選び、掬う者たち

作者:譲葉慧

 一列の蛍光灯だけが灯っているのみの部屋は、決して広くはないはずだが、それら色々を差し引いても暗すぎた。
 脈絡のない並びのスチール製の事務机やキャビネットは後からの付け足しで置かれたからだろう。壁が黄ばんでいるのは、経年か、あるいは染み付いた煙草のやにのせいだろうか。
 それらの陰影が、部屋の所々に黒いわだかまりを作り出しており、何者かが潜んでいてもおかしくないと思わせる説得力があった。
 だが、その不気味と思える様相も、部屋にいるただ一人の女性は感じていないようだった。いや、どうでもいいというべきか。何故なら彼女の表情は諦念の薄皮が辛うじて残る、限りなく無表情に近いそれだったからだ。
 彼女の居る辺りから少し奥には、一席だけ離れた大きい机と応接セットがあった。応接セットのテーブル周りには、瓶やコップ、皿などが雑然と載っている。
 書類が山を成している彼女の机とはまるで大違いだ。
 彼女はじっとテーブルに載る物を見つめ、それから、片づけを始めようと緩慢な動きでテーブルへ近寄ろうとした。その時だった。
 人影が音もなく、しかし断固として彼女と食い散らかしのテーブルとの間に割って入った。
「貴女がこれを片づける必要はありません」
 それはタールの翼を持つ女だった。シャイターンという種族は知らずとも、デウスエクスなのは一目瞭然だったが、女性は意外そうな眼で女を見ただけだった。
「この部屋の長は、自分の気に入りの部下だけを集めて毎日のように宴会を開く……貴女が一人仕事をしている横で。片付けなどしなくてもよいのです」
 黙って見つめる女性に、シャイターンの女は少し笑んでみせた。
「申し遅れました。私は王女レリの意により、この現実から貴女を救いに来た者」
 その名乗りを待っていたかのように、二人の側の床に、意識のない男が放り出された。次いで、明らかに地球の民の身長を越えている少女が現れる。白い鎧兜に身を包む彼女はエインヘリアルだ。
「この男は、酒の肴に人の中傷をすることが何よりも好きですね。気に食わない部下……側で仕事をしている貴女も例外ではない。容姿、人格、何もかもを貶め、取り巻きにお追従を貰って悦に入っている」
 シャイターンの女が事情を述べた時、女性の目に怒りの炎が宿った。その瞋恚の炎は足元の老年に近い男へと向けられる。
「貴女がエインヘリアルになれば、この男に手を下し、復讐することができるのですよ」
 是。それ以外の答えは、今や彼女に取り得る途にはなりえなかった。

