火垂の夜

作者:皆川皐月

 ふうわりと、盛夏名残りの風が通る。
 月光透ける硝子壁の内には季節忘れの花ばかり。
 菖蒲。アルメリア。ガザニア。カランコエ。薔薇。ルピナス。牡丹。
 様々あれど、不思議と釣りあいの取れた花の場所。
 さも其処で咲くことが当然と言うように葉を伸ばし、溜息漏れるほど美しい花が咲く。
 そうして満たされた室内の、僅かな隙。
 微かに開いた硝子の丸窓からひらり。
 艶やかな月光の下、微かに禍々しい輝き零す“何か”が風に乗り中へ。
 騒めく草。震える花。
 かの輝きが留まったのは、静謐なる葬礼花。
 別名、蛍袋。
 ぞろり擡げた檻の如き頭が五つ。幻想の社を壊し出でる。
 覚束無ぬ根足を向けたのはいくつもの明かりが灯りと人の声賑わう洋灯祭。
 ずるりぞろりと這って行く。花の盃を血で満たさんと、這って行く。

●花に牙
 秋近しと言えど、未だ盛夏の名残は濃い。
 日が沈めどもそれは変わらなくて。
「お集まりくださりありがとうございます」
 空調整ったいつもの部屋には微笑む漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)。
 と、丁度資料を配り終えたらしい藍染・夜(蒼風聲・e20064)がひらりと手を振り、氷躍る茶を並べ終えたドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・en0290)も微笑み会釈した。
 全員揃ったところで、潤が深々と一礼。
 椅子を引き席に着く音も。紙を捲る音も変わらずに。
「大硝子植物園で生育された蛍袋が五つ、攻性植物化し暴れようとしています」
 爆殖核爆砕戦の後暫し。
 大阪城周辺に抑え込まれていた攻性植物達が形様々に拠点を拡大せんと動き出している。
 特段足並みを揃えている訳ではないが、油断は出来ない。その綻びの一端に過ぎないであろう今回の件でさえ、放置すれば後々大規模な“何か”に繋がりかねないのだから。
 ――ならば番犬が成すべきは。
「件の蛍袋は人間を発見次第殺戮を念頭とした危険な状態。確実な一掃をお願い致します」
 拡大された一輪の蛍袋の横。すいと引かれた立て線の隣に、3メートルの字。
 白、紫、ピンク、青、黄緑。
 どれも愛らしい蛍袋は皆々巨大化し、硝子の温室を破壊し這い出てくるという。
「散開及び逃走は行いません。しかし同種であるせいか、連携が厄介かと思われます」
 同じ花としての性なのか。
 遭遇できる場所は丁度蛍袋達が外に出た所、大硝子植物園西側。
 続々と話が移っていた時だった。夜がふと「あのさ」と声を上げる。
「ここ。洋灯祭って、もしかして……」
「はい、蛍袋達が目指す先では夜限定のランタン市が開催されているのです」
 言葉に含まれた“止められなければ多数の犠牲が生まれます”という旨。
 洋灯の様な花が洋灯祭を襲わんとするのは皮肉のような偶然――……。
 などと笑えるはずも無く、皆きりりと顔が引き締まった。
「攻撃は花による喰らい付きと吸収、葉での斬りつけの三点になります」
「了解。……で、このお祭りってさ?」
 こそりと耳打ちした夜に潤がこくりと頷いて。
 皆を手招くや、ひっそりと。
「無事に済みましたらぜひ、皆さんも夜長の明かりをお探しください」


参加者
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
クララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)
天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)
エトワール・ネフリティス(翡翠の星・e62953)

