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夏の昼下がり。
紀伊山中に、ひっそりとそれは捨てられていた。製氷機である。雨にうたれ、それは錆び付いていた。
と、こそと草が鳴った。山中を機械の脚で動いてきた煌く宝石――コギトエルゴスムに機械の脚を生やした小さなダモクレスである。
それはメアたのものを見つけたのか、脚の動きを速めた。そして、製氷機に潜り込んだ。
壊れた機械と融合した小型ダモクレスは、恐るべき超科学の力をもってそれを作り変えた。
マネキン人形を思わせる女性の人型。内部のコードはさらに細く繊細に。それは漆黒の髪と化した。
ふう。
唇から白い冷気を零し、氷の魔女と化したそれは歩き出した。水を振りまき、殺戮を始めるために。
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「山中に不法投棄されていた家電製品の一つがダモクレスになってしまう事件が発生するようです」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はいった。
「幸いにもまだ被害は出ていません。けれどダモクレスを放置すれば多くの人々が虐殺されてグラビティ・チェインを奪われてしまうでしょう。その前に現場に向かって、ダモクレスを撃破してください」
「どんなダモクレスなの?」
局部のみを隠した輝く裸身の娘が問うた。和泉・香蓮(サキュバスの鹵獲術士・en0013)だ。
「女性の姿をしています。武器は氷。吹雪として範囲、弾丸として一人を狙うなどします。さらには抱きしめ。これは強力なので注意してください。凍りついてしばらくは動けませんので」
「不法に廃棄した人間にも責任がある。けれど罪もない人々を虐殺するデウスエクスは許せないわ。必ず殲滅してね」
妖しく光る瞳を、香蓮はケルベロスたちにむけた。
参加者 | |
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ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045) |
リィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506) |
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813) |
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466) |
ルティア・ノート(ヴァルキュリアのブレイズキャリバー・e28501) |
紺崎・英賀(自称普通の地球人・e29007) |
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597) |
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288) |
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輸送ヘリのキャビン内。
女の姿があった。深い海を思わせる青く長い髪。鋭い目。冷然たる娘だ。
娘はそっと武器飾りのサファイアに触れた。そして静かに目を閉じた。
その胸に去来するのは親友の面影である。その親友はデウスエクスの凶刃で帰らぬ人となっていた。
娘は髪を結う白のシュシュをほどいた。そしてあらためてポニーテールに結い直す。それは戦闘開始を告げる鬨の鐘であった。
娘はケルベロス。名をリィン・シェンファ(蒼き焔纏いし防人・e03506)といった。
人の姿の見えぬ山中は、まるで息を殺しているかのように静かであった。
だが、それも雪女めいたダモクレスが現れるまでのこと。氷の魔女と化したそれは軽やかな足取りで歩き出した。
その時である。氷女の前に突然人影が立ちはだかった。
八人の男女。ケルベロスであった。
「不法投棄された製氷機がこんなふうになってしまうのか」
荒野を想起させる灰色の髪の若者が呆れたように声をもらした。
名は紺崎・英賀(自称普通の地球人・e29007)。優しげな美青年だ。が、金色の瞳の奥に何か抑圧したものが秘められていそうな翳りがあった。
次の瞬間だ。英賀が掲げた電撃杖から紫電が迸り出た。空を灼きつつ疾ったそれは見る間に雷の壁を構築する。すると前衛に立った者たちの肉体――細胞そのものが賦活化された。
「冷たくて綺麗なダモクレスさんなのー! ふわりね、こういう格好いい感じの人とか好きなのー♪」