「女シャイターンが、女性をエインヘリアルに選定し始めるようだ」
 何時もよりも何割か増しで厳めしい顔つきで、マグダレーナ・ガーデルマン(赤鱗のヘリオライダー・en0242)はヘリポートに現れたケルベロス達に語りかけた。
 今までのエインヘリアル選定事件では、対象が男性である場合が多かったのだが、最近、女性に限定して選定しようとする者がいるのだという。
「シャイターンは辛い事情を抱えている女性の前に現れ、元凶となる男を連れの女エインヘリアルに連れて来させ、エインヘリアルになれば、その男を殺害できると囁いて、選定に同意させるのだ」
 そして、エインヘリアルとなった女性は、真っ先に男を殺害する……女性と男と、二人が犠牲となり、エインヘリアルが一体誕生するという筋書きだ。
「シャイターンと連れのエインヘリアルを撃破して欲しいのだ。勿論、その上で女性のエインヘリアル化を阻止し、男の命を救う、これが全て叶えば最上なのだがな……」
 マグダレーナは一度眉間にぎゅっと皺を寄せ、それを解く様に指を当てとんとんと叩いた。
「追い詰められている女性は、躊躇なくエインヘリアル化に同意してしまうだろう。心の持ちようを説く、自分の体験談を語る、それで説得できるものかは解らん。苦しみがそれで消えるわけではないし、元凶も同じ世間に生きているのだからな」
 眉間を揉み解す指をようやく下ろし、マグダレーナは鞄から取り出した地図や資料をケルベロス達に見せた。現場の周辺図や、戦場となる場所の見取り図だ。
 現場はある地方都市、戦場は4階建てのビルの最上階フロア概ね全体となるらしい。時刻は夜、フロアに居るのはシャイターンとエインヘリアル、女性と男のみだ。
 ただ、事務机やらキャビネットやらの配置が入り組んでいて、それらをふっ飛ばしながら戦う事にはなりそうだ。
「今から出発すれば、女性がエインヘリアルになるのを肯う直前に到着できる。女性を説得できれば、エインヘリアル化は阻止でき、シャイターン共も何故か女性を狙わないから、純粋にシャイターン共との戦いになるだろう」
 そこで言葉を切ったマグダレーナの眉間の皺は薄かったが、今度は口元が苦くてえぐい草でも食べた様に渋く歪んでいる。
「女性がエインヘリアルになった場合、まず、男を殺害しようとする。意識のない男を避難させる手段が必要になるかもな。その後、女性は撤退しようとする。シャイターン共は女性の撤退を援護しようと動くようだ。策無しで三体は倒せんだろうな」
 シャイターン達の戦いだが、と、渋い顔のまま、マグダレーナは続ける。
「シャイターン、エインヘリアル共々、守りを固め戦うようだ。役割分担というより、独立した個同志といった戦い方に視える。幸い、強さは然程ではないようにも感じるから、撃破だけならば、難しい事ではないはずだ」
 説明はこんな所だ、と締め、気が進まないのか、何処か精彩を欠いた様子で、マグダレーナはヘリオンの搭乗口を開けた。
「今までとは毛色の違う選定事件だ。エインヘリアル側にも何か事情があるのだろうな……」
 尻切れとんぼになった後、済まんな、とマグダレーナはケルベロス達に謝った。
「選定されようとする女性の説得は難しいだろう。選定されたのならば、男の命もな。辛い選択をするかもしれん。それを人に委ねるしかできない身が、どうしてもな」


参加者
クロノ・アルザスター(彩雲のサーブルダンサー・e00110)
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
エデュアルト・ブライネス(惻隠の羽根・e01553)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)

