残響

作者:七凪臣

●銃使いたちの邂逅
 都会の街並みに沈みゆく金色の太陽が、雑踏の夕景を茜の彩に染めている。
 高層ビルが反射する眩し過ぎる光を五月蠅そうに手庇で避け、霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)は詰めていた息を重く吐いた。
 先ほどから、『気配』が纏わりついて来る。
 それが常人が発するものではないのは、ケルベロスの本能で察していた。
 だが、敵意というには軽すぎる。
 されど、殺意は明確に含んだそれ。
 まるで命をチップに、賭け事に興じるような。危うい遊戯に誘われているような――そんな、肌をひりつかせる感覚。
(「……家を出るんじゃなかったか」)
 急ぎ要り様になった銀細工の材料を買いに出た帰り道、面倒ごとに片足をつっこんだ奏多はアイスブルーの視線を油断なく周囲へ馳せる。
 いや、無視できない状況に勘付いてしまった時点で、両足を揃えて飛び込んだも同然なのだろうが。
 それにしても。
 誘導されていると分かる気配に――奏多にしては珍しく――苛立ちが募る。猫じゃらしに翻弄される仔猫にでもされている気分だ。
 しかし通りを一つ逸れ、一つ折れ、遊具の一つもない公園を抜け、灰色の谷間に至った時、奏多は『苛立ち』が『胸騒ぎ』であった事を知る。
 後方から、音もなく頬を掠めた弾丸。
 横へ飛びすさりながら身を捩って振り返り――。
「まァ、これくらいは躱すよな。躱してくれなきゃ、面白くない」
「、ッ」
 砕けた口ぶりで嗤う男の姿に、奏多の思考が一瞬、途切れた。
 夕陽を弾く胸元のドッグタグ。ニヒルな印象を形作る少しこけた頬。何より彼が手にした銃を、奏多が見間違える筈がない。
「――」
 干上がった喉が、奏多に声を出させるのを邪魔する。果たして今、十五の頃と同じに呼べたかどうかは定かではないけれど。
 そんな奏多の衝撃に気付かぬのか――或いは、気付いても、どうでもいいのか。男は愉し気に目を細め、奏多に『銃』を構えるよう促す。
「そいつは飾りじゃないんだろ? なら、俺と遊ぼうや。ちょうど、暇してたんだ」
 顎をしゃくって挑発され、奏多の瞳に理性が兆す。
 アレは、違う。
 違わないかもしれないが、違う。
 姿形は、奏多の記憶にある『霧島総司』という男そのままだが。本質が、違う。
 『人』では、ない。
「――死神!」
 種族を表す単語を短く発し、奏多は生きた時間の半分以上ぶりに見た姿に対する戦意を、腹の底から引き摺り出す。

●狩人の宴
 急ぎの案件だとリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は言った。
 奏多がデウスエクスの襲撃を受けるのを予知したのだが、彼に連絡が取れないのだ。
 猶予はない。すぐさま現場へ赴かねば、暮れなずむ街の片隅にいる奏多が、宵の虫の音を耳にする事は出来なくなるかもしれない――永遠に。
「商業地と住宅地の狭間のような場所らしく、霧島さんが死神と相対している現場に余人の気配はありません」
 奏多を襲った相手が死神であるのを告げ、リザベッタは戦場と化す地の事を語る。存分に遊びたいらしい死神が選んだ場所だ。おいそれと人が近付くような界隈ではない。それでいて十分なスペースが確保されているのは、死神の戦闘スタイルに起因しているのだろう。
「死神ではありますが、銃を用いた戦い方をするようです。ガンスリンガーに似ていますね」
 物陰から物陰へと素早く器用に渡り、死神は戦場に足止めした獲物を蹂躙する。強者を狩るのを、愉しみながら。
「敵は一体、配下はいません。ですが油断は禁物です」
 行動阻害に長けているらしく、対策を怠ると身動きが取れなくなってしまうだろうと付け足し、リザベッタはケルベロスたちを早速ヘリオンへと誘う。
「霧島さんとは因縁がある相手のように見えましたが、相手は死神。霧島さんを無事に連れ戻す為にも、皆さんよろしくお願いします」


