和栗のしあわせ

作者:七凪臣

●血の香
 朝夕の風に涼やかさが匂い始める頃。
 和の趣が小洒落た商店街は、この時期を待ち侘びた人々で賑わう。
 栗宴――そう称された、栗のフェアが催されるのだ。
 栗を使った菓子や食品に、栗をモチーフにした小物など。軒を並べる店々が、それぞれ創意工夫を凝らした品を並べる。
 訪れるのは若い女性客から、子連れの家族、悠々自適の老夫婦と多彩。
 そしてその日は栗宴開催初日ということもあって、人通りは頗る多かった。
 そこへ牙の災厄が降る。
「グラビティ・チェインを寄こセ」
「恐レ、怯えヨ! ハハハハ!!」
 耳障りな哄笑が響き渡り、逃げ惑う人々が次々に白い漆喰壁を生温く彩る朱花と化す。
 ――殺戮は、見渡す一帯から動く命が尽きるまで続いた。

●秋の香
「それは大変ですね」
 眉を顰めるラクシュミ・プラブータ(オウガの光輪拳士・en0283)に、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は「そうですね」と首肯する。
 とある商店街で起きる竜牙兵による殺戮事件を予知したのだ。
 急ぎ現場へ向かえば凶行は阻止できる。ただし事前に避難勧告は出せない。出現地点が変わってしまう恐れがあるからだ。
「皆さんが戦場に到着次第、避難誘導は警察に任せられるよう此方で手配します。ですから皆さんは竜牙兵の対処に専念して下さい」
 その間、挑発などで引き付けて貰えると助かるとリザベッタは言い添え、必要事項をかいつまみ説明してゆく。
 場所は古い町屋を再利用して形成された商店街。小京都的な街並みに、訪れる人も少なくない。
 店が両側に並ぶ大路に現れる竜牙兵は、合計四体。いずれもバトルオーラを装備しており、二体ずつで前衛と後衛に分かれている。
「皆さんとの戦闘が始まったら、竜牙兵が逃亡する心配はありません」
 だが、折しも商店街は栗宴の初日。
 ケルベロスが敗北するような事態が起きれば、多くの犠牲者が出てしまうだろう――と、リザベッタが一通りを語り終えた時、ラクシュミが聞き慣れぬ単語に、ことりと首を傾げた。
「くりうたげ?」
「あぁ、えぇと。栗を使った商品を特に扱うフェアらしいです……あ、そうだ!」
 突然、リザベッタの声の色が変わる。
「商店街の中でも『はなの香』というパティスリーが評判らしいのですが。そこに和栗を使った季節限定のシュークリームとメロンパンがあるらしいんです」
「まぁ!」
 リザベッタが思い出した素敵情報に、ラクシュミの瞳に星が瞬く。
 栗のチョコレートでシューをコーティングしたシュークリームの中には、抹茶味のクリームと和栗の渋皮煮が丸ごと一個入っているのだとか。
 そして小振りに焼き上げた表面サクサク中はふわふわのメロンパンは、切込みを入れて特製の栗アイスをサンドしてあるらしい。
「シュークリームはお持ち帰りもできますが、メロンパンは併設されているカフェでしか食べられない限定品だそうです。全体的に甘さを控えめにしてあるらしいのは、和栗の繊細な味わいを活かすためかもしれませんね」
 まぁ、まぁ、まぁ!
 齎される怒涛の素敵にラクシュミは顔を耀かせ、それから赤い眼に正義の炎を灯す。
「皆さんの幸せを邪魔するデウスエクスには、しっかりお仕置きしないといけませんね」

 全てを恙無く成せたなら。
 金木犀の香る瀟洒な街並を眺めながら、秋の味わいに舌鼓をうつのも良いだろう。
 寛ぐケルベロス達の姿に、不遇に見舞われた人々も、きっと安堵に胸を撫で下ろしてくれる。