■リプレイ

●月夜の晩に
 微かに風に馴染む秋の気配。
 肌で感じるそれに、藍染・夜(蒼風聲・e20064)の髪が溶けていく。
「蛍袋に宿るは魂の灯と聞いたが……随分と、凶つ燈火だ」
 ぼう、と夜に浮かぶ五色の花。
 擡げた鎌首重たげに、ゆら、ゆら、と這い出てくる。
 夜の隣で静かに指先絡ませるアイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)の瞳が瞬いた。
「夏宵に鮮やかで惹かれるけれど――囚われるわけには、いきませんね?」
 ふと緩みあう二人の瞳は恋い慕う仲。
 揺れるハイビスカス鮮やかな、エメラルドグリーンの髪が月夜に翻る。ぐ、とグローブを嵌め直した天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)が二ッと笑う。
「そのまま咲いていれば綺麗な花として生きていけただろうけれど。人を襲うなら、だね」
「ええ……ひとつずつ冷静に対処していきましょう」
 つい、と軽く帽子の鍔を押し上げたクララ・リンドヴァル(本の魔女・e18856)の手が、くるりとファミリアロッドを回した。
 アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)の抜き打った二丁のナイフが艶やかに月光を返す。
「攻性植物化した蛍袋たちは、残念ですが……速やかに仕事を終えるべく善処しましょう」
 出揃う戦意は皆々よいよい。
 さぁさぁさぁ。誰彼、声に出したわけではないけれど。
 ひらり、冬色が一歩前へ。
「果て無きは夜の闇。凍て付くは寄る辺無き魂。さぁ、」
 唇から零れる息白く、イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)がうたう。
 望洋と蠢く五色の花が、ずるりと境を越え出でた。
「――ねむりましょう、冬に抱かれて」
 ィン―――……!
 酷く冷たい音すら凍らせる三度の冬を凝縮した凍気が、花々を一息に舐める。
 霜降り罅割れ水管砕く一撃はひどく深く。
 オオオオオオォォオンと遠い花の声が、戦いの幕を開けた。
 コンバットライトを展開した蛍は最後衛。展開しながら動くメンバーをざっと眺めながら、カチリと指先でスイッチを。
「血塗られた花になる前に倒さないとだね」
 前衛の背後で炸裂した爆風が駆け出した背を、見事に押して。
 その勢いのまま、蠢く根を越えアルルカンが静かに牙を剥く。
「月に一吼え、失礼を。――――ッ!」
 わん、と空気揺らす魔力の咆哮。
 弓形の紫月は蛍袋が捉えるには至らず。
「夜」
「ん。行こう」
 微かに。
 知る人聞けば甘いと微笑む声でアイヴォリーが夜を呼ぶ。是と返ってくる答えは当然と知りながら、それでも。
 アイヴォリーの手中で赤き星の陣描くCassis Violetteには零れ落ちそうなほどの紅玉が。武骨な銀鋼ながらも艶めかしい夜の天旋は風を纏いて。
「血明かりは、その花に似合わぬよ」
 夜の囁きは風に呑まれた。
 イルヴァの氷河に次いだアイヴォリーの一波。その中で、一際手近であった黄緑の蛍袋を天旋が打つ。
 身くねらせる蛍袋の影に、迫るもの。
「“不変”のリンドヴァル、参ります……。暗黒魔法を、お見せいたしましょう」
 クララが指差す足下には三方重ねた影よりも濃く。
 浮かぶ魔術言語はとろりとした闇の――。
「エゴとエゴのぶつかり合いこそ、暗黒魔法の本領です」
 一本一本生き物のように躍り出た黒鎖は瞬く間に無数の、蛍袋を埋め尽くさん勢いで絡み締め上げ捩り上げる。
 大凡、身の丈十尺の巨体を見上げ、雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)は溜息を一つ。
 抵抗し蠢く様からは僅かな夢見気分も容易く失われてしまい。
「ランタンの灯に誘われて動き出したお花達……なんて言えば、お伽噺みたいでロマンチックですけど」
「うん……せっかくキレイなのに。誰かを襲うのは、お花さんも望んでいない筈なんだよ」
 エトワール・ネフリティス(翡翠の星・e62953)が視線落とした掌で、淡く輝くガジェットが展開すれば呼応するグラビティが見え。
 抗わずガジェットに任せるまま。組み換え組み上げエトワールが揮う、翡翠輝く一杖。
「お星さまとの鬼ごっこ、しようか」
「では、わたしと一曲いかがでしょう」
 エトワールの指揮に従い降る星々と黄緑の蛍袋がタップダンス。
 星の間を縫い飛んだしずくの爪先が、蛍袋を鋭く下から蹴り上げた瞬間。
 はらり散った黄緑が、枯れて弾けて露と散る。
 夜の戦いは、月を観客に華々と。