濡れた目で、その少女はいった。名を盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)というのだが、なまじ人形のように美しい顔立ちであるだけに、欲情に蕩けた顔はかえって凄艶にみえる。
と、ふわりから花びらのようなものが放散された。
紙兵だ。それは霊力をおびており、仲間のそばに滞空した。
刹那、何かが空を裂いて疾った。氷の弾丸だ。
見とめ得たものの、さしものケルベロスも咄嗟に動くことは不可能であった。肩を撃ち抜かれた英賀がよろめく。肩が凍りついていた。もし紙兵により威力を弱められていなかったら、英賀の肩は粉砕されていただろう。
「…うわあ、びっくりしたー!」
反射的に致命の一点を躱した英賀が呻いた。その顔がすぐに苦痛にゆがむ。額にうかんだ冷たい汗は恐怖のためである。基本、この若者は感覚で戦っているので、感情は後から追いついてくるのであった。
「氷……女……?」
訝しげにユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)は柳眉をひそめた。顔をしかめたはずだが、それでもユーディットの計算され尽くした顔の美しさが損なわれることは何一つとしてない。
「ダモクレスのくせにニンゲンの姿を取るとは。ニンゲンの憎悪が募るだけだろうに……敢えてそう仕向ける、その不敵さが腹立たしいな。Rauchgranate!」
ユーディットの武装に付属する小型発射機から弾が発射された。発煙弾だ。爆発したそれが濃密な煙を噴き出し、辺りを灰色に染め上げた。
と、氷女の口が尖った。小さく息を吐いたようにみえて、それは白銀の氷嵐となって前衛陣めがけて吹き付けた。ユーディットがはった煙幕を吹き散らす。
「Mir ist so kalt!」
愕然としてユーディットは呻いた。ものすごい寒さのために彼女の豊満な肉体が震えている。
と、地にはらりと落ちたものがあった。彼女の身を包んでいるフィルムスーツが凍って一部が破損したのである。
「あっ」
ユーディットの頬が紅く染まった。破損したフィルムスーツからピンク色の乳首が覗いている。
「やん」
感情というものを学んでいる成果といってよいか。恥ずかしそうにユーディットは胸を腕で隠した。
「さすがに冷たいですね」
感心したような声をウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)は押し出した。
金髪をポニーテールにした穏やかな美貌の持ち主であるウォーグは、一見ひ弱そうだが、実のところ強い。なにしろ『神裏切りし十三竜騎』が一騎である『山吹の竜騎』に連なる一族レイヘリオス家の長女であるのだから。
「不法投棄自体も問題ですが、ひょっとしてダモクレス自体も何かの作戦で量産されていたりするのでしょうか?」
ウォーグが疑念を口にした。するとボクスドラゴンであるメルゥガが凍てつく息を吐きかけた。煩わしげに氷女が手で払う。
一瞬の隙。それをウォーグは見逃さない。空を舞ったウォーグは竜騎の御旗・聖斧形態を氷女の頭蓋めがけて振り下ろした。
ガンッ。
鋼と鋼の相博つ音が響いた。ウォーグの一撃は氷女の頭蓋をかすめ、彼女の肩を打っていた。
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「それじゃこれはどうかしら、氷の魔女さん!」
軽やかに女が跳んだ。人間ではない。すらりとした見事な肢体の持ち主だが、尻尾がある。さらに顔は狐のそれだ。眼鏡の奥の目は理知的であった。
「これまた涼しそうな相手ね。と言っても、冷たすぎるのはお断りだけど。冷え性にも腰にも悪そうだわ」
軽口をたたきつつ、女――ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)は流星と化して蹴りを放った。赤熱化したつま先が飛び退る氷女の胸元に突き刺さる。
衝撃でさらに後退る氷女だが、その手がすうとのびた。が、冷たい指先からユーシスは衝撃を利用して跳んで離れた。
「ハグはお断りよ。家に帰れば女子高生を思う存分抱きしめられるから、他の子に譲るわ」
地に降り立ち、ユーシスはふふんと笑った。それから小首を傾げると、
「女子高生と言っても娘だけど。最近逃げるのよ?」
と、いった。
続けて跳んだのはリィンだ。その命中率は六割を下回る。煌きをやどした重い蹴りは氷女をかすめて過ぎた。
「ちいっ」
憎悪の炎を目にやどしたリィンが地に降り立ちざま振り向いた。その身体にするりと冷たく細い腕が巻きつく。
「は、はな――」
