獣たちの帰還

作者:白石小梅

●咎人、帰りて
 北の大地。
 匂い立つような暑さも去り、大きく伸びた葦原は頭を垂れて秋に色づき始めている。
 虫の涼やかな鳴き声の中、青白い妖しげな輝きが月夜に舞っていた。
 清流の上を踊るのは、巨大な鮭に似た魚。その嘴は猛禽の如く鋭く、蒼く燃える双眸は爛々と闇を照らし、鋸の如く刺々しい鰭を広げて蒼い軌跡を描く。
 デウスエクス・デスバレス。通称、死神。
 やがて浮かび上がった魔法陣から、咆哮が葦原を打った。
 呼び戻されるは、嘗て番犬たちとの闘いに敗れた獣……『葦鉄の宿奈麻呂』の名で呼ばれたエインヘリアル。
 今やその身は樋熊の如き剛毛に覆われ、満ち満ちた怒りに血走った眼は赤く輝きながら屠るべき相手を探す。手に持つ蕨手刀を落とし、鋭く伸びた爪牙を軋らせながら、彼は狂獣と化して現世へと舞い戻った。
 だが死神の催す獣の宴に呼ばれたのは彼だけでは、ない。
 流星の如く落下して、その隣に水飛沫を上げたのは……。
「よう、旦那。しくじりなすったのかい?」
 歌舞伎の如くにずいっと前へのめって着地したのは、もう一人のエインヘリアル。彼は、おっ、と声を上げながら宿奈麻呂の落とした刀を拾い上げて。
「そう唸るなよ。俺の名前は『二刀の源兵衛』。いい刀だな。貸してくれよ。な。仲良くやろうぜ、旦那」
 長い髪を後ろで束ね、朱塗りの目じりに、女物の着物を羽織った傾奇者……源兵衛は、浮かぶ魚たちをじろりと睨んだ。
 魚たちは、ついて来いとばかりに二人の先導を始める。遠くに光る、街明かりへ。
「死神の道案内とは、縁起がいいぜ……血と死の臭いがする。なあ?」
 今宵、灯篭の如き死神の灯に導かれ、二匹の獣が歩み出す……。

●死勇の呼応
「ここ最近頻発している罪人エインヘリアルをサルベージする死神の活動を捉えました」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)の言葉に、居並ぶ番犬たちは静かに頷く。
「三体の下級死神が一体のエインヘリアルを蘇らせ、そこに更にもう一体……解放された罪人エインヘリアルが現地に現れることが予知されております」
 普通に考えて、エインヘリアルが死神にサルベージされている最中に、もう一体が同地点に偶然現れる可能性など、無きに等しい。
 そう。前もって打ち合わせていない限りは。
「つまり、死神とエインヘリアルの間に何らかの協定が結ばれていることはほぼ確実になったと見て良いでしょう。新たに送り込まれてくる罪人エインヘリアルは、明らかに死神勢力に対する援軍です。……捨て駒のね」
 つまり、エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)が危惧していた、罪人サルベージを援護する妨害行動が現実化した形だ。
「強大なエインヘリアルが二体、下級死神三体。正面からまともに闘うのは、この戦力では難しいと言わざるを得ません」
 無策でぶつかり合えば、確実に力負けするだろう。だが。
「今回の任務目標は『エインヘリアルを一体以上撃破すること』です。というのも、サルベージされた方の罪人エインヘリアルは、出現から7分後に、死神によって回収されてしまうのです」
 小夜はそう言い、資料を広げる。

●死と獣の宴
「三体の怪魚型死神は噛みついたり怨霊弾を発射してきますが、その強さは大したものではありません」
 問題なのは、二体のエインヘリアルだ。
「まずサルベージされた個体ですが……元の名を『葦鉄の宿奈麻呂』と言い、大侵略期に北方民族の狩人戦士が転生したものと目される孤高の戦士でした。しかしサルベージされた今、その姿は狒々の如く歪み、もはや知性はありません」
 変異強化された宿奈麻呂は、強靭な己の四肢や爪牙を用いて力任せの闘いを挑んで来る。
「一方、もう一体は技巧派です。名は『二刀の源兵衛』。二本の刀を巧みに用いる傾奇者で、博徒の用心棒のような生業をしていたものと思われます。己の命を投げ捨てるように扱う性質のやくざ者ですね」
 彼らが現れるのは、観光地となっている葦原を流れる河原。夜間のため人はいないが、戦闘区域外の避難は事件がずれることを防ぐために行われていない。
「宿奈麻呂は七分後に死神勢力に回収されるため、彼が一般人へ危害を加える可能性はありません。源兵衛は両勢力にとって捨て駒のため回収はされず、生き延びた場合は人里になだれ込んで大量殺戮を行うでしょう」
 悩むところだ。
 宿奈麻呂を先に撃破したものの源兵衛に敗北すれば、その人的被害は多大なものとなる。
 源兵衛を先に撃破したなら人的被害は抑えられるが、七分後には宿奈麻呂は回収され死神の戦力強化に繋がってしまう。
「七分の間に宿奈麻呂を撃破し、その後に源兵衛も撃破することが出来れば、最高の戦果ですが……それには高い地力と相当に高度な作戦が必要です。一歩間違えれば、押し切られるのはこちら。諸刃の剣の選択ですね」
 番犬たちは、ため息を落として腕を組む。

