君想いの夢

作者:深水つぐら

●君想い
 好きと告げた途端、きらりは振られた。
 それは予想外の展開だったらしく、きらりは愛らしい顔を引きつらせて相手に向かって指を突きつけた。
「この……この私が言っているのよ……?」
「だから。お前のその居丈高な物言いが気に入らないんだって。世の中は何でも自分の思い通りになる訳じゃない」
 言い捨てた男子生徒はため息を吐くと、改めて『今のお前とは無理だ』と告げて背を向けた。振り向きもせず歩き去っていく相手にきらりは顔を赤く染めながら唇を噛み締める。
「なによ……なによ、バカ俊平! 私に選ばれたっていうだけでも光栄じゃないの?!」
 人気の無い放課後の教室できらりは顔を赤く染めて大声を上げた。地団太を踏み怒りを爆発させる――その後ろにはいつの間にかひとりの少女が立っていた。少女は咥えていた飴を口から離すとふうんと声を上げた。
「あなたからは初恋の強い思いを感じるわ。私の力で、それ実らせてあげよっか」
「……え?」
 突然の声にきらりが振り返るとするりと伸びた手が彼女の頬を触った。そのまま少女の唇が触れる――きらりの愛らしい顔がぼんやりとした艶のある表情へと変わった後で、少女は手にした金の鍵をきらりの胸へと突き立てた。
「さぁ、あなたの初恋の邪魔者、消しちゃいなさい」
 引き抜いた後でモザイクの糸が伸びる。それは怪しく踊り捏ね捩じると新たな少女の形へと変化を遂げた。

●君想いの夢
 それは新学期を迎えた高校での事件だという。
 各地で相次ぐ高校生が持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしている事件は未だに糸口が見えず続いている。そのひとつを予知に見たギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)は、集合した一同へ事件の更なる話を始めた。
「狙われたのは明石きらりという女子学生で、初恋を拗らせた強い夢を持っていた。彼女の恋心を利用したドリームイーターが今回の君達の相手になる」
 それは被害者の恋心から生まれた夢喰い――ドリームイーターの力の源はきらりの『初恋』であり、その心を弱める事で弱体化するという。
 『恋心』を弱めるには言葉による揺さぶりが効果的だ。話の方向性として対象への恋心を弱めても良いし、初恋という言葉への幻想をぶち壊すものもいいだろう。
「方針は君らに任せるが、『あえて』という事も視野に入れておくといい。お節介、かもしれんがな」
 言葉をかければ感情が変わってしまう――そこに何か思うところがあるようだがギュスターヴは改めて手帳を捲ると、弱体化が上手くいけば戦闘を有利に進められると告げた。
 今回の敵は一体であり援軍はいない。また、事件現場の体育館は場所柄から周辺の遮蔽物もなく、放課後の部活も終わった時間という事で人払いの心配もない。
 襲撃を受けるのは告白された男子生徒の柳田俊平で、告白の後に頼まれていた体育館の片付け点検へとやってくるという。
 ドリームイーターは彼が体育館に入った時点で姿を現すが、ケルベロスと出会えば交戦を優先するらしい。優先する理由は不明だが襲撃される俊平の救出は難しくない。だが、襲撃前の体育館外で彼と接触すれば予知外となる為に何が起こるかわからない。
 さらにギュスターヴは今回の敵について情報を重ねていく。
「相手の攻撃はドリームイーターがよく使うモザイクを使った攻撃だが、一つ注意するのは幻覚だな」
 それは投げキッスによる魅了の様なものだろうか。否、幻覚が現れるという事はそれから攻撃を受けると考えてよいだろう。
 そこまで話し終えるとギュスターヴは一同を見回して改めてよく通る声で告げた。
「人の感情は様々だがその中でも『恋』は特殊だ」
 それは人を怒らせ、嘆かせ、笑わせ、楽しませる。
 入れ替わる感情を浴びながらも、何かしらの希望を抱かせる『恋』。もしかするときらりの持つ感情には気が付いていない何かが沿っているのかもしれない。
 やがてギュスターヴは手にした手帳を閉じると改めて一同へと向き直る。
「君らは希望だ。どうかこの煌めきを零さぬ様に」
 願う黒龍はそう告げると静かに目を閉じた。


