秋津の虫人間

作者:蘇我真

「あれ、トンボが死んでるー!」
 宮崎県日南市の山麓。キノコ狩りに来ていた親子連れ。まだ幼稚園児ほどの少年は道端で力尽きていたトンボを発見した。
「あっ、本当だね」
 父親がやってきて、トンボの亡骸を確認する。
「なんで死んじゃったのかな」
「悲しいけど、寿命だろうね。トンボは秋に結婚して、子供を産んで冬の前に死んじゃうんだ」
「そうなんだ……」
 父親に教えられ、悲しそうな顔をする少年。
「一緒に、お疲れ様でした。ゆっくり休んでねってお祈りしようか」
「うん」
 目を閉じ、手を合わせる親子。
 すると、耳元で羽音が聴こえてくる。
 なんだろう? 不審に思った父親はそっと目を開ける。
「―――」
 目の前に、身長2メートルはあろうかという巨大なトンボ人間……いや、ローカストが出現していた。
「ケン! 逃げろ!!」
 父親はとっさに息子を逃がし、自身はローカストの細く長い尻尾状の腹に巻き取られる。
「お父さん!?」
「うっ、ぐうっ……!」
 とてつもない力で締め付けられ、腕一本動かすこともできない父親。
「逃げ……助けを、呼んできて、くれっ……!」
 トンボのローカストは、腹の先端部分から父親のグラビティ・チェインを吸い取っていく。
 ゆっくりと、ゆっくりと。

●秋津の虫人間
「秋津……トンボのことを昔はそう呼んだそうだ」
 集まったケルベロスたちに向け、星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)はそんな風に話を切り出した。
「今度のローカストはトンボ人間だが……どうも以前とは違う動きを見せているらしい」
 これまでのローカストと違って知性の低い、より野生の本能が強い個体が送り込まれているようだった。
「知性の低いローカストはグラビティ・チェインを必要以上に奪取する危険性がある。
 しかし、今までの戦いを顧みて必要量以上に奪取する前にケルベロスが処分してくれる可能性が高いと判断したのだろう。
 知性が低い分、戦闘能力に優れた個体が多いようなんだ。戦うときは今まで以上に注意が必要だと思われる」
 今回の事件で発見された個体は1体、トンボの構造を模したローカストだ。
 尾のように長い腹が特徴的で、身体の各所をアルミニウム生命体で武装している。先端からはアルミの針が伸び、ここから捕らえた人間のグラビティ・チェインをゆっくりと吸い取っているようだった。
「部隊は宮崎県日南市、とある山のふもとだ。今のところ、捕まった父親の命に別状はない。知性が低い場合でもグラビティ・チェインを吸い取る速度自体はそう変わらないようだな」
 トンボ人間と聞くとそれほど強くない印象を受けるかもしれないが、その顎の強さは侮れない。
 肉食で他の虫を捕まえては食い散らかすのだ。一説によれば自分と同じ大きさの個体を30分で食べつくしてしまうともいう。
 アルミニウムで補強した牙の一撃はかなりのものなるはずだ。
「トンボ人間は父親に巻きついてグラビティ・チェインを吸い取っている。戦闘となれば自然と父親を解放することになる。父親を救出すること自体はそれほど難しくないだろう」
 どうせケルベロスたちに退治されるだろうと送り込まれた知性の低いローカスト。
「向こうの思惑に乗るのもしゃくだが、見過ごすわけにもいかない。奪われるグラビティ・チェインの量を限りなく少なくすることで対抗していこう。頼んだ」
 そう告げて、瞬は頭を下げるのだった。


参加者
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)
カディス・リンドブルム(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e02140)
月日貝・健琉(紅玉涼天・e05228)
四御神・清楓(洞ヶ峠のパトロネージュ・e07644)
カティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)
志場・空(シュリケンオオカミ・e13991)
ガルフ・ウォールド(でかい犬・e16297)
リウィオ・ミラーリ(驚嘆の眼・e18178)

