黒き暗殺者

作者:秋津透

 群馬県沼田市、赤城山麓。
 この地で恒例の山籠もり特訓を行っていた桜庭・愛(天真爛漫な美少女レスラー・e08275)は、背後に微かな、しかし鋭い殺気を感じて素早く振り向く。
「誰?」
「……我が気配を察したか。さすがだな」
 落ち着いた口調で告げながら、褐色の肌に扇情的な黒いハイレグ水着を着た、少なくとも外見は若い女性のように見えるデウスエクスが姿を現わす。
 その背には、黒いタールにまみれた翼が二枚。エインヘリアルに仕える妖精……というか、妖魔と言った方が適切か。かつて炎と略奪を司り、破壊衝動の赴くままに力を振るっていた危険なデウスエクス、シャイターンである。見たところ武器は持っていないようだが、愛は直感的に覚った。この相手の手足、肉体のすべてが、恐るべき武器であると。
「我はシャイターンのアサシン、ラクナゥ・ソウ・カティ。ケルベロスのサクラバ・アイ、生命をいただく」
 言い放つと、シャイターンの暗殺者『ラクナゥ・ソウ・カティ』は、黒き疾風のごとき速度と勢いで、愛に襲い掛かった。

「緊急事態です! 桜庭・愛さんが、いきなり出現したシャイターンの暗殺者に襲われるという予知が得られました! 急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることが出来ません!」
 ヘリオライダーの高御倉・康が緊張した口調で告げる。
「愛さんは群馬県沼田市、赤城山麓の特訓場にいるので、今すぐ全力急行します! 一刻の猶予もありません!」
 そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。シャイターン『ラクナゥ・ソウ・カティ』は、武器を持たずに戦う暗殺者で、降魔真拳と類似した妖魔真拳という技を使います。また、炎の呪文やシャウトも使うようです。ポジションは、おそらくスナイパー。一対一で、愛さんが絶対勝てないとは言いませんが、もしも負けたら殺されてしまいます」
 何しろ相手は、プロレスラーのように敵をKOするのではなく、最初から命を奪うつもりの暗殺者ですから、と、康は告げる。
「幸いというか何というか、敵は単体で、増援も呼びません。愛さんを殺せば目的を果たして撤退するようですが、そんな真似をさせるわけにはいきません。どうか愛さんを助けて、シャイターンを斃し、皆さんも無事に帰ってきてください」
 よろしくお願いします、と、康は深々と頭を下げた。


参加者
クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)
ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)
カザハ・ストームブリンガー(嵐を齋す者・e31733)
遠音宮・遥(サキュバスの土蔵篭り・e45090)
エリザベス・ナイツ(目指せ一番星・e45135)
晦冥・弌(草枕・e45400)
ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)