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
ノル・キサラギ(銀花・e01639)
スバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
唯織・雅(告死天使・e25132)
凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)

■リプレイ

●残照
 黄ばんだ自動販売機が落とす長い影に身を潜ませ、霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)は遭遇した『現実』を噛み締める。
「隠れ鬼でもするかァ?」
 飄々とした声は、やや斜め上から。それこそ隠れた子供を探すよう、愉し気に。
(「……クッソ」)
 まざまざと思い浮かぶ表情に、奏多は内心で舌打つ。
 格上なのは一目で分かった。今の儘では、自分の攻撃は三発に一発は躱される。
 ――否。
 心がざわついている本当の理由は、ソレではない。
(「あの夜。オレ達を逃がし残ったアンタには、引金を引く権利があるのかもしれない」)
 残照の如き記憶が、熱と動悸を伴い再生される。
 ――けど。
「……必ず戻ると言った癖に」
 奏多の呟きを、塒へ帰る烏の聲が掻き消す。
 嗚呼、そうだ。
 笑いたくば、笑え。それでも奏多には成し遂げねばならぬ事が――言いたい事が、ある。
「約束ばかり置き去りにして。待ってる女まで残してくのかよ……」
 アスファルトを蹴って通りへ飛び出し、奏多は視認した『彼』へ銃口を向けた。
「ふざけんな、バカ総司!」
「その人が、そうなのね」
 鳴り響いた銃声を追い、戦場に新たな風が吹く。

●残日
「かなくんは、奪わせはしない――『総司』」
 尊いモノのようにその名を唇に乗せ、総司と奏多の間に割り入ったアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は夕焼けを映し燃える瞳でデウスエクスが構えた銃口を見た。
 音もなく、火が吹く。衝撃より一足早い圧の波に、緑香る銀の髪が戦慄く。
 しかし。
「アリシスなら絶対そうすると思ったよ。けど、それじゃ奏多が嫌がりそうだから俺が盾になる!」
 覚悟した痛みがアリシスフェイルを貫く事はなく。代わりにスバル・ヒイラギ(忍冬・e03219)の背中が眼前を塞いでいた。
「「スバル!?」」
「俺の怪我ならノルが回復してくれるから、絶対大丈夫!」
 綺麗に重なった奏多とアリシスフェイルの驚嘆を軽やかに笑い飛ばすスバルに、参陣したノル・キサラギ(銀花・e01639)が『当然』と胸を張り――、
「でもスバルはもう少し頑張れるよね。だから奏多、受け取って」
 交わしたアイコンタクトでスバルの余力を計ったノルは、白銀の太刀より奏多へ魂の加護を授ける。
「まったく。私の見せ場を取らないで欲しいのだわ」
 繰り広げられた鮮やかな連携劇にアリシスフェイルはわざとらしく頬を膨らませ、背に守ったままの奏多へ短く告げた。
「かなくんが望むなら。私たちは手を貸すわ」
「――、」
「空を、海を映したソレは、願いの欠片は。貴方を、皆を護ってみせる」
 決意の儘に女は朗々と唱え上げ、青と白のステンドグラスを彷彿させる障壁を自陣最前線へ展開させる。
「っ、とぉ」
 弄ぼうとした相手を中心に出来上がる輪に鼻を鳴らした総司は一転、足元を襲った竜の砲弾に口笛を吹く。
「やるねェ?」
「だろう? だから俺たちも『遊び』に混ぜて?」
「誠、その通り」
 振りかぶった鉄鎚に嵐を歌わせた藍染・夜(蒼風聲・e20064)がククと喉で笑むと、物陰より厳つい竜族の男が両の手に得物を撓らせ疾駆する。
「縁あって助太刀に参った」
 目深に被った陣笠で視線を隠し、ガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)は総司の間合いを蹂躙しにかかった。飛び道具など何のその。懐へ入ってしまえば、どうということはない。
「我とも遊んではくれぬか?」
 左手の一閃は、前振り。右で握った武術棍でガイストは死神の鳩尾を打ち貫く。されどデウスエクスと捉えるケルベロス達の手元は、狙撃を担う夜以外は安定を欠いていた。その証拠にスバルが迸らせた闘気の狼は総司を喰らい損ねる。
 だが、実力で勝る相手にこうなるのは予想済み。
「任せて頂戴」
 すっと。静かに雑踏の夕景に混ざった凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)が、命中精度を上げる銀の残滓を敵と直に接する者らへ振り撒く。
「ったく。次から次へと出て来やがる」
「あら、遊び相手が欲しいのでしょう? なら、大勢の方が良くないかしら」
 数えて八と一。相対するケルベロスとサーヴァントを数えた総司の揶揄に月音は冴え冴えと返し、二つの羽ばたきの行方を見守る。
「誇れる名では、ありませんが……告死天使が、加勢……致します」
 一つは鴉の濡羽と灼光の二種の耀翅を持つ唯織・雅(告死天使・e25132)のもの。そしてもう一つは、雅が連れる翼猫のセクメト。
「ケルベロスの……連携。ご覧に、いれましょう」
 雅が巻き起こしたカラフルな爆風が、前線に立つ者たちを鼓舞し。セクメトの鷲翼は自浄の加護を齎す。
 着々と形成されるケルベロス達の陣に、総司は「ふーん」と目を細める。胡乱な眼差しは、明らかな企みの光を湛え。夜とガイストは、その動向を用心深く窺う。