■リプレイ


 夜空に流れる雲の向こうで、輪郭のぼやけた月が光っている。暗くも明るくもない夜空に紛れ、ケルベロス達は街中のある建物の屋上に降り立った。
 ここは街の中心近くだが、昼間人口が多く、今は薄暗く静かだ。もう少し経てば、人の足音も消えた街は完全に眠りにつくのだろう。
 だが、ケルベロスは知っていた。その帳を一枚めくった下で、絶望の淵に追い立てられた女性がいることを。そして、その魂を求めてシャイターンとエインヘリアルが現れることを。
 女性は、その苦境の元となる男への復讐と交換に、エインヘリアルへと選定されることを受け入れるのだという。力を得た彼女は、真っ先に男を手にかけようとする……。
 ケルベロスの任務は、選定のため現れるシャイターンとエインヘリアルの撃破だ。しかし、選定により人二人の命が失われるのを看過することはできない。それが、各々の思惑を持ちながらも任務に就いた者達の意思であった。
 ペントハウスの扉を破壊し、ケルベロスは階下へと雪崩れ込み、予知で示された一角を目指す。
 一か所だけ灯る明かりの下、彼女たちは居た。タールの翼の女、丈高い少女、少女の足元に投げ出された、意識を失った男、そして心もとなげに立つ、表情の乏しい女性。
(「役者は揃い済みか。忌々しい程に予知の通りだね」)
 エデュアルト・ブライネス(惻隠の羽根・e01553)は、口元をほんの微かに歪めた。苦味の混じったそれは、笑みとも、不快感の表れとも見えるだろう。何分当の本人にとっても、混じり合うそれらの境界は曖昧だ。
 シャイターンの女は女性へ向かって、人としての生を絶つ手を差し出している。一切の躊躇いなく、女性はその手を受けようとした。
「その手を取ってはダメだ!」
 ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)の声が、繋がろうとする手を弾き飛ばすように響いた。シャイターンの女は、そこで初めてケルベロスを認識したように、ゆるりと手を引っ込めると、上辺だけの笑みを浮かべ、ケルベロスを見た。エインヘリアルの少女はケルベロス全員の動きを注視し、警戒している。女性は選定を受けるための手はそのままに、ケルベロスへ顔だけ向けた。
 ごく若い女性だ。しかし、その洞のように暗い双眼は、遠い昔に盲い、絶えて光を見ることがなかったかのようだ。
 クロノ・アルザスター(彩雲のサーブルダンサー・e00110)は、女性が自分達へ向ける、茫洋とした目を中心とした全景を見た。目立つのは、机の上に重ねられた書類、古いスチールキャビネット、日焼けして黄ばんだばらばらなファイル等などだ。
 そして、このくすんだ風景に、酒瓶と酒の缶、油染みた紙皿やトレイが加わり、この場のちぐはぐさを一層際立たせている。
(「これがパワハラって奴よね」)
 人物達を注視しつつ、クロノは心の中で溜息をついた。散らばるモノや、倒れている男を見ても、具体的に何が起こっていたのかを知る由もないが、女性の危うい姿を見るに、相当にろくでもない事が起きていたのだろう。
 観察か共感か、結論に達した道はそれぞれだが、仲間達もそれと悟ったようだ。ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)が、淡い薔薇色の瞳で黒い双眸を受け止め、彼女の正面に立った。
「あなたが、どんなひどいことされてきたか……わたしたちも、しってる。いままでつらかったよね、……くるしかったよね、……くやしかった、よね」
 繋がれて、自分の足で歩く意思を奪われる。それはロナにとって知らぬことではなかった。ロナの記憶の始まりは、囚われの地からだったからだ。
 逃げれば良いと言う者もいるかもしれないが、違う。絶望に挫かれた意思は見えない鎖で繋がれているのと同じだ。誰かが彼女の手を引いて、助け上げることで、彼女ははじめて鎖に実体などなかったと気付くことができるのだ。
「……でも、そのひとたちは……そのこころを、りようしようとしてるだけ……!」
 語りかけるロナの口調は、変わらず優しいが、弱った心につけこむ者達を糾し、行かないでと彼女に訴える強い想いが籠っていた。ハインツがロナの言葉を継ぐ。
「その女達は君のことを助けてはくれない。力を与えるだけで、君の激情を君だけに背追い込ませようとしてる奴らだ」
 ロナとハインツの糾弾に、エインヘリアルの少女は憤慨し、一歩踏み出した。シャイターンの女はそれを制し、首を振っていなす様に笑った。好きなだけ言わせておけと語っているのだ。
 シャイターンとエインヘリアルの間には、強い信頼関係があるようだ。そして二人とも迷いのない目をしている。それを見て取ったエデュアルトは、さもありなんと得心した。
(「彼女らは、真に不幸な女性を救いに来たのだろう。けれど、幾ら言いつくろっても、結果はロナとハインツの言う通りなのだけどね」)
 好きにしろというならば、その通りにすればいい。一度途切れた言葉の端をロナは拾い上げ、次の言葉へと繋ぐ。
「こんなところ、かたづけなくてもいい。……このまま、おしごとやめちゃおう? にんげんのまま…もっといいひとのところ、いっしょにさがそ……?」
「そうそう!」
 訥々と語るロナの言葉の余韻を追うように、大弓・言葉(花冠に棘・e00431)の弾む声が女性に向けられた。
「片付けなんてしなくても、仕事が終わらなくても、あなたが居なくなって困るのは全部あっち。そんなのの為に人生を捨てる必要、ある?」
 言葉の、戦士というより極普通の女性のような明るい声には、彼女自身の元々の性格と、説得のための方便とが半々にない交っていた。前向きな姿勢で語ることで、先に希望があるのだと、説得力が生まれれば。
「何もエインヘリアルにならなくたって復讐はできるわよ? 人間のままでボコボコにしてもいいし」
 女性に、言葉は片目をつぶって笑いかける。復讐しては駄目だと、そんな綺麗ごとを言うつもりはなかった。駄目なのは殺人と言う手段だけだ。
 ロナの側で、仲間の言葉を聞いていた、狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)は、倒れている男を、びしっと指さした。
「そんな男のためにエインヘリアルになることはないっすよ!! エインヘリアルになる位なら我慢せずに思いっきりひっぱたいてやったりするのが良いっすよ! 何かあっても楓さんが守るっす!」
 言い切り、自信満々な様子で胸を張ってみせた楓は、威勢よい声の調子を少しだけ落とし、女性へ語りかける。
「今まで、辛い思いをして我慢してきたっすよね、そんなに頑張ってきたのに、そんなひどい人のために今まで頑張ってきたこと全部捨てちゃうことになるっす!!」
 ケルベロスの言葉に、女性は何も答えない。その目は開かれているものの、依然として何も映していないように見える。しかし、選定を受け入れるため差し伸べた手は、いつのまにか下がっていた。想いが届いてはいるのだろう。
「しっかりしてください」
 クロノは女性の凍えた感情へぶつけるように、静かながら断固とした声を投げかけた。
「今この瞬間だけ気持ちがスッとしたとしても、この先ずっと永遠に今日の日の事に苦しんで、今よりもっとつらい日々を過ごす事になります」
 一瞬だけじゃないですか、と、クロノは女性に向けて呟いた。
「関係を終わらせるにしても、殺して終わらせたら一瞬だけじゃないですか。彼は社会的な制裁を受けておかしくない。反省させて謝らせて、死ぬよりもっと苦しませてあげればいいんですよ」
 この緊迫した場にあっても、いぎたない様子で倒れている男を、ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)は、憂いの表情で見遣った。こんな男でも、それでも犠牲にするわけにはいかないのだ。
 ネロは目を上げて女性を見た。憂いにけぶっていた夜空色の瞳に、標の星の輝きが宿る。
「その男は、君にとって何の価値もないだろう? そうだ。塵にすら比べられない。一対しかない君の手を、一度しかない人生を、憎い男を手に掛けるために汚す必要はないんだ。手に掛ければ君は加害者、この男は悲劇の存在になってしまう。加害者はこの男だったはずなのに」
「ネロの言う通りさ」
 不意にエデュアルトの、低い声が響いた。
「その男を手に掛けて、その上に君がエインヘリアルとなってしまえば、彼は悲劇の犠牲者として世間に飾り立てられて悼まれるだろうね。本当は因果応報なのに、そんなのはあんまりじゃないか。俺はそう思うけれど、君はどうかな? 酷い扱いを今まで堪え忍んだ君は、君自身が思うよりずっと冷静で賢明な人間なんだ、堪えた末にデウスエクスごときの言葉を鵜呑みにして、台無しにしていい訳ないだろう?」
 言い含めるようなエデュアルトの言葉が終わり、沈黙が戻ったところで、ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)は初めて女性に向けて口を開いた。
「復讐でキミが掬われるなら、それもいいだろう。だがその為にデウスエクスへと成り果てるなら、それは之までの限りある生への冒涜だ」
 口火を切ったジゼルの口調は、起伏の少ない淡々としたものだった。自分の声を聞き、ジゼルは、もし自分がこの声を掛けられる立場だったら耳を傾けるだろうか、と微かな恐れ混じりに自問した。所詮ヒトの紛い物、感情の輪郭だけなぞった模倣品に過ぎない、ただの音声に心が動くのだろうか。
 だから今まで、ジゼルは逡巡していたのだ。けれど、立ち尽くす虚ろな女性を見て、声をかけたいと思った。この女性に表情が戻る時を見たいと思った。その心の動きが、本物の心からなのか、レプリカントの演算処理による模倣なのか解らなかったが、どうしてもそうしたかったのだ。
「キミの人生は、キミだけのものだ」
 ジゼルは変わらず淡々とした声色に、精一杯の思いを乗せ、女性を見つめる。ジゼルの言葉に、女性はゆっくりケルベロスの正面に向き直った。
「おねがい……もっとじぶんを、たいせつにしてあげて」
 見上げるロナと、女性の目が合った。きっと想いは届いているのだ、と、ハインツも屈み、女性の目を見た。
「報いは君一人で行う必要はない。これからは皆で一緒に怒ろう、オレ達だって仲間だ。みんなで一緒に奴を懲らしめる手段を考えようぜ」
 もう一人で頑張る必要はないのだと、皆が一緒だとハインツが説いた時、女性の目に涙が盛り上がった。
「……でも、どうやって……?」
 顔を上げた女性の目から涙が溢れ、頬を濡らした。
「……ごめんなさい……わかってるんです。私の事、本当に思ってくれていること。でも、もう無理……ここではないどこかに行けるなら……」
 一度下ろした手を、女性はシャイターンの女に差し伸べた。今度こそ繋がれた手は眩しい光を発し、光の中で女性はくずおれていった。


