流転の果て

作者:黒塚婁

●死者と罪人
 深夜の梅園――今は青々と繁る木々を縫い、すらりと宙を泳ぐ魚があった。
 浮遊し、青白く光る二メートルほどの其れが、ただの魚であるはずがなく――これは末端の死神。死者を冥府より引き上げる使者である。
 やや開けた場所まで泳ぎ着き、徐に先頭をゆく一体が円を描くように游泳し始めると、次なる一体、二体とその軌跡に連なり。
 いずれ、それらの描いたものは魔法陣のように浮き上がり――中心に、巨大な人影が現れた。
 ひどい猫背でありながら尚、人々を見下ろせる長躯の戦士――曾て死したことを示すように、纏う鎧はところどころが砕け、胸の中心には穿たれた跡が残っている。
 狂気めいた形に歪んだ眼窩は空洞、だが妖しい光を灯しており、時折それが揺らめく。
 しかし、そんな容貌よりも目を引くのは、その右腕。
 湾曲した刃に変質し、そのものが強く魔力を放っている。
 ――更に。
 空より轟音を立てて、もう一人の戦士が降り立つ。梅の木を容赦なく踏みつぶし、立ち上った土埃を無造作に払いながら――それは目を細めた。
 変わり果てた姿の同胞を見、懐かしむでもなく、恨むでもなく。
「やれ、結局剣に取り込まれたのか。戦士失格――……は、元より、俺も戦士ではないな」
 自嘲に唇を歪ませ、罪人は罪人らしく派手にやるかと、徐に姿勢を低くすると、拳を振るう――恐らく、振るった。
 空を撃つ高らかな破裂音がしたかと思うと、彼らの前の木々がごうと倒れ、道が出来ていた。
 振り抜き、姿勢を戻すまでの一挙一動は、常人では目にとめることすら叶わぬ神速。まだ少し鈍いな、男は小さくひとりごち、勝手に歩み始めた死者と死神の後ろを、ゆっくりと追うのであった。

●罪と罰
 死神の活動が確認された――雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はケルベロス達にそう切り出した。
 確認されたのは下級の怪魚型の死神。ケルベロスが撃破した罪人エインヘリアルを変異強化した上でサルベージし、デスバレスへ持ち帰ろうとしているらしい。
「ここまでは、特別珍しい話ではないだろう――此度の問題は、エインヘリアルがサルベージされると同時に……新手の罪人エインヘリアルが現れることにある」
 これはエリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)が危惧していた、死神のサルベージを援護するべくエインヘリアルがとった妨害行動であろう。
 サルベージされたエインヘリアルは、罪人エインヘリアルの出現後七分経過で死神に回収されてしまう――極力、どちらも討ち取って欲しいところであるが――果たせ、と彼は敢えて言わなかった。
 さて、問題のエインヘリアルであるが、一方はかつてケルベロスが討ち取ったオスクなるもの。
 自身の武技を磨くのではなく、強力な魔法剣を探求し、果てに罪人とされた男。
 過去の戦いで死した際、武器も失っているのだが、変異強化の結果、彼の腕そのものが生前振るっていた魔剣のように変貌したようだ。また知性を失ったことで、身体能力を活かした戦闘も――知性並みの単調なものであるものの――組み合わせてくるようになった。
 もう一体の罪人エインヘリアルは、バルブロといい、バトルオーラを武器とする男だ。
 鍛え上げた肉体を武器とするため、エインヘリアルにしては軽装気味の鎧を纏い、拳に至っては素手である。
 性格はこれが罪人かと思ってしまう程度に「気がいい」のだが、彼が興味を持つのは強者と、戦闘のみ。強い相手を見れば見境なく戦いを仕掛けることから狂犬だなんだと呼ばれ、気がつけば罪人になっていた……らしいが、奴の人となりなどどうでもいいと辰砂は切り捨てる。
 それらに加えて、怪魚型死神が三体いる。これらはあまり強くは無いが、状況からすれば厄介な要素のひとつであろう。
 周囲はシーズンオフの梅園で、時刻は深夜。よって、戦闘の際、一般人の避難などに気を遣う必要は無い。
 更には周辺住民に避難を呼び掛けられれば完璧なのだが――これでは、グラビティ・チェインの獲得ができぬゆえ、死神がそれをサルベージの対象と見なさず、事件が起こらなくなってしまう。
 サルベージされたエインヘリアルは七分後に回収されてしまうため、それによる一般人の被害はないが、新手のエインヘリアルは別だ。
 止められなかった場合、恐らくかなりの被害が出るだろう――言い、辰砂は目を細めた。
「言うまでも無いが、通常であれば貴様ら一班では手に余る戦力だ――最善の結果を掴むにはどうするべきか。そして最悪の状況に陥った時、何を優先するべきか……すべて貴様らに委ねられている」


