夏の終わりの線香花火

作者:砂浦俊一


「全ての花火の中で、最も風情があって素晴らしいのは線香花火である! 我らの花火は線香花火に始まり線香花火で終わる! 夏の暑い日も線香花火、冬の寒い日も線香花火、1年365日線香花火、これぞ我が『線香花火大好き教』の教え!」
 午後8時。全身に羽毛の生えた異形のビルシャナが浴衣姿の男女たちの前で自らの教義を力説していた。
 陽が沈んだあたりから信者たちはビルシャナが不法占拠した倉庫に集まり、まず倉庫の中でビルシャナの教義を聞いた後、外に出て線香花火を楽しむのが彼らの日課だ。
 ただ線香花火を楽しむだけなら無害だろうが――問題はここからだ。
「いずれは我らの力で打ち上げ花火の大会を乗っ取り、線香花火大会に切り替える! 全ての花火職人に線香花火のみを作らせる! 全ての花火を線香花火にする! 諸君、その日のためにも我に力を貸してくれい!」
 ビルシャナの語るはた迷惑な計画を、信者たちはうっとりとした目で聞いていた。


「ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)さんからの情報提供で、線香花火以外の花火は認めないビルシャナの存在が判明したっす。このビルシャナは某所の倉庫を不法占拠、まだ信者を集めている段階っすけど、より過激で危険な行動も計画中っす。てなわけで、今の内に対処したいっす」
 オラトリオのヘリオライダーの黒瀬・ダンテの説明に、集まったケルベロスたちは耳を傾けていた。
 ビルシャナは人間だった頃から線香花火を愛していたのだろう。それがビルシャナ大菩薩が飛び去った光の影響でビルシャナ化、より極端な思想の持ち主になったようだ。
「信者たちは陽が暮れたあたりから倉庫に集まってビルシャナの説法を聞き、午後8時くらいになると線香花火を楽しむために外へ出てくる、これが日課になってるっすね」
 となると、その時間に倉庫へ行けばビルシャナも信者たちも一網打尽にできるはずだ。
「戦闘時、ビルシャナはビルシャナ閃光、孔雀炎、清めの光を使うっす。信者の数は10人、戦闘時はビルシャナの配下となって襲いかかってくるっす。戦闘時のポジションは配下の信者たちが前衛でディフェンダー、ビルシャナが後衛でスナイパーっすね。戦闘前にビルシャナの主張を覆すインパクトのある主張をすれば、信者も目が覚めて数が減る可能性もあるっす。もし効果がなくても、ビルシャナを倒せば洗脳も解けるので信者たちの救出も可能っす。信者の生死は問いませんので、救出できたら良いぐらいに考えてほしいっす」
 現状、信者たちはビルシャナの影響下にある。
 理屈だけの説得ではなく、インパクトのある演出も加える必要があるだろう。
「自分も線香花火は好きっすけど、世の中の花火が線香花火だけになっちまうのは寂しいっす。やっぱ友だちと一緒にいろんな花火で遊びたいし、恋人と打ち上げ花火を見に行きたいじゃないっすか。まあ、自分はまず一緒に打ち上げ花火を見に行ってくれる彼女を作らなきゃいけないんっすけどね、あはははは……」
 ケルベロスたちの仕事はビルシャナ討伐、彼女を作る云々はダンテ自身の努力次第だ。彼の最後の一言は軽く聞き流して、ケルベロスたちはヘリオンに向かう。


参加者
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
オイナス・リンヌンラータ(歌姫の剣・e04033)
スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)
鋼・柳司(雷華戴天・e19340)
スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)
速水・紅牙(ロンリードッグ・e34113)

