あなたのことが好き、だけど……

作者:千咲

●あなたのことが好き、だけど……
「ま、待ってくれ……六会さん! どうして!?」
 ある日の晩、突然、部屋を訪ねてきた異形の鳥人間に突き飛ばされた祐一郎が、倒れ込みながらも懸命に訴える。
 その異形――ビルシャナが、会社の後輩である六会・律花の名を名乗ったから。
 が、律花ビルシャナは、祐一郎の言葉に応えるでもなく手際良く彼の手足を縛り上げると、
「先輩……人の身体で一番痛みを感じるところって知ってますか? 当然、知ってますよね。爪と皮膚の間らしいですよ」
 そう言いながら、人差し指の爪の間に針を刺す。
 ――響く絶叫。
「先輩……私、先輩のことが好きなんです。でも先輩は春陽の恋人。2人の関係を邪魔するつもりはないし、私には叶わぬ恋だって分かってるの。でも、このままじゃ私……」
 春陽との友情を壊さないためには、自分が壊れてしまいそう。なら祐一郎さえ居なければ元通りのはず、と。
「こんな事になったのは、すべて先輩のせい。先輩が優しいから。私をこんな気持ちにさせたからいけないんですよ?」
 そうして次は中指の爪の間に。再び絶叫が響くも、構わず薬指、そして小指と針を刺してゆく。
「まだ叫ぶには早いですよ。左手も、両足もあるんですから。知ってますか? 人って、痛みが限界を超えると、死なせてくれって懇願するんですって。先輩は、どうでしょうね」
 ――恐怖の夜はまだ、これからだった。

●失恋 嫉妬 友情 身勝手
「集まってくれて、ありがとう。また、ビルシャナ契約者の事件なの。お願い……みんなの力を貸して欲しいの」
 赤井・陽乃鳥(オラトリオのヘリオライダー・en0110)が、ケルベロスたちを前に小さくお辞儀した。
 またしても起こるビルシャナ契約者の事件――それは、かつて一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)が調査し、懸念していたものであり、長野県松本市のとある場所で起こると言う。
「ビルシャナを召喚して契約に至ってしまったのは、六会・律花さん。彼女は同じ会社の先輩、柳・祐一郎さんのことを好きになってしまったみたいなの。ただその先輩は、自身の親友、結田・春陽の恋人で、本来ならば失恋と割り切って、諦めるのが普通な気がするの」
 でも、律花は諦めることができなかった。とは言え、親友の恋人を奪うなんて勇気はなく、もちろん親友にそれを告げたり、第三者に相談したりもできなかった。
「律花さんの心は、親友の春陽さんへの友情と嫉妬に苛まれ……どうして良いか分からずにビルシャナと契約してしまったの。そして理不尽で身勝手な理由で恋をなかったことにすることを願った――願いが叶えばビルシャナのいうことを聞くという契約を結んで」
 陽乃鳥は、悲しげな表情で告げた。そして改めてお願い……と続ける。
「彼女が、律花さんが身勝手な復讐を果たして、心身ともにビルシャナになってしまう前に。犠牲になりかけている祐一郎さんが自ら死を懇願する前に、助けてあげて欲しいの」
 陽乃鳥は、そう言って一息つくと、事件の背景について少し補足を……と告げた。
「事件が起こるのは祐一郎さんの自宅。郊外にある賃貸の戸建て住宅なので、隣家とはちょっとだけ距離が空いてるみたいなの。そのせいで事件の発覚が遅れ……みんなが向かってくれないと、到底間に合いそうにないの」
 鍵は壊してもヒールしてくれれば大丈夫。だから少しでも早く中へ入って、と。
「最初の阻止さえうまくいけば、ビルシャナと融合した律花さんは、復讐の邪魔をしたみんなを排除しようとするはずなの。何しろ、祐一郎さんが自ら死を望むのを待つつもりみたいだから、途中で攻撃をしようとはしない――ただし、自身が死にかけたときはその限りじゃないから、それだけは注意してて欲しいの」
 それと、契約者の事件では重要なことがもう1つ。
「律花さんは、基本的にビルシャナと一緒に死ぬことになる――こんな理不尽な真似をしたんだから仕方ないと言えなくもないけれど、もし彼女が『復讐を諦め契約を解除する』と宣言した場合に限って、撃破した後に生き残らせる事ができるの。ただし、可能性は限りなく低いけどね……」と。
 何故なら、この契約解除は心から行わなければならないから。
 脅したり宥めたりして言わせても意味はない。うわべだけの言葉で助けることはできないから。
「みんな律花さんを説得したいんだろうとは思うけど、もしも失敗したら、きっとその分もみんなが辛くなってしまう。それよりは祐一郎さんの救出だけに専念するのも間違いじゃないと思う。その辺りも考えて決めて欲しいの」
 ひとは、出来る事しか出来ないから……そう言って陽乃鳥は深々と頭を下げるのだった。


