●事件
暗いアパートの一室で、女性がひざを抱えて深いため息をついた。
「今日もうまくできなかった。わたしが、彼の前でうまくできないから、蹴られる。わたしが、彼をイラつかせたりするから、殴られるんだ」
そう呟いて、うつろな目を窓の外に向ける。
(「もう、消えてしまいたい」)
女性の瞳から一筋の涙が流れた。
その時部屋の扉が開き、白い鎧兜を身につけた女性と黒い羽を生やした女性が現れたのだ。
「え、え? 誰?」
女性は混乱した様子で現れた者たちを見上げる。
その女性の足元に、縛り上げられた男が転がされた。
「あ、り……りおう君?」
女性は足元に転がった見慣れた男に目をやる。先ほどまで自分を殴り蹴りつけていた男が、情けない姿で縛り上げられ気絶していた。
「あなたがエインヘリアルとなれば、この男に復讐して殺す事ができるでしょう」
白い鎧兜を身につけた女が女性に声をかける。
「復讐」
「貴方は充分頑張っている。しかしそれを認めず、貴方だけに努力を強要し、どんなに努力しても難癖をつけて暴力を振るう男。レシートを二つ折りにしたことが下品なのか? 男の名前をレストランで呼んだ事が悪いことだと? そんな些細なことでも貴方に暴力を振るう、貴方を理不尽に傷つける、この男こそ殺されるべきでは?」
「それは……」
女性は少しの間考えて、女性騎士を見上げた。
「お願いします」
同意の返事をした瞬間、黒い翼のシャイターンが優しく女性の命を奪った。
女性は長い髪のエインヘリアルと化し、白い鎧兜を身につけた騎士風のエインヘリアルの隣に立つ。白い鎧兜のエインヘリアルと比べ小柄な外見をしているが、次の動作に迷いは無かった。
「この男、りおう君こそ、殺されるべきなんだわ」
そう言って躊躇無く武器を振り下ろし、男の命を奪った。
●依頼
「シャイターンの選定により、エインヘリアルが生み出される事件が発生します」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、そう言って説明を始めた。
シャイターンは、不幸な女性の前に現れて、その不幸の原因だった男性を殺す事と引き換えに、エインヘリアルとなる事を受け入れさせようとしているとのことだ。
この取引に答えて女性がエインヘリアルとなると、男性を殺してグラビティ・チェインを略奪してしまう。
「皆さんには、今回狙われた女性の部屋へ急行していただいて、選定を行うシャイターンと護衛のエインヘリアルの2体を撃破し、できるならば新たなエインヘリアルが生まれるのを阻止してほしいのです」
セリカはそう言って、詳細について話し始めた。
「現場には、シャイターンと被害者の『りおう』と言う名前の男性、導かれている女性の他、護衛として白い鎧兜の騎士風のエインヘリアルが1体付き添っています」
珍しい女性型のエインヘリアルで、戦闘力は高くないようだが油断はできない。
「今回は、導かれる女性がエインヘリアルとなる事を受け入れる直前に現場に突入する事ができます」
女性は目の前の男性への憎しみなどから、エインヘリアルになる事を受け入れてしまう。しかし、もしケルベロスの説得が成功すれば、女性は導きを拒否し、エインヘリアル化を防ぐ事が出来るだろう。
エインヘリアルとならなかった場合も、敵が女性を攻撃する事は無い。したがって説得に成功した場合は、2体のデウスエクスと戦って撃破できれば作戦は成功となる。
なお、説得が失敗した場合には、女性はエインヘリアルとなってしまう。
「エインヘリアル化した女性は、まずは男性を殺そうとします。もし説得が失敗しそうならば、男性を戦闘範囲外に逃がす必要があるかもしれませんね」
女性がエインヘリアル化すると、白い鎧兜のエインヘリアルとシャイターンは、彼女を撤退させて、ケルベロスと戦う。エインヘリアル化した女性は、戦闘には参加せずに撤退しようとするだろう。
もし撤退しようとする女性エインヘリアルを撃破するのなら、何か作戦が必要とのことだ。
「女性の説得は、とても難しいものになると思います。それに、女性がエインヘリアル化した場合は、気絶した男性を助けることも簡単にはできないでしょう」
セリカは少しだけ難しい顔をして、それでもとケルベロスたちを見て、説明を終えた。
参加者 | |
---|---|
大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752) |
キサナ・ドゥ(カースシンガー・e01283) |
アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207) |
エヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ(真白なる福音・e07785) |
リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197) |
エージュ・ワードゥック(もちぷよ・e24307) |
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615) |
ニコ・モートン(イルミネイト・e46175) |
●突入前
「人の心の弱みに付け込むクソヤロウどもめ。きっちり地獄に送ってやるよ……!」
話を聞いてキサナ・ドゥ(カースシンガー・e01283)が両の拳をガツリと合わせた。
隣で、リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)も眉をひそめている。もちろん、DV加害者の男への憤りもある。そして、被害者女性の不幸すら利用する「絶対悪」たるシャイターンへの怒りはそれ以上だ。
相手を思うあまり自分の思い通りにさせたいという気持ちが、このような行為をしてしまうものなのだろうかとニコ・モートン(イルミネイト・e46175)は思う。
「ただ、もしかしたらその男性は、自分の都合のいいようにしたいが為に暴力という行為をしていたのかもしれないですね」
考えながら、ニコが呟いた。
その言葉を聞いて、DVは慢性の呪詛として、相手を蝕みつつも依存させるように働くものとアウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)は考える。
(「仮に説得が通じたとして、真の意味で彼女を助けられるのかと考えると恐ろしい事です」)
と、心の中で思い、思わず両腕を抱え込んだ。
「どうかしましたか、アウラ?」
大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)がアウラの様子を見る。
アウラは静かに首を横に振った。
「そうですね。いかに万死に値する人間がいるのだとしても、人の罪は人の法で裁かれねばなりません……」
「はい」
アウラの言葉に、秋櫻が頷く。
その表情は変わりないが、件の男については密かに怒りすら覚えている。正義の味方である秋櫻は、女性を守りたいと願っていた。
「そろそろアパートだよー」
エージュ・ワードゥック(もちぷよ・e24307)が仲間たちに声をかけた。
「流れは分かっている。行こうか」
答えたのはエヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ(真白なる福音・e07785)だ。
「ええ、速やかに女性と男性の間に割り込み、女性が凶行に及ばないように、ね」
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)が言うと、ケルベロスたちがそれに答えるように頷きあう。
ガートルードは思うのだ。
特別な関係だから、他人にはみせられない弱さや感情をみせてしまうのは、ある意味、信頼があってこそ。しかし、その弱さや鬱憤を暴力として相手にぶつけるのは許せないと。
それぞれの思いを胸に秘め、ケルベロスたちは現場に向かって走り出した。
●突入と説得
アパートに突入すると、今まさに女性が返事をするところであった。
白い鎧兜を身につけた騎士風のエインヘリアル、黒い羽を生やしたシャイターン、何かを決意したかのような幸薄げな女性。そして、彼女たちの足元に転がる気絶した男。
「貴様たちはッ!!」
エインヘリアルとシャイターンが身構える。
そんな敵と彼女の間に、リューディガーが割り込んでいった。
「こいつのために君が手を汚す必要はない」
そう言いながら、女性を背に庇うように位置を取る。
「何ですか? わ、わたしは、もう決めたんです」
「よく頑張りましたね。でももう頑張らなくても良いのです」
そばに寄り、秋櫻が女性の手を取った。
「貴女は素敵な女性でもっと幸せになるべきです」
「そ、そんなこと急に言われても」
戸惑いの表情を浮かべる女性。そこに、アウラが駆け寄った。
「お聞かせ下さい……貴女はこの男を殺して、どうしたいのでしょうか?」
「そ、それは。わたしが、死ぬのはおかしいって思って。りおう君こそ、殺されるべきって。だって、わたしは、もう苦しいの。酷い男を殺すしかないの」