 しかし。
 蛍袋燈る時がやって来た。
「っ、来るよ!」
 最後衛で常に皆と花々の動向を窺っていた蛍が叫ぶ。
 節々凍らせ締め上げられながらも、残る四輪は健在。どうと畳み掛ける様に蠢いた。
 声は無く。しかし、夜闇に慣れた番犬の目と後方からのライト。そして地面這いまわる根の音が良き指針。
「代わります、っ!」
「問題ありません」
 月明りに浮かんだアイヴォリーの翼とアルルカンの尾。
 切るよりいっそ打ち据えられると言った方が正しい勢いで振るわれた夏散り刃に弾かれた二人はしっかりと受け身を取って。
 軽やかな転身ですぐ前へ。
「アイヴォリー、怪我は」
「大丈夫。これもわたくしの仕事の内です」
 切れた頬を撫でた夜に返された微笑みは余裕。
 アルルカンも、衝撃に痺れた腕を振り払いながら構えを崩さず。
「被害を最小限にしてこその盾ですから」
 だが、花の狂宴はまだ続く。
 怪しく淡く輝いた青と白が、のったりと花を持ち上げた次の瞬間。
「これは……!」
「きゃっ」
 狙いはバラバラ。イルヴァとしずく。
 深く刻まれた冬に蝕まれることが恨めしいのか。先程、黄緑の花散らされたことに怒っているのか。
 淡く透け輝く蛍袋の中へ閉じ込める様に喰らうや、ぞろりと体力が吸い上げられる。
「このっ!」
「離してください……!」
 黙って食われる筈も無く、イルヴァとしずくが抵抗し内から蹴り殴ろうとも花の中は鉄のよう。
 吸い解き放たれた時には、二人とも一歩ふらついて。
「これはちょっと……特別製だよ、ヒーリングバレット!」
 装填。発射。ほぼ5秒以内。
 蛍の傷癒す弾丸がイルヴァの下で弾け輝けば、イルヴァの胸満たしていた息苦しさが瞬く間に消え呼吸が楽になる。
 次弾装填しかけた蛍の横を過ぎ行ったのはドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・en0290)の癒しの拳。しずくの背にぽふんとぶつかり、僅かばかりでも背を支えた。
 連携には連携を。
 人を、喰うなら。
「ボクが……ううんっボクたちが、逃がしてなんてあげないもん!」
 一際強くエトワールの翡翠が輝いた。
 星よ。星よ。星よ。このこえが、きこえたならば。
 跳ねて弾けて輝いて。
 屈むながら跳ね返って地面から!揺らぎ避けるなら真っ直ぐ上から!そうしてもし――。
 もしも、撃ち落とそうとするのなら。
「疲れ知らずな星の子は、お花さんには捕まらないよ!」
 パンッ。
 きゃらきゃら笑う幼声、桃色ぱちりと散り逝った。

●花散る舞台
 月に踊ろう。
 つやつやの氷。ぴかぴかの星。じゃあ、次は――。
「これも一興。完全制御は、無理ですが」
 クララの足下。
 くすりと微笑みと共に浮かんだ蜘蛛の紋様は不変の魔女だけが扱えるもの。
 徐々に騒めく気配。じわり滲み出る、それ。
「まぁ、それも面白いでしょうし……久方ぶりの宴と参りましょう」
 主人の一声が“それ”への合図。
 瞬く間の蹂躙。茶の絹に包まれた指先が蛍袋を指した時既に、三輪の花は蠢く黒に覆われていた。
 聞こえるのは破砕音と咀嚼音の繰り返し。一糸乱れぬ効率的蹂躙は生物にとって恐怖そのもので。
 この一時はもしかしたら一分にも満たなかったことだろう。
 一息に出で、瞬く間に喰らい付き、持てる程度の回収と蹂躙は同時。
 この一部始終を見たイルヴァは同種の動きに覚えがあった。そう、これは過酷な環境下―いうなれば食物少ない冬の森―での出来事に似て……。
 横を盗み見れば、“秘密ですよ”と唇に人差し指添えた不変の魔女 クララ。
 淡く魔法陣輝く足元へ一糸乱れぬ群体が戻ると同時に、その口はぴたりと閉じていた。
 残る三輪。
 同時に足を踏み出したのは、イルヴァとアルルカン。しずくと夜。
 勢い良く振るわれた葉の下をイルヴァとアルルカンが駆けた勢い殺さず滑り込む。
 月光。
 引き絞られたイルヴァの利き手には、堅牢な樹皮織の手甲。
「燈火に影を落としましょう。――おやすみなさい」
「形なき声だけが、其の花を露に濡らす」
 嫋やかに構えたアルルカンの両手には、一対の刃牙。
 少女らしいソプラノ。青年らしいバリトン。
 雪より白い花を、軌跡追わせぬイルヴァの一閃と空気切る音さえ聞かせぬアルルカンの剣舞が送り散らす。
 また潰えた一輪。
 残る二輪は青と紫。
 一足早く、深い紫の蛍袋と見合ったのはしずく。
「その幻想が、魔法であればよかったのですが……暴力沙汰は、いただけません」
 伏せた瞳には憂い。
 抜き打つ水は鋼のよう。
「この一撃で、あなたを」
 一刀両断。
 迷いなく透き通った太刀筋は、どうと落ちた花が証明する。
 しずくの背後から一羽の黒が飛んだ。
 カァ。
 カァ。―――カァ。
 明けの烏は歌うたう。夕の烏は夜を連れ、明けの烏は夜寝せて。カァカァカァと、三度哭いたら別れ時。
「夏明けの。名残惜しむは黄泉還り――……今は限りと、薄明に」
 夜よりも深く包む色に花揺らし。
 ひら。ひら。ふわり。
 落ちた羽一片掬い上げ、夜がふうと一吹き飛ばす。
 残ったのは秋の気配だけ。