参加者
蒼龍院・静葉(蒼月の戦巫女・e00229)
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)
エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)
錆・ルーヒェン(青錆・e44396)

■リプレイ

●開
 深い闇の中、青白く空を泳ぐ魚影を見る。その近くに佇む二つの巨大な影。
「わァ、仲良しさん連れてきちゃった。死んじゃってもまだ戻ってくるなんて超働き者じゃんねー」
 朗らかな調子で、錆・ルーヒェン(青錆・e44396)が言う。
 本当ね、嘆息したのは繰空・千歳(すずあめ・e00639)である。
「せっかく皆が苦労して倒した相手なのに――本当、迷惑なことをするわね」
 彼女が肩を竦めると、傍らで酒樽型のミミック――鈴が、真似をするように傾く。
 クソ死神め、小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)は低く罵る。そんな彼女へ、
「存分に暴れてくださって結構ですよ。手出しはさせませんので」
 僅かに口元を笑みの形にルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)が声をかけると、里桜は気の良い笑顔で振り返る。
「終わったらデザート、ヨロシクね!」
「かしこまりました。好きな物をご準備させて頂きましょう」
 恭しく、ルイは返す。合わせた一礼にも隙は無い。
 様々な要因を胸に、明確な不安を抱えるのはエリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)――ぐるりと視線巡らせ、そっと零す。
「大丈夫、だよね……?」
「大丈夫、私達で支えますから」
 応えるのは蒼龍院・静葉(蒼月の戦巫女・e00229)――その穏やかな微笑みと、揃いの衣装から零れる銀狐の尾を見つめていると、徐々に心が落ち着いてくるようだ。
 じゃあキミは少し待っててくれ、とニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)がピンククマぐるみのマルコに優しく声をかけて、リボンで腰に留める。
 ふわりと飛来するクロノワにこくと頷いた、その瞬間だ。
「準備は終わったか?」
 注意は払っていたが――突然の声に、すかさずケルベロス達は距離を取る――否、里桜はむしろ前に出た。
 相手の挙動を問わず、エアシューズで加速し、暴風が如き回し蹴りを至近で放つ。
「戦いたいだけなのか、知らないケド、クソ死神の肩を持つなら、灰も残さず焼き尽くす。アンタも、死人も、クソ死神も全員生きて帰してやるもんか……!」
 燃えるような赤眼で睨み据える。
 おお、気の抜けるような返事をひとつ。軽装のエインヘリアル――バルブロはその蹴りを受け止め、にやと笑う。
 その背後で、羽の鞭がしなる。それは怪魚型の死神を翻弄したが、男は揺るがず、面白そうにケルベロス達を眺めた。
「やあごきげんよう。これから開かれるのはナイトパーティ。この夏最後の思い出に、熱く愉しい舞台にしようじゃない」
 九尾扇を頬に添え、ニュニルは優雅に誘えば、悪くねえお誘いだ、と笑い、軽く腕を構え、オーラを纏う――そんな些細な変化で、戦場に冷え込むような緊張感が走る。
 強敵であることは疑う余地も無い。エリンは金の眸でそれをきりと睨み、オウガ粒子を放出する。
 視界の端で、オスクが右腕を地に突き立てるのが見えた――地響きと共に、亀裂が奔り、ケルベロス達を呑まんばかりに大地が迫り上がる。
 同時、千歳がガトリングガンの左腕を振るい、力を止めようとした。
 鈴、クロノワと共に、割れゆく地の前に立ち塞がる。先程広げた銀の残影を掻き消すような土埃に、エリンは水仙方戟を構えて耐える。
 煙る視界が晴れるより先、ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)はアームドフォートの標準を死神に向け、撃つ。
 反動すら計算して放たれた、淡淡とした一射は容赦なく怪魚の腹を抉る。
 あと一撃――赤眼を細めたルイへ、
「蒼き月を祀る巫女の原点を此処に。かの者に戦展を見通す加護を!。」
 朗と唱え、静葉が蒼き月の御業で作り出した護符を放つ。
 集中が高まったことを感じながら、彼が指で空をなぞれば、敵陣に吹雪が吹き荒れる。
 一体の死神が耐えきれぬ、といった様子で戦慄く――それを、エクスカリバールが撃ち落とす。地面に落ちた死神は闇に溶けて、消えてしまう。
 散策するように軽やかな足取りでバールの元へ、拾い上げ、ルーヒェンは男を見上げる。
「おじさんとこ超ぶらっくなんだねぇ、お気の毒ー」
「まあ、俺らは死んでも困らない極悪人だからなー」
 明るい調子で、ぽんと揶揄を投げれば、飄飄と返される。
 ――ズルいよねぇ、なのに全然隙が無いや。
 薄い笑みを浮かべた儘、ルーヒェンは裡でひとりごつ。
 数多存在するデウスエクスの中、エインヘリアルは特別大きいわけではないが――こうして見下ろされると、得も言われぬ威圧感がある。
 俺は逃げねえさ、警戒するケルベロス達に彼は宣言する。
「戦って死ぬのはそう悪い気分じゃないぜ――ま、お前らに負けたらお終いみたいだけどな」
 ――だから、本気でいく。
 彼がそう告げた途端に、肌がひりつくような感覚に襲われ――負けじとエリンは身構える。
 やり遂げなきゃ、その一心で。