参加者
天矢・恵(武装花屋・e01330)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
ルリィ・シャルラッハロート(スカーレットデスティニー・e21360)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
レイヴン・クロークル(水月・e23527)
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)

■リプレイ


 寝ぐせの取れぬ髪をふるり震わせ、オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)は大路へ飛び出すや否や竜の鎚を振りかぶる。
 轟音を上げて、砲弾が飛ぶ。予期せぬ襲撃をまともに食らった竜牙兵へ、オリヴンのテレビウムである地デジも巨大な糸切ばさみ風の得物を掲げて突撃した。
『!?』
『待チ伏せダトっ』
 牙から兵へ姿を転じたばかりの異形らが、ざわつく。その視点が定まるより早く、天矢・恵(武装花屋・e01330)はアスファルトを蹴る。
「ケルベロスだ。今から掃討を始めるぜ、離れてくれ」
 常は仕舞う三対の赤翼を一時広げ高みを滑空する男の警鐘に、行き交っていた人らはピクリと反応すると、対応に出てきた警官に導かれ『戦場』から散っていく。その人波に最も近しい一体を恵の蹴撃が貫いたのを見止め、ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)は恵と真逆の位置で仁王立った。
「カフェで素敵なひとときを楽しむためにも――」
 顔立ちを僅かにきつめにみせる瞳に猛る闘志を漲らせ、ジェミは纏う防具の力を開放する。
「竜牙兵はきっちり倒さないとね!」
『『ナッ?』』
 立ち昇る、赤い光。金糸銀糸で太陽が縫い取られた鮮やかな赤のバトルコスチュームの最終決戦モードに、竜牙兵たちの目は完全に引き寄せられた。そのままデウスエクス達は誘蛾灯に誘われた羽虫のようにジェミへ群がる。
 ――ここまでの流れは、ケルベロスの狙い通り。
「好き勝手、させるかよ」
 ジェミ目掛けて飛ぶ気の弾丸へ、レイヴン・クロークル(水月・e23527)と、レイヴンが伴うテレビウムのミュゲが飛びつき。盾としての本懐を果たした一人と一体は、そのまま次の動作へ移る。レイヴンは自分たちへ加護の爆炎を鮮やかに巻き起こし、ミュゲは――。
「可愛らしいお嬢さんですね」
 きゅるりとした瞳で己の様子を伺ってから、閉じたパラソルで竜牙兵へ向かっていったミュゲに斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)は目を細めた。おそらく、信を預け回復を任せたつもりなのだろう。ならば自分はそれに応えるまで。
「草木の彩移り行く様は、四季抱く星の美の一つですのに」
 詩を諳んじるよう口ぶりは軽く、朝樹はしゃらりと黒鎖を繰る。
「街ごと朱にしよとは情緒に欠けますね」
 前衛を守る魔法陣を書き上げながら発せられた言葉は、無粋な輩を謗る響き。優美な旋律に、無骨な牙の兵が肩をいからせる。明らかな挑発だのに、デウスエクスの反応は顕著。故に間髪入れず、ルリィ・シャルラッハロート(スカーレットデスティニー・e21360)は高圧的に声を張った。
「牙から作られるなんて、まるで竜の虫歯ね。それなら私たちは歯医者ってとこかしら?」
 歯医者が虫歯に負ける事は無いわね――と、揶揄と侮蔑をたっぷりと塗した台詞と共に、ルリィは駆動する刃で恵の蹴りを浴びた一体を斬り付ける。
 成程、挑発とは具体的にはこういう風にすれば良いらしい。
 仲の良いルリィのやりようを小耳で学び、リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)は建物の影から駆け出し、ダメージが蓄積している竜牙兵へ肉薄する。
「目覚めよ力……わたしの刃は全てを断ち、全てに死を与え討ち滅ぼす……! 黒死に呑まれ滅びろ……!」
 畳みかけるに値する消耗ぶりだと判断したリーナの一撃は、神速にして苛烈。魔力で顕現させた漆黒の四対翼で加速し、同じ耀きの魔力刃で竜牙兵を薙ぎ払う。
『ヴォッ』
 強撃に竜牙兵の足取りが乱れた。だがザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)は心浮き立たせる事なく、自由を許されている後ろの二体へ狙いをつける。命中精度は、さほど高くはない。それでも何とかなるだろうと構えるザンニの楽観さが幸運を招いた。
『ッ』
『こノッ』
 縛霊手から発射された巨大光弾に飲まれた二体が、不調を呻く。見事、牽制の役割を果たしたザンニに、ラクシュミも遅れを取るまいと綺羅星の如き突進で敵を跳ねる。
 仲間が被ったダメージと挙動から判断し、竜牙兵は破壊者と狙撃手の組み合わせらしい。
「前のめりな布陣ですね」
 読み解いた敵の陣形を朝樹は凪の眼差しで見つめる。慌てる必要は皆無。相応の準備は万端だ。