もがく姿勢のままリィンが凍りついた。いや、正確には完全に凍りついてはいない。それは幾重にもかけられた耐性によるものであった。と、用なしとばかりに氷女がリィンを放した。
「氷、氷か」
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)がぎらりと氷女を睨みつけた。少年めいた浅黒い顔の中、唇の端がわずかにつりあがっている。機嫌がいいのだ。
「上等である。我が炎で焼き尽くしてくれるわ!」
鉄の塊といってよいほど無骨で巨大な剣――スルードゲルミルを振り上げ、コクマは間合いを詰めた。地獄の炎をまとわせた斬撃を放つ。
氷女は跳躍で躱さんとした。が、遅い。スルードゲルミルは氷女の左足首を打ち、亀裂をはしらせた。
「地球の伝承に雪女というものがいる、というのは聞いたことがありましたが、この敵は氷女なのですね。殺戮などさせません。私達が相手です!」
ルティア・ノート(ヴァルキュリアのブレイズキャリバー・e28501)が、その華奢で優雅な肢体にはそぐわぬ巨剣――紅壱式-H.STear M.P-を大上段に振りかぶった。
「コード申請。使用許可受諾。……不滅の刃、受けてみなさい!」
不滅の聖剣の権能を宿した紅壱式-H.STear M.P-をルティアは振り下ろした。
唸りをあげた一撃。氷女が腕を交差させて受け止めた。解放された衝撃に、氷女の足元の地が陥没した。
ビキリッ。
異音がした。氷女の左足首にさらに亀裂がはしった音だ。
ギラッ。
自らの状態が気にならないのか、氷女の目が光った。いつの間にか口が尖っている。
氷嵐。
そうルティアが思った時、胸に激痛がはしった。氷の弾丸が撃ち込まれたのだ。着弾の衝撃にルティアが吹き飛ばされる。
その身体を追って氷女の腕が繊手がのびた。すると無数の弾丸が氷女の機体ではね、さらには地を穿った。ライドキャリバーのガトリング砲だ。氷女の手がとまった。
●
吹雪が吹き荒れ、炎が渦巻いた。衝撃で木々は打ち倒され、地は抉れている。
と、またもや氷嵐が吹き荒れた。
「攻撃をしたいところなんだけれど」
英賀はごちた。が、治癒の手をとめるわけにはいかない。
英賀は薬液の雨を前に立って戦う仲間の頭上から降らせた。慈雨にうたれたようにケルベロスたちの凍傷が癒されていく。
次の瞬間、ウォーグが襲った。竜騎の御旗・聖棍形態の一撃を放つ。さらにリィンが炎をまとった蹴りを叩き込んだ。
よろめく氷女。が、その繊手が放った氷弾がウォーグを撃ち抜く。いや――。
撃ち抜いたのはメルゥガであった。ウォーグを庇ったのである。
「ふん! 氷女とかニヴルヘイムの生まれという訳であるまいに」
身を旋転させたコクマが巨刃をぶち込んだ。身を折る氷女の背が稲妻状に裂ける。ふわりの仕業だ。黒血にまみれたナイフを手に、ふわりは可愛らしく舌なめずりした。
と、振り向きざま氷女がまたもや氷弾を放った。撃ち抜かれたふわりが吹き飛ぶ。
「やってくれますね。炎、収束。受けてください!」
地獄の炎をまとわせた巨剣をルティアが薙ぎ下ろした。はしる炎は二条。下方から炎蹴をユーディットが放ったからだ。激しい動きのために劣化していた股間部分のフィルムスーツが破れ、濡れた秘唇がぱっくりと開いているのが露わとなっているのだが、この時のユーディットが気づくよしもない。
炎にまかれて氷女がよろめいた。
「熱いでしょう。それが私たちの想いです」
声は氷女の頭上からした。はじかれたように顔を上げた氷女は舞い降りてくる飛龍のごとき影を見た。ウォーグだ。
猛禽のようにウォーグは襲った。全体重をのせた竜騎の御旗・聖斧形態を叩き込む。
ぎいぃぃぃ。
氷女が哭いた。それは悲鳴であったろうか。それとも内部の機械構造が爆ぜる音であったろうか。
「それにしても、製氷機がこうなるなんて……とんだ魔改造ねえ。おばちゃんびっくりだわ」
おどけたようにユーシスがいった。その表情がすぐに引き締まる。詠唱したのは竜語であった。
地を割って現れたのはドラゴンだ。それは不死たるものを稲妻で灼いて天に駆け上がった。さしもの氷女も機能が一時的にダウンする。
「氷女さん、綺麗なのー……♪」
動かぬ氷女をふわりが抱きしめた。いつの間に接近したのかわからない。魔術のような現出ぶりであった。
「ふふふ」
欲情に濡れた唇を、ふわりは氷女のそれに重ねた。舌を差し込んで口腔内を舐め回しながら、その手はしかし氷女の股間にのびている。
「ふふふ。ここはふわりと同じなのー」
凶器と化したふわりの指が氷女の凍てついた秘肉を貫いた。
「いいるううう」
苦悶するように氷女が動いた。ふわりを抱きしめる。凍りつきながら、しかしふわりは嬉しそうにキスを返した。愛に狂った魔女のように。
