暴風域

作者:皆川皐月

 紫陽花の見頃を終え、赤い彼岸花が揺れている。
 三日月傾く夜に浮かんだ青白の紋様。
 俗に言う魔法陣、と呼ばれる類を成したのは3体の怪魚。
 鮫とも鮪ともつかぬ巨体をくねらせて泳ぎ、石畳からずるりと起き上がらせたのはボロボロな姿の一人の女。
 と、悍ましい姿に眉を寄せ嫌そうな顔をした男が一人。
『おいおいおいおい、なーんだこれ。なんでオレがこんなブスと……』
『ぁ、ぁ……ぁい、そう。かわ、い、  そう』
『ったく、かわいいねーちゃんってのは嘘かよ』
 ふらりよろりと覚束無い足に落とされたのは、無精髭撫でる男の深い溜息。
 ガリガリと頭を掻いて、また溜息。
『まぁ……コイツどうにかしたら好き勝手殺していいっつーんだから、いっか』
 ニィと笑って引き抜く鋼の一刀。
 怪魚の供三匹と虚ろな目で歩み進める女はかつて、“鮮血の”フェリエと呼ばれた者。
 ひゅるりと口笛を吹いた無精髭の目立つ男の名は、“暴風の”バンデッダ。

 がりがりごりごり。石畳を削る音が夜を行く。

●暗きより来る
「お集まりくださり、ありがとうございます」
 静か。
 静かながらも、ぴりっとした空気が部屋を満たしている。
 会釈した漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)の飾りがしゃらりと音を立てると、隣で黙して資料に視線を落としていたクララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)が、丁度顔を上げた。
「雨は、降らないようですが……魚が飛ぶほど、“風が強い”そう、ですよ」
 妙に強調された風の強さ。安直に天気の話しではないだろうと、察しが良い者が気付いた時には既に、憂い帯びた紫眸は視線を映していて。
「では資料をご覧ください」
 潤の声は淡々と。
 始まった説明を聞いた後、誰もがクララの言葉を痛感することとなる。
「以前、“鮮血の”フェリエが出現した古民家通り中央にて死神の活動が確認されました」
 死神といえども資料に並んだ字は下級。
 しかし、問題は直前に出たエインヘリアルの名で。
「怪魚型死神は変異強化のサルベージ陣からフェリエを引き揚げ、デスバレスへ持ち帰る算段のようです。ですが……」
「もう一人の罪人、“暴風の”バンデッダ……新手、ですね」
 ひどく静かな部屋の中、クララの声が通る。
 頷いた潤が言葉を継いで。
「はい。フェリエのサルベージと同時にバンデッダが出現し、サルベージの援護兼阻止への妨害の為の戦力に他なりません」
 件の事柄を危惧し調査したエリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)の心配が現実となったのだ。
 そして、引き揚げられたフェリエは出現から7分後に死神によって回収されてしまう。
 よって今回の任務は。
「エインヘリアル一体以上の撃破、または掃討をお願い致します」
 話は進む。
 紙の捲れる音。ペンの走る音と、静かな呼吸。
 現場は梅雨時には紫陽花、今時期は彼岸花咲き乱れる古民家通り中央。
 ケルベロスが駆け付けた時点で周囲の避難は完了済みであるものの、広範囲避難は行われていない。何故なら、エインヘリアル達にとって古民家通りは“奪いやすいグラビティ・チェイン”があるからこそ価値のある場所なのだ。
 それが全くないとなれば、ある場所へと場を変えるだけ――。
 事前の対応が更なる不幸を呼びかねない。
「勿論、戦闘区域における避難は問題ありません。7分間、全力で戦闘に集中して下さい」
 フェリエは7分間の戦闘後有無を言わさず死神によって回収される。
 問題は新手である“暴風の”バンデッダ。
 バンデッダは死神の回収対象ではないため、撃破しない限り現場に残留。
 つまり。
「バンデッダは意志薄弱なフェリエに合わせつつ、怪魚型死神と共に攻撃してきます。もしこのバンデッダを取り逃がした場合、数多の被害が予測されていて……」
「弱いと言っても、この……盾役の死神は、厄介そうですね」
 クララの指先がなぞった資料の文言。
 下級とはいえ三体の怪魚型死神と、変異強化され殺戮兵器と化したフェリエ。
 そして一対の日本刀を携えた戦闘狂ゆえに罪人たるバンデッダ。
 予想される戦闘の苛烈さは計り知れない。が、誰の目にも暗さはなかった。
「大変な戦いになると思います。ですがどうか、皆さんご無事で」
「……問題ありません。執念深い魔女が、向かうのですから」
 遠く、ヘリオンの起動する音。巻き上げる風がクララの帽子の縁を煽った時。
 ふわり覗いた紫の瞳が、ゆるやかに微笑んだ。


