咎人達の狂宴

作者:波多野志郎

 まだ寝苦しさを感じる、そんな夜。ほんの少し前ならば駅前の交差点では、多くの人々が行き交う姿が見られただろう。
 終電も終わった深夜、駅前の上空をソレがいた。体長二メートルほどの浮遊する怪魚が3体、ゆらゆらと上空を泳ぐと青白い発光の軌跡が魔法陣を描き――その異形が姿を現した。
「フ、シュル――」
 ソレの印象は、『人型の蜘蛛』だ。3メートルの巨躯は、驚くほど細い。黒いローブから伸びる手足は、枯れ木のような細さだった。
 かつて、ソレと戦った者なら正体はわかるだろう。かつてこの場所で、ケルベロスと激闘を繰り広げた罪人エインヘリアルだ。
 いや、あるいは知っているからこそわからないかもしれない。手足がより細く、長く、変異強化された罪人エインヘリアルは、かつてよりもおぞましい姿へと変貌していた。
「フシュル」
 罪人エインヘリアルは、不意に視線を上に向ける。その直後、降ってきたモノが地面を砕いた。
「グルアアアアアアアアアアアアアッ!!」
 それは、漆黒の鎧に身を包む3メートルほどの巨漢だ。ズタボロのマントをひるがえし、鎧の巨漢は二本の剣を引き抜いた。
「フシュル――!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
 二つの咆哮が、鳴り響いた。

「死神の活動が、確認されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は厳しい表情で、そう切り出した。死神と言ってもかなり下級の死神で、浮遊する怪魚のような姿をした知性をもたない。怪魚型死神は、ケルベロスが撃破した罪人エインヘリアルを変異強化した上でサルベージ、デスバレスへ持ち帰ろうとしているようだ。
「ここまでは、死神の事件としては珍しくはないのですが……」
 罪人エインヘリアルがサルベージされると同時に、新たな罪人エインヘリアルが出現するのだ。これは、エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)が危惧していた、罪人エインヘリアルのサルベージを援護するエインヘリアルの妨害行動と思われる。
「サルベージされた罪人エインヘリアルは出現の七分後、死神によって回収されます。可能ならば、その前に撃破してください」
 戦場となるのは夜の駅前――交差点の中心だ。
「みなさんが駆けつけた時点で、周囲の避難は行われています。ただ、広範囲の避難を行った場合、グラビティ・チェインを獲得できなくなるため、サルベージする場所や対象が変化して、事件を阻止できなくなります」
 ようするに、戦闘区域外の避難は行われない。ただ、サルベージされた罪人エインヘリアルは、グラビティ・チェインの補給を行わなくても七分後に回収される。問題は、新たに現れた罪人エインヘリアルだ。
「こちらは回収されません。撃破に失敗すれば、かなりの被害が起きるでしょう。加えて、みなさんを目にすれば問答無用で攻撃してくるでしょう」
 ようするに、罪人エインヘリアル二体と、三体の怪魚型死神を相手にしなくてはならないのだ。怪魚型死神自体は脅威ではないが、エインヘリアル達はどちらも強敵だ。
「エインヘリアル二体と深海魚型死神三体、敵は強く苦しい戦況ですがよろしくお願いします」


参加者
烏麦・遊行(花喰らう暁竜・e00709)
小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)
キーリア・スコティニャ(老害童子・e04853)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
ヨル・ヴァルプルギス(グノシエンヌ・e30468)
那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)