参加者
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)
火岬・律(幽蝶・e05593)
莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)
風車・浅木(モノクロ・e11241)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)
金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)

■リプレイ

●夢散る前に
 戸惑うのは先ほどの気まずさからだろうか。
 そんな事を考えながら柳田俊平が声を掛けると、『彼女』は振り返って微笑んだ。その口元は秋薔薇の様に赤く――見える訳はなく、ただ斑の中に開いた暗黒の穴が微笑みの形になっただけだった。
 俊平が小さく息を飲む。すると『彼女』の手が斑の糸と成りその身を絡め取ろうと迫った瞬間、煌めきが走った。
「ケルベロスです、危険なのでお下がり下さいませ!」
 言って莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)は自身の得物に絡み付く斑の糸を振り払った。現状に理解が追い付かないのか動けない俊平にバンリは素早く説明する。
「あれは、貴方様のご友人であるきらりさんの恋心を利用したドリームイーター……敵でありますからして」
「ええ?」
 困惑の色を見せた俊平の肩に手を置いたのは火岬・律(幽蝶・e05593)だった。
「落ち着いて。あれは明石さんでなく夢喰です。君に危害が及べば、彼女は自分を許せなくなる」
「で、デウスエクス?」
 ニュースで聞いた事があるらしく、地球への侵略者の出現とそれに知人が関わっていると知った俊平の顔は青ざめる。声掛けで不要な混乱を御す事は出来たが、相当のショックを受けている事はよくわかった。
 その上で律は眼前の夢喰いへケルベロスとして対峙する。
(「何者かと何者かが遭う以上、鬼が出るか仏が出るか。全く変わらずという訳にはいかないでしょう」)
 それは誰もが覚悟している事。そんな彼の隣で平坂・サヤ(こととい・e01301)は小さく溜息を吐く。
「やれやれ、恋とは難しいものなのですねえ」
 その視線が目の前で踊る斑の糸を捉え、サヤは思わず苦笑した。恋心というには程遠い斑色――それが誤った方向へと猛る恋の色だったとしても。そんな心を歪めれば敵の力を削げると予知で知ったが元々ある『恋心』の在り様を歪めてまで行うのは如何なものか。
 胸にあるのは『初恋』という純粋な気持ちなのに。
 ただ、言葉が届けば良いと願いを胸に留める。その前では立ち塞がったリィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)が、相棒のボクスドラゴン・イドと共に退屈そうな声を上げた。
「怪我をしたくないのなら下がって。巻き込まれたいならご自由に」
 それは俊平への忠告だった。その様子に少し困った顔をしたセレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)は振り向くと俊平に微笑んだ。
「見届けるなり逃げるなり、強要はしないわ。怪我しそうな事だけはやめといてほしいけどね」
 ただ、この場に留まるのなら自分達が守る。その意志を示す様にセレスは得物を構えると相手へ静かな視線を向けた。見据えた先には醜く歪む斑の顔――初恋がこんな異形へと変わってよいものか。敵味方どんな存在でも、誰かの都合で無理に捻じ曲げるような事だけは避けたい。
「……彼女はまだ、間に合うんだから」
 呟いた彼女が胸元のロザリオへ触れる。その時、風車・浅木(モノクロ・e11241)が自身のボクスドラゴン・コロルの背を押して戦場へと送り出していく。丁度その前ではアリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)が敵へ青鷹の目を向けていた。
 戦場の準備は素早く整っている。ちらりと留まる俊平を見た金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)は、傍で息巻くウイングキャットの点心に向かって小さく笑うと夢喰いへと鋭い眼光を向けた。
「恋する女子は強いって言われてるけど、強すぎたらちょっと困るよね!」
 ぱぁんと手を合わせた瞬間、雷鳴が成り周囲を叩く雨音が始まる。
 外は雨が降り始めていた。