■リプレイ

●戦場の鉄則;戦闘不能者は速やかに後送せよ
「えっ!?」
 群馬県沼田市、赤城山麓。
 この地で恒例の山籠もり特訓を行っていた桜庭・愛(天真爛漫な美少女レスラー・e08275)が、シャイターンの暗殺者『ラクナゥ・ソウ・カティ』に襲われる、というヘリオライダーの予知を受けて、八人のケルベロスが急遽現場に向かい、上空から降下したのだが。
 先陣を切ったエリザベス・ナイツ(目指せ一番星・e45135)が地上を確認した時、その目に映ったのは、愛とおぼしき蒼いチューブトップハイレグリングコスチューム姿の少女と、暗殺者と思われる黒い翼に褐色の肌、黒いハイレグ水着を着た女性が凄い勢いで交錯し、そして蒼いレスリングコスチューム姿の少女がばったり倒れる光景だった。
「いけないっ!」
 愛が暗殺者にやられた、と、直感的に悟ったエリザベスは、着地を待たずに殺神ウイルスのカプセルを取り出し、タールに覆われた翼を持つ女性に叩き付ける。
「うぐっ!?」
 おそらく確実に止めを刺そうとしたのだろう。倒れた愛に歩み寄ろうとしたシャイターンは、思いもかけない頭上からの攻撃を受け、ほとんど反射的に跳びさがる。
「何奴!」
「ケルベロスのエリザベス・ナイツ! 私が来たからには、桜庭さんはやらせないっ!」
 シャイターンと愛の間に降下したエリザベスは、言い放ちながら倒れている愛に飛びつき、そして全力でぶん投げた。
「……え?」
 倒れた愛と立ちはだかるエリザベスを睨み据えていたシャイターンの目が、一瞬、点になる。確かに、戦闘不能者をできるだけ敵から引き離すのはセオリーだが、まさか無雑作にぶん投げるとは思わなかったのだろう。これが一般人だったら、地面に叩きつけられた衝撃で死んでしまう。
 しかし、愛はケルベロスであり、グラビティ以外の打撃や衝撃でダメージを受けることはない。エリザベスは10トンの重量物でも動かせる『怪力無双』の防具効果を得ているので、気絶したままの愛は視界の外へ出てしまうほど遠くの木立の更に向こうへと、軽々と投げ飛ばされたが、しかし、それでどうにかなることはない……はずだ。
(「戦闘不能者後送は、とりあえず、うまくいっているようね」)
 エリザベスに続いて降下してきたズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)が、敵を見据えながら、声には出さず呟く。
 もしもシャイターンが、投げ飛ばされた愛にとどめを刺そうと即座に追いかけていたら、エリザベスとズミネ二人だけで阻止するのは至難だ。何しろ敵は飛べるのに、彼女たちは飛べない。それどころか、やむを得なかったとはいえ、今回集まった八人の中には、自力で飛行できる者は一人もいないのだ。
(「相手に、状況を把握して冷静に行動する余地を与えないようにしなくては」)
 敵の行動に対して即座に対応できるよう、ズミネはシャイターンを見据えて無言で待機する。
 そして、降下してきたラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)が、シャイターンに向かって堂々と言い放つ。
「シャイターンの暗殺者よ! 気取られてからとは言え、真っ向からの一騎討ちとは敵ながらお見事です! ですが、こちらも仲間を殺されるわけにはいきません! 僭越ながら割り込ませてもらいます! アルビオンの騎士、ラリー・グリッター! いざ参ります!」
 そう言って、ラリーは前衛に状態異常耐性を付与しようと、宝剣「God save the Queen」を高々と掲げたが、まだ前衛がエリザベスと自分の二人しかいないことに気が付くと、悠然とした態度で剣を下す。
「失礼、少々お待ちください」