参加者
隠・キカ(輝る翳・e03014)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
輝島・華(夢見花・e11960)
高辻・玲(狂咲・e13363)
クララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)
ラズリア・クレイン(黒蒼のメモリア・e19050)
千種・終(白き刃影・e34767)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)

■リプレイ

●嵐の気配
 ごう、と風が吼える。
 宙を泳ぎ淡く淡く帰還陣を敷き始めた怪魚を背に、バンデッダが鼻を鳴らした。
『おーおー、来なすったかい』
「こんばんは。良い夜ですね」
 薄明りの闇夜に深紅の花弁。
 薔薇と同じ紅瞳を細めた高辻・玲(狂咲・e13363)の剣抜が一匹の死神を叩き斬る。
 それ気に止めることもなく、にぃっと笑ったバンデッダは至極満足気な顔。
 覗く狂気と高揚がケルベロスの到来を待っていたと言わんばかりで。
『いいなぁ。いいねぇ。こりゃあ随分と活きの良いのが釣れたらしい』
 バンデッダの頭上で笑う三日月は吊り上げられた口に同じ。
 だが、その程度で怯む者など此処に集うはずもなく。
「亡者には黒き祝福を――」
「良い楽しめそうな夜としよう」
 玲に続く、涼やかな声と奥底に楽しさ隠す言葉。
 ラズリア・クレイン(黒蒼のメモリア・e19050)の呼び起こした黒鎖と、充填された青炎纏わせた如意棒 猫のヒゲを振り回すゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)の大車輪が、奔流のように死神達とフェリエを呑む。
『きゃあッ!!』
 意思は無くとも痛みに悲鳴を上げるフェリエ。
 死神の内一匹が、のたうちながら地へ落ちた。
『根性の無い魚だ。あとブスは煩いなぁ』
「行きましょう、ブルーム」
 くれやったのは一瞥。
 落ちた死神一匹と燃え盛り締め上げられる身に嘆くフェリエなぞ、バンデッダは端から数に入れていない様子。
 ただただ食い入るようにケルベロスを見ていた。
 その前を駆け抜ける夏飾った一輪バイクは輝島・華(夢見花・e11960)のライドキャリバー ブルーム。
 物珍しいのか、バンデッダの視線がブルームを追う。
『ほお』
『いやっ、いやあ……!』
「頑張りましょう、皆様」
 不躾な視線を物ともせず、輝き散らすブルームが斜めに砕けた石碑を足場に飛んだ。
 死神の身の上で最高速に振り切るアクセルへブレーキを。
 ドリフトスピンしながら二匹の死神諸共フェリエの頭も引き潰せば悲鳴が上がる。
 一方、華は動かないバンデッダが気掛かりで。
 しかし時間は待ってくれない。
 ゆえに、基本の指針に違わずまずは後衛へと銀の粒子を散らしていった。
 最後衛に立つクララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)が、周囲を見渡し静かに呼吸する。
 肺を満たす冷たい気配は秋。
 脳裏過ったあの雨と噎せ返る湿気を、ゆるりと振った首で拭って。
「“不変”のリンドヴァル、参ります……」
 茶の絹に包まれたオウガ粒子輝く指先が擽る虚無魔法。
 ついと描いた円から生まれ銀粒子纏った球体で狙うのは、車輪跡目立つ死神。
「疾く、失せなさい」
 パチリと、その頭が影も残さず無へと帰す。
 その間を縫い走る薄桃の狐尾を彩るように煌めいた銀粒子。
 あの“雨の日”を、空野・紀美(ソラノキミ・e35685)は忘れていない。
「……今度こそ、守りきっちゃうんだから!」
「きぃたちは……負けない、よ」
 合わせる様に細腕で竜槌振り抜いた隠・キカ(輝る翳・e03014)がフェリエを見た。
 こわいという言葉は、ごくりと飲み込んで。
 各々携える明かりと月光に潤む白藍の瞳には輝く決意。
 並び立つ千種・終(白き刃影・e34767)もキカの言葉に頷いて。
「ああ。死神の思惑通りには、させられないな」
 紀美の九尾扇が死神とフェリエに氷の紋様刻み込み、キカの竜哮がフェリエの悲鳴さえ掻き消したと同時、終が指示出すドローン各機が前衛の頭上で盾を構えたところで、一分。
 君上げられた布陣が苛烈な戦いの幕を上げる。