●夢見酔い
 雨音は怯えすら覚える程の激しいものになっていた。
 激情に似た音の中で夢喰いはゆらりと歩を進めて吠える。
『ジャ、ま、モノォ!』
 荒げた言葉にケルベロス達はそれぞれが得物を構え口元を引き締めた。
 彼らが選んだ道は恋心の否定による弱体化を狙わず真っ向から勝負する事。それはきらりの想いを歪めずに自分の心と向き合ってほしいという気持ちからだ。
 彼女に、伝えたい言葉がある。
 そんな想いを知らずに夢喰いは咆哮するとケルベロスへ身を躍らせた。滑る様に走る先には最前列を守る者達――その目の前に紙兵の雨が降る。
「傘は必要カ?」
「はい、飛び切り大きなものをであります!」
 秋風と吹く浅木の言葉にバンリが溌溂と答えれば、浅木に従うボクスドラゴンがひと声鳴いた。前衛を守る光の中で飛び出したサヤは眠れぬ空の瞳に夢喰いを映して告げた。
「おまえのお相手はこちらですよ」
 途端、吹き付けるは氷嵐。弾き返された斑の一撃を口惜し気に引いた夢喰いに、今度はバンリが声を上げた。
「欲求を押し通す事が、恋の成就でありますか?」
「夢を壊したくないけど、それは恋じゃなくて、ただの身勝手に見えるよ!」
 言葉を続けたのは小唄だ。彼女の言う様に恋は自分だけではなく相手の気持ちも考えなければいけないものであり、今のきらりでは飴を貰えなくて拗ねる子供――占有欲と恋を間違えた様に思えるのだ。
 だから。
『オマえラ、ジャマ!!』
 重ねた言葉の後で続いたのは夢喰いの拒絶と斑の弾丸だった。攻撃を真面に受けた小唄を庇い、飛び出したのはセレスは素早く空を駆けると流星の煌めきと共に重力を宿した蹴撃を落とす。
 響くのは耳障りな声――見苦しさにアリスは眉根を寄せたがすぐにルーンを発動させ、力の宿る得物を呪力と共に振り抜けば再度大きな悲鳴が上がった。
 それは恋が思い通りにいかないと独りよがりな思いを叫んでいる子供の様だ。実るも、実らないも恋は独りで出来るものではないというのに。
「其の想いを実らせるということは、互いに想いを通わせるということでもあるはず」
「そうサ、アンタは相手の想いを聞いたことがあるカ?」
 浅木の言葉に夢喰いの動きが止まる。その様子から『きらり』が何も相手の為に動いていなかったのだろうと推測が付いた。溜息を吐いた浅木はそれじゃあ駄目だと首を振る。
「相手の言葉を気持ちをきちんと聞かないままならズット振り向いてもらえないサ」
「そうだね、もしそんな自分を無視した無理やりの言葉をかけられたのはお嬢ちゃん自身でしたら、あなたはどう思うかしら?」
 小唄がそう続けると夢喰いは戸惑う様に斑の肌を揺らす。更にバンリが夢喰いを見据えるとはっきりとした口調で告げた。
「俊平さんに自らのお気持ちをぶつける前に掛けられた言葉の意味を考えてみてほしいのであります」
 『今』と言う状態でなければいい。それはつまり、きらりの気持ちを変えるというよりは意識を変えるという事。それは決して恋心を否定している訳ではない。ただ、どこかで違えてしまった恋の矢印を正す為に心を整理しなくてはいけない。
「未だ其の想いが冷めやらぬ、確かなモノであるというのなら向き合ってみればいいのではないかしら」
 ――貴女だけの心でなく、彼の心とも。
 アリスの言葉に頷いたサヤは夢喰いの奥にいるであろう『恋心』へと視線を向けた。
「きらりは、俊平とどうなりたいのでしょ。感情にも関係性にも色々ありますゆえ――」
 どんな形であってもきらりがいいならそれでいいと後押しする。それには上に立っていては並んで手を繋ぐ事もできないのだから。
 歩み寄らないと、きっと一緒に歩けないのです――その言葉に息を吐いたのは律だった。彼は震え始めた夢喰いを見据えると指の腹で自身の口元を掻いた。
「生憎と、人は生きる限り変り続ける生物です」
 その言葉に夢喰いの視線が彼へ注がれる。手ごたえを感じた律は静かに推測を口にした。
 それは高校に入り幼馴染であったきらりと俊平に何らかの変化が訪れたからではないのかというもの。はっきりではないが互いが知らずに変わった事でこのまま離れていくような心地がきらりの無意識の内に生まれたのではないかと。だが、環境や自身の変化が生じれば順応して生きる他は無い。
「私にはそこでの焦りが貴女を自らを追い込んだ様に見えます」
 つまり、無理な形での気持ちの押しつけは、きらりなりのSOSであったのかもしれない――そう告げると夢喰いの腕が震えた。
『ウ、ルサァアアイ!』
 瞬間、夢喰いの斑が泡立った。揺らめく感情を表している様にリィは首を振る。
「必ずしも彼に媚びる必要はないと、私なんかは思うけれど」
 けれども、一度拒絶されてなお彼に寄り添いたいと願うならまずは自身省みるべきだ。それは『彼が何故、あなたを受け入れなかったのか』『彼が恋人に求める条件は何か』――自分の理想と相手の理想がどうであったのかと知るべきではある。
「ま、少なくとも彼だってモザイク人形は趣味じゃないでしょうし――お色直しくらいなら、付き合ってあげても良いわ」
「待てよ、何言ってんだよ……」
 戸惑いながらも声を上げたのは震える体を抱えた俊平だった。