■リプレイ

●ローカストの思惑
 宮崎県日南市、山道を行くケルベロスたち。
 赤や黄色、色づいた葉で敷き詰められた道を踏みしめながら、事件が起こった地点へと急ぐ。
「ローカストは同朋の命を軽く見積もるような種族だったのでしょうか……」
 その道中、リウィオ・ミラーリ(驚嘆の眼・e18178)はわずかに眉根を寄せた。
 己の中に生じたのは違和感。知性のあるローカストが、知性の無いローカストを使い捨てにするその作戦だ。
「虫を殺す人間にはすごく怒ってたのに、自分たちはいいのか……?」
 ガルフ・ウォールド(でかい犬・e16297)もリウィオの言葉に同意の首肯を返す。
「それに、今回の人、達は、何も、悪いこと、して、いない、のに……。どうして、襲われないと、いけないん、ですか」
 とぎれとぎれなカティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)の言葉には、静かで、それでいて強い怒りが込められていた。
「確かに、今まではわりと人間側にも非があるような感じでしたからね」
 月日貝・健琉(紅玉涼天・e05228)もローカストの真意を測りかねているようだった。
「いままでのことは、たてまえ?」
 ガルフの尻尾がくるりと丸まり、悩んでいる、困っているという感情を雄弁に語る。
「それ程までに仲間意識が希薄なのか……或いは単に食い扶持を減らすため? もっと、裏の意図があるのかもしれませんが」
 深く考え込んでいたリヴィオ。先頭を歩いていたジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)が口を開いた。
「……同種でも死なせたくない相手とそうじゃないのを区別してる奴なんて、幾らでもいるさ。地球人だろうとローカストだろうと」
 皮肉気な笑みを浮かべながら、通行に邪魔な木の枝をナイフで乱暴に刈り取っていく。
「ガルフ、だったか。見たところおまえは犬か狼のウェアライダーだろうが……動物のイヌは死なせたくないか?」
「もちろん。イヌじゃなくても、子供でも、みんな死なせない。まもる」
 ガルフの即答に、ジョージは目を伏せる。
「そう考えるおまえは優しいんだよ……俺と違って」
「ま、ローカストってやつも一枚岩じゃないんだろうよ。上司と下っ端じゃ考え方も違ったりとかな」
 肩を竦めたのはカディス・リンドブルム(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e02140)だ。
「送り込んだ奴がいないんじゃ、考えたってしょうがないわね。今の私たちにできるのは目の前の事態をなんとかすることよ」
 志場・空(シュリケンオオカミ・e13991)は無意識に持参の螺旋手裏剣をいじっている。
 慣れ親しんだ己の武器。戦闘が近づき、高まる緊張感も手裏剣を触っている間はリラックスできた。
「そうですね……敵の思惑に乗るのは癪ですが、被害は抑えないといけません。それがきっと、俺が地球に出来る恩返しですから」
 健琉は自身の胸に手を当てる。心を与えてくれた人や、地球への想いを馳せる。
「……いたわよ」
 それまで、会話を眺めるように聞いていた四御神・清楓(洞ヶ峠のパトロネージュ・e07644)が足を止める。
 山道の向こう、巨大なトンボが人に縋り付いている影が見えた。
「ただでさえ気持ち悪いのに、大きいなんて最悪だわ」
 清楓は虫への嫌悪感を隠さない。そしてカティアへと向き直った。
「救助はお願いするわね」
「はい。がんばり、ます……!」
「私は最初から全力で潰しに行くわ……」
 皆、呼吸を整えて――そして、一斉に現場へと飛び込んでいった。