参加者
キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
七宝・瑪璃瑠(ラビットソウルライオンハート・e15685)
巽・清士朗(町長・e22683)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)
阿東・絡奈(蜘蛛の眷属・e37712)
名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)

■リプレイ

●……救いたい
「間違えてしまったとはいえ、彼女は常に身を引こうとしていた……けして悪人ではない」
 巽・清士朗(町長・e22683)は事件のあらましを聞き、率直に感じたことを口にした。
「え、でも正解が全然ワカンナイんだけど。どうすれば救えるっての? ……殺すのは違くね?! とは思うけど……」
 仮に自分が同じ立場に立たされたらどうするだろう。そんな風に思いめぐらせてはみるものの、名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)には、まったく結論を導くことができなかった。
 空野・紀美(ソラノキミ・e35685)は、友だちとして、玲衣亜の複雑な心情がとてもよく理解できた。
「でも……好きになっちゃったんだもん。好きなものはしょーがないよね。こんなことになっちゃったのは、ぜーんぶ悪いビシャルナのせい」
「そうかな?」
 紀美がビルシャナのせい、と言った途端、七宝・瑪璃瑠(ラビットソウルライオンハート・e15685)が疑問を呈した。
「ボクは、ビルシャナさえいなければとは言えない、かな。すべてをビルシャナのせいにして現実から逃れることが、果たして良いことなのかと思うよ」
 ――もちろん正解なんて分からない。結局は当人の問題でしかないのだから。
 その意味では、
「恋といウものについテ、正直、ワタシは何も知らなイ」
 ゆえに事件の原因が恋だろうと何だろうと、ワタシはオーダーに忠実に任務をこなすだけ……そう言い切る君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が、一番強いのかも知れない。
 ただ、そんな眸にも大切な存在があった。その人のことを思い浮かべれば、愛しさと幸福感を覚え、時に失ってしまった存在に切なくなる――。
「…………」
 そうやって皆が言い合っている間も、キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)は、何も言わなかった。かつて自身も取り返しのつかないことを経験しているがゆえに、逆に様々な感情が渦巻き続け、言葉にならない。
 皆の想いを聞いていた一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)は、目的のマンションが見えてきた辺りで、こう話を締め括る。
「ビルシャナに縋りたくなるほど辛かった、という事でしょう。でも、このまま突き進めば、もっと辛いことになる。わたしは、彼女にそんな想いをして欲しくない」と。
「そうだな……きっとまだ間に合う」
 清士朗が小さく頷いた。
「なんとか戻ってきて欲しいなぁ」
 紀美がポツリと呟く。そして祐一郎の部屋の前。
(「さて、彼女の混沌は私を満足させてくれるでしょうか……」)
 阿東・絡奈(蜘蛛の眷属・e37712)は、そんな様子を滲ませもせず心の裡で呟いた。