女性の返答を聞いて、アウラはゆっくりと語りかける。
「殺せば、貴女が最初に殺した男、という記憶が永遠に付き纏い続けます」
「そ……」
女性が言葉に詰まり白い鎧兜のエインヘリアルを見た。
「そこのデウスエクスは決して、お前の苦しみを理解していない、一欠片の共感すら持ってないぜ」
すかさずキサナが口を開く。
状況は芳しくないとキサナは感じている。静観することが正解とまでは思わないけれど、転がっている男に下手に手を出して刺激するのもどうかと思われる。
女性が仲間の説得に耳を貸していることもあり、自分は自分のできることを考えて話し始めた。
「むしろこれ幸いと、お前をカタにハメて弄んでるだけだ」
「そんなこと」
「……自由を望むなら、まずそいつらから自由になれ。檻から出た先がまた檻なんて、冗談にもならねえだろ?」
それを聞いて、女性は黙り込んでしまう。話を聞いてくれてはいるが、まだ心を動かすまでには至っていないようだ。
「あのー、ここでおねーさんが無念を晴らすために誘いに乗って、人間捨てちゃうのはもったいないんじゃないかなあ?」
続けてエージュが別の切り口から説得を始めた。
「お父さんお母さんと過ごしたり、友達と遊んだり、これからできる幸せだっていっぱいあるじゃない?」
美味しい食事をしたり、好きな音楽を楽しんだり、他にももっとたくさん楽しい事だってあるだろう。
エヴァンジェリンもそうだと頷いた。
「その通りだな。こんな男の風下にも置けないような下衆野郎のせいでこれからある幸せを捨てる事はないんじゃないか?」
「でも、わたしは」
「エインヘリアルになってしまえば、お前が理不尽に暴力を振るう側になるんだぞ。それでいいのか?」
「こんな男を殺して自分の価値を下る必要はありません。大丈夫、貴女を好いて良くしてくれる方はこの男だけじゃありません」
エヴァンジェリンに続けて、秋櫻もそう言う。
気絶して転がっている男のために、手を汚す必要などないのだと言うこと。そして、他にも幸せになるような出来事があるのならそちらに目を向けるということ。また、ニコも説得に加わり、人を殺めることの是非を語った。
女性はしばらく考え、顔を上げた。
「でも、他の人がわたしを好きになってくれる保障なんて、ないわ。ただ、わたしの目の前にはりおう君が居て、確実に殺せるのなら……」
表情には揺らぎが見えなかった。どうやら、死にたいとさえ思っていた女性には、あまり届かない内容のようだ。その様子を見ていた白い鎧兜のエインヘリアルが前に出てくる。
ケルベロスたちはその動きを見て、いつでも戦えるように体勢を整えた。
●具体的な案
敵の動きを気にしながらも、ガートルードが女性に声をかけた。
「殺してしまってはそれ以上の復讐はできません」
「それ以上?」
「……殺すよりも、その男の本性を白日の下に晒し、すべてを奪うことで復讐として、貴女のような被害者を減らす抑止のため、愚行に対する報いとして、見せしめにする方が実があるのでは」
また少し女性が動きを止める。話の内容に、少し興味を持ったようだ。
「でも、そんなこと、できるの? 今までだって、ずっと辛かった。でも、復讐なんて無理だったわ」
「一人で悩まず、誰かに相談する……。今貴方に出来る事はこの人に然るべき裁きを受けさせる事ではないですか?」
ニコは言った。
まずは誰かに相談すること。役所を訪れてもいいし、インターネットを使っても良い。もちろん、ケルベロスである自分たちを頼ってもいいのだと力説する。
「そんなこと、急に言われても。どうやっていいのか分からないし」
「そうだな。医師の診断書があれば、恒常的に暴力を受けた証拠になる」
女性の様子を見ながら、リューディガーが優しく話し始めた。敵から女性を守りつつ、話すタイミングを見計らっていたようだ。
「起訴して刑務所にぶち込むことも、保護命令を出して遠ざけることも出来る」
「起訴って、そこまでのことができるの?」
「もちろんだ。そのための、医師の診断書だな。彼を罰するのは警察そして司法の仕事だ」
元警察官というリューディガーの具合的な言葉に、女性が耳を傾ける。
裁きはあくまで人間の手で、と言う意見にエヴァンジェリンも賛成した。
「この男は、全て済んだらまず警察に突き出せばいいだろう。それで、あんたの保護だが」
「わたし?」
「そうだな。支援団体の援助も検討してみたら良いだろうな。関係機関への連絡なども手を貸そう」
リューディガーが頷く。