●宵深し
 道行く人とふわりすらりと擦れ違う。
 淑やかな足運びは音さえ立てないけれど、鼻歌を歌うイルヴァはご機嫌。
 どんな洋灯を買おうか、買うならどんな風に使おうか――……ふと考えた時、過ったのは大切な友達の姿。
「あっ……これ」
 きょろり見回してひどく目を惹いた一つの灯。
 花籠のような籐籠に硝子製の百合水仙。じっと見つめれば、そっと店主が耳打ちする。
「それ、実は三色燈るんだよ」
 カチリ。カチリ。カチリ。
 白。桃色。黄色。
 曰く、自然に咲く百合水仙と同じ色に気分に合わせて変えられるインテリアランプだと自慢気に。どの光も淡く乳白色の硝子越しだからか、目に優しく柔らかかった。
 実は一目見て惹かれていたものの、温かな輝きを見たイルヴァの心は『灯凛花』と銘打たれたこの洋灯にぴたりと決まり。
「すみません、これを一つ」
 この温かな“彼女らしい”輝きが、砂糖菓子のような笑顔が綻びますように。
 込めた祈りは優しく甘く。
 雨宿のランプを手に、蛍は人混みを巡る。
 懐中電灯の様なものから、部屋に置く置き型のものに、吊り下げ型の灯。
 どれも賑やかでいて、きっと今日誰かの手へ渡りゆく品々は一つ一つが活き活きと輝いていて目にも楽しい。
 と。
「ん?あれは……」
 ゆるりと背へ伸びた巻き角に銀髪と、薄明りの中で水の様に煌めく淡色の髪。
「おっきなお花ですね、ドルデンザ!」
「そうですね……もしかしたら、あれは私の頭くらいあるかもしれません」
 ふふと笑いあってみているのは周囲よりも大きな、向日葵を模ったランプ。
 何だか面白そうだと、蛍がそうっと後を付ければ――……。
「雅楽方君、あれは……!」
「なんだかアリスのお話みた……うん?そ、それはちょっと大きすぎではー?!」
 右を見ては目を輝かせ。左を見ては笑いあって。
 賑やかな二人が最終的に目を付けたのは、成人男性ほどのある巨大なキノコランプ。
 年齢差を感じさせずはしゃぐ二人に、ついつい後ろで見ていた蛍が我慢できずに噴き出した。
「ねぇ二人とも、良いお土産は見つかった?」
「あっ蛍!」
「おや、天羽さん」
 全く気付いて無かった二人のために、喉から出そうな笑いは密かに飲み込んで。
 折角だから一緒に廻ろうと提案すれば、二つ返事で勿論!と返ってきた。
 花はいつか枯れてしまう。でも、思い出も物も残るものだから。
「今日らしい、素敵なものは見つかるかな?」
 歩幅合わせて三人ぐるり。
 ゆっくり進んでは歩みを止めて。
「銀、これ」
「揺漓はそういうのが気になりますか?」
 色取り取りのランタンは目を惹くものばかり。
 アルルカンを銀、と呼ぶのは少し冷えた風に桃色の髪遊ばせる揺漓。
 ふと揺漓が手に取った炭鉱ランプには、それを使い見知らぬ誰かが生きた証が強く滲んでいた。
「ん。シンプルも古風も、モザイクの華やかなのも中々……」
「ふむ……偶然出会った夜道で持っていたら、自慢できそうかなと思ったのですが」
 悔しがるから、止してくれ。 ふふ、冗談ですよ。
 などと、軽口は友人なればこそ。ふと揺漓が思いついたような顔で言う。
「ふむ、そうだな。銀に一等見合いそうなもの、探してみようか」
 二人の回遊はまだ続く。