●恐れるものは何
「そこまでだ、律花!」
 ドアを破壊した清士朗が声を掛ける。
 振り返った律花を制止するように、縛霊手を盾にして一息に距離を詰めてゆく。
「我らケルベロス。魔へ落ちんとするお前を救いに来た」
 が、そんな言葉には耳を貸さず、針で祐一郎を切り裂くように薙いだ手の先を、瑛華が瞬時にリボルバーで掠め撃つ。
 取り落とした針を拾おうとする律花。が、キルロイは長い銃身のバスターライフルから放つ光線を巧みに操って、思い通りにはさせなかった。
 そうしている間に祐一郎の元に達した眸が、彼を部屋の外へと連れ出してゆく。
「先輩をどうする気!」
 律花の嫉妬が炎となって前衛に立つ面々の足元に燃え上がる。
「そうはさせませんわ」
 絡奈が、瞬時に『蜘蛛の糸 縛』を律花に絡みつかせ、その動きを止めた。
 が、尋常ならざる力で強引に引き千切ろうとする律花。力比べの様相を呈していた所に、サーヴァントのアトラクスが属性を付与。
 その機を待って、紀美が話しかけた。
「律花さんっ、ちょっとだけね、おはなし、聞いて欲しいんだー」
 その声は、緊迫した場面には些か似つかわしくない雰囲気を醸していたが、それが逆に功を奏したのか、拘束を逃れようとする彼女の力が弱まった。
「律花さんは、知らなかったんでしょ? だったらしょーがないよねぇ。だって、恋は落ちるものだもの!」
「でも……でも、先輩は春陽の彼。知ってようが、知ってなかろうが、私が『好き』だなんて言っちゃいけなかったの! だけど、それじゃあ私……私……」
「諦められず、でも奪えなかった――律花。お前はひたすらに一途で、優しかった」
 気持ちがこみ上げ、声を詰まらせた律花を慰めるように語り掛ける清士朗。
 次いで瑛華が優しい声音で語った。
「辛かったのでしょうね。自分の気持ちと、親友の気持ち……どちらも大切だからこそ、分からなくなってしまったんですね」
「だから、考えたの。考えて、考えて……リセットすれば元に戻るって気付いたの! ほら、良い考えでしょう?」
 彼女の中のビルシャナが、己の歪んだ価値観を押し付け、瑛華の心に割り込もうとする。
「元通りには、できないよ……残念だけどね」
 そこに、瑪璃瑠がビルシャナの力たる言霊に言葉で応じる。応じながらも一方の手から発したエクトプラズムを纏わせて、仲間たちの心と身体を癒す。
「なんで、そんなこと言うの!」
「何故って……君自身が、そうできないんだ。先輩のせい、と繰り返して死の引き金さえ先輩自身に弾かせようとする。そんな君だから、もう元には……」
 冷たく聞こえるかも知れない言葉を、瑪璃瑠は躊躇なく告げる。
「嘘っ! 先輩がいなければ、私は誰も好きになっていなかった……春陽とも変わらず親友のままでいられた。だから、居なくなれば元通りでしょ!?」
「悪辣……」
 清士朗のその一言は、律花の身に憑きしビルシャナに向けられたもの。己が恋を亡くしてと叫び、想い人を殺すように仕向ける『悪』。
 義憤を胸にしつつ、周囲一帯の時間と空間を己が内に取り込み、『詠六十八卦』に乗せ仲間たちに伝播させてゆく。一同が、ミリ単位の精度で人や物の位置と動きを捉えた。
 それを阻止するためか、手を伸ばしかけたビルシャナを御業の力で止める紀美。
 その間に玲衣亜が守護方陣を床に描いて味方を守る玲衣亜。
「今のその恋心、どうすればいいかはアタシも分かんないけど……でもここで全てを壊すと、これから先幸せになる可能性がゼロになっちゃうよ!」
 仮に排除したところで、祐一郎がココにいた事実は変わらない。そうなれば、春陽も律花も、人生が変わってしまうと思う、と。
「全部壊れちゃうよ。それで良いの?」

 その頃、部屋の入口の向こうでは眸が祐一郎に協力を要請。
「あの声が聞こえルだろう。皆、律花を説得シ、生きて人に返スために努力していル。だかラ説得に力を貸しテ欲しイ」
 だが、その頼みに対する答えは無情にも『否』。
「あの化け物が本当に六会さんだとしても、知ったことじゃない。殺されかけてまで、なんで彼女のことを? ただの後輩でしかないのに……。俺に何の責任が?」
 ――それは、まったくの正論で。いわゆる『普通』の反応と言えた。
「分かっタ……なら中には決して入らないデ待っていて欲しイ。ほんの僅かのことダ」
 短く告げ、眸は部屋の中へと戻る。