●残片
 郵便ポストを踏み台に天翔けた夜の蹴りが、総司が纏った加護を砕く。雅に授けられた力が発動したのだ。
「遊び好きは生前からの特徴かい?」
 廃コンクリートのジャングルでのサバイバルゲーム。夕暮れのガンマンとくれば、西部劇めいて洒落が効いているではないか。
 着地と同時に落とし込まれた夜の揶揄に、総司が片頬だけ吊り上げた。
「さァ? 生前とか何の事かねェ」
「隠しきれない悔しさが顔に滲んでおるぞ」
 アンバランスな笑みを真正面から指摘したガイストは、これまた真正面から総司へ突進する。
 阻害因子を撒くのに長けるのを活かした総司の戦法は、ケルベロス達の足を止めると同時に、纏う守りを悉く破砕し優位を保とうとするもの。事実、初手で前衛が帯びたあらゆる加護は総司によって無に帰した。
 でも、総司から加護の破砕能力を消してしまえば何ら問題はない。
 敵の動きを注視する事で魂胆を見抜いたのは夜とガイスト。そして策が成ったのを確認するよう、ガイストは問答無用で総司へ頭から飛び掛かる。
 嵐の如き勢いに、ガイストの陣笠が中空へ攫われた。剥き出しになる金の瞳は爛々と輝き、躍動した筋肉が歓喜に震え、竜尾の撓りで最後の加速を得た無骨な武人は両手の棍を一纏めにすると、百の連打を編み出しデウスエクスを叩きのめす。
「雅」
「わかって、います……。セクメトも、浄化の方……お願いします」
 痛烈な強打に、総司が鑪を踏む。その隙に雅と月音は端的に意を通じると、失われた加護の再度の付与に腐心する。
 黄昏時にも華やかな爆風が奏多らを鼓舞し、つんと澄ました翼猫の羽ばたきがそれを追い、月音の煌めく銀色の風が意識を先鋭にさせてゆく。
 と、その時。
「おい、遊ぶんだろ? 余所見して――」
「これも遊びだぜ、坊主」
「っ! アリス、スバル」
 総司の視線が自分から逸れたのに気付いた奏多は、挑発が挑発で返されたのに警鐘を発する。だが夕陽を目眩ましに引金を引く総司の方が早い。
「大事にされまくってるヤツを狙うのもイイが。偶には意表をつくのもいいもんだろォ?」
 全員の意識が奏多に集中しているからこその、トリッキーアクション。ささやかな幸福を願う十字架を余波で揺らし生身の部分を貫いた弾丸に、ノルの眉間に激しい苦痛が刻まれる。
「ノルっ」
 盾として及ばなかった口惜しさに、スバルは奥歯を噛み締めた。しかし後悔より大事なのは、
「治療の方は……お任せ、下さい。皆さんは、攻勢を」
 生命の場と呼ばれる特殊フィールドを展開し、大いなる回復を図る雅の訴えに、俯きかけた者たちが顔を上げる。
「俺は、大丈夫、だよ。だから――」
 己でも自分を癒そうとするノルの献身に、アリシスフェイルは総司をねめつけた。
「性格はずいぶんとかなくんと違うのね? あまり好みではないのだわ」
 怒りで我を忘れた一瞬、溢れ出た言葉。奏多に深く近しい彼女の一言に、他の面々は短く息を飲む。
 縁があるのだろうと思ってはいた。けれど、よもや。
「引金は指だけで引くんじゃない。迷うな、目を背けるな。そう教えたのも総司だろ」
 狙いを外されるという意味だけでなく、『自分』を見て貰えないのに苛立ちを覚えるなんて。子供じみている自覚は奏多にもある。
 聞きたいことも、色々あった。
 けどそんな隙を見せたら叱られるだろうから。
(「全て抱えていく、覚悟を決めなきゃな……」)
「なあ、親父」
 語尾をかすませ奏多が音にした呼び声が、奏多と総司を結ぶ縁の答。