 お疲れ様!と出迎えて、歩きだした光の中は物珍しさに溢れていた。
 あれも素敵!これは見たこと無い!と目を輝かせる奏多は花の様。
 ついつい綻ぶクララの頬が、祭の熱気に淡く染まる。
 足の向くまま気の向くまま。歩いて、歩いて、歩いて。
「クララさん見て!これ、もしかしたら秋祭りの浴衣に似合うかも!」
「まぁ、かわいらしい。ああ、でも……」
 さっきの読書用のと、猫のが気になるんでしょ?
 そう見透かしたように笑う奏多は、やっぱりクララの友達だった。
 祭はまだまだ、続いてる。
 お疲れ様と出迎えたのは、紘も同じ。
 目の前でぴょんぴょんと元気いっぱいに跳ねるエトワールは、まるで。
「……うさぎみてぇ」
「兎さんかぁ……いいね!えへへ、せっかくだから兎のランタン探しちゃおっかなー」
 鼻歌でも歌いそうな目の前の少女は眩い。
 そんなこと構わず、微笑むエトワールは紘の手を取って。
「紘くんっ――ね、行こ!」
「はいはい」
 気だるげそうで、その実エトワールを出迎えた時から忙しなく怪我のチェックをしていた瞳がゆるりと落ち着いたことを、“うさぎ”は知らない。
 進んだ傍から右も左も灯りの洪水。
 眩い物から淡い物、華やかな物から奇抜な物に、実用一辺倒など様々で。
 そんな中ふと、紘の目が留まる。
「紘くん?」
「……あ、いやこれが」
 紘が指差したのは兎が覗くアンティークランプ。
 エトに似てる。ふーん、じゃあこっちの狼は紘くんだね!
 微笑みあう二人に店主が一声。名入れのプレートは要らんかね?
 揃いで選んだ銀の開本型。“Eto”“Hiro”ページに刻んだ文字は二度と消えない跡。
「これなら失くさないな」
「……うん、失くさないね」
 茶化す声より目は優しく。下がる眦は緩やかで。
 二人。
 指を絡めて握る手が二度と離れぬように。
 祭の熱気と誰彼とざわめく中、闇に浮かぶ灯を頼りにアイヴォリーと夜は行く。
 ふわ。
 ふわ。
 ふわ。
 ふう、と店の切れ目。端の端の、一店。
 二人が歩みを止めたことも、視線を向けたタイミングも、ほぼ同時。
 アイヴォリーが手にした黒鉄の籠には銀星の電灯。揺れる身動ぎは出来ようと、空かえれないこの星の身の上が、ふと。
「綺麗だね」
 ハッと焦し飴色の目が夜を見た。灯りに艶めかしく照る、銀の。
 この心を知っていそうな、銀が。
「――ひとりで帰るには、夜空はあんまり遠すぎるかしら」
「夜空は案外と、傍にあるものさ」
 謎かけの答えは簡潔。他者には他愛ない夜の囁きも、アイヴォリーには特別で。
 あぁ、この想いを声に言葉にして良いのかとアイヴォリーの中の己が嘆く。
 ならぬからこそ言いたくて。ぐるりぐるりと泳ぎ続けた何かが、つい口を突いて出た。
「……一緒にいて、どんな“夜”も」
「勿論――俺も隣で、眠らせて」
 名か時か。
 問わず言わずと、二人の間に確かな繋がり。

 ゆれる一時不思議と長く。
 おだやかおだやかと、誰かがわらう。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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