再演のフィンブルヴェトル

作者:柚烏

 まどろむような、夜の淵。どこか遠くから、ちりりと涼やかな虫の音が響いてくる。夏の気配は未だに去らねど、それは季節の巡りを確かに感じさせて――街路灯に浮かび上がる無機質なアスファルトも、心なしか冷ややかな輝きを宿しているように見えた。
 ――ああ、誰が思うだろう。嘗てこの静かな街に、エインヘリアルの罪人が解き放たれてしまったことを。冬は戦を呼ぶのだと言う妄執に囚われた彼の者は、氷結の剣をケルベロスたちに砕かれ、狂気のままに死を迎えたのだ。
 ゆらり、と、彼のエインヘリアルの没した地に、幻のように現れたのは3体の怪魚たちだった。青白く発光する彼らは、ゆっくりと空を舞って、その軌跡はどこか不吉な魔法陣を描いていく。
『ア、アアア……!』
 やがて、その中央からは怨嗟の聲が響き渡り――此岸と彼岸の境界が揺らいだ。其処に召喚されたのは、獣の如きエインヘリアルであり、病的な程に青ざめた肌はもはや死者のそれだった。
 ユルヤナ、と。嘗て己をそう呼んでいたエインヘリアルは、死後の安息を得られぬままに再び冬を、戦を――この地に呼び続けようと動き出す。

 久しぶり、だね――そう言ってヘリポートに顔を覗かせたのは、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)。彼はケルベロスたちを見つけると、はにかむような笑みを見せたが――次の瞬間にはきりりと表情を切り替えて、予知で識った事件を語る。
「これは死神……下級の怪魚が起こすものだよ。前に皆が撃破した罪人のエインヘリアルが居たんだけど、死神は彼をサルベージして、街を襲おうとするんだ」
 死神怪魚たちは、そのエインヘリアルによって周辺住民の虐殺を行い、グラビティ・チェインを補給した上でデスバレスへ持ち帰ろうとしているようなのだ。
 市民を守り、死神を撃破し、そしてサルベージされた罪人エインヘリアルを今度こそ眠らせてあげて欲しい。そう告げたエリオットは、続いて周辺の状況についての説明へと移った。
「駆けつけた時点で周囲の避難は行われているから、それについては考えなくても大丈夫。でも……」
 広範囲の避難を行った場合、グラビティ・チェインが獲得出来なくなり予知の内容が変化してしまうため、戦闘区域外の避難は行われていないのだと言う。故に、被害を防ぐ為にも敗北は許されない。
「サルベージされた罪人エインヘリアルは、ユルヤナと言う狂戦士なんだ。二刀のゾディアックソードを手に、獲物を氷漬けにすることに喜びを見出している」
 元々、理性の欠けた戦闘狂であったが、サルベージされ変異強化してからは、もう知性と呼べるものは無い。ただひたすら、獣のように襲い掛かって来るだろうとエリオットは吐息を零した。
「でも、劣勢と判断すると、下級死神はユルヤナを撤退させようとするから気をつけて」
 但し、下級死神は知能が低い為、自分たちが劣勢であるかの判断が上手く出来ないようだ、とも付け加える。その為、此方が上手く演技などすることにより、敵の判断を誤らせて優位に戦うことも可能だ。
「成程、そう言うことなら、俺も少しは力になれそうだな」
 と、其処で話を聞いていた、ヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)の獣耳がぴくりと揺れる。やる気を見せる快活な表情とは裏腹に、彼の瞳に過ぎるのは――己の心を失い、ただ人形のように使役される死者への哀悼だった。
「罪人とは言え、その死を穢していい謂れはないよな。まだ冬には早いんだ――去りゆく夏を、惜しんでみるのも良いんじゃないか?」


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
高辻・玲(狂咲・e13363)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)
アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)