「な……なんなんだ。お前たちは?」
 当惑した表情で、シャイターンが訊ねる。するとラリーも、怪訝そうに応じる。
「仲間思いのケルベロスですが、何か?」
「ええ、知らない相手だとしても、ケルベロスなら等しくぼくの先輩です。先輩の危機は見過ごせないんですよ」
 続いて降下してきた晦冥・弌(草枕・e45400)が、わりと軽い口調で言い放つ。
 そして弌に続いたルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)が、周囲を見回して訊ねる。
「たすけるあいては、どこだ?」
 それに対して、エリザベスが無言で後方遥かを指さす。なるほど、もう、うしろにいっているのか、と、ルイーゼはうなずき、おもむろに取り出したペイントブキでトラを描く。
「いけ!」
「う……おのれ!」
 ルイーゼが描いた虎は、そのまま生命を得て敵に襲い掛かる。シャイターンは貫手で虎の喉元を貫いたが、虎の爪が彼女の腕から肩を手痛く傷つける。
(「なるほど、肉を斬らせて骨を断つ戦闘タイプね。同じ肉弾戦タイプでは分が悪いでしょうけど、遠距離攻撃や長柄武器、召喚獣に闘わせるタイプならいけるのでは?」)
 それに、相手は既に相当のダメージを受けている、動きがぎこちない、と、ズミネは冷静に見て取る。どうやら愛も、ただ一方的に戦闘不能にされたわけではないようだ。
 そこへ、降下してきた遠音宮・遥(サキュバスの土蔵篭り・e45090)が、高空からの勢いをそのまま乗せ、虹を伴う急降下蹴りを見舞う。
 かろうじて頭を蹴られるのは避けたものの、虎に傷つけられた肩口を容赦なく蹴り砕かれ、シャイターンは顔を歪めて更にさがる。
「おのれっ……!」
「殺させませんよ、誰一人として」
 あなたは熟練の暗殺者だそうですが、そのお仕事も今日でおしまいです、と、着地した遥は穏やかな口調で告げる。
 その態度が気に障ったのか、シャイターンは遥に向かって鋭く手刀を突き込んだが、いち早くラリーが飛び出して庇う。
「お待たせしました」
 肩を貫かれ顔を顰めながらも、ラリーは宝剣を掲げて自分の傷を癒し、前衛に状態異常耐性を付与する。
 そして、続いて降下してきたカザハ・ストームブリンガー(嵐を齋す者・e31733)が、嬉しげに、かつ挑発的に言い放つ。
「感じるよ、本物の殺気……殺しのプロって奴かい。いいねえ、心地いい。一対一で闘いたいくらいだけど」
 でも、仲間の命が懸かってるとあっちゃ贅沢も言えないね、と、最後は言葉にせずに飲み込み、カザハは攻性植物を展開、敵を覆うように膨大な蔓を飛ばす。
「くっ!」
 シャイターンは手刀で切り払うが間に合わず、腕に絡みつかれる。動きが止まったところへ、上空からクロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)が急降下してきて、すかさず頭部に重力蹴りを叩き込む。
「お、おのれ、いったい、何人……」
「なんで……こんな事、するの?」
 跳びのいて素早く間合いを取り、クロエは言葉少なく訊ねる。シャイターンは答えなかったが、クロエが抱いている白兎のぬいぐるみ『クロ』が少ししゃがれた低い声で告げる。
「目立ちたいからじゃね? なんせ、名乗りをあげて登場しちまう派手派手暗殺者だしな!」
「何とでも……ほざけ」
 さすがに殺気立った表情になって、シャイターンはケルベロスたちを見回す。その間に、相手の対応を観察していたズミネが『ライトニングロッド+』を振るって前衛に状態異常耐性を付与する。
「ふむ……」
 ズミネと同様に行動を保留、待機していた弌が、少し迷った表情を見せたが、自分の血液を飛ばしてラリーを癒した。