●虚ろなる暴雨
『っ、あぁぁあああああっっ!!!』
「――っ、!」
 それは咆哮。
 フェリエの、本来のフェリエからは程遠い濁った咆哮。
 突き飛ばされたゼノアは見た。引き倒され、強かに背中打ち付ける華を。
 背筋泡立つ殺意。目の前に居たのは、嘆く女ではなく獣。
「このくらい大丈夫!皆様をっ、守ってみせますから!」
 華は声を上げる。
 かろうじで後頭部の強打を免れた。が、足に絡まる鉄鎖の食い込みが痛く、一瞬息が詰まるほど強かに打ち付けた背が軋む。
 それでも気丈に、振る舞い一つが支えになると知っているから。
 こと、大怪我を免れたのは準備の良さに相性の良さ、そして終の盾ドローンあればこそ。
 しかし敵はもう一人。
『なぁんだ、まだちんちくりんだ』
 品の無い笑い。
 引き倒された華見下ろすバンデッダが、言う。
『まぁでも……嬢ちゃんは強いのかい?』
「強いとも」
「しゅう、さま」
 間髪入れず低い声。
 華の心臓を狙った巨刀が食えたのは脇腹で。
 ふーっと息を吐きバンデッダと睨み合う終のゲシュタルトグレイブ 影刃が、急所への一撃をかろうじで逸らす。
 凄まじい一撃。
 ガチガチと鍔ぜり合う刃。
 けほりと血を吐いた華に迫るライトと花の香。聞き慣れたエンジン音が器用にドリフトし、華を掬い上げるや引き離した。
『なんだ一人くらい。いいじゃあ――』
「断る、と言ったら?」
 それもいいなぁ。
 そう笑った声がわざとらしく終の刃を弾き、間を取った。
『ぅ、か、わ……い、そう』
『ははっ、ああ案外悪くねえやこれ!』
 幽鬼のように虚ろなるフェリエ。
 笑う悪鬼と言って差し支えないバンデッダ。
 此処から先は、修羅の道。