■リプレイ

●真夜中の再演
 時折肌を撫でる風に、秋の気配を感じるようになった頃。嘗ては重苦しい熱を孕んでいた夜も、今はその濃さを薄め――アスファルトの地面を蹴る靴音は、何処か軽やかさを帯びているよう。
(「きっと世界の音は、こうして変わっていくのでしょうね」)
 遠く響いてくる虫の音に導かれるようにして、十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)は闇色の街を駆ける。目指す場所は、嘗てエインヘリアルの罪人が倒された地――彼の存在を甦らせ使役する、死神たちの野望を食い止めるためだ。
「……性格に難があったようじゃが、彼の者はエインヘリアルとして転生し、再び死神にサルベージされこき使われるのじゃな」
 ぽつりとそう呟く、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)の表情は、闇に紛れてよく判らなかったけれど。なんだか、ちと哀れじゃのうと――もごもごと付け髭を震わせて告げた言葉には、幼い容姿にそぐわぬ諦観さが宿っていた。
「……ああ。敵とは言え、死を弄ぶのはいい気がしないな」
 一方で、街路灯に照らされた御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)の横顔は、普段と変わらぬ硬質な美を湛えていたが、響く声音にはほんの僅かな嫌悪が滲む。しかし、傍らのオルトロス――空木がひくりと鼻を動かした先を見据えると、蓮は無言で得物を構えた。
「死神――そして、あれは」
 夜そのものが形を成したかのような、射干玉の髪を靡かせて、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)もまた銃を取る。人形めいた白き指先は、うつくしくも繊細だったが――その照準には微塵の揺らぎも無い。
「まさか、このような形で再会するとはな」
 深紅のまなざしの先、変わり果てた姿でサルベージされたエインヘリアルの姿を捉え、吹雪の如き声で呟いたのはレイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)。知らぬ相手ではなかったのだ――何故ならば、嘗て彼に死を与えたのは、他ならぬ彼女自身だったから。
「だが罪人として処分したとはいえ、このような扱いをされる謂れは無いだろう」
「確かに。眠れる魂を叩き起こして一層狂わせるとは、熟悪趣味な事だ」
 と、涼しげな態度で首肯する高辻・玲(狂咲・e13363)はと言えば、優美な仕草で刀剣を抜き放ったが――その心中に不思議な感覚を覚えていた。
 対峙するエインヘリアル――ユルヤナは、戦を呼ぶべく氷結の剣を振るっていたのだと言う。剣戟にその身を晒すことこそ生き甲斐と嘯く玲にとって、戦に狂うユルヤナの行き着いた果てに、何か思うものがあったのかも知れない。
(「ランプのひかりは、スポットライトには足らないのでしょう。それでも」)
 ことりと光源のランタンを地面に置いた、オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)の爪先が軽やかなステップを踏む。念の為と仲間たちも灯りを準備してきていたが、等間隔に光を落とす街路灯の存在もあって、視界は問題ないようだ。
 ――飾り硝子越しに煌めくのは、オペレッタが求め続けるココロのかたち。幻想的な灯りに彩られて、ゆらりと空を泳ぐ異形の死神たちは、夢と現の境をおぼろげにしていくけれど――それに見惚れる訳にはいかない。
「いつもは一対多でようやくって感じなのに、今回はそっちも多かよ」
 おいおいと溜息を吐くアスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)は、肩を竦めつつ篭手に覆われた右腕を突き出したが、臆する態度も戦いに勝利する為の布石だ。上手く釣れてくれよ、と内心で願う中、死神怪魚たちはアスカロン達に向けて一斉に牙を剥いた。おわっ――とヴェヒター・クリューガー(葬想刃・en0103)が叫んで仰け反ったのは、多分素の反応だろう。
「どうして、踊りますか」
 地を這うようにして襲い掛かるユルヤナへ、オペレッタは静かな声で問いを投げかけたが、返って来たのは意味を成さない咆哮のみ。エラー、と呟くオペレッタは、ことりと首を傾げて紫の瞳を瞬きさせる。
「返答を確認できません。……アナタのココロも、凍ってしまったのでしょうか?」
 ――薄らと掴みかけてきた、その想い。しかし、そんな思索に耽る暇も無く、白の少女は優雅にピルエットを決めつつ武装を展開させた。絡みつく夜気を払うように――或いは、死神たちを真似て夜を泳ぐように。
「終わり行く夏と共に、終焉を」
 そうして淡々と紡がれた蓮の言葉が、血生臭い戦の再演を告げた。