●夢伝い
 幼年から持ち続けた想いは青年では蛹となり、やがて慕情と羽化して新たな蝶へと至る。しかし、変化を迎えず終わる事もままあるものだ。その時期が遅かれ早かれ来るのならば告げた方が良い。それでも後回しにしてしまうのは臆病だからだ。
「きらりに気持ちを聞いた訳じゃないだろっ……」
 俊平は苦々しく呟くと苛立つ様に手を握った。
 ケルベロスから『きらり』への言葉を全て聞いていた彼が声を上げた事は意外だったが、その呟きに一抹の身勝手さを感じるのは何故だろう。リィは敵を見据えたままで眉根を小さく上げた。
「あなたもあなたでハッキリしない男ね。結局あなたは、彼女の事を好きなの? 嫌いなの?」
 煮え切らない男。自分勝手な男。リィがそんな印象を素直に告げれば俊平は項垂れながらもようやく声を絞り出した。
「……きらりは我が侭だけどいつも努力してて、俺はそれが……」
 その後を告げられない――戸惑う彼を見たセレスは胸の奥に鈍い痛みを感じていた。
 この恋は間違っていなかったのか。いや、恋は過ち拗れてこそ成就するものなのか。初恋ではそんな感情の加減がわからず自分の心を安易に決めてしまいたくなるものだ。
(「本当は、もがいて苦しんだ先に何かが見えるのに」)
 かつてセレス自身も抱いた罰の様な感覚は兄と呼び慕った人への初恋の記憶だ。彼女の場合は叶わなかったと言うより叶える気が最初からなかった初恋だが、告げる事すら永遠に叶わなくなった。だからこそと言う訳ではないが、諦めるにしろ願うにしろ、自分の意思で決める権利を奪いたくはなかった。
『……ハハ……アッハハハ!』
「来ます」
 ふいに響いた声にサヤは静かに警告を上げた。見れば先程からの揺らぎから持ち直した夢喰いが、その口元に手を当てると月の様に微笑んでいる。
 瞬間、ふうと口元が緩んだ。
 夢喰いの手が素早く口付けを投げた先――俊平の前に飛び込んだサヤは迫った斑の糸が網目状に広がるのを目撃する。息を飲む暇も有らばこそ。少女を絡め取った糸はその四肢を縛り上げ凄まじい力で締め付ける。
 だが、サヤの顔に焦りはなかった。何故ならば、痛みを耐えた後に浅木の放ったオーラが瞬く間に苦痛を消したのだ。同時にウイングキャットの点心が癒しの力を施せば受けたダメージは帳消しとなる。
「援護するであります!」
 喝と共に戦場を駆けたバンリは自身の纏う縛霊手を夢喰いに向かって振り降ろした。途端、網状の霊力が吠える相手を絡め取りお返しとばかりに縛り上げる。
 響くのは女の悲鳴――その凄まじい攻防に腰を抜かした俊平を律は助け起こして無事を確認する。
「お怪我は?」
「……ねえよ」
 乱暴な彼の物言いが引っ掛かる。しかし、律は気にした様子もなく静かに夢悔喰いへ得物を構えると翳る深紫の瞳を細めた。
「失うものも有れば獲るものもあります。悪いばかりではありません。互いを信じていれば、関係が終る事はない」
 その言葉に俊平は顔を上げた。男の瞳はまだ暴れ狂う夢喰いを見据えている。
「是迄も是からも彼女を信じているんでしょう」
 だからこそ『今のお前とは無理だ』と言った。だが、相手に伝わらなくては意味がなく逃げているだけだ。
 言わんとする事を悟った俊平の唇を噛む姿を望むと律は改めて戦場へと走る。彼の脳裏にも鮮やかな記憶がありその証として異国の便りが来るのだと思い出していた。
 その眼前では足元の覚束無い夢喰いへ小唄の聖なる左手が唸り、同時に闇の右手が振り上げられたのが見えた。
「さあ終わりですよ!」
 高らかな宣言ひとつ。漆黒纏いし腕の一撃が夢喰いの腹へと叩き込まれその身が大きくくの字に曲がる。その瞬間、アリスは静かに己が一撃の行く末を定めた。
「……貴女が如何な道を選ぼうと其の虚構の身体は残しておけるものでは無い」
 そうして告げた呪は甘美の毒――Sweet Snipeの一撃が流れ星の如き銀糸となって夢喰いの頭部を貫くと斑の身が膝を付く。
 それはあっけない幕切れであった。
 ケルベロス達が息を吐き得物を下げた時には劈く様な雨は止んでいた。