 クララは途中から長い詠唱は省き、感覚だけで皆の傷口を塞いでいた。
「前は任せます!」
 と、そう声を張るのが精一杯。
 何故なら、生き物のように襲い来る鎖は黄泉還り以前と同じく暴威。
 前衛に立つ玲もゼノアも傷はある。が、構わず前を行く二人に負けじと、競り上がる血を吐き出して華は構えれ。赤滴る口元を拭う終は瞳据えたまま立ち続ける。
「まだ。まだっ、いけます!」
「問題ないよ」
『あぁぁぁああ!!』
「きぃがさせない、よっ」
 夜踊るように飛ぶキカは縦横無尽。
 フェリエ蹴り据えた輝きの一蹴が、嘆く獣の足にまた一つ楔を打つ。
 それでも決して、雨止まず。
 泣きながら振るわれるフェリエの鎖が石畳と盾役の身を打って。
 生き物のような鎖をかろうじで良ければ、迫る白刃に笑う暴風。
『おおいガラ空きだなぁ!!』
「っ、ブルーム!」
 華の声より早く花散らす一輪が玲の前から吹き飛ばされる。
 しかしブルームのエンジンは止まらない。鉄の身打たれようと刃が掠めようと、決して。
「その傷は、わたしが貰いましょう……!」
 苛烈な戦場にクララの声が通る。
 再び輝かせた怪光球が戦場を赫々と染めていき。
 その赫は血より濃く、宝石よりも麗しく。前衛陣の身に得物に纏わせる禁忌が、手腕と切れ味を研ぐ。
 クララは決めていた。
 攻め手ではないから。攻め手ではないからこそ、癒し手の戦場で命の限り戦おうと。
 求められる最善。
 瞬き許さぬ戦況。
 精神磨り減らさんこの立ち位置こそ、血の壁である。
「逃しは、しません」
「ちょっきーんっ!」
 凄まじい勢い伸びるラズリアの薔薇蔦。
 紀美が鋏のように構えた蠍座輝く人差し指と中指。
 ラズリアから伸びた薔薇蔦が握りつぶさん勢いで死神を捕らえた瞬間。ぢょきん、と鈍い音と共に天空から降り下ろされた鋏が怪魚を二つにし、暴れるフェリエの腕をも切った。
 死神の完全討伐。
 しかし、フェリエの背で煌々と輝く帰還陣の生成は止まらない。
 カチリ。
 キカの脳内で鳴り響く電子アラーム。
「あと、4分なの!」
 八人の視線が、嘆く獣だけ狙う合図に瞬いた。
 畳み掛ける様に。
 切れ間なく漣のように、息を重ね合わせるごとにその制度は増すばかり。
 本来の細い声で、キカが紡いだ光。
 明滅し神経侵す輝きが耳元で囁くのは逃れ得ぬ光槍の幻影。
「動いちゃだめだよ、もっと痛いから」
「そう、動かないで。斬りますよ」
 痛みに叫ぶフェリエの声を黙殺し、玲は迷わず踏み込む。
 抜き打つ日本刀には躊躇いなど在るはずが無く。
 ぬるり月光返す鋼が描いた、水の月。
『いやぁぁあああっ!!』
『ああうるせぇな!』
 深く。
 微かに赤く煌めき銀粒子散らす玉鋼の刃が深々とフェリエを斬った。
「ああ、夜は静かな方が良い」
 月夜。
 黒い猫耳を震わせたゼノアが、篝火のような煌めき纏う足を振り上げていた。
『活きの良さそうな猫じゃねぇか』
「食われる趣味はないんだが」
 睨み上げるバンデッダ。
 飄々と見下ろすゼノア。
『――シッ!』
 フェリエ打ち据えようとした足目掛けバンデッダの刃が振り抜かれるなど、百も承知。
 軽やかに。ただ軽やかに、ゼノアは空気の流れに身を任せ。
「……悪いが、機を逃す訳にはいかんのでな」
 風圧引いた刃の上を滑り抜け、音も無く宙へ。
 星の一蹴はしかと、嘆きの獣を蹴り落としていた。
『おいおいおいおい逃げるのはなしだろお!』
「ええ。逃げることも無しですが、やられっぱなしもいけませんわ」
 ねぇブルーム。
 上品な愛らしい声が、笑う。
「さあ、よく狙って。逃しませんの!」
 声と同時、オォオオオン!と唸り上げるエンジンが炎を生み。
 ふう、と華の掌から吹かれた花弁は花弁にあらず。それは薄鋼。
『ヒッ、いた、いたい――あぁぁああああ!!』
 ごおと渦巻くそれは決してフェリエを逃がさない。
 舞い散り渦巻き切り刻み、ブルームの火焔が足縺れさせた身を焼けば虫の息。
 今度はひゅうと、フェリエの喉から空気が抜けた。
 あと、一分。
 キカが叫ぶ。