恒常的に行われている暴力の照明をする証拠、警察への通報やその後の女性の生活のことなど、かなり具体的に道を示すことができたようだ。
「しかるべき場所で、ちゃんと決着をつけるんだよねー」
エージュがそう言うと、女性はぐっと拳を握り締めた。だが、その表情は何かを吹っ切れたように静かなものになっていた。
「まずは、証拠よね。わたし、病院へ行ってみます」
「ええ、それが良いわね。彼には大人としての責任として、報いを受けてもらいましょう」
ガートルードの言葉に、女性がしっかりと頷く。
「良かった。それは、殺すよりもよほど良い形です」
ほっとニコが胸をなでおろした。
どうやら女性の説得に成功したようだ。ケルベロスたちは、納得した女性を庇いながら、頷きあった。
●そして、戦い
エインヘリアルとシャイターンが揃って武器を構える。
それはケルベロスたちも同様で、女性がシャイターンの導きを拒否した瞬間、その場は戦場と化した。
ケルベロスたちはメディックであるシャイターンの最優先撃破を目指し、攻撃を集中させる。
「敵性体確認。躯体番号SRXK-777、スーパージャスティ参上。リミッター解除。戦闘モードへ移行」
マントを翻し、秋櫻が敵に向かってフォートレスキャノンを放った。続けてキサナの神々を殺す漆黒の巨大矢とアウラの物質の時間を凍結する弾丸がシャイターンの身体を貫く。
「さぁ、いこうか……」
自分を奮い立たせるように呟いたエヴァンジェリンも、アームドフォートの主砲を一斉発射し、シャイターンを吹き飛ばした。
畳み掛けるようにエージュがハンマーを砲撃形態に変形させ準備する。
「エージュばずーか!」
撃ち出した竜砲弾が敵に命中した。
「よくも邪魔をしてくれたな」
そう言って、ケルベロスとシャイターンの間に、エインヘリアルが飛び込んでくる。
重い斬撃がアウラに襲い掛かってきた。
それを秋櫻が庇う。
「私の背に回ってください」
「ありがとうございます」
アウラが礼を言う。しかし、続けてシャイターンが灼熱の炎塊を手のひらの上に作り出した。
それを見て、ガートルードが動く。
「これ以上誰かが傷付く位なら……存分にみせてやる。この異形の姿を! 恐れ戦け! お前に……明日はない!」
走りながら、ワイルド化された左手の指を巨大な爪状に変化させ、振り下ろす。
敵が散っていくように連撃を重ね、仲間と敵の距離を開けさせた。案の定、攻撃を受けたシャイターンは、後方にステップして逃げてから自身を回復したようだ。
「今のうちに回復しましょう」
そう言って、ニコは秋櫻に走り寄り、治癒した。
敵が再び走り出す。その時、リューディガーが大きな声を上げた。
「目標捕捉……動くな!」
同時に威嚇射撃をし、敵を足止めする。
ケルベロスたちは、更に攻撃を集中させシャイターンを撃破した。
どうやら、敵は女性を狙ってこないようだ。そして、気絶して転がっている男については「戦闘域外にでも転がして置けばいいだろう」と言ったエヴァンジェリンの意見が採用されることとなり、戦場外へと転がされた。
これで、心置きなく戦えるはずだ。
ケルベロスたちは、続けてエインヘリアルに攻撃を叩き込んだ。
「一折り、また一折り、重くなる私の淀み書き連ね――ひとおり、まだひとおり……いつか、穢れに凝っても打ち明けるその日まで」
キサナがカース・ソングを歌い上げる。
女性に呼びかけ、サビの部分では一緒に叫ぶようにも言ってみた。
叫ぶことができたら、多少は気持ちも晴れるだろうとのこと。
ケルベロスたちは、敵の攻撃から庇い合い、回復しあいながら戦いを続けた。回復のいない敵を徐々に追い詰めている感覚がある。
「あと一息だ」
皆を鼓舞するようにリューディガーが叫ぶ。
攻撃の手のある仲間が、一斉にグラビティを叩き込んだ。
最後にエヴァンジェリンが魔力で編まれた極大の光刃を上段に構え、勢いよくなぎ払う。
「我が魂を刃と為し、万物悉く薙ぎ払え!」
エインヘリアルの身体が光に消えていった。
敵が消え、ケルベロスたちは女性をねぎらい、男を確保する。
通報や関係機関の連絡など、細々した用事も片付けつつ、彼らは事件を終えた。
作者:陵かなめ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年9月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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