狂宴再廻

作者:朱乃天

 夜の帳が下りた藍色の空に薄く掛かった紗の隙間から、淡い月明かりが漏れて地上に降り注ぐ。
 天蓋から零れた光の雫に照らされるのは、山の麓にある人気のない神社。
 静謐なる空気に包まれた地に、不気味に浮かぶ三つの魚影がそこにある。
 ゆらゆらと、虚空を泳ぐ冥府の世界の使徒達が、青い光を発して描く魔法陣。
 まばゆい光を放つ円の中心に、何かが脈打つように蠢いた。それは野獣のように獰猛な、髭面の凶悪めいた巨躯の無頼漢。
 その者は、この地でケルベロスが倒したエインヘリアル『赤髭』の成れの果て。彼の魂は死神達に召喚されて蘇り、異形の魔獣と化してこの世に再び舞い戻る。
 屈強そうな筋骨隆々とした肉体に、刻み込まれた無数の傷の痕。髭に隠れている口から、獰猛な牙が乱雑に生え、腕には男の得物である巨大な血染めの斧が握られている。
 そして瞳のない、虚ろな眼窩のその奥に、赤い狂気と殺意の火が灯る。
「ガアアアァァァッッ……! コロ、ス……コロスコロスコロスッッ……!!」
 怒りに満ちた咆哮が、闇夜の中に轟き響く。更に傷痕からは炎が噴き上がり、体毛のように男の体躯を包み込む。
 そこへこの空間内に漂う死の香を嗅ぎ付けたのか、空から何者かが落下して、土煙を巻き上げながら地面に着地する。
「こいつは妙な所に出くわしちまったモンだ。まあそっちの方が楽しめそうだがな」
 新たに出現したのは、黒い着流し姿の侠客風の伊達男。
 この地に降り立ったもう一体の罪人エインヘリアルは、口角を吊り上げながら舌舐めずりをして、明かりの灯る街の方へと目を向けた――。

 ここに来て死神達が活発な動きを見せている。
 嘗てケルベロスが討ち倒した罪人エインヘリアルを、蘇らせて変異強化させ、回収しようとする事件が相次いでいる。
「今回起きる事件も正にそれなんだ。しかも今回は、新たにもう一体の罪人エインヘリアルが、地上に解放されてその現場に出現してしまうんだ」
 予知した事件を語る玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)の口調は、いつにも増して真剣味を帯びる。
 この二体が同時に現れるのは、おそらくそう仕向けられているのだろう。
 エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)が危惧したように、死神による罪人エインヘリアルのサルベージを援護する為に、エインヘリアル側が援軍を送り込んだと考えるのが妥当のようだ。
 このサルベージされた罪人エインヘリアルは、出現してから7分後には死神達に回収されてしまうので、もし可能なら、それより前に撃破するのが望ましい。
 片やもう一体のエインヘリアルは、取り逃してしまうと一般人に被害が及ぶことになる。
 事前の戦闘区域外への避難誘導は、相手が違う地域に場所を移してしまう為、予知した事件を阻止できなくなってしまう。従って、被害を食い止めるには増援のエインヘリアルを仕留める以外に手段はない。
 二体のエインヘリアルとの戦闘は、厳しい戦いとなるのは間違いない。故にこちらも万全の対策を練って臨まなければならないと、シュリは念押ししながら説明し続ける。
「今回戦う敵は以前倒した赤髭と、新たに送り込まれた『黒夜叉』と名乗るエインヘリアルの二体だよ。後は怪魚型死神が三体いるけれど、こっちはそれほど強くはないみたいだね」
 敵が出現するのは、赤髭が倒された神社の境内だ。赤髭は変異強化で理性を失っており、斧を振り回してひたすら力任せに攻めてくる。
 それに対して黒夜叉は、漆黒の槍を得物とし、素早い動きで相手を翻弄するかのような戦い方をしてくるようである。
 敵を二体とも撃破できれば最良ではあるが、戦力的に両者を纏めて仕留めるのは非常に困難だ。だから今回は、どちらか一体のみを倒してくれたらそれで良い。
 回収を見逃してしまえば、死神の手駒が増えてしまう。かと言って、一般人が犠牲になることは、到底許せるべきものではない。
 今後のことも考えて、どちらを優先するか、その判断は全て任せるから、と。シュリはそう付け加え、ひと通りの説明を終えてケルベロス達の顔を見る。
 彼等なら、今回もこの難局を乗り越えて、きっと良い結果を導き出してくれるだろう。
 番犬達に抱く信頼感は揺るぎなく。後はよろしく頼んだからね、とだけ言って、出撃の準備に取り掛かるのだった。