■リプレイ


「フシュル――!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
 二つの咆哮が、鳴り響く。二体のエインヘリアルが、狂気のままに暴れようとしている――もはや、悪夢のような光景だ。
「死神も過保護な手を打ってきたようですね」
 空中で泳ぐ怪魚型死神を見上げ、烏麦・遊行(花喰らう暁竜・e00709)が呟く。
「一体のエインヘリアルをサルベージする為に、どんだけコスト掛けてんだよ。単純に弱いヤツを犠牲に強いヤツが生きればいいのか、それともこの復活には何か意味があるってコトか?」
 八崎・伶(放浪酒人・e06365)の疑問に、小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)は小さく首を横に振った。
「死神とエインヘリアルの関係など考えなくてはならないことがありますが、まずは目の前の事を片付けましょうか」
 疑問は、いくつもある。だが、その答えを考える前にしなくてはならない事がある。
「フシュル」
「久しいですね、……なんて、通じやしないか」
 かつて自分が倒したエインヘリアルに、メルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283)はそう語りかける。答えはない、それはメルカダンテ自身も自覚していた。
「死神とエインヘリアルの共闘とは面倒この上ないのじゃが――」
 キーリア・スコティニャ(老害童子・e04853)が身構えた、その瞬間だ。二体の罪人エインヘリアルが、ケルベロス達を敵と認識したのだろう――叩きつけるような殺気が、ケルベロス達を襲った。
「こういう時だけ、仲良しなの!?」
 那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)が思わずツッコミを入れると、小さく款冬・冰(冬の兵士・e42446)が呟いた。
「……くる」
 直後、鎧のエインヘリアルが振るった剣から、黄金の獅子が現れケルベロス達へと飛びかかった。ゾディアックミラージュの一閃が、駅前の交差点で爆音を轟かせる。巻き起こる突風を頬に感じながら、ヨル・ヴァルプルギス(グノシエンヌ・e30468)の人形が囁いた。
「……今のあなたは、『何者』なのかしら?」
 上空、オーラをまとった蜘蛛型のエインヘリアルが音速を超える拳で、襲いかかった。


 ドン! と、蜘蛛型エインヘリアルのハウリングフィストをキーリアが庇い、受け止め――切れない。
「く……!」
 軽々と、キーリアが受け止めた縛霊手ごと宙へと浮かされた。拳の一撃はひたすら速く、そして重い。着地と同時になおも前へ出ようとした蜘蛛型エインヘリアルに、優雨が回り込んでいた。
「させません!」
 体の横回転の勢いを利用した、Hagalazの一閃が蜘蛛型エインヘリアルの胴を切り裂く。ハガラズのルーンが発動した刃の一撃に、蜘蛛型エインヘリアルは後方へ跳んだ。
「今のうちに!」
 優雨がそういうのと同時、ボクスドラゴンのイチイは尻尾を振ってキーリアを属性インストールで回復させる。優雨の声を受けて、伶がヒールドローンを展開させた。
「せっかちすぎんだよ! 一息つかせろ!」
 蜘蛛型エインヘリアルが、後方へ疾走する。その動きを察知しながら、表情を動かさずヨルは爆破スイッチのボタンを押した。
「体勢を立て直すわよ」
 後衛で響く、ヨルのブレイブマインの爆発音。それに続いて、ウイングキャットのケリドウェンが清浄の翼のはばたきで、前衛を回復させた。
「みんなの情熱に一陣の風を! アンスリウムの団扇風!」
 摩琴が、ガンベルトに備え付けられている薬瓶を投げ割る。摩琴のFly High Tailflowers!!(フライハイ・テイルフラワーズ)を吸い込みながら、ボクスドラゴンの焔が、炎のブレスを蜘蛛型エインヘリアルへと叩きつけた。エインヘリアルは、その炎を長い腕で受け止める。
 そして、その間に遊行が手帳の頁を破った。その指先から、頁は蓮の花びらとなって風に舞う。
「術式多重起動。木星の3、水星の2。……救いを齎す愛はいつでもあなたのすぐそばに」
 遊行の離れぬ愛の水芙蓉(ロートゥス・エメ・ラムール・デュ・サリュ)に、蜘蛛型エインヘリアルの動きが一瞬止まる――メルカダンテはタンと舞うように宙を跳び、右の回し蹴りで星型のオーラをシュート、エインヘリアルの頭部へと叩き込んだ。
「無様に踊れ」
「フシュ――!?」
 蜘蛛型エインヘリアルが、踏ん張り切れずに体勢を崩す。その隙を見逃さず、キーリアが叫んだ。
「千罠箱、好機じゃ!」
 蜘蛛型エインヘリアルの足に、ミミックの千罠箱が噛み付く。ガギリ、と千罠箱に深々と牙を突き立てられ足がもつれたエインヘリアルに、キーリアはバスターライフルを構えた。
「……そこ」
「おう!」
 同じくバスターライフルを構えていた冰が、キーリアと同時に引き金を引く! ドドン! と二条のフロストレーザーが、蜘蛛型エインヘリアルを凍てつかせていった。
「フシュ――!!」
 蜘蛛型エインヘリアルが動きを鈍らせたそこに、追うのを阻むように怪魚型死神三体が空中から牙を剥いた。一体一体の攻撃は軽い、だが、今問題なのは――。
「もう一体、来んぞ!」
 伶の警告と同時、漆黒の鎧が疾走。鎧のエインヘリアルが、天地揺るがす超重力の十字斬りを放った。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「警告――迎撃用意」
 冰の言葉に続き、蜘蛛型エインヘリアルのオーラの砲弾が炸裂。鈍い爆発音が、夜の街に響き渡った。


