を! 私達はケルベロス。あなたを、本当に救えないと思う?」
 その瞬間、最後に割って入ったのは、舞彩。
「弁護士雇うとか……ケルカでも支援する。離縁とか名義取り戻したり、すぐは無理でもその間もその先も守る。私が……私達が救う。死ぬ必要はないわ」
 具体的な支援策を提示したことが、人としての縋り付けるところを僅かに思い出させたのか。絞り出した問いかけに、裕子は拳を震わせて硬直した。
 これが、説得の最後のチャンスだ。
「そうだよ! 私も手伝う! 裕子さんには、真っすぐ前を向いて歩いて欲しい!」
「刺の様に残る恨みも、きっと癒える……だから、一緒にこっちで頑張ろ?」
「貴女の夢を、そんな男の為に諦めないで下さい……! 私達が力になりますから」
「ああ。圧倒的に勝っている部分でやり返さなくて、どうすんだよ……!」
「……この手を取ってくだされば、必ず救いますわ」
 希望と共感を唱えた五人が声を重ね、それを待って舞彩は再び口を開く。
「真一は、必ず生き地獄に突き落とす。それとも、共に地獄に落ちるのが貴女の幸せ?」
「そうそう。なんならそいつの始末はアタシがつけますから」
「はい。その男は、社会的に抹殺すればいいかと思います」
 陽とベルローズは共に、復讐の援助を説く。
 裕子は俯いた。涙がこぼれ、混ざり合った感情が渦を巻く。
 もはやぶつけられる全てをぶつけた。
 どう転ぶかは誰にもわからぬ緊張の中、全員の目がそこに集中する。
 連斬部隊と白騎士さえ、いつの間にか武器をおろしていた。
 そして裕子のか細い声が、結論を紡ぎあげる……。


「それなら……今ここであなた達が真一を殺してくれる……?」
「……!」
 返されたのは、究極の問い。
 全員の動きが、詰まる。個人として応じられても、総意ではない以上それは不可能だ。意見違いで行動が割れれば、こちらが信用できないと実証してしまう。
「やっぱり……ケルベロスは、正義の味方。助けに来てくれて、ありがとう。でもこいつにどんな制裁を与えるのか、あなた達は明言しなかった……。あなた達は、復讐の代行者にはなれない……! そう……あなた達は人々を護る番犬だもの!」
 いや、それなら……と、出かかった言葉を、女は叫びで封じる。
「だからあたしは、自分の手で復讐を果たす! 契約成立よ、シャイターン!」
 連斬部隊が、即座に斧を抜いた。いや、その場の全員が、一斉に武装を解き放った。
「歓迎するわ! 出でよ……アスガルドの覇者よ!」
 その瞬間、時は濃密になり、音が飛ぶ。
 跳び出したハンナと、白騎士が激突する。放たれたオーラが騎士を撃ち、槍の暴風が前衛の足を掬い取る。
 その背後から、舞彩の竜鎖が迸り、華檻の砲が火を放った。風を突き抜け、正確に連斬部隊の肩口を射抜く。
 だが、その一瞬前に、連斬部隊の手斧は宙を舞っていた。
「……っ!」
 うずまきが跳躍する。だがその指先を、裕子の肢体はぎりぎりですり抜けた。彼女は自ら、凶刃に身を晒したのだ。
 鈍い音と共に、その首が、落ちる。
「そん、な……!」
 瞬間、裕子の体は目を焼くような光に包まれ、三メートルほどの女傑が戦場へと躍り出た。白銀の星霊甲冑を纏い、迸るオーラを解き放つ勇者……。
 牧野・裕子であったものが。

