地球人を愛するがゆえに

作者:七尾マサムネ

 舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956)が一仕事終え、帰り道についていた。
 仕事、といってもケルベロスとしてではなく、医者……それも頭に『闇』と付く類の……の方である。
 今日は遠出だった。帰り道の途中、来慣れぬ公園を通る。
 鳩が多い。餌を求めてのことだろう、などと思っていた瑠奈に声をかけてきた人物がいる。
 首から下は、敬虔な神父。しかして頭部は鳩……平和の象徴。ビルシャナだった。
「私は地球人を愛している」
 怪しい。
「我が願いは、地球人の繁栄と平和。だがそれには、異種族が邪魔だ。ゆえに、地球から追い出したい。サキュバスは火あぶり祭り、ウェアライダーは石打ち祭り。この国に異種族を排除する祭りを提案したいと思っている」
 だが、と鳩の神父は、瑠奈を見遣った。
「まずは目の前のサキュバスで、火あぶり祭を開催するとしよう」
 鳩神父の掌に火が宿った瞬間、鳩たちが一斉に空へと飛び立った。
 ここに平和はない。

 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)の元に集まったケルベロスたちには、緊張感が漂っていた。ザイフリートの招集が、急を要するものだったからである。
「舞阪・瑠奈が、ビルシャナの襲撃を受ける事を、こちらで予知した。だが、敵の動きは迅速だったようだ。舞阪・瑠奈と連絡はつかずじまい……そこで皆に予知現場に急行してもらい、救援を頼みたい」
 瑠奈が敵と遭遇するのは、とある公園内。一般人も利用する場所だが、戦闘開始とともに自主的にその場を離れているため、改めて避難を呼びかける必要はないと、ザイフリートは言う。
 ビルシャナの名は、『鳩神父』。
 名は体を表すと言うが、まさにそのままの風貌をしている。
「二つ名は『地球人の平和を願う』。それに偽りはないのかもしれぬ。だが、そのために、異種族を暴力で地球から追い出そうという、危険思想の持ち主である以上、放置はできない」
 鳩神父は、数々の『奇跡』を起こし、攻撃を行う。それは炎や光となって、ケルベロスたちへと襲い掛かるだろう。
 また、平和を語る説法を聞き続ければ、いかにケルベロスといえども催眠状態に陥ってしまう。
 そして最終手段は、物理。手にした教典の角で殴りかかって来る。
 ポジションはジャマーだ。
「地球人を愛する事自体は好ましい。だが、異種族を認めず、力にて排除するという歪んだ思想は、許されるものではない」
 皆の力で救援を頼む、とザイフリートは、ケルベロスたちに今一度頼み込んだ。


参加者
パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)
舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956)
六・鹵(術者・e27523)
鋳楔・黎鷲(天胤を継ぐ者・e44215)
田苗・香凜(私が正義・e44456)
カーラ・バハル(ガジェットユーザー・e52477)
甘津屋・アサリ(レプリカントの心霊治療士・e64142)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)