「だからお前はアホなのよ!!」
「ん……スイーツの為だから……すぐに解体させて貰う、よ」
 サキュバスの黒い翼から魔力を噴射し竜牙兵に突撃するルリィを、リーナが追随する。
 気心が知れた者同士の密な連携。突き出した両手からルリィがエネルギーを叩き込んだ直後、衝撃にデウスエクスが呻く間も与えずリーナが両断した。
 ぼろぼろと崩れた体が、骨屑と化して秋風に攫われる。
 無に帰した異形の命は既に二つ。残りが二体になった時点で、癒し手の位置から戦況を具に観察する朝樹は、ザンニも各個撃破の輪に加わるよう促す。
「了解っす!」
 辛抱の時の終わりと告げられ、ザンニは溌剌と赤銅色の髪を躍らせた。気儘に、自由に。本来の気質をあらわにザンニは戦場を飄々と駆け抜ける。
「戦闘後に壊れたところは直せるとは言え、美味しいご褒美はしっかりと仕事の処理を終えてから……!」
 より疲労度の大きい竜牙兵へ、ザンニは鋼の鬼を纏った拳を叩きつける。強い呪力のこもる一撃に、骨の異形を守る鎧が弾け飛んだ。
「わたしも参ります!」
 気迫を漲らせ、ラクシュミも曼陀羅の後光を放ち体当たる。
「めろんぱんが……まっているからね」
 夢見るようなまぁるい口調で未来を呟き、オリヴンは羽のように軽いブーツで宙へと舞った。地デジが地上から見上げている。何となく親友へ手を振って、オリヴンは五芒星を象るオーラをデウスエクスへ蹴り込む。そのままころりと横へ転がれば、走り入って来た地デジが凶器で骨の喉を貫き斬った。
 ことりと髑髏がアスファルトに転がる。ころころ、ころころ。回転草のようだ。無論、次代へ繋がせるつもりはない。躯となったそれも、戦いの余波に砕け散るだけ。
 栗宴の街道を襲った竜牙兵の殲滅戦は、極めて順調に進んだ。ケルベロスにとっての想定外が発生する事は一切なく、粛々と事は成されてゆく。
『オノレ、セメテ――』
「ちっちゃい子に、何してるのよ!」
 敗北を悟った最後の竜牙兵が、道連れにとミュゲに迫るが、直前でジェミが割って入る。
「あなたみたいなタイプは、しっかりお仕置きしないとねっ」
 脇腹に食らった音速を超える拳を、ぐいと掴み。更に引き寄せたジェミは、間合い零の反撃を繰り出す。殆ど生身で構成する肉体は存分に鍛え上げられ、されど高速演算機能はそのままに。斯くして打ち出された一撃に、デウスエクスは大きく仰け反った。
「ミュゲ、お疲れ様だ。ジェミもサンキュー」
 途中、笑顔の画面より発したフラッシュで、敵の意識を怒りで染めたミュゲをレイヴンは労い、ダメージを肩代わりしてくれたジェミを月光にも似る耀きで癒す。
 視えた終わりに、朝樹も攻性に転じる。
 同胞を喪い、蹂躙の憂き目に遭う竜牙兵の様は、哀れと言えなくもない。折しも季節は、秋の入り口。物悲しさが細い雲のように棚引く頃。
 だが、感慨の欠片も朝樹の視線に零れはしない。
(「私の裡。深みを揺さぶれるのは――」)
 感情を注ぎうるたった一人を脳裏に描き、朝樹は薄い笑みを刷いて広げた手のひらより薄紅を溢れさせる。
「散り逝く極まで、惑い続けなさい」
 纏い付く霞の柵に内側まで侵され、唯一命を感じる竜牙兵の眼が濁った。