参加者
アルフレッド・バークリー(エターナルウィッシュ・e00148)
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)
神楽火・皇士朗(破天快刀・e00777)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
ステイン・カツオ(砕拳・e04948)
除・神月(猛拳・e16846)
クラリス・レミントン(暁待人・e35454)
鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)

■リプレイ


 人気のない、夜の神社で暗躍するデウスエクス達。
 これからこの地で呼び起こそうとする災厄を、デウスエクス達の目論見を打破すべく――八人のケルベロス達が現場に駆け付け、二体のエインヘリアルと対峙する。
「良い“夢”は見れましたか? お目覚めのところ申し訳ありませんが……今回もまた派手なお祭りになりそうですね」
 いかにも凶悪そうな巨漢二体を目にしても、鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)は表情一つ変えることなく冷静に、メイド服のスカートの裾を抓んで宣戦布告の一礼をする。
「ケルベ、ロス……コロ、ス……コロス、コロスコロスコロスッッ!!」
 死神にサルベージされたエインヘリアル『赤髭』が、ケルベロス達を視界に入れると全身から強い殺意を漲らせ、荒ぶる炎の衣を纏って襲い掛かってくる。
「貴方の相手は――こっちですよ」
 こちらもエミリと同様、メイド姿のステイン・カツオ(砕拳・e04948)が、赤髭の意識を引き付けようと、目にも止まらぬ速さで光の矢を放つ。
 矢は一直線に命中し、赤髭の怒りの矛先は狙い通りにステインへと向けられる。ドワーフのメイド目掛けて、赤髭が血染めの斧を振り下ろす。が――彼女は闘気を鎧のように身に纏い、その一撃を迎え撃つ。
 受け流した鋼の衝撃は、完全には防ぎ切れずに重い痛みが身体に残る。もはやエインヘリアルとすら呼べなくなった怪物は、思った以上に腕力も並外れていると警戒心を強くする。
「やれやれ、死して尚世界に仇を成すか。背後にいるエインヘリアル共々、しかるべき場所へ帰るがいい」
 仮面を被ったエルフの女教祖ことワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)が、あやかしの力宿した扇を揮い、敵を惑わす蠢く幻影を、仲間に付与させ支援する。
「死者は静かに眠るものだよ。今度こそ、おやすみなさい」
 後方からクラリス・レミントン(暁待人・e35454)が軽やかな身のこなしで跳躍し、速度を増して重力載せた蹴りを赤髭狙って炸裂させる。
「もう一度、鎮めましょうか――諸共に」
 チャイナドレスに身を包んだ松永・桃李(紅孔雀・e04056)が、男性とは思えぬ色香を漂わせつつ、振るう刃は雷纏い、繰り出す突きは赤髭の脾腹を裂いて鋭く抉る。
 ケルベロス達が立てた作戦は、まず赤髭を死神達に回収される前に撃破する。その後に残った一体も、倒して完全勝利を目指すというものだ。
 戦力的にも、両者を仕留めるのは非常に困難と、彼等は事前に聞いていた。それでも敢えて苦難の道に挑むのは、悪を決して見逃せない、地獄の番犬としての矜持だろうか。
「邪魔なモンはお互い捨てちまおーぜ! 丸裸にしてやんヨ!」
 戦闘狂のウェアライダー、除・神月(猛拳・e16846)が獰猛な餓えた獣のように赤髭狙って飛び掛かる。
 滲み出る漆黒の殺意を両手に纏い、赤髭の体躯を掴んで指を食い込ませ、その身を包む炎の衣を剥ぎ取るように引き千切る。
 ケルベロス達は赤髭撃破を優先し、攻撃を重ねていこうとするのだが。彼等の相手は一体だけではない。
 赤髭ともう一体のエインヘリアル『黒夜叉』が、それぞれの得物を駆使して番犬達を押し戻す。そこへ三体の死神達の怨霊弾が浴びせられ、ケルベロス達の生命力を蝕んでいく。
「我が剣は地獄の牙。蘇ったというならもう一度叩き落してやるまでだ」
 神楽火・皇士朗(破天快刀・e00777)が掌を天に向かって掲げると、虚空に無数の剣を召喚し、死神達に刃の雨が降り注ぐ。
「二人諸共に、黄泉へと落ちてもらいますよ。覚悟っ!」
 アルフレッド・バークリー(エターナルウィッシュ・e00148)の顔から平時の柔和な笑みが消え、気を引き締めながら魔力を集中。精霊魔法の力によって氷の精を呼び、周囲に吹雪が吹き荒れ死神達の攻め手を阻む。
「治療は私に任せて下さい。皆さんは赤髭の方に専念を」
 回復役のエミリが癒しの力を行使する。彼女の身体から、淡く輝く光の粒子が拡散し、傷を癒すと同時に仲間の闘争心を研ぎ澄ます。
 最初の7分間で可能な限り集中攻撃をする。ケルベロス達は火力重視の作戦で、最終的に二体を仕留めようとする算段でいた――しかしこの時にはまだ気付いていなかった。
 その7分間という時間の枷が、彼等の判断力を狂わせてしまっていることに――。