 付け入る隙はあるものの、総合的な戦力では明らかにこちらが不利。如何なる勝利を組み立てるか、明確なビジョンを描く必要がある。
「私は、皆さんの決断を信じます……出撃準備を、お願い致します」
 小夜は、そう言って頭を下げるのだった。


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
泉宮・千里(孤月・e12987)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
ユグゴト・ツァン(しょくざい・e23397)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)

■リプレイ


 秋の月夜に、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)はかつて闘った男を、思い描く。
「あの男……以前は誇りすら感じる者であったというのに……」
「マルティナは、たたかってるんだった、ね……とむらった相手が、もてあそばれていたら、きっと……いやな、きもちだと、おもう」
 伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)が頷いた時、ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が、ふと、その気配に気付いた。
 ヘルキャットが威嚇の声を上げる。
 いつの間にか現れた死神たちは、まるで水先案内の灯篭の如く。その後ろには赤い目が爛々と輝いて、殺意の滲ませている。
「つ、罪を犯した末路、が、捨て駒で。死んだと思ってもこの、始末……なか、なか、過酷です、ね」
 獣と化した大男を睨み、泉宮・千里(孤月・e12987)は鼻で笑って。
「頑なに守っていたものすら欠き、狂宴に誘われるまま踊る……か。熟、悪趣味な事だ。魚も獣も狩り尽くし、斯様な悪夢は一夜限りにしてやろう」
「ええ。何はともあれ、我々は敵を討つだけですものね。それにしても、死神も随分と節操ありませんわね、ポラリス」
 藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173) はその手に拳銃を躍らせる隣で、エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)は逆の闇を睨んでいた。
「……死神どもは、何が何でもそいつを回収したいらしいな。玩具の配達に護衛までつけるんだから、恐れ入る。出て来いよ」
 月明かりの下にゆらりと現れるのは、抜身の二刀を携えた巨躯。
「さすがに鼻が利くな。俺の名は、二刀の源兵衛。しがない用心棒よ。こっちの旦那は……」
 源兵衛はちらりと隣を向いたが、隣の巨漢は激怒の唸りを上げるばかり。
「葦鉄の宿奈麻呂、だ……私は、この手でもう一度、その男を葬るために来た」
 マルティナの言葉に、源兵衛は「おお」と声を上げ、礼を示すように頭を下げた。
 ふっと口の端を歪ませて、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が前へ出る。
「さて。秋の気配を感じる、良い舞台だな。役者も揃ったという所……命を賭した修羅舞を御所望なら、一番お付き合い願おうか、伊達男」
 源兵衛がにやりと笑み、宿奈麻呂は筋骨を震わせて咆哮した。その周囲を、青白い死魚がゆらりと回って。
「……久方振りに全力の先を晒すべきか。獣どもを抱擁する我が所業。母の胎内に帰還せよ。此れが貴様等の『贖罪』で在れ」
 ユグゴト・ツァン(しょくざい・e23397) が組んでいた腕を開き、エイクリィは牙をむき出して。
 後は互いに無言のまま、殺気が葦原に満ちて行く。
 そして一斉の跳躍が、河原の石を砕いた。
 闘いが、始まったのだ。