●欺瞞の舞台
(「過去に多くのエインヘリアルを生み出した私に、何か言える筋合いではないが」)
 看取りを司る妖精族のひとりとして、幾多の戦場を駆け抜けてきたレイリアは、銀槍を手に誓う――ただ今はケルベロスとして、再び葬り去ろう、と。
 しかし、死神怪魚たちは不利を悟るとユルヤナを撤退させようと動く。ならば敵に不利だと思わせないように、此方が演技をして劣勢を装えばいい。事前に決めておいた作戦を念頭に置いて、一行は行動を開始した。
「……! 『援護』、します」
 レイリアが解き放った光の粒子に続き、オペレッタは無人機の群れを操り仲間たちを護る。しかし、その指先は何処か覚束ない様子で、余裕の無さを窺わせた。
「敵が多い……どれを狙えばいいの」
 一方のアウレリアは、微かに眉根を寄せて敵群を見渡し――逡巡の後にユルヤナへ狙いを定めたようだ。竜の咆哮を思わせる弾丸が敵の足を縫い止め、ビハインドのアルベルトも主に続く。
「何故其方を? 此方から狙うべきだろう」
 しかし、其処で異を唱えたのは玲だった。白き翼から放たれる聖光は、標的である怪魚の他も纏めて焼き尽くし――前線に立つ泉もまたがむしゃらに、紅蓮の炎を宿した棍で辺りを薙ぎ払っていく。
「複数相手とはやりづらいな……」
 そして仲間たちの盾となる蓮はと言えば、次々に飛来する怪魚の牙を、どうにか凌ごうと耐えていた。単調な攻撃故に対処はし易いのだが、仲間を庇えるかどうかはあくまでタイミング次第なのだ。
「チッ、上手くいかんものだ……おい、空木しっかりしろ!」
 怪魚の攻撃を庇いきれなかった蓮が微かに舌打ちし、不用意に飛び出した空木を嗜める。そうしている内に今度は、ユルヤナの繰り出す十字斬りがアスカロンに襲い掛かった。
「くっ、このままでは右腕が……」
 咄嗟に右篭手を翳し斬撃を防御するも、超重力の一撃は痛烈だ。忽ち己の身を苛む痺れに、アスカロンは苦しげな息を漏らす。どうやら早々に限界が訪れたのか――ふらりと膝を付きそうになる彼の姿を見て、死神怪魚は楽しそうに牙を鳴らした。
「え、ええと……回復!」
 フォローをお願い、と視線を投げかけたアウレリアに頷き、ヴェヒターはあたふたと溜めた気力を解き放つ。そんなちょっぴり頼りない彼を助けようと、応援に駆けつけてくれた仲間たちが次々に、戦場を癒しの術で包み込んでいった。
(「相手からしてみると、ふざけているようにしか見えないのじゃろうがのう」)
 更に、回復に気を配っていたウィゼは、アヒルちゃんミサイルDXを取り出し――高らかなアヒルの一声で皆を鼓舞する。ぐわぐわと辺りに響くアヒルちゃんの鳴き声は、とってもシュールであり。一声と言いつつ何度も鳴いていないか、と突っ込むのも野暮と言うものだろう。
「邪魔だ、貴様ら」
 そんな中、仲間たちの覚醒を終えたレイリアが、空の霊力を帯びた槍で死神怪魚を貫く。しかし、それに反論したのはアウレリアだった。
「何故そちらに攻撃してるの!? 先に倒すべきは此方でしょう!」
 きらきらと輝く流星をユルヤナに蹴り込みつつ、声を上げるアウレリア。普段の彼女ならば、ここまで感情的に振る舞うことは無い筈だが――一方のレイリアは眉ひとつ動かさず、今度は別の死神に狙いを定める。
「私に指図をするな」
 結局どれを狙えば良いのよ、とかぶりを振るアウレリアに言葉を掛ける余裕も無く、焦燥感に駆られる玲の唇からはいつしか弱音が零れていた。
「想像以上に手痛いな……。これ程手強い敵を何体も倒しきれるのか……?」
 見れば、裂帛の気合と共に斬り込んでいた泉も、二手三手と繰り返す内に覇気を失っていっている様子。その口数の少なさからは、余裕の無さを感じさせて――此方の士気はすっかり落ちたのだと判断し、怪魚たちは勢いづいたようだ。
「……このままでは」
 ふるえる体を抱いて身を竦めるオペレッタの瞳が、不安に揺れる。このままでは、ココロが凍ってしまう――戦狂いのエインヘリアルが、冬を連れてくるから。
 ――しかし其処で、ユルヤナが振るった氷結の剣を、レイリアの操る劫火が真っ向から迎え撃った。それはまるで、彼女の裡に秘めた苛烈さが燃え盛っているかのようで。炎の舌に絡め取られる怪魚たちの様子を見て取ったオペレッタは、今が舞台転換の時であると合図を送る。
「これより、『再上演』の『時間』です」
 かつんと踵を鳴らすと同時、高らかに鳴り響くのは開演のブザー。炎に包まれた舞台がくるりと捲られて、降り注ぐ光は脅威に打ち克つ希望を齎していく。
「……さあ、第二幕の開始と行こうか」
 それを切っ掛けにして、ぎこちない人形のようだったケルベロス達の動きは精彩を取り戻し――優美な笑みを浮かべた玲の紫電の一閃が、瞬く間に怪魚の一体を斬り伏せていた。