●扉
 鈴から零れた飴色の雫は、財宝に変化して、死神を惑わす。ぐるぐるとその場を回遊するその姿へ侮蔑の視線を送り、ニュニルは嘆息する。
「怪魚型死神ってぶちゃいくでダンスの相手には物足りないね……しょうがないけど」
 口元を隠すように扇を翻し、
「咲けよ雪薔薇、散れよ雪薔薇。お前の嘆き、哀しみで、街も荒野も染め上げて」
 唄えば、氷雪の薔薇が戦場に乱れ咲く。
 幻想的な美しい光景は刹那。爆ぜ散った花弁や棘の氷礫が、周囲へ刺し、痛みで苛む。
 然しそれもすぐに終わる。死神の全身に深々と刺さった花弁を溶かす高熱が迫りくる。
「これで終いだ、クソ死神!」
 猛るは里桜――御業が放った炎弾は、塵も残らぬ程に怪魚を燃やし尽くした。
 不意に、高い音がする。タイマーの作動音だ――三分経過、とニュニルが報せると静葉が頷く。
「集中砲火の用意を……!」
 ケルベロス達の攻撃は、概ね前衛に吸収され、現状では殆どオスクに届いていない。
 一方で、その前を守る死神は一体を残し、消え去った――ここまでは狙い通りゆえ、問題は無い。
 敵には塗り込められた呪いを解除する術はない。不安要素があるとすれば、付与したそれらが如何に効くか、だろう。
 裏付けるように、バルブロの表情には余裕があり――エインヘリアル達の苛烈な攻撃は、盾役を引き受けた者達を着実に削っていた。
 しかしオスクを打ち破るならば、此処から更に厳しい戦いは必至。
 改めて、千歳は敵を見る。
 オスクの腕は肘から下が刃に変質し、その刃渡りはやや屈んだ姿勢で地に着く程度――つまり、長くても二メートルほどで、特段、珍しい長物ではない。生前にあまり切った張ったを好まなかった影響か、その動きは読みやすい。威力は脅威だが、これは仲間と強力しあえば耐えきれる。
 それよりも徒手のバルブロの方が厄介だ――彼女は静かに息を吐く。
「少しお相手、してもらるかしら? なかなか頑丈なのよ、私」
「いいぜ、試してやる」
 挑発的な視線と、右に握った刃で誘い出す。
 移動の最中、ちらりと仲間に視線を送る――応じ、静葉が仕掛けたカラフルな爆風を号砲に、ティーシャがカアス・シャアガを砲撃形態にて構える。
 放たれた竜砲弾を追うように、里桜がバールを全力で投擲する。
 これらが正面より、そして左右からニュニルが仕掛けた氷結の螺旋と、ルイが御業から放った炎が次々迫る――そして背後。ルーヒェンがオーラの弾丸を仕向ければ、逃げ場を与えぬ怒濤の攻撃。
 そのひとつ、炎の道筋を死神が遮った。
 自ら飛び込み、ごうと鮮やかに燃え上がったそれへと冷ややかな視線を向け、
「おやおや、自ら命を断つとは殊勝な――邪魔をしなければ存えたものを」
 僅かな時間ですが、ルイは小さく零す。
「全くだ。こんな奴庇ってもなあ、とは思うが、よっ」
 ぼやきと共に、バルブロがバールを叩き落とす――それの脇腹へ、千歳の刃が迫る。空の霊気を纏う一刀は風を斬りながら、肉を裂く――と思った瞬間だ。
 衝撃は、背後から。
 ぐるりと身体を捻り、その回転の力も乗せた強烈な拳が、千歳の背を打った。
 そのまま吹き飛ぶ――梅の木にぶつかって、すぐに止まった。
 背と腹が熱を持ち、口内に血が溢れる。吐き捨て、すぐに立ち上がり――彼女は先程と同じように、真っ直ぐそれと対峙すべく駆った。
「このぐらいじゃあ、まだまだ倒れてあげられないわね」
 己が仕掛けた一刀が、相手の腹に一筋の朱を残しているのを確認し、微笑みながら。