■リプレイ

●鳩狩る猟犬たち
 仕事帰りに鳩人間に声を掛けられるなんて最悪だ。
 舞阪・瑠奈(モグリの医師・e17956)は、内心ため息をついた。
(「そういえば」)
 ふと、瑠奈は思い出す。昔、海外で暮らしていた頃、異種族を追い出す思想を持つ人を見た記憶を。あの神父は今頃どうしているだろうか……。
 その時。鳩神父が教典を振り上げるポーズが、あの神父と重なった。
「まさか……そんな事は……」
 その戸惑いが、隙となった。
 教典が振り下ろされる。角が、来る。
 だが。
「……訂正しよう。どうやら最悪ではなさそうだ」
「ビルシャナは地球人じゃねえええ!」
 威勢よく飛び込んできたアルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)が、鳩神父の体を派手に蹴り飛ばした。
「くるっぽッ!?」
「サキュバス火炙り祭りは中止だ。サキュバスは火炙り、ウェアライダーは石打ちなら、俺等レプリカントには何するつもりなんだこの鳩ぽっぽ? 電気椅子とかか?」
 吹き飛ばされ、ベンチに叩きつけられる鳩神父。
 身を起こしたところに、また1つ、影が立ちはだかった。
「ドーモ、ハジメマシテ。アイム・ジャスティスです。火あぶり祭とは結構。貴様をヤキトリにしてやろう」
 両手を合わせてお辞儀。アイサツを済ませるや否や、田苗・香凜(私が正義・e44456)は、左目から破壊光線を放った。
「邪悪抹殺! 喰らえ、セイギコウセン!」
 おののく鳩神父。
 しかし、正義にばかり構っている余裕はなかった。新たに別の気配を感じたからだ。
「異種族が邪魔だ、だぁ? その考え方には一切、同意出来る余地はないぜ。オラトリオは、さしずめ焼き鳥にでもしようってか? オレは、英国と日本のクオーターで、しかも」
 気配の主、パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)は、髪の毛の房をつまみ、
「オラトリオ。トドメに異性装者と、文句なしの『日本国じゃ少数派』だぜ!」
 かっこうの排除対象を見つけた鳩神父は、そちらに向き直る。
「オラトリオ、滅ぶべし。異種族全て害悪である」
「ねえ、その教義さ、どこから、突っ込んだら、いいの、かな」
 鳩神父の背後、街灯の陰から現れた六・鹵(術者・e27523)が、反論した。
「鏡、見たら? まずこの地球から消えるのは、アンタみたいな侵略者だよ、鳩」
 とつとつと語り掛けながらも、鹵は、いつでも術を解放する準備はできている。
「私の行動原理、すべては地球人への愛。地球人をグラビティ・チェインの供給源としか見ていない異種族どもとは違うのだ」
「随分と押し付けがましい愛だな。そんな愛には食傷気味だ」
 そう告げて、鋳楔・黎鷲(天胤を継ぐ者・e44215)が、天胤剣【零式】をすらり、と抜く。
 鳩神父の言い分だと、地球人である黎鷲も対象のはずだが、このような歪んだ慈悲をかけられるのは、ごめんこうむる。
 身勝手の化身ともいえる鳩神父に、しかし、迷いを見せるものもいた。
(「こいつ、元地球人……なんだよな? ビルシャナってのは、地球人が変化しちまった姿なんだよな……なら……」)
 相手の出自を思い、躊躇を見せるカーラ・バハル(ガジェットユーザー・e52477)。だが、
(「い、いや、そんなことを考えてる場合じゃないよな」)
 今は戦闘に集中するしかない、とカーラは覚悟を決める。
(「地球人が大好きで、地球の人類側も何の手助けでも借りたいような状態なのに敵対しなきゃいけないのは悲しいです……」)
 瑠奈の救出こそ最優先事項とわかっていても、甘津屋・アサリ(レプリカントの心霊治療士・e64142)の顔に、悲嘆が浮かぶ。しかしその思いは、相手に届くことはなかった。
 鳩神父は、制裁と排除の意志の元、ケルベロスたちを破壊の光で包んだ。