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手折った花を捨てるように氷女はふわりを放した。太ももが黒血のようなオイルに濡れている。
「もはや生娘ではなくなったか。哀れだが、これも戦い。貴様の冷気とワシと我がペンギンロボ軍団の炎…どちらが勝つか試してみるのも面白かろうよ!」
コクマが叫んだ。
刹那である。五つの小さな影が動いた。それはペンギンのロボットである。
二体による銃撃での制圧、二体によるワイヤー拘束の後の電撃とミサイル。これらの攻撃をほぼ同時にペンギンは行うのだ。避け切れるものではない。
ギンッ。
氷女の背から紫電のからみついた槍の穂先が現れた。最後の一体の攻撃だ。
轟。
氷女が爆炎に包まれた。ペンギンロボが爆発したのである。ついに氷女の左足首が砕け散った。
「やったぞ」
コクマとペンギンロボが勝利の凱歌をあげる。
その様子を、じっとルティアは見つめていた。碧眼と地獄の炎が吹き出す左目で。否――。
ルティアの全身を地獄の炎が覆っている。地獄化した精神から溢れ出す業火であった。
「光翼、オーバーロード。いきます!」
ルティアが広げた光翼が目も眩むほど輝いた。暴走したのだ。
次の瞬間、自身の肉体そのものを光粒子と変えてルティアは飛んだ。光流がすぎた後、吹き飛ばされた氷女が地を転がっている。
「氷の魔女相手なら、やっぱり炎で対抗したくなるわよね」
まだ倒れた状態の氷女に、不敵にユーシスは笑いかけた。
「あなたのその氷、燃え盛る炎で……どんどん溶かしちゃうわよ?」
ユーシスは魔導書を開いた。一語一語が複雑な響きをおびた竜語詠唱。解き放たれたのは幻影竜だ。強大な竜の焔が氷女を直撃すると見えたが、焔は爆ぜる勢いで噴出した凍える嵐に相殺された。が――。
「君はどこまで細かくすればかき氷になる?」
灼熱の焔と凍てる氷嵐、両者の激突で一気に世界を染めあげた銀灰色の水煙を突き抜け、口の端の鎌のようにつりあげた英賀が氷女に迫った。
光の乱舞。英賀の手のナイフが舞っているのだ。ほとんど無意識の行動であるが、ナイフは的確に氷女の急所の一つ、機関部を貫いている。
「ぬっ」
呻いたのは英賀だ。彼の腕を氷女が掴んだからだ。氷女の口が口づけを求めるかのように尖った。ニィと笑ったように見えたのは錯覚であろうか。
「させん。砕けろ!」
ユーディットの身に装備された砲台が火を噴いた。熱弾が炸裂、傷を負っていた氷女の腕が爆裂した。舞い散る氷にも似た機体片は妖しく美しく。
吹く爆煙が流れ去った後、氷女の眼前にうっそりと佇む美影があった。その手が引っさげているのは二振りのゾディアックソードである。
一振りは蟹の鋏を思わす二枚刃であった。そして、もう一振りは蟹座が刻まれた大型剣である。
「全てを凍らせるその力で、私達の意思も凍てつけるとでも?」
憎悪に冷たく光る目でリィンは氷女を見つめた。
「生憎、地獄の番犬の意思はそんなにやわじゃないんでね」
燃えたぎる炎をまとわせたリィンの二剣が閃いた。
空を灼く炎の乱舞。氷女すら視認不可能なリィンの連撃である。
「欠片遺さず此処で焼け堕ちるといい!」
空間に紅蓮の亀裂を刻みつつ、リィンは袈裟に氷女を斬り下ろした。
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「ああっ」
戦いが終わり、ようやく自身の様子に気づいたユーディットは慌ててしゃがみこんだ。
苦笑するユーシスは周囲の修復を始めた。コクマとふわりは氷女の欠片の回収だ。
「寂しくはない。貴様の仲間はいるぞ。埋葬されているがメイドに鮫とかな」
「氷女さんはふわりのものなのー」
コクマの手から氷女の欠片を奪うと、普段からは考えられぬ速さでふらりが逃げ去った。
「回収もいいが」
リィンは香蓮の言葉を思い出し、背筋に冷たい汗を伝い落とさせていた。
此処での惨劇は阻止できたものの、それで戦いが終わったわけではない。もしかすると、今この時も惨劇が繰り広げられているかもしれないのだ。
「不法に投棄された家電製品か。その数だけダモクレスが生み出される……。ダモクレスとの戦いも、終わりが見えないな」
鉛のように重いユーディットの声が、まだ夏の煌きをにじませた陽光に溶けて、消えた。
作者:紫村雪乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年9月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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