●残影
 奏多はシルバーアクセサリーを拵え、ウェブ経由で商う。
(「銀細工も習ったもの?」)
 総司の胸に揺れる銀に目を留め、夜は潜考する。
 姿は縁者。だが今は死神。父として、良き好敵手として、師として。奏多にとって元の総司は、さぞ想い深き相手であったに違いない。
(「それを操られるなど」)
 ――許せる訳はあるまい。
 親と子の、縁。
(「男児の親は、いつか子が己を越える事を望むと聞くが」)
 己では終ぞ知り得なかった感情にガイストも巌の心を馳せ、奏多の心中を慮る。
 千々の視線が行き交う中、奏多と総司は撃ち合う。常人ではあり得ぬ身軽さでビルの三階の窓まで跳んだ総司を追った奏多の念は、過たず標的の傍らで爆ぜた。
 総司の遣り口をケルベロス達はすぐに学び、対策を怠らぬ事で戦線は安定を勝ち得ている。
 そんな中、月音は二人の男を見比べ、己が胸裡に問う。
(「……もし、あの子達が同じ目に遭わされたら」)
 答えが出るのは、呪わしい刃で死神と切り結んだ直後。
 ――きっと私、考えられるだけの苦痛を与えて、八つ裂きにするわ。
 例え同じ姿形であろうと、月音は躊躇わぬ自身を想像する。
(「だって、もし本当に天国とやらが存在するなら、あの子達は其処に居る筈だもの」)
 神を信じず、賛美する歌を捨てた女の。それは強さか、強かさか。
 けれどその段まで至れぬ奏多は、現実を理解して尚、僅かに躊躇い。それを誰より肌で感じるアリシスフェイルも、瞳を彷徨わす。
 飽きることなく見ていられる恋人によく似た姿は、隣に越して来た時には既にいなかった人のもの。居なくなった理由は訊けずにいる。それでも奏多が滅多に家を出ぬ事と、彼の母の様子から薄っすら察せられるものはあった。
「出来ることなら、もっと違う形でお会いしたかった」
 疾く駆け雷の如き突きを繰り出すアリシスフェイルが哀惜を零すから、入れ違いで総司に迫ったスバルは敢えて溌剌と笑う。
「ねえおじさん、奏多は絶対あんたに負けないよ」
 断言できるだけ、スバルは奏多を信じている。
 大事な友達で、仲間で。一緒に過ごす時間ごと、好ましい。
「……俺は、奏多の作る銀細工も好き」
「ノル」
「だから、力になりたい。それだけだよ。だから、奏多。ぶつけておいでよ。伝えたい事、全部」
 ノルから魂をうつされ――己に向けられる様々な信頼を糧に、奏多は腹を括った。
(「案じてくれる人がいる。だから、今」)
 ――オレは、『俺』でいられる。
 残影を抱えた儘でも、戦える。