 上空には死神達が描いた魔法陣が浮かび上がっている。7分経過と共に仕掛けが発動し、赤髭が回収されていくことになる。
 ケルベロス達は時間を計る為、事前にタイマーをセットしていた。1回目の総攻撃を仕掛けるタイミング、4分に差し掛かった時に合図のアラームが鳴り響く。
 番犬達にとってはこれが最初の勝負の分かれ目だ。ところが事態は、彼等の思いもよらぬ方向に流れが傾いてしまう。
 盾役の一翼を担っていたタルタロン帝に、三体の死神達が一斉に牙を剥いて喰らい付く。そこへ続いて黒夜叉が、上から槍を突き立て串刺しにする。
 一瞬、タルタロン帝の手足が痙攣したかと思えばすぐに動かなくなり、槍を引き抜くと、負傷が限界を超えたシャーマンズゴーストは、幻のように消滅してしまう。
「俺をナメてもらっちゃ困るなァ。何なら、今すぐ人間共を殺しに行ってもいいんだぜ?」
 ケルベロス達は赤髭打倒に集中する余り、黒夜叉には人員を割かなかったことで彼への注意が薄らいでいた。これでは戦い甲斐がなくて興醒めだとでも言いたげに、黒夜叉はケルベロス達を煽って焦らせようとする。
「……戯言を。貴殿も後で倒してやるから、大人しく待っておれ」
 従者を倒され、ワルゼロムに憤怒の心が沸き起こる。だが今は、目的を果たす方が優先だと落ち着かせ、怒りを込めた闘気の手刀は、当初の作戦通りに赤髭の巨体を斬りつける。
「少し相手の力を見誤っていましたか……。ですがどうにか耐えてみせましょう」
 ステインの脳裏を過る一抹の不安。エインヘリアル二体を相手に、自分の身体がどこまで持つか――それでもやるしかないと、ステインは腹を括って覚悟を決めて。渦巻く力が冷気を帯びて、凍て付く氷の螺旋を撃ち放つ。
「全身バラバラに斬り落としてあげる!」
 月の光に照らされて、クラリスの桃色の瞳が彩度を増して煌いて。敵の姿を瞳の中に映して見据え、二本のナイフを携えながら小型の肉食獣のように疾走し、閃く剣舞は鮮やかに、緋色の軌跡を描いて斬り刻む。
 押し寄せる番犬達の猛攻を、赤髭は振り払おうと豪快に斧を薙ぐ。仲間が受けた負傷は、エミリがすかさず治癒するが。死神達の攻撃までも合わせると、回復役が彼女一人だけでは追い付かず、徐々に疲労の色が濃くなっていく。
「この調子では、果たしてどこまで保てるか……」
「心配すんナ、あたし達が負けるなんてありえねーからナ!」
 神月が気丈に振る舞い己を鼓舞し、降魔の力を拳に乗せて相手の生命力を啜り喰らう。
「宵の宴も貴方の生も、疾うに終わったのよ。二度と覚めぬよう、お休みなさい」
 桃李は内に宿した地獄の炎を放出し、命を吸い込む炎の弾を撃ち込むことで、自身を癒す糧とする。
「今は目の前の敵を討滅するのみです」
 二人に次いで、アルフレッドもアームドフォートのビーム砲で援護射撃する。
 多少は力が削がれても、攻撃の手だけは決して緩めない。完全勝利を目指すケルベロス達の執念に、赤髭は気圧され気味に顔をしかめて後退りする。