●暴風
 追うケルベロス。
 逃げるフェリエに、遮るバンデッダ。
「ぜったいぜったい、負けないんだから!」
 ポシェットの小瓶を紀美の指先が弾く。
 今日の筆は桃色の愛らしい九尾扇。振り抜こうとした、直後。
『なぁそっちの嬢ちゃん。俺と遊ぼうぜ』
 低い声。
 間髪入れず、突き出される風ノ刃。
 幾度も打ち据え斬りつけられた盾役は疲労困憊。ゆえの反応の遅れを、誰が責められよう。
 しかし、ただ一機――最速の盾はまだ生きていた。
 深々と機械の身に刺さる刃。
『こいつ……!』
「ブールムちゃんっ!」
 バンデッダの刃は肉を断つに至らず。
 全力で突き出された一刀は、紀美に鋼板一枚分届かなかった。
 散る部品。舞い飛ぶ花。最後、微かなエンジン音と共にブルームは機能停止。
 自身の決意に報いた相棒の名を叫びたい気持ちを呑み下し、華は言う。
「私達が、皆様を守ると申し上げたはずです!」
『――良い目だ。ああ、良い目だ。やっぱりお前ら全員大物か!』
 凛と気を張った青紫の瞳とバンデッダの赤目がぶつかる。
 弓形になった赤目が喜びに満ちた。
「死神の企み共々、貴方方の企みも一つここで終わらせてみせますわ」
「そう……そうだよ。ここで、おしまい!」
 紀美が振り抜いた九尾扇の先に赤。
 花より鮮やかに、宝石より艶やかな赤がフェリエを染めあげて。
『いやっ、あか、あかは……!』
「――ありがとうございます。実に、分かりやすい道ですね」
「赤き道より哀れなる貴女へ、もう一度眠りをおくりましょう」
 赤い轍を不変の魔女が行く。
 青纏う天使が瞳を研ぎ澄ます。
 逃しはしないと、二人は言う。
「否ずを、変わらずを、貴女に示しましょう」
「死を司りし忘却の王よ、我が呼び声に応え給う」
 クララの指先が引く禁呪 虚無魔法が一つ。
 ラズリアが紡ぐ古の剣姫が討伐せし亡霊王が力の一端。
『あ、あ、あ……か、わい、そ、う、だからっ!』
「貴女を止めて見せると言ったでしょう」
「深淵より生まれし終焉の矢を持て、汝が敵を射抜け!」
 命の限り振り上げられた鎖に相対するは、影すら食う虚無の珠と、絃鳴る星光弓。
『あぁぁあああああっっ!!』
 悲鳴生んだのは亡霊王の一矢だけ。
 悍ましき虚無の珠は、その悲鳴さえも暗き中へと沈めていった。
『――ああ、ちくしょう』
 暴風が舌打つ。
 だが口角は上がったまま弓形の瞳で、笑顔。
『いけねぇ。ほんとうにいけねぇや。楽しくなっちまったらアイツ忘れてた』
 喉を鳴らし、平然と。頭を掻いて舌なめずり。
 今まで見せたことの無い、バンデッダの本気であろう構えを見せた。
『なぁ、賭けをしよう。“命賭け”だ』
「良き月夜にはもってこいかと」
「そりゃあ良い案だ」
 “今日はいい夜”。
 互いに黒を纏った玲とゼノアが踏み込む。
『はぁあああっ!!』
 二人を襲うは禍ツ風。刀身震わせ打たれた感覚麻痺させる超絶技巧。
 宴もたけなわ。
 さぁ!さぁ!さぁ!
「猫ども、餌の時間だ」
「全てを――」
 二人の脇腹裂くバンデッダの一刀は芯まで斬るには至らない。
 三人共に笑っていた。ただこの一瞬に全てを賭けて。
 玲の刃は神速の。断つことにだけ特化した、いっそ刀の本懐と言える紫電の一閃が巨漢を袈裟に断ち。
 ゼノアの起こした猫達は数多。にゃあ、と鳴くもの吼えるもの。猫の猫よ猫と猫と、猫が、ねこのこころが、巨漢の喉笛を食い千切る。
『っ、ぁぁああああっ、さいっこうだ!ああ、いてぇ!ああまだ生きてる!』
「あなたは、戦うのがすきなのね?」
 血塗れのバンデッダが振り返った先にキカ。
 きらきらと月光に輝く妖精染みていた。後ろ手に大斧さえなければ。
「きぃは、こわいからやだよ……でも、人がきずつくのは、もっといや」
『だったら守ってみせるこった!さぁ、来い!』
 三日月に跳ねる身は軽やか。
 細腕に見合わぬ速度で振り下ろされた金色の斧が、構えた鋼ごと肉を断つ。
「うん。ここで、たおすね」
「キカさんの仰る通りですわ」
『やるなぁ!おい……っ、ぐ!』
 肉も刃も断たれたバンデッダの身を一条の雷光が抜けた。
 帯電する雷杖を握る手をオウガメタル ディアンの手で支えた華の一撃。
 その身を、後ろに立つクララの狂躁伝染Ⅱの赤き怪光が後押ししていて。
「もう一歩進んで、わたしを喜ばせておくれ」
「無論、手抜かり無くね」
 語りかけるようなクララの言葉に終が是と。
 そう、この怪光が照らしたのは一人ではなかったのだから。
 振り上げる牙杭鋭く。
「お前には、僕から死を贈ろう」
『来いよ。ああ来い!まだだっ、俺はまだ……!』

 バンデッダの最期の記憶は、月に飛ぶ小さな体。
 かの巨漢に続く記憶は無い。
 月に佇む番犬だけが、終の杭が巨漢の心臓打ち抜いたことを知っている。
 彼岸花が揺れた。
 ふわりひらり、灰と散った暴風は土に眠る。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月22日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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