●独善の鳩
 どこかとぼけた外見とは裏腹に、鳩神父の挙動は俊敏であった。
 殺気に反応した鳩神父が、とっさに体を翼で覆った。カーラの狙撃を受けたのだ。魔法光線の照射は続き、威圧感が、鳩神父の反撃を封じる。
「祭りなら近隣の住民の許可を取ってやれ。独断でするな」
 瑠奈が、てのひらから氷の螺旋を撃ち出した。後方へと逃れようとする鳩神父を、氷の渦が追い、飲み込む。
 援護の好機をうかがっていた鹵が、氷の渦に続き、疾走した。刀に呪をかけると、氷の欠片を散らす鳩神父へと刀が一閃。裂かれた白の翼が、赤に染まる。
 痛みをこらえ、鳩神父は教典を振るう。
 狙いとなったパトリックは、姿勢を低くして攻撃をかわすと、
「爺様やオヤジん頃は外見で嫌な思いもしたことあるというし、てめぇがビルシャナでなくても、即刻ぶん殴ってた所だぜ!」
 雷光を帯びた刀を繰り出し、鳩神父へと神速の突きを浴びせた。
「く……」
 鳩神父の見開いた目に映るのは、竜。パトリックとともに戦う、ボクスドラゴンのティターニアだ。
 体当たりを受け、後退する鳩神父。しかしその間にも、教典をぱらぱらとめくる。
「火炙り祭り、まとめて参加資格をやろう」
 鳩神父が、炎をまき散らす。ケルベロスを芯まで焼き尽くす灼熱の神罰……いや、『鳥罰』か。
 炎熱の余波を払いのけ、黎鷲が、血の雫を刀身へとこぼした。そこに秘められた魂に反応し、仲間たちの武器が次々と内在する力を解放。同時に、力を十分に振るえるよう、持ち主たちの傷口をも塞いでいく。
 そして風を起こし、皆の傷を癒すアサリを、鳩神父がうっとうしげに見遣る。
 アサリも紆余曲折を経てレプリカントに落ち着いた身だ。鳩神父に対する皆の怒りや悲しみといった反応も、理解できる。
「俺自身や知ってる連中の安全の為にも、焼却炉に叩き込んでやるよ鳩ぽっぽ」
 鳩神父に肉薄したアルベルトが、拳を繰り出した。境地に達した技を受け、くの字に体を折る鳩神父。
 しかし、歪曲したものとはいえ、胸に抱く愛が、その足を支える。
「どうした、地球人を愛するのではないのか? 正義は種族的には地球人だ。愛する者を殺すのか」
 香凜が、我が身に残る火を顧みず、斬りかかった。増力した筋肉による踏み込みは、地面を砕き、鳩神父を切り裂いた。
「異種族と共にある者は、地球人の裏切り者である。ゆえに異端と同じ」
 傷口を押さえ応える神父を、香凜は一笑に付した。その程度の言い分で、正義を論破する事はできない!

●愛と平和とケルベロス
 鳩神父の、多彩なる攻撃が、ケルベロスたちを襲う。
 アサリが、負傷者の体をスキャンした。最も的確な回復薬を瞬時に調合すると、仲間に投じた。
 仲間をフォローするのが自分の役目。中でもカーラには、初仕事の際、恩もある。今の自分の実力を見せる、絶好の機会だ。アサリもあの時は経験不足だったが、今は違う。
 一方、鳩神父も、ケルベロスのペースに飲まれているばかりではない。攻撃の隙を見出すと、瑠奈の首をつかんだ。
「ぐ……」
「さあ、祭りだ」
 だが瑠奈は、その手から光を生んだ。剣の形に収束したそれが、鳩神父の腹部を貫通する。
 カーラが、至近で刺されよろめく鳩神父に蹴りかかった。刃の如く鋭いキックが炸裂する。排他的な愛を、その身より追い出すように。
「ど、ドラゴニアンめ……!」
 カーラが敵から離れたのと入れ替わりに、鹵が詠唱を完了させた。鳩神父の奇跡とは全く異なる術により、虚空に描き出された魔法陣は、扉となった。中から現れたのは、触手の群れ。
 鳩神父を敵と認識したそれは、しゅばっ、とこちらの世界に放たれた。
 払いのけようとする鳩神父の手を弾き、神父服を貫き、穴をうがっていく。
「こしゃくな。せめて我が教義、理解してから死ぬがよい」
 鳩神父が、教典を開いた。
 地球人を愛せ。
 異種族を殺せ。
 シンプルながら偏った説法は、アルベルトの鼓膜から滑り込み、その精神を乱した。
「あ、あれ……? 酔っては、ないな……?」
 一瞬正気に返ると、即座にシャウトするアルベルト。かっ、と目を見開き、
「いくら俺がグータラでも依頼前に酒飲まん!!」
 精神を整えた。
「我が教義に身も心もゆだねていればよいものを」
「黙れ、その煩い口を二度と開けないようにしてやる」
 苦言を呈する鳩神父を一蹴し、黎鷲が刀を撫でた。すると、これまで喰らい、蓄積された魂がこぼれ、光となってあふれ出す。アルベルトの傷を癒すために。
 鳩神父は、怒りに満ちたパトリックの気迫に、たじろぐ。容赦ない斬撃が、傷ばかりを狙って二度三度と閃く。
「異種族だと、それがどうした。異種族は邪悪ではない。邪悪は貴様だ。何故なら、私が正義だからだ」
 容赦ないのは、香凜も同様。
 緑の混沌に包まれた大剣が、振り降ろされる。これまでの攻防で薄汚れた翼が、両断され、羽根が公園を舞った。