■リプレイ


「我らの花火は線香花火に始まり線香花火で終わる。春夏秋冬、線香花火。今日も皆で線香花火を楽しもうぞ!」
 午後8時。説法の後で線香花火を楽しむのがビルシャナ率いる『線香花火大好き教』の日課だ。ビルシャナを先頭に線香花火の入った箱や袋を抱えた信者たちは倉庫の外へと出たが、そこで彼らが見たのは――。
 ひゅーっ、どどどどどどーん!
 ぱぱぱぱぱぱーん!
「きゃっ」
 横一列に並べられた大量の連発式打ち上げ花火にロケット花火。タイミングを合わせて導火線に点火していたそれらが、一斉に夜空に打ち上がる。この花火を背後にケルベロスたちは立っていた。
 突然の出来事にビルシャナと信者たちは目を丸くする。
「家庭用の打ち上げ花火でも一斉に火を点けると壮観ねー」
 帽子のつばを指でくいっと持ち上げたローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)は、振り返って夜空に打ち上がった花火を見上げる。
「やっぱ花火は派手なやつだなっ」
「うむ。娘に見せたら喜んでいただろう」
 速水・紅牙(ロンリードッグ・e34113)が満面の笑みを見せ、隣の鋼・柳司(雷華戴天・e19340)が頷いてみせる。
「ところで、かわいらしい悲鳴が聞こえたような気がするのですが?」
「きっと信者たちの誰かよ」
 オイナス・リンヌンラータ(歌姫の剣・e04033)の視線に気づき、スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)はとぼけたフリをする。無駄に大きな爆発音や煙で何か凄い大物感を出して相手を驚かしたい――と提案したのは彼女だが、仕込んだ花火の音が予想以上に大きかった。
「どうした? 俺たちの花火に見とれてしまったか?」
 ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)はおもむろにねずみ花火に火を点けると、ビルシャナたちの足元へ放り投げる。
「うおおおおっ」
 派手に跳ねて音を鳴らすねずみ花火にビルシャナたちは右往左往するが、そこで彼らは我に返った。
「貴様らっ、そこは我らが線香花火を楽しむための場所だ!」
「邪魔者は消えろ!」
「花火をするなら川原か公園に行け!」
 ビルシャナ、そして信者たちが口々に叫ぶ。
「不法占拠しているくせによく言うわね。ま、それは横に置いておくとして。日本ではオボン、ですっけ。サマインみたいなものでしたっけ。それに合わせてお祭りもするんですよね。そういう時に線香花火は確かに風情がありますが――」
「そう、ちょっと待ってほしいのです、本当に線香花火だけで満足できるのです?」
 スヴァルト・アール(エリカの巫女・e05162)の言葉に続き、ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)がビルシャナたちを挑発する。