 再び祐一郎の部屋。中では瑛華がゆっくりと悟らせるように語り掛けていた。
 気持ちに折り合いをつける方法を、わたしは知りません。が、ここで彼を殺すことは悪手なのかな、と思いますよ、と。
「だって……辛いじゃないですか。殺される彼も、恋人を失う親友も。そして、恋した人を殺すあなたも」
「辛い? でも、このままの方がもっと辛い。そう、これは辛さから逃れるための復讐……」
「復讐ですか……さてさて、それは一体、誰に何をされたことの復讐なのでしょうか?」
 絡奈が微笑みを湛えながら尋ねる。
「優しくされたことが? もう一度見つめ直すべきではないでしょうか……貴女のその感情は本当に復讐なのですか?」
 ――相手に請われないと殺せない。それは、貴女自身の迷いと心の弱さではないか、と。
「弱くたっていい。それで元通りなら……」
「元通りなんかじゃないよ。さっきも言っただろ?」
 己が血を以て更なる治癒を施しながら、瑪璃瑠がもう一度彼女に歪みを指摘した。
「春陽さんの方を殺して、自分は先輩と結ばれようとする。君はその道を選ばなかった。 どうしてだい?」
 そう、今回のような関係なら多くはそっち。でも、そうでなかったことには訳がある筈。
「ボクはこう思う。君は3人とも幸せがよかった。けれど、それは不可能だから、ならせめて……と、3人ともが不幸になることを願ってしまったんじゃないかな」
「違……」
「本当に違うか? 復讐とか言う割にぬるい仕打ちじゃないか。心の底から妬ましいなら、どうして、いっそ二人まとめて血祭りにしなかった? 友情か? 祐一郎を殺しちまったら、春陽嬢は死ぬまでお前さんを憎むだろうと言うのに」
「憎む……? 春陽が? 私を?」
 それまで敢えて口を噤んでいたキルロイが、ついに口を開いた。少なくとも今は、共感が救いを生まないと思ったから。
 春陽に恨まれる――彼女はそんな事、微塵も想像してなかったよう。
「お前さんは心の何処かで恐れているのさ――自分が犯そうとしている、その罪を」
 一気に様々な考えが、律花の中に流れ出す。が、それらが彼女の中で交わることはなかった。
 一線を越えたかのように攻撃体勢を取る彼女に対し、キルロイがバスターライフルの早撃ち。そして清士朗が雷の力を込めたオーラの刺突で止めた。
「つまりお前は、祐一郎にも春陽にも向き合えなかった。己が恋心を許しはしないと――それでも律花は大事だと、言ってくれはしないと思い込んだ。二人を信じられなかったのだ」
「そんなの、聞くまでもない。無理に決まってるもの!」
「そんな事を言わないで。どうか、もっとあなた自身を大事にしてください」
 請うように告げる瑛華。だが、その懸命な言葉に律花ビルシャナは何1つ返そうともしない。つまりは気持ちが届かなくなったということ。
 もう、契約解除に向けた説得は難しい……そう判断せざるを得なかった。
「ビルシャナになど頼ってはいけませんわ、想いの人を殺す……その気持ちは、しっかり自分の意志で味わいませんと」
 やはり混沌は混沌でしか……絡奈がそんな事を考えていると、アトラクスがタックル。その攻撃で視線が外れたところを、槍を模った混沌で貫いた。