 その瞬間、現場は一気に乱戦へと突入する。
「チッ! 馬鹿野郎……馬ッ鹿野郎が……!」
「彼女の道の、邪魔はさせん!」
「こっちのセリフだよ……! こっちの……セリフだったんだよ……!」
 リーズレットの氷弾が騎士の足を撃ち抜き、その隙にハンナの拳がその胸甲を穿つ。
 脇を走り抜ける裕子であった者の足を、地面から生えた黒い手が掴み取った。
「それは怨嗟に縛られし嘆きの御霊達……もはやあなたは敵。復讐は、果たさせません」
 そう語るベルローズの頭上を、陽が跳び抜ける。怒りの形相で。
「好きに復讐すりゃいいが、この形はダメだって教えたのに……! 早まりやがって!」
 伸縮した髪に包まれた拳が、芯まで尖った体毛を突き刺す。受け止めた籠手が、爆裂して吹き飛んで。
「最後まで手が届かず……御免なさい。せめて倒すことでお救いを……! 真一さんを護ってください!」
 岳の放った雷撃は、障壁となって闘う者たちを包み込む。その癒しに支えられ、連斬部隊の撃ち込んできた炎を、うずまきが受け止めて。
「きっと、最初はお互い大好きだった筈なのに。どうして……いつまでもそのままじゃいられないの……どうして!」
 狂ったように火焔を乱射する連斬部隊に、槍を振り回す騎士。そしてその援護の中を、裕子であった者ががむしゃらに突っ込んで来る。
「まずいですわ……! 総力は勝れど、勢いで押されています!」
「あの男は自力で離脱も出来ない。頑張って、庇い抜いて……!」
 華檻と舞彩が前線を押し上げるなか、ねこさんと響が必死に攻撃を受け止める。うずまきは、男の体をどうにか部屋の隅へと寄せるが、敵はすぐに真一に群がってくる。
 そして数分。身を顧みぬ攻めの応酬の中を、闘気の弾丸が飛んだ。それは戦場を突き抜けて倒れていた男に直撃し、その肉体をあっけなく四散させる。
「……っ!」
 裕子であったものが放った、気咬弾だった。
 その瞬間、怒涛の攻めは止まり、裕子は傷を負いつつも敵二人の後ろへと下がる。
「あなたは復讐を果たした。王女レリの下へ奔り、以後、その導きに従いなさい」
「二人は?」
「……お前を送り届けるまでが、我らの任務」
 無茶な攻めで、騎士と連斬部隊もすでにボロボロながら、番犬たちの前に立ちはだかる。
 裕子であったものは僅かに逡巡し……身を翻した。
「さよなら。助けに来てくれて、ありがとう……」
 それはこの場の全ての者へと向けた、牧野・裕子の最後のメッセージ。
 制止すればいいのか。それが何の意味を持つのか。彼女はすでに敵。撤退を止める具体的な策はなく、殺しきるには時間が足りない。
 そして裕子でなくなったものは窓を突き破り、夜の闇へと掻き消えた……。


「助けられなかった……真一さんさえ、庇い切れなかった。ボクたちだけが残っちゃった……」
 うずまきが膝を落とす。だが、無理もない。戦闘を継続すれば、いずれ護りを突き抜ける一撃は出る。そして彼は、その一撃で死ぬ。
 ベルローズはため息を落としながら己の手を見つめる。
「状況がこうなったからには、誰かがあの男を抱え込んでそのまま戦場を離脱するくらいすべきでしたか……。そうすれば、撃破時間も稼げた。こんな結果になるとは」
 零れ落ちた命のことを想い、舞彩も目を閉じる。
「幸せになれた。いいや、そうした。あと、一歩だった……生きて、ほしかった」
 彼女たちはほんの一瞬の瞑目の後……顔を上げる。
 目の前に残るは、息を切らした敵が二体。
 華檻は、身を正して頭を下げる。
「あなた達は本気で、彼女が決断を下すまで待ちましたわね。道は違えど……その志は称賛します。アスガルドの使徒たち」
「ああ。共に、本気で彼女を救おうとした。掲げる旗が異なっただけだ」
 尊敬の気持ちを敵に示され、岳は悲し気に首を振る。
「貴女方にそう言われるとは……いつか貴女方にも、命の重みを理解いただける日が来ることを願ってやみません」
「あれは正当な復讐よ。最初から復讐の代行者としてそっちが来ていたら、誰も死なないところに導けたかも知れないけれど」
 連斬部隊もまた、そう言って銃を構える。
 ハンナが、その銃口で煙草の煙を吐いて。
「かもな……だが結果はこうなった。お前たちは、最後まで闘うつもりか? 据わった肝は褒めるが、味方を逃がしたお前たちに勝ち目は欠片もないぞ」
「せめて……あなた達だけでも、武器を収めて降るつもりはある? これ以上、悲しいことは増えて欲しくない……」
 リーズレットの問いかけに、二体は無言で首を振る。
「異なる旗を掲げた戦士が相見えれば、答えは一つだよな……なら決着だ。苦しむ間もなく、楽にしてやるぜ!」
 怒りの叫びと共に、陽の髪の毛が伸縮した。
 そして連斬部隊と白百合の騎士は、雄叫びを上げて突貫する……。

 二分と経たぬうちに敵を沈み、その夜の闘いは完勝に終わる。
 番犬たちの心に、一筋の傷を残して。
「それでも……ボク、生きるよ」
 うずまきのその呟きだけが、秋の夜に溶けた……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 5
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