●愛と排除の結末
「地球人以外の全てがいらないなら、鳩神父自身はどうするつもりなんだ」
「私はれっきとした地球人である」
 竜砲を構えたカーラの問い掛けにも、鳩神父は平然と返す。
 己がビルシャナに変貌した事すら理解できないのか、それとも認めたくないのか、あるいは自分だけは姿形にとらわれないという事なのか……。
 いずれにしても、自分に都合のいい解釈で『異物』を決めつける相手だ。カーラは感情を押し殺し、決着の決意を固めた。
「最早この星は地球人だけの故郷ではないだろうに。それもわからないのか」
 黎鷲が、不遜な態度で告げた。異種族の集合体であるケルベロスがここに集まった事こそ、その現れのはずだ。
 黎鷲が構えた刀に、呪詛が満ちる。これまで放出した魂を補うように、刀が鳩神父の魂を食い破った。
「イヤー!」
 鳩神父に躍りかかる香凜の形相は、狂戦士めいていた。慈悲はない。
 そしてパトリックとティターニアの怒涛の攻撃に、追い詰められる鳩神父。
 味方の怒りをも吸収したように、アルベルトが雷撃を呼んだ。それは地面を砕きながら標的に達すると、神父服を切り裂き、四肢から自由を奪った。
 退く態度を微塵も見せない鳩神父を、鹵が阻んだ。魔力と星光を帯びたキックを受けても、その場でこらえる鳩神父だったが、勢いに負け、地を滑るように後退。樹木に背中を叩きつけた。
 着地した鹵は、瑠奈へと道を譲る。敵にとどめを刺すために。
 だがしぶとくも、鳩神父は、ぼろぼろになった教典を開かんとする。
 しかし、アサリが圧縮したエクトプラズムを投射し、鳩神父の手から教典を弾いた。反撃の機会を奪ったのだ。
「い、いまです、ま、舞阪さん」
 アサリの援護を受けた瑠奈が、鳩神父に向かう。
 その指が触れた瞬間、神父の全身を電流が駆け巡る。損傷の蓄積した肉体に、それに耐える事はもはや不可能であった。
「我が地球人愛が阻まれるなど……あってはなら、ない……」
「保健所はビルシャナの死骸は引き取ってくれないとさ、残念だったな鳩ぽっぽ」
 無念とともに消えゆく神父に、アルベルトが言った直後。
 爆発四散する鳩神父を背に、香凜が勝ち鬨の声を上げた。
「ジャスティス!」
「倒すのにここまで一切の憐憫持てない奴は、そうおらんわ!」
 鳩神父が倒れた後も、パトリックは、しばらく怒りの収まらない様子だった。
 一方、カーラの胸中では複雑な想いが渦巻いていた。自分が正しいと思い込むビルシャナではあったが……。
 周囲をヒールするアサリ。しっかり皆の役に立てただろうか、と思いながら。
「まあ、何だ……助かった。礼を言う」
 一段落し、皆へと感謝を述べる瑠奈。
「言っておくが、何も奢らんぞ。私は裕福ではないからな」
 構わない、よ、とうなずく鹵。もとより、窮地を救えた事こそ、最高の報酬だ。
 任務を無事まっとうした黎鷲が、静かに踵を返す。
 そして皆もそれぞれに、帰途に就く。しかし、ひとたび同じケルベロスの危機とあれば、駆け付けるだろう。
 種族を越えて。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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