 次に狙われる男の保護のため、ハインツとネロは形振り構わずエインヘリアルの少女に向けて体当たりを仕掛ける。クロノは説得の間、男の身柄確保を狙っていたが、ずっとケルベロスを注視していたエインヘリアルの少女を出し抜くことはできなかった。ケルベロスの数は最初に把握されている。誰か姿を隠せばその時点で意図を覚られていただろう。
 身を挺して男を庇ったため、二人は一方的に攻撃を受けた。あまり強くない相手だと聞いていたが、でなければ深刻な負傷となったろう。
 仲間の援護の中、更なる追撃を受けながら二人は下がり、後方へと男を放り投げる。その頃には、エインヘリアルと化した女性は姿を消していた。最善は叶えられず最悪の結果でもないが、それは慰めにはならなかった。
「救いに来たとは傲慢だな。地獄に招きにきたのだろうに」
 怪我を負った身体を奮い立たせ、ネロは選定者達へ拳を向けた。その強い口調に、エインヘリアルの少女がきっと見返して来る。
「お前達こそ残酷だ。あの男が生きる地獄へ、何の手立てもないまま戻れとは」
 もはや平行線だった。静かな怒りを孕んだ戦場では、表面上は淡々と戦技の応酬が繰り広げられている。
 ケルベロス達はシャイターンの女に集中攻撃を仕掛け、護りの態勢をとっていた彼女の負傷は嵩んでいった。そして楓が雷を散らしながら突き込んだ槍が、致命傷を与えた、その時だった。
「あの男が起こしていた酒宴の騒ぎがシャイターンを呼び込み、残って片づけをしていた女性が襲われた」
 シャイターンの女の言葉の意味を掴みかねた周囲に、彼女は揶揄するように笑って見せた。
「こうケルベロスが証言し、それを拡散させて世論を煽れば、この『会社』とやらから、不名誉な形で男を逐うことができたかもしれませんね。あながち嘘でもないですし」
 そうそう、こんなのもありますよ……と、にこやかに続ける彼女へ、黙れとばかりにクロノは一足で間合いを詰め、身を翻し回転斬りでその胴を薙いだ。シャイターンの女は、笑みを貼りつかせたまま、絶命した。
 エインヘリアルの少女は彼女に殉じることを決めていたようだった。その死からは、一層晴れやかな顔で攻撃を仕掛けて来る。そして終わりの時、彼女はどこか遠くに向けて、剣礼を行い、光となって散じた。光から垣間見えた幸せそうな顔は、齢相応のあどけなさを残していた。