「天矢さん、お願いするっす!」
 ――ああ、と。ザンニの小気味よいエールに短く応え、恵は身を低く駆けた。
 一度は背面を取ると思わせ、その実、真正面から。機転の利いた動きに竜牙兵は翻弄され、気付かぬ間に懐に入られるのを許してしまっていた。
 誰を倣ったでもない、我流の格闘術。敵の目を欺き、戦いのペースを握る。今日もそれらを遺憾なく発揮した恵は、いよいよ集大成を決めにかかった。
「これで終わりだ」
 短い宣告を耳に、竜牙兵が目を剥く。その眼が最期に見たのは、一瞬前までは存在しなかった筈の一振りの剣。
 果たして何時、彼の剣は振るわれたのだろう?
 追うことさえ叶わなかった神速の斬撃に、デウスエクスの命は絶たれ潰えた。


「わぁああ……!」
 何処からともなく取り出したもこもこ羊のぬいぐるみを隣の席に。黒刷毛目の平皿に乗せられ届いたメロンパンに、オリヴンは普段は眠たげにしている瞳を丸めた。
「すごいよ、地デジ。美味しそう」
 焼きたてのメロンパンの香りに誘われ、ナイフをたてればサクリ。サンドされた栗アイスを零さないよう口へ運べば、温かいと冷たいのコラボレーション――に続き、栗の優しい甘さが口いっぱいに広がる。
「……んんん!」
 蕩け落ちそうな頬を両手で支え、オリヴンは暫し幸せを噛み締めて。はっと気づき、地デジへもお裾分けを切り分けた。
「一緒に食べようね」

 被害らしい被害の出なかった商店街には、瞬く間に活気が戻り。立役者であるケルベロス達も安心して『はなの香』で初秋を満喫する。カロリーの摂取し過ぎは気にしない。
「大丈夫、動けば平気。そのうち腹筋も割れてくるわ」
「そうですね! 動けば大丈夫!!」
 ジェミが発した魔法の言葉に釣られ、灯も迷いを振り切り、珈琲をお供にパンとシューの両方をオーダー。
 以前には、夜中にドーナツを食した仲。昼過ぎの罪悪感など何のその――でも。
「定命化してから、甘いものが美味しくてー……」
 呟けば、刺激される記憶。過る影に、ジェミは木目の格子窓の向こうへ視線を遠く馳せる。
「心に目覚めていれば。私の姉妹機もこのパンの味、分かったのかな」
 それが誰かの事を言っているのか理解し、灯は珈琲で喉のつかえを流し、友人の顔を心配げに窺う。
 灯にとってデウスエクスは全て、敵だった。けれど心を得て、今、共に歩めているジェミにとっては――。
 しかし、灯の様子に気付いたジェミは、いつものように笑う。
「あの子のことは忘れないけど、でも迷ったり止まったりしない。大好きな灯さん達と、迷わず前に、ね」
「……ジェミさん! 私、ジェミさんが迷わないなら、これからも! もっと強い友達になります! 腹筋だって割りますよ!!」
 自信に溢れ、鍛錬をも怠らぬ友人の姿勢に感銘を受け、灯は力強くどんっとお腹を叩く。そこに山ほどの甘味が詰め込まれていたのを失念し。
「大丈夫?」
 ぐぅと咽る灯に、ジェミは笑みを和らげ、その背をさするべく席を立った。