「いつ落ちるやもしれぬ玉から花を咲かせ、やがて散っていくあの時間をいつまでも愛でたい。最初から最後まで線香花火を楽しんで何が悪い! 最初から最後まで線香花火を楽しまぬ者たちこそが悪い!」
「誰が一番長く玉を持たせるか、競争するのも楽しい!」
「線香花火を合体させて大きな玉を作るのも大好きだ!」
 ビルシャナを筆頭に、信者たちはあくまでも線香花火一筋だ。
「夏の盛りには打ち上げる花火がたくさんあったけど、夏の終わりには手元華やかな花火をして、〆に線香花火と洒落込みたい。ねえ?」
「花火は色とりどりで音があった方が絶対に楽しいわっ」
 スヴァルトから話を向けられたローレライは持参した花火セットの封を切り、そこからディークスが花火を何本か引き抜いて火を点けた。両手持ちの花火、赤や青の炎を噴くそれらをぐるぐると回して信者たちに見せつける。
「幼い頃にこうして遊んだことがあるだろう? 『線香花火だけ』ではこの楽しみは味わえまい」
「確かに花火の両手持ちは楽しい……」
「危ないからやめなさいって、親から小言を言われたな……」
 花火の炎を目で追う一部の信者たちは、郷愁の念に駆られる。
「我らとて線香花火の両手持ちを楽しんでいるだろう! よし、我らの線香花火愛を奴らに見せつけよう! さあ我に火を!」
 ビルシャナは信者の手から線香花火の束を掴み取ったが、火を点けることができない。いつの間にかオイナスとピジョンが着火用のライターを持っていた信者たちの肩を抱き、ビルシャナから引き離している。
「線香花火大いに結構。風情もあってとっても綺麗。でも花火はどれも良いものです。どうです、この花火大会の動画。どれも大輪の華を咲かせて美しいでしょう?」
「これね、打ち上げ花火の写真。どこから撮ったと思う? なんと空中から。ケルベロスの恋人が空中散歩に誘ってくれたんだけどね、いやー……迫力あったし楽しかったなぁ。線香花火ではあの音や興奮は得られないよ。何より密着して観るのがまた良い」
 論より証拠、オイナスはタブレットPCで花火大会の動画を見せ、スマホを手にしたピジョンは信者に甘く囁く。どちらの信者も画面に釘付けになっている。
「おのれ我が信者を篭絡するとは……火がなければ我の孔雀炎で、ってそれでは火力が強すぎて線香花火が一瞬で燃え尽きるっ」
 ビルシャナは両手に持った線香花火を握り締めて、怒りに震える。
「許せないのはアンタだ!」
 そのビルシャナの前に出て、人差し指を突き付けたのは紅牙。
「打ち上げ花火大会を線香花火大会にするとかヌかすトリ公に説明してやろう! 世界が線香花火で満たされると、花火大会は絶滅するっ。線香花火は風に超弱い、雨どころか風が吹いただけでダメだなんて開催するまで何回延期するんだって話だぜ。花火大会の人気は下がりに下がり花火大会は絶滅、ついでに線香花火も衰退だ!」
 彼女の指摘に信者たちが顔を見合わせて困惑する。花火そのものが衰退し、線香花火も巻き添えになる。線香花火を愛するだけに、その絶滅は彼らにとっても由々しき事態だ。
「ところで恋人がいたり、結婚していたり、恋人候補を花火大会に誘いたいと考えている方は居ないの? その時に誘って行った会場に線香花火だけで、本当にいいの? 盛大な音も光も無いシーンとした寂しい会場で恋が芽生えるのかしら? 何よりもアレよ! 一瞬真っ暗になって花火が打ち上がった時に、大きな音でキャッって相手に抱き着く抱き着かれるドキドキ感も無くなっちゃうけど……それでも線香花火だけ?」
 スノーの問いかけに続いたのは、柳司。
「派手な花火が有ってこそ、最後にやる線香花火の儚い魅力が際立つのではないか?」
 機械仕掛けの義手の上では、箱型の花火が派手な色彩の炎を吹き上げている。彼はそれを握り潰して炎を消した。
「線香花火は他を見た後だと色褪せる程度のものか? 他の花火が消えた後だからこそ、より煌めく魅力が有ると何故信じられない?」


「ごちゃごちゃと世迷言を……もう許せぬ。皆の者、こやつらを追い払――」
 ビルシャナは信者たちに号令を下そうとするも、一部の者はケルベロスたちから手渡された花火で遊びだしている。
「何をしとるかァ!」
 怒声が飛ぶが、遊びだした彼らの耳には届かない。
「やっぱり綺麗だなあ……」
「この楽しさ、どうして忘れてしまっていたんだろう……」
 彼らは童心に帰った瞳で色とりどりの炎を見つめている。まだ花火に火を点けていない信者たちは、ビルシャナと遊ぶ信者たちを交互に見ることしかできない。
「花火はまだまだたくさんあるわよ! 遊びたい人は――」
 ローレライが両手に持った花火セットを掲げるが、ビルシャナはそれを強引に奪い取って夜空に放り投げた。そして空中の花火セットへと孔雀炎。火薬に一斉に火が点き、ちょっとした爆発が起こる。ある意味、打ち上げ花火。遊んでいた信者たちもケルベロスも呆然とする。
「線香花火には火力が強すぎるが、こういう時には都合が良い。線香花火以外の花火で遊んでいた者たちは後でお仕置きだ。ケルベロスどもは念仏でも唱えてろ!」
 再び夜空へ孔雀炎を吹いて威嚇するビルシャナに、花火で遊んでいた信者たちは我先に逃げ出した。
「信仰心の足りぬ者どもめ。まあいい、奴らをブチ殺して静かになったところで我らの線香花火大会だ!」
 残った信者は4人、彼らはビルシャナの配下になって付き従う。
「静かな場所が好きか……では、望み通りにしてやろう」
 ディークスの放つディスインテグレート。虚無の球体がビルシャナを包むように襲う。
「教祖さまをお守りしろ!」
 配下の信者たちが拳を振り上げて前に出てくる。
「線香花火にしか魅力を感じないとは、残念な方々ですわ」
「様々な花火があるからこそ、職人も切磋琢磨できるし見る人も楽しめるものでしょう?」
 できれば殺したくはない。徒手空拳で突撃してくる信者たちを、スノーとスヴァルトは手加減攻撃で手早く無力化する。
「花火大会が線香花火だけでは子どもたちも嫌だろう。娘のいる身としては見過ごせんな」
 殴りかかってきた信者を避けると同時に、柳司は手刀。機械製の左手ではケガをさせてしまうから右手での一撃。くらった信者は気絶してその場に崩れる。敵の前衛役の壁が一気に薄くなる。
「マギー、気絶した信者たちに攻撃がいかないよう守っていてくれ」
「凍りつけトリ公!」
 ピジョンはサーヴァントに指示を出した後、ファミリアシュート。紅牙は螺旋氷縛波でビルシャナを凍てつかせる。
 体の半分が氷に覆われたビルシャナに残った信者は目を剥くが、その頭をローレライがアームドフォートの砲身で軽く殴る。信者は目を回して倒れ、残るはビルシャナのみ。
「線香花火しか認めない君こそ、お仕置きなのです!」
 オイナスが月光斬をビルシャナに浴びせた直後、その半身を覆う氷が内側から爆ぜた。
 そしてビルシャナの眼光が妖しく輝く。