 清浄なる風がケルベロス達の間を吹き抜ける――そして、それを押し返す暴風が吹き荒ぶ。その中心にあるのは、オスクの刃。
 獣のように跳躍し、魔法を纏わせたそれをクロノワへ叩きつける。
 身構えようともどうにもならぬ力の奔流に、それは呑み込まれ――クロノワは消失した。
「あと一分……皆、行ける?」
 影響があるか否か、単純に時間が迫りつつあるためか――滅多に揺らがぬニュニルの声が、僅かに揺らいだ。
 同時、鈴もバルブロの拳から主を守って食らいつき、反撃に穿たれた。ちりん、と最後に響いた鈴の音は悲鳴では無く――鼓舞してくれたのだと千歳は受け取り、強い視線で敵を見据える。
 その身体は半分凍り付き、半分は焼けただれ――されど、いずれも動きを停止させるものではない。
 ここに至るまでルイが中心となって呪いを深めたが、幾ばくかその種類において計算が狂っていた。勿論、完全であっても搦め捕れるとも限らぬのだが。
 オスクの背後が歪む――魔空回廊の歪みであろうか。
「あと少しなのに……!」
 更に集中を高めるべく、エリンが銀の粒子を仲間へ向けた。生身の肌に走った傷は数えきれず、服にしても、袖も裾もぼろぼろだった。
 それでも銀の髪を靡かせて戦場を駆ける彼女に、応えねば、静葉は強く思う。彼女は、小さなその背を支えるためにこの場にいるのだから。
 独自の呪言が描かれた術符を、翻す。結んだ印から、半透明の御業がオスクを掴む。
 炎をあげて、ティーシャが迫る――その前に、バルブロが立ち塞がる――だが、好機だよン、とルーヒェンが声をあげる。
「そンじゃ今度こそバラッバラに壊したげるねェ!」
 闇夜を一閃する光線が、オスクと彼を結ぶ。胸を灼かれ穴が空いても、死者は平然としていた。
「行くぞ、ルイ!」
「お任せください」
 応えたルイが、先に動く。物質の時間を凍結する弾丸が、オスクの肩を射貫く――肩を穿たれ、左腕が千切れそうな状態になろうと、それは理性のない獣のような笑みを浮かべた儘。
 声を上げ、里桜が踏み込む。彼女の御業より放たれた炎弾はあらゆるモノを消し飛ばさん程に強烈だ。
 呼応するように――オスクの右腕が強烈な冷気を集めて白む。そして鋒から、敵の元まで氷の刃が伸びる。喉元まで迫った氷へ、エリンがハンマーを叩きつけ砕く。
 前のめりに刃を振るった無防備な姿勢の、オスクの頭部を巨大な炎弾が襲う――その一撃で、仕留めたか、皆が見やる。否、それは顔を燃やされながら、笑っていた。
「……キミもダンスの相手には、物足りないけど」
 花模様が刻まれた紅色のブーツに星型のオーラ纏わせ、スカートを摘んだニュニルの華やかな一閃。
 いずれも強烈な攻撃であった。後一歩まで迫りながら――死して甦り、尚葬られる寸前で――オスクは歪みの向こうに消えていった。