 舞うように襲い来る二刀。瞬間的にその剣閃に割って入ったエリオットの頬を、刀の柄が打ち据える。
(「この威力。半端な相手じゃないが……最高の戦果、出来る最善……狙ってみるかね……!」)
 彼はそのまま巨漢の胸を蹴って、足先から炎の怪鳥を呼び出す。
「さあ、行け。白銅炎の地獄鳥よ!」
 鳥は、蹴り出された毬のように死魚たちを焼き飛ばした。
「いまだ。とばすよ。うまく、のってね……」
 死魚たちが足並みを乱した瞬間、勇名が手元のスイッチを押した。彼女の口が「どかーん」と呟くと同時に、五色の爆炎がその背後に吹き上がる。
 黒いワンピースがその爆風に舞い、魚の群れの頭上を取った。
「なりふり構わないのは、追い詰められてのこと? まあ、魚に尋ねても答えはありませんわね……覚悟は宜しくて?」
 天地逆さまに銀の銃口を構えたのは、千鶴夜。瞬間的に降り注ぐのは、弾丸の嵐。更に、エイクリィの愚者の黄金も加われば、死魚どもはパニックに陥るままに怨霊弾を乱射する。
 そのただなかを、獣の巨影が突っ切った。前衛に向けて、剛爪を振りかざす……が。
「させん……! 宿奈麻呂、お前の相手はこの私だ! みんな、今のうちに魚どもを!」
 暴れる死魚を足蹴に、マルティナの剣がその爪を受け止める。骨も軋む衝撃を、かろうじていなしつつ。
「おぉい、狗ころ! 付き合ってくれるんじゃねぇのか!」
 源兵衛の挑発を風の如く掻い潜り、千里が笑う。
「はっ。懐石料理にゃ、順ってもんがある。今は待ってな。キチンと最後に付き合ってやるさ……!」
 どつり、という音と共に、死神を一刺し。千里は、悲鳴のような音と共に狂ったように震わせる魚を押さえつけて。
 ふわりと着物を舞わせ、串刺しの頭に杖【雪桜】を押し付けるのは、千梨。
「その通り。まずは活きのいい鮭を捌くところからだ。安心しろ。何があっても、お前を里には下ろさない」
 彼が一歩を打って振り返れば、鮭の首は、噛み千切られたかの如く宙を舞った。
「蚊帳の外とは心外だぜ。俺も、三枚おろしは得意でね……!」
 回るように跳ぶ源兵衛。だがその竜巻のような剣閃を、一条の鎖が絡め取る。
「……!?」
「ああ。結構、です、よ。お手伝い、は」
 鎖の結界に身を包み、ウィルマが巨躯と激突する。鎖に巻き付かれて威力を殺された刃は、その肩口を打ったものの、斬るには至らず。
「間に合って、おります、ので……」
 口の端を歪ませ、ウィルマと源兵衛は一歩退いて睨み合った。宿奈麻呂の咆哮が、その脇を砲弾の如く飛翔する。更に、死魚どもは怨霊弾でそれに続いて。
「無駄よ。餓え、貪れ、闇黒よ。喰らい、そして喰らい尽くせ。超越と混迷の果てを」
 ユグゴトが、祈るように膝を付く。その背が盛り上がり、混沌を宿した肉塊が弾け飛んだ。【闇黒神】と名付けられた肉片が、仲間の傷を塞いでいく。
「獣に大いなる母の悦びを与うるべく……続け。仔の仔らよ」
 その指揮に従い、ヘルキャットとポラリスもまた癒しの力を前衛へ飛ばす。
 癒しに支えられ、番犬たちは瞬く間に死魚たちを押していく。
 序盤の運びは、予定の通り。
 果たして……。


「魚のまがい物め。死者の眠りを妨げるな……!」
 マルティナの手の内で、細剣が回転する。飛び込んできた鮭が顎の下からばっくり割れて、闇の中へと溶け消える。
「残るは一匹! 作戦通り、攻撃手は全員、目標を切り替えろ!」
「現在、三分目になるところ。了解ですわ……!」
 千鶴夜が時計を睨み、無尽のナイフが乱れ飛ぶ。銀閃の群れは宿奈麻呂の右腿を捉え、獣は太い咆哮を挙げながら荒れ狂った。
「旦那……!」
 源兵衛が身を翻した。その眼前に降り立つのは、ウィルマ。再び鉄鎖で凶刃を阻み、押し込んで来る刃が肩口にめり込むのを感じつつも。
「こ、れは興味本位、なのです、が、あなたはどのような、罪を犯されたの、で?」
「……どこにだって、おかみにゃ従えねえ奴らはいるもんさ。俺は流れの用心棒。雇い主をしょっぴきに来たお役人を撫で切りにして、このザマよ」
 二体の巨漢はそれぞれ跳躍し、番犬たちを挟み込むように身を立て直す。
「合わせるぜ、旦那……!」
「ほんきで、くる。ながくは、もたない。いそごう。えんご、するから」
 勇名が放った銀光が勇者どもの目を打ち、番犬たちは宿奈麻呂へ殺到する……。