「この世全てを線香花火で照らす!」
 ビルシャナの全身が光を放つ。線香花火の爆ぜる火花の如き輝きのビルシャナ閃光、しかしサイズは桁違いだ。
「火力強すぎだろ、この線香花火!」
 紅牙はシャウト、負傷を癒やしつつ仲間の盾になる。その背後を柳司が飛び越えた。
「線香花火のように、静かに儚く燃え尽きてくれると手間が省けるのだがな!」
 スターゲイザーがビルシャナの胴にめり込み、敵は前のめりになって呻く。
「修行の成果……見せてやるのです!」
 相棒のプロイネンとともに駆けたオイナスは二刀による連続攻撃を浴びせ、さっと脇へ跳ねた。ビルシャナの体に裂傷が走り、羽毛が散る中、スノーのドラゴニックミラージュが放たれる。
「傷口の消毒ですわ」
「オオオオッ!」
 ビルシャナは地面を転がり炎を掻き消す。
「くっ、火の点いた手持ち花火を向けられ追い回される気分だ……だが負けはせぬ!」
 ビルシャナは反撃に出ようとするが、縛られたように足が動かない。見れば銀色に輝く糸によって足と地面が縫い付けられている。
「今です!」
 ピジョンのニードルワークス改。敵の動きを封じた彼は仲間たちへ叫ぶ。
「秘密のひとときはいかが?」
「全て浄化してあげる!」
 スヴァルトの送った淡いピンク色の蝶がビルシャナの周囲を舞い、ローレライの妖精弓からは七色の矢が放たれる。
「せ、線香花火を理解せぬ者どもに……我が負ける?」
 全身に走る激痛で朦朧とした意識の中。ビルシャナが最期に見たのは、ディークスの振る如意棒、紅蓮の炎を纏う豪炎蛇尾。
「そら、大きな花火だ」
 その言葉の通りに、全身を打たれたビルシャナは燃え上がる。

 戦闘が終わり、ケルベロスたちは気絶した信者たちを介抱する。ビルシャナがいなくなった今、目覚めれば彼らも元に戻るだろう。
「持ってきた花火、まだ残っているわね。どうせなら皆でやってかない?」
 花火セットの余りを手に、ローレライは仲間たちに声をかけた。
「賛成なのです、ロー。スノーさんは?」
「ま、まあ、どうしても言うのなら」
 と言った後で、服の中にそっと忍ばせて持参してきた線香花火が滑り落ちてきた。真っ赤な顔になった彼女は慌てて線香花火を足で動かし、自分の背後に隠してしまう。
「いいじゃないか。皆で一緒にやろう」
 頬笑みながら柳司が線香花火を拾い上げる。来年の夏は娘を花火大会に誘おうか、と彼は思う。
「ひゃっほー!」
「いいかいマギー、これはこう持ってね」
 紅牙はさっそく火を点けた花火を両手に持って駆け回り、ピジョンはマギーに花火を持たせて遊び方を教えている。
「スヴァルト」
「ねえディークス、あなたも」
 2人は共に線香花火を差し出していることに気づく。
 誘いが被った両者は笑みを返し、そして肩を寄せ合った。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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