●果て
「回収されたか、ご苦労さん」
 残された男はわざわざ神経を逆撫でするよう言い、拳を振るう――破壊の拳と、千歳の左腕が交錯する。
 みしり、ガトリングガンが軋む音と、己の肩に掛かる負荷に目を細める。
「そいつ、次、毀れるんじゃねえか?」
「あら、心外ね」
 毀せなかったら格好つかないわよ、笑う彼女の傷を、蒼月符が武器の疵ごと修復していく――静葉の視線はとても厳しいものを見つめるように、バルブロに向けられている。
 残った彼も、言葉ほど壮健ではない。
 深く息を吐き、吸って。千歳は拳を撥ね除けるように、ガトリングガンの死角から、矛を繰る。
「……そろそろ、お終いにしましょう」
 稲妻を帯びた超高速の刺突は、バルブロの腕を抜け、懐を穿つ。
 虚を突かれたわけではなく――備えていても回避できぬ、見事な一撃であった。
 続き、飛び込んできたのは、
『『『切り裂け!!デウスエクリプス!!』』』
 残霊として召喚されたテレサのジャイロフラフープをアームドフォートに換装し、射出されたティーシャ。
 全身で斬りかかってきた彼女と、男が交差する――彼の脚から、赤い飛沫が上がる。
「キミは……氷で飾れば少しは見られるようになるかな」
 言い、氷結の螺旋をニュニルが差し向ければ、氷の道が繋がる。
 凍った道をこつんと叩くのは、錆びた脚。歩みながら、ねえ、ルーヒェンは不意に問いかける。
 トモダチじゃなかったの、という問いに、知った顔だっただけさ、バルブロは事も無げに言う。強がりというわけではなさそうだ。
 どちらでも良かったのだろう。ふうん、と彼は首を傾げ。でもさ、と笑う。
「一人になっちゃって寂しいっしょ」
 囁きながら、無造作に自身の胸に指を突き立てた。
「―――……"お食べ"」
 抜いた五指に滴る朱。腐食の呪いに染まった鉤爪を、振り抜く。
 それの腕に、血で、呪いを刻む。
 何処か浮き世離れした彼らの背後から、轟音が、地を揺らす。
 強い衝撃と同時、脇腹が抉り取られていった――静葉が起こした爆風で、力を高めたエリンが放った竜砲弾だ。
「では、仕上げと致しましょう……小早川さん」
 ルイが送った合図は、御業より放たれた炎弾。霜が蒸発し、陽炎揺らめく戦場を、炎を纏い里桜は駆け――否、バルブロの全身が、炎で包まれていた――真っ赤なバールを投げる。
 彼女の指を離れたバールは、それの頭部を深々貫く。終わりか、茫洋と彼は零す。
「死んでも戦えるかもしれねえのは、悪くねえかもな」
 そん時は宜しくな、嬉しくも無い挨拶を男は残し。
 灰も残さず焼き尽くす――里桜の宣言通り、エインヘリアルは焼失し、消え去った。

 ニュニルはスカートの埃を払い、改めてマルコを抱きかかえる。
「嗚呼、随分夜更かししちゃった……早く帰って寝ないとお肌に悪いよ。ね、マルコ」
 欠伸を優雅にかみ殺す彼女の姿に、千歳はくすりと微笑む。
 だが、穏やかな眸の奥で――燃えるは、悔い。
「……クソ死神の思惑に乗るかよ」
 拳を打ち付け、里桜はそれを表に出せば、宥めるでも無くルイは、静かに頷く。
 然し彼の鋭い眼光はそれが消えた場所を捉え。さていずれ出会うことがあるのか、否か。
「――もっと強くならなきゃ」
 エリンはぐっと拳を握り、呟く。そんな彼女を静葉は優しく見守っている。
 ルーヒェンは空を見上げた。曾ては死の次、なんて考えたことは無かった。
 ――完全に壊れちゃっても、中途半端に復活しちゃうなンて反則だよねェ。
 でも。
「大丈夫――何だって、いつかは壊れンだから」
 いつか解き放ってあげなきゃねぇ、と嘯き、薄く笑んだ。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月14日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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