「ポラリス! 邪魔者を始末なさい……!」
 最後の一匹となった魚が、精霊に叩き落される。
「魚の力は使い魔にも及ばずか。我が仔よ、喰らえ」
 エイクリィが、倒れた魚に喰らい付いた。肉を千切る湿った音と共に、最後の死神は消失していく。
「雑魚にもまた、我が愛の恍惚があるように……さて、問題はこちらだ」
 ユグゴトは黄金の果実を膨らませ、ヘルキャットと共に前衛を癒して毒を消し去っていく。
「踊るのは愉しいか……獣に堕ちた勇者よ。見苦しい走狗と成り果ててはいたたまれぬ。今一度眠れ……!」
 襲い来る宿奈麻呂の脇を、千里が二刀を重ねるように跳び抜ける。瞬間的に次元が割れて、巨漢は脇腹から血を吹き出し……拳を叩きつけて、跳躍した。
「!」
 一気に前衛に迫った宿奈麻呂の剛爪が、エリオットが展開した光の盾を叩き割った。
「ぐっ……こりゃ、本当に重いな。しかも二体となっちゃ、俺たちは防戦一方か……!」
 敵は、共に手練れ。序盤ほど苛烈な闘いに、番犬たちの布陣はあっと言う間に切り裂かれつつある。
 その時、千梨のアラームが鳴った。
「……四分経過だ。これより攻め抜く」
 己の力を球に練り上げ、千梨は蹴鞠のようにそれを撃ち出した。敵の胸倉を撃ち抜いた一打を振り返ることもなく、彼は呼びかける。
「皆、顧みるな。博打を打つぞ。間に合わせる」
「うん……めいちゅうは、かくほできた、と思う。そうこうげきー、ずどーん」
 勇名の放った小型ミサイルが、色とりどりの火花を上げる。制限時間で宿奈麻呂を撃破するためには、もはや回復に掛ける手数はない。樋熊の如き怪物は、殺到する番犬を掃わんと、雄叫びを発した。
「これより、先は、根競べ、です。逃がしは、しませんよ」
 闘気の弾丸をわき腹に喰らいつつも、ウィルマは跳躍した。召喚した剣が青く輝き、彼女はその首筋に刃を突き立てる。
『グ、オ……ォオ!』
 噴き出した血。次々に放たれる攻撃に、さしもの宿奈麻呂も片膝を落とす。ウィルマもまた、自身の身を癒すべくその肩から飛びのいて……。
「さんざっぱら、邪魔してくれたお返しだぜ……嬢ちゃん!」
「!」
 瞬間、その背を小太刀の一閃が切り裂いた。
 ウィルマはそのまま、飛び散った血だまりに足をついて。
「っ……。背の筋を……やられ、ました、か……」
 その膝を、がくりと落としたのだった。


「しまった!」
 時計の針は、未だ五分目。
 瞬間的に全員の視線が絡み合う。
 作戦切り替えの条件は『サーヴァント以外の一名が戦闘不能』だ。
「あれは、瀕死にはまだ遠い。撃破には、あと二分は掛かろう……しかし」
 癒しの肉片を飛ばしつつ、ユグゴトは舌を打った。
 総攻撃を続ければ宿奈麻呂は押し切れる。だがその後に、源兵衛を討てるのか。
「んー……てったいできると、ぼうそう、できない。なら、ひとを、まもるには……」
 勇名は握りしめていた拳を、ほどく。
「……ああ。残念だが、博打はここまで。お待ちかねだ。俺の三味で、お前が踊る時間だぜ」
 勇名の放った幻影が千里の姿を分裂させる。そして煙の如く変幻自在に振るう刃が、源兵衛の二刀の舞いを裂いた。
「おぉ! いきなりどうしたァ?」
 源兵衛は無尽の剣閃に押し返され、宿奈麻呂は自己回復に片膝を付いた。
 そして、形勢は一気にひっくり返る。
 やがて七分が過ぎるころ。
 マルティナの一閃と、巨大な二刀が馳せ合った。
「っ……!」
 互いに、舌打ちを一つ。脇腹から血をしぶき、膝を折ったのはマルティナ。だが、源兵衛の肩にも、紅い筋が迸る。
「くっ……旦那! へこたれてないで……おい?」
 助けを求める源兵衛の叫びも空しく、宿奈麻呂の足元には青い魔法陣が広がっていく。
「救えずにすまない……宿敵よ。いずれ、必ず……」
 崩れ落ちたマルティナが呟く中、葦鉄の宿奈麻呂は光の向こうへ消え去っていった。
 すなわち……二体撃破は、失敗したのだ。