●秋津の虫人間
 トンボ人間は父親に巻きつき、細長い腹の先端を突き刺してグラビティ・チェインを吸っている。
 そこへ聞こえてきたのは、激しい機械音だった。
「目標を確認。これより戦闘を展開する」
 いきなりリヴィオのチェーンソー剣のエンジンと、ガトリングガンのモーターがフル回転する。激しい音でトンボ人間を引きつける作戦だ。
「ひいっ!」
 作戦通りなのだが、その音はカティアの想定して音よりもだいぶ大きかった。思わず飛び上がってしまうカティア。
「大丈夫ですか?」
「……いえ、その、すみません」
 リヴィオに声を掛けられて、おすおずとうなずくカティア。
「来たわよ」
 トンボ人間は、父親から離れてケルベロスたちのほうへとホバリングしながらゆっくりと向かってくる。
「……やれやれ、大したお利口さんだ。わからないか? グラビティチェインならこっちにもある」
 ナイフを回しながら挑発するジョージ。鼻で笑うと、痛みを受けたかのようにトンボ人間の意識がジョージへと向いた。
「シャアアアッ!!!」
 アルミのアゴを剥きながら、トンボ人間がジョージへと殺到する。
「っと!」
 ジョージはナイフで顎の一撃を受けようとするも、守り切れずにナイフを持っていた手首ごと牙を突きつけられる。
「……いい攻撃じゃないか」
 皮肉気な笑みが、より一層深くなった。食いつかれたまま、腹部へバトルオーラを纏った拳で攻撃をしかける。
 至近距離からのグラビティブレイク。しかし、トンボ人間の細長い腹はぐにゃりとS字に曲がり、攻撃を避けた。
「チッ……人間相手なら、内臓ごと持っていかれてるってのによ……!」
「今、です……!」
 ジョージがトンボ人間を引きつけている間に、カティアがその横を滑空するように走り抜け、父親を救出する。
「やったわ! 人質さえいなければこっちのものよ!」
 マインドシールドをジョージへ掛けていた空が歓喜の声を上げる。
「定義:自宅。これよりローカスト排除を行います」
 カティアと父親を庇うように立ち回っていた健琉も機械音声のように抑揚のない言葉と共に戦闘モードへと移行する。
「どのような思惑でも、潰してみせますよ」
 健琉から放たれる自宅警備のプレッシャー。しかし足元から噴出する溶岩も、トンボ人間はジョージから離れてホバリングすることで回避してみせる。
「すばしっこいわね、でも、命中率138%なら……!」
 清楓のアームドフォートが狙いを定める。
 轟音。研ぎ澄まされたスナイピング、フォートレスキャノンがトンボ人間に直撃し、撃ち落とした。
「グルル……!」
 ガルフの尻尾が膨らみ、怒りで逆立つ。追い打ちとばかりに音速を超える拳をトンボ人間に叩きつける。
 遅れて聞こえる音の咆哮。
「っ……!」
 手ごたえが鈍い。手元を確認するガルフ。
 トンボ人間は、叩きつけられたボディの一部分をピンポイントにアルミニウムの鎧化させることでダメージを抑えていた。
 複眼や羽根もところどころがアルミニウムで鎧化させている。
「せっかく、カッコイイのに……」
 トンボの目や羽根を綺麗で格好がいいと感じていたガルフは、少し残念に思う。
 と同時に、ここまで鎧化してでも生き残りたい、トンボ人間のその生への執着心に同情する。
「危ねぇ!」
 カディスの怒号が響く。
「ぐっ……」
 ガルフの横腹に、トンボ人間の腹部の先端が突き刺さっていた。アルミを注入され、その銀の毛並みに重いアルミが混じっていく。
「大丈夫? 今、アルミ化を解くから!」
 すかさず空がルナティックヒールにメディックの力を込めてキュアに成功する。
「ごめん……」
 空は垂れる尻尾や、毛並みを撫でる手を止めた。
「あんまり入れ込みすぎてもダメよ。それに……ああいうアルミの装甲もカッコイイじゃない……なんてね」
 安心させるように冗談めかして笑うと、怒りを隠して手裏剣を握りこみ、仲間を傷つけたトンボ人間へと向き直る。
「愛してくれる人が居る、そんな人をこれ以上苦しめるのは許さんぞ……蜻蛉野郎!」
 男勝りの口調と共に、毒を乗せた手裏剣がトンボ人間の羽根へと突き刺さる。標本のように地面へとピン留めされるトンボ人間。
「収束燃焼特殊焼夷砲弾装填、発射する」
 リウィオのアームドフォートから、対デウスエクス用に調整された焼夷砲弾が射出される。
 隙の多い大技だったが、今のトンボ人間になら攻撃も当たる。派手に燃え上がり、トンボ人間がのたうちまわる。
「対象の健在を確認」
 それでもトンボ人間は陽炎の向こう、くすぶりながらも立ち上がった。身体の各所からぶすぶすと黒煙を吹きながら、本能のままにカディスへと突進する。
「くっ……!」
 カディスはタワーシールドで牙の一撃を逸らすと、盾を傾けてできた隙間から炎を纏った鉄塊剣を突き入れた。
「ギシャアアアアア!!!」
 悲鳴にも似た叫び。それまでよりも1オクターブ高い。トンボ人間の体躯がよろめく。
 そこへ父親を安全な場所まで避難させたカティアが戻って来た。
「罪のない、人を、傷つける、なんて……許せ、ません……!」
 翼から放たれた聖なる光がトンボ人間の羽根や身体を貫いていく。
「皆、少し離れて貰えないかしら」
 そう告げた清楓がアイズフォンでの通信を終えると、虚空より様々な機械の部品が出現する。自動的に組み上がるそれは、巨大なレーザー砲の形をしていた。
「はっ!」
 アームドフォートの一撃がトンボ人間の足元に着弾し、トンボ人間は爆風で巻き上げられる。
「さあ、塵も残さず消えなさい……」
 空を向く巨大なレーザー砲の照準に、トンボ人間が飛び込んでくる。
「もう、貴方にこれ以上の被害は出させないわ」
 清楓が号令を出す。うなりを上げて発射される極太レーザー。圧倒的な威力の前に、トンボ人間はボロボロになりながら地面へと叩きつけられた。
「――キ、シャ……」
「RiesigStrahlKanoneを耐えた……!?」
 僅かにまなじりを上げる清楓。トンボ人間の耐久力は、彼女の計算よりもわずかに高かった。
「それでも、これで終わりです……」
 健琉の胸部が変形し、発射口が顔を覗かせる。追撃のレーザー、その照準がトンボ人間の頭を捉えると、健琉は淡々と宣言した。
「戦闘終了につき、定義解除:自宅――お疲れ様でした」