 焼き栗や、トルテも美味しいけれど。日本の栗のお菓子も十二分に魅力的!
「ここはやっぱり、カフェでしか食べられない栗アイスメロンパンよね!」
「そうよね! でも私は両方食べるわよ」
「ルリィ、ズルい!」
 高貴な血筋に生まれついても、苦いものはまだ苦手。珈琲用にたっぷりのミルクを用意してもらい、ユーロとルリィの姉妹はオーダー時点で一悶着。
「では、食べきれなかった時はわたしがお手伝いしますので。ユーロさんも両方、如何です?」
 仲裁に入ったような、自分も両方食べてみたいだけのような。そんなラクシュミの提案に、ユーロが顔を輝かせたか否かはさておき。厨房近くの四人テーブルは、あっという間に賑わい甘い香りで満たされる。
 もくもく、はむはむ。
 中でも一等、よく食べているのはリーナ。この為に、竜牙兵退治だって頑張ったのだ。今は黙々と――やめられない。止めるつもりもないが。
 結果、和栗の甘味たちは運ばれて来ては消え、運ばれてきてはまた消え。厨房近くの席は大回転。けれど仕方あるまい、
「ねぇ、ラクシュミはどっちが好み?」
「……これは、選べませんね。どちらもとても幸せです」
 ラクシュミが頬を染めるよう、両方とも絶品。成程、栗宴の名物になるはずだ。となれば、もちろん。
「栗抹茶シュークリームはお土産に買って帰りましょう?」
「幾つ買う? 私は最低三個から……」
 自宅用を幾つ買って帰るかの算段を楽しく繰り広げるシャルラッハロート姉妹の傍ら、リーナはまだまだ黙々もくもく。そんなリーナへは、ラクシュミが土産として買い求める。

 はなの香の、大通りには面さない店先の。綻び始めた金木犀の下、緋毛氈を敷いたベンチにレイヴン、ミュゲ、つかさの順で並んで座り。
「ミュゲ、シュークリームはお持ち帰りだからな? いや、今食べてもいいんだが……折角の機会だしな、うん」
「って。そこでなんで俺をチラ見するかな、あんたは……」
 ――と、「全く」と笑い視線を落とすと、レイヴンを真似たようなミュゲと目がかちあい。これは敗北とばかりに、つかさはミュゲを膝へ抱え上げ、魔法の言葉を唱える。
「いいよ、一つだけなら」
 ぱああと輝くミュゲの顔。更に大喜びの顔文字まで浮かぶものだから。つかさとレイヴンは顔を見合わせ、笑み崩れるより他にない。
「俺もあんたも大概に甘い」
「今日は目いっぱい頑張ってくれたし。偶には甘やかし過ぎる日があってもいいさ」
 言ってレイヴンはミュゲの頭をそっと撫で、持ち帰り用の箱からシュークリームをミュゲへ一つ。人より小さなテレビウムには、これで立派なメロンパンサイズ。そのメロンパンも大人が頬張ると、アイスクリームが溶けてパン生地に染みた部分が食感と味も最高で、ついつい子供みたいに夢中になってしまう。
「思った以上に、くどくない……」
 秋の甘味はさつまいもと栗派なつかさも納得な、初秋のひと時。『家族』と在れば、尚更に。
「来れてよかった」
 ぽろり零れたつかさの感嘆に、レイヴンも頷く。
 ――俺も。お前やミュゲと来られて良かった。