●夢の先
 我泣き濡れて、とはどの歌詠みが告げた言葉だったか。
「きらり……」
 俊平の呟きを耳にしたリィは改めてその顔を望み、つまらなさそうな顔をした。
 辺りはすでに夕焼けの色が溶け入り、そのひとつが少年の頬に茜色を燃やしている。それはまるで彼が何かを恥じている様に見えた。
 その横顔を望んだバンリには、ふと誰かの顔が浮かんだがすぐに首を振って打ち消した。今はきらりに『今はダメでも恋心と想い人を大切にしてほしい』と伝えようと思う。
 同じ様に思ったのはバンリだけではなく、セレスもまた『初恋の中にある自分の気持ち』をきらりに伝えたいと思っていた。それは恐らく俊平の想いを知ったからだろう。
 やがて周辺のヒールを終えた小唄が点心と共に仲間の傍へ戻ると、きらりの様子を見に行きたいと声を上げた。
「本物のきらりさんはそろそろ起きてると思うし」
「それならぜひ。俊平は誠実に自分のこころと向き合って、言葉を返したのですから、きらりもちゃあんと向き合うのが、公平というものですよう」
 そう告げたサヤに少年は恥ずかしそうに俯く。その彼に律は一緒に向かおうと誘えばしっかりとした頷きが返ってきた。
「……鮮やかだネ、潰れそうダ」
 浅木の眺めた窓から密やかに夕焼けが染みている。まるで血の様だが、それが嫌に思わないのはこの色が生きている証の茜によく似ているからかもしれない。
 そうしてケルベロス達が体育館の外へ出始めると、アリスはひとり後ろを振り返る。
「願わくば……其の目が見開く時、心晴れやかであらんことを」
 ごうごうと燃える音が聞こえそうな赤――茜は輝きを増して辺りへ緩やかに伸びていく。ああ、まもなく秋を迎えるのだろう。
 残暑を拭う夕の光は、命燃やす恋の如く辺りをより一層鮮やかに染め上げていた。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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