(「手数の問題ですか、これは」)
 遊行は、戦況を分析する。敵がエインヘリアル一体であれば、これほど苦戦はしなかったはずだ。だが、ほぼ同等のエインヘリアル二体の攻撃を受け続けるのは倍の被害を受ける――と、単純計算で終わらないのが厄介だ。当たり方、対応の仕方をミスれば被害は倍どころではなく数倍、こちらが一方的に総崩れさせられるところだ。
「ふふん、させないよ!」
 タクトを振りながら、いっそ能天気に見えるぐらいの調子で摩琴が言ってのける。この状況、現状被害を出さずにすんでいるのはメディックである摩琴の功績が大きい。状況に応じて回復を行ない、手が足りない部分は仲間のフォローを受ける。だからこそ、サーヴァント達に被害もでず、ここまで来れた。
 だが、摩琴は理解している。ここから先は、そうは行かないと――。
「マコト、時間確認」
「うん、最後の一分だよ!」
 冰の確認に、摩琴がうなずく。蜘蛛型エインヘリアルが回収されるタイミングが、間近に迫っていた。
「フシュル――!!」
 蜘蛛型エインヘリアルが、地面を蹴る。走る速度を全体重を拳の乗せ、真っ直ぐに――ハウリングフィストが伶を捉えた。
「……一先ず、逃がす気は毛頭無ェから、大人しくココでくたばっておけ――どう足掻いてもお前の眠る場所はココなんだよ」
 自分の顔面を捉えた音速超過の拳を、伶は受け止める。そして、グイっとのけぞりながら引っ張った。
「フシュ!?」
 ゴォ!! と焔のブレスが、エインヘリアルの顔面を捉えた。まともに受けた蜘蛛型エインヘリアルが怯んだそこへ、遊行が跳んだ。理力を籠めた星型のオーラを、蹴り飛ばした。
「押し切りましょう!」
「おう!」
 遊行の声に伶が答え、零距離でコアブラスターを叩き込む! 蜘蛛型エインヘリアルは、両腕をクロスさせ堪えるものの、地面から足が引き剥がされた。宙を舞ったそこへ、優雨が駆ける!
「イチイ、援護をお願いしますね」
 イチイはうなずき、ブレスでエインヘリアルを牽制。その間隙に、優雨は竜爪撃の一撃でエインヘリアルの呪的防御を切り裂いた。
「フシュ、ル――!」
「もう一度、冥府に墜ちなさい、死に狂った亡者の居場所は此処にはないのですから」
 優雨が、蜘蛛型エインヘリアルをアスファルトに叩きつける。それに合わせ、キーリアが巨大な槍型の雷を創造し投擲した。
「二度と蘇らぬよう、粉々に打ち砕いてやるのじゃよ。喰らえい!」
 ドン! とキーリアの雷迅槍(ライトニングスピアー)と千罠箱が具現化させた武具が、エインヘリアルを地面へと縫い付ける。強引に、エインヘリアルは立ち上がろうとした。そこへ、冰が全砲門を展開し――。
「砲撃態勢……斉射」
 冰のフォートレスキャノンが、全弾命中! だが、そこへ鎧のエインヘリアルが割り込もうとする――それを防いだのは、ヨルのエクスカリバールとケリドウェンのキャットリングだ。
「こっちは抑えるから」
 人形の言葉にうなずき、メルカダンテが駆ける。起き上がろうとしていた蜘蛛型エインヘリアルへ、メルカダンテがガトリングガンを構えた。
「逃しはしない、死んだものよ――もう一度案内しましょう、黄泉へ」
 放たれる銃弾の雨、メルカダンテのガトリング連射が蜘蛛型エインヘリアルを、ついに撃ち砕いた。
「ここからだよ、みんな!」
 万が一に備え、リボルバー銃にかけていた手を下げて摩琴はメタリックバーストによる回復に切り替える。実は戦術頭脳派だからこその判断力、それがここまでのケルベロス達の戦線を維持してきた――しかし、ここからはそうはいかない。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
 鎧のエインヘリアルが、吼える。時間制限があったからこそ、無理をしてでも蜘蛛型エインヘリアルを倒した――そのしわ寄せが、この後ケルベロス達を襲う事となる。