「ユラさんの所のお店も落ち着く感じですが、和風カフェというのも大人な雰囲気がして良いっすよね」
 栗型の楊枝入れを指先で突きながら店内を見渡すザンニの評に。揺漓は「確かに此の洗練された雰囲気はうちには無いな」と妙な得心を微笑む。
 それにしても、だ。秋は美味が多い季節とはいえ、始まりから栗のスイーツを味わえるのは、諸国カフェ巡りが趣味で自身も純喫茶を営む揺漓にとっては嬉しい限り。それが友人の誘いなら一層に。
 やがて運ばれて来たのは珈琲と、ザンニへはシュークリームで揺漓へはメロンパン。
「ユラさん、ユラさん。このチョコ、シューをくっつけてあるっす!」
「栗を丸ごと入れる為に一度、カットしたんだな」
「成程!」
 目新しい発見を逐一報告しては納得を繰り返す弟のようなザンニに、揺漓は首をゆらりと傾げて笑みを深め、自身もメロンパンに舌鼓。
 と、口の中に広がる栗の風味に、
「ザンニなら、どんなものを食べたい?」
 今後のメニューの参考がてら揺漓が問えば、
「そのメロンパンも食べてみたかったっす」
 持ち帰り出来ないのを嘆く応え。ならば一口お裾分けをと、切り分けかけて――、
「またお誘いして食べに来たいところ」
 揺漓は次を請うザンニに、手を引っ込めた。
「そうだな、また此処へ食べに来よう」
 二度と来れぬ場所でないのなら、『また』の訪れを約束するのも良い。

 ――栗宴かぁ、あっちもこっちも秋色だ。
 ――あっ、噂のパティスリー発見!
 ――恵くん、メロンパン食べて行こう!! 僕珈琲もー。
「アイスおいひい」
 きちんと両手を合わせて『いただきます』をしてから、ぱくりと頬張った栗宴限定のメロンパンに目尻を下げる父――和に、本日幾度目かの相槌を打ち、恵は自分の分のメロンパンに手を付ける。
 栗だらけなのにテンションを上げ、趣ある『はなの香』の店構えには感嘆し、そして今は美味しそうに夏の名残を冷たい栗のアイスで噛み締める父。確かにこれは噂に違わぬ味だなと恵も納得し――珈琲で喉を休めた和の遠い眼差しに気付く。
 だがそれは、郷愁や哀愁ではなく。
「……そうだ、文学少女とスイーツ男子のお話ってのはどうだろう」
『カフェで見かけるいつも同じ席で小説を読んでいる彼女は、紅茶を飲む時だけ、ほんの少し口元が緩む。それを見ると、何故か僕も紅茶を頼みたくなる。普段は飲みやしないのに――』
「面白ぇ」
 ……どうやら『なごみ』を降臨させたらしい和。季節柄、足を運びやすいカフェでの新たな出会いは登場人物たちにとっても良い刺激になりそうだと恵は感想を付け足し、すっかり小説家としてのスイッチが入っている父を眺め、新たな算段に入った。
「シュークリームも買って行こうね、夜食にするんだ」
 既に心のペンは走り出しているだろう和に対し、息子は眺めた栗宴の品揃えを思い出す。確か栗の和紅茶も売っていたような。
「よぉし、今日は書くぞー!」
 張り切る父を栗のコラボレーションで労うのもいいだろう。新たなインスピレーションも沸きそうだ。

 金木犀の香りを連れた涼風に誘われ、朝樹は高い空を見上げた。浮かぶ鱗雲に秋の訪れを見て、携えた土産の行方に心を馳せる。
 いつの季節も、笑う女だ。「ささやかな誘惑です」と言い添え栗宴のシュークリームを差し出したなら、きっとケタリと笑い目を輝かせる。
 口の中には未だ、甘い余韻が尾を引く。芳ばしい珈琲の仄苦さは、子供が喜ぶ菓子パンを大人も嬉しい味わいにしてくれていた。卓に置かれた縮緬の栗飾りも、愛らしく。
「こういう限定の特別感も秘密めいて楽しいものですね」
 大路をそぞろ歩き、朝樹は賑わいに一足早い新嘗の囃子を幻聴く。
 実りの季節。
 今日守った平穏は、この街へ豊作の祝福を齎してくれるにことだろう。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 5
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