●いつかはきっと宝物
「何で? なんで私から平穏を奪うの? それなら私も奪ってやる!」
 いまだ呪縛から逃れようとしない律花は、自身を貫いた絡奈の体温を奪う。内側から凍え、どうしようもなく震え出す。
 それを阻止するべく駆け込み、肘から先を回転させ、穿孔機のような激しさでビルシャナを狙う眸。敢えて少しだけ狙いをはずして。
「大きな感情は時に痛みヲ伴うけれど……その想イはいつか宝物になル。今は辛くとも、全てを無かっタ事になどしなくて良い」
 だかラ……続けてやりたかった。だが、それももう適わない。
「辛かったー。もう、どうやって言葉を掛けてあげたらいいのか……」
 と眸の後ろに隠れた玲衣亜は、そこからハリネズミの如きファミリアを投げつける。
「もう遅いかも知れないけど、アタシが律花サンと同じ立場だったらどうするか想像してた――アタシなら、きっと違う幸せを探すかなーって。だって幸せになって欲しくね? そして自分も、幸せになりたいじゃん」
「そうだよ。また次の恋、探してもいいと思うんだー。だって律花さん、好きになっただけだったんだもん。まだ間に合うよ。もーっと悪いことになっちゃう前に、ね。すてきなこと、すてきな恋、探しに行こう?」
 どうしても彼女を救ってあげたくて。紀美だけはまだ諦めきれずにいた。
 しかし、それはやはり届かない。律花はもうすっかり歪んでしまったから。
「私が欲しいのはいつかの宝物じゃない。前に持っていたものを取り戻したいだけ」
 共感しようとした紀美の心に、ビルシャナの歪みが付け込もうとする。

●せめて、その顔は
「コア出力最大……Ally/Emerald-heal……承認」
 それを食い止めたのは、眸。コアエネルギーの出力を最大にして紡いだ光が、歪みを全く間に浄化する。
 もう処方できる薬はないと、清士朗が両の手の縛霊手を挟みこむように叩き付ける。
「できれば見せたくなかったけど……頼むよ、メリー。夢現十字撃!」
 小さく告げながら双子座の力を解放。
 まるで瑪璃瑠が2つに分かれたよう。兎が飛び交い敵を攪乱しつつ、重力を乗せた獅子が蹂躙。決して相容れぬはずの存在が、対をなしてビルシャナを貫いた。
「先輩でも春陽さんでもなく。君がここで死ぬことが、一番苦しくない道だと思うから。共感、できないんだ。ごめんね、せめてボクは願うよ。今でなくともいつか、3人共に幸せな未来があることを」
「あばよ!」
 キルロイが掛けてやる言葉はもうない。極限の集中から見切ったビルシャナの急所――躯の中心を光条が貫いた。
「心の弱さも、貴女の歪みも、まとめて頂きますわ……」
 絡奈の、魂を喰らう一撃。
「そんな……何故……」
 まだ状況に納得できぬまま、斃れゆく律花。
「素敵でしたわ、あなたの混沌の魂」
 絡奈が舌先で唇をペロリ。
 もう消えゆくだけの運命が待ち受ける律花に、瑛華が駆け寄って抱き起す。
「ごめんなさい……綺麗なままにしてあげられなくて」
 それは、説得してやることが出来ず、ビルシャナとして死なせなくてはならぬことへの自責の念でもあった。
 リボルバーを心臓に当て、最期の一撃。
「今度はわたしが終わらせます。せめてその顔は傷付けないように……」
 1人の女の子として見てあげることで、僅かなりと弔いになれば良い、と。
 1発の銃声と共に、無数の羽が舞った――律花だったモノが消えてゆく。
「終わった……? でも、フツーに戦うより疲れたカモ」
 零れたのは、玲衣亜の率直な思い。
「以前、誰かさんが言ってました。殺す仕事はずっと楽だと」
「それも悲しーよ、瑛華サン」
「そう、ですね。本当に、その通りだと思います」
 眉尻を下げ、困ったように笑う。ケルベロスとしての務めと割り切るのは簡単なことだけれど。
 なんとか片が付いたことを祐一郎に告げ、できる事なら早く忘れてやって欲しい、と。
 部屋で、二礼二拍一礼をして幽世での幸を祈った清士朗は、去り際に彼に尋ねた。
「彼女がここまで思いつめる前に、何かしら話したいような素振りや、瞳で訴えるような素振りは無かったか? あえて気づかぬようにしては、いなかったか?」
 無いと断言するようなら彼にもこの先はないだろう。だが、彼が苦しげに目を背けたのが、その答え。亡くなった律花にとっては、何の救いにもならないけれど。

作者:千咲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 8
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