●戦場の鉄則:高機動の敵は、バランスを崩して斃せ
「一席設けました。「頑張って負けないで信じているから私がついてる、あなたは絶対勝つんだもの」と、黄色い騒音が爆発すること必至ですよ」
 淡々とした口調でズミネが告げ、それを聞いた前衛のうち何人かが微妙な表情になる。
 彼女のオリジナルグラビティ『「せめて歩ませよ我が償いの道を」(セメテアユマセヨワガツグナイノミチヲ)』は、味方の列をまとめて癒し、同時に防御力をあげる優れたグラビティなのだが、それに伴って強烈な悪臭と痒みが発生するという、あまりありがたくない効果というか副作用を持つ。
 とはいえ、本来戦場とは、斬り合う敵味方の血がしぶき、火炎や雷電で焦がされた血肉が悪臭を放つ、凄惨な場所である。
 臭いだの痒いだので、いちいち文句を言ったり精神的ダメージを負っているようでは、ケルベロスの前衛は務まらない……と思う。
(「……と、理屈じゃわかっちゃいるんだけど……うぐぐぐぐ」)
 やっぱり臭いものは臭いし、痒いものは痒いわよね、と、言葉には出さずに呻きながら、エリザベスがいささか八つ当たり気味に、オリジナルグラビティ『フォーリングスター』をぶちかます。
「フォーリングスター!」
「うぐっ!」
 魔力で疑似的に作られた流星雨に嫌というほどげしげし連打され、シャイターンは身を縮めて必死に防御する。
 そこへラリーが、追い討ちとばかりにオリジナルグラビティ『Avalanche Bright Stinger(アヴァランチ・ブライトスティンガー)』を叩き込む。
「刃に輝きの洗礼を! 邪悪を貫く怒涛の奔流……受けてみなさい!!」
「くうっ!」
 宝剣「God save the Queen」に光輝の力を収束し、刺突の一撃を以て極大の魔法光線として解放する。シャイターンはなすすべもなく撥ね飛ばされ、片腕を灼き熔かされ転倒する。
 しかし、さすがというか、片腕を失いながら即座に起き上がる不屈の暗殺者に対し、弌がすかさず、かつ容赦なく、オリジナルグラビティ『冰鬼(コオリオニ) 』を発動させる。
「お姉さんがどれだけ鍛えてるか知らないけど、一対一の暗殺ならともかく、皆さんに包囲されて一斉攻撃されたら勝てるはずはないんですよ。……さあ、死んでください。ぼくが鬼」
 穏やかな口調で告げながら、弌は抜け目なく、シャイターンが腕をなくした側に手を伸ばす。避けるか、カウンターを狙うか、シャイターンが一瞬迷った隙に、弌の指が触れて凄まじい冷気を生じる。
「うわああああああっ!」
 ここまで苛烈な攻撃を受けても、呻き声程度しか洩らさなかった暗殺者が、ついに悲鳴をあげる。肩から胸、首にかけて氷が張りつき、傷を締め上げる。
 そしてルイーゼが氷のついた側に素早く回り込み、拳から黄金の角を伸ばしてシャイターンの腿を貫く。
「……おのれっ!」
「体のバランスがいったんくずれれば、動きもままならないようだな、うむ」
 跳びさがってカウンターを避けながら、ルイーゼは冷徹な口調で言う。続いて遥が、ケルベロスチェインを飛ばしてシャイターンの足に突き刺す。
「頂きます」
「ぐ……わっ!」
 チェインが刺さった瞬間、遥はオリジナルグラビティ『癒命(アナタノイノチヲクダサイ) 』を発動。ドレインで相手の体力を吸い上げる。
 シャイターンの腰が砕け、がく、と膝が折れたが、何とかバランスを保とうというのか、それともいっそ飛ぶ気か、タールに覆われた翼が左右に開く。
「おっと! そうはさせないよ!」
 間髪を入れずにカザハが猛迫し、オリジナルグラビティ『ライトニングバロン・レプリカ』を発動させる。
「技、借りるよ!バカレイ! ……Lightning Baron Replica!!」
「ぎゃああああああああああっ!」
 雷光の如き速度による神速の突撃を受け、シャイターンの身体が胴薙ぎに両断される。かつての戦友の技をコピーした劣化版で、本来の技より格段に破壊力が落ちるとカザハは言うが、それでも十分すぎる威力がある。
 しかし暗殺者は、最後に根性を見せた。身体を上下に両断され、しかも翼は腰から生えているので下半身側だというのに、上半身だけでふわりと宙に浮き上がったのである。
「急いで! 潰して!」
 戦況を観察していたズミネが、鋭く叫ぶ。逃げる気か、あるいは本来の使命を達成するため、愛にとどめを刺しに行く気か。いずれてにしても、飛ばれてしまっては目いっぱい厄介だ。
「……まかせて」
 クロエが即答し、白兎のぬいぐるみ『クロ』に護符を貼り付け、シャイターンに向けて投げつける。
「……やっつけて」
「うおおおおお、まかせろーっ!」
 雄叫びをあげて飛んでいった『クロ』が、上半身だけのシャイターンに突撃する。クロエのオリジナルグラビティ『攻撃命令(アタック・オーダー) 』は、護符を貼り付けた人形に超常存在を憑依させ、ゴーレムとして使役、目標を攻撃させる。
「……」
 歯をくいしばり、シャイターンは『クロ』を迎え撃とうとする。しかし『クロ』は抜け目なく、相手の腕がない側へと回り込み、首刎ねの決定的な一撃を叩き込む。
「ぐ……がっ!」
「あんたは良く闘ったぜ、目立ちたがりの暗殺者さんよ。超常ゴーレムの俺様と上半身だけで渡り合って、首を飛ばされて終わるなんて、これ以上ないくらい派手派手な最期じゃね?」
 意外に情のある口調で告げると、『クロ』はシャイターンの首を抱え、見開いた目を閉じてやる。首を失った上半身は落下し、取り残された下半身と縺れ合って崩れる。
「終わったわね……じゃない! 桜庭さんを無事連れ帰らなくちゃ!」
 ええと、投げた方向はこっちだったかな、と、エリザベスが走り出す。一緒に行って役に立つのかどうかさだかではないが、遥とルイーゼがついていく。
「大丈夫かな?」
「そうね。このシャイターンが囮で、後詰めのデウスエクスが別に存在していた、なんて恐ろしい事態でない限り、大丈夫ね」
 ズミネの返答に、それ全然大丈夫じゃないだろ、と、カザハは唸る。
 しかし、その心配は杞憂に終わり、やがてエリザベスが、意識は失ったままだが、しっかり呼吸している愛を背負って戻ってきた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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