●冬戦の終演
 ――全ては演技だった。大仰な程に苦しんでいたのも、連携が取れていないように見えていたのも。守りや回復に配慮していなかった泉の戦い方も、余裕の無さに説得力を与えていたし――バラバラに攻撃を仕掛けていたのは、死神怪魚たちの体力を満遍なく削り、纏めて一気に片付ける為だったのだ。
「何も殴り合うだけが戦いじゃないさ。騙し騙されもまた戦いだ」
 口の端を上げてきっぱりと告げるアスカロンは直後、指先で輪を作りふぅと炎の息を吹きかけた。竜の息吹は見る間に怪魚たちを包み込んだものの――其処でアスカロンは、熱っと叫んで口元を抑える。
「……って、もう演技は必要無かったか」
 灰と化し空に昇っていく怪魚は果たして、突然の逆転劇を理解出来ていたのだろうか。既に撤退すべき迄に追い詰められていたのに、最後の一体も泉の居合いによって、声を上げる間もなく生命を断たれていった。
(「ああ、まるで」)
 ゆらゆら泳ぐ死神も、冬よばう勇者も。糸――或いは意図に繋がれ、舞台――掌の上で踊る、人形劇のよう。機巧仕掛けの腕を振りかざすオペレッタは、其処で奇妙な感覚を覚えて息を呑む。
(「似ていると、思ったのです」)
(「ああ、誰に?」)
 ――純白の衣装に散った、錆色の染み。ぎこちない足取りで踊ろうとする『誰か』。その頬に落ちる、ひとすじの雫。
(「エラー、エラー!」)
「おい、大丈夫か!?」
 思考の海に沈んでいたのは、おそらく一瞬だ。ゆっくりとオペレッタが首を巡らすその先には、心配そうな顔で黒鎖を巡らせるヴェヒターの姿があった。
(「あと、少し……。迷う素振りは、もう要らないわ」)
 残されたユルヤナに向けて、アウレリアは最愛の半身と共に手向けの弾丸を贈る。只々叫び、獣の如く暴れるエインヘリアルの成れの果てに、もはや勇ましき戦士の面影は無い――それでも泉は訥々と、彼に言葉を投げかけていた。
「まさか、逃げるつもりですか? 所詮、あなたの力量などその程度ですか。興覚めです」
 相手にはもう、言葉を理解する知性は残っていまい。しかし泉は、一撃一撃に想いを込めてユルヤナと打ち合うのだ。彼の闘争本能に訴え、まだ戦い続けたいと思わせるように。
「ア、アアアァァ……!」
「……戦いが好きでも、ここまでくるとうんざりじゃろう。今度こそゆっくり眠りにつくといいのじゃ」
 何処か悲痛なユルヤナの咆哮を振り払うようにして、ウィゼは癒しの雨を辺りに振りまいた。仲間たちを蝕む氷の呪縛を、彼の妄執ごと洗い流そうと――それでも未だ、ユルヤナはしぶとく刃を振るう。しかし、穢れの血を撒き散らす凶刃は、盾となる空木が身を挺して防いでいた。
「良くやった。……信じていたぞ」
 オペレッタを庇った空木を蓮が労い、直ぐに傷の手当てを行って。固い絆で結ばれたふたりを背に、薔薇の花弁を舞わせた玲が斬り込んでいく。
「穏やかな秋を迎えられる様に。平和に季節が巡る様に。季節外れの冬の化身には、再びお休み願おう」
 凍てた心と刃を、今一度砕くべく――月光の如くうつくしくも無慈悲な玲の太刀が、ユルヤナの急所目掛けて振り下ろされた。終幕は間近に迫っていると悟ったオペレッタは、幕引きをレイリアへ――看取りを司る戦乙女へと託す。
「これで終わりだ。……貴様とは、もう相見える事は無いだろう」
 銀の髪が闇夜に閃く中、冥府深層の冷気を纏う氷晶は一振りの槍と化して。魔力を込め、全力で投擲されたレイリアの氷槍は、冥府へと誘うべくユルヤナの胸を貫いた。
『そう、だ……殺せ、血塗られた魔女であり続けろ……』
 ――不意に過ぎったのは、嘗ての罪人が吐き捨てた最期の言葉。けれど迷いは無い。鮮血に塗れた墓標を残して、真夜中の再演はゆっくりと幕を閉じる。
「悪夢は終演――静かにお休み」
 そうして、玲の呟きが夜のしじまを震わせて――街は再び平穏を取り戻したのだった。