●残響
 ビルの谷間に太陽が沈みゆく。急激に襲い来る暗がりに、音も無く火を吹く銃口だけがやけにぎらついて目に入る。
「可愛げないガキ共だ」
「軽口だけは減らないみたいだな!」
 狭間の闇から放たれた弾丸の衝撃を、スバルは黒環が連なる鎖で殺しながら肩で受けた。
 痛みは、初めと比べると随分と軽い。全力を発揮できなくなった総司は、外見にも疲弊が明らかだった。
 けれど手心を加える事はない。
 命は、弾丸。引金は生まれた時から、引かれている。
(「何かを砕いても、貫かねばならぬ信念もあったろう」)
「最期まで存分に楽しみ尽くそう」
 それが総司への餞になると、夜は混沌を繰る。立ち込めた天藍の霧は夜烏の群れのように総司に纏わりつき、デウスエクスの視界を惑わす霞檻と化す。
 残された軌跡は、黄泉路を彩る霞花。踏み出した男の足が、ふらりとよろめく。
「クソッ」
 騙らぬ悪態にノルは総司の窮状を的確に判断し、結論を導く。
「奏多、行っておいでよ」
 願わくば、押した背が今後歩む世界が。少しだけ晴れやかなものであるよう祈り、奏多へ最後の魂をうつす。
 意味を察した雅は光翅を休め士気高める爆炎で奏多を送り出し、セクメトは円らな眼で走る男の後姿を観る。
「感じたもの全てを込めて、ぶつけてしまいなさい」
 あの数奇な幻との決着をつけるのは、自分ではない。そう識る月音も、ノルらに倣い銀の耀きの力を借りて奏多を後押す。
 男同士の最期の語らいに、手出しは無粋。
 武に準じるガイストは、敢えて戦場に背を向けた。
「奏多、奏多。俺、詳しくは分からないけど。大丈夫だよ。みんな、近くにいる」
 考えるより、思い浮んだ通り。素直な言葉をスバルは投げかけ、
「かなくん」
 アリシスフェイルは両手を祈りの形に組み、愛しさを象る名を呼ぶ。
 託された全てを受け止め、奏多は直走った。
「これが逆だったなら。アンタは、撃てるわけなかったろう?」
 一足ごとに近づく顔に、奏多の眉根が寄る。
「……なんてな。そんなの、都合のいい夢か?」
 希望と自嘲がない交ぜになった吐露は、きっと聞こえているだろうに。総司から応えはない。何故なら彼は最早、奏多の父であった総司ではないから。
 それでも。
 アイスブルーの視線とリボルバー銃に狙いを定められた瞳が、歓喜を滲ませているように見えるのは、それこそ奏多にとって都合の良い夢だろうか?
 戦場で、名を呼ばれる事はなかった。
「坊主、泣いてんのかァ?」
 記憶と違わぬ声の揶揄まで、懐かしさを連れてくる。
 悔しさに挑み、転がされ。悪態を吐いたりもしたけれど。愛していたのだ。愛されていたのだ。憧れていたのだ。
 温かく広い背、力強い腕。呼び声も、笑い顔も。憶えている。
(「……不甲斐ない」)
 届きもせず、取り返せもせず。悔しさばかりが募る。それでも。
「疑似炉、展開」
 撃鉄となる一節は、短く。凡庸だった奏多が、銀を媒介に魔術を行使し弾丸を成す為の――術式を確固とする為の自己暗示。
「親父」
 常は様々に干渉するが、今日はただの全身全霊。嘗ての始点で、現在の極致。言葉に出来ぬ全てを込めた一発。息子から父へ送る、精一杯。
「俺は、坊主じゃない。奏多、だ」
 ――忘れんな。
 撃ち貫く衝撃まで憶えていようと、奏多は触れ合う距離で引金を引く。
 乾いた銃声は一つきり。
 だのにもう一発、そっくりな音が鼓膜を震わせ、心に残り響いた。

 落ちていた銃を拾い上げた奏多の腕に、アリシスフェイルがそっと手を触れる。
「……月音、が。今度、一杯奢ってって。あと――」
 何を言えば良いか分からず、気を遣い先に帰参した仲間からの伝言をたどたどしく口にすれば、奏多はいつも通りの貌で顔を上げた。
「かなく、ん」
 迎える笑顔はぎこちなく。
 しかし想いは同じ。奏多はゆっくりとした瞬きで是を返すと、アリシスフェイルの手を取る。
 ――帰ろう、一緒に。
 歩み出す世界は既に夜。けれど明日へ繋がる穏やかな黎明を予感させるものだった。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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