 エデュアルトは、救急を呼び、男を足蹴で起こした。事態が解らず騒ぐ男には一切取り合わず、そもそも起こさなければよかったと悔いながら、一服するため火を点けた。
「人命尊重。まあ、そういう理由だけで助かった命なんだ、大事にしろよ」
 運ばれていく男を見もせず、エデュアルトは窓から街へと降り立った。夜空からは雲が消え、月が皓々と照っている。こんな時こそ雨でも降ればいいだろうにと、彼は非難めいた目を夜空に向けた。
 その頃、建物の壊れた屋上では、言葉がボクスドラゴンのぶーちゃんと一緒に救急搬送を見届けていた。
「デウスエクスだって、誰かに復讐される存在なのにね」
 言葉は、落ち込んでいるぶーちゃんを優しく撫でた。
 女性は、ここではないどこか、と言っていた。けれど、彼女の逝った『ここではないどこか』は、死ねない者同士で奪い奪われる、闘争の巷だ。
 彼女はそこで何を見出すのだろう。そんな答えようもない問いをしまいこんで、言葉はもう一度ぶーちゃんを撫で、帰ろっか、と囁いた。

 女性は遠くへ逝ってしまった。ケルベロスは、女性が救い出せたなら、その心に寄り添って新たな出発への手助けをするつもりだった。けれど、追い詰められた彼女は、漠然とした未来への希望を信じることができなかった。
 誰が悪いというわけではない。悪かったとすれば、巡り合わせだけだ。もしも、彼女がこうなる前にケルベロスと逢えたなら。せめてシャイターン達と出会う前に、巡り逢えていたならば。
 苦い悔恨とともに、ケルベロスはそれぞれの居場所へと戻ってゆく。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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