●紅葉狩り
「お父さん!」
「ケン!!」
 走り寄って来た少年を、父親はうれしそうに抱き上げた。
「無事で、よかった、です……」
「ああ、そうだな……」
 カティアに同意の言葉を返すジョージ。だが、浮かべた苦い表情は額面通りの単純な心情ではないことを物語っていた。
「……ダメだ、わからない」
 トンボ人間の死体を確認していたガルフだが、戦闘での損傷も激しくその場では何もわからなかった。
 最初に親子が見つけたトンボの死骸と一緒に埋葬してやる。
「働き者だな、ご苦労さん」
「ジョージさんも、お疲れ様」
「匂いもよくわからないわねえ……」
 狼になって周囲を調査していた空は、鮮やかな赤いモミジを持って帰って来る。
「それは?」
 尋ねるリウィオに、空はモミジをつまんでひらひらと揺らす。
「押し花にしようと思って。せっかくだし紅葉狩りといきましょう」
「いいわね。珈琲ならあるから、飲みたい人いる?」
 ポットを取り出す清楓に、ジョージが1杯苦いやつを所望する。
 比較的南方の宮崎は、まだ紅葉の途中だった。事態が解決する前は味わえなかった景色を堪能する。
「♪とんぼのめがねは、水色めがね」
 小さい声で、童謡を口ずさむカティア。空を見上げれば、まだつがいのトンボが飛んでいる。赤いのでアキアカネだろう。
「そういえば、秋津は日本の別名でもあるんですよね」
 健琉がアイズフォンで検索する。夕日に染まるアキアカネと鮮やかな色合いは、日本の秋を代表する色彩なのかもしれない。
「もうすぐ、秋も終わりだな」
 ひとりごちるカディス。
 冷たい北風が吹きぬけ、落ち葉を飛ばしていく。
 冬が、始まろうとしていた。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。