●変わらぬもの、変わったもの
「今度こそ、ゆっくり眠ってくれよ」
 戦いの爪痕をヒールで修復しながら、アスカロン達は死者の安寧を願う。見上げる夜空には星が瞬き、遥か彼方の光を地上に投げかけていた。
 ――何処か哀愁を帯びたブルースハープの調べは、泉の奏でるレクイエムなのだろう。追走するアヒルの鳴き声はウィゼのもので、辺りに漂うのんびりとした雰囲気は、血生臭い戦の残滓を洗い流してくれるようだ。
(「死者も生者も、優しい星の下、穏やかに眠れる日々を――」)
 玲が静かに祈りを捧げる中で、アウレリアはアルベルトに寄り添い、ふたり並んで星空を見上げていた。季節は移ろえど、星の輝きは変わらない――しかしその一方で、変わりゆくものもある。賑わいから離れ、ひとり木に腰掛けて空を見上げるレイリアは、また一つ季節が変わるのだなとぽつり呟く。
「星は昔と変わらぬが……随分と、私は変わったものだ」

 一方でヴェヒターは、戦いに駆けつけてくれたリコリスと、久しぶりの再会を果たしていた。冷えた麦茶で喉を潤しながら、星空の下でとりとめのない会話を交わす――そのことが、何だか無性に嬉しく思える。
「……その、お久し振りです。今夜は、お元気そうなお姿を見る事が出来て良かったです」
「久しぶりだな! 皆も元気みたいで何よりだった。そう言えばアウレリアが、さっき麦茶に唐辛子を入れていたように見えたんだけど……」
 何か変わった事は――と言う話で、仲間の様子にも触れつつ、ふたりは和やかな時間を過ごしていって。そうして一息吐いた所でふと、リコリスは夜風に舞う銀の髪を押さえながら呟いた。
「……もう、夏も終わるのですね」
 けれど季節が変われば、見ることが出来る星も変わる。だから今夜は、夏の星座を楽しみたいのだと――そう告げたリコリスに、ヴェヒターは微笑んで頷いたのだった。

 そして蓮は、助けに来てくれた志苑に感謝を述べつつ、共に死者へ祈りを捧げていた。死神に再び利用された、愚かで哀れな彼の者へ、せめてもの手向けを――そう囁いた志苑の脳裏には、死神に引き裂かれた大切な存在が蘇っているのだろう。
「どんな命であっても、弄ぶ事などあってはならない事ですのに」
「ああ、そうだな……同情こそはしないが、奴も今回は被害者みたいなものだ」
 ユルヤナの仕出かした事は、決して許される事ではない。それでもどうか、然るべき場所へ逝けますようにと志苑は切に願う。
「夏の終わりと共に、奴にも今度こそ終わりを。……還れるといいな」
 ――移りゆく季節の空を、志苑と共に蓮は眺めて。やがて彼はそっと、志苑に向けて手を差し出した。
「……帰るか」
 伸ばされた手と手が重なり、ふたりはゆっくりとその場を後にする。ひとつの季節が過ぎ去る空を見送り、そして――新たな季節を迎えに行く為に。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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