 一瞬の静寂。
 ぜいぜいと息を切らす二刀の男は、相棒の消え去った跡を見つめつつ。
「こういう、からくりか……しかし、本気で旦那も俺も討とうとしてたんだな。てっきり、旦那を始末したら逃げる腹だと思ってたぜ」
 源兵衛は、礼を示すように剣を下げた。
 底力を見せた番犬たちに対してか。それとも、光と消えた相方に対してか。
「道行の灯は全て消え、残るはお前一人。宴も酣……そろそろ終わりの時間だ」
 二刀の傾奇者は、千梨の言葉に怖じることなく笑うと、再び刃を持ち上げた。
「……ならば、心ゆくまで酔い惑え。紅にな」
 竜巻の如くに舞う源兵衛。千里の放った無数の紅葉がその中に吸い込まれ、目にも止まらぬ爪撃が、たちまちのうちに源兵衛の身を削っていく。
 それでもなお源兵衛は数分の間、ただひたすらに攻め続けた。
 そして、その最後の瞬間。前に立ったのは、エリオット。
「こっちも賭けを諦めたんだ。ここでこれ以上犠牲を出しちゃ、名が廃る。番犬のな」
 もはや聞き分け出来ぬ猿叫を発し、二刀を振り下ろされる。その瞬間、彼は転がるようにその懐に飛び込んで、胸倉へ全身を叩きつける。渾身の破鎧衝に、源兵衛は血を吐いて、その動きを止める。
「……まだ、だァ!」
 振り上げられる刃。だがエリオットは冷静な瞳で、その更に上の人影を見つめていた。
「正々堂々、最後まで抗ったことは褒めておきますわ。不埒な殿方にしてはね」
 そして、影刃が黒い稲妻の如く迸る。
「でも往生際は綺麗にしなくてはね」
 脇へ着地した千鶴夜が、くるりと背を向けた時。巨漢の首から鮮血が飛び散った。
「見事……と、言っとくぜ……あのまま押し切ってりゃあ……ひょっと、したら……」
 ゆらりと傾きながら、傾奇者は光となって月夜へ上る。
 闘いは、終わったのだ。


 秋虫の声が戻ってきた河原で、番犬たちは身を癒し合う。
 座り込み、ため息を落としたのは、マルティナ。
「とどめを……刺してやりたかった。私のエゴかもしれないが、それでも……」
「申し訳、ありません……し、かし、彼が、言っていた、ひょっとしたら、は、あったでしょう、か……」
 そう言うウィルマの肩を、エリオットが軽く叩いて。
「誰かのせいじゃないさ。あのままごり押せば、負ける可能性もあった……もちろん今思えば、勝てた可能性もあったさ。ただ……」
 千梨は首を振る。
「ああ……それは結果論だ。あの時点で後の戦局を読むのは不可能。『敗北の危険があってもなお、押し切る』という意思統一が必要だった」
 死神たちの戦力増強阻止と、人々の命を危険に晒してしまうことへのジレンマ。
 千里は、腕を組んだままにため息を落とす。
「皆、撤退など考えず最後まで戦い抜く心算だった。個々の覚悟は、この目で見た。だが、その覚悟を全体の方針として統一するのは、難しいな」
 ユグゴトは、エイクリィをひと撫でして。
「我らは、この仔らを全て後衛とした。しかし敵は、近単攻撃が主力。ならば当然、戦場に残るのはこの仔らだ。その辺りも少々、ちぐはぐだったか」
「ええ。戦力としてポラリスたちを残すなら、こちらが数人倒れても粘り倒す……逆に私たちを残すなら、布陣か作戦を変えるべきだったかもしれません」
 ポラリスとヘルキャットは顔を見合わせる。千鶴夜は、気にしなくていいのよ、と、二匹を慰めて。
「んー……ただ、しっぱいは、してない。ひとは、まもれた。にげたあいても、きっと、つぎが、ある」
 勇名が、眠そうに目をこすって、そう語る。
 そう。もはや激闘は終わり、月夜にのどかな秋虫の声が響くのみ。
 この地は、守られたのだ。

 八人は、迎えのヘリオンに照らされながら、空を睨む。
 やがて死神はエインヘリアルたちを結集し、何かことを起こすだろう。
 ならばその時こそ……決着の時だ。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月19日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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