 ――結論だけを言えば、鎧のエインヘリアルとケルベロス達の戦いは消耗してもなお互角であった。怪魚型死神三体を蹴散らし、なおもエインヘルアルに迫る。しかし、その健闘は、千罠箱と焔の二体のサーヴァントが倒れ、残りの者達も半壊状態という厳しい状況との引き換えだった。
 それでも、退こうという者はここには誰一人としていなかった。その背に多くの命を背負っている、その覚悟があるからこそたどり着ける場所がある!
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「お、おおおおおおおおお!!」
 伶が、振り下ろされたエインヘリアルの二本の剣を受け止める。ファミリアロッドが、軋みを上げた。それでも退かない、何故なら焔もまた一歩も退かなかったからだ。エインヘリアルは両腕にミシリと力を込め、強引に剣を振り切った。
 幾度となく攻撃を受けて、耐えてきた伶がついに倒れた。しかし、その顔には確かな笑みがあった。
「後は、頼んだ……ぜ」
「任せてください」
 答え、遊行が砲撃形態に変形させたドラゴニックハンマーで砲撃した。狐の口から放たれた榴弾が、エインヘリアルを爆炎で包む。遊行の轟竜砲に振り返ろうとしたエインヘリアルの側頭部に、不意に銃弾が直撃する――摩琴の跳弾射撃だ。
「今だよ!」
 エインヘリアルが、片膝をつく。そこへケリドウェンが爪を振るい、ヨルが己の血を手に手をかざした。
「全て等しく、死と絶望のパレードを……カタストロフィで御座います」
 ヨルの動かぬ口がそう紡いだ瞬間、全て呪う呪詛がエインヘリアルを襲った。ヨルの復讐の炎は地獄のように我が心に燃え(ニュクスアリア)、那由多の怨嗟が具現化しエインヘリアルを蝕んでいく。
 そして、冰が折紙型ナノマシン製小型無人攻撃機を展開した――冬影「独立粒子砲"椿"」(トウエイ・ツバキドローン)だ。
「ドローン射出……攻撃開始」
 折紙で作った椿の花に似たそれらの光線が、エインヘリアルを全方位から捉えていく。一発一発の威力は低くとも、この弾幕では動かけず――。
「押し通らせて、いただきます」
 メルカダンテがガトリングガンから撃ち込んだ、時間を凍結させる銃弾がエインヘリアルを撃ち抜いた。動きが鈍り、そこにイチイが体当たりする!
「ガ、ア!!」
「雨は優しく、そして冷たい」
「ほれ、早々に凍てつくがよい。永遠に眠っておれ!」
 優雨の投擲した試験管が割れ、キーリアのフロストレーザーが命中した。憂いの雨(ウレイノアメ)にうたれ、鎧ごと体が凍りついていく。それでも、なお前へ出ようとしたエインヘリアルの足が、ボキン! と音を立ててへし折れた。
「オ、オオオオオオオオオオオオ、オ、ォ……」
 一度崩壊が始まれば、それは止まらない。エインヘリアルは手を伸ばしながら地面に崩れ落ち、そのまま指先まで夜風に飲まれ消滅していった。
「伶は――」
 無事かどうか問うメルカダンテの言葉は、途中で飲み込まれた。伶を確認していた摩琴がうなずいたからだ。
「大丈夫、そこまでひどい怪我じゃないよ」
 その言葉に、ようやくケルベロス達は安堵の息をこぼした。終わったと思えば、急速に疲労が体を襲う。いや、それを無視して戦っていたという事だろう。それほどの強敵、それほどの戦いだったのだ。
「全目標の撃破を確認……お腹空いた」
 冰の言葉に、いくつかの笑みが漏れる。優雨は最後まで頑張ってくれたイチイの頭を撫でながら、呟いた。
「……やりましたね」
 人々を守り抜き、エインヘリアル達を倒せたのだ。まさに、最大限の戦果だった。
 ようやく安堵を得た仲間達の中で、無表情のままヨルの手元で人形が揺れる。
「“最後”くらい、何かを遂げたと思って、消えたいわ」
 それは、誰に向けた言葉だったのだろうか? それを知る者は、彼女しかいない。
 ただ、エインヘリアルの脅威から人々を守った、その事実だけは確かなものだった……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月13日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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