 やがて6分目のタイマーのアラームが鳴り、再び総攻撃を仕掛ける時が訪れる――しかし彼等の思惑は、またもや相手に阻まれ崩されてしまう。
 番犬達の気の昂りを本能的に察したか、赤髭はならば回復役を断とうとエミリを狙う。
 斧で地面を叩き割り、大地を裂かんばかりの斬撃が、メイドの少女に迫り来る――その時、そうはさせじと彼女を庇うように割り込んだのは、同じメイド姿のステインだ。
 地を裂く刃の一撃を一身に浴びたステインは、一瞬気を失いそうな程、かなりの打撃を受けたがそれでも気力を振り絞って耐え凌ぐ。
「……殺せるもんならやってみろ。どのみちあんたは……ここで終いだ」
 メイド服が血に塗れるのも厭わずに、赤髭を眼光鋭く睨め付ける。だが立っているのも精一杯の状態で堪える彼女に対し、更なる凶手が襲い掛かる。
「――だから言っただろ? 俺を甘く見るんじゃねぇってな」
 ステインにはその一撃を躱せるだけの力は残っていない。黒夜叉の放った螺旋の突きは、容赦なく、彼女の心窩を深々と穿つ。
 地面に広がる赤い血溜まりに、ステインの小さな身体が崩れ落ちていく。遠退く意識に霞む視界、閉じた瞼は二度と開かれず――その目で結末を見届けることなく力尽きてしまう。
 守りの要の一人が地に倒れ、ケルベロス達に戦慄が走る。これで護り手として残っているのは、ワルゼロムのみ。この状況で総攻撃に出たとして、回復支援を手薄にすれば、被害はより大きくなってしまう。
 火力に重きを置いたケルベロス達の作戦は、赤髭の回収を阻止するだけならおそらく正解だっただろう。ただしそこから先の黒夜叉への対抗策も含めると、長期戦を戦い抜く為の、特に回復面での備えが不足している感は否めない。
 もしもこのまま立て直しを図る間もなく黒夜叉達と戦えば、全てが後手に回ってしまう。強いては、守るべき一般人の命でさえも――。
 不快なまでに嘲り笑う二体のエインヘリアルに、一人の男が意を決したように前に立つ。
 皇士朗が愛用の二本の剣を握り締め、真剣なその眼差しに迷いなく。代わりの護り手としてこの戦いを乗り切る気構えだ。
「例えこの身が折れることになろうとも、おれは人々を守るために戦う!」
 地獄の番犬としての本分は、何よりも、人々の尊い命を守ることにある。例え赤髭を逃すことになってでも、黒夜叉だけは倒しておかなければならない。
 ――ケルベロス達は完全勝利の方針を捨て、態勢の立て直しに時間を費やすことにした。


 赤髭が回収されるまでの残り2分を耐えながら、番犬達は反攻の機を窺う。
「――舞え、『Device-3395x』!」
 アルフレッドが青く透き通った結晶体のドローン部隊を飛来させ、光線乱射で死神の群れを狙い撃つ。そして死神達が怯んだところへ、クラリス、神月、桃李の三人が、追い討ちを掛けて纏めて死神達を撃破する。
「ガアアアァァッッ!!」
 赤髭が力任せに捻じ伏せようと振り翳した斧を、皇士朗が二つの剣を翻して受け止める。その直後、上空の魔法陣が眩く輝き、赤髭は光に包み込まれるように消えて行く。
 回収されていく間際、口角吊り上げニタリと嗤う赤髭に、皇士朗は奥歯を噛み締めながら背を向ける。後は残りの一体だけに専念する為に――。
「……待たせたな。せいぜい貴殿だけは始末させてもらう」
 ワルゼロムが静かに闘志を燃やし、黒夜叉と相対しながら身構える。
「やっとその気になってくれたかよ。二股掛けるより、一途な女の方が俺は好みだぜ」
 飄々と軽口叩く着流し姿の伊達男。これで漸く本気になれると、ワルゼロムを一瞥しながら舌舐めずりをする。
「ほざくがいい――詠唱不要! ワルゼッタァァァビーーーーーム!!」
 ワルゼロムの額に梵字が浮かび、赤く輝き増してレーザービーム(自称)が発射される。
 魔力を凝縮させた光線は、避けようとする黒夜叉の肩を射抜く。が、男は負傷もお構いなしに、返す刃で漆黒の槍を回転させてワルゼロムの腹部を貫き刺した。
「くっ……かはぁっ!?」
 ワルゼロムが血反吐を吐いて蹲る。どうやらここまでか、と黒夜叉の姿を睨視しながら、彼女も遂に倒れ伏してしまう。
「面白れーじゃねーカ。今夜はいい月ダ……楽しんでやろーゼ!」
 月明かりを浴びた神月の、戦闘狂の血が騒ぐ。
 熱く烈しく狂おしく、ひたすら闘争のみに明け暮れて。繰り出す拳が伝える感触に、敵の表情歪むその瞬間、神月は喜々と満足そうに愉悦する。
「ここで貴様を逃がすわけにはいかない――神楽火流、討邪の太刀がひとつ、焔耀斬!」
 皇士朗が構えるは、『鬼哭』と『七哭』、対為す二本の景光の太刀。
 陽の構えから突進し、加速を乗せて放った強烈無比の斬撃は――刃が煌めく軌跡を描き、血飛沫が燃え盛る紅蓮の炎のように舞い上がる。
「幾ら伊達を気取っても、中身は無粋の塊ね」
 桃李が呆れた口調で挑発すれば。黒夜叉は嗜虐的な笑みを浮かべて刃を向ける。
「これ以上はやらせません!」
 もう目の前で、誰かが倒れる姿を見たくない。黒夜叉の狙いを逸らそうと、アルフレッドが果敢に蹴りを見舞わせて、注意を自分の方へと引き付ける。
「ガキが邪魔するんじゃねぇ!」
 余興を妨害された苛立ちからか、黒夜叉の闘気が紫電を帯びて槍に纏い。雷霆一閃、迸る電撃がアルフレッドに撃ち込まれるが――皇士朗が身を挺して盾となり、この窮地の場面を乗り切った。
「いい加減、出直して頂戴――否、貴方も深き眠りの底へ、お逝きなさい」
 童歌を口遊みながら桃李が魔力を練り集め、地獄の炎が激しく渦巻き燃え上がる。
 欠いた想いを埋めたる地獄は龍と成り、焔の籠に囚われたが最後――滾る烈火は心身を焦がし、燃え尽きるまで逃すまいと猛り狂う。
 ケルベロス達は怒涛の波状攻撃で、流れを引き寄せ次第に敵を追い詰める。
 この勝機を逃さぬよう、戦線を支え続けてきたエミリも攻め手に回り、一気呵成に畳み掛けていく。
「凍てつく痛みを、あなたに――」
 黒夜叉に向けて手を翳し、撓やかな仕草で雷の矢を撃てば。敵の知覚を歪曲させて、凍えるような震える痛みをその魂に刻み込む。
 深手を負った黒夜叉が、地面に槍を突き刺し膝を突く。満身創痍の狂人に、最後の止めを刺そうとクラリスが、男の懐目掛けて飛び込んでいく。
「――奏でてあげる。あんたの為の葬送曲と、希望に向かうメロディを!」
 クラリスが指揮者のように片手を振れば、七色に輝く五線譜が、漆黒の空に顕れる。
 プリズムのような光と即興曲の旋律纏い、滑るように駆け抜けて。踊るように叩き込まれる刃の連撃に、黒夜叉は抗う術なく倒れ落ち、二度と起き上がることなく消え散った――。

 戦い終えた戦場に、静かな空気が舞い戻る。
 夜空を仰ぎ見ながらクラリスは、そっと目を伏せ、男を憐れむように心の中で祈る。
 彼の亡骸が、死神達に再び利用されることのないように――。
 戦闘で傷付き倒れていた者達は、仲間の治療によって目を覚ます。
 ステインは事の一部始終を伝え聞き、ふぅっと溜め息吐きながら、煌々と月明かりが照らす空の彼方に目を凝らす。
「……次こそは、必ずこの手で仕留めてみせます」
 死神の傀儡と化したエインヘリアルとの再戦を、待ち侘びながら新たな決意を胸に誓う。
 斯くして宵の宴の幕は下り、平穏な日々の生活は、彼等の活躍によって守られた。
 遠くに見える街の光の、尊い命の灯火は、戦士達の勝利を祝福しているようだった――。

作者:朱乃天 重傷:ステイン・カツオ